Monthly IHEP 2013 11月号 No.225 社会の高齢化に伴う疾病負担の変化に関する国際比較研究 ―胃がんの疾病負担の日韓比較研究― 東邦大学 医学部 社会医学講座 助教 藤田 茂 氏 東邦大学 医学部 社会医学講座 講師 松本 邦愛 氏 東邦大学 医学部 社会医学講座 教授 長谷川 友紀 氏 研究の背景 データを用いた。割引率は3%とした。日本は1996 日本の高齢化率は2012年時点で24.1%と世界で最 年~ 2011年までの3年毎の6時点、韓国は2008年 も高く、種々の疾病の社会的負担の様相が大きく変 と2011年の2時点のCOIを推計した。 化してきている。また、韓国の2010年時点での高齢 化率は11.1%と日本に比べてまだ低いが、すでに合 結果 計特殊出生率は日本を下回っており、今後急速な高 日本の胃がんのCOIは、1996年に1兆2,935億円で 齢化が見込まれている。 あったが、低下傾向にあり、2011年時点では1兆 1,198億円になっている(図表1)。内訳をみると、 目的 一番大きな割合を占めるのは死亡費用で(70.7%~ 本研究は、ともに高齢化が進行する日本と韓国に 75.2%)、次いで直接費用(18.2%~ 24.1%)、罹病 おいて、胃がん(ICDコード:C16)を取り上げ、 費用(4.0%~ 6.6%)の順になっている。死亡費用 その社会的負担を推計し比較することを目的とす は低下傾向にあり、1996年から2011年の間に14.8% る。 減少している。直接費用は、はっきりした増加もし くは減少傾向はみられない。罹病費用は継続的に減 方法 少し、1996年から2011年の間に48.2%の減少がみら 本研究では、社会的費用を検討するためにCost of れる。 illness(以下、COI)を算出した。COI法は、直接 COI推計期間中に、死亡に占める高齢者の割合が、 費用、間接費用によって構成されている。直接費用 1996年の70.1%から2011年の81.9%と、11.8%の増加 として医療費(治療費、入院費、検査、薬剤等)を がみられた。これを受けて平均死亡年齢も70.2歳か 算出し、間接費用として罹病費用(通院・入院にか ら74.8歳へ4.6歳の上昇がみられた。 かった機会費用)と、死亡費用(人的資本の喪失) 韓国の2008年と2011年のCOIは、それぞれ3,631億 を算出した。間接費用は外来・入院延べ日数や死亡 ウォン、4,267億ウォンであった。内訳は、最も大き 者数と労働価値との積算によって算出した。費用の い 割 合 を 占 め る の は 死 亡 費 用 で( 両 年 で80.9 %、 算出には、日本の社会医療診療行為別調査、賃金構 75.2%)、次いで直接費用(同16.0%、21.0%)、罹病 造基本統計調査、労働力調査、無償労働の貨幣評価 費用(同3.1%、3.8%)の順になっていた。両年の 額 の 推 計、 患 者 調 査、 人 口 動 態 統 計 と、 韓 国 の 比較では、直接費用、罹病費用は上昇しているが、 National Health Insurance Statistical Yearbookお 死亡費用は16.6%の下落がみられる。 よびKorean Statistical Information Serviceの公表 韓国の高齢化率は、2011年時点では11.4%と日本 26 2012年度(第16回)研究助成「研究要旨」 Monthly IHEP 2013 11月号 No.225 図表1 日韓COIの推移 に比べてまだ低い。韓国の粗死亡率は、10万人対 することになる。 21.1人、19.5人 と 同 年 の 日 本 の 粗 死 亡 率(39.3人、 韓国も2時点の比較では死亡費用の減少がみられ 38.9人 ) と 比 し て 低 く、 高 齢 者 が 占 め る 割 合 も たが、これは日本と同様の高齢化による影響のほか 65.1%、67.7%と日本より低くなっている。平均死 に、全体の死亡数の減少及び60歳以降の年代におけ 亡年齢も67.1歳、68.2歳と日本と比較してそれぞれ7.0 る失業率の増加が、労働価値を引き下げたことが影 歳、6.7歳若い。外来回数、入院回数を人口当たり回 響している。 数に換算して比較した場合、韓国は日本の値の半分 韓国の一人当たりCOIが低く見積もられた理由に 以下となり、死亡数の差と比べて差が大きいことが は、両国の実質労働賃金の違いや、韓国の外来回数、 わかる。平均在院日数は27.3日、27.1日であり、日 入院回数の低さ、両国の高齢化率の違い等が影響し 本の水準と大きな差はない。 ていると考えられた。 購買力平価為替レート(PPPレート)を用い、両 国のCOIを円建てで比較すると、韓国のCOIは両年 結論 で、3,372億円、2,480億円であり、それぞれ日本の すでに高齢化が進んだ日本では、人的資本の低下 30.2%、22.1%になる。さらにこれを人口で割った の影響を受けて胃がんのCOIが減少している。一方、 一人当たりCOIを比較すると、韓国の一人当たり まだ高齢化率が日本ほど高くない韓国では、日本に COIは日本の78.9%、56.9%に相当する。 比して人的資本価値が高いことが明らかになった。 今後の韓国は、高齢化の進展によって日本が経験し 考察 たCOIの変化をたどることが予想される。両国の比 日本で、死亡数に大きな変化が無いにも関わらず 較により、高齢化の進展が胃がんの社会的費用に与 近年のCOIが減少したのは、死亡者自体の高齢化が える影響が明らかとなった。 大きく関係していると考えられる。本研究では、死 亡費用は人的資本法を用いて計算しているので、年 齢が高くなるほど人的資本価値が低下する。高齢で の死亡者が増加すれば、一人当たり死亡費用は減少 し、全体の死亡数が変わらなくても死亡費用は低下 2012年度(第16回)研究助成「研究要旨」 27
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