ぶーめらん Vol.12

高い信頼性で空へ、宇宙へ
部長 中村 裕︶
ライト兄弟が飛行機を発明してからおよ
そ100年、航空機はもはや我々の生活に
欠くことのできない交通手段となった。か
つては情報の移動が活発になるに伴って人
の移動は減るとの声もあったが、むしろ地
方拠点などが増え、高速で移動できる交通
手段のニーズは高まる一方だ。防衛分野で
も航空機の比重は高まりつつある。夢はさ
らにその上の宇宙へ。こうした航空産業の
なかで、島津は欠くべからざる地位を確立
している。
島津の航空機との結びつきは古い。
1936︵昭和 ︶年からプロペラ機の
部品を生産。終戦でしばらく休止していた
が、1956︵昭和 ︶年にジェット機の
部品製造を開始した。空調装置と呼ばれる
機体内の気圧と温度を制御する装置で、現
在では国内で100%に近いシェアを確保
している。
そのほかにも主翼フラップを制御するフ
ライト・コントロール・システムや、各種
て高い精度と耐久性が求められる宇宙ロケ
電子機器を開発製造。前述のように、極め
磨き上げた表面の、吸い込まれそうなほ
ど深みのある光沢。島津が国産H ー2Aロケ
ットや人工衛星用の装置にも島津の製品が
宇宙ロケット用部品は、ちりひとつ入らず、
上に、地上の輸送手段と異なり途中で止め
もとより航空機部品には高い信頼性が求
められる。非常に大きな推進力を制御する
採用されている。
細菌すら付着しにくいように清浄に作る必
ることができない。そのため、ネジ一本に
﹁少しでも凹凸があると、宇宙空間でどん
な有害な物質が付着するかわかりません。
ット用に開発した燃料制御用のバルブだ。
高い信頼性で空へ、宇宙へ
極めて高い信頼性が求められる航空機部品
を製造してきた島津は、いままた、新たな
装置によって航空機産業に革新をもたらそ
うとしている。
要があるんです﹂
︵航空機器事業部 副事業
12
20
11
future engineering
ホログラフィック・
ヘッド・アップ・ディスプレイ
( H-HUD )
光る開発力で
切り開く空の未来
航空機の安全を飛躍的に高めるコックピットのもう一つの目
主要製品:ジェット機用空調システム
(国内シェア90%以上)
コックピット・ディスプレイ・システム
フライト・コントロール・システム
エンジン始動システム用機器
電子制御装置
磁気探知システム
エア・データ・システム
降着システム用機器
電気機械式アクチュエータ
地上支援機器
(試験装置等)
宇宙飛行士訓練機器
宇宙ロケット用バルブ、
制御装置
事業部:1957年、国産ジェット
の概要 機開発計画に際して空調
装置の製造を受け持つこ
ととなり、航空機器事業
部発足。1970年代後半
より宇宙関連機器も製
造。
31
未来を
創る
航空機器事業
航空機器事業の概要
http://www.shimadzu.co.jp/products/
Future engineering
至るまで、精度も強度も、地上のものとは
比較にならないほど高い基準と信頼性を満
たしていなければならない。島津はその技
術力と開発力で、こうした航空機産業の期
待に応えてきた。
島津全体の売上構成における航空機器事
業部関連の割合はおよそ 分の1。島津の
今日を支える柱のひとつだ。
ー
や輸送機
ー
には
これまで主な顧客だったのは、防衛庁を
はじめとする公的機関である。自衛隊の国
産第一号の練習機T
作れない鏡を作る
作れない鏡を作る
そうした技術のなかでも特に高い評価を
得ているのが、飛行情報表示装置﹁ホログ
ラフィック・ヘッド・アップ・ディスプレ
ど自衛隊機の多くの空調装置を米国とのラ
置して高度や速度、方位といった飛行情報
ヘッド・アップ・ディスプレイ︵HUD︶
とは、コックピットのパイロット正面に設
イ︵H ーHUD︶
﹂だ
イセンス生産で製造。1984年、純国産
を投影する装置。情報は半透明の鏡︵=コ
C、戦闘機F ー15な
では、島津が独力で空
ー
ンバイナ︶に線画情報として遠方表示され、
ジェット練習機T
調システムを作り上げた。その開発力は世
外景に重ねて視認できる。目の焦点距離調
フラップの上下動をコントロール
するギアボックス、バルブ、アク
チュエータなどを製造。フラップ
機構を統合的にコントロールし、
着陸時、低速で滑走路へ進入する
ことを可能にした「ハイ・リフ
ト・システム」は業界から高い評
価を受けている。
さまざまな飛行情報を表示すること
で飛行を支援し安全性を高める光学
電子機器類。HUDの他に、HMDや
計器板内のHDD(ヘッド・ダウン・
ディスプレイ)がある。自衛隊主力
戦闘機F-15J/DJをはじめ、練習機、
ヘリコプターにも搭載。ホログラフ
ィー技術を使用し画像情報も表示で
きるH-HUDは、民間航空機への活用
も期待されている。HUDとHMDは
国内シェア100%。
フライト・コントロール・
システム
ジェットエンジンは、外から吸い込んだ空気を圧縮して高圧にするこ
とで燃焼させる。その空気の一部は機体に取り込み、機内のエアコン
として活用される。島津では、エンジンから空気を取り込む「抽気シ
ステム」
、機内の気圧を地上と同じに保つ「与圧システム」
、取り込ん
だ空気を冷却し機内に循環させる「空気調和システム」
、翼の氷結を
防ぐ「防氷システム」などを製造。統合してコントロールする「エ
ア・マネジメント・システム」は国内シェア90%を超える。
空調システム
表示することができ、安全性が格段に向上
の赤外線画像などを飛行情報と共に眼前に
ることのできない形状の鏡﹂を合成して実
非球面非同軸の﹁研磨などの手段で製造す
H ーHUDを使えば、このような時でも外界
る。島津はHUDの主要部品であるコンバ
現することで、HUDへの画像表示を可能
る。物体が反射する光と、別の角度から照
ホログラフィーとは、光の干渉と回折の
原理によって立体画像を記録する技術であ
分ける環境で鍛えられてきた歴史がある。
トの目であり、極めて僅かな誤差が生死を
照準器から発展したもの。いわばパイロッ
とする。そこに求められる正確さは半端な
射される参照光とが交差してできる干渉縞
コンバイナにハーフミラーを用いた従来
型のHUDでは文字情報と線画のみが可能
ものではない。もともとHUDは戦闘機の
模 様 を、 特 殊 な 感 光 材 を 塗 布 し た ガ ラ ス
ナノスケールの精度に挑む
ナノスケールの精度に挑む
という。
体の立体写真ができる。これをホログラム
︵乾板︶に焼き付けることによって、その物
つながる。
すると重要視されている。欠航の回避にも
﹁線画に加えて画像情報をも表示すること﹂
が可能な画期的なH ーHUDを平成 ︵19
97︶年に量産開始している。
良の度合いは厳密にクラス分けされ、都市
画像が表示できると航空機の運航に大き
な恩恵をもたらす。たとえば夜間や、悪天
﹁我々の持っている技術を組み合わせれば、
航空機のさまざまなニーズに応えることが
圏の大空港なら着陸誘導施設の支援で着陸
できる場合でも、インフラの整わない離島
候などで視界が極めて不良なとき。視界不
できる。派生技術の商品企画化も進めてい
きたい﹂
︵中村副事業部長︶
航空機に活かされている島津製品
イナにホログラフィー技術を用いることで、
節が不要になり、計器板に視線を移動する
界でも高い評価を受け、防衛庁が開発を開
一方、民間航空機でも、国産第 号のY
S ー11、ボーイング社のジェット旅客機ボ
機体のフライト・コントロール・システム
ーイング737から最新の777までの各
1
などの小空港では許されないことがある。
H ーHUDのコンバイナに形成するのは、
鏡の立体像だ。それもただの鏡ではない。
航空機器事業部
中村裕 副事業部長
時間のロスとパイロットの負荷が軽減され
ー
C
1
開発 製
・ 造を島津が担当することに決定し
ている。
3
など 品目近い装備品を製造する。
9
9
コックピット・ディスプレイ
・システム
5
始した次期哨戒機P ーX、次期輸送機C Xにおいては、 品目の主要装備システムの
じまり、哨戒機P
2
4
60
12 21
で、表示輝度と表示視野角の制約から画像
の表示は不可能だ。従来型で国内市場を独
ベルの性能向上研究に取りかかった。
コンバイナを製造する手順は通常の写真
と似ている。ホログラム乾板を作製し、レ
ーザー光を用いて露光し、現像処理をする。
占していた島津は昭和 ︵1981︶年に
H ーHUDの独自開発に着手。長い基礎研究
しかし、紙が燃えあがるほどの高出力レー
る日々が何カ月も続いたある昼下がり、突
然閃いた。確認計算に丸一日。ぴたりと数
値が合った。神谷が発見したのはホログラ
ム内部の光の挙動に関する新しいメカニズ
ムだった。原因がわかれば対策も立てられ
移動量は﹁ ・ 044
う。干渉縞に許される
のと同じになってしま
ず、何も映っていない
渉縞がぶれて記録され
間に少しでも動けば干
大型車が通るなど、結果は運次第。小さな
のため周囲の人払い。それでも、表通りを
い時間帯に限られました。露光の前には念
敵で、この設備を作る前の作業は人のいな
になる仕組みです。振動や音はもちろん大
間を通じて一定の温湿度を保ち、かつ無風
光路が揺らげば失敗。だから露光室内は年
ろん工場サイドの多大なる協力があったの
守ってくれた上司に感謝しています。もち
テーマに出会えたこと、そして、黙って見
忘れないでしょう。いいタイミングでいい
の学位を手にする。
﹁あの瞬間の感覚は生涯
と名付けたこの理論を論文にまとめ、博士
に間に合わせた。後に彼は、縮退複合回折
る。ゴーストの大幅な低減を果たし、量産
ミクロン﹂
。まさにナ
は言うまでもありません﹂
こうして実用化に成功したH ーHUD。表
良品が 年に 枚なんてこともありました。
示視野の広さは従来型の 倍で当時世界一。
サンプルなら簡単ですが、製品サイズだと
ザーでも分単位の露光時間が必要だ。その
と試作を経て平成 ︵1994︶年から本
56
格的な製造設備を稼働、いよいよ実運用レ
コックピット・ディスプレイ・システム
航空機器事業部 技術部 神谷直浩 係長
ノ単位の正確さが求め
られる。
0
﹁微妙な温湿度変化で
乾板が歪んだり気流で
オンリーワンの開発力
だが、元来この種のホログラムは原理的
にゴーストが出ないとされている。文献を
強をし直しました﹂
︵神谷係長︶
﹁ゴーストが出るんです。表示が二重三重
に見えてしまう。理由を求め、基礎から勉
新設備の稼働で研究は着実に進んだが、
どうしてもクリアできない問題が残った。
オンリーワンの開発力
述懐する。
部 電子・光学設計グループ係長︶は、こう
ー
HUD開発プロジェクトでコンバイナ
H
を担当した神谷直浩︵航空機器事業部 技術
織り込み済みなのでびくともしませんよ﹂
最中にもかかわらず、除振構造が設計時に
今は、同じ表通りでちょうど地下鉄工事の
1
いくら調べても手掛かりがない。頭を抱え
宇宙産業の未来を切り開いていく。
いうべき開発力を武器に、これからも航空
ない存在である。加えて技術者の執念とも
航空機器と光学、双方の知識と技術を合
わせ持つ企業として、島津は世界でも数少
ん﹂
及は法改正を促すことになるかもしれませ
できないと定められています。HMDの普
目視で外界が視認できない天候下では飛行
の場合、現在はたとえ災害救助目的でも、
既に製品化されました。特にヘリコプター
になります。飛行機用もヘリコプター用も
﹁これを小型化して頭部に置くとヘルメッ
ト・マウンテッド・ディスプレイ︵HMD︶
誌でも取り上げられた。
高い表示輝度と相まって、海外の航空専門
2
1
ディスプレイユニット
6
静まり返った暗室をレーザー光が迷路のように進んでいく。 ミクロン単位の間隔で干渉縞が正確に刻まれる。
12
22
http://www.shimadzu.co.jp/products/
Future engineering