●人工臓器 —最近の進歩 ペースメーカ 日本メドトロニック株式会社カーディアックリズムディジーズマネージメント 豊島 健 Takeshi TOYOSHIMA 1. はじめに 2. ペーシング機能表現法 創成期におけるペースメーカの機能は,心臓で血液拍出 を司る心室のみを,一定のリズムで刺激するものであった。 現在のペースメーカの機能は 5 文字からなるコードで表 現 さ れ て い る。 こ の コ ー ド は,NBG コ ー ド〔 NASPE/ その後,心房に同期して心室を刺激する「デュアルチャン BPEG Generic Pacemaker Code(NASPE: North American バー型ペースメーカ」が登場し,これが心房,心室に対し, Society of Pacing and Electrophysiology; BPEG: British 正常な心臓と同様の興奮過程を維持できることから, 「生 Pacing and Electrophysiology Group) 〕1) と呼ばれ,ペース 理的ペースメーカ」として受け入れられるようになった。 メーカの基本的機能と言える動作モードが,先頭の 3 文字 また最近では,左右の心室の収縮時相にズレがあるために で表されている。ここでは,本稿の解説を理解しやすくす それぞれの血液充満を阻害し合い,十分な血液拍出能力 るために,このコードについて解説しておくことにする。 を発揮できず,心不全に陥っている心臓の両心室を刺激し ペースメーカの動作モードを表す 3 文字のうち,第 1 文 て 治 療 す る 心 再 同 期 療 法(Cardiac Resynchronization 字目は刺激対象部位を,第 2 文字目は心電位監視対象部位 Therapy: CR T)が普及しつつある。このように,不整脈治 を,第 3 文字目は心電位を検出した場合の刺激の制御方法 療から始まった心臓を刺激するペーシング治療の応用範囲 を表している。第 1 文字目と第 2 文字目は,対象部位が心 は,ここ数年で更なる拡大を見せている。 房の場合は「A」 (Atrium) ,心室の場合は「V」 (Ventricle) , しかし,最近の大規模臨床研究の結果から,従来「生理 その両者を対象とする場合は「D」(Dual),どちらも含ま 的ペースメーカ」とされていたデュアルチャンバー型が, ない場合は「O」(None)で表される。また第 3 文字目は, 必ずしも「生理的」と言えるほどの臨床成績を出していな 心電位が検出された場合,次の刺激を抑制する機能を「I」 いことが明らかになった。その結果,これまでの「生理的 (Inhibited) ,これに同期して,直ちにまたは一定の遅延時 ペーシング」に関する概念が見直され,従来のものとは大 間後に刺激を発生する機能を「T」(Triggered) ,その両者 きく異なった機能のペースメーカも登場し始めている。 の機能を持つ場合は「D」 ,どちらも含まない場合は「O」で 本稿では,ペースメーカの機能の変遷を振り返りながら, 「生理的ペーシング」に関する新しい概念についても紹介 表される。 たとえば,心室を刺激対象とし,心電位を監視せずに無 条件で刺激する動作モードは「VOO」となる。また,心室 することにする。 に心電位監視機能を持たせ,心電位が検出されると,予定 されている次の心室刺激を抑制する動作モードは「VVI」で 表 さ れ る。 上 述 の「 心 室 」を「 心 房 」に 置 き 換 え る と, 「AOO」, 「AAI」で表される動作モードを理解することがで ■著者連絡先 日本メドトロニック株式会社カーディアックリズムディ ジーズマネージメント (〒 105-0021 東京都港区東新橋 2-14-1 コモディオ汐留 5F) E-mail. takeshi.toyoshima@medtronic.com 130 きる。このような心房ないし心室のみを対象とするものを 「シングルチャンバー型ペースメーカ」という。 この他に,心房,心室の両者を刺激対象とし,どちらの 人工臓器 38 巻 3 号 2009 年 心電位も監視せずに,無条件で両者を刺激する動作モード れがペースメーカの刺激による興奮と競合すると,タイミ は「DOO」 ,また心室の心電位を監視し,これが検出される ングによっては心室細動の原因となりかねない恐れがある と,予 定 さ れ て い る 心 室 刺 激 を 抑 制 す る 動 作 モ ー ド は ため,このような場合に刺激を取り消せるディマンド型 「DVI」で表される。この「DVI」モードは, 「VVI」モードで (VVI)ペースメーカが,1964 年に開発されている。また, 心室を刺激する前に,無条件で心房を刺激する機能(AOO) 1970 年になると,心室をディマンド型で刺激する際に,心 を持たせたものと等しい動作になる。また,この「DVI」モー 室 へ の 刺 激 に 先 行 し て 心 房 を 刺 激 す る,い わ ゆ る バ イ ドでは心房側が無条件で刺激されるが,心房側に心電位監 フォーカル型(DVI)ペースメーカが開発されている。この 視機能を持たせ,心電位が検出されると,次の心房刺激を ように,ペースメーカの創成期から 10 年ほどの間に,心 取り消す機能(AAI)を持たせた動作モードは「DDI」で表さ 房・心室間の興奮過程を正常な心臓と同等に保てるように れる。 したデュアルチャンバー型ペースメーカの開発がすでに行 また,心房の心電位を監視し,これが検出されると,そ われていた。 れに同期して,一定時間後に心室刺激を発生する動作モー しかし,当時の電極は,心室側も心房側も外科的に心外 ドは「VAT」で表される。この「VAT」モードは心房の活動 膜に縫い付けるものであったため,特に心筋層の薄い心房 が正常の場合,心房に同期して心室を刺激することで,心 で,長期間にわたり安定した機能を維持することは困難 房・心室間の興奮過程を,正常な心臓と同様に維持させよ だった。これに対し,1963 年に経静脈的に装着できる心室 うとするものである。しかし, 「VAT」モードでは心房の心 用の植込み型心内膜電極が開発され,1969 年には先端を J 電位が検出されると,心室が無条件で刺激されるため,心 字状に成型し,経静脈的に心房内壁に接触させる植込み型 室に心電位監視機能を持たせ,心室が自ら興奮した場合に 心房電極が開発されたが,これらが長期間,安定した機能 刺激を取り消せるようにした動作モードは「VDD」で表さ を維持できるようになるまでには,様々な改善が必要とな れる。 り,さらに 10 年ほど待たなければならなかった 2) 。 さらに「VDD」モードでは,心房側に刺激機能がないた 1980 年代に入ると,体外から無線的に刺激条件や動作 め,心房の心電位が検出されなくなると,心室のみを「VVI」 モードを変更できるマルチプログラマブル方式となり, モードとして刺激することになる。このような場合に, デュアルチャンバー型のペースメーカが続々と登場し始め 「DDI」モードで心房・心室の両者を刺激するようにした動 た。これにより,完全房室ブロックに対する心室ペーシン 作モードは「DDD」で表される。これは,ペースメーカと グが中心だったペーシング治療の対象が,洞機能不全によ して最も高度な動作モードということになる。これら,心 る徐脈あるいは徐脈頻脈症候群に対する心房ペーシング, 房および心室の両者を扱うものを,デュアルチャンバー型 あるいはデュアルチャンバー型ペーシング治療へと拡張さ ペースメーカという。 れていくことになった。 また,この時期には身体活動の激しさを様々な生理的指 3. ペーシング機能の変遷 標から判別し,生理的需要に応じて心拍数を制御する, ペースメーカが初めて人に植え込まれたのは 1958 年, 「レート応答型ペースメーカ」が盛んに開発されるように スウェーデンの心臓外科医 Åke Senning によってであっ なっていた。レート応答機能を有する場合は,ペースメー た。この当時のペースメーカは,心室のみを一定のリズム カの動作モードを表す 3 文字コードの後ろに, 「R」 (Rate で刺激する固定レート型と呼ばれるものであった。この機 modulation)の文字を添えて表される。 能は現在の VOO モードに相当するものである。当時の治 療対象は,アダムスストークス症候群と呼ばれる,ときお り失神発作を伴う完全房室ブロックの患者であったため, 4. 「生理的ペーシング」に関する概念の変遷 従来,正常な心臓と同様,心房と心室を一定時間間隔で 心室が自ら興奮することは稀であり,これで十分な治療効 順次に収縮させることができる動作モード,すなわち VAT 果が得られ,ペースメーカの普及が始まるきっかけとなっ あるいは VDD モードでペーシングすることが「生理的」で た。 あるとみなされていた。事実,DDD ペーシングと VVI ペー これに対し,心房・心室間に正常な心臓と同様の興奮過 シングの臨床成績を比較した研究の多くは, 「房室間の同 程を回復できる,いわゆる心房同期型(VAT)ペースメーカ 期が心機能維持に重要である」あるいは「心房細動の発生 が開発されたのは 1962 年のことである。また,完全房室 率は DDD ペーシングの方が少ない」などとする報告が多 ブロックであっても,心室が自ら興奮することもあり,こ かった。しかし,2000 年前後に公表された,ペーシングモー 人工臓器 38 巻 3 号 2009 年 131 ドを比較した複数の大規模臨床研究が,意外な結果をもた らすことになった 3) 。 従来,房室同期機能を持たせることができることから, より生理的とみなされていた DDD ペーシングと,房室同 期機能を持たないため非生理的とみなされていた VVI ペー シングの予後を比較すると,生存率あるいは心不全発症率 に有意な差が見出せないという結果が相次いで公表された のである。 この内容をより詳しく知るには,これらの臨床研究のサ ブ解析の結果をみる必要がある。DDD ペーシング群のデー タを,心室のペーシング率で区分して比較すると,心室が ペーシングされていた割合が大きいほど全死亡率,心不全 発症率が高くなっていることが分かる。なぜ心室ペーシン 図1 両心室(トリプルチャンバー)型ペースメーカ グ率が高くなるほど成績が悪くなるかについては次のよう に解釈されている。 すなわち,これらの臨床研究の対象となった症例のペー シング部位は DDD,VVI の両群とも右室心尖部で,正常な 室間の興奮タイミングが揃っていないことを示しており, この状態を心室間 / 心室内伝導障害という。この状態下で 心臓と心室の興奮伝播経路が異なることが原因とみなされ は,それぞれの心室の収縮タイミングにもズレが生じ,互 た。正常な心臓では心室の興奮は房室結節から,ヒス束, いの血液充満を阻害し合って,十分な血液拍出能を発揮で 右脚および左脚へと,まず心室中隔上部から下部へと伝播 きずに心不全に陥ってしまっていると言える。 し,次いで心室の自由壁を上に向かって伝播している。し この治療のためには,従来の不整脈治療と同様の,右心 たがって機械的収縮も,この順序に従って発生することに 房,右心室に装着される電極に加え,左心室側にも電極を なる。これに対し右室心尖部刺激時には中隔側では逆方向 装着し,心房の心電位に同期し,左右心室の興奮のズレを に伝播することになり,自由壁側では収縮タイミングが早 補正できるタイミングで左右両心室を刺激することが有効 まる結果となる。また左心室は常に遅れて興奮することに になる。これが心再同期療法である。また,左右両心室を なる。この興奮伝播経路の相違が,ペースメーカに房室同 刺激することから「両心室型ペースメーカ」 ,あるいは右心 期機能を持たせることよりも影響が大きいと結論付けられ 房,左右両心室を対象としていることから「トリプルチャ た。したがって,最近では,心房の心電位検出から心室を ンバー型ペースメーカ」などと呼ばれることもある(図1) 。 刺激するまでの時間(AV 間隔)を従来より長く設定して, 左心室用の電極(リード)は,経静脈的に右心房に電極を できる限り自己伝導による心室収縮を優先するような設定 進め,冠状静脈洞開口部から冠状静脈を逆行させ,途中の が選択されるようになっている。 静脈分枝部を選択し,左心室の最も興奮が遅れている部位 しかし,完全房室ブロックでは,房室間の自己伝導を望 むことはできないため,これらの治療法としては,心臓の 近辺に到達させて,心外膜側から静脈壁を介して刺激する 方法がとられている(図2)。 興奮伝播経路が正常な心臓に近くなるように,ヒス束ある また,CR T の対象となる心不全患者の中には,致死性の いはその近傍,右室流出路,右室中位中隔など,従来の右 不整脈を生じる可能性の高い症例も含まれているため,除 室心尖部と異なった部位が選択される傾向が強くなりつつ 細 動 機 能 を 持 っ た CR T-D(Cardiac Resynchronization ある。これらの部位でペーシングするには,電極先端を心 Therapy with Defibrillator)も普及している。 筋にねじ込んで固定できる,スクリューイン電極が不可欠 2)自己伝導心室収縮優先ペースメーカ となる。 前述の大規模臨床研究の結果を受けて,最近のペース メーカは,可能な限り自己伝導による心室収縮を優先させ 5. 新しい機能のペースメーカ るような機能を取り込んでいる。たとえば,AV 間隔を従 1)心不全治療用のペースメーカ 来のものより延長できるようにして,房室伝導時間が長く 心不全の中には,QRS 幅が拡張し,左脚ブロック様の心 なっても心房と心室が 1 対 1 で交互に収縮できる状況にあ 電図を示す症例が見受けられることがある。これは左右心 れば,心室の自己伝導収縮を優先させる機能を取り入れて 132 人工臓器 38 巻 3 号 2009 年 ペーシング治療の長期予後が大規模臨床研究によって検証 され,従来の考えが不十分であったことが露見して, 「生理 的ペーシング」に関する概念が見直されつつある。また, 心不全の中には心室の興奮伝播経路を制御することで治療 できるものがあることが分かり,興奮伝播経路と心機能の 関係に目が向けられるようになってきた。この着眼点から すると,新たに登場した自己伝導心室収縮優先ペースメー カの使途にも,何らかの制限を付加すべきとも考えられる。 50 年の歴史を持つペーシング治療も,究極の段階を迎え ているとはいえず,追求すべき点はまだ少なからず残って いるようである。 図2 両心室型ペースメーカの電極位置 文 献 いる製品がある。また,房室間伝導時間が長くても,房室 が 1 対 1 で交互に収縮している場合には,AAI モードで動作 させ,心房収縮に心室収縮が伴わなくなると DDD モード として心室を刺激する機能を持つ製品なども登場してい る。 6. おわりに 1) Bernstein AD, Camm AJ, Fletcher RD, et al: The NASPE/ BPEG generic pacemaker code for antibradyarrhythmia and adaptive-rate pacing and antitachyarrhythmia devices. Pacing Clin Electrophysiol 10: 794-9, 1987 2) Stokes K, Stephenson NL: The implantable cardiac pacing lead - just a simple wire? The third decade of cardiac pacing, ed by Barold SS, Mugica JM, Futura, New York, 1982, 365-416 3) 安部治彦:大規模臨床試験からみた心室ペーシング部位 の重要性.心室中隔ペーシングの実際,安部治彦編, メディ カルレビュー社,大阪,2007, 47-54 最初のペースメーカ植込みから半世紀を迎えた昨今, 人工臓器 38 巻 3 号 2009 年 133
© Copyright 2024 Paperzz