「画像情報から推定した餌分布密度に対応したアザラシの潜水行動」 佐藤克文(極地研) ksato@nipr.ac.jp 1. はじめに 小型深度記録計を用いた調査により、アザラシや大型のペンギンといった海洋大型捕食 者は、高い潜水能力を有することが知られている。一例をあげると、ウェッデルアザラシ は最大深度741mの息ごらえ潜水を行うことができる。これらの動物は、餌を捕獲する 目的で潜水行動を行っていると考えられるが、潜水深度が有光層を大きく超えて深いとい う点が興味深い。一般に南極海においては、鉛直混合により表層に達した豊富な栄養塩が、 200mより浅い有光層における植物プランクトンの大増殖をもたらし、これらを食する かいあし類やオキアミ類といった key species が、さらに大型のヒゲクジラ・海鳥・魚類を 支えていることが知られている。南極海有光層における生態系については、その重要性か らこれまで様々な研究が精力的になされてきた。一方、有光層より深い水域に、どのよう な生物がどれだけ分布しているのかはよくわかっていない。アザラシや大型のペンギンが、 深くまで潜るという事実は、そこに豊富な餌生物が存在することを予感させる。そこで、 これらの大型捕食者に小型カメラを装着し、捕食者自身を用いて彼らの餌生物に関する画 像情報をとってこさせるという試みを行った。 2. 方法 小型の静止画像を設定間隔(30 秒以上)で自動撮影するデジタルカメラを開発した。カ メラは深度センサーを有し、設定深度以深で撮影を開始する。カメラおよびロガー部とス トロボ部が、耐圧2000mのシリンダー2 本に分離して格納されている。シリンダーはそ れぞれ径52mm、長さ230mmで、全システムの空中重量は3.4kgである。これ を繁殖期のウェッデルアザラシ成体雌(N=41 個体)に装着し、1 日以降に回収した。 3. 結果および考察 深度50m以上の潜水を全く行わない個体から、1 日の 38%以上の時間を深い潜水に費 やしたものまで、各個体の潜水の様子は大きく異なった。深い潜水の時間割合と、各個体 の肥満度(胴回り/体長)との間に負の相関が見られたことから、各個体が自らのエネル ギー要求度に応じて、餌獲得のための深い潜水を行っていたと考えられる。さらに、個体 の背中に装着したカメラにより、300mを超える深度で魚を捕獲する瞬間を撮影した映 像が得られた。画面上の餌生物とおぼしき粒子の数や面積比を、画像解析ソフトによりカ ウントしたところ、250mより深い所において分布密度が急に増加する傾向が見られた。 以上の結果は、南極海の有光層以深に餌生物が高密度に分布し、アザラシはそれを捕食す るために深い潜水を行っていることを示唆している。 今後はさらにカメラの小型化を進め、ペンギン類も含むより多様な大型捕食者に装着し、 南極海における餌生物鉛直分布およびそれに対応させた捕食者の潜水行動について調べて いく予定である。
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