信学技報 TECHNICAL REPORT OF IEICE. 社団法人 電子情報通信学会 THE INSTITUTE OF ELECTRONICS, INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS ネットワーク特性が分散コンピューティングに与える影響の調査 西 繁則† 山本 寛† 池永 全志†† 二保 知也††† 尾家 祐二†† † †† 九州工業大学 情報工学部 〒 820–8502 福岡県飯塚市川津 680-4 E-mail: †{nori,yamamoto}@infonet.cse.kyutech.ac.jp, ††{ike,oie}@cse.kyutech.ac.jp, †††niho@mse.kyutech.ac.jp あらまし 既存のインターネット環境において,一つのジョブを複数のタスクに分割して並列に実行するいわゆる分 散コンピューティングのプロセスを処理するためには様々なネットワーク特性を考慮する必要がある.例えば,プロ セスを処理するために必要なデータの送受信を行うには,ある一定の帯域を確保したり,遅延時間を考慮しなければ プロセスの処理時間が悪化してしまい,次のプロセス割り当てを行えないといった結果になってしまうと考えられる. そこで本稿では,分散コンピューティングにおいてタスク割り当てが行われる複数の計算機のネットワーク環境が, ジョブ実行に与える影響について調査を行う.そして,インターネット環境において分散コンピューティングのタス ク割り当てを実行する際に考慮しなければならないネットワーク特性を明らかにする.具体的には,広域ネットワー ク環境を想定し,遅延時間や帯域が異なる様々なネットワーク環境下において,電磁構造連成解析を行うアプリケー ションを実行した場合における処理時間特性を計測し,通信環境が与える影響について調査を行う. キーワード 分散コンピューティング,電磁構造連成問題,処理時間,帯域,遅延時間 Effect of the Network Characteristic on Performance of Distributed Computing Shigenori NISHI† , Hiroshi YAMAMOTO† , Takeshi IKENAGA†† , Tomoya NIHO††† , and Yuji OIE†† † ††Dept. Computer Science and Electronics, Kyushu Institute of Technology, Iizuka, 820–8502 Japan E-mail: †{nori,yamamoto}@infonet.cse.kyutech.ac.jp, ††{ike,oie}@cse.kyutech.ac.jp, †††niho@mse.kyutech.ac.jp Abstract In the Internet, in order to effectively handle the distributed computing in which a large scale job is divided into many tasks and they are executed among many computers, it is necessary to consider various network characteristics. For example, in the case of the task execution with the large scale data transmission, the critical performance degradation may occur without considering bandwidth reservation and/or network latency. Therefore, in this paper, we investigate the effect of various network characteristics on the performance of distributed computing, and declare the network characteristics which should be considered to achieve the effective task execution. More specifically, we investigate the performance of electromagnetic and structural coupled problem as a distributed computing application in the network environment with various characteristics (i.e., network latency and bandwidth), and declare the effect of network characteristics. Key words Distributed Computing, Electromagnetic and Structural Coupled Problem, Processing time, Bandwidth, Latency 1. は じ め に 演算を行う,並列分散コンピューティング技術が驚くべき早さ 近年,インターネットの高速化,計算機の高性能化に伴い, て高速な LAN(Local Area Network) 環境を想定していたが, ネットワークにより接続された多数の計算機を集約して大規模 で発達している.これまでは分散コンピューティング環境とし 近年では WAN(Wide Area Network) 環境への対応が考慮さ —1— Input Input Task Task T1 Ti Tn Output / Input Output Task 図 1 Parameter Sweep アプリケーション. れるようになってきた.このようにインターネット全域に遍在 図 2 複数回のラウンドで構成されたアプリケーション. する計算機を集約して構成された仮想的な高性能計算機を利用 した広域並列分散処理はグリッドコンピューティングと呼ばれ うな分散コンピューティングの例としては,Parameter Sweep ている [1], [2].このような並列分散処理環境では,当初はネッ アプリケーションが挙げられる [4].この Parameter Sweep ア トワーク性能が処理性能全体に与える影響の少ない,計算性能 プリケーションは多数の試行により構成されており,それぞれ を重視した処理を対象としていた.しかし,インターネットの の試行は異なるパラメータを用いて処理される.各パラメータ 高速化に伴い,多量のデータ転送を必要とする処理が行われる に関する処理はそれぞれ独立であるため,1 つのタスク内で扱 様になった [3].このような分散コンピューティング環境では, うパラメータの量を調整する事により,アプリケーションの処 データ転送が処理性能全体に与える影響が無視できないほど大 理負荷を複数のタスクへ分割することが容易に可能である.こ きいため,全体の処理性能を向上させるためにも,ネットワー のアプリケーションでは,図 1 に示すように,まず処理に必要 ク資源を適切に制御する必要がある.例えば,タスクを処理す となる入力データが各計算ホストへ転送され,各ホストはタス るために必要なデータの送受信を行う際には,帯域の確保や遅 ク毎に設定されている実験パラメータを用いて処理を実行し, 延時間を考慮し,あるタスクの処理時間が大幅に悪化して,ア 処理結果を出力する.これら入力データ,および処理結果の転 プリケーション全体の性能が低下する事態を防ぐ必要がある. 送時には多量のデータ転送が発生し,この際に多量のネット そこで,本研究では分散コンピューティングにおいてタスク ワーク資源を消費する. 割り当てが行われるネットワーク環境の特性が,アプリケー 一度のタスク割り当てで完結する Parameter Sweep アプリ ション全体の処理能力に与える影響を調査する.ここでは電磁 ケーションに対して,複数のラウンドにより構成されたアプリ 構造連成解析を行うアプリケーションを使用して,帯域や遅延 ケーションも存在する.このアプリケーションでは図 2 に示す 時間などのネットワーク特性がそのアプリケーションの処理時 ように,出力結果が次のタスクの入力データとして扱われる. 間に与える影響を,広域なネットワークを想定した環境を用い そのため,処理を完了するまでに頻繁に入力データ・出力結果 て調査する.そして,そのようなアプリケーションを実際の広 の転送が発生し,累積的に多量のネットワーク資源を消費する. 域ネットワーク上で実行する際に考慮するべきインターネット さらに,本節で紹介した 2 種類のアプリケーションでは,共 特性を明らかにし,高性能な分散コンピューティングを達成す にタスク間のデータ交換や処理時間の同期について考慮する るためにネットワークを適切に制御する際の指針を示す. 必要がある.分散コンピューティングではアプリケーションの 以下,2 章では広域ネットワークを対象とした分散コンピュー 実行中にタスク間で交換すべきデータが発生する.このような ティングの特徴について説明し,3 章ではその分散コンピュー データは受信側のタスクの処理に必要不可欠であるため,デー ティングの性能に影響を与えると考えられるネットワーク特性 タの到着までタスクの処理はブロックされる.このブロック時 について述べる.次に 4 章では,本研究で例として取り上げる 間を短縮するためには,ネットワーク資源に対して即時性が求 電磁構造連成解析の処理及び通信の流れを紹介し,評価環境に められる.さらに,分散コンピューティングの性能は,アプリ ついて説明する.そして,5 章で結果を示し,最後に 6 章でこ ケーション,または各ラウンドの最後に終了したタスクの終了 の論文をまとめる. 時刻に左右されるため,資源を有効利用するためには処理時間 2. 分散コンピューティングの特徴 本章では,分散コンピューティングにおける代表的なアプリ ケーションを紹介し,それらの処理特性を説明する. が同期するように資源の選択を行う必要がある. 3. ネットワークが分散コンピューティングに与 える影響 始めに,互いに独立した多数のタスクにより構成されている分 本章では,前章で紹介した分散コンピューティングの特性を 散コンピューティングアプリケーションについて述べる.このよ ふまえた上で,ネットワーク特性がアプリケーションの処理性 —2— 能に与える影響について考察する. Structural analysis 前章で説明したとおり,分散コンピューティングではタスク の処理を開始する前に入力データを対象の計算機へ転送する必 Eddy current analysis Master Send 要がある.この際考慮すべきネットワーク特性として帯域が考 えられる,帯域は,単位時間あたりに転送可能なデータ量を表 すため,データ転送の性能を見積もるための指標として広く用 いられている. Slave Recv Send Recv Send Recv Recv Send Recv Send Send 次に,タスク間で頻繁にデータ転送が行われるアプリケー Recv Recv Send ションを考える.前章で説明した通り,タスク間のデータ交換 Send Recv には即時性が求められる.そのため,ネットワーク資源として Send Recv は帯域よりも遅延時間を十分に考慮する必要があると予想さ れる. Send Recv Iteration 図 3 電磁構造連成解析のトラヒックの流れ. さらに,先に述べた入力データ転送の場合にも,帯域の みではなく遅延時間についても十分に考慮する必要がある, 現在広く用いられているトランスポートプロトコルである TCP(Transmission Control Protocol) では,帯域が大きいネッ トワーク資源を選択した場合にも,良好な転送性能を達成でき ない場合が存在する.TCP では,送信側のホストは少量のデー タ転送から開始し,そのデータが受信側で正常に受信されたこ とを確認した後に,徐々に転送するデータ量を増加させる.送 信・受信ホスト間の伝播遅延が大きい場合には,受信側からの 応答を受け取るまでに時間がかかるため,帯域が大きくても良 好な転送性能を得ることはできない.特に,送信するデータ量 が少ない場合には,1 度に転送するデータ量が利用可能な帯域 に適する値へ達する前にデータの転送が完了するため,遅延時 間の影響が顕著に現れると予想される. 方法としては,渦電流と構造物のそれぞれの有限要素式をまと めて連成系有限要素式として解く同時解析方法 (強連成解法) [5] と,それぞれの有限要素式を交互に解く交互解析方法 (弱連成 解法) があるが,交互解析方法は計算コストが小さく,並列化 も容易なため大規模解析に適している.そこで本稿では,この 交互解析方法のアプリケーションにより連成解析を行う.なお, このアプリケーションでは,渦電流解析は Master-Slave 型の 分散処理を行い,この渦電流解析と構造解析を行う計算機が連 成効果を通信することにより連成解析を行う. このアプリケーションは互いに依存するタスクにより構成さ れたアプリケーションである.このようなタスクの依存関係を 解決するため,各タスク間で頻繁に通信を行うように設計され ている.しかし,タスク間のデータ交換は全て Master を経由 さらに,前章において処理時間が同期する必要性を述べた して行われているため,Slave 間で直接データの送受信は行わ が,データ転送時間がタスク全体の処理時間に対して無視でき れず,また Slave と構造物を解析する計算機との間でも通信は ないほど大きい場合には,データの転送時間に関しても同期す ることが望まれると考えられる.そのため,性能の良好なネッ 発生しない. 今回用いた電磁構造連成現象の解析を行うアプリケーション トワーク資源を貪欲に選択するのではなく,可能な限り均質な は MPICH を用いたプログラムである.このアプリケーション ネットワーク資源を選択することにより,ネットワーク資源の における通信の流れを図 3 に示す.この図における Iteration 有効利用が可能となると予想される. がタスクの反復を表す.まず,Master は渦電流の解析に必要と 4. 調査環境及び調査モデル される構造物の解析結果を構造ホストより取得する.そして, Master は渦電流の解析を行うためにジョブを複数のタスクに分 本章では,ネットワーク特性が分散コンピューティングに与 割し,各 Slave に対してそれぞれ割り当てる.Slave は,タスク える影響を調査するために,まず使用するアプリケーション の処理結果を Master に返し,Master はその結果が収束してい について説明する.さらに,そのアプリケーションを実行する るか否かの判定を行う.そして,判定結果を Slave に送り,さら ネットワークの構成を示し,調査対象とするネットワーク特性 に Iteration を行うかどうかを Slave に通知する.これら一連の について説明する. 流れのなかで,Master-Slave 間に発生する各 Send-Recv 間の 4. 1 電磁構造連成解析 本稿では,処理が複数のラウンドに分かれているアプリケー ションを対象とし,電磁構造連成現象の解析を行うアプリケー ションを用いた. 電磁構造連成現象とは,強磁場中に設置された導電性構造物 に生じる渦電流による電磁力が構造物に作用するとともに,構 造物の振動により生じる速度起電力が渦電流に影響を与える現 象である.この連成解析は複数の系を同時に解析するため大規 模解析となることが多く,このため,並列処理による高効率な 処理によるデータは少量であるため,ネットワーク資源として は帯域よりも遅延を重視する必要があると考えられる.さらに, Master は全ての Slave からの結果を得るまで次の Iteration の 判断ができないため,各 Slave におけるのタスク終了時刻を同 期させるためにネットワーク資源の同期についても考慮する必 要があると予想される. 4. 2 調査モデル 本稿では,ネットワーク特性が分散コンピューティングに与 える影響を調査するため図 4 に示すネットワーク構成を用い 解析が必要になると考えられる.この電磁構造連成現象の解析 —3— Structural analysis Eddy current analysis 1400 Slave1 link1 limit for bandwidth unlimit 1200 Master link2 Processing Time [s] 1000 Struct host Slave2 link3 Slave3 link4 800 600 400 Slave4 200 図 4 ネットワーク構成. 0 1 10 100 1000 Bandwidth [Mbit/s] 表 1 各計算機の性能. host name Master, Slave1, 3, 4, PC bridge Slave2, Struct host CPU Xeon 2.80GHz Pentium4 2.80GHz Memory 1GBytes 1GBytes NIC Intel(R) PRO/1000 Intel(R) PRO/1000 図 6 帯域がプロセス終了時間に及ぼす影響. 40 bandwidth 35 40 bandwidth[Mb/s] 30 bandwidth 35 bandwidth[Mb/s] 30 25 20 15 25 10 20 5 15 0 0 50 100 150 200 250 300 time [sec] 10 図 7 10Mb/s で制限した場合の発生トラヒック. 5 0 0 20 40 60 80 100 120 140 160 time [sec] 図 5 ネットワークに制限がない場合における発生トラヒック. て電磁構造連成解析を行うアプリケーションを実行し,様々な ネットワーク状態におけるプロセス処理時間の測定を行った. 評価に使用した各計算機の性能を表 1 に示す.また,図 4 の Master-Slave の間の各リンクは,FreeBSD-4.9R をインストー ルした PC を用いてブリッジ接続されている.各ブリッジでは DUMMYNET [6] が動作しており,Master-Slave 間の各リンク の帯域及び,遅延等のネットワーク特性を自由に設定すること が可能となっている.本研究では,図 4 における Master-Slave 間の帯域や往復遅延を変化させることにより,これらのネット ワーク特性が分散コンピューティングの処理性能に与える影響 を調査する. 5. 調査結果及び考察 本章では,前章で紹介した調査モデルを用いることにより, ネットワークの特性が分散コンピューティング性能に与える影 響を調査する.そして,分散コンピューティングが良好な処理 性能を達成するために必要となる,ネットワークに対する要求 を明らかにする. 5. 1 基本的な性能 まずはじめに,本アプリケーションの基本的な特性を明らか にするために,帯域及び遅延時間に制限を設けなかった場合に アプリケーションの完了までに要した処理時間を調査する.ネッ トワークに対して制限を設けなかった場合,Master-Slave 間の 往復遅延時間は約 300usec であり,アプリケーション全体の処 理時間は 131sec となった.図 5 に Master から送信したデー タ量の 0.1 秒間隔の平均値を示す.この図より,本アプリケー ションでは,バースト的に最大で約 35Mb/s,平均で約 17Mb/s のトラヒックが発生していることがわかる.ただし,tcpdump を用いて測定を行ったため計算機上に負荷が生じてしまい,ア プリケーションの処理時間が約 150sec となっている. 以後の評価では,無負荷時におけるアプリケーションの基本 的な性能である 131sec を基準として各調査結果について考察 を進めていく. 5. 2 帯域を制限した場合の影響 次に,図 4 における Master-Slave 間の全てのリンクが同等 のネットワーク特性を持つ均質なネットワークを対象として, 各リンクの帯域の変化が分散コンピューティング性能に与える 影響を調査する. 図 6 に,Master-Slave 間の帯域とアプリケーションの処理 時間の関係を示す.この図では,前節で求めたアプリケーショ ンの基本的な性能と,Master-Slave 間の帯域を変化させた場 合の性能を比較している.これより,Master-Slave 間の帯域が 1Mb/s のように非常に小さい場合には処理時間が非常に大き な値を示す. 図 7 に,Master-Slave 間の帯域を 10Mb/s に制限した場合 —4— 3500 2500 1000 2000 1500 800 600 1000 400 500 200 0 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 Delay [ms] 1 10 100 1000 Bandwidth [Mbit/s] 図 8 往復遅延がプロセス終了時間に及ぼす影響. 40 bandwidth[Mb/s] nb=4 nb=3 nb=2 nb=1 unlimit 1200 Processing Time [s] 3000 Processing Time [s] 1400 900[Mb/s] 500[Mb/s] 100[Mb/s] 50[Mb/s] 10[Mb/s] 5[Mb/s] 1[Mb/s] unlimit 図 10 帯域の不均質性がプロセス終了時間に及ぼす影響. bandwidth 35 の基本的な処理時間と併せて,帯域が 1,5,10,50,100, 30 500,900Mb/s の場合の結果について図示している.これより, 25 Master-Slave 間の往復遅延時間が小さいほどアプリケーション の処理に要する時間は少なく,往復遅延時間が大きくなるにつ 20 れて処理時間が大きくなっていることがわかる.図 9 に,帯域 15 には制限を加えず,Master-Slave 間の往復遅延時間を 30msec 10 に制限した場合において,Master から送信したデータ量の 0.1 5 秒間隔の平均値を示す.この図より,往復遅延時間が制限され 0 0 100 200 300 400 500 600 700 time [sec] 図 9 30msec で制限した場合の発生トラヒック. たことによって図 5 におけるバースト的なトラヒックは発生す るが,TCP のデータ転送方式が有効に利用できず単位時間当た りのデータ転送量の最大値が 8Mb/s 以下となり,結果として アプリケーション全体の処理時間が増加した様子が見てとれる. において,Master から送信したデータ量の 0.1 秒間隔の平均 また図 8 より,前節で示した結果と同様に帯域が 50Mb/s 以 値を示す.この図より,帯域が制限されたことによって図 5 で 上の場合の結果は全て同等の性能特性を示すことがわかる.こ バースト的に発生していたトラヒックが,データ転送量の最大 れは,TCP によるデータ転送方式が遅延時間の変化に敏感で 値である 10Mb/s 以下に押さえられていることがわかる.この あり,遅延時間が大きな環境では帯域を有効に利用できないこ 影響により,データ送信にかかる時間が増加し,それに伴いア とが原因である.以上の結果より,本研究で対象とした少量の プリケーション全体の処理時間が増加する結果となる. データ転送が頻繁に発生するアプリケーションでは,ある程度 また,図 6 より帯域が増加するにつれて処理時間は改善され ることがわかる.しかし,50Mb/s の場合には前節で示した基 の帯域が確保可能ならば,処理性能はネットワークの遅延時間 の影響を大きく受けることがわかる. 本的な性能とほぼ変わらない結果を示し,それ以上帯域を増加 5. 4 ネットワーク特性の不均質性による影響 させても処理時間の向上は見られないことがわかる.これは, 本研究で対象としたアプリケーションでは,全ての Slave から 図 5 からもわかるように,アプリケーションの各処理において 結果を受け取るまでは次のラウンドを開始するための Iteration タスク間で交換されるデータの量が比較的小さいため,3 章で が行えないため,3 章で説明したように,ネットワーク資源に 述べたように TCP におけるデータ転送方式の影響により,あ は均質性が求められると予想される.そこで本節では.ネッ る値以上の帯域 (本アプリケーションでは 50Mb/s 付近) を有 トワーク性能 (帯域及び往復遅延時間) の不均質性が分散コン 効に利用できないことが原因である. ピューティング性能に与える影響についても明らかにする. 5. 3 往復遅延を制限した場合の影響 前節の結果より,一度に大量のデータ転送は発生せず少量の まず,図 4 における Master-Slave 間のリンクの中で,帯域 を制限するリンクを nb 本のみとし,それらの帯域の変化が分散 データ転送が頻繁に発生するアプリケーションでは,帯域の変 コンピューティングの性能に与える影響を調査する.図 10 に, 化が処理性能に与える影響は小さく,その他のネットワーク特 制限を与えた各リンクの帯域と,アプリケーションの処理時間 性の影響を強く受けるものと予想される.そこで,本節では図 の関係を示す.この図では,5. 1 節で求めたアプリケーション 4 における Master-Slave 間の往復遅延時間に着目し,その変 の基本的な性能 (unlimit) と,帯域を制限したリンク数 (nb ) に 化が分散コンピューティングの性能に与える影響を調査する. 対応する性能を併せて図示する.この図より,1 本のリンクを 図 8 に,Master-Slave 間の往復遅延時間とアプリケーショ 制限した場合には,制限を与えない場合と比較して性能は大き ンの処理時間の関係を示す.この図では,アプリケーション く低下しているが,それ以上のリンクを制限した場合には 1 本 —5— 3000 2500 Processing Time [s] して,広域なネットワークを想定した環境において,帯域や遅 nd=4 nd=3 nd=2 nd=1 unlimit 延時間といったネットワーク特性の変化がアプリケーションの 処理時間に与える影響を調査した. 本稿では,ネットワーク特性として帯域,遅延,そしてネッ 2000 トワークの不均質性を対象とした.まず,帯域を変化がアプリ 1500 ケーションの性能に与える影響を調査したところ,帯域の増加 に伴いアプリケーションの処理時間は短縮されるが,ある一定 1000 値以上に増加させた場合にはその処理時間に変化が生じないこ 500 とがわかった.次に,往復遅延時間の変化が分散コンピューティ ングに与える影響の調査を行ったところ,本研究で対象とした 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 Delay [ms] 図 11 往復遅延時間の不均質性がプロセス終了時間に及ぼす影響. アプリケーションでは,往復遅延時間が大きくなるにつれて処 理時間が大きく悪化することがわかった.さらに,ネットワー ク特性の不均質性がアプリケーションの性能に与える影響を調 のリンクを制限した場合と比較して,大きな性能の低下は見ら れない.特に 10Mb/s 以下に帯域を制限した場合に,この特性 が顕著に表れている. したがって, タスク割り当てを行う際に,1 本でも帯域の小さいパスを経由して計算機に対してタスクを割 り当てる必要がある場合,残りの計算機に関しては帯域が良好 なパスを選択することに固執する必要はなく,他のネットワー ク特性を考慮するべきであることが予想される. 次に,Master-Slave 間のリンクの中で往復遅延時間を制限 するリンクを nd 本のみとし,それらの往復遅延時間の変化が 分散コンピューティング性能に与える影響を調査する.図 11 に,制限を設けた各リンクの往復遅延時間とアプリケーション の処理時間の関係を示す.この図では,5. 1 節で求めたアプリ ケーションの基本的な性能 (unlimit) と遅延を制限したリンク 数 (nd ) に対する性能を併せて図示する.この図より,往復遅延 時間を制限したリンク数が増加するにつれて,アプリケーショ ンの処理時間は大きく増加することがわかる.さらに,リンク 数に応じたアプリケーションの処理時間の差は,往復遅延時間 の増加に伴い大きくなっている.したがって,本研究で対象と した少量のデータ転送が頻繁に発生するアプリケーションでは, タスクを割り当てる全ての計算機に対して可能な限り遅延時間 の良好なパスを選択する必要があるといえる. 以上の結果より,本研究で使用した電磁構造現象を解析する プログラムのように少量のデータ転送が頻繁に発生するアプリ ケーションでは,タスク割り当てを行う際において,1 台の計 算機に対して帯域の小さいパスを選択する必要がある場合,残 りの計算機に対しては,それを下回らない帯域のパスが確保可 能ならば,広帯域なパスを求める必要はなく,遅延の短いパス を貪欲に選択すべきであることがいえる. 6. ま と め 査した結果,1 本のリンクの帯域を制限した場合,制限を与え なかった場合と比べ性能が大きく低下するが,それ以上のリン クに対して帯域を制限しても 1 本のリンクを制限した場合と比 べ大きな性能の低下はみられなかった.しかし,往復遅延時間 を制限した場合には,制限を与えるリンク数の増加に伴って, アプリケーションの処理時間も大きく増加することがわかった. 以上の結果より,本研究で使用した電磁構造現象を解析する プログラムのような少量のデータ転送が頻繁に発生するよう なアプリケーションでは,帯域に関しては一定量以上の確保が 重要視され,遅延に対して厳密な制御が必要とされることを示 した. 謝辞 本研究の一部は,文部科学省における超高速コンピュー タ網形成プロジェクト (NAREGI) の支援を受けている.ここ に記して謝意を表す. 文 献 [1] I. 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