http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/tsutiya/030819/index.html FRONT DOOR text:土屋大洋 / HP / 「モードとしてのガバナンス」の一覧へ / Text Only Version アルバート=ラズロ・バラバシ著『新ネットワーク思考 ――世界のしくみを読み解く』の中で、スタンレー・ミル グラムが1967年に行った実験が紹介されている。お互いを まったく知らないAさんからBさんに手紙を送るのだが、A さんは、目標人物であるBさんをより知っていそうで、 ファースト・ネームで呼べるほど親しい友人にしか手紙を 送れない。Aさんから手紙を受け取った親しい友人Cさん は、これまたBさんを自分より知っていそうな自分の親し い友人Dさんに手紙を送る。DさんがBさんを直接知ってい ればBさんに手紙を送って実験は終わりだが、そうでなけ ればまた別の親しい友人Eさんに手紙を送る。こうしてお互 い他人同士のAさんからBさんまで、何人の手を介せば手紙 が届くのかをたどるという実験である。 驚いたことに、最短は、AさんとBさんの間にひとりを介 しただけ、つまり2次の隔たりしかなかった(手紙は2回送 られた)。もちろん、届かなかったものもあるのだが、届 いたものの平均はたった6次の隔たりしかなかった。「世の 中狭い」ということが実験で確かめられたのだ(似たよう な話でもっと一般的なケビン・ベーコン・ゲームも同書で は紹介されている)。 本題は6次の隔たりではない。本題は、6次の隔たりがイ ンターネットでは確かめられなかったということだ。イン ターネットが普及する前に行われたミルグラムの実験を、 ニューヨークにあるコロンビア大学が電子メールで再現し 06.11.21 4:33 PM 1/3 http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/tsutiya/030819/index.html ようとした。しかし、まったくうまくいかなかったのだ。 なぜか。多くの人がスパムやチェーン・メールだと思って 電子メールを転送しなかったからだ。実験結果は見るも無 惨で、ほとんど目的地まで届かなかった。電子メールを 送ってくるのは見知らぬ人ではない。実験のルールでは、 親しい友人に送らなくてはいけないからだ。それにも関わ らず、人々はこうした電子メールには反応しなかった。 その背景には、電子メールに対する不信感の増大があ る。ひところ流行した不幸の手紙のようなチェーン・レ ターならぬチェーン・メールやコンピュータ・ウイルス、 そしてスパムなど、欲しくもないメール、有害なメールが 増えてきている。私の場合、特に英語で見知らぬ人から メールが来ると、実は大事なメールでも削除してしまいそ うになる。スパムが圧倒的に多いからだ。アメリカの新聞 のオンライン版に登録した時にアドレスが転売されたり、 ホームページのアドレスがボッツと呼ばれるソフトウェ ア・ロボットによって収集されたりしているようだ(最 近、自分のホームページのアドレス表示は、申し訳ないが 画像ファイルにしてしまった)。 スパムはよく知られているように、アメリカのスーパー で売られている挽肉の缶詰の名前だ。最近は日本のスー パーでも見られるようになってきた。いわゆる迷惑メール のことをスパムというようになったのは、モンティ・パイ ソンというコメディ・グループが「スパム、スパム、スパ ム⋯⋯」とコメディの中でしつこく連呼したからだといわ れているが、スパムの味にひっかけて「もういいよ」とい う含みもあるらしい。 しかし、スパム・メールは増長する一方だ。今年中に電 子メールの4割はスパムになり、このまま何も対策がとられ なければ2007年には7割に達するという予測もある。日本で は特に携帯メール宛のスパムが問題になったので、2001年 から2002年にかけて経済産業省と総務省が対策を講じた。 その結果、「未承諾広告※」という文字をメールのタイト ルに入れたり、悪質な場合には罰則を科すことができるよ うになったりしたので、減少傾向にあるようだ。確かに、 私のメール・アドレスに届くものも日本語のスパムは減っ てきた気がする。そもそも、オンラインでの購買にそれほ ど積極的ではない日本の消費者を相手にしてもしょうがな いということもあるのだろう。 ヨーロッパではもっと厳しい規制が行われている。消費 者が自分から配信を望まない限り、一切広告メールを送っ てはいけないという「オプト・イン(選択的参加)」のア プローチがとられているからだ。自分が買った商品のオン ライン登録の際に情報メールの配信を希望したり、ウェブ 06.11.21 4:33 PM 2/3 http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/tsutiya/030819/index.html で何らかの登録をしたりしない限り、一切送ってはいけな いのだ。ヨーロッパのすべての国で実施されているわけで はないが、EU(欧州連合)レベルで決まった方針なので、 いずれほとんどの国がそれに応じた法律を作るだろう。 問題はアメリカだ。スパム発信に使われているサーバー の多くはアメリカ、中国、韓国に集中している。いくら ヨーロッパがオプト・インだといっても、アメリカやアジ アから勝手に送られてくるスパムはほとんど防ぎようがな いし、スパマーを見つけだして処罰することもできない。 これまでアメリカは、希望しない場合はリストから削除し てもらえるという「オプト・アウト(選択的退出)」のア プローチをとってきたが、それもきちんと機能してないと 疑われている。 1/2 ご意見・お問い合わせ | インフォメーション | トップページ | ビットリテラシー・トップページ Produced by NTT Resonant Inc. under license from Wired Digital Inc. 06.11.21 4:33 PM 3/3 http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/tsutiya/030819/02.html FRONT DOOR 何も為すすべはないのだろうか。今年の4月末に政府が主 催する3日間のスパム・ワークショップがワシントンDCで 開かれた。私もたまたま別の用事でワシントンにいたため に、日本の状況を話すようにといってパネル・ディスカッ ションに招かれた。「その昔、日本は自動車や半導体など 大幅な対米輸出黒字で批判されましたが、今はどんどんア メリカからスパムを輸入し、アメリカ文化を学んでいま す」とジョークを飛ばしたら大いに受けたが、参加者のス パム根絶に向けた熱意は並々ならぬものがあった。連日300 人も会場に押し掛け、別室やオンラインで中継を見ている 人もたくさんいた。 「いくら規制で縛ろうとしても、スパマーたちの技術は 規制をかいくぐってしまう。日本でやっているラベリング (「未承諾広告※」をつける)はそれなりに機能している し、ユーザーをエンパワーする方がいいのではないか」と 私は述べたのだが、他のパネリストたちはとても同意でき ないようだった。フランスから来た年輩の女性パネリスト は、「あなたには申し訳ないけど、そんなこっちゃダメな のよ。アメリカ政府がきちんと規制し、そして国際的な規 制をめざすべきに決まっているじゃない」とのことだっ た 。 一般的なスパム対策としては、(1)ウェブやメーリン グ・リスト、掲示板などで電子メール・アドレスをさらさ ない、(2)例えば「name@domain.com」を「name at domain dot com」のように、人間には分かるが、ボッツに は分からないように書き換えてしまう、(3)使い捨てアド レスを持つ、(4)ISP(インターネット・サービス・プロ バイダー)や自分のメール・ソフトのフィルタリング機能 を使う、(5)ISPレベルでブラックリストを作って特定の サーバーからのメールはすべてブロックしてしまう、とい うことなどが提唱されている。 しかし、もっとラディカルな意見も出てきている。例え ば、電子メール一通あたり10分の1セント(約0円12銭)を 06.11.21 4:33 PM 1/3 http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/tsutiya/030819/02.html 課せば、普通の利用者にはほとんど影響しないが、100万通 送る人には1000ドル(約12万円)かかることになる。スパ マーを根絶することはできないかもしれないが、今までと は違うやり方をスパマーに強いることになるかもしれな い。 あるいは、お金ではなくて、コンピュータ時間をかけさ せるというアイデアもある。つまり、電子メールを送る度 に使っているコンピュータは数学的な問題を解かなくては ならなくするというものだ。普通の量のメールを送る際に はほとんど障害にならないが、スパマーのように大量の メッセージを送るとコンピュータのマイクロセッサーが処 理しきれなくなってしまい、一気に大量のスパムを送るこ とができなくなるというものである。 スパムなんか送って儲かるのかとわれわれは疑ってしま うが、現実に儲かっている人がいる。スパム王と呼ばれて いるアラン・ラルスキー(Alan Ralsky)は190のメール・ サーバーを運用し、このビジネスを通じて億万長者になっ ている。90%のスパムは200人足らずの人によって送信され ているといわれており、分散をモットーとするインター ネットにしては異様な集中度である。スパマーが使ってい る安上がりなサーバーで送ることができるスパムの数は1時 間で65万通といわれている。 スパムがこのままインターネットを占拠してしまえば、 その活力を奪ってしまいかねない。ブラックリストやフィ ルタリングで人々は大事なメールを見落とすようになる。 あまりにも多くのスパムが届くようになれば、初心者は使 うのをやめてしまうかもしれない。電子メールはこれまで ずっとインターネットのキラー・アプリケーションだ。電 子メールを使わないということはインターネットを使わな いということに等しい。 残念ながら、今のところ私に妙案はない。さまざまな手 法を組み合わせて減らしていくしかない。スパムは新たな インターネット分断の危機となってしまうかもしれない。 アメリカの西部開拓のように、荒くれ者の世界は徐々に文 明化されていくのか、それとも今の世界のようにならず者 国家と民主主義国家のように色分けされてしまうのか。何 でもつなげるのがインターネットなのに、その良さが失わ れてしまうことになりかねない。 2/2 06.11.21 4:33 PM 2/3 http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/tsutiya/030819/02.html ご意見・お問い合わせ | インフォメーション | トップページ | ビットリテラシー・トップページ Produced by NTT Resonant Inc. under license from Wired Digital Inc. 06.11.21 4:33 PM 3/3
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