御蔵島のミナミハンドウイルカにおける糞中ステロイドホルモン測定法の

Mikurensis
(2014) Vol.3, pp. 65-77 –み く ら し ま の 科 学 - 御蔵島のミナミバンドウイルカにおける糞中ステロイドホ
ルモン測定法の確立に関する研究 宮 迫 真 代 ( 研 究 実 施 時 の 所 属 ) 東 京 農 工 大 学 農 学 部 獣 医 学 科 獣 医 生 理 学 研 究 室 : masayo.miyasako@gmail.com 1 . 緒 言 バ ン ド ウ イ ル カ の 概 要 バ ン ド ウ イ ル カ ( Tursiops sp .) は ハ ク ジ ラ 亜 目 マ イ ル カ 科 に 属 し 、 ほ と ん ど の 熱
帯 、亜 熱 帯 、温 帯 の 沿 岸 海 域 に 生 息 し て い る( 粕 谷 ら ,1997)。バ ン ド ウ イ ル カ の 寿
命 は 長 く 、雌 で は 50 年 以 上 、雄 で は 40 年 以 上 生 き る と 言 わ れ て い る( Hohn e t a l .,
1989; Wells and Scott, 1999)。 バ ン ド ウ イ ル カ は 比 較 的 大 型 で 吻 が 短 い バ ン ド ウ
イ ル カ ( tursiops truncatus ) と 、 比 較 的 小 型 で 吻 が 長 く 、 成 長 す る と 腹 部 に 斑 点
が 現 れ る ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ ( tursiops aduncus ) の 2 種 が 存 在 す る が 、 御 蔵 島
周 辺 海 域 で 観 察 さ れ る バ ン ド ウ イ ル カ は 、 DNA 解 析 に よ り ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ で
あ る こ と が 確 認 さ れ て い る ( Wang et al ., 1999; Kakuda et al ., 2002)。 性 成 熟 は 、雌 で 5~ 13 歳( Mann e t a l.,2000)、雄 で 推 定 8~ 13 歳( Wells et a l .,
1987) で あ る 。 雌 は 12 ヶ 月 の 妊 娠 期 間 ( Schroeder a nd K eller, 1990) の 後 、 1 頭
の 子 を 出 産 し 、 子 は 数 年 間 に わ た っ て 母 親 に 依 存 す る ( Mann et al ., 1999)。 雌 の
最 年 少 初 産 年 齢 は 、 オ ー ス ト ラ リ ア の シ ャ ー ク 湾 で は 12 歳 ( Mann et al ., 1999)
御 蔵 島 で は 9 歳 ( 御 蔵 島 バ ン ド ウ イ ル カ 研 究 会 , 2003) で あ る 。 平 均 出 産 間 隔 は シ
ャ ー ク 湾 で 4~ 6 年 ( Mann e t a l ., 2000)、 御 蔵 島 で は 3.4 年 ( Kogi e t a l ., 2004)
で あ る 。 雌 の 繁 殖 生 理 周期的なホルモン変動があり、排卵、着床および交尾行動といった繁殖に関する
現象が見られることは、イルカにおいても他の哺乳類と同様である。ラジオイムノ
アッセイ法により今日では微量な血液試料を使って、雄雌のイルカの繁殖状況を把
握できる。飼育下の歯クジラ類においては経時的に血液を採取し、血中ホルモン濃
度 を 測 定 す る こ と に よ り 繁 殖 の モ ニ タ リ ン グ が 行 わ れ て い る ( Sawyer-Steffan and Kirby,1980;Kirby a nd R idgway,1981)。そ れ に よ り 、雌 の バ ン ド ウ イ ル カ( tursiops 65 truncates ) で は プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン は 春 か ら 秋 ( 3~ 10 月 ) に か け て 、 約 30 日 を 周
期 と す る 規 則 的 な 上 昇 を 2~ 7 回 繰 り 返 す こ と が 明 ら か と な っ た ( Ridgway 1984;
Yoshioka et al ., 1986; Schroeder, 1990; Schroeder and Keller, 1990)。 ま
た、飼育個体と野生個体における妊娠中あるいはその前後の血中プロジェステロン
濃度とその変動から、鯨類においても他の哺乳類と同様に、妊娠中、高濃度のプロ
ジェステロンが持続的に分泌されることが明らかになった。そして、この高レベル
のプロジェステロンは、分娩に伴って急激に低下することも判明した。このことか
ら、血中プロジェステロン濃度の測定を飼育鯨類の早期妊娠診断法として応用する
こ と が 可 能 で あ る こ と が 報 告 さ れ て い る ( 吉 岡 , 1991)。 雄 の 繁 殖 生 理 鯨類の雄の繁殖活動についての研究では、これまで性成熟の判定基準の決定をめ
ぐって主に議論がなされ、それをもとに性成熟体長や性成熟年齢が求められてきた
( Lockyer, 1984; Perrin a nd R eilly, 1984)。 ま た 、 成 熟 個 体 に お け る 繁 殖 活 動 の
季節性については、精巣重量や精子形成段階の季節変動を見ることによって検討さ
れている。その結果、精巣重量に大きな季節変化が見られる種類はいくつかあるも
のの、精子形成の見られない季節が組織学的に確認された種類はごくわずかしか知
ら れ て い な い ( Perrin a nd D onovan, 1984)。 ま た 、 こ れ ら の 研 究 は い ず れ も 捕 獲 試
料を用いた個体群レベルでの論議であり、個々の雄個体が年間を通じて同じレベル
で 繁 殖 活 動 を 行 っ て い る か 否 か は 明 ら か で な い 。 テストステロンは、哺乳類の雄において、精巣中での精子形成を刺激する最も主
要な性ステロイドホルモンである。これまでに、この末梢血中濃度をモニターする
ことにより、多くの動物で精巣活動の季節性やその有無が明らかにされている
( Levasseur a nd Thibault,1980; Peppler a nd S tone,1981; 和 ,1982; 稲 葉 ら ,
1985)。 イ ル カ 類 に つ い て は 、 Harrison a nd R idgway(1971)が 、 バ ン ド ウ イ ル カ の 血
中に、ヒトとほぼ同じ濃度のテストステロンが存在していることを初めて報告して
いる。こうしたことから、鯨類でも精巣活動の季節性を調べるには、このホルモン
の 変 化 を ひ と つ の 指 標 と す る こ と が 有 効 な 手 段 で あ る と 考 え ら れ る 。 吉 岡 ( 1991) は 、 飼 育 イ ル カ の 血 中 テ ス ト ス テ ロ ン 濃 度 の 季 節 変 動 を と ら え る こ
とにより、個体レベルで精巣活動の季節性を検討した。それによると、血中テスト
ス テ ロ ン 濃 度 は 1- 2 月 期 に は 比 較 的 低 値 で あ る が 、春 の 3- 4 月 期 に 急 激 に 上 昇 し 、
そ の 高 値 は ほ ぼ 夏 の 7- 8 月 期 ま で 維 持 さ れ 、9- 10 月 期 に な っ て 低 下 し た 。そ し て 、
11- 12 月 期 も 低 い 値 の ま ま で あ っ た 。こ の こ と か ら 、オ ス で は 血 漿 テ ス ト ス テ ロ ン
と 精 子 濃 度 は 春 か ら 秋 に か け て 季 節 的 な 上 昇 を 示 す と 推 察 さ れ た ( Schroeder and Keller , 1989)。 66 糞 中 性 ス テ ロ イ ド ホ ル モ ン 測 定 法 採血して血中のホルモンの量や変動を知る事により、生物の体内の状態を知るこ
と が で き 、生 態 や 行 動 を 理 解 す る 上 で 重 要 な 情 報 と な る 。し か し 、実 験 動 物 や 家 畜 ・
家禽以外の動物からの採血には多くの困難と問題がある。野生の動物では捕獲に必
要な許可を得るなどの手続きが必要である。また、捕獲に際しては罠などの捕獲装
置あるいは催眠剤などの薬品を必要とし、技術的にも困難が伴う。更に、捕獲の際
のケガやストレスによるショックなども懸念され、ホルモンの濃度にも影響を及ぼ
す 可 能 性 が あ る ( 佐 藤 ら , 1998)。 図 1. ス テ ロ イ ド ホ ル モ ン の
産生・代謝・排出に関
わる器官とその経路
( Schwarzenberg e r ら
を 一 部 改 定 ) そこで、多くの野生動物において非侵襲的な方法として血液に代わり糞からステ
ロイドホルモンを測定する方法が確立され、内分泌状態を調べる方法として用いら
れ て い る ( Massimo et al, 2003)。 卵 巣 や 胎 盤 な ど で 産 生 さ れ た ホ ル モ ン は 、 標 的
器官に作用した後に代謝され、図 1 のような経路で主に肝臓や腎臓でグルクロン酸
抱合あるいは硫酸抱合化されて、糞あるいは尿へと排泄されると言われている
( Schwarzenberger et a l .,1997 )。従 っ て 、こ れ ら の 排 泄 物 中 に 含 ま れ る ホ ル モ
ンあるいはその代謝物の量を測定することで血中の性ホルモン濃度の動態を推測で
き る も の と 考 え ら れ る 。海 洋 哺 乳 類 に お い て も ト ド( Kathleen e t a l .,2004;Kendall and Shannon , 2004 ) や マ ナ テ ィ ー ( Iskande, 2000) に お い て 糞 中 ホ ル モ ン を 測
定 す る 研 究 が 行 わ れ て い る 。 研 究 の 目 的 飼育下では個体ごとの長期的なモニタリングが可能であるため一個体に起こる生
理現象を捉えるのに適しているが、飼育頭数に限界があるため、ホルモン濃度が社
67 会関係や行動とどう関係するのか研究することは困難である。社会性のある歯クジ
ラ類においては、様々な行動を理解する上で、野生下での内分泌状態を調べること
が重要であると思われるが、非侵襲的に血液をサンプリングすることが困難なこと
か ら 、 生 存 す る 野 生 の イ ル カ か ら は 、 ほ と ん ど 調 べ ら れ て い な い の が 現 状 で あ る 。 本研究では、御蔵島周辺海域に生息する野生のミナミバンドウイルカ個体群を対
象に、水中で排泄された糞を採取し、糞中のプロジェステロン、テストステロン濃
度 を 測 定 す る こ と で 個 体 の 内 分 泌 状 態 を 調 べ 、 繁 殖 状 態 を 知 る こ と を 目 的 と し た 。 2 . 材 料 お よ び 方 法 御 蔵 島 ( 北 緯 33 度 52 分 ,東 経 139 度 36 分 ) は 、 東 京 都 伊 豆 諸 島 に 属 し 、 東 京 か
ら 南 南 西 約 200km の 場 所 に 位 置 す る 、周 囲 16.92km、面 積 20.58km 2 の 島 で あ る 。本
島は黒潮の流路上に位置しており、周りは世界有数の海食崖に囲まれている。海は
透 明 度 が 高 く 、 海 岸 か ら 150m 付 近 ま で は 水 深 最 大 20m 程 度 で 、 調 査 は 海 岸 か ら 約
300m 以 内 の 範 囲 で 行 っ た 。 調 査 期 間 は 、 2004 年 7 月 31 日 - 9 月 27 日 で あ っ た 。 群 れ ・ 性 ・ 年 齢 グ ル ー プ の 定 義 イ ル カ の“ 群 れ ”の 定 義 は 、小 木( 2001)に 従 い 、
「すべての個体が完全に同じで
なくても、ほぼ同じ移動方向で、同じ行動状態にあり、明白な共同関係が見られる
イ ル カ の 集 団 」 と し た 。 御 蔵 島 バ ン ド ウ イ ル カ 研 究 会 で 使 用 し た 定 義 に 基 づ き 、 映 像 に よ る 生 殖 孔 の 形 状
の 違 い に よ っ て 識 別 個 体 の 雌 雄 を 判 別 し た 。ま た 、腹 部 の 斑 点 の 有 無 、体 長 、体 色 、
行動の特徴などから、オトナ、ワカモノ、コドモ、当歳時の 4 つの年齢グループに
便 宜 的 に 区 分 し た ( Kogi et al ., 2004)。 本 研 究 で は こ の 性 ・ 年 齢 の 定 義 に 従 っ た ほ か 、 0~ 10 歳 で 年 齢 が 判 明 し て い る 場
合 に は そ の 年 齢 を 、 10 歳 以 上 の 場 合 は 1994 年 時 点 で の 年 齢 グ ル ー プ を 目 安 に 最 低
年 齢 を 算 出 し 、 使 用 し た 。 調 査 方 法 1)船 上 観 察 御 蔵 島 の 北 西 に あ る 桟 橋 か ら イ ル カ ウ ォ ッ チ ン グ 船 で 出 港 し 、 海 岸 線 か ら 約 300
mの範囲で航行し、イルカの群れを探索した。イルカを発見したらウォッチング船
上 か ら イ ル カ を 観 察 し 、 発 見 場 所 ・ 行 動 ・ 頭 数 等 を 記 録 し た 。 2)水 中 観 察 その後船頭の指示に従いシュノーケルで入水し、水中でイルカが接近するまで待
機した。イルカが接近したら、水中ビデオカメラでヒレの欠けや体の傷を中心に一
頭一頭撮影した。また水中で目視による群れの個体識別、子の有無、行動の観察等
を 行 い 、 船 上 に 戻 っ た 際 に 記 録 し た 。 68 3)糞 の 採 取 と 保 管 糞をした個体がいたらその個体を追跡し、個体識別を行いながら撮影した。糞は
くるぶし丈のストッキングで採取し、すぐに海水を切ってサンプル管に入れ、個体
及び採取時間を記録した。船上に戻ったらサンプル管は保冷剤の入ったクーラーボ
ックスに保管した。その後、再度同じ群れに接近するか、あるいは別の群れを探索
して、同様の手順と方法を約 2 時間繰り返した。調査後、ストッキングから糞を掻
き 出 し ア シ ス ト チ ュ ー ブ に 入 れ 、 家 庭 用 冷 蔵 庫 の 冷 凍 室 ( 約 - 20℃ ) で 保 管 し た 。 個 体 識 別 水 中 で 撮 影 し た 映 像 を も と に 、群 れ ご と に 個 体 識 別 を 行 っ た 。個 体 識 別 に は 、2002
年 、2003 年 の 御 蔵 島 バ ン ド ウ イ ル カ 研 究 会 の 水 中 ビ デ オ 映 像 と 各 個 体 の 全 身 の 特 徴
を ス ケ ッ チ し た 個 体 シ ー ト を 用 い て 、 主 と し て ヒ レ の 欠 け や 傷 な ど の natural m ark
との照合を行った。類似個体が見つかった場合、過去の映像との照合を行い、原則
的 に 3 つ 以 上 の natural m ark が 一 致 し た 場 合 は 同 一 個 体 と し た 。性 別 は 生 殖 孔 の 映
像 も し く は 直 接 観 察 に よ り 決 定 し た 。 採 取 糞 か ら 測 定 用 試 料 の 調 製 1)研 究 室 に 戻 っ た 後 、ア シ ス ト チ ュ ー ブ は 蓋 を 取 っ て 凍 結 乾 燥 機 の 専 用 フ ラ ス コ に
入 れ 、 凍 結 乾 燥 機 で 48 時 間 吸 引 乾 燥 さ せ た 。 2)糞 か ら の ス テ ロ イ ド ホ ル モ ン 抽 出 法 は 楠 田( 2003)の メ タ ノ ー ル 抽 出 法 を 一 部 改
変 し て 行 っ た 。 乾 燥 さ せ た 糞 は 重 量 を 測 定 し 、 2 ml の ア シ ス ト チ ュ ー ブ に 入 れ た 。 3) 80% エ タ ノ ー ル 1.6 ml を 加 え 30 分 間 攪 拌 し 、 ス テ ロ イ ド ホ ル モ ン を 抽 出 し た 。 4)4℃ 下 1700g で 10 分 間 遠 心 分 離 し て 上 清 を 別 の ア シ ス ト チ ュ ー ブ に と り ラ ジ オ イ
ム ノ ア ッ セ イ 測 定 用 試 料 と し 、 ア ッ セ イ ま で - 20℃ で 保 管 し た 。 ラ ジ オ イ ム ノ ア ッ セ イ ( RIA) に よ る 糞 中 性 ス テ ロ イ ド ホ ル モ ン の 測 定 テ ス ト ス テ ロ ン お よ び プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 濃 度 は 、 田 谷 ら ( 1985) の 方 法 で 測 定
した。ジエチルエーテルによる 1 回抽出法を用いて測定し、第一抗体として
G.D.Niswender 博 士 ( Colorado State University, Fort Colins,CO,USA) か ら 供 与
さ れ た 抗 プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 血 清 [GDN#337,( Gibori et al,1977) ]、 お よ び 抗 テ
ス ト ス テ ロ ン 血 清 [GDN#250,( Gay et al,1978) ]を 使 用 し た 。 標 識 抗 原 は そ れ ぞ れ progesterone-11 α ‐ glucurconide-[ 125 I]iodohistamine (IM140,Amasham Parmacia Biotec co. LTD,Tokyo) 、 お よ び
(O-carboxymethyl)oximino–82-[
125
I]oxiamino-(2-[
125
testosterone-3- I]iodohistamine)(IM128,Ama
sham Pharmacia Biotec co. LTD,Tokyo)を 用 い た 。 第 2 抗 体 と し て 、 抗 ヒ ツ ジ γ グ
ロ ブ リ ン ロ バ 血 清( AB220K)を 使 用 し た 。測 定 値 は 乾 燥 糞 1g あ た り に 補 正 し 比 較 検
討 し た 。 ア ッ セ イ 内 お よ び ア ッ セ イ 間 変 動 は 、 そ れ ぞ れ 、 テ ス ト ス テ ロ ン は 6.5%
お よ び 7.2% 、 プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン は 9.5% お よ び 16.4% で あ っ た 。 69 統 計 処 理 結 果 は 、 全 て 平 均 値 ±標 準 誤 差 で 示 し た 。 2 群 間 の 比 較 を 行 う 場 合 、 ま ず 両 群 の
正 規 性 を 検 討 し た 。 両 群 共 に 正 規 分 布 し て い る 場 合 は F 検 定 を 行 い 、 p 値 ≧ 0.05 な
ら ば t 検 定 、p 値 < 0.05 な ら ば Welch の t 検 定 を 行 っ た 。両 群 あ る い は ど ち ら か 一
方 の 群 が 正 規 分 布 を し て い な い 場 合 は 、 Mann- Whitney の U 検 定 を 行 っ た 。 い ず れ
の 検 定 に お い て も 、 p 値 < 0.05 で 有 意 差 が あ る と 判 断 し た 。 3 . 結 果 調 査 努 力 量 お よ び 識 別 個 体 数 と 糞 サ ン プ ル 本 研 究 の 調 査 は 、 2004 年 7 月 31 日 ― 9 月 27 日 の う ち 調 査 日 数 43 日 、 調 査 回 数
81 回 、ビ デ オ 撮 影 時 間 582.3 分 で あ っ た 。撮 影 し た 映 像 を も と に 、過 去 の 研 究 会 の
調 査 結 果 も 参 考 に し て 、個 体 識 別 を 行 っ た 。そ の 結 果 オ ト ナ オ ス 18 頭 、ワ カ モ ノ オ
ス 53 頭 、 オ ト ナ メ ス 35 頭 、 ワ カ モ ノ メ ス 19 頭 、 コ ド モ 32 頭 を 個 体 識 別 し た 。 本
研 究 で は 以 上 の 156 頭 を 調 査 対 象 と し た 。 糞 サ ン プ ル は 、 115 個 を 採 取 し た 。 115 個 の う ち 個 体 識 別 で き た も の は 63 個 で あ
っ た 。 採 取 し た 糞 重 量 は 0.6 mg か ら 94.9 mg の 範 囲 で あ り 平 均 15.8 ±2.1 mg で
あ っ た 。 糞 中 性 ス テ ロ イ ド ホ ル モ ン の RIA 法 の 評 価 糞 サ ン プ ル か ら 80% エ タ ノ ー ル で テ ス ト ス テ ロ ン と プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン を 抽 出 し 、
適当な濃度に希釈した抽出試料におけるテストステロンとプロジェステロン標準曲
線との平行性試験の結果を図 2 に示した。抽出試料における用量反応曲線(●)と
テストステロンおよびプロジェステロン標準曲線(○)との間には平行性が認めら
れた。これにより本アッセイ系でミナミバンドウイルカの糞中テストステロンおよ
び プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 濃 度 を 測 定 す る こ と が 可 能 で あ る と 判 断 し た 。 (A) (B) 図 2. RIA を 用 い た 用 量 反 応 曲 線 (A)テ ス ト ス テ ロ ン (B)プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 70 テ ス ト ス テ ロ ン 値 1)性 別 テ ス ト ス テ ロ ン 値 糞 中 テ ス ト ス テ ロ ン 値 は 雄 で 19913.40±3084.83pg、 雌 で 18904.55±4596.99pg
で あ り 、 雄 の 方 が や や 高 か っ た が 、 有 意 差 は 見 ら れ な か っ た ( 図 3)。 図 3.性 別 糞 中 テ ス ト ス テ ロ ン 値 2)年 齢 別 テ ス ト ス テ ロ ン 値 糞 が 採 取 で き て 個 体 識 別 で き た 雄 18 頭 に つ い て 糞 中 テ ス ト ス テ ロ ン 値 を 比 較 し た
と こ ろ 、 オ ス の 最 低 年 齢 が 11 歳 ま で で は 低 い 値 を 示 し 、 13 歳 で 高 く な る 傾 向 が 示
さ れ た 。 そ し て 、 16 歳 以 上 で ま た 低 い 値 に 戻 っ た ( 図 4)。 図 4.雄 の 年 齢 別 糞 中 テ ス ト ス テ ロ ン 値 プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 値 1)性 別 プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 値 糞 中 プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 値 は 雌 で 12975.11±3225.44pg、 雄 で 18250.36±4074.38
p g で あ り 、 雄 の 方 が 高 か っ た が 、 有 意 差 は 見 ら れ な か っ た ( 図 5)。 71 図 5.性 別 糞 中 プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 値 2)年 齢 別 プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 値 糞 が 採 取 で き て 個 体 識 別 で き た 雌 24 頭 に つ い て 糞 中 プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 値 を 比 較
したところ、雌の最低年齢とは明らかな相関が見られなかった。しかしながら、最
低 年 齢 6 歳 で 1 個 体 、 18 歳 で 1 個 体 高 い 値 を 示 す も の が い た (図 6) 。 図 .6 雌 の 年 齢 別 糞 中 プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 値 4 . 考 察 4-1 個 体 識 別 御 蔵 島 の ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ 個 体 群 は 、 研 究 会 に よ っ て 1994 年 か ら 2003 年 ま
で の 10 年 間 、 7 月 か ら 9 月 に か け て 、 御 蔵 島 沿 岸 300m 以 内 で 観 察 さ れ 、 個 体 識 別
調 査 が 行 わ れ て き た (Kogi et al ., 2004)。 2003 年 ま で は 個 体 を 映 像 で 照 合 す る 際
に ビ デ オ テ ー プ を 用 い て い た が 、 2004 年 に は 、 映 像 ソ フ ト premiere を 用 い て 個 体
ご と に 映 像 を 抜 き 出 し た 2002 年 と 2003 年 の 映 像 集 を 用 い た 。 ま た 、 新 し い 個 体 ご
との映像も映像集に随時追加して、個体識別作業を行った。それにより、従来の方
72 法 と 比 較 し て 格 段 に 速 や か に 照 合 の 作 業 が 行 え る よ う に な っ た 。 4-2 糞 中 性 ス テ ロ イ ド ホ ル モ ン の 測 定 平 行 性 試 験 平行性試験の結果抽出試料における用量反応曲線とテストステロンおよびプロジ
ェステロン標準曲線との間には平行性がみられた。これにより、測定試料の適正な
希 釈 濃 度 を 算 出 し た 。 す な わ ち 、 測 定 用 試 料 を RIA に 200μ ℓず つ の 量 で 使 用 し た 。 テ ス ト ス テ ロ ン 値 1)性 別 テ ス ト ス テ ロ ン 値 性別糞中テストステロン値は、有意差はなかったが雌よりも雄で高い傾向が見ら
れた。本海域での雌雄の判別は生殖孔の直接観察によるが、生殖孔が観察できなか
ったり、他海域で生殖孔の観察が困難であったりした場合の雌雄判別法として、糞
中 テ ス ト ス テ ロ ン 値 の 高 低 で 判 別 で き る 可 能 性 が 示 さ れ た 。 2)雄 の 年 齢 別 テ ス ト ス テ ロ ン 値 雄 の 年 齢 別 糞 中 テ ス ト ス テ ロ ン 値 は 最 低 年 齢 11 歳 ま で は 低 い 値 を 示 し 、 13 歳 で
高 く な る 傾 向 が 示 さ れ た 。そ し て 16 歳 以 上 で ま た 低 い 値 に 戻 っ た 。テ ス ト ス テ ロ ン
は、哺乳類の雄において、精巣中での精子形成を刺激する最も主要な性ステロイド
で あ る 。バ ン ド ウ イ ル カ の 性 成 熟 は 雄 で 推 定 8~ 13 歳( Wells et a l .,1987)で あ
る が 、こ の 結 果 よ り 、御 蔵 島 の ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ は 13 歳 前 後 で 繁 殖 能 力 が 高 く
な る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。し か し 、今 後 、よ り 正 確 な 性 成 熟 年 齢 を 調 べ る た め に は 、
サンプルの数や量を増やし、より多くの個体で糞中テストステロン値を調べ比較す
る 必 要 が あ る と 思 わ れ る 。 プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 値 1)性 別 プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 値 性別糞中プロジェステロン値は雌よりも雄で高い傾向が見られた。プロジェステロ
ンは一般に黄体ホルモンと呼ばれ、プレグネノロンから生成されるステロイドホル
モンである。雌では卵巣と胎盤から分泌され黄体機能や妊娠に深く関っており、そ
の 90% 程 度 が 結 合 蛋 白 と 結 合 し て い る 。プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン は 子 宮 内 膜 と 子 宮 筋 に 作
用し、妊娠の維持を行うホルモンである。そのため、雄よりも雌で高くなると予測
されたが、逆の傾向が見られたことは、雄でも雌と同程度、糞中にプロジェステロ
ンが分泌されている可能性が示唆された。よって、今回採取したサンプルでは、糞
中 プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 値 で 雌 雄 を 判 別 す る の は 不 可 能 で あ る こ と が わ か っ た 。 2)メ ス の 年 齢 別 プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 値 雌の年齢別プロジェステロン値は、年齢とは明らかな相関が見られなかった。プ
ロ ジ ェ ス テ ロ ン は 、 バ ン ド ウ イ ル カ に お い て 春 か ら 秋 ( 3~ 10 月 ) に か け て 、 約 30
73 日 を 周 期 と す る 規 則 的 な 上 昇 を 2~ 7 回 繰 り 返 す こ と が わ か っ て い る 。そ の た め 、年
齢が高ければプロジェステロン値が高くなるのではなく、性周期の中でちょうど上
昇した場合や、妊娠している場合に高くなるものと思われる。御蔵島周辺海域に生
息 す る 雌 の ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ は 4 月 か ら 10 月 に か け て 出 産 す る こ と が 確 認 さ れ
て い る 。 バ ン ド ウ イ ル カ の 妊 娠 期 間 は 約 12 ヶ 月 ( Schroeder a nd K eller, 1990) で
あることから、交尾期と出産期が重なっている。そのため、本研究の調査期間であ
る 7 月 31 日 か ら 9 月 27 日 は 繁 殖 期 で あ り 、 妊 娠 個 体 が い る も の と 推 測 さ れ る 。 そ
し て 妊 娠 個 体 の 糞 中 プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 濃 度 は 高 く な っ て い る と 予 測 さ れ る 。し か し 、
残 念 な が ら 2005 年 に 出 産 が 確 認 さ れ た オ ト ナ メ ス は 9 頭 い た が ( 高 縄 私 信 )、 い ず
れの糞も採取できていなかったため、本研究では妊娠診断が可能かどうかはわから
な か っ た 。 4- 3 本 研 究 の 成 果 と 今 後 の 課 題 本 研 究 に よ っ て 、 野 生 の ミ ナ ミ バ ン ド ウ イ ル カ の 微 量 な 糞 か ら テ ス ト ス テ ロ ン と
プロジェステロンが測定できることが明らかとなった。また、糞中テストステロン
値 が オ ス の 性 成 熟 の 指 標 と し て 使 え る 可 能 性 が あ る こ と が わ か っ た 。 今後、サンプル数を増やすことで、個体ごとに性成熟の年齢が異なるのか、また、
DNA の 解 析 と 合 わ せ る こ と で 、 身 体 的 な 性 成 熟 の 年 齢 と 、 メ ス と 交 尾 し 父 親 と な れ
る 年 齢 が 異 な る の か 、 判 る 可 能 性 が あ る 。 今 回 は 妊 娠 し て い る と 思 わ れ る イ ル カ の 糞 を 採 取 で き な か っ た た め 、 糞 中 プ ロ ジ
ェステロン値が妊娠診断に使えるかどうかわからなかった。今後、妊娠個体がどの
位の糞中プロジェステロン値なのか調べ、妊娠個体と非妊娠個体でどの程度の差が
あ る の か 比 較 し 、 妊 娠 診 断 に 使 え る か ど う か 検 討 す る 必 要 が あ る 。 イ ル カ の 糞 は 半 水 溶 性 で あ る た め 排 泄 さ れ た 糞 を 全 て 回 収 す る の が 困 難 で あ り 、
得られた糞もごく僅かであった。そのため測定用試料を作製する際にホルモンの抽
出 に 採 取 で き た 糞 全 量 を 用 い 、乾 燥 糞 1g あ た り で ホ ル モ ン 値 を 比 較 し た 。そ の 結 果
一定量の糞からホルモンを抽出する方法と比べ誤差が生じた可能性がある。今後は
糞の回収方法を検討し、より多くの糞を回収することが望まれる。それとともに、
ホルモン値の補正方法として乾燥重量以外の指標を用いることも検討しなければな
ら な い 。 今 後 、 糞 か ら ス ト レ ス ホ ル モ ン で あ る コ ル チ ゾ ー ル の 測 定 法 も 検 討 す る こ と で 、
イ ル カ の ス ト レ ス の 評 価 が で き る よ う に な る こ と を 期 待 す る 。 5 . 謝 辞 本 研 究 を 遂 行 す る に あ た り 、 多 大 な る ご 指 導 ご 鞭 撻 を い た だ き ま し た 、 東 京 農 工
74 大学農学部獣医学科獣医生理学研究室の田谷一善教授、渡辺元助教授に深く感謝す
るとともに、厚く御礼申し上げます。また、研究及び研究室生活における様々な場
面 で お 世 話 に な っ た 、 博 士 課 程 の 皆 様 、 学 部 生 の 先 輩 方 に 感 謝 の 意 を 表 し ま す 。 御 蔵 島 で の 調 査 を 遂 行 す る に あ た り 、 調 査 や 生 活 全 般 に わ た り 様 々 な ご 支 援 を い
ただいた御蔵島村の皆様に感謝し、御礼申し上げます。特に、広瀬惣次氏、広瀬小
夜 子 氏 、広 瀬 吉 彦 氏 に は 調 査・生 活 全 て に わ た り 終 始 多 大 な る ご 支 援 を 頂 き ま し た 。
ここに厚く御礼申し上げます。また、栗本重顕氏、栗本研一氏、栗本道雄氏、菱井
徹氏、黒田正道氏には御蔵島で調査を行うにあたり、生活全般にわたり多くの便宜
を図っていただき、広瀬信郎氏、加藤啓司氏には快くウォッチング船に乗せていた
だ き ま し た 。 心 よ り 御 礼 申 し 上 げ ま す 。 酒 井 麻 衣 氏 、小 木 万 布 氏 に は 研 究 を 進 め る に あ た っ て ご 指 導 ご 助 言 を 頂 き ま し た 。
正木慶子氏、高縄奈々氏には快くサンプリングに協力していただきました。御蔵島
バンドウイルカ研究会には、貴重なデータをお借りしました。原口涼子氏とは、終
始励まし合いながら共に卒業研究に取り組んできました。深甚なる感謝の意を表し
ま す 。 最 後 に 、 陰 な が ら 支 え て く れ た 私 の 家 族 に 深 く 感 謝 の 意 を 表 し ま す 。 6 . 引 用 文 献 Harrison,R.J. and Ridgway, S.H.,1971. Gonadal activity in some bottlenosed dolphins, Tursiops truncates. J.Zool.,London ,165:355-366. Hohn,A.A.,Scott,M.D.,Wells,R.S.,Sweeney,J.C.,and Irvine,A.B.1989.Growth layers in teeth from known-age,free-ranging bottlenose dolphins. Mar. Mamm. Sci.5:315-42. Islkande Lieve Vandevelde Larkin,2000. Reproductive endocrinology of the florida manatee(trichechus manatus latirostris):estrous cycles, seasonal patterns and behavior. University of florida doctoral dissertation Kathleen E.H,Andrew W.T. and Samuel K. W. 2004. Validation of a fecal glucocorticoid assay for Steller sea lions ( Eumetopias jubatus ) Physiology & Behavior. 80:595-601 Kogi K ., T .Hishii, A .Imamura, T .Iwatani, a nd K .M.Dudzinski 2 004. D emographic parameters o f I ndo-pacific b ottlenose d olphins ( Tursiops a duncus ) a round Mikura isrand, Japan. Marine Mammal Science, 20(3):510-526 Kendall L .M. a nd S hannon A . E valuation o f a drenal f unction i n s erum a nd f eces of Steller sea lions ( Eumetopias jubatus ):influences of molt, gender, 75 sample storage, and age on glucocorticoid metabolism. General and Comp- arative Endocrinology.136:371-381 Kirby,VL.,and S.H.Ridgway.1984.Hormonal evidence for spontaneous ovulation in captive dolphins, Tursiops truncates and Delphinus delphis . In Perrin,W.F.R.L.Brownell jr.,and D.P.DeMaster,eds., Reproduction in Whales,Dolphins,and Porpoises. Rept.Int.Whaling Comm.Spec.,Issue 6, Cambridge,U.K.,pp. 459-464. 楠 田 哲 士 2001, バ ク の 生 殖 周 期 と 発 情 判 定 法 に 関 す る 研 究 , 岐 阜 大 学 大 学 院 博
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