秋 冬 年2回刊 2015 Vol.11 No.2 通巻 41号 [ランナップ] を応 援します。 ち た 間 る仲 支え を 人が ケア 好き・ 街が好き、いきいき・はつらつ、在宅 ●Basic Eye ─ 対 談 先進地域に学ぶ 食支援 ● 読者が行く! ─ 施設訪問 第2回 大自然でのワインづくりを通じて 知的障害者の「働く力」を引き出す こころみ学園/ココ・ファーム・ワイナリー(栃木県足利市) ルイ子 さん[聖隷横浜病院 せいれい訪問看護ステーション横浜 管理者] <リポーター> 石川 ∼最期まで口から食べられる地域を目指して∼ ● Opinion ∼2025年の先を見据えて∼ ─ 第1回 <聞き手> 田中 滋 先生[慶應義塾大学 名誉教授] 古屋 聡 先生[山梨市立牧丘病院 院長] 川越 正平 先生[あおぞら診療所 院長] ●QOLの観点から栄養を考える─第26回 地域全体で訪問看護機能を確保する視点を ● 在宅こぼれ話 ─ 第5回 天国で眠る極道 太田 秀樹 先生[医療法人アスムス 理事長] 監修:川越 正平 先生[あおぞら診療所 院長] ● FORUM 佐藤 龍司 先生[介護老人保健施設しょうわ 施設長/クリニックしょうわ 院長] 北河 徳彦 先生[神奈川県立こども医療センター外科 医長] 食支援とシーティング 重症心身障害児における胃瘻栄養のメリットと注意点 対談 先進地域に学ぶ食支援 ∼最期まで口から食べられる地域を目指して∼ 医療技術の発達により、経口摂取できなくとも命をつなぐことができるようになった一方で、過度 の医療介入が口から食べる権利を奪いかねないとの懸念も生じています。口から食べることは命の営 みそのものであり、食べることに対する支援は高齢化が進むすべての地域が直面する課題です。プラ イマリケア医として地域に根差した診療に携わり、多職種による食支援を地域で幅広く展開している 山梨市立牧丘病院院長の古屋聡先生は、 「口から食べることは生きるための当然の権利であり、患者 さんの意思を最大限に尊重し、正しい知識と正確なスキルで最大限にサポートすることが医療者の 古屋 聡 先生 山梨市立牧丘病院 院長 <聞き手> 川越 正平 先生 あおぞら診療所 院長 責務」と語ります。今号では、その古屋聡先生をお迎えし、食支援を巡る 医療・社会環境の変化を振り返るとともに、全国の食支援に関する先進 地域の活動をご紹介いただき、そこから見えてきた問題点や今後の課題 等について、本冊子編集顧問の川越正平先生と対談いただきます。 病院医療の普及が生んだ “経口摂取不要” 神話 川越 胃瘻に代表される医療技術の進歩の結果、口から食べるこ とができずとも、命をつないでいる方が数多くおられます。一方、 欧州では食べられなくなったときが最期の時期であり、食べられな 左/川越正平先生、右/古屋聡先生 い方への医療介入を控えることが倫理的だとする考えもあります。 た方や状態が改善した方もいますが、頼り過ぎていた面もありまし このように、食べることは生命維持のみならず、文化やメンタリティ た。私が医師になった頃は、例えば脳梗塞の急性期の患者さんに にもかかわる根源的な問題でもあります。まずは、我が国における 維持輸液として1日1,500mLを点滴し、絶食にして濃グリセリン・果 栄養ケアや食支援を巡るここ数十年の変遷を振り返ってみたいと思 糖注射液を点滴静注するなど、当時は何の疑問も感じずに行ってい います。 ました。 古屋 病院医療が普及するにつれて、点滴さえしていれば十分に栄 古屋 私も、当時は経口摂取できなくても点滴を施行していれば良 養を摂取できて生きていけるという点滴盲信時代が訪れました。そ いだろうと錯覚していました。 の後、1980 ~1990年代に普及した中心静脈栄養(TPN)でもこの 川越 食べられない状態に対して医療介入することの是非をよく吟 点滴神話がつきまとい、医療者は点滴で栄養を摂取していれば 味もせずに、逆に技術があるのだから医療介入しないのはおかしい 口から食べなくてもよいという錯覚に陥り、食べようとする努力を とさえ思っていました。今思えば、経口補水療法や経腸栄養剤の付 失わせることでかえって廃用症候群が進み、医原性の「食べられな 加的な経口投与(oral nutritional supplements ; ONS)等、在宅で い状態」を病院で作ってしまう事態が生じました。そして2000年代 可能な手段を知らなかったということも背景にあったと思います。 に入り、胃瘻の時代がやって来ました。この時代では、誤嚥性肺炎 を何度も発症して生命予後が延びない、命は長らえても家で介護 食支援は、人権を守る支援 できないことから施設に入所するものの適切なケアを受けられない など、様々な問題が生じました。その後、医療費の増大により昨今 古屋 時代を変えたのは胃瘻の出現です。点滴しかない時代は点 の胃瘻の反省期を迎えましたが、今度は「それなら、そのまま経鼻 滴を行いながら食事へのトライを継続してきましたが、胃瘻が出現 経管栄養でいこう」といった混乱が生じ、口から食べなくても大丈 してからは「胃瘻か食べるかどちらか」という選択肢の求め方が多 夫という神話があらわれることになりました。 くなってしまいました。胃瘻があっても患者さんや家族が自分で食 川越 TPNや胃瘻は革新的な技術であり、それによって救命され べたい、食べさせたいと思うのは自然な感情だと思うのですが、実 2 Vol.11 No.2 際には胃瘻を使いながらも食べて肺炎になってしまい、主治医から 職のケアにつなげる活動を ひどく怒られ、 「この先生のところにはもう行けない」と、ほかの医師 行っています。 に流れることもありました。 川越 介護職に普及を図っ 川越 そうですね。そのような患者さんは大勢います。 たということですね。 古屋 患者さんが食べたい、生きて何かしたいということに対して、 古屋 そうです。新宿食支 医師は「Yes」 「No」 「OK」という許可を与える役になってしまったので 援研究会では、口 (咀嚼)の す。昔の病院では、医療者は食事には全く関与せずに家族がみて 問題なのか、喉(嚥下)の問 いたわけですが、基準看護制度が敷かれてからはすべて医療者の 題なのかだけで判別できる 監督下にあり、家族に触らせてはいけないという錯覚に陥ってしまっ 食形態 判別表「S SK- O(エ たのかもしれません。自分の生き方を自ら選択するということは主 スエスコ)」を作成し、一般にも公開しています(http: //www15. 権にかかわる問題ですので、食支援においても本人が主体である atpages. jp /shinshokuken /SSK- O. htm) ( 2015年10月現在)。 ことを忘れてはならないと思います。 介護職が現場の目安にできるようにと、どのような食形態が良いの 川越 医療者側はよかれと思って「危ないから絶食してください」と かについてシンプルな表で示しています。 いってしまいがちです。しかし、胃瘻を造設したら食べてはいけな 研究会の参加職種は歯科医師、歯科衛生士、管理栄養士、医師、 いという根拠はありませんし、その一言をいってしまうことによる悪 訪問看護師等、18職種にも及びます。リードしているのは歯科医師 影響について医師側が無自覚だったことは反省せざるを得ません。 の五島朋幸先生で、従来の医師を中心としたヒエラルキーとは異な 一方で、近年、腸管を使わないと腸管免疫が衰えて合併症が増 る形でネットワークが作られていることが特徴です。これまで歯科と えたり、結果的に生命予後にマイナスになるという知見も報告され の関係は後回しにされがちでしたが、口から食べられない原因は、 1) 古屋聡先生 ています 。 実は口内炎や歯周病、義歯に問題があることが少なくありません。 古屋 最近では胃瘻があるから食べなくてもよい、食べたら駄目と 食支援が盛り上がっている地域は、歯科医師が頑張っていたり、 いう医療者の勝手な理屈に対する異論も出てきており、倫理的、そ 歯科衛生士による口腔ケアに力を入れているところが多く、また、 して臨床的な観点からも、口から食べること 歯科治療だけではなくケアに理解のある歯科医師・歯 の意義が見直されつつあるようです。 科衛生士と良い関係を築いているケースが多いので はないかと思います。 地域の人的資源、 特色を生かした食支援 金沢在宅NST経口摂取相談会 (石川県) ~多職種が地域の相談窓口に~ 新宿食支援研究会 (東京都) ~ニーズを見つけ、ケアにつなげる~ 古屋 歯科衛生士に加えて、最近、訪問栄養食事 指導を行っている栄養士との連携が地域における食 川越 食支援に上手にかかわることができれ ば、ある程度は経口摂取が可能になり、QOL 川越正平先生 支援の追い風となってきました。それを牽引している のが、金沢で小川滋彦先生が主催しておられる「金 を高める可能性があることが、ケア現場の試行錯誤から次第にわ 沢在宅NST経口摂取相談会」の活動です。2005年から多職種の かってきました。それでは、全国各地で行われている食支援の先進 勉強会としてスタートし、現在は医師、歯科医師、歯科衛生士、言 的な取り組みをご紹介いただけますでしょうか。 語聴覚士、管理栄養士等の11職種に及んでいます。独自に作成し 古屋 食支援を行うには、まずどこにニーズがあるのか、誰が対象 た経口摂取チェックリストを用いて主治医やケアマネジャーから相談 になるのかを把握して、専門職による支援につなげていく必要があり や紹介のあった症例について、地域の多職種で訪問評価して介入 ます。これまでは医療者や家族がその役割を担っていましたが、東 方針を検討し、支援につなげています。 京都新宿区で活動している「新宿食支援研究会」では、誤嚥性肺炎 川越 私も見学させていただきましたが、多職種でアプローチして になる前に食や栄養に問題がある人をいかに見つけるかという点に 長期間かけて丁寧に患者さんにかかわり、それをしっかり検証する 重点を置き、患者さんの日常生活を身近でみている介護職にもその という取り組みを綿々と続けておられることに感銘を受けました。 一端を担ってもらおうと、ヘルパーを対象とした研修や啓発を広く行 古屋 対象者を誰が見つけるかという問題の次に、問題が見つかっ い、食や栄養に問題のある人を早い段階で見つけ出し、それを専門 たときにどこに相談して支援をつなぐかが問題になります。金沢は 2015 年 秋・冬号 3 対談 先 進 地 域に学ぶ食支 援 「嚥下食ピラミッド」が以前から知られていますが、標準的な病院で ∼最期まで口から食べられる地域を目指して∼ はなかなか実現できていないのが実状でした。病院と施設、在宅 多職種からなる研究会が相談の受け皿として門戸を開いており、ど の行き来が多くなるなか、在宅や施設に移行するときに「こんな食 こに相談したら良いかが明確になっているので、相談する側も頼み 形態で」といっても伝わらないことがあり、看護研修会の場等では やすいのだと思います。 口腔環境や摂食嚥下の状態、食形態に関する申し送りが欲しいと いう声があがっていました。摂食嚥下の専門家が地域に少ないとい 食力の会 (石川県) ~食形態に関する認識を共有化~ う事情や、現場のニーズの高まりもあり、摂食嚥下のレベルに応じ 川越 石川県ではほかにも能登地区の介護福祉施設や病院の管理 という機運が各地で高まるようになってきました。 栄養士らで構成される「食力の会」が作成した食形態マップ(図1)が 川越 病院や施設で 食形態に一貫性がないことに、在宅の現 注目されていますが、そもそも食形態マップが作成されるようになっ 場では違和感があったのかもしれませんね。 た背景から教えていただけますか。 古屋 大事なことは、食形態マップが完成すればそれで良いわけ 古屋 食形態の標準化については、金谷節子先生が提唱された ではなく、各地域に合った形で共通認識の醸成や共通言語の作 て食形態を分類し、地域で食形態に関する認識の共有化を図ろう A病院 コード B施設 C施設 ・嚥下開始食 エンゲリード・プロッカゼリー プリンのうちどれか1品 0i ・蛋白質含有量の 少ないもの 嚥下開始食 ・嚥下Ⅰ度食 栄養ゼリーや重湯ゼリー、 汁ゼリーのうちどれか 2品が提供される。 1i ・蛋白質含有量の 多少は問わない Ⅰ度食 ミキサーでペーストにした 食材をゼリー状に固める。 ソフティアG使用。 1食あたり3∼4品。 ・ミキサーを使用し 再形成した 「ソフト食」を含む 手作りと市販品のゼリー を提供。 各施設での呼称が明 記され、該 当する食 事の写真が掲載され ている。 介護菜 ミキサーゲルを使用。 とろみあんがかかっている。 ソフト食 嚥下Ⅱ度食 (つぶなし) ・スプーンですくえる ミキサー状のもの 粒なし。 とろみあり。 ミキサー 嚥下Ⅲ度食(ペースト) 川越 地域にに合った活動という観点 る会」の取り組みです。 古屋 京滋での取り組みは、京都市 咀嚼しやすい食材を使用し、 軟らかく調理したもの。 5mm程度のみじん切りに する。 汁物はとろみをつける。 嚥下移行食 (みじん) *とろみの対応あり ・大きさ1cm以上 嚥下移行食 (きざみ) の山科病院外科の荒金英樹先生が中 各施設でのコンセプトや使 用 されている増粘剤等を記載。 「*とろみ対応」 「*きざみ対応」 等も表記されている。 咀嚼しやすい食材を使用し、 軟らかく調理したもの。 一口大にカットする。 汁物はとろみをつける。 4.柔−中 心となって、患者が在宅や地域に戻っ た後も口腔ケアや摂食・嚥下支援を受 けられるよう、地域の歯科医師や歯 *とろみの対応あり 軟らかく調理したもの。 消化状態にも対応。 揚げ物や繊維質の多いもの は使用しない。 4.柔−大 ・カットなし 極軟菜食 科医師会等に働き掛け、病院、施設、 *きざみ・みじんの対応あり *とろみの対応あり 在宅で切れ目のない口腔ケアのサポー マッシュ状 4.硬−小 *とろみあんの対応あり (つるりんこパワフル使用) ・大きさ1cm未満 ト体制を作ったことに端を発します。 常菜みじん 1cm角にカット 4.硬−中 魚は細かくほぐす。 1∼2cm角にカット *とろみあんの対応あり (つるりんこパワフル使用) ・大きさ1cm以上 常菜きざみ 揚げ・焼きはなし。 4.硬−大 料理人や京菓子職人と協力して京料理 ・食材配慮あり 軟食 や京和菓子の嚥下食作りに取り組んで *きざみの対応あり 揚げ物は1/3∼4程度に カット。 *一口サイズ (2cm角) 対応あり 一般的な食品を使用。 使用食材に制限なし。 一般食 ・食材配慮なし 常食 図1 食形態マップ Vol.11 No.2 *きざみの対応あり 広げています。 京滋の特徴は、土地柄を生かして、 軟菜 青身魚や根菜等は使用 しない。 一般食 現在では管理栄養士や薬剤師による 訪問体制を整備するなど、活動の幅を 軟菜きざみ ・カットなし 4 ~地域包括ケア型の食支援 を展開~ で活動している「京滋摂食嚥下を考え 嚥下移行食 (みじん・とろみ) ・形はあるが舌で 押しつぶしが容易な 軟らかいもの ・大きさ1cm未満 京滋摂食嚥下を考える会 (京都府・滋賀県) が、京都と滋賀にまたがる京滋地域 3 4.柔−小 ています。 からユニークな活動を展開しているの ミキサー 咀嚼しやすい食材を使用し、 軟らかく調理したもの。 汁物はとろみをつける。 2−2 (つぶあり) ・みじん状でとろみを つけたもの 粒なしのミキサー。 まとめるこでとろみをつける。 ミキサーでペースト状にし 増粘剤を使用して 適度な硬さをつける。 汁物はゼリー状。 2−1 成を進めていく過程が重要だと思っ 常菜 特に制限なし。 骨なし。 揚げ物等もあり。 *きざみ (1∼2cm角)の 常菜 対応あり 作成・監修/食力の会 発行/能登脳卒中地域連携協議会 http://noto-stroke.net/foodstyle/pages/map.html(2015年10月現在) いるほか(図2) 、京都の伝統職人と作 業療法士が協働して京焼・清水焼や京 漆器の介護食器開発に取り組むなど、 地域資源をフル活用した取り組みを展開している点です。行政や企 とが、看護師には求められるわけですね。 業とも連携して地域おこしの一環として活動の幅を広げています。 古屋 そのとおりです。患者さんや家族の言葉に耳を傾けて必要 川越 食支援という形で地域包括ケアを展開したと読み解くことも なケアやサービスにつなげる力、柔軟に対応するしなやかさを大事 できるかもしれません。 にしてもらいたいです。 古屋 そうですね。食支援をスタートとして地域おこしにつながっ 川越 その他の課題として、特定の職種が地域にいないために食 ていったという、地域包括ケアの展開の理想形といえるでしょう。 支援活動ができないという声も聞きます。 多職種協働の試金石としての 地域食支援活動 古屋 例えば、食支援に詳しい管理栄養士がいない地域であって も、他の地域から管理栄養士が定期的に訪れてアウトリーチする ことで、その地域の管理栄養士のレベルが上がることが、東日本 川越 これらの地域に共通しているのは、コアとなるリーダーシップ 大震災の被災地での経験からわかっています。他の職種でも同じ の存在だと思いますが、各地域に合った形で進めていくという地域 なので、専門職が足りない地域が互いに補完し合うことは現実的な 包括ケアの重要性が叫ばれるなか、その中核となるのが多職種協 手段の一つだと思います。一方、口腔ケア等のスキルに関する課題 働であり、その試金石となるのが食支援活動なのかもしれません。 については、研修会の開催等が有効です。 古屋 地域や在宅で提供されるケアは、多職種がそれぞれの専門 川越 日常生活に不可欠なケアについては、担い手の裾野を広げ 性を生かしてオーバーラップさせなければ機能しません。オーバー ていくことも大切ですね。 ラップしながらも互いの専門性を尊重し、包括的にみることができ 古屋 地域にいる多職種皆が同じ目標に向かってボトムアップを る立場が訪問看護師です。訪問看護師は医療的な問題を専門的な 図ることで、専門職の少ない領域をカバーできるのが食支援の一つ 治療やケアにつなげるゲートキーパー的な側面も持ち、実際の治療 の特徴です。 やケアにも携わる非常に重要な中核的存在です。 川越 患者さんからのニーズも複雑化していますし、代替可能な ところは各専門職に任せて、看護師でなければできない部分を支え 食へのアンテナを張り巡らせ 多面的なチームアプローチを ていくというかかわり方が求められますね。 川越 訪問看護師にはどのような食支援へのかかわりを期待しま 古屋 摂食嚥下障害を最初に見つけるのは、実は訪問薬剤管理指 すか。 導を行っている薬剤師であったりもします。薬の飲み方から認知症 古屋 食はすべての人にとって重要な課題なので、常に食に関する に気づいたり、ごみ箱や冷蔵庫から飲み忘れの薬剤を見つけたりす アンテナを張り、どこに問題があるか、口から食べること、味、一 るなど、薬剤管理の立場から生活を見ることのできる薬剤師が在宅 緒に食事をする人等、食にかかわる全体に関心を払っていただきた の現場で活躍するようになると、薬剤師がカバーしてくれる領域が いと思います。食支援には、食形態だけではなく姿勢や介助方法、 広がった分だけ訪問看護師は他の領域を見ることができるなど、ケ 歯科口腔疾患や口腔衛生状況等の様々な観察ポイントがあり、ちょっ アの幅が広がります。 とした支援で食べられるようになる可能性があります。そうした観察 川越 多職種のかかわりが看護の基盤上でどのように連動し、ど ポイントを理解していないと、アセスメントを行って必要なケアにつ のような相乗効果を患者さんに提供できるのかという視点を持つこ なげていくことができません。全体を見て何が問題なのかがわかるよ 高齢者にも飲み込みやすく、味もおいしい 京和菓子。 (左上)みたらしだんご。通常のみたらし団 子と比較し、粘り気が少なく軟らかい。 (左下)グレープフルーツ羹。手絞りの果汁 に寒天とゼリーを合わせ、つるっと喉越し 良く仕上げている。 (下)合わせ餅。餅の風味を残しながらも、 粘りを取り除いた食べやすいお餅。 提供/京滋摂食嚥下を考える会、 京都府生菓子協同組合 うに、多面的な知識を得る努力を続けて欲しいと思います。また、 私自身の経験からも、やはり歯科との協働は重要です。最期まで口 腔ケアを行えるかどうかは看取りの質にも影響してきます。看取りま でを視野に入れつつ、ぜひ歯科も一緒にチームとして食支援にあたっ ていただきたいと思います。 川越 食支援の取り組みはまだ手探りの段階にあるのが実状です が、訪問看護師には先進地域の取り組みを参考に、地域の食支援 ネットワークの基盤あるいはハブ機能として、各地域で独自の展開に つなげていって欲しいと思います。本日はありがとうございました。 図2 「京滋摂食嚥下を考える会」の京和菓子写真 〈参考文献〉 1)Bito S et al:JPEN J Parenter Enteral Nutr 39:456 -464, 2015 2015 年 秋・冬号 5 から QOLの観点から 栄養を考える 第 26回 食事は高齢者にとって楽しみの一つですが、嚥下機能が低下して思うように食べられなくなってしまう人が少なく ありません。一方、最期まで口から食べるためのケアは様々ありますが、背もたれの無い背面開放座位が嚥下障害 の改善に効果をもたらしていることは、あまり知られていません。そこで今回は、シーティングによる姿勢保持の 効果に注目し、背もたれの無い畳台の導入によって大きな効果をあげている介護老人保健施設しょうわの佐藤龍司 先生に、食支援とシーティングについて伺いました。 監修:川越正平 先生(あおぞら診療所 院長) 食支援とシーティング 介護老人保健施設しょうわ 施設長 クリニックしょうわ 院長 佐藤 龍司 先生 ■はじめに考えてほしいこと 介護される側の気持ち、考えていますか? 「食支援とシーティング」 というテーマに ついて考える前に、まずは皆さんに介護 ⑥「安全確保のため」とい われ、車椅子に固定さ れていられますか? ⑦上記のような介護を目 撃したことはないですか? ■医療の視点から脱した「非常識な介護」 される側の立場に立って、次にあげる7 私は1991年に医学部を卒業した後、 項目について改めて考えていただきたい 精神科医として大学病院や総合病院の と思います。 精神科で勤務をしてきました。当時は介護 当施設には、こうでなければならない ①人前でオムツにおしっこができます 保険制度の施行前であり、重度の認知症 という介護の常識はありません。常に介 患者の多くが精神科病棟に入院していま 護サービスを利用される方の立場で介護 した。そこで私は、前述した ①~⑥の をしたいと考えています。 ポータブルトイレにおしっこができま 状況をすべて見て衝撃を受けました。 病院では、患者は医師や看護師の指 すか? 病院では誰もが何の疑問も持たずに、 示を守って安静にしていることが当たり ③食べこぼしや汁が飛ぶからといわれて 患者に対して①~⑥の介護を行っていま 前であり、それが医療の世界の常識で ビニールエプロンを着けさせられ、レ した。その結果、患者は寝たきりから廃 す。しかし、認知症になれば徘徊したり ストランで食事ができますか? 用症候群となり、誤嚥性肺炎を起こし、 大声を出したり、ときには暴れたりもしま 褥瘡をつくって亡くなられていきました。 す。このような場合、その原因・理由を こうした実態に疑問を感じたことから、 考える必要があるのではないでしょうか。 その後も介護に携わるなかで、尊厳を 医療の世界で徘徊と呼ばれる行為は、 持った介護をしなければと考えるように 認知症患者にとっては散歩にあたるのか なり、それを実現するために家で死ぬこ もしれません。健常者でも、胃腸が弱っ とを理念として掲げる必要性を感じるよ ているときには何かの拍子に便を漏らし うになりました。この理念を達成するため そうになることはありますが、その場合 に、介護を受ける側の常識で考える「非 はトイレで下着の汚れを確認すると思い 常識な介護」 、生活すべてがリハビリで ます。認知症 患者にみられる弄 便は、 あるという考えから生まれた「24時間365 そうした行為の一種なのかもしれません。 日が生活リハビリ」 、そして誰もが笑顔で 大声を出したり暴れたりすることにも、 後悔なく最期を迎えられるように支援す 帰宅願望等、何らかの理由が必ずある る「みんな笑顔で暮らしたい」 という3点を はずです。 当施設の目標として掲げることにしました。 そう考えると、行動障害と呼ばれる認 か? ② 4人部屋をカーテンで仕切ったなかで ④刻んだおかずをお粥にごちゃ混ぜにさ れて、毎日食べられますか? ⑤ベッドに寝かされたまま何もせずに一 日天井を見て過ごせますか? 昼食には通常メニューのほかにビュッフェも用意されている。 見た目や分量を考えながら器に盛り付ける作業はリハビリにも なる。 好きな物を食べられることから、 体重が増加する人もいる。 また、盛り付ける量で食欲を判断することができる。 6 Vol.11 No.2 ろう 徘徊、弄便には理由がある る多様な活動を提供することで す。当施設では、作業療法に基 づいたレクリエーションを取り入 れることで、楽しみながら様々 な活動を行うリハビリテーション を用意し、これを「アクティビティ リハビリ」 と呼んでいます。具体 的には茶道や書道、華道、陶芸、 太極拳、スポーツ吹き矢、フラ ワーアレンジメント等のプログラ ムを用意して、一芸に秀でた約 40名のスタッフにより、毎日10 ~ 昼食風景。開放的な吹き抜けの1階で、 職員も含めて全員で食事を取る。目の前で調理するコーナーがあるなど、 食欲をそそる仕掛けがみられる。また、 大皿に盛られた料理を一人ひとりが取り分ける作業を通して、同じテーブルを囲む人へ食器を渡す気遣いなどが生まれる。 20種目のアクティビティリハビリ を展開しています。 知症患者の行為は、決して異常な行動 活リハビリ」 という考え方です。 利用者にとっては、楽しそうと興味を ではありません。ですから当施設では、 医療モデルによるリハビリテーション 持ってもらうことから参加いただくリハビ 徘徊は散歩ととらえて、外出する際は後 は、機能訓練により障害をできるだけ小 リテーションですが、これらは脳の活性 をついていきますし、定時になったら一 さくしていくことを考えます。しかし当施 化や身体機能の維持・向上、精神状態 律にオムツ交換をする制度を廃止して、 設では、生活モデルに基づいたリハビリ の改善等を目標にしたものであり、要介 一人ひとりの生活パターンに合わせてオム テーションを考えています。それは、何 護度が改善するなどの効果をあげてい ツ交換やトイレ誘導を行っています。夜 らかの障害を抱えながらも、できること ます。その結果、当施設の年間の入所利 中に騒ぐ人がいれば耳の遠い人と同室に を増やしてその人がより楽しく生きていく 用者の在宅復帰率は 89 %(2014年) と、 して、観葉植物を食べてしまう人がいれ こと、残された人生を楽しむことを支え 在宅強化型老健の指定を受けています。 ば植木鉢にハーブを植え、這って移動す ていくという考えです。 一般的に病院等で行われる医療モデ る人には雑巾掛けをしてもらいます。原 健康は、心身の機能、活動、社会参 ルのリハビリテーションは、訓練室等の 因を探り、長い時間をかけて見守り、介 加の要素がバランスよく配置されて維持 専用ルームで行われます。しかし当施設 護者側が発想を転換して寄り添う必要 できるものです。しかし、80歳を超えても には、専用の部屋は設けていません。そ があるのではないでしょうか。 活発に動ける人は、ごく一握りではないで れは、レクリエーションだけではなく、毎 こうした介護は、従来の医療や介護 しょうか。大抵の場合、高齢者は車椅子 日の食事、入浴、排泄等を含めた24時 の世界観からは非常識ととらえられてし で生活するようになると、積極的に生活を 間の生活すべてをリハビリテーションとと まうかもしれませんが、私たちはその人 楽しみたいという希望を言いづらくなって やその家族の常識に合わせた介護を提 しまうものです。そのため、活動や社会 供したいのです。それが私たちの考える、 参加ができなくなってしまうのです。 常識とされる従来の介護の範囲にとらわ しかし、高齢者を取り囲む環境因子を れない「非常識な介護」です。 調整することで、活動や社会参加を促す ■24時間365日が生活リハビリ その人を取り囲む環境因子を調整する ことが可能になります。すると、自然に 心身の機能が改善されて健康状態が良く なってくるのです。 「非常識な介護」を提供するなかで確 それでは、どのように環境を整えるの 立されていったのが、 「24時間365日が生 かというと、本人が興味を持って楽しめ 通常の車椅子の場合、座面がたわんで立ち上がりにくくなって しまう。そこで、座面シートの下にベニヤ板を入れてたわみを なくして座面を平らにすることで、車椅子から立ち上がりやすく なるように工夫している。 2015 年 秋・冬号 7 QOLの観点から 食支援とシーティング 食 栄養を考える 第 26回 させることで、生き生きとした生活を送 らえているからです。1日1回しか行わな い訓練よりも、生活のなかで頻回に訓練 を行う方がADLの維持や向上につなが ると考えているのです。 ることができるのです。 ■食べるための姿勢 背面開放座位を目的とした畳台 このように、非常識な介護を提供し、 私は介護老人保健施設の設立当初か 24時間365日を通して生活すべてをリハ ら、高齢者が車椅子や介護用の椅子か ビリテーションとして環境因子を整えるこ らずり落ちそうになり、それをスタッフが とにより、 「みんな笑顔で暮らしたい」 とい 何度も介助している様子を目にして、そ う目標を目指しています。その結果、天 の状況に疑問と違和感を持っていまし 寿を迎えて自分らしく死ぬことができるよ た。あるとき、その違和感をベテランの 肘掛けに肘を乗せると肩が上がり首が後 うになり、家族も心に余裕を持って、後 理学療法士に聞いてみたところ、 「背もた ろに倒れてしまいます。この姿勢では顎 悔のない介護をすることができます。 れがあるからずり落ちるのです」という返 が上がってしまうため、うまく飲み込め こうした介護に対する理念と、実践に 事が返ってきました。それならば、背も ずにむせることがあり、誤嚥の危険が高 おける一つの取り組みとして 「食支援と たれが無ければずり落ちないだろうと考 まります。 シーティング」という課題が存在している えて、背もたれの無い椅子を作ることを しかし背面開放座位では、首を自由 と考えていただきたいのです。 思いつきました。それが畳台です。 に動かせるので顎を引くことができ、足 畳台は、座面を畳にした、背もたれの 底に体重がかかるので前傾姿勢を保て ない3人掛け用の長椅子です。この背も るようになります。こうして飲み込みやす たれの無い座位を、背面開放座位とい い姿勢になるのです(図) 。 食支援とシーティングについて考える います。床から座面までの高さは45cmと 食べる動作を考える場合、どうしても 上で重要なのは、リスク管理についての 50cmの2 種類を用意しています。 口の中だけの問題と捉えてしまいがちで 考え方です。私は、介護に関するリスク 車椅子の場合、背もたれに寄りかか すが、座る姿勢や立つ姿勢ができて初 は「行うことで生じるリスク (行うリスク) 」 と ると重力によって腰が前に出てしまい、 めて食べることができるのです。正しい ■まず考えるべきリスク管理 行うリスクと、行わないリスク 畳台に座り、職員の子どもと一緒に昼食を取る。子どもの手前、 食べこぼしや食べ残しに気を付けるようになるとともに、子ど もの世話をすることがリハビリや気持ちの張りにつながる。 「行わないことで生じるリスク(行わない リスク) 」の2 種類があると考えています。 当施設では、リスク管理について、行 わないリスクよりも、行うリスクに重点を 車椅子の場合 鼻の位置 畳台の場合 咽頭部の状態 鼻の位置 置き、利用者にはできることを可能な限 高さがあり 背もたれがない座位 り行ってもらいます。 例えば座ることについて、椅子に深く 骨盤の位置 座るとずり落ちや転 倒を予防できます テーブル が、自力で立ち上がれないというリスク 椅子 が生じます。一方、浅く座るとずり落ち や転倒の可能性は高くなりますが、立ち 上がりや移乗動作がしやすくなり、身体 機能が向上し、在宅での介護を楽に行 えるようになります。 このように、リスクを回避するよりも、 本人にとっての機能改善や楽しみを優先 8 Vol.11 No.2 車椅子の場合によく見られるずり落ちた姿勢(左)では、顎が上がってしまうため嚥下がしにくい ことが問題です。そこで、背もたれの無い背面開放座位(右)にすることで、首が自由に動くように なって顎を引けるようになり、足底に体重がかかることで前傾姿勢を保てるようになり、飲み込みが しやすくなります。この姿勢は食べる準備だけでなく、立つ(移乗動作)準備姿勢にもなります。 図 姿勢保持と摂食嚥下姿勢 提供/佐藤龍司先生 畳台を導入して正しい座位姿 勢 の 保 持 を 実 現したことで、 ADLが改善して転倒等が発生 するリスクと、安全を優先して何 も行わないためにADLが改善で 犬や鶏、ヤギをペットとして飼育している。 9頭の犬は、食事時以外は施設内を自由に 歩き回り、利用者に可愛がられている。犬 に触れよう、餌をあげようとかがみこんだ り前傾姿勢を取ることもリハビリとなる。 きないリスクを比較したとき、も し自分が介護される側であれば、どちら を選択したいでしょうか? 私は、本人の 人生や生きがいを追求する先に、在宅 医療や介護が存在すると考えています。 ■死を考慮した食支援 食べる物も生き方も、できるだけ自由に 当施設を利用する高齢者の多くは、常 に死と隣り合わせにいる方々です。その 昼食後は施設内に併設された保育所の昼寝タイム(写真手前) 。そ の時間に、利用者はアクティビティリハビリ (写真奥)やパワーリハ ビリ (筋トレ)を行う。施設内には柱や仕切りがなく自由に行き来が できるため、利用者・子ども・ペット・スタッフは、互いの存在を感 じながら共に同じ空間で過ごす。 利用者と家族が自由に利用できる無料の喫茶コーナー。本格 的なコーヒーから高カロリーのオリジナルドリンクまで、豊富 なメニューを揃える。不足しがちな水分摂取にも効果的。 姿勢を作ることができれば自然と食形態 は胃瘻を外して常食に戻ったというケー 提供することはありません。好きな物を も改善して、座ることも歩くこともできるよ スも少なくありません。この1年で、経管 好きな量だけ食べていただく大皿盛りの うになります。 栄養をしている11人のうち9人の方が経 スタイルを基本とし、食事量の少ない人 当初、スタッフの多くから、背面開放 口摂取できるようになりました。 や水分補給が必要な人への補食も提供 座位は危険だからと、畳台の導入に猛 畳台の効果は、嚥下機能を改善する しています。食が進まない人のために食 反対されました。転倒したらどうするの だけではありません。畳台に座ると前傾 事は1日3食に限定せず、小分け食も用 か、背もたれの無い椅子に長時間座る 姿勢になりますが、それによって胸郭が 意しています。終末期でいつ急変しても のは利用者にとって負担ではないかとい 大きく広がり、呼吸がしやすくなります。 おかしくない人には、本人が食べたいと う理由が大半でした。しかし、行うリス その結果、呼吸筋に負荷がかかり、咳 希望する物があればすぐに買いに行き、 クと行わないリスクのアプローチに基づ をしたときに痰が出やすくなります。これ 食べていただくこともあります。 き、私は感覚的に畳台の方が従来の椅 は誤嚥性肺炎の予防にもつながります いつ最期を迎えても良いように、そし 子よりも良いと感じていたため、ある日、 し、当施設が目標とする 「24時間365日 て色々な人に対応できるように多くの選 背もたれのある椅子をすべて撤去して畳 が生活リハビリ」 にもつながります。 択 肢を用意 することが 大 切と考えて、 台に変更してしまいました。 また、前傾姿勢を取ると前方に重心が ビュッフェ形式や喫茶コーナーを用意し 移動するため、体圧が坐骨周囲と足底 たり、老舗店から洋菓子・和菓子を毎日 にかかります。これは立位の準備姿勢と 取り寄せるなど、いつでも美味しい物を なるため、特別なリハビリ訓練を行わなく 食べてもらえるようにと心掛けています。 畳台を導入した結果、利用者の姿勢 ても、移乗時に前方に支持台があれば軽 最期まで経口摂取にこだわり、食事も が良くなり、ずり落ちが無くなり、嚥下機 介助での移乗が可能になります。この行為 生き方もできるだけ制限をせず、その人 能に改善が見られるようになりました。 を継続することで立位も可能になり、歩行 が尊厳を保って人生を終えられるように 嚥下障害を理由に胃瘻を造設したという 能力の向上、更衣、整容、排泄等のADL 努めることが、私たち介護者側の使命 方でも、当施設に入所してから数日後に にも改善が見られるようになりました。 だと考えています。 ■経管栄養からの離脱とさらなる効果 24時間365日のリハビリにつながる畳台 方たちにとって、食べることの意義を考 えなければなりません。 その視点から、当施設では刻み食を 2015 年 秋・冬号 9 読 者 が 行 く ! 施 設 訪 問 第 2回 大自然でのワインづくりを通じて 知的障害者の 「働く力」 を引き出す こころみ学園/ココ・ ろみ学 / ファーム・ワイナリー イナリ (栃木県足利市) 越知 眞智子 さん 「ココ・ファーム・ワイナリー」は、栃木県足利市の自然豊かな山の中にあります。そこに携 わっているのは、隣接する障害者支援施設「こころみ学園」の園生たちです。山の斜面には ブドウ畑が一面に広がり、そこで知的障害を持つ人たちが農作業に精を出しています。つくら れたワインは、各国首脳を招いて行われるサミットの晩餐会でも用いられるほど、高い評価 こころみ学園 施設長 〈リポーター〉 を受けています。今回は、せいれい訪問看護ステーション横浜の石川ルイ子さんに、美味し いワインづくりに知的障害者がどのように関わっているのか、詳しく探っていただきました。 石川 ルイ子 さん 聖隷横浜病院 せいれい訪問看護ステーション横浜 管理者 命になれることです。例えば、ブドウの房から傷んだ部分を 体を通して 「生きていく喜び」 を味わう 取り除く作業は、人の手でやるしかありません。ほかにもブ ドウに傘をかける、ついた虫を除けるなど、普通なら嫌がる 石川 ワイナリー開設の経緯をお聞か ような地味な仕事を、彼らは一生懸命取り組んでくれます。 せください。 美味しいワインは、こういった地道な手仕事の積み重ねに 越 知 1958年に、当時、中学 校の特 よって、生み出されるのだと思っています。 殊学級の教員をしていた私の父 (創始者 の故・川田昇氏)が、作業学習ができる 場所を探してこの土地を開墾したのが始 大切なのは、働く力を引き出す仕組みがあるか こころみ学園施設長の越知眞智子さん。 石川 農園での仕事は、実にたくさんあるようですね。 まりです。もっと農作業に適した平らな土地が欲しかったので 越知 立地的にトラクターなど機械が入りにくいので、やり尽く すが、一介の貧しい教師には叶わず、平均斜度38度という急 せないほどの仕事があります。例えば草刈り一つでも、すべて 斜面に、生徒たちと一緒に600本のブドウの木を植えたのです。 刈り終える頃には、また最初に刈ったところに草が生えてきます。 そこは水はけがよく日当たりも良好で、ブドウの栽培には非常 除草剤は撒きませんので、草花 に適していました。その上、生徒たちは山の中を行き来するとい が生い茂り、 虫や鳥が寄ってくる。 う厳しい作業環境にあっても、嬉々として動いていたそうです。 それを追い払うのも彼らの仕事 その様子を見て、恵まれた環境を用意するよりも、こういった質 です。さらに、カラスに実をつ 素な環境の方が子どもは育つと考えた父は、1969年に「こころ つかれないよう缶をカンカン叩い み学園」 を開設。その11年後に保護者たちの出資を受け、 「有限 て追い払う 「カラス番」 という仕事 会社ココ・ファーム・ワイナリー」を設立したのです。 もあります。明け方から日が沈 石川 なぜ、知的障害者に 「ワインづくり」 と考えたのでしょうか。 むまで一日中ですから非常に根 越知 父はお酒が好きでしたので、単純に、ブドウならワイン 気がいりますが、誇りを持って がつくれるという発想はあったと思います(笑) 。それと、普段 取り組んでくれています。 はあまりかっこいいと言われることのない障害者に、ワインづく 石川 どのように一人ひとりの りという 「かっこいい仕事」 をして欲しいとも思ったようでした。急 特性を見極め、仕事を振り分け 斜面での作業は確かにきついけれど、その分、足腰がきたえら るのでしょうか。 れます。働けば当然、お腹が空いて食事が美味しくなりますし、 越知 基本的に、こちらから 「こ 疲れれば眠くもなる。体を通して 「生きることの喜び」を味わうこ うしなさい」と指示を出すことは とができるのです。 ありません。ここには何かしらその人にフィットする仕事があり、 石川 働く姿がとても生き生きとしていて、見ている方も元気を それを選択できるからです。農作業のほかにも、洗濯や調理、 「あかまつ作業所」 での紙のスクラップ作業 (上) 。杉のまな板や和紙など、売店で購 入できる土産品はここで作られている (下) 。 畑での仕事だけでなく、園生が自分で作 業を選択できる環境が整っている。 もらえます。 食事の後片付け、部屋の掃除などバリエーションは多彩で、私 越知 彼らの素晴らしいところは、目の前にある仕事に一生懸 たちがやるのは、できそうなことを少し教えて、乗り気になるか 10 Vol.10 No.2 Vol.11 No.1 (左)頂上付近は42度の傾斜にもなるブドウ畑。 (中央左)カラス番の男性。ブドウ畑の頂上で缶をたたき、その 音はブドウ畑のふもとまで響く。 (中央右) 用意するブドウの傘(袋) は18万枚。園生が一つひとつ手作業でかけて ゆく。 (右)高齢化に対応するため増設した平らなブドウ畑での作業。ブドウの樹の周りの草刈りは手作業で行う。 を見るだけ。気が乗らないとまったく手を付けようとしませんが、 「うまい」 と食べているうちに、病気が治ってしまったのです。 できることは本当に一生懸命にやってくれる。そうやって園生は 生きる意欲にあふれていると、人はこんなふうに生きられるのか 自分からアピールし、仕事を選んでいるのです。 と羨ましく思うほどです。彼らはこれからもずっと働き続けるで 石川 何をするかは、あくまで本人次第なのですね。 しょう。そのための環境をいかに用意するかが今後の課題にな 越知 できる仕事を与えるよりも、本人ができる作業をやれる りますが、私はそれほど心配していません。平らな畑を用意す 仕組みを作ることのほうが、大切だと思います。知的障害者の るなどの対応は考えていますが、それ以上に、彼らは老いたな 働く力というのは、普通の人と同じどころかそれ以上にあるから りに自分の役割を見つけて、その生を全うできるだけの能力を です。例えば、私たちはカリフォルニアで農場を開墾するお手伝 持っているからです。 いをしましたが、彼らは全く言葉の通じない相手ともうまく渡り 施設内での看取りもこれまで2名経験しました。仮に寝たきり 合い、自分の役割を見つけ出すことができます。そこはスタッフ になっても、その人には役割があります。ほかの園生が、その人 よりも彼らの方が、遥かにうまい。言葉を介さなくても、自分に を心配して声をかけたり、世話をしたりする。つまり 「皆の優し できることを感じ取るという優れた能力を、彼らは持ち合わせて い気持ちを育てる」という役割を、立派に果たしているのです。 いるのです。 どのような状態にある人にも、できることがある。その力を備え 誰もが必ず役割を持っている た園生たちと、高齢化に対応できるこれからの施設を、ともに 築き上げていければと思っています。 石川 施設の高齢化についてはどのような対応をお考えでしょうか。 越知 高齢化は確実に進んでいますが、おもしろいのはいくつ になっても生きることに貪欲なことです。80歳になっても「歳を とったらどうしよう」などと言っている (笑) 。がんで余命 3カ月と 診断された女性は、術後に余命を遥かに超えて生き、3 年後に はがんが消えていました。その女性は食欲が旺盛で、何でも 施 設 訪 問 後 記 《リポーター》 石川 ルイ子 さん 聖隷横浜病院 せいれい訪問看護ステーション横浜 管理者 手を出し過ぎず、信じて見守ることが、 生きる力を引き出す 《施 設 デ ー タ》 ●住 所 :栃木県足利市田島町616 ●経 営 母 体 :社会福祉法人こころみる会 ●理 事 長 :池上知恵子 ●スタッフ概 要:施設長1名、サービス管理責任者5名、看護師3名、栄養士1名、 (非常勤含む) 生活支援員85名、職業指導員1名、世話人7名、事務員7名、 調理員1名、相談支援専門員1名 ●利 用 者 概 要:こころみ学園(入所施設)90名、あかまつ作業所(通所施設)20名、 あけぼの荘(グループホーム)30名 役割がある。だからこそ最後まで精いっぱい生きることができ るのでしょう。そして、誰かがリーダーシップを取るわけでなく、 施設長はじめスタッフ全員が、園生とともに助け合いながら生 きているのです。共生、協働という言葉はまさにこの施設のた めにあると感じました。 一方、 「グレーゾーン」 があるところは在宅とも共通しています。 在宅では、例えば余命を告知されている人に対しては、例え病 院で禁止されていたものでも、好きなものは与え、気持ちよく 最期を迎えてもらうという対応が重要になります。この施設で も、もし障害を理由に規制ばかりしていたら、何一つ仕事を任 障害を持つ方たちだからこそ、美味しいワインができる理由 せることはできなかったでしょう。のびのびと活躍できるのは、 がよくわかった、というのが今回の率直な感想です。ここにい 在宅にも共通するグレーゾーンがあるからだと思います。 る皆さんは、お金をたくさん稼ごうとか、良く思われようといっ 「手を出し過ぎない」ことは非常に大切であり、また非常に た計算は一切ありません。ただピュアな気持ちで、目の前の仕 難しいことです。知的障害者の力を引き出すことができるのは、 事に集中している。その姿は、働いているというより、楽しん まさに手を出し過ぎず、相手を信じて任せることができるから。 でいるようにも見えました。 看護師はどうしても危険を避けようと先回りしがちですが、その それができる理由は、仕事の受け皿がたくさん用意されてい 気持ちを乗り越え、相手を見守ることがいかに大切か、改め る環境にあると思います。必ずどこかに自分の居場所があり、 て感じることができた一日でした。 年年 秋・冬号 春号 2015 2014 11 O p i n i o n ~ 2 0 2 5 年 の 先 を 見 据 え て ~ 今「2025年問題」という言葉をよく聞きます が、実際にはそのような問題は存在しません。 第 「2025年を乗り越える」という捉え方も間違っていま す。保険制度上では団塊世代が後期高齢者になる 2022~2024年の3年間で後期高齢者医療制度の加入 者は増えますが、同時期に要介護率が突然増えるわ けではありません。2025年に特別な問題が起こるわ けでも、2025年を過ぎたら問題が消えるわけでもない のです。現代の日本人は昔に比べるとはるかに健康で すから、介護需要が増え始めるのは団塊世代が85歳 を迎える2032年から2040年頃までが第一次のピーク になると予測されています。また、団塊ジュニアの世代 が要介護者となる2055~2060年頃には第二次のピー クを迎えます。政策を考える上では、このように長期的 に考える必要があります。 急性期医療、高度急性期医療の機能をより高める ために、在宅医療の普及が喫緊の課題となっていま すが、訪問看護がその中枢となることは間違いありま せん。しかし、訪問看護とは独立業務ではなく、幅広 い看護業務のなかの一つの業務の名称であり、職種 の名称ではありません。 訪 問看護機能を確保するには、 「訪問看護師」と いう特定の集団を作るのではなく、看護師が 業務の一環として、訪問看護業務に一定期間従事す べきと考えています。看護師の中の3%を訪問看護師 に育てるよりも、 すべての就業看護師が1年の業務時 間の3%を訪問看護にあてる方が効率的ではないで しょうか。その際に大事なことは、カリスマ訪問看護師 像を作らないことです。黎明期にはカリスマが必要か もしれませんが、持続可能なシステムにしていくには、 1回 地域全体で訪問看護機能を確保する視点を 昨 ● I N T E R V I E W 田中 滋 先生 慶應義塾大学 名誉教授 専門は経済学(医療政策・高齢者ケア政策)。 く、看護や介護、 リハビリテーション等、各種の在宅 サービスを包括的に請け負う「地域包括ケアステー ション」が必要だと考えています。 地 域包括ケアの実現にあたり鍵となるのは、 「地 域をみる」視点です。現場業務として全体をみ ることができるのは、医師でも薬剤師でもなく、看護 師です。現場業務として看護を行うと同時に、地域の 資源をつなげて患者・家族・職種間の翻訳・通訳を行 い、地域全体をみるのが看護師のミッションであり、 地域の機能を統合する地域看護(Social Community Nursing)を担う看護師が求められているのです。 地域看護を支える方法はたくさんあります。訪問看 護を提供するのは必ずしも独立した訪問看護ステー ションである必要はありません。病院や診療所、介護 老人保健施設に所属する看護師が訪問看護を提供し ても良いのです。年齢や経験によって看護師としての 働き方を変える選択も可能です。例えば1~5年ごとに 訓練を受けた看護師であれば誰もが標準的な業務を 病院や訪問看護ステーション、通所介護(デイサービ 担えるようにしなければなりません。 ス)で業務を変えつつ勤務したり、毎日の訪問が体力 退院直後の移行期には、病院看護師が2週間ほど訪問して 的に厳しくなったら看護小規模多機能型居宅介護で勤務す 地域の訪問看護師につなぐべきだと考えています。特に初回入 るなど、地域全体をみながら看護師としての経験を重ねてい 院の退院後は、家族は不安を抱えているものです。そのような くのも良いでしょう。それら看護業務の一環として訪問看護 場合には、訪問看護師のほかに、患者の状態を把握している 業務に従事する時間もあると捉えると、訪問看護師の幅も広 病院看護師がいる方が柔軟に対応できるはずです。つまり、地 がります。このように、看護師が地域を支える方法はたくさん 域ステーションの訪問看護師が頑張るだけでは駄目で、地域全 あるので、一人ひとりの看護師が広い視野を持って自身の働 体で訪問看護機能を確保していくという視点が必要なのです。 き方を変化させていくことで、地域で必要な訪問看護機能を 将来的には、従来の事業種別によるサービス提供ではな 確保することができると考えています。 12 Vol.11 No.2 在 こ 宅 ぼ れ 話 太田 秀樹 先生 医療法人アスムス 理事長 〈第❶回〉 第❺回 天国で眠る極道 外来が一段落したころ、社会福祉協議会の担当 自分のうちでリハビリをやる」と覚悟はしっかりしてい 者から電話が入った。 「面倒な患者で、普通の先生 た。そこで、ケアマネジャーとも相談して、訪問看 じゃ駄目なんですよ。何とかなりませんかね」 「俺は 護や訪問リハビリテーション、訪問介護を入れて、 普通じゃないのか?」 「いやいや……」。こんな会話 在宅で支えることとした。 から在宅医療が始まった。面倒な患者とは鎌田忠三 何度か訪問するうちに、世間話も弾んだ。やがて 郎 (仮名) 。カマチュウと呼ばれるやくざの親分だった。 塀の中での暮らしのこと、入れ墨のこと、抗争のこ 入院中素行が悪く、強制退院させられたらしいが、 と、ドスの使い方、みんな初めて聞く話ばかりでや 豪放磊落な暮らしぶりで、家族とは音信不通。もは くざ映画よりもリアリティがあって面白かった。 「俺は や天涯孤独だった。 先生と気が合う」とまでいわれたが、決して嫌な気 午後から往診して驚いた。彼は相当重症だ。肝 分にはならなかった。50歳を過ぎたヘルパーを“姐 臓もやられているが、脳梗塞で左半身に麻痺があり、 さん”と呼んだ。女はババァになってもそう呼ぶんだ さらに頚髄症で四肢麻痺もある。数m歩くのにも相 と、誇らしげだった。世間からは極道といわれてい 当時間がかかる。もちろん、手すりや杖なしには移 たわけだが、礼儀は正しく、養生法へのコンプライ 動はできない。襟元や腕から彫り物が見え、目つき アンスは良かった。不自由な身体でトイレに行くの は鋭く、雰囲気も容貌も、一目でその筋の人間だと は相当苦痛を伴う作業だが、 「便所で用を足すのは わかる。ただ、介護者がいない状況で彼が在宅療 当たり前だ」と弱音を吐くことはなかった。几帳面 養するのは無理だろうと思った。ところが「二度と病 だったのだろう。小さな木造の平屋は、きれいに片 院には戻らないから、先生よろしく頼む」と頭を下げ 付いていた。ベッドのそばにはモノクロームの色褪 られた。強制退院させられた事情を聴いてみると、 せた女性の写真が1枚あり、妙に印象に残った。 カマチュウの言い分はそれなりに筋が通っている。 往診を始めて1年ぐらいした日曜日の朝、ヘルパー リハビリを望んだが、車いすを与えられ、転倒が危 から連絡が入った。写真の下で横たわっている彼の 険との理由で思うような訓練ができないまま、勝手 息は既になかった。誰かに看取られたわけでもない に歩行練習をやったものだから、主治医に叱責され が、決して惨めで寂しい死ではない。信念を貫いた た。素直に忠告を受け入れるはずはない。そのまま 尊厳ある見事な最期だ。きっと天国で眠っているに 大ゲンカとなったらしい。 「死んでもいいんだ。俺は 違いないと、友人のようにそう思っている。 ねえ 2015 年 秋・冬号 13 フ ォ ー ラ ム 重症心身障害児における 胃瘻栄養のメリットと注意点 神奈川県立こども医療センター外科 医長 ………………………………… 北河 徳彦 先生 重症心身障害児における経腸栄養では、長時間にわたる栄養剤の 注入が、患児や家族のQOLを低下させます。また栄養バランスの偏 りなども、健康管理の課題として指摘されています。そこで近年、こ うした問題を改善する方法として、胃瘻からの半固形化栄養剤やミ キサー食の注入が注目を集めています。今回は、神奈川県立こども 医療センター外科医長の北河徳彦先生に、重症心身障害児におけ ●●●●●● る胃瘻栄養のメリットと注意点について、解説をいただきました。 近年、増加傾向にある 重症心身障害児の胃瘻栄養 重症心身障害児は、摂食嚥下機能障害などから経腸栄養を余 儀なくされることが少なくありません。しかし、一般的に行われてい る経鼻胃管栄養法は経鼻カテーテルが常に喉を刺激するため不快 エネルギー量を調節していくことが重要です。たとえば、普段よりも 感を伴います。また経鼻カテーテルは、2週間に1回程度家族が入 体重が増えていればエネルギー摂取量が過剰であると判断し、エ れ替えを行いますが、挿入時に誤ってカテーテルを気道に留置して ネルギー量を減らします。逆に、体重が減っていればエネルギー摂 しまうことにより誤嚥を起こしてしまう危険性があります。 取量が不足しているため、エネルギー量を増やします。重症心身障 近年、ミキサー食が普及したことにより、重症心身障害児につい 害児の多くは、1~ 2カ月ごとに神経内科の診察で体重を測ってい ますので、その際に体重変動をチェックすると効率的です。 栄養バランスの管理については、液体栄養剤の場合は亜鉛やセ 2014年には約300人にまで増加しています。このため、7年ほど前 レンなどの微量元素や食物繊維が不足することが多く、これが皮 から、毎週胃瘻外来を開設しています。 膚のカサつきや下痢の原因となります。なかでも長期にわたるセレン 従来、わが国では小児に対する胃瘻造設については、 「体に傷を の欠乏は、致死的な急性心不全を起こすことが指摘されています つける」 というイメージから、保護者から忌避されることが少なくあり ので、注意が必要です。 ませんでした。しかし、最近では保護者、特に母親たちの口コミによっ ミキサー食を作る場合のエネルギー量の目安については、弁当 て、 「胃瘻にすることで子どもの健康状態が良くなった」 「食事介助が 箱を使用した計算法が便利です。弁当箱を用意し、ご飯などの主 楽になった」 という点が理解されるようになってきました。そもそも、内 食を全体の半分、肉や魚などの主菜を全体の 6 分の1、野菜を中 視鏡を使って胃瘻を造る経皮内視鏡的胃瘻造設術(percutaneous 心とした副菜を全体の3分の1隙間なく詰めます。そうすると、弁当 endoscopic gastrostomy;PEG) は、米国の小児外科医と内視鏡医 箱の容量(mL) イコール合計の摂取カロリー (kcal) となります。弁当 が開発したものであり、小児科領域でも多くのニーズがあるのです。 箱やタッパーには、容器の裏に容量の記載があることが多いので、 重症心身障害児の栄養管理では 経時的な体重変化に注目 簡単に計算することができます。 重症心身障害児は、筋緊張の変動などの病態変化を伴うことが ●●●●●● ●●●●●● てはこのような経鼻胃管栄養にかわる胃瘻栄養が増加する傾向にあ ります。当センターでは、2004年頃には24人しかいなった胃瘻患児が、 多く、必要なエネルギー摂取量は、患児の状態によって変動します。 胃瘻栄養のメリットには、まず患児自身が快適であることがあげ また、患児の体重が過度に重くなることは、家族による介助の負担 られます。経鼻胃管栄養のような喉の違和感がないため、よく笑う が増えることにつながるため好ましくありません。さらに、 「本人にとっ ようになった、表情が豊かになったという家族からの報告もありま て調子がよい」 という各患児の適正体重もありますので、これらを考 す。また、気管へ誤挿入することはないという点で、経鼻胃管栄養 慮して必要なエネルギー摂取量を決定するとよいでしょう。 よりも安全であるといえます。 その上で、経時的な体重の増減により栄養状態をみて、摂取する 次に、胃瘻の造設で、ラコール®NF配合経腸用半固形剤*のような 14 Vol.11 No.2 胃瘻からのミキサー食注入で 患児と家族のQOLを上げる *製品の使用にあたっては、添付文書をご確認下さい。 P O I N T 重症心身障害児における胃瘻栄養のメリットと注意点 半固形化栄養剤やミキサー食の注入が可能になり、胃 食道逆流症の減少や栄養剤の注入時間の短縮、栄養 バランスの改善などのメリットがあげられます。 人間の胃は、本来固形物の食事を歯で噛み砕いたも のを受け入れています。経腸栄養の場合、液体栄養剤 よりも粘度のある半固形化栄養剤やミキサー食を摂る ほうが、胃や腸の運動・拡張、ホルモンの出方などが 生理的な状態に近づきます。重症心身障害児では、痙 ■胃瘻栄養のメリット ・経鼻胃管栄養と比べ鼻や喉の違和感が少ない ・経鼻胃管栄養のような盲目的なカテーテルの交換がないため安全 ・半固形化栄養剤やミキサー食の注入が可能 -胃食道逆流症が減少する -栄養剤の投与時間が短縮できる -栄養状態が改善する -食事を食べる喜び、作る喜びを感じる ■胃瘻栄養の注意点 ・定期的に体重変化を確認する ・微量元素や食物繊維等の欠乏に注意する ・半固形化栄養剤やミキサー食を導入する場合は、カテーテルの詰まりや 逆流防止弁のゆるみに注意する 攣に伴う腹圧の上昇や脊椎の側彎に伴う胃噴門部の変 形などを原因とする消化管の運動障害により、胃食道逆流症が多 きますし、1歳くらいでも18Frの挿入は可能です。また、胃瘻ボタン くみられますが、粘度のある食品を胃に貯留することで消化管が活 が抜けたときの対処法など、胃瘻外来での指導により、日常的なト 発になり、胃食道逆流症が軽減します。 ラブルを防ぐようにしています。 を行う家族にとっても大きな負担となっていました。しかし、半固形 ●●●●●● また、経鼻胃管栄養ではダンピング症候群や下痢を防止するため 化栄養剤やミキサー食にすると胃排出の遅延や小腸の通過時間の 当センターでは、これまで胃瘻によるミキサー食の導入によって経口 延長により、短時間での注入が可能になります。 さらに、ミキサー食の導入は、液体栄養剤では偏りがちな栄養 摂取が進んだ症例を5例経験しました。例えば、常染色体異常疾患 である8P - 症候群のため出生時から経鼻栄養で水分しか経口摂取 バランスを改善し、皮膚のカサカサが減った、爪が強くなった、毛 できなかった患児 (6歳)に胃瘻を造設し、ミキサー食注入を始めたと 髪が黒くなった・抜けにくくなった等の効果がみられます。 ころ、半年ほどで経口摂取が急速に進みました。その後、完全に経 最後に、私たちが普段食べている食品や料理はほとんどミキサー 口摂取が可能となり、現在は普通の小学校へ通い胃瘻の離脱も検 食にすることが可能ですので、食事を食べる喜びや作る喜びを感 討しています。 じることができるという、たいへん大きなメリットがあります。胃瘻 このような例から、重症心身障害児においては、胃瘻からのミキ 外来での説明会で、患児の誕生日に家族とケーキを一緒に食べる サー食注入は経口摂取を進める効果があると考えられます。まだ明 ことも可能であるとお伝えすると非常に喜ばれ、胃瘻からのミキサー 確なエビデンスはありませんが、料理の音、色、匂いなどが、経口摂取 食導入の強力な動機付けになっています。 を進める心理的な要因となっているのではないかと推察しています。 一方で、ミキサー食のデメリットには、作るための手間がかかる、 胃瘻によるミキサー食は、1歳ころから注入可能です。腸瘻の患児 便秘になることがある、カテーテルが詰まりやすくなったり逆流防止 については、腸に固形物を貯める大きさがないことから、ミキサー食の 弁がゆるくなることがあるなどの点があげられます。 注入は難しいです。これからミキサー食の導入を検討している家族の ミキサー食を作ることが難しい場合は、1日1食、あるいは数日 方には、無理にがんばる必要はなく、できる範囲で様子を見ながら導 に1食でもかまいません。半固形化栄養剤を併用し、可能な範囲 入してほしいと思います。在宅で重症心身障害児をみている看護師の で導入するとよいでしょう。胃瘻カテーテルについては太さが18Fr 方には、とくに腹壁の薄い子どもの胃瘻からの漏れには注意が必要 以上ある方が詰まりにくく、トラブルが少なくなります。14Frほどの です。一方、心配しがちな体重管理や肉芽については神経質になり 細いカテーテルが入っている場合でも、外来で太いサイズに交換で 過ぎず、患児や家族が安心できる看護を心掛けてください。 液体栄養剤の注入に長時間を要し、このことが患児にとっても介助 ミキサー食の導入で 経口摂取が進む症例も Run&Up̶ランナップ̶ 地域に暮らす人たちの健やかな暮らしを守るために、日々颯爽と街をゆく──。 そんな訪問看護師のみなさんのさわやかなイメージを言葉にしました。 表紙のことば …………………………………………………………………………………………………… 表紙「温泉の動物」 だんだん夜が長くなってきて 寒さを感じる季節になりました。 こんな時は温泉へ。動物達も湯気に誘われ、 一足先に来ていたみたいです。 とっても気持ちがよさそうですね。 ◎Run&Upの表紙には、 知的障害者施設を運営する社会福祉法人共生社 の「あじさいアート」 を使用しています。 〈あじさいアートのお問い合わせ先〉 社会福祉法人共生社 あじさい学園 TEL.0280-48-0431 E-mail : s.ajisaigakuen@kyoseisha.or.jp 社会福祉法人共生社ホームページ http: //www.kyoseisha.or.jp/ (2015年10月現在) 摂食嚥下に対応できる医療機関を地図上で確認できるサイトが公開されています。 右のQRコードからもアクセスできますので、ぜひご利用ください。 新規の登録も随時受け付けております。摂食嚥下関連医療資源マップ(厚労科研事業) URL http://www.swallowing.link/ (2015年10月現在) (敬称略/五十音順) ●編集顧問 太田 秀樹 医療法人アスムス 理事長 川越 正平 あおぞら診療所 院長 ●編集アドバイザー 佐々木静枝 社会福祉法人世田谷区社会福祉事業団 看護師特別参与 ●編集委員 乙坂 佳代 横浜総合病院地域医療総合支援センター 角田 直枝 茨城県立中央病院・茨城県地域がんセンター 看護局長 白井由里子 八幡医師会訪問看護ステーション 管理者 戸原 玄 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科高齢者歯科学 准教授 古橋 聡子 訪問看護ステーションこあ 管理者 Run&Up編集部 (FAX:03-3835-3040) まで、ご意見、ご質問をお待ちしています。 2015 年 秋・冬号 15 2015年11月作成 RAA4415J01 (08872)ME
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