●第 48 回日本人工臓器学会大会 特別講演会 重症心不全治療への挑戦 ─ 補助人工心臓,心臓移植そして再生医療 ─ 大阪大学大学院医学系研究科外科学講座心臓血管外科学 澤 芳樹 Yoshiki SAWA 内科的心不全治療が難しくなった重症心不全は,補助人 体外設置型拍動流ポンプ(paracorporeal pulsatile pump) 工心臓か心臓移植しか治療法はなく,我々もわが国におけ は,左室あるいは左房から脱血し体外に置いた比較的小型 る臨床成績を報告し,その臨床的有用性を実証してきた。 の空気駆動によるポンプで上行大動脈に送血する装置であ しかし最近,重症心不全治療の新たな解決策となる再生型 る。わが国では,東洋紡国立循環器病センター型の VAS が 治療法として,いろいろな自己細胞を用いた臨床応用が開 使用されている(図 1)。後述する埋め込み型 LVAS との使 始されている。我々は,重症心不全に対する再生治療の臨 い分けは,体外設置型では両心補助が可能であり,体重 20 床応用を目指して,細胞シートによる再生治療法の開発を kg 程度までの小児例でも循環補助が可能である点である。 行ってきた。患者の足の筋肉から培養した自己筋芽細胞で 体 内 埋 め 込 み 型 拍 動 流 ポ ン プ(implantable pulsatile 温度感応性培養皿を用いて自己筋芽細胞シートを作製し, pump)は,ポンプ自体を腹壁に作製したポケットの中に置 その臨床応用を開始し,第一例目の症例では心機能の回復 き,体外の駆動装置には直径 1 cm 程度のケーブルでつな が得られ,最終的に人工心臓からの離脱に成功し,現在日 がっているというもので,体外設置型に比し,より多い流 常生活に復帰した。このように臨床応用が始まった心臓の 量が得られ,バッテリーによる駆動が可能なことから,小 再生治療法について,心不全に対する心臓移植や人工心臓, 型のコントローラーをつけ外出が可能である。Novacor ® そして人工多能性幹(iPS)細胞の話題も交えて,重症心不 LVAS(WorldHeart 社 , Canada)は,これまで主として BTT として 1,500 例以上に使用された。比較的強力な抗凝固療 全に対する近未来の治療戦略を紹介する。 法を必要とするという問題があるが,機械的信頼性に優れ, 1. 補助人工心臓治療 4 年以上の長期補助例も報告されている。体表面積(BSA) 1970 年代から開発が始まった補助人工心臓は,もともと > 1.5 m2 以上の体格があり,数ヶ月以上の使用が想定され 永久使用(destination therapy)を目的としていた。しかし る場合,生活の質(QOL)を考慮すると,体内埋め込み型補 ながら,1980 年代半ばからは,心臓は切除せず残したまま で,補助のみを行う左室補助人工心臓(left ventricular assist system; LVAS)が心臓移植へのつなぎ(bridge to transplantation; BTT)として盛んに臨床応用されるように なった。また,近年,補助中に自己心機能の回復を認め, LVAS から離脱する症例の報告も増えてきており,心機能 回復へのつなぎ(bridge to recover y; BTR)としての使用 や,そのメカニズムの研究も盛んとなってきている。 ■著者連絡先 大阪大学大学院医学系研究科外科学講座心臓血管外科学 (〒 565-0871 大阪府吹田市山田丘 2-2) E-mail. sawa@surg1.med.osaka-u.ac.jp 人工臓器 40 巻 1 号 2011 年 図 1 Toyobo 国循型 21 (a) (b) 図 2 埋め込み型補助人工心臓: 第二世代定常流ポンプ (a)軸流ポンプ,(b)遠心ポンプ 助人工心臓が望ましい。現在,Novacor ® LVAS のみが,心 ロンビン時間 – 国際標準化比(PT-INR)3 前後を目標にコ 臓移植登録された拡張型心筋症(DCM)患者に保険適応と ントロールする。 VAS 装着後は,自己心機能回復が得られ VAS からの離脱 なっている。 心臓移植へのブリッジとしてのこれらデバイスの成績に が可能となる症例があることが明らかになっており,全身 ついては多くの報告があるが,欧米においては平均 3 ∼ 6 ヶ 状態安定後,ベータブロッカー,アンジオテンシン変換酵 月程度の補助期間中に,概ね 70 ∼ 80%程度の症例で心臓 素阻害薬(ACE-I),spironolactone などを用いた心不全に対 移植に到達し得たとするものが多い。初期には LVAS 装着 する薬物治療を行い,定期的に自己心の機能評価を行う。 例では非装着例に比し,心移植後の成績が不良との報告も これでも自己心の回復が得られない症例では心移植待機を あったが,最近ではむしろ,LVAS 補助中に長期の心不全状 続けるが,わが国では 500 日を越える期間が必要であり, 態により生じた臓器障害や栄養状態が改善し,心移植後の この期間の感染対策,精神面のサポートなども重要である。 成績がカテコラミン依存状態からの心移植患者に比し,良 この点から,退院が可能で,より QOL を向上させ得る埋め 好であったと報告されている。さらに肝,腎障害や肺高血 込み型 LVAS の役割は大きい。 圧症などにより心移植適応外とされた患者が LVAS 装着に 最近,デバイスラグが社会的にも問題視されるに至り, より移植適応となる“bridge to eligibility”というケースも 唯一であった Toyobo 国循型に加え,第二世代の遠心また 多く報告されている。 は軸流方式の定常流ポンプが 4 種(図 2)もほぼ同時期に治 一方,術後の多臓器障害も大きな問題である。これに関 験を終え,間もなく保険償還される。我々もこのような埋 与する因子として,術前のうっ血性肝障害や,腎機能障害 め込み型の第二世代ポンプを 30 例に使用し,第一世代のポ の程度,右心不全,感染の他に,LVAS による補助流量, ンプに比し良好な成績を報告してきた(図 3) 。これでよう LVAS の機種があげられる。充分な補助流量の得られる埋 やく欧米並みの補助人工心臓が可能となり,重症心不全治 め込み型 LVAS では,術後多臓器不全(MOF)で失う例が少 療も大きく前進すると思われる。 ない。体格の問題などで体外式を使用せざるを得ない場合 で,術前から高ビリルビン血症や腎不全を呈している場合 には,積極的に RVAS の装着を行い,充分な補助流量と中 2. 心臓移植 1967 年,Barnard らによって世界で初めて施行された心 移植は,1980 年代に入って Cyclosporine(CyA)の登場によ 心静脈圧の低下を得ることが必要である。 現在使用されている LVAS のほとんどは,抗凝固療法を り,その成績の飛躍的向上を認めた。その後,実施数も増 必要とする。術後ドレーンからの出血が減り,出血のリス 加し,現在世界で年間約 3,000 例が施行されている。心臓 クが少なくなったと判断された時点でヘパリンの持続投与 移植は,生存率および QOL の改善という点で,末期重症心 を開始する。活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT) 不全患者に対する最も優れた治療法である。5 年生存率は 指標を正常の 2 ∼ 3 倍に維持する。経口摂取が始まった時 70 ∼ 80%と報告されているが,免疫抑制剤や管理法の進 点で,ワーファリン,抗血小板剤投与を開始する。プロト 歩などにより,心移植後生存率はさらに改善傾向にある。 22 人工臓器 40 巻 1 号 2011 年 (a) (b) 図 4 心臓移植手術 図 3 大阪大学における各種補助人工心臓植込み患者の生存率 (a)Lower-Shumway 法,(b)Bicaval anastomosis 法 一方,わが国においては札幌医科大学における 1 例目以降, 害が起こりにくいとの報告が多い。移植後急性期における 永らく中断を余儀なくされていたが,1997 年の臓器移植法 最大の死亡原因はグラフトの機能不全であるが,これに有 案の成立により,1999 年 2 月,ようやく再開にこぎつけ, 意に関連するのが,ドナー心虚血時間(摘出から移植完了 2008 年 7 月までに,60 例の脳死心移植が行われるに至っ し血流が再開されるまでの時間),レシピエント肺血管抵 た。依然としてドナー数は極めて限られており,平均 2 年 抗である。成人の心移植における虚血時間は,一般に 4 時 を超える待機期間を必要としている。したがって,適応基 間が上限とされている。虚血時間の延長を図るため,保存 準の判定や移植までの患者管理などには,このようなわが 液の改善,術中 cardioplegia の使用,再灌流時の白血球除去 国特有の状況に対する配慮が求められる。 などが試みられている。長年の左心不全による肺高血圧の 心臓移植に関する適応患者判定・評価は,臓器移植関係 結果として右心不全が顕在化する場合があり,移植心にお 学会合同委員会にて承認された適応基準をもとに,日本循 いては左心不全よりもむしろこの右心不全の方が問題とな 環器学会の心臓移植適応検討小委員会で行われる。心臓の ることが多い。強心剤,一酸化窒素吸入などによっても改 原疾患に関しては,心筋生検による組織診断が必須であり, 善しない場合には,右心バイパスが必要になる場合もある。 他の治療の余地のある二次性心筋症が否定される必要があ さらに,高齢ドナー,多量のカテコラミン投与,心停止後 る。また,特発性拡張型心筋症などにおいても可能な範囲 蘇生歴,感染症といった危険因子は,それぞれ移植後にお で最大の内科的治療がなされ,心臓移植以外の治療法が残 けるレシピエント生存率を低下させることが示されてい されていないという条件が求められる。βブロッカーをは る。しかしながら,深刻なドナー不足のため,移植待機中 じめとする最大限の薬物療法が試みられたこと,心臓再同 に死亡する症例が依然として多く認められる現状におい 期療法の適応がないかどうかが示されなければならない。 て,こういった従来のドナーとしての基準を満たさない, 虚血性心筋症においては血行再建術,僧帽弁手術や左室形 いわゆるマージナルドナーを積極的に利用しようという方 成術などの外科的治療法の適応の余地がないかについて充 向にある。 分検討がなされる必要がある。心不全の重症度に関しては, 心臓移植後の急性拒絶反応は,初期には無症状で,心電 New York Heart Association(NYHA)3 度以上で 4 度の既往 図,心エコー検査などでも特異的変化をきたさない場合も があることが絶対条件となるが,運動対応能(peak VO2 < 多く,心筋生検が依然として重要な診断法である。リンパ 14 ml/kg/min)や心不全予後予測スコア(Hear t Failure 球による細胞性拒絶反応の組織所見に対しては,ステロイ Survival Score)などがデータとして重要である。 ドパルス治療などの免疫抑制強化を実施するのが一般的で 手 術 術 式 と し て は,従 来 の 左 右 の 心 房 で 吻 合 を 行 う あ る。 免 疫 抑 制 療 法 は CyA ま た は tacrolimus(Tac), Lower-Shumway 法に代わり,上下大静脈にて右側心房の吻 mycophenolate mofetil(MMF)および prednisolone(Pre)の 合を行う Bicaval anastomosis 法(図 4)が主流を占めるよう 3 者併用療法が標準的である。最近,mammalian target of になってきている。Bicaval anastomosis 法では心房の機能, rapamy cin(mTOR)阻害薬(わが国でもエベロリムスが使 形態が温存されるため,房室弁逆流,洞機能不全,伝導障 用可能)が,移植後冠動脈病変の進行抑制や,腎機能障害 人工臓器 40 巻 1 号 2011 年 23 多施設(欧州の 24 施設)で 97 例を対象に行われた。一次エ ンドポイントである心臓の局所壁運動(細胞注入場所) ,心 臓全般の機能において,細胞移植群のプラセボ群を凌ぐ有 効性が認められなかったため,試験は早期に終了し,見直 しの段階のようである。一方,アリゾナハートセンターの Dr. Dib らはアメリカ食品医薬品局(FDA)の承認のもと, Phase Ⅱ臨床試験を開始しつつあり,その結果が期待され ている。本邦において大阪大学では,世界的にも初めてと なる自己筋芽細胞と骨髄細胞を併用する再生治療法を,4 例の虚血性心筋症の患者に補助人工心臓下に施行し,心機 図 5 大阪大学における心臓移植 能の回復と脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)値の低下 を確認した。一方,経過中,致死的な不整脈の発生は認め 進行例において,その主原因であるカルシニューリン阻害 薬(CyA, Tac)の減量ないし中止などを主な目的として使 用されるようになってきている。 ていない。 一 方,従 来 の 一 般 的 な 細 胞 移 植 方 法 と し て の direct needle injection 法は移植作業中の細胞損失,注入局所にお 移植後遠隔期における最大の問題点は,移植後冠動脈病 ける炎症反応の惹起,移植範囲の限局などの問題点があり, 変である。これはびまん性,同中心性の進展を特徴とする 心筋細胞を心臓へ効率よく移植し生着させるためには,細 冠動脈の狭窄病変で,術後 2 年目以降の最大の死亡原因で 胞移植技術も重要となる。Shimizu,Okano らは,前述の温 あると報告されている。ドナー血管内皮に対する免疫応答 度感受性培養皿から温度降下処理のみで回収した細胞シー の他,移植時にすでに存在する冠動脈病変,脂質代謝,サ トを積層化することで,スキャホールドを用いないで 3 次 イトメガロウイルス感染など,多くの因子の関与が推測さ 元組織を構築することを可能にした(図 6)。ヌードラット れている。スタチンや mTOR 阻害剤の予防効果が報告さ の皮下に,3 層の心筋細胞シートを積層し 10 回移植を行う れているが,いったん病変が進行するとその病変の形態上, と,積層化した心筋細胞シートは in vitro で 1 年以上拍動を 経皮的冠動脈形成術(PTCA),冠動脈バイパス術などの治 維持し,心筋梗塞部に移植すると心機能を改善することも 療は困難であり,再移植術が唯一の治療法である場合が多 報告されている。 い。皮膚やリンパ系を中心に発生する悪性腫瘍も重要な問 我々は,この細胞シート化技術を用いて筋芽細胞シート 題で,移植後 5 年目においては 9.6%に発生を認める。その を作製し,細胞移植を行い,心機能改善効果について検討 他,高血圧,腎機能障害,高脂血症,糖尿病などが合併症と を重ね,リモデリングを抑制することを明らかにした。ラッ して重要であり,定期的なチェックと適切なコントロール ト心筋梗塞モデルに対しての検討では,心機能が有意に改 が重要である。 善し,移植した心筋内の肝細胞増殖因子(HGF)や血管内 2010 年 7 月に臓器移植法案が改正され,ようやく欧米並 皮細胞増殖因子(VEGF)の発現が上昇していた。さらには, みの適応となり,年間数十例の本格的な移植医療が始まっ 骨髄由来幹細胞に対するケモカインであるストロマ細胞由 た(図 5)。しかし,40 年以上も遅れて始まったわが国の移 来因子 1(SDF-1)やそのレセプターも高値であることが判 植医療は前途多難であり,今後,国家戦略的な体制整備が 明した。さらに,これらの幹細胞由来の因子である c-kit や 不可欠と思われる。 Sca-1 陽性細胞が多数集積していることがわかった。この ように筋芽細胞シート移植により,直接的な girdling effect 3. 自己筋芽細胞による心筋再生治療 に加え,増殖因子やケモカインが関与し,幹細胞をも誘導 近年,骨格筋由来細胞を細胞移植に用いる研究が盛んに することによって,自己修復機転が心機能改善に関与する 行われて,細胞移植において臨床応用可能な細胞源として のではないかということが示唆された。心筋症ハムスター 注目を集めてきた。最近,ヨーロッパでは Menache の臨床 においても,筋芽細胞シートによる再生治療は注入療法に 試験の流れを汲んで Genzyme 社とメドトロニック社が 100 比し,その寿命を延長した。 例以上の大規模試験を行った。これが MAGIC(Myoblast 2006 年 7 月に倫理委員会の承認を得て,左室補助人工心 Autologous Grafting in Ischemic Cardiomyopathy)とよばれ 臓を必要とするような末期的拡張型心筋症患者に対する自 る臨床試験で,ランダム割付け,プラセボ対照,二重盲検, 己筋芽細胞シート移植を計画し(表 1,図 7),2007 年 5 月に 24 人工臓器 40 巻 1 号 2011 年 図 6 組織工学を応用した心筋再生治療法の開発 表 1 左室補助人工心臓装着患者に対する筋芽細胞 シートによる心筋再生治療 目的: 左室補助人工心臓装着した末期的拡張型心筋症に対し,自 己筋芽細胞シートを移植することにより,細胞シート移植 の安全性を検討するとともに,心機能の改善の可能性を検 討することを目的とする。 エンドポイント: 本治療による有害事象の種類と発現率を検討し, 本治療法における安全性を評価する。 被験者の心機能の経過を観察する。 予定症例数:6 例 予定研究実施期間:2 年間 Outflow Inflow Percutaneous lead Reserve power pack Compact controller 図 7 左室補助人工心臓装着患者に対する筋芽細胞シート による心筋再生治療 第 1 例目に対しての臨床試験を開始した。患者は 55 歳の男 性。2004 年より心拡大を指摘されていたが,2006 年に心 不全が増悪し,LVAS を装着した。しかし,自己心機能の回 4. iPS 細胞への期待 シート化する細胞源として筋芽細胞では,responder は 復が LVAS を離脱するほどには及ばず,本人の同意のもと, 限られてくる。この治療効果のメカニズムは,あくまでも 臨床試験に登録し治療を開始するに至った。2007 年 3 月に 筋芽細胞から分泌される成長因子などの影響が大きく,自 大腿部より筋肉を採取し,約 1 ヶ月間の培養後,凍結。同 己の組織修復能を賦活化し,心機能が改善したと推測され 年 5 月に再培養・シート化して,開胸下に細胞移植を行っ る。失われた心筋組織を修復・再生するためには,やはり た。その後の患者の心機能は LVAS を離脱できるほどに回 心筋細胞を補充することが必要で,これこそ“真”の心筋再 復し BNP も正常化し,同年 9 月に LVAS から離脱,12 月に 生治療と呼べるのではないか考える。 は退院となった。細胞シート移植後において,致死的不整 我々はすでに,心筋細胞シートの移植のほうが,筋芽細 脈を含む合併症は発生しなかった。退院後 3 年が経過した 胞シート移植より,さらに有効性が高いことを証明してい が,現在のところ心不全の再発を認めていない。以後 3 例 る。その点からも,より効果の高い細胞源の開発が必要で, の患者に同様の治療法を実施した。今後,これらの症例で 特 に,細 胞 シ ー ト 技 術 に よ り 心 筋 細 胞 移 植 の 場 合 gap- 安全性および有効性を検討する予定である。 junction を温存した状態で移植が可能であることより,こ 人工臓器 40 巻 1 号 2011 年 25 図 8 多能性誘導因子の同定(Yamanaka group) の gap-junction を発現する細胞の開発が必要とされてき た。 図 9 臨床応用を目指した iPS 細胞から心筋分化系の開発 5. まとめ 一方,2007 年 11 月,わが国の山中教授らとアメリカの 心不全に対する内科的治療の発展も著しいが,特に重症 Thomson らのグループがヒト iPS 細胞の樹立に成功した の心不全に対しては,依然として外科の果たす役割は大き ニュースは世界中を駆け巡り,再生医療実現化に対する期 い。最近,補助人工心臓による治療は進歩し,より小型で 待は大いに高まっている。実際に,ヒト iPS 細胞の樹立が 耐久性に優れた第二,第三世代の定常流補助人工心臓によ 報道され,山中教授らが報告した雑誌「Cell」のオンライン る destination therapy や,補助人工心臓と再生医療との組 サイトで閲覧できる,iPS 細胞から作製された心筋細胞が み合わせにより積極的に自己心機能の回復を図る治療など 拍動している動画を見たときの衝撃は記憶に新しく,再生 の臨床応用が始まっている。今後はさらに多様な治療法が 医療の新たなブレイクスルーを目の当たりにした瞬間でも 組み合わされ,重症心不全の治療成績が向上していくこと あった(図 8)。 が期待される。 iPS 由来細胞シートは機序的に,心筋細胞シートと同様 一方,心移植はすでに確立された治療法であるとの認識 に電気的につながって,直接拍動を伝え,心機能改善をも がなされているが,実際は,移植後冠動脈病変,免疫抑制 たらし得る可能性があるだけに,iPS 細胞への期待は大き 剤の長期使用に起因する腎不全をはじめとした種々の合併 く,京都大学・山中教授との共同研究において,iPS 細胞か 症など,克服すべき課題が多い。さらに,深刻なドナー不 らの高効率の心筋細胞の分化誘導と ter atoma の発生抑制 足のため,移植を受けるに至らない患者も多いが,やはり および,そのシート化と心不全モデルへの移植による成果 末期心不全治療において,心移植の果たす役割は大きい。 が期待される(図 9)。心筋再生については,iPS 細胞から拍 一方,再生医療は,自己細胞を用いた治療がようやく始 動する治療用ヒト心筋細胞様細胞への 100%の分化誘導に まり,わが国発の細胞シート法などが成果を上げ始めてい 成功すれば,細胞シートによる治療も大きく変わると考え る。さらに,iPS 細胞を用いた心血管再生治療の実現には, ている。しかし,iPS 細胞も胚性幹(ES)細胞と同様,目的 越えなくてはならないハードルがたくさん存在するが, の細胞へ分化・誘導する技術の確立は必須であり,iPS 細 iPS 細胞の樹立をきっかけとして,世界中で幹細胞研究が 胞による実用化は未だ遠い。 活性化されることで,近い将来,iPS 細胞を用いた心血管再 生医療が現実的なものとなることを確信している。 26 人工臓器 40 巻 1 号 2011 年
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