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●特集「運動器領域の人工臓器の進歩 ─ 人工骨と人工股関節 ─」
複合体人工骨材料
独立行政法人物質・材料研究機構
菊池 正紀
Masanori KIKUCHI
1.
calcium phosphate とでは異なっているなど,機能面におい
はじめに
て不明な点がまだ残っている 1) 。
骨は主として非化学量論的な炭酸含有水酸アパタイトを
骨は前述した通り,無機 / 有機のナノ複合体であり,そ
無機成分に,Ⅰ型のコラーゲンを有機成分に持つ,典型的
れ故に無機材料,有機材料単体に比べて優れた機械的性質
なナノ複合体である。骨に自然治癒できないほどの欠損が
を示す。したがって,機械的な性質を骨と同等にするため
できた場合,何らかの材料が移植される。
には,人工骨材料にも無機材料と有機材料の複合化が必要
自家骨が移植された場合,骨リモデリングプロセスに旺
であると考えるのは理にかなっている。そこで本稿では,
盛に取り込まれるので,これが最もよく使われているが,
骨組織となじみの良いリン酸カルシウムと各種有機高分子
採取部位である健常部への侵襲と採取後の疼痛などに加
の複合体による人工骨材料について概説する。
え,採取量が限られること,複数回の採取が難しいことな
どの欠点がある。
2.
生体内残存型複合体
一方,他家骨は移植されても長期にわたり残存し,拒絶
市 販 材 料 に は HAPEX TM(Queen Mar y University of
反応は示さないものの生体反応が必ずしもよくないという
London)がある。HAp 粉末を高分子ポリエチレンに均一に
報告もあり,感染の危険性なども考慮すると,自家骨の代
分散させ,HAp の持つ骨親和性とポリエチレンの優れた機
替材料としては甚だ心許ない。
械的特性を組み合わせたもので,複合化によりヤング率も
そこで,人工骨の材料として水酸アパタイト(HAp)セラ
骨に近くなり,材料と骨が直接結合することが示されてい
ミックスが用いられる。HAp セラミックスはわずかに破骨
る 2) 。しかし,生体内残存型人工骨として長期的に骨の代
細胞で貪食され,かつ骨と直接結合する。しかし,HAp 系
替が可能な強度を示すことはできず,人工耳小骨として商
のセラミックス人工骨は機械的強度に難があり,体内に残
品化されている。混練型の複合体について,研究レベルで
存するため,骨折の起点となる可能性が否定できない。最
は,他にもポリメチルメタクリレート骨セメントに HAp 粒
近 多 く 用 い ら れ る よ う に な っ たβ- リ ン 酸 3 カ ル シ ウ ム
子を混練した例などがある。
(TCP)製生体吸収性人工骨は,通常使用では体内で残存し
一方,生体活性セラミックスが擬似体液中において非化
ないという報告がある反面,大量に使用した場合は体内で
学量論的微結晶 HAp を形成する機序を応用し,シリカハイ
の残存報告があり,また,研究レベルでの骨形成能に対す
ドロゲルなどの表面に HAp 析出能(生体活性)を持たせる
る疑問もある。さらに,骨芽細胞の培養時において,TCP
研究が進んでいる 3) 。これは,混練による均一な複合体で
の骨関連遺伝子の発現様式が,骨系性能が高いと考えられ
はほとんどの生体活性粒子がポリマー内に埋め込まれ,生
て い る HAp や,HAp と TCP の 複 合 体 で あ る biphasic
体活性が抑制されてしまうので,ポリマー表面に生体活性
能を与えることで高い生体活性を担保するという考え方で
■著者連絡先
独立行政法人物質・材料研究機構
(〒 305-0044 茨城県つくば市並木 1-1)
E-mail. KIKUCHI.Masanori@nims.go.jp
ある。
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3.
り,これらとリン酸カルシウムを複合化した材料も数多く
生体溶解性複合体
研究されている。特に,キトサンは強度と生体活性が高い
1) 合成高分子を用いた複合体
ことから,数多くの研究が進められている。これら複合体
生分解性の合成高分子であるポリ乳酸,ポリグリコール
のほとんどは,リン酸カルシウム粒子とキトサン溶液の混
酸,ポリカプロラクトンなどをマトリックスとして用い,
練によって作製されてい るが,他にもキトサン溶液中で
それにリン酸カルシウムを分散させた複合体が数多く研究
HAp 微結晶を析出させる研究 5) や,HAp とキトサンをナノ
されている。スーパーフィクソーブ ® 30(タキロン)あるい
レベルから複合化させる研究 6) などがある。多糖類は,タ
(ポリ乳酸と
はオステオトランス・プラス ®(タキロン)
ンパク質であるコラーゲンと比較して熱や化学的環境の変
HAp の複合体)のように,既に市販されている材料もある。
化に強いため,潜在能力は高いと言える。また,マトリッ
また,マトリックス部分の最適化を目指した生分解性高分
クスにアルギン酸などの生分解性高分子を用い,架橋剤に
子の共重合体を用いた研究も数多くなされている。これら
シランカップリング剤を用いた生分解性の生体活性ハイド
の材料の特徴は,骨に近い強度を実現できること,ある程
ロゲルを合成する研究がある 7) 。これらの材料は,分解生
度の生体活性を持つこと,生体内で溶解してなくなるため,
成物に毒性の高いシランカップリング剤を含むため,注意
人工骨としては長期強度や疲労破壊などを考慮しなくても
深い検討が必要である。
良いことなどがあげられる。しかし,いずれの材料も表面
一方,リン酸カルシウムセメントにおいては,操作性の
に露出しているリン酸カルシウム量は低く,骨再生の足場
向上や生体内での硬化中の崩壊を抑制する目的で,バイオ
としての性能はセラミックス製人工骨に劣っている。
ペックス ® -R(HOYA)にはコンドロイチン硫酸が,セラ
近年,この種の合成生分解性高分子と生体活性セラミッ
クスの複合体からなる膜を組織誘導再生法(神経,骨,歯
ペースト ®(NTK)にはデキストラン硫酸が混練液に含まれ
ており,これもある種の複合体と言える。
周組織などの欠損部を細胞不透過性の膜で覆うことで瘢痕
3) コラーゲンを用いた複合体
組織の侵入を防ぎ,目的組織を再生する手法)へ応用する
骨の主成分が HAp とコラーゲンであることから,HAp と
試みがなされている。この場合,合成高分子の熱可塑性を
コラーゲンの複合体に関する研究は数多くあり,既に市販
うまく利用し,体温付近では外圧に充分に耐えうる弾性率
,Collagraft ®(Zimmer)
,
の製品〔ボーンジェクト ®(高研)
と強度を持ち,加熱することで組織欠損部に適した形に変
Healos ®(OraPharma)など〕が存在する。主要な複合体の
形可能という材料設計ができる。例えば筆者らのグループ
合成法は以下の二つに大別できる。
は,イヌ顎骨や脛骨の巨大骨欠損を TCP/ ポリ乳酸共重合
体(PLGC)複合体膜のみで再生可能であることを示してい
① リン酸カルシウムの粒子をコラーゲン溶液と混練し,
複合体を得る方法 8)
る 4) 。この TCP/PLGC は,溶融した PLGC に TCP 粉末を
② コラーゲンスポンジやシートをリン酸とカルシウム
加えて混練することで作製されているが,この条件で複合
を含んだ溶液中に浸し,コラーゲン上に HAp を析出
化を行うと,TCP 表面の Ca イオンと PLGC 分子上のカル
させる方法 9)
ボニル基の間に静電的相互作用が生じる。これによって
①の手法では,リン酸カルシウムのナノ粒子を用いたと
TCP を重量比で 85%加えても強度が低下せず,TCP 粒子が
してもコラーゲン線維と粒子の間に配向性は生じないが,
PLGC マトリックス中に一様分散している材料が作製でき
簡便な手法であり,骨の HAp/ コラーゲン重量比(約 7:3)
る。このようなことは,一般的に行われている有機溶媒に
は簡単に実現できる。ボーンジェクト ® や Collagraft® はこ
溶解した高分子に TCP を加える手法では起こらない。乳
の手法で作製された複合体である。この手法で得られた材
酸系合成高分子とリン酸カルシウムの複合体でもう一つ特
料は,リン酸カルシウム – コラーゲン間の界面相互作用に
徴的なのは,リン酸カルシウムが酸性で溶解するためにポ
乏しく,湿潤状態ではコラーゲンのように腰のない粘土に
リマー分解産生物である酸を中和し,ポリマーの分解速度
近いスポンジ状となる。これら複合体の生体反応は,コラー
を低減すると同時に,周囲組織の酸による炎症を抑制でき
ゲンに対するもの(マクロファージによる吸収)と,HAp
ることである。
顆粒に対するもの(骨伝導性)が個別に起こると考えられ
2) 生物由来高分子(コラーゲン以外)を用いた複合体
ている。
キトサン・ヒアルロン酸・コンドロイチン硫酸・アルギ
②の手法では,ごく初期にはコラーゲンと HAp の配向が
ン酸・カルボキシメチルセルロースなどの多糖類は,単体
認められるが,HAp 量が増えるに従い,予め形成されてい
でも生体吸収性の生体材料として研究や応用が進んでお
る太いコラーゲン線維上に HAp が堆積していき,最終的に
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は配向性が認められなくなる。Healos ® はこの手法で作製
された複合体である。一般に HAp の堆積量が少ないうち
はコラーゲンに近く,堆積量が多くなると HAp に近い機械
的性質と生体反応を示す。また,骨の HAp/ コラーゲン重
量比の材料を得るためには数日から数週間と長い時間がか
かる。
近年,この手法に polymer-induced liquid precursor を応
用したバイオミメティックな複合体合成法が報告されてい
る 10) 。この手法は生体内での骨形成をかなりの部分で模
倣しているため,配向を含めたナノ構造は非常に骨に近い。
この手法を更に改善したと考えても良いのが,コラーゲン,
リン酸源,カルシウム源を同一の酸性の溶液に溶解し,容
器内の pH をアルカリ側にすることでコラーゲンの線維化
と HAp の析出を同時に行うものである 11) 。この手法では,
骨のナノ∼ミクロ構造を再現することができると報告され
ている。
最後に紹介するのは,筆者らが開発した同時滴下法によ
る HAp/ コラーゲン骨類似ナノ複合体(HAp/Col)の合成で
ある 12) 。この手法の良い点は,充分に骨とよく似たナノ
構造と HAp/ コラーゲン比を持つ材料を簡便かつ大量に合
成できるところである。また,HAp/Col は比較的簡単な方
法で緻密体 12)・多孔体 13)・シート 14) などに成型すること
が可能である。骨内に埋入した HAp/Col は破骨細胞によ
り吸収され,その吸収窩に骨新生が起こる,骨リモデリン
グ代謝に完全に取り込まれる世界初の材料である 12) 。細
胞培養試験では,HAp/Col 上で培養することで,骨芽細胞
様細胞 MG63 が骨形成因子の添加なしでも骨形成活性を上
昇させること 14),マウスの骨芽細胞と共培養した骨髄細胞
が分化因子の添加なしで破骨細胞に分化すること 15) など,
HAp/Col が細胞の機能発現に直接影響を与えることが示
唆されている。また,HAp/Col には HAp ナノ結晶が含まれ
ていることから,BMP などの薬剤を担持することも可能
である 16) 。HAp/Col 多孔体は,現在企業が実用化中であり,
近い将来市販されるであろう。
文 献
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