301 最新表面科学講座(第 XII 講) J. Jpn. Soc. Colour Mater., 86〔8〕,301 – 305(2013) ステンレス鋼の表面処理と接着性 山 辺 秀 敏 *,† * 住友金属鉱山㈱技術本部市川研究所 千葉県市川市中国分 3-18-5(〒 272-8588) † Corresponding Author, E-mail: Hidetoshi_Yamabe@ni.smm.co.jp (2012 年 9 月 13 日受付; 2012 年 10 月 26 日受理) 要 旨 ステンレス鋼を接着対象として考え,その表面処理と接着耐久性の関係について解説した。表面のクロム酸化皮膜と接着剤との間 に一次結合を形成する表面処理により,その湿潤下での接着耐久性は大きく向上することが確認されている。 キーワード:ステンレス鋼,表面,接着 「フェライト系ステンレス鋼」と呼ばれている。マルテンサイ 1.ステンレス鋼とは ト系では SUS403,SUS410,SUS420,フェライト系では かつてステンレス鋼「Stainless Steel」が出現したとき,国内 SUS405,SUS430 などの鋼種がある。一方,クロム・ニッケル では最初に「不銹鋼」と紹介されたため,長い間「Fびない 系ステンレス鋼はオーステナイト組織を示すので,「オーステ 鋼」と呼ばれてきた。しかし,ステンレス鋼でもFびる場合が ナイト系ステンレス鋼」と呼ばれ,SUS304,SUS316 などの鋼 あることが認識され,もはや「不銹鋼」と呼ばれなくなって久 種がある。クロム・ニッケル系には二層系の「オーステナイ しい。しかし,ここで語源をよく見ると Stain(F)が less(little ト・クロム系ステンレス鋼」として SUS329 の鋼種がある。 接着対象となるステンレス鋼の表面を語る場合,鋼種ととも の比較級:より少ない,より軽微)であることから,「不銹鋼」 と呼ぶのは誤りで,正しくは「Fび難い鋼」と解釈すべきであ にその表面仕上げについて理解しておく必要がある。圧延工程 ったことが理解される。なぜステンレス鋼はFび難いのか,鉄 が熱間であるか冷間であるか,熱処理と酸洗後に軽く調質のた はそのまま大気中に放置されると酸化によりFびることは周知 め冷間で圧延されているかにより表面状態は異なる。そして研 のとおりである。これは,大気中に酸素がある限り避けること 磨,エンボス仕上げなど,意匠性の付与を目的に多様な表面仕 のできない化学反応である。しかし,鉄にクロムを含ませその 上げが施されており,接着対象としてステンレス鋼を使用する 量が約 11 %以上になると,この現象は非常に軽微になり,目視 場合はこれらの違いを十分認識しておくことが大切である。 ではFをほとんど確認できないほどになる。この現象は不働態 2.接着対象としてのステンレス鋼 化と呼ばれ,酸素とクロムが結合してできる非常に薄い酸化皮 膜(10 ∼ 30 Å)の生成によるものである。この Cr2O3 という組 接着はステンレス鋼の優れた表面外観を活かすため工業的に 成の不働態皮膜は非常に強固かつ緻密であり,酸素の内部への 非常に重要な接合技術である。一方でステンレス鋼の接着にお 拡散が防止されるため,優れた耐食性を示す。また,機械的に ける最大の問題点である不働態皮膜の不活性さに起因する接着 その不働態皮膜が除去されてもクロムは大気中の酸素と非常に 部耐久性の低下についてはまだ完全に克服されていない。たと 結合しやすいため,直ちに不働態皮膜が再生される。 えば,湿潤環境下に曝されたステンレス鋼の接着部は,接着剤 ステンレス鋼といってもそれには数多くの種類があり,それ の種類にも依存するが,界面に水が浸入し接着力が大きく低下 ぞれ特性が異なる。これらをその基本成分により分類すると, する。このような耐湿接着性の低下を防ぐため,古くからステ 「クロム系ステンレス鋼」 ,「クロム・ニッケル系ステンレス鋼」 ンレス鋼の接着用表面処理が提案されている。たとえば JIS K に大別できる。また,これらを金属組織によって分類すると, 6848-2 では,表面調整として脱脂を行った後,蓚酸(0.5 L), クロム系ステンレス鋼はマルテンサイト組織とフェライト組織 濃硫酸(1.6 L),水(3.5 L)をそれぞれ混合したエッチング液 に分類されるのでそれぞれ「マルテンサイト系ステンレス鋼」 , に 55 ∼ 65 ℃,5 分間浸漬しさらに硫酸・重クロム酸混液に 60 〔氏名〕 やまべ ひでとし 〔現職〕 住友金属鉱山㈱技術本部市川研究所 〔趣味〕 観劇,ワインと日本酒の利き酒 〔経歴〕 早稲田大学大学院理工学研究所,Stuttgart 大学大学院(Ph. D.) ∼ 65 ℃,5 ∼ 20 分間浸漬してエッチング残渣(acid smut)を除 去する方法が規定されている。実際にこの方法を行ってみると よくわかるが,作業場では十分な排気と排水管理が求められ, しかも非常に手間を要する。そのためステンレス鋼の接着用表 面処理技術について数多くの検討が行われている。本稿ではそ の表面処理技術の動向についてその表面と接着界面の状態と関 連付けて解説する。 − 27 − © 2013 Journal of the Japan Society of Colour Material
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