Cytokine-adsorbing hemofilter:バクスター セプザイリス(AN69ST膜

●特集「血液浄化器の進歩」
Cytokine-adsorbing hemofilter:バクスター セプザイリス
(AN69ST 膜 hemofilter)
バクスター株式会社メディカルプロダクト事業部 Acute Care グループ
森山 和広,小野塚 紀子,綱島 英人
Kazuhiro MORIYAMA, Noriko ONOZUKA, Hidehito TSUNASHIMA
1.
界で初めての合成高分子膜が開発された。この膜は,開発
はじめに
年にちなんで AN69 と名付けられた。AN69 膜は疎水性の
本邦では,重症敗血症及び敗血症性ショックに対する治
療目的で血液浄化法が積極的に行われているが 1),これま
アクリロニトリルと親水性のメタリルスルホン酸ナトリウ
ムによって構成される世界で唯一の緻密(ハイドロゲル)
での持続緩徐式血液濾過器の保険適用は,急性腎不全の患
構造であり,非常に高い親水性を有している(図 1)
。また,
者あるいは循環動態が不安定になった慢性腎不全の患者が
AN69 膜は吸着膜であり,サイトカイン吸着特性を報告し
対象であった。すなわち,腎代替療法(CRR T)という言葉
た論文も多い 3) 〜 5) 。アクリロニトリルをベースとする膜
に示されるように,あくまでも腎補助目的で使用されてい
には AN69 膜および旭化成メディカル株式会社が以前製造
る。一方,AN69ST 膜 2) からなる持続緩徐式血液濾過器〔製
販売していたポリアクリロニトリル(PAN)膜があるが,
品名:sepXiris ®(セプザイリス ®)〕は,重症敗血症及び敗
PAN 膜はメタリルスルホン酸ナトリウムを含有しておら
血症性ショックを対象とした治験にてサイトカイン吸着性
ず,構造,性質も大きく異なっている 6) 。
能が認められ,製造販売承認を取得し,2014 年 7 月 1 日よ
り,新たに重症敗血症及び敗血症性ショック患者を適応と
3.
AN69ST 膜の開発
セプザイリスに用いられている膜素材は AN69ST 膜であ
して保険収載された。本品の保険収載により,持続緩徐式
血液濾過器の保険区分は,従来の急性腎不全あるいは循環
る。この膜は,AN69 膜に生体適合性の良いカチオンであ
動態が不安定になった慢性腎不全を適応とする標準型と,
るポリエチレンイミンを表面処理したものである。この表
それらに加えて重症敗血症及び敗血症性ショックを適応と
面処理は,膜の厚み全体(バルク層)の陰性荷電をそのまま
する特殊型の 2 つに区分された。本稿では,セプザイリス
に保ち,血液と接する膜内表面のゼータ電位を低下させ
の開発の経緯ならびに,その膜素材である AN69ST 膜の特
る 7)。その結果,膜内表面と血液との接触によるブラジキ
徴を中心に述べる。
ニンの産生を減少させる 8)。さらに,使用前にヘパリン添
2.
加生理食塩液でプライミングすることにより,膜表面がヘ
AN69 膜の開発経緯
パリンコーティングされる 6),7),9)(図 2)。
1960 年代の透析医療の黎明期には,セルロース膜を用い
た透析が行われていた。当時のフランスの国策企業であっ
4.
AN69ST 膜の構造 ─ハイドロゲル構造─
たローヌ・プーラン社は,セルロース膜より大分子量物質
AN69 膜,AN69ST 膜は特有の製法により,膜の化学的性
を除去できる膜の開発に着手した。その結果,1969 年に世
状は水分含有率 70%のハイドロゲル構造をとる。水性懸
濁液にポリマー鎖を分散しているハイドロゲル構造では,
各種病因物質(アルブミンの分子量より小さいタンパク
■ 著者連絡先
バクスター株式会社メディカルプロダクト事業部 Acute
Care グループ
(〒 105-6320 東京都港区虎ノ門 1-23-1)
E-mail. kazuhiro_moriyama@baxter.com
質)への accessibility が大幅に増加する 2) 。この原理により,
病因物質は血液接触表面への吸着のみならず,中空糸の内
側(血液接触側)から外側(透析液接触側)にかけてバルク
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図1
図2
AN69 膜素材と構造
AN69ST 膜表面処理とプライミング時のヘパリンコーティング
層全体に浸透するため,吸着体積が大きくなる。一方,本
ハイドロゲルバルク層全体へのゲル濾過のような物質浸潤
邦で使用されている膜は微細孔(ミクロポア)膜と呼ばれ
。この違いは,濾過性能,膜寿
をイメージできる 13)(図 3)
る。ミクロポア膜では,内表面とポリマー内部の網目構造
命や吸着飽和までの時間等に影響しそうである 14) 。実際,
部分がタンパク質の吸着部位となる(図 3)。湯本らは,上
高濾過流量の比較研究である RENAL study では,全症例で
記の膜構造の違いを示唆する high mobility group box 1
AN69 膜 hemofilter が使用されていた。約 50%の症例で抗
(HMGB1)に対する吸着試験結果を報告している 10),11)
。
HMGB1 に対する血液クリアランス(CL)は,ポリメチルメ
タクリレート(PMMA)膜 hemofilter では約 25 ml/min,
AN69ST 膜 hemofilter では約 60 ml/min と,膜との吸着特
凝固薬は使用されておらず,血液浄化量は高流量群で平均
2,700 ml/h であり,24 時間ごとに膜交換されていた 15) 。
5.
AN69ST 膜の特性 ─イオン結合によるサイトカ
イン吸着─
性とともに膜の吸着体積の違いを示唆する結果であった。
また,PMMA 膜 hemofilter では経時的に著しい膜間圧力差
高分子膜とサイトカイン等のタンパク質との結合様式と
(TMP)の上昇が認められたが,AN69ST 膜 hemofilter 使用
して,極性結合(水素結合等),疎水性結合,イオン結合が
時の TMP の上昇は軽微であった。このことから,PMMA
極性結合,
挙げられる 16) 。イオン結合の結合エネルギーは,
膜による吸着現象はミクロポアに限局して詰まりながら物
疎水性結合の 5 〜 10 倍であると言われている。ポリスルホ
質除去される填り込み吸着 12) であり,AN69ST 膜の場合は
ンや PMMA 等の本邦で使用されている膜は荷電が微弱な
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図3
各種血液濾過膜の膜構造とタンパク質吸着部位の違い
図4
AN69 膜に対するサイトカインの吸着機序
ため,タンパク質との結合は主に疎水性結合となる。一方,
るが,濾過による CL は濾過液流量とふるい係数との積と
AN69ST 膜は強い陰性荷電のバルク層を有するハイドロゲ
なるため,効率的な除去は望めない 14),17) 。一方,吸着は
ル膜である。サイトカインとの吸着機序は,膜の陰性荷電
除去したい物質と膜との相互作用の結果であり,膜の構
(スルホネート基)とサイトカインのアミノ基(陽性荷電)
造・電荷,除去対象物質の電荷・半減期・大きさ等で決ま
とのイオン結合となる(図 4)。このことは,タンパク質を
る。先の湯本らの実験結果では,AN69ST の HMGB1 に対
吸着させた膜をイオン結合を弱める溶媒で処理することに
する血液 CL は約 60 ml/min を示し,理論上の濾過の上限
より,膜に吸着されたタンパク質が溶出してくることから,
値である 17 ml/min を大きく超えた 10),11) 。このように吸
確認されている。なお,ポリエチレンイミンによる表面処
着の原理を工夫した場合,サイトカインの血液 CL の理論
理は,サイトカイン吸着能に影響しない 7)
6.
。
上の上限値は血流量となり,濾過の原理と比べて優位性が
血液濾過によるサイトカインの除去 ─濾過の限
界と吸着の優位性─
ある 14) 。
重症患者に対して病因物質の除去を企図した場合,本邦
では濾過より吸着の原理が注目されており 1),14),18),使用す
物質除去の原理としては,透析(拡散)
,濾過(対流)そし
る膜のサイトカイン吸着特性により治療効果や転帰に差が
て吸着の 3 つの原理がある。除去対象を 20 〜 30 kD のサイ
でるとの報告がされている 19),20) 。一方,海外ではもっぱ
トカインとした場合,主に濾過と吸着を工夫することとな
ら血液浄化量を増大させる方法が検討されてきたが,有用
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表1
セプザイリスの使用目的,効能又は効果
下記の適応患者に対して,数時間ないし数日間にわたり持続的に血液濾過を行う
ことにより,血液中の尿毒物質,その他の有害物質の除去,及び血液中の水分,
電解質を緩徐に除去・調整,さらにサイトカインを吸着除去し,病態の改善をは
かることを目的とする。
(1)重症敗血症及び敗血症性ショックの患者
(2)敗血症,多臓器不全,急性肝不全,急性呼吸不全,急性循環不全,急性膵炎,
熱傷,外傷,術後等の疾患又は病態を伴う急性腎不全の患者,あるいはこれら
の病態に伴い循環動態が不安定になった慢性腎不全の患者
性は見いだされなかった 15),21) 。これらの結果をうけ,海
性ショックの適応を取得したため,特殊型の持続緩徐式血
外においても吸着機序が見直され,サイトカインやエンド
液濾過器として 2014 年 7 月に保険収載された。
トキシンに吸着特性を有する血液濾過器(oXiris ®)による
臨床研究(NCT01948778)も開始されている。
セプザイリスの開発の経緯,および AN69ST 膜の構造,
セプザイリスの治験成績と保険適用
7.
おわりに
8.
特性について述べた。今後,多くの知見が蓄積され,重症
重症敗血症及び敗血症性ショックに対する国際的ガイド
患者の救命率向上の一助となることを期待している。
ラ イ ン で あ る Sur viving Sepsis Campaign guidelines
(SSCG)2012 年版 22) および日本版敗血症診療ガイドライ
利益相反の開示
本稿のすべての著者はバクスター株式会社の社員である。
ン 23) においても,急性腎障害を伴う重症敗血症では,循環
動態が不安定なため,体液バランス管理が容易な CRR T が
適応となる。また,本邦では,腎不全の有無にかかわらず,
文
サイトカインなどのメディエータの制御を企図して行われ
る,いわゆる non-renal indication の持続的血液濾過(透析)
も広く行われている 18),23),24) 。今回,治験を行ったセプザ
イリスは,重症敗血症及び敗血症性ショック患者を対象と
して,サイトカインを吸着除去することにより,組織酸素
代謝障害の改善を介して臓器障害を改善し,患者の生存率
の向上に寄与すると期待された 24) 。入症基準は,敗血症
かつ血中乳酸値 4 mmol/l 以上の症例とし,腎不全の有無は
問わなかった。主要評価項目は,治験機器使用開始 28 日後
生存率と設定し,標準治療を行った場合の治療成績の報告
と比較した。その結果,入症患者は 34 例で,APACHE Ⅱス
コアは平均 32.7,APACHE Ⅱスコアから算出した予測生存
率は 20.3%であったが,実際の 28 日後生存率は 73.5%で
あった 25) 。この救命率は,海外の SSCG に準拠した治療に
よる救命率を凌駕しており 26),重症敗血症及び敗血症性
ショックに対する高流量血液濾過やエンドトキシン吸着療
法の治療成績と比較しても高かった 25) 。また,治験で敗
血症の病態に深く関与している 6 種類のサイトカインがセ
プザイリスにより吸着除去できることを示すことにより,
添付文書の【使用目的,効能又は効果】の項目に サイトカ
インを吸着除去し の文言が明記された(表 1)。さらにセ
プザイリスは従来の適応に加えて,重症敗血症及び敗血症
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献
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