新 年 の ご 挨 拶 専務理事 井上 才祐 明けましておめでとうございます.旧年中は格別のご 愛顧を賜り厚く御礼申し上げます.一方,スケジュール 面で皆様のご要望にお応えできなかった点があり,種々 ご迷惑をお掛けしましたことを,深くお詫びいたします. 本年は皆様方のご付託に応えられるよう役職員一丸とな って精励する所存です.倍旧のご支援,ご鞭撻を賜りま すよう御願い申し上げます. 当センターは,この秋に25周年の記念すべき年を迎えます.これも 偏に所管官庁や顧客の皆様方の心強いご指導ご鞭撻の賜物と衷心より深 く感謝致しております. 1978年9月設立,'79年9月研究棟の完成と同時にがん原性等中,長 期毒性試験を中心とした試験を開始し成長して参りました.中でもがん 原性では国内一の実績を誇る施設になりました.この間,'83年4月か らはGLP試験対応の施設(現在は,医薬品GLP,農薬GLP,化審 法GLP,安衛法GLP等の適合確認を受けています)として受託を開 始しました. '84年4月に生殖試験棟,'89年3月に犬試験棟を,そして '00年12 月には遺伝毒性試験棟を竣工させ,皆様のご期待に沿うべく安全性評価 試験の総合ラボとして業容の拡大を図りつつ順調に成長して参りました. しかし,まだ充分とはいえず,薬理,薬効試験への対応を急いでいる ところです. 「存続は力なり」:お客様にとって将来の希望である大切な新規化合 物の安全性を正しく評価し,付託に応えるには施設の安定的な成長と存 続が最重要課題であることを全役職員が認識して対応して参ります.よ り一層のお引き立て,ご支援を賜りますよう心から御願い申し上げ新年 のご挨拶といたします. 財団法人 食品農医薬品安全性評価センター ・新年のご挨拶・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・1 ・第10回学術講演会を終えて 1)分子毒性学へのアプローチ・ 展望 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・2〜8 2)FDA21CFR Part11(電子記 録・電子署名)の要件と取組み における問題点 ・ ・ ・ ・ ・ ・8〜13 3)がんと前がん病変 発がん過程と発がん性検索に ついて ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・13.14 ・外部講師による講演会 「薬効評価における疾患モデルの 有用性:動脈硬化症に対する疾 患モデル動物としての, 高脂血症 WHHLウサギの評価」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・14.15 ・連載・病理の話題 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・15 ・学会発表 正常及びがん細胞における 細胞間ネットワークの研究 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・15.16 ・学会発表 カニクイザルの心臓手術による 冠状動脈硬化モデルの作製 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・16.17 ・生物統計講座No.14 Ch i (カイ)二乗検定とF i she rの 正確確率計算法 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・17 ・編集後記 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・18 No.36 第10回学術講演会 第10回学術講演会を終えて 事業部 阿部 和彦 昨年の11月15日 (金)にJR浜松駅前のア クトシティ浜松コングレ スセンターにおきまして, 第10回学術講演会を開 催致しました.当日は, 遠路にもかかわらず90 余名の方々のご出席をいただきましたこと 心より感謝申し上げます. 今回は,㈱ファイザー製薬株式会社 中 央研究所 堀井郁夫先生より「分子毒性学 へのアプローチ・展開」,横河電気株式会 社 産業システム統括本部 荻原健一先生 より「FDA 21CRF Part11(電子記録・ 電子署名)の要件と取り組みにおける問題 点」,(財)愛知県がんセンター研究所 立松正衛先生より「がんと前がん病変−発 がん過程と発がん性検索について−」とい う演題で講演していただきました.ご出席 の皆様方からは大変なご好評を頂戴する事 ができました.ここにご講演下さいました 先生方に,改めて御礼申し上げます. また,講演会終了後の懇親会の席では, 講師の先生方とご出席された方々との意見 交換,さらに主催者であります当センター 望月理事長をはじめ役職員が親しく歓談す ることができました. なお,講演内容の詳細につきましては, 安評センター研究所報(平成15年第13 巻)に掲載致しますが,当日お配りしまし た講演の要旨を以下に掲載します. 2 分子毒性学へのアプローチ・展望 ファイザー製薬株式会社 中央研究所安全性研究統括部 毒性科学研究部長 堀井 郁夫 はじめに 従来の医薬品の安全性評価は,広範囲の科 学領域(毒性学・病理学・薬理学・生化学・ 生理学など)を基盤とした動物実験を中心 にしたデータを基にリスク・アセスメント をし,更には副作用の予測・対応を考究す る形で進められてきた.このような背景に 対して,近年,遺伝子科学の進展に伴い, 医療・治療の方向性も大きく変わろうとし ている.すなわち,ヒト遺伝子の解明と平 行した遺伝子科学の急速な進展に伴い,特 に遺伝子レベルで病気・病因が捉えられる ようになり,医療・医薬も普遍的治療から 個人対応療法,いわゆる テーラー・メイ ト な対応に変わって来ようとしている. 医薬品の創薬・開発研究においてもそれに 付随する科学的・技術的サポート面も目覚 しい進展がみられ,創薬戦略そのものが大 きく変わってきた.遺伝子発現レベルで捉 えた新治療薬への試みはすべて 分子・遺 伝子標的の設定 から始まり,その対象と なる治療薬としては,遺伝子治療,アンチ センス,治療対象タンパク製剤,疾病機序 対応薬などが考えられ,それら様々な因子 の生体内での相互機構を介した過程を制御 する治療薬が主要なものとなって来ている. このような薬効を考究する立場から創薬を 進めて行くのと同じ考え方の上に立ち,副 作用・毒作用に関しても同様に遺伝子科学 的に考えれば すべての毒作用変化は遺伝 子要素の変化に付随したものである とい う大前提の基に毒作用を考えるのは自明の 事であり,ゲノム創薬時代における安全性 評価に関して重要な意義を提示するもので ある.したがって,病気・治療に関する遺 No.36 伝子制御を基本とした薬効作用と同一の観 点から毒作用の発現を考えるゲノムトキシ コロジーの導入が強く求められてきている のが現状である.その一方,このようなア プローチには,薬効の延長上にない毒性の 標的があるかもしれない遺伝子科学な点も 考慮する必要がある. ゲノム観点からみると,ファーマコゲノミ クスとトキシコゲノミクスは,常に平行し て考えておく事が大切であり, 良い薬 とは,充分な安全性評価の下で管理され得 る人の病気に効果のある薬物 と言えよう. 創薬初期におけるハイスループット・トキ シコロジー(HTP-Tox) 創薬初期における安全性評価に関して 何 故,創薬の初期に安全性評価が必要か? という命題に対しての答えは明確である. その必要性は,創薬段階で薬効を中心に化 合物を評価した後に人での臨床試験の時点 で副作用・薬物動態の問題で開発中止にな る例が多い事に起因している.即ち,多く の開発中止の原因が創薬時にその安全性に ついて充分に検討されないままに化合物が 選択されてしまう事を問題点としている. 何故,HTP-Toxの必要性が生じて来て いるのか? という問いかけの答えは,創 薬の出発点がファーマコジュノミクスを基 本とした モレキュラー・ターゲティング にあり,遺伝子標的を中心とした創薬研究 とコンビナトリアル・ケミストリーの導入 が短期間で多くの薬効のある化合物合成を 可能にしたことに起因すると言える.この 事象は,多種の化合物について,少量で毒 性を評価する必要性が出てきたということ を提示し,更には短時間でそれを処理する 事が求められてきている.即ち,この一連 の毒性学的戦略を広く ハイスループット・ トキシコロジー,High Throughput Toxicology(HTP-Tox) と称するよう になり,創薬の早期の毒性学的研究には欠 かせないものとなってきている.創薬時の 早期安全性試験研究を具現化するためには, これまでやられてきた毒性試験に対しての パラダイムシフトが要求される. 最近では先述の遺伝子学的創薬戦略とコン ビナトリアル・ケミストリーの手法導入に より,短期間で多くのリード化合物が合成 されるようになってきた事が基点となり, 早い創薬の段階(リード化合物の適正化及 び臨床適用候補化合物の選定)での安全性 評価が問われて来るようになり,少量の化 合物で多くの種類の化合物について毒性を 調べるHTP-Tox導入の必要性がでてきて いる.HTP-Toxでの毒性評価を考慮した 場合に望まれるパラダイムシフトの要点は, 創薬に関しては(1)創薬の早期における 毒性評価,(2)ヒトへの外挿を主とした 毒性試験実施・評価,(3)得られた科学 的知識や新しい技術の保持・有効利用のた めの画期的なデータベースの構築などが挙 げられる. HTP-Toxの必要性と有用性(HTP-Toxで 何を評価するのか?HTP-Toxはどのよう に貢献できるか?) 創薬の段階でHTP-Toxに要求されるのは, 早く,出来るだけ高い検出力で,多くの検 体について毒作用の評価が出来る事にある. その評価としては,(1)当該化合物の毒 作用の検索(薬理効果の延長上にある毒作 用及び薬効の延長上にない毒作用を見極め る),(2)毒性学的標的変化を基とした 化合物のランキング,(3)医薬品開発に おける安全性評価上の問題点の早期指摘な どを常に考慮することが求められる. HTP-Toxに最初に求められる事は,創薬 の初期に少量の化合物を用いて安全性の評 価をする事にあり,当該化合物の持ってい る毒作用の本質を早期に出来るだけ明確に する事である.創薬の過程では(1)リー ド化合物としてのクラス効果を基に毒作用 のランキングをする事(2)薬効と副作用(毒 作用)とのバランスからの安全性評価をす る事の二点を見ながらHTP-Toxの効果が 計られるものと思われる. 創薬初期の構造・毒性相関とHTP-Toxの 展開 創薬の早期,即ち医薬品の探索研究段階に おいて,HTP-Toxの導入は必須であるが, この戦略に先んじて毒性学的安全性評価を 化学構造の面からみたリード化合物の設定 とその構造最適化は非常に重要な位置を占 め,HTP-Toxで実験を行う前に(または その結果を基に)構造毒性相関(QSTR: Quantitative Structure Toxicity Relationship)から化合物の毒性を予測し,よ り的確な判断の基に化合物合成の次のステ ップに移行していく事が望まれる.しかも, 3 No.36 その良い構造活性相関予測システムの構築 には,外部・内部データ・ベースのシステ ムとQSTRのエキスパート・システムとの データベース的融合が大切でスクリーニン グ試験(HTP-Tox)との組み合わせとフ ィードバックが更に必要となろう. QSAR/QSTRの概念は,構造・毒作用相 関に基づく検索に続くHTP-Toxによる検 索毒性評価に連動している必要がある. QSAR/QSTR検索は,原則的にはこの HTP-Toxより先んじてなされるものであり, QSAR/QSTR検索を基として創生・最適 化される過程にあるリード化合物に対して HTP-Toxの手段が適用されるのが創薬の 定法であろう.即ち,HTP-Toxで実験を 行う前に(またはその結果を基に)化合物 の毒性を予測し,より的確な判断の基に化 合物合成の次のステップに移行していく事 になる.しかしながら,QSAR/QSTRシ ステムの有効利用には,自前のデータ・ベ ースとの融合が必須であることから,両者 が平行して進行しシステムとデータ・ベー スの中にお互いの必要なデータを書き込み ながら常にカスタマイズされたExpertsystemが構築されるのがより実際的であ ろう. In vitro 及び In vivo HTP-Toxの導入 HTP-Toxの毒性評価に有効な結果が得ら れる方法の一つとして,In vitroのシステ ムの開発が挙げられる.In vitro試験は少 量の化合物でも実施可能であり,分子およ び細胞レベルでの毒性評価を行うことがで きる.必要とあらばヒト細胞・組織の利用 が考慮され,また初代単層細胞培養だけで なく細胞集合塊(スフェロイド)の利用も 有効な手段である.その次の段階として(時 としてIn vitroに先んじて)HTP-Toxとし てのIn vivo試験があり,この段階では化 合物量はやや多量に必要となってくるが, 分子および細胞レベルでの毒性に加え,機 能的および形態学的な評価が可能となって くる.創薬の初期に実施されるIn vivo HTP-Tox試験としては,少量の薬物を用 いて,短期間の内に答えを出すことが必要 なことから,小動物を用い(マウスもしく はラット),少ない動物数(2〜3匹), 少ない群(1〜2group),短期間(3〜5 日),比較的高用量で実施することになる. 毒性を検出するための血液生化学的検査に 4 おける感度の高い特異的なパラメーターの 検索,早い病理標本作製方法,一般薬理学 的検索のためのテレメトリーシステムの導 入等により,標的部位やその機能について, 適切にまた素早く評価を下していかなけれ ばならない.これらの評価にあたっては, 主要臓器およびその薬物の標的臓器を用い た細胞によるIn vitro細胞培養システムや 遺伝子チップシステムを平行して利用する ことにより,より有意義な結果が得られる と考えられる.先に述べたようにIn vitro 細胞培養システムや遺伝子チップシステム はそれ自体,一つのリード化合物のスクリ ーニングシステムとして有用である. 評価系として用いられる細胞・組織培養に は,継代培養セルラインシステム,初代単 層培養システム,スフェロイド細胞培養シ ステム,組織切片培養システムなどがあげ られる.一般的には,毒性学的に主要な器 官・組織の細胞培養系の基本的な系は確立 しておく事が要求され,それを基とした当 該化合物に合わせた応用的な系を用いる事 が創薬には要求される.もちろん当該化合 物特有の毒作用標的臓器・組織に対応した In vitro HTP-Toxスクリーニング系を設 定する事は,最優先にやらねばならない事 となる.HTP-Toxスクリーニング系とし て用いる場合は,当該評価すべき化合物の リードとしての選択・適正化に合うものを 選び系を設定していく事となるであろう. ゲノム毒性学への展開 現在,人間のゲノムはほとんどその配列が 明確にされ,他の種(特に齧歯類)のゲノ ムについてもほとんどのシーケンス情報は 公開されている.それに加えて,遺伝子に 関する技術的進歩は,多数の遺伝子の遺伝 子発現とそれに対応するタンパク質産生に 関する解析・解明に更に拍車をかけるよう になってきている.この遺伝子発現に関す る毒作用発現について言及すると,「ある 特定化した細胞・組織で,一つの刺激とタ イミングで,特定化された遺伝子とタンパ ク質のみが発現し,この発現パターンは細 胞の発生・発育,生理学的機能を支配する もので,しかも,毒作用に関する遺伝子発 現は病理学的状態により影響を受け得るも のである」という事もできる.即ち,当該 細胞集団の対応する遺伝子の遺伝子発現は, 外部の刺激(例えば薬の薬理学的及び毒生 No.36 学的効果)に影響を受け易く,これらの遺 伝子発現の変化を見る事は,毒性学者にと って毒作用発現の機序を理解するのに役立 つ.また,これら遺伝子発現の情報は,創 薬の早期における毒作用発現の予告・警告 につながる可能性が高く今後の展開が期待 されている.一方,ヒトゲノムの構造に対 する急速な解明・解析が進むに伴って,対 象としている細胞・組織の遺伝子レベルで の反応を解釈する上でその対応するマーカ ー遺伝子を中心に調べていく事は,化合物 を暴露したときの遺伝子のシーケンスの違 いを同定・特徴づける大きな根拠となり, ヒトへの毒作用・副作用を予測する上で大 きな手がかりを与える事が出来る.即ち, それが種特有性の反応であるかどうか,ま た,対象となる種がレスポンダーであるか ノン・レスポンダ―であるかを見極め判定 できるようになるという事は,薬理学的及 び毒性学的な面で大きな意味があるのみな らず,人での副作用の現われ方の個人差を も言及できるという意味を持っている. 毒性の機序や予測に遺伝子発現や発現蛋白 を利用する概念は,決して新しいものでは ない.しかし,分子毒性学の展望を大きく 変えたのは,ゲノミクス及びプロテオミク スの新しい手法・装置の導入により比較的 簡単に多くの情報が得られるようになった 事にある.遺伝子科学の技術は,当該細胞・ 組織での遺伝子の発現の変化を同定・定量 するものであり,プロテオミクス技術は, 発現されたタンパク質を分離・同定するも のである.即ち,ゲノムトキシコロジーと は,実験動物及び人のゲノムシークエンス を基とした遺伝子多型(ゲノム,SNPな ど),遺伝子発現プロファイル(トランス クリプト―ム:mRNA発現パターン), プロテイン発現プロファイル(プロテオー ム:機能タンパク質パターン)を総合的に 解析し,毒作用の予測と検地・機序解明へ と導くものである. トキシコゲノミクス・トキシコプロテオミ クスの適用と最終目的 トキシコゲノミクスの目指すところは「毒 作用の作用機序のより良い理解とヒトで起 きる毒作用(副作用)の予測性を高める」 事にある.トキシコゲノミクス・トキシコ プロテオミクスは短絡的に対照群と投与群 とを比較して化合物による暴露によって変 化する遺伝子やタンパク質を同定する事の みと考えられがちであるが,まず,最初の 段階では,毒作用機序が判明している化合 物で系のバリデーションをする事が大切で ある.細胞・組織の毒作用のマーカーとし ての遺伝子・タンパク質発現の特異性をデ ータから読み取るにはかなり膨大な情報が 必要である.その取り掛かりのために何ら かのモデル・ケースを考える必要があり, そのために生理学的・生化学的機能の面か ら肝臓を対象にする事が多い.創薬の早期 段階においては,肝臓は多くの医薬品・化 学品においてまず多く暴露される臓器であ り,かつ多くの場合の代謝に関与している ことから毒性発現の重要な標的となりうる. よって,まず初めの取り掛かりとしてトキ シコゲノミクス/トキシコプロテオミクス の観点から肝臓毒性を調べ,検証する事は 妥当な出発点かもしれない.ただ,対応化 合物の標的器官・組織が特定化されている 場合は,直接その対象についての検証が必 要である事は言うまでもない.トキシコゲ ノミクスとトキシコプロテオミクスで得ら れた結果は,毒作用機序を調べる探索毒性 研究や毒性予測に適用するのが原則となろ う.毒作用探索研究としては,化合物の標 的細胞への暴露後の毒性誘発に関する特異 的な遺伝子発現・対応タンパク質の産生に 関与すると思われる標的遺伝子と誘発毒作 用とを対比しその毒作用機序を推測・解明 していく事になる.一方,予測のための毒 性研究としては,モデル化合物(既知の毒 性物質)でみられた遺伝子発現・タンパク 質産生の特異性と当該化合物とを比較する のが基本である.即ち,毒性予測ツ−ルと してのトキシコゲノミクスとトキシコプロ テオミクスは,毒作用がかなり判明してい る化合物でみられる特異的発現パターンと その毒作用とを結びつけたデータ・ベース が必要となり,そのデータ・ベースを基と して当該化合物での遺伝子発現パターンを 照合することにより毒性を予測する事にな る.いずれにしてもこの遺伝子発現・タン パク質産生を解析する事は,毒作用検地の ための特異的で高感度な毒性マーカーを検 地していることになる.これらのマーカー は特異的な毒性のエンド・ポイントとなり 得るので,創薬の初期の毒性試験法(In vivo , In vitroどちらでも適用できる)の 5 No.36 一端を担うことができ,使用動物数/時間 /コストの縮小にも繋がるものである. 毒性発現・毒作用機序を分子生物学的に理 解する事は,ヒトを含めた様々の種におけ る様々な臓器・組織での化合物に対する反 応性を判り易くし,創薬時の戦略に影響を 与えるとともに,医薬品開発上の薬と病気, 薬と副作用との関係などのこれまで漠然と してとらえられていた事象を解りやすくし, 更には潜在的な副作用の予測力を増強でき るような機会ができてきた. 遺伝子毒性発現に関する遺伝子を機能別に みると次のようなものが挙げられる:スト レス反応(Oncogenes, Acute phase response, Signal transduction, Transcription factors),細胞増殖(Cell cycle regulation, Growth factors and receptor, Tumor suppressors),アポ トーシス(Caspases, Apoptotic regulators),DNA損傷(DNA repair, DNA morphology),炎症(Cytokines, Vasoregulators),酸化的ストレス(Glutathione metaabolism, Oxidase, Protein thioles),薬物代謝(Cytochrome P450s, Glutathione transferase , UGT) , トランスポーター(Organic, Peptide, Ionpumps)など 創薬の早期段階にトキシコゲノミクス・ト キシコプロテオミクスを利用する場合,種々 多様の遺伝子発現・蛋白発現と毒作用発現 との関連データの組み合わせを検証しなが ら,動物およびヒト遺伝子に対応した毒作 用誘発に関する遺伝子発現・蛋白発現のパ ターン認識を追求したり,特定の遺伝子・ 蛋白発現をマーカーとしてスクリーニング 系を設定したりすることにより,より正確 かつ迅速にヒトへの高い外挿性を図る事が できるようになるであろう. ゲノム・トキシコロジーの今後の考慮点 マイクロアレイなどを用いた遺伝子発現に 関する解析は,「化合物が,どのように生 物系を混乱させるか」という事を理解する にあたり,新しい考え方を提供しようとし ているのは確かであるが,その結果の解釈 は間違った方向を示唆する事がある.した がって,我々はその解釈の過程では,大胆 かつ慎重に対応して行く必要がある.即ち, 遺伝子発現と毒作用の用量相関性について は,未だ不明な点があり,充分には理解さ 6 れていないのが現状である.今後,トキシ コゲノミクス・トキシコプロテオミクスの 分野で考慮しなければならない点は次のよ うな事になるであろう. (1) 毒作用に関する遺伝子を(また,毒 作用に関係のない薬理学的・生理学的反応 性の変化をも含めて)明示するには,どの 位の数のどのような遺伝子について調べれ ば良いか? (2) 毒作用標的遺伝子の発現は,常に毒 作用として発現し得るのか? (3) 如何に通常のIn vivo,In vitro毒性 試験と遺伝子発現試験を組み合わせて実施 するのか? (4) 遺伝子発現データを如何に現在・将 来のリスク・アセスメントに利用するのか? 現在,トキシコゲノミクス・トキシコプロ テオミクスの分野は,新しく,急速に発展 してきている領域であるが,今後,この領 域のみでなく,他の新しい科学領域のテク ノロジーを導入しながら次の展開を進めて 行く必要があろう. 今のところ,毒作用に関する遺伝子発現の 解析・解釈は,未だ充分といえない.現実 的には,医薬品研究では遺伝子発現解析抜 きでの創薬はありえないなどと考えられが ちである.昨今の新しいアプローチは,前 臨床・臨床での安全性評価上の毒作用(特 に開発中止に繋がるような事象)の予測に 重点が置かれようとしている.しかしなが ら,毒作用遺伝子解析を毒作用機序解明の ツ−ルとして利用する事は重要である. トキシコゲノミクス・トキシコプロテオミ クスからメタボノミクス 最近では,ゲノム→トランスクリプトーム →プロテオームに続発した変化,即ちトキ シコゲノミクス・トキシコプロテオミクス の次の段階での変化を捉えるメタボノミク ス(メタボロミクス)の毒性評価への適応 が試みられるようになって来ている.この 事は毒作用の生じる対応した臓器・細胞特 有の変化が捉えられる事を意味し,このよ うな分子毒性学的検索における変動パラメ ーターがそのまま毒性学的安全性評価の新 しいエンドポイントとして規定され,更に 臨床の場への展開の可能性が示唆されてい る. メタボロミクス(メタボノミクスとも呼ば れている)は,末梢体液(尿・血液など), No.36 細胞,臓器などの細胞・臓器内成分の毒作 用から誘発される中間・最終代謝物を NMRを用い高感度で検地し,その成分変 化から毒作用の部位・種類・程度・経時変 化についてパターン認識・解析するもので ある.経時変化が容易に追跡できること, 試料採取の簡易さなどの点で尿が分析・解 析の対象となっている事が多い.種々の臓 器に対する既知の毒作用を示す場合の NMRパターンを対照群と比較した場合, また,各毒作用群間で比較した場合,示さ れるパターンが明らかに異なることが分か ってきた.このような事象を捉えそのパタ ーン認識とそれらをデータベース化する事 により毒作用の検知が出来るようになりつ つある.これまでの毒性学的エンドポイン ト(症状,臨床検査,機能検査,病理組織 学的検査など)に加え,分子毒性学的エン ドポイント(トキシコゲノミクス・トキシ コプロテオミクス・メタボロミクス)が, 安全性評価の次の時代への足掛かりになる 事が期待される. 安全性評価における分子毒性学の将来への展望 創薬における安全性評価の原点は,「安全 性の予測」にある事は言うまでもない.し かしながら,安全性そのものの評価は,毒 性学的評価に加えて当該化合物における化 学的性状,薬理学的・生化学的機能,薬物 動態学的性状などを考慮しながら総合的に 評価していく必要性が生じてきている.ま た,その評価指標,実験方法,評価方法も 一定でなく,加えて評価の行き着く所は, ヒトへの最初の臨床投薬時,臨床試験での 段階,市販後の安全性を常に考慮しつつ総 括的に捉えておく必要がある. また,毒作用の安全性評価においても生体 内暴露の関係から吸収・分布・代謝・排泄 に関る要素が求められ,トランスポーター, P450などの毒作用発現への関与が明らか にされ,Toxicokineticsから更にToxicoDMPKなる領域の分子薬物動態学的アプ ローチが分子毒性学領域に融合する形で展 開してきている.今後,創薬における安全 性評価に最も必要とされる事は,当該化合 物に応じた「毒作用のエンドポイントの示 唆」であり,創薬の早期のHTP-Toxスク リーニングの命題でもある.次いで当該化 合物での「示唆された毒作用のヒトへの外 挿性を計る」事と「ヒトに適用した時の問 題点の指摘・対応策」が重要課題となって くる.即ち,これまで述べたような背景か ら求められる毒性評価・安全性評価におい て,創薬に関しては,「創薬の早期のおけ る毒性評価」,開発研究では,「人への外 挿を考慮した毒性試験実施・評価」,臨床 開発研究および市販後調査では,「人での 副作用評価」について分子毒性学的解析か ら示唆される事象をどう取り込みながら利 用して行くかが重要課題になって来るであ ろう. ゲノム時代に遭遇するに当たり,今後,医 療の場において医療ビジネス・医療科学・ 治療科学・患者の背景などが大きく変わっ てきてくる事が予想される.創薬研究の安 全性評価についても,これら背景の動的変 化に対応していく事が重要であり,このよ うな動的変化を的確に捉えて必要とされる 新しいテクノロジーを積極的に取り込んだ 安全性評価が展開されるであろう. 以上 参考文献 Pilaro AM and Serabian MA. 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Compar Funct Genomics 2 : 155-168,2001 FDA21CFR Part11(電子記録・電 子署名)の要件と取組みにおける問題点 横河電機株式会社産業システム技術部 部長代理 荻原 健一 Warning JF, Ulrich RG: The impact of genomics-based technologies on drug safety evalution. Annu Rev Pharmacol Toxicol 40:335352,2000 1.はじめに 8 No.36 1997年8月にFDA(米国食品医薬 品局)は医薬品業界からの要請を受け電子 記録(Electronic Records)・電子署名 (Electronic Signature)に関する新し い規則を発効した. 連邦規則第21条第21章(21CFR Part11)と称する規則で,これにより「電 子記録・電子署名」が従来の「紙の記録」 及び「手書き署名」と同等と見なす事が可 能になった. 21CFR Part11(以下Part11)は GXP(GMP,GLP,GCP)にまたがる, FDAの規制対象となっている業界のあら ゆる領域を対象とした広範囲にわたる規制 となっており製薬業界に大きな影響を及ぼ している. ここではPart11の公布にいたる背景と その要件について説明し,適合に向けた手 順の一例を示した. 2.Part11の歴史的経過とその背景 製薬業界では新しい医薬品の許可申請や 査察に向けた記録書の作成に多大な資料を 作成している.一方,医薬品の開発・製造 におけるコンピュータの利用はますます広 がっており,多くの局面においてコンピュ ータが重要な役割を担っている.これらの 状況から米国の製薬業界では,1990年代 初めに手書き署名の代わりに新たに「電子 署名」を利用することでペーパーレス化の 可能性を認識することになり電子化の検討 が始まった. 1991年には米国製薬工業協会がFDA に対し,電子署名の使用についての指針を 示すように申し入れが行われ,これを受け てFDAではプロジェクトチーム(a Task Force on Electronic Identification / Signature)を編成し,製薬業界を含めた 検討が開始された. 1992年には電子化要件について広く意 見を聞くためにFDAは規制案の事前通告 (ANPRM…Advanced Notice of Proposed Rule Making)を発行した. ANPRMが発行されるとFDAの要求に対 する多くの意見が寄せられこれらの意見を 反映して1994年に規則草案(Proposed Rule)を発表した.この規則草案をさら に実際の運用に向けて見直しを行い, 1997年3月に最終通知(公布)され,同 年8月20日より施行された. コンピュータが本質的に電子記録,電子 媒体での取扱いである以上,本規制による 電子化のメリットは①ペーパーレス化(省 スペース)②操作履歴などの電子管理によ る高速な検索③査察の効率化/迅速化など 多大であると予想できる. 一方,電子記録は紙に比べて改ざん(削 除・追加・変更など)しやすいという厄介 な問題も抱えている. Part11は電子化を認めるにあたって電子 記録あるいは電子署名の問題点を排除する 為の要件を提示している. しかし,Part11に適合するには技術的, 経済的側面などで困難を極めており,発行 されてから既に5年を経過しているが,取 り組みが順調に進んでいるとは言いがたい 状況である.この様な状況において日本国 内においても,昨年から各種の学会や委員 会でPart11をテーマに取り上げる機会が 増え,国内製薬企業においても漸く具体的 な「対応に向けた計画・行動」に取り組む ところが出始めて来ている. 3. Part11の条文構成と概要 3-1.Part11の条文構成 Part11はPDF版で38ページであるが, 実際の条文はわずか3ページに過ぎない. 大半はPreamble(序文)であり条文の主 要セクションに応じて区分されて,138 のコメントが書かれている.Part11を理 解する上で貴重なコメントとなっている. Part11の条文構成は次の3つのSubpart から構成されている. Subpart A---General Provision(一般条項) 11.1 Scope(適用範囲) 11.2 Implementation(実施にあたって) 11.3 Definitions(定義) Subpart B---Electronic Records (電子記録) 11.10 Controls for closed system (クローズドシステムの管理) 11.30 Controls for open systems (オープンシステムの管理) 11.50 Signature manifestations (署名の明示) 11.70 Signature / record binding 9 No.36 (署名と記録の関連付け) Subpart C---Electronic Signature (電子署名) 11.100 General requirements (電子署名の一般的要求) 11.200 Identification mechanisms (電子署名の要素と管理) 11.300 Controls for identification codes / pass words. (IDコード/パスワード管理) 3-2.Part11の概要 Subpart AはPart11の基本的な考え方 (電子記録・電子署名と紙との関連)や適 用範囲,運用の考え方,Part11に使用さ れている用語の定義がなされている. Part11に使用されており,本Partで規定 されている用語としては下記のものがある. ・ 生物測定法(Biometrics) ・ クローズドシステム(Closed system) ・ オープンシステム(Open system) ・ デジタル署名(Digital signature) ・ 電子記録(Electronic records) ・ 電子署名(Electronic signature) ・ 手書きの署名(Handwritten signature) この中で,よく議論されている用語として は,「電子記録」と「オープンシステム/ クローズシステム」の定義である. 「電子記録」とは何か?よく言われる「ワ ープロで作成されたものは電子記録か否か」 からはじまり多くの事例をあげて今日でも 議論がなされている.これは「電子記録」 と見なされたとたんPart11の適用が必要 となるということで真剣にならざるを得な い背景がある.一方,「オープンシステム /クローズシステム」の定義においても今 日のようにネットワークで本社と工場間, あるいは情報系システムと制御系システム が接続されたシステムにおいてどこまでが クローズシステムでどこからがオープンシ ステムとなるか微妙な問題を含んでいる. Part11では,「クローズドシステムとは システム内の電子記録の内容が責任ある人 により管理され,システムへのアクセスが 制限されている環境」と定義されており, 物理的な環境とは一線を画している. Subpart Bにおいては電子記録における 要件が説明されている. 11.10章ではクローズドシステムに対す 10 る制御・管理について記述している.電子 記録におけるPart11の要件はほとんどが このクローズドシステムに対するものとな っている. 当然,Part11における重要な要件もこの パートに集中しており,この対応が Part11適合のポイントとなっている. 11.30章ではオープンシステムに対する 制御・管理について記述している.オープ ンシステムはクローズドシステムに要求さ れる制御・管理に加えてより高度な内容が 要求され,記録の認証性,完全性,機密性 を保証する為の文書の暗号化と高度なディ ジタル署名の使用等の追加手段が求められ ている.しかし,具体的な内容については 触れられておらずGXP環境下で使用する システムはオープンシステムではPart11 への対応は困難と考えるべきである. 11.50章では電子記録に表示される電子 署名と関連する情報について説明されてい る.この情報には署名者の名前,その署名 が実行された日時及び署名の意味等が含ま れる必要がある.また,この情報は電子記 録に対するものと同じ制御・管理の元で運 用され,人が読み取れる表示や印刷の機能 が合わせて要求されている. 条項11.70は電子記録を通常の手段で容 易に署名が複写されたり,移動されたりし ないようにそれぞれの記録に連結される必 要性を詠っている. Subpart Cにおいては電子署名に対する 一般要件が述べられている. 条項11.100では電子署名は個人に唯一・ 特有でなければならず,他人に使用された り譲渡したりしてはならないことを規定し ている.また,電子署名を使用する場合は, あらかじめ文書によりFDAに提出するこ とを求めている. 条項11.200では電子署名の構成要素と管 理要領について触れている.生物測定法に 基づかない電子署名はIDナンバーとパスワ ードのような少なくとも2つの異なった識 別構成要素を使用する事を規定している. 生物測定法に基づく電子署名は真の所有者 No.36 によってのみ使用される様にデザインされ ている事が要求されている.また,一人の 個人の電子署名を別の他人が代理で使用す る場合は,二人以上の協力を必要とする事 も合わせて要求している.この場合におい ても他人のIDナンバーとパスワードを使用 するのではなく代理人そのものの情報によ り代理であることを明確にした上で実施す ることが求められると考えるべきである. 条項11.300ではIDナンバーとパスワード によって電子署名を実施する場合の要件に ついて規定している.特にそれらのセキュ リティーと完全性(integrity)を保証す るための制御・管理を求めている. 識別コードとパスワード発行の定期的点 検,取り消し,再検査の確実な実施,さら にはシステムへの不正侵犯の企てを即座に 発見し通報する保護手段を要求している. 4.Part11条文における重要ポイント Part11の要件は細分化すると70項目 に及ぶと言われている.ここでは要件の中 で特に重要と思われる点について具体的な 要件を含めて紹介する. 11.10クローズドシステムの管理 電子記録の作成,修正,維持,転送の目的 でクローズドシステムを使用する人は電子 記録の確実性,完全性そして必要な場合に は機密を保ち,また,サインした本人が容 易にはその記録にサインしたことを否定し 得ないようにデザインされた手順や管理に 従うべきである.そうした手順及び管理を 以下に記す. (a)確実性,信頼性,首尾一貫して意図さ れた行為,そして無効なあるいは変更され た記録を識別する能力,これらを確実にす るためのシステムバリデーション. FDA規制下で使用される設備・機器(シ ステム)について常に要求されているのが バリデーションである.クローズドシステ ムにおける第一の要件としてこのシステム バリデーションを要求している.Part11 が電子化の要件に関した項目に限られてお り,この大前提として(当然ではあるが) バリデーションされたコンピュータの使用 を強く求めている. (b)読みやすく且つ当局による査察,レビ ュー,コピーにも適した電子形式で,その 記録の正確で完全なコピーを生成する能力. (c)記録の保存期間中,正確で迅速な検索 を可能にするための記録の保護. FDAは電子化を許可するにあたって,「電 子媒体に書かれた記録」をいつでも読み出 しが出来,コピーできる環境を要求してい る.これは至極当然の事であり,コンピュ ータが最も得意としている機能でもある, この一見何でもない要件が,実はPart11 の多くの要件の中で最も困難な要求となっ ている. 記録の保存が求められる期間はその内容 によって異なるが,現実的には多くの記録 が10年を超える保存となっている.一方, 今日のシステムではハードウェア・ソフト ウェアのライフサイクルを考えるとGXP で求められている保存期間を満たすことは 難しい状況である.OSの短期間でのバー ジョンアップ,ハードウェア寿命の短命化 などにより,従来に増してシステムを Revupしたり更新する頻度も増えてきて いる.これらの状況において数年前に作成 した電子記録を読むことさえ困難になって きている.システムを更新する場合は更新 後のシステムでそれ以前に作成された電子 記録を確実に読めることを保証しなければ ならない.あるいは使用しなくなったシス テムを「読み出す」だけのために何時まで も置いておくことにするか. (d)電子記録の作成,修正,削除のための オペレータ登録,及び操作の日時の記録と は独立した正確でコンピュータ生成による 時刻印字された監査証跡の使用.記録の変 更は以前の記録情報を不明瞭にしてはなら ない.こうした監査証跡記録は少なくとも 対象となる電子記録に必要とされる期間保 存されねばならない.そして当局のレビュ ーやコピーに利用できるようでなければな らない. この要件もPart11の技術的なハイライト の一つである.ここではオペレータの全て の行為(ファイルへの書き込み行為と考え て良い.画面切り替えや打鍵作業は除く) に渡って誰が,いつ,何を,どうしたかを 11 No.36 記録しておく事により,電子記録の信頼性 を確保することが狙いである.言い換える と,不正の防止がポイントであり,万一不 正された場合は作業をトレースすることに より発見することが可能なシステムを要求 している. 現在では監査証跡機能を有するシステムも 市場に提供されてきており,新規にシステ ムを導入する場合は比較的問題が少ない. しかしPart11は既存のシステムにも適用 される.稼動中のシステムで監査証跡機能 を持っているものは少なく,既存システム における対応が最も困難な要件である. 5.Part11適用に向けての手順 Part11への適合にあたっては,Y2K (2000年問題)で経験した全社的な観点 で取り組む必要がある.取り組み手順につ いては,いろいろなアプローチが考えられ るが下記に一例を示した. GAMPなどにも紹介されているので参考 にして頂きたい. ○推進体制の確立 ◇Part11推進プロジェクトの設置 ○ Part11適合実施計画を作成する ○既設システムを調査する ◇Part11要件とのギャップを条文ご とに評価する ○非適合システムについて改善計画を立 案し,実施する ◇システムの運用手順の見直し ◇システムのバージョンアップまたは 更新 ○電子記録と紙の運用とを明確にする(ハ イブリット) ◇電子署名を使用するか,手書き署名 とするか Part11の適合は重要分析を行い優先順位 を設定し,重要なシステムから取り組みを 始める事が必要である. 6.取り組みにおける問題点 Part11への対応の最大の問題は既存シ ステムへの適合である. GXPのいたるところに今日では多くのコ ンピュータが使用されており,Part11は これら既存システムへの適用も求められて いる. 新規に導入する場合は,今日では「Part11 12 対応製品」も市場に投入されてきており, 必要に応じてこれらの中から選択すること が可能な状況になってきてはいるが,既存 システムへの適合は多くの場合困難を極め ている. まず,Part11の要件と既存システムの機 能との差異を調査するところから始まる. いわゆるGAP分析であるが,この結果に 基づいた適用へのアクションが必要となる. システムによって適用方法は異なるが, バージョンアップで対応できるケース, Part11適用のためのサブシステムやソフ トを用意するケース,既存システムでは適 用が不可能で更新しなければならないケー スとまちまちである.具体的にはシステム サプライヤーへ相談する必要があると考え る. 既存システムにおける最も困難な Part11の要件は「監査証跡」をシステム が自動的に作成する点と考えられる.この 点についてどう対処するかサプライヤーを 含めてその方針を決定する必要がある. また,電子署名への取り組みも企業として その方針を明確にする必要がある.電子署 名の運用にあたっては1システムの問題で はなく企業全体のポリシーの元に取り組む 必要があり,従来の紙の運用から大きな方 向転換になる.この為企業TOPの理解を 始め多くの関係部署への了解も必要となっ てくる. 電子記録・電子署名と従来の紙の運用とを 明確に定義して,運営上混乱が起こらない ようSOP等で規定しておく事が望まれる. 7.おわりに Part11の当面の利点は,医薬品製造にお ける様々なアプリケーション,例えば電子 的バッチ指図・バッチ生産記録,LIMS(試 験室情報管理システム),分析証明書の自 動生成…等これら多くの電子記録がコンピ ュータによって作成され,電子的に承認さ れ,保存することが合法化されることであ る.また,新薬認可申請においても電子書 類による申請が認められるという明らかな 利点もある. 一方,Part11への適合には,その多く の管理項目のために困難を極めており,完 全な適合には多大な人と時間と費用が必要 となることも事実である.しかしFDAはこ No.36 の件について次のようにコメントしている. Part11に対応する事で負うことになるシ ステム変更のどんなコストも,その利益に より十分に相殺される. Part11への取り組みは電子化の長期的な 利点を認識する所から始まる.また,コン ピュータバリデーションの再確認あるいは SOPの見直しの良い機会でもある.また, 医薬品製造に関わるシステムサプライヤー としても,その要件を正しく且つ適切に理 解し,Part11に適合した製品の提供を心 がけていきたい.そのためには,今後さら に多くの場でユーザ・メーカ双方の情報交 換が活発に行われることを期待したい. 以上 参考文献 ①Ludwing Huber,近藤直人,21CFR Part11試験室における電子署名と電子 記録(テクニカルノート) ②荻原健一,第14回(2001年6月)イ ンターフェックスジャパン専門技術セミ ナーテキストIPJ-9 「コンピュータバリデーションのグロー バル対応と21CFR Part11をはじめと する今後の対応」 ③荻原健一,脇山昇,ファームテックジャ パンVol.17 No.9 August 2001 「21CFR Part11(電子記録・電子署名) とEBR(電子的バッチ記録)の動向と 制御システムにおける対応例(1)」 ④ISPE/PDA,「Complying With 21CFR Part11- Electronic Records and Electronic Signatures」 ⑤荻原健一,第15回(2002年7月)イ ンターフェックスジャパン専門技術セミ ナーテキストIPJ-3 「適用段階における21CFR Part11の 適用事例とその課題」 ⑥荻原健一,製剤機械技術研究会第12回 大会(2002年10月)講演資料 「21CFR Part11への対応と移行事例 −手順と留意点−」 がんと前がん病変 −発がん過程と発がん性検索について− 愛知県がんセンター研究所 副所長 立松 正衛 長期と短期発がん性試験の欠点を補う目 的で,初期病変(前がん病変)をマーカー とした中期発がん性試験が開発されてきた. 今回は,肝の前がん病変の特性とこれをマ ーカーとした中期発がん性試験について報 告する. A. 肝前がん病変の特性 1) 最大変異・最小変異 肝前がん病変は種々の酵素変異を示し, 最も多数のマーカーが変異していた小増 殖巣を最大変異巣,また一個しか変異の ないものを最小変異巣と呼んでいる.ま た,単独の指標として最も陽性率が高い のは,GST-Pで肝前がん病変の検出に は最も優れたマーカーと考えられる. 2) 選択的抑制 前がん病変の形成を促進させる機構と して,1.選択的抑制(differential inhibition)と2.選択的刺激(differential stimulation)が考えられている.正常 肝細胞は肝部分切除後,高い肝細胞増殖 が誘導されるが,AAF投与中は正常肝 細胞の増殖は殆どゼロに抑えられ,抵抗 性のあるGST-P陽性巣のみが増殖抑制 されず発育を続ける.こうした正常肝細 胞増殖の選択的抑制が,GST-P陽性巣 の形成を促進するような機構を選択的抑 制と呼んでいる. 3) 可逆性/不可逆性 3 肝前がん病変の H-thymidineによる 標識の研究から,肝前がん病変を構成す 13 No.36 る細胞自身が正常肝細胞化(真の可逆性) する事が明らかとなり,肝前がん病変は 可逆性を示し消失するかそのまま残存し, その一部が腫瘍性結節(腺腫)さらには 肝細胞癌へと進展していく. B.中期発がん性試験 1) プロモーション作用に基づいた肝 における中期発がん性試験(伊東法) 肝における8週間の中期発がん性試験 (伊東モデル)では,肝発がん物質にお いて,変異原性陽性物質は97%,非変 異原性肝発がん物質(GST-P陰性の肝 腫瘍を形成する特殊な物質を除く)でも 陽性率は95%以上である.一方,肝を 標的としない発がん物質は,低い検出率 にとどまっている. 2) イニシエーション作用に基づいた 肝における中期発がん性試験 GST-P陽性巣を指標としたin vivoイ ニシエーション活性中期検索法では,変 異原性陽性物質のうち,肝に対する標的 性の有無にかかわらず発がん性の認めら れた物質のみが,陽性所見を示す.また, 発がん性のある物質でも,突然変異原性 の無い物質では,たとえ肝発がん物質で も陰性を示す. C. 化学発がん物質の変異原性試験と発が ん二段階法(イニシエーション活性とプロ モーション活性検索)のハーモナイゼーシ ョン in vivoイニシエーション活性中期検索 法においては,変異原性を有する化学発が ん物質はそれ自身の持つ臓器特異性の枠を 脱し,陽性所見を示す.一方,伊東モデル のデータを基にすると,プロモーション活 性検索系では検索物質の変異原性の有無に かかわらず肝発がん物質が陽性所見を示す. こうした事実を総合的に解釈すると,化学 物質を,1)変異原性肝発がん物質,2) 変異原性非肝発がん物質,3)変異原性非 発がん物質,4)非変異原性肝発がん物質, 5)肝発がんプロモーター,6)非変異原 性非肝発がん物質,7)非肝発がんプロモ ーター,および8)その他 に分類可能で ある. 以上 14 外部講師による講演会 「薬効評価における疾患モデルの有用性: 動脈硬化症に対する疾患モデル動物としての, 高脂血症WHHLウサギの評価」 三共株式会社研究本部 研究所医学顧問 大西忠博 WHHLウサギ(Watanabe Heritable Hyper-Lipidemic rabbit)は,1973 年に神戸大の渡辺嘉雄博士によって発見さ れ,系統として確立された高脂血症疾患モ デル動物である.LDL受容体(low density lipoprotein receptor)の欠損によ る高脂血症があり,大動脈に高度の粥状硬 化症が認められるために,長い間,動脈硬 化症のモデル動物として使用されてきた. ヒトの動脈硬化症の場合,弾性動脈である 大動脈,筋型動脈である冠動脈などの臓器 内動脈,血圧調節に重要な細動脈では,動 脈硬化症の病理像は異なり,それぞれの型 の血管である程度特徴的な硬化性病変が見 られる.また,その病変の進展状況も必ず しも一様ではなく,大動脈の高度の粥状硬 化症が必ずしも冠動脈の高度の動脈硬化症 を意味するものではない.動脈硬化症によ って生じる病態も,大動脈の場合には,粥 状硬化症による壁の脆弱性による大動脈瘤 やその解離であり,あるいは,内腔の狭小 化による閉塞性動脈硬化症(ASO)―間 欠性跛行や下肢の壊疽をもたらす―である が,冠動脈や内頚動脈などの動脈硬化症が もたらすものは,主に動脈内腔の狭小化に 伴う梗塞病変である.高脂血症疾患モデル 動物として確立されたWHHLウサギでは, 大動脈に高度の粥状硬化症を発生するもの の,冠動脈などの臓器内動脈にはほとんど 粥状硬化症は認められず,そのために心筋 梗塞や脳梗塞など,ヒトの場合には動脈硬 化症に伴って通常,見られる臓器病変が観 察されることはなかった.大動脈瘤の進展 抑制やASOの改善を目的とした薬剤を開 発するためには,有用な疾患モデル動物で あった.しかし,動脈硬化症を改善し,そ の結果,心筋梗塞や脳梗塞を抑制・阻止で きる薬剤の開発を目指す場合には,必ずし も適切なモデルとは言い難く,臓器内動脈 に動脈硬化症があり,梗塞病変を伴うモデ ル動物が必要とされた.その後,当初の No.36 WHHLウサギ (WHHL original)から選抜 交配によって冠動脈硬化症を伴う系統が神 戸大によって作られ,WHHL/MIと称され た.1991年に三共㈱安全性研究所に導 入され,以後,三共で継代繁殖が行われて いるが(WHHL-CA: atherosclerosis prone WHHL),この系統についての所 見を示し,急性心筋梗塞モデル動物として の評価について述べる.冠動脈の硬化性病 変によっておきる病態を総称して虚血性心 疾患と呼ぶが,その病因論を理解するため に,心臓における冠循環の特殊性について 少し触れたい.また,ヒト疾患の臨床現場 では臨床医は急性心筋梗塞をどのようなも のとして捉えているか,あるいは,どのよ うな方法で急性心筋梗塞を診断し治療して いるのか,についても現状の一部を示した い.最後に,動脈硬化症に関して,モデル 動物を用いた薬効・薬理実験を行う場合の 方法論について,現状の問題点について触 れ,今後の展望について述べたい. 2002年10月10日(木) 安評センターにて講演 一般毒性試験の病理学検査では,投与によ り個体に現れた変化を所見として取り上げ ることから,その個体が本来持っている形 態の異常などは評価上意義を持たず,しば しば所見から除外されます.一方,生殖・ 発生毒性試験においては,胎児・出生児の 形態異常は親に投与した被験物質が次世代 へ及ぼす変化のひとつとして重要な意義を 持っています。従って,本試験における病 理学検査はF1あるいはF2世代の外表・内臓・ 骨格等の各検査項目とともに,被験物質が 次世代へ及ぼす催奇形性を評価する上での 重要なデータとして位置付けられます. こうした事例に代表される様に,日々遭遇 するさまざまな所見・状況の判断には,そ れぞれの試験の目的を常に念頭に置くこと が欠かせません.当センターでは日々の業 務に際し,こうした点への配慮にも十分に 心掛けています. 学会発表 正常及びがん細胞における 細胞間ネットワークの研究 薬理グループ 連載・病理の話題 生殖・発生毒性試験における病理学検査 病理検査グループ 木原 亨 病理学検査は,それぞれ の試験の持つ目的に応じ て所見の捕らえ方,意味 合い等が変化します.こ こでは生殖・発生毒性試 験の場合について,日常 業務を行う中で感じるポ イントを一般毒性試験の場合と対比させて 考えてみます. 被験物質の次世代への影響を検出すること を主な目的とする生殖・発生毒性試験では, 胎児や出生児を含む生殖能に関する検査が 評価の中心となりますが,病理学検査にお いてもこうした目的に沿って検査が行われ ます.この場合,一般毒性試験で行われる 病理学検査との違いをよく表す事例として, 臓器分葉異常や左右逆位等の先天異常所見 の取扱いがあります(ここで言う先天異常 とは肉眼形態上の発生異常であるところの 先天奇形を指し,生化学的異常や機能的異 常は除くものとします). 三浦大作 私は約2年前から関西学 院大学の山崎洋教授のも とでギャップ結合の研究 をしています. 今回,第17回発癌病理研 究会(2002年8月26〜 28日)で発表した内容を 紹介させていただきます. 正常及びがん細胞における細胞間ネットワ ークの研究 三浦 大作1),4),Wang Xiao1),大森 泰 文2),斉藤 豪3),山崎 洋1) 1) 関西学院大学 理工学部 生命科学科 2) 秋田大学 医学部 病理学第一講座 3) 札幌医科大学 産婦人科 4)(財)食品農医薬品安全性評価センター 多くのがん細胞の細胞間コミュニケーシ ョンは阻害されている.特に,コネキシン によるギャップ結合とカドヘリンによる細 胞接着異常が多く報告されているが,我々 はこの二つの機能は細胞間ネットワークと して連携していると言う仮説の元で研究し 15 No.36 ている.以前,我々の研究室では,E-カド ヘリン遺伝子を強制発現させたP3/22細 胞株やCx26を強制発現させたHepG2細 胞株において,確かにカドヘリンとコネキ シンがお互いの発現と機能制御することが 出来るということを報告した.しかし,コ ネキシンとカドヘリンが直接結合している 証拠は無く,他のタンパクの介在が予想さ れ,その候補として,我々はCx26に結合 するタンパクを発見し,それをAP26と命 名した.そしてCx26が細胞膜に発現して いる場合にのみAP26も細胞膜領域に局在 することが判明した.さらには,P3/22 細胞株において,AP26は細胞外Ca 2+濃 度の変化に従ってCx26やE-カドヘリンと 共に移動していることが示唆された.また, 免疫組織化学染色の結果,正常子宮内膜で はCx26とAP26は共局在しているようで あるのに対して,子宮内膜がん(Cx26発 現無し)ではAP26がび慢性に染色された. 子宮内膜がん細胞株においては,細胞膜に Cx26とE-カドヘリンが発現している場合 に,Cx26-AP26-Actinがタンパク複合 体を形成することが免疫沈降実験により示 唆された.以上の結果から,ギャップ結合 とアドヘレンス結合は細胞間ネットワーク 機構を形成し,組織のホメオスタシスを維 持している可能性とともにAP26がその制 御に関与していることも示唆された. 学会発表 カニクイザルの心臓手術による 冠状動脈硬化モデルの作製 薬効グループ 大平 永敏 Summary It is known that nonhuman primates have a very similar genetic background to the human, therefore they are of special importance in the research and development of new drugs, and have often been used for non-clinical evaluation, especially in the development of the disease model. Cynomolgus monkeys of male were anaesthetized with ketamine hydrochloride 16 10mg/kg intramuscularly, after endotracheal intubation, the left thorax was opened and the left circumflex coronary arteries were isolated into about 5 mm of segments, the segments were purchase with absorbent gauze after soaked sepharose beads and recombinant interleukin-1 beta induced coronary intimal lesions. The high cholesterol diets (0.5% cholesterol and 6% corn oil) for three months. Histological study was carried out at the end of the examination. In the left circumflex coronary arteries, the thickened tunica intima, proliferation of the smooth muscle cells and macrophage infiltration were observed. 目的:遺伝的背景がヒトに近い霊長類動物 での疾患モデルの開発は,前臨床試験段階 での薬物の評価の上で重要である.霊長類 動物では高脂肪コレステロール食負荷のみ の場合で冠状動脈硬化になるまでには約2 年間が必要である.今回,カニクイザルに おいて短期間(手術後3ヵ月)で冠状動脈 硬化モデルを作製することに成功したので 以下に紹介する. 材料と方法:動物は中国産で満4歳の雄カ ニクイザルを用いた.麻酔はケタミン筋肉 注射10mg/kg後静脈ラインを確保し,チ オペンタール3mg/kg又は筋弛緩薬サクシ ニルコリンを静脈内投与した.喉頭鏡を展 開し,気管内チューブを気管内挿入し,人 工呼吸管理を行った.麻酔維持はフェンタ ニールで行った.冠状動脈硬化手術は左胸 部第4肋間を開胸し,心臓を露出した後, 心臓が無停止の状態で左冠状動脈回旋枝の 一部を剥離し,左冠状動脈回旋枝外膜に代 表的な炎症性サイトカインであるインター ロイキン-1βを染みこませた5mm幅のガ ーゼを被覆した.手術後,サルにコレステ ロール0.5%・コーンオイル6%を添加し た飼料を1日当たり150 g摂取させた. 血液生化学検査として手術3ヵ月後の剖検 時に血糖,中性脂肪,遊離脂肪酸,総コレ ステロール,AST,ALTを測定した.病 理学検査として手術後3ヵ月にサルを剖検し, No.36 左冠状動脈前下行枝及び回旋枝,それぞれ 5 mmの標本をトリミングし,95%アル コール及び1%酢酸液で24時間浸漬固定 した.脱水・包埋脱水およびパラフィン浸 透は自動包埋装置を用いて実施した.薄切 後 H.E.染色を行った. 結果:血液生化学検査結果は血糖 72.5mg/dL,中性脂肪10.6mg/dL,遊 離脂肪酸901μEq/L,総コレステロール 559.8mg/dL,AST 37 U/I,ALT 30 U/Iであった.冠状動脈病理組織検査結果 では左冠状動脈内膜におけるマクロファー ジの限局性集簇巣,脂質の沈着,泡沫細胞 化の形成,平滑筋細胞の増殖,線維化が観 察された. 考察:動脈硬化のメカニズムの研究により 病変部では炎症性サイトカインの発現誘導 が証明されている.炎症性サイトカインに よる血管内皮細胞,血管平滑筋細胞,マク ロファージの活性化が示されており,動脈 硬化病変の成立には炎症反応が基本である. 従って,今回の実験においてサルの左冠状 動脈回旋枝外膜に代表的な炎症性サイトカ インであるインターロイキン-1β投与によ り冠状動脈硬化が短期間に出来た事は,ヒ トにおける冠状動脈硬化の発現機序解明や 動脈硬化治療薬の薬効評価にとって重要な 意味があると考えた. 第19回 日本疾患モデル学会総会にて発表 2002年11月7日(木) 生物統計講座No.14 Chi (カイ)二乗検定とFisherの正確確率計算法 第三毒性グループ 小林克己 頻度データは一般的に2×2のクロス検 定を用いています.手法としてはChi二乗 2 (Χ )検定およびFisher正確確率計算法が 一般的に使用されています.この検定は, 病理所見以外に尿検査などの定性反応にも 応用されています.この場合は定性反応に 順位があるため累積Chi二乗検定となります. 対照群の発生頻度が0の場合,標本数の違 いと発生の違いによる有意差検出パターン をChi二乗検定とFisherの正確確率計算法 で比較し,表1に示しました. 表1. Chi二乗検定とFisherの正確確率計算法の 有意差検出パターン 対照群 0/10 0/20 0/50 0/100 0/200 0/500 0/1000 検定法 観測個体数(標本数は対照群と同様) 4 5 6 Chi二乗検定 * ** ** *** 7 8 9 - - Fisherの正確確率計算法 * * ** 10 11 - - ** *** - - - Chi二乗検定 * * ** ** ** *** - Fisherの正確確率計算法 * * * ** ** *** - Chi二検定乗 * * * ** ** ** *** - Fisherの正確確率計算法 * * * ** ** ** *** - Chi二検定乗 * * * ** ** ** *** - * * ** ** ** *** - * * ** ** ** * * ** ** ** *** * * ** ** ** Fisherの正確確率計算法 NS Chi二乗検定 * Fisherの正確確率計算法 NS Chi二乗検定 * Fisherの正確確率計算法 NS ** *** - ** *** * * ** ** ** *** Chi二乗検定 * * * ** ** ** ** *** - Fisherの正確確率計算法 - - - - - - - - *p<0.05, **p<0.01 and ***p<0.001. -: 計算不能. NS: Not significance. 両者の検出力にはさほど大きな差はなく, 対照群に発生が認められない場合は,Chi 二乗検定では4個体以上の発生で有意差を 検出し始めます.Fisherの正確確率計算 法では50の標本数まではChi二乗検定と 差が認められませんが,100以上の標本 数では5個体以上の発生で有意差を検出し 始めます.また発生数が一定の場合,標本 数の増加によって有意差の変化は両者に認 められません(表1).ではいずれの手法 を用いても有意差が検出されなければ生物 学的に影響なしと考えて良いのでしょうか? 例えば標本数が10匹の試験で対照群の発 生数が0匹の場合,処理群で有意差が認め られる発生数は4匹です.もしこれが,抗 原性試験の場合,10匹中3匹に有意差が 認められなければ,抗原性はないといえる でしょうか?さらにChi二乗検定では,標 本数5匹の場合,0匹に比較して2匹の発 生は有意差を示しません.このように標本 数が少ない試験では,生物学的・毒性学的 有意差を優先すべきでしょう.毒性試験で は,対照群の発生数がゼロの場合があるこ とからFisherの正確確率検定が常用され ています.Fisherの正確確率計算法では, 階乗を用いることから数百の大標本の場合, 計算が困難となることから疫学的調査など ではChi二乗検定が常用されています. 17 No.36 ◆編集後記◆ ◆編集後記◆ 明けましておめでとうございます.旧年中のご愛顧に厚くお礼申し上げます. おかげさまで,この一年安評センタ−の事業も順調に推移しました.一部で ご要望の時期に対応が出来ない試験もあり,ご迷惑をお掛けしましたこと, 深くお詫び申し上げます. 昨年11月に開催しました,安評センタ−の第10回学術講演会の堀井郁 夫先生の講演にもありますように(講演要旨を本号に掲載),安全性試験を 取り巻く環境は大きく変化しようとしています.このような状況下,役職員一 同,未来も見据えながら,今年も皆様のご要望にお応えすべく全力を尽くし ますので,相変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます. なお,昨年10月の人事異動で,事業部の次長が山本利男から阿部和 彦に代わりました.慣れないところが多々あるかと思いますが,前任者同様 よろしくお願い申し上げます. 理事・事業部長 井上 博之 【研究所】 〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田 582-2 事業部 阿部和彦 TEL:0538-58-1659 FAX:0538-59-1170 【東京事務所】 〒110-0015 東京都台東区東上野 2-18-7共同ビル(上野)501号室 事業部 舟木拓冶 TEL:03-3837-2340 FAX:03-3837-7850 広報誌に関するご意見、 お問い合わせは下記までお願いします. 編集委員会事務局 阿部和彦 財団法人 食品農医薬品安全性評価センター 〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田582-2 TEL.0538-58-1659(ダイヤルイン) FAX.0538-59-1170 E-mail:fvbm3972@mb.infoweb.ne.jp 安評ホームページ http://www.anpyo.or.jp/ 発行責任者/財団法人 食品農医薬品安全性評価センター 井上才祐 発行日/2003年1月
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