Moodle フォーラム上で学ぶ 英語コミュニケーションストラテジー

Moodle フォーラム上で学ぶ
英語コミュニケーションストラテジー
‐Project E-xchange: アメリカ人学生とのメッセージ交換を通じて‐
新村知子*
Email: shimmura@ishikawa-pu.ac.jp
*: 石川県立大学教養教育センター
◎Key Words コミュニケーションストラテジー,異文化間コミュニケーション,フォーラム
1.
はじめに
本稿は、Moodle フォーラム上で実施した日米の大学
生間の5 週間にわたるメッセージ交換の記録において、
どのようなコミュニケーションの問題がみられたか、
またその問題に彼らがどのように対応したのかを報告
することを目的としている。
我々が日常的に行うコミュニケーションには、不可
欠な要素がいくつかある。「相手に対して、いつ、何
を、どのように言うかを選択すること」、「コミュニ
ケーションに問題が起きたら、ストラテジーを使って
それを修復すること」などがその主なものである。
しかし、教室における外国語教育の授業において、
このような要素を学ぶ機会は非常に少ない。与えられ
た教材を学習し再生するトレーニングは非常に有効な
ものであるが、実際のコミュニケーションでは「再生
できること」だけでは絶対に対応できず、生のコミュ
ニケーションにおいて試行錯誤を重ねることが必要な
のである(Long, 1996)(1)。大きな予算を持っている大学
なら、国際交流プログラムを企画して学生たちを海外
に派遣したり、テレビ会議システムを介して海外の大
学と共同授業を行ったりして、継続的な国際交流授業
を実施すること(Muehleisen, 2008)(2)も可能であるが、
多くの大学では予算・設備の関係において難しいのが
現実である。
このような問題に対処するため、石川県立大学では
2007 年度より学習管理システム(LMS)のフォーラム
(掲示板)を利用して、必修英語授業の中でローズハル
マン工科大学 (インディアナ州)のアメリカ人学生との
メッセージ交換活動Project E-xchangeを2年生全員に
課している。2009 年度には、Moodle のフォーラム上
ージを書き、約同数の返事を受け取っている。
このやりとりは、Moodle 上ですべて記録され、日米
双方の教員がモニターすることができるので、問題が
起こったりメッセージ交換が止まってしまったら、教
員はすぐに援助することができる。
さらに貴重なのは、このデータを観察すれば、学生
たちがどのようなコミュニケーションの問題に直面し、
どのようにそれを解決したかを明らかにすることがで
きるということである。今回は、参加した日本人学生
のうち S 学科に属する 50 名が、17 グループに分かれて
Term 1(秋学期)の5週間に行ったメッセージ交換記録
をデータとして使用し、どのようなコミュニケーショ
ンの問題があったのか、またその場合に彼らがどのよ
うに対応したのかを報告する。
2. Project E-xchangeの目的と構成
今回使ったデータは、2009 年度の秋学期 (10 月―
11 月)にローズハルマン工科大学の Humans and
Culture という授業を履修していたアメリカ人学生 17
名と石川県立大学S 学科2 年生50 名によるメッセージ
交換の記録である。過去 2 年間の経験から、学生たち
は、相手の言うことが分らなかったとき、または相手
が自分の伝えたいことを誤解してしまったとき、メッ
セージ交換自体を放棄してしまうことが多くあった。
このような問題に対処するため、この年はメッセー
ジ交換のガイドラインを作成し、1 週目の授業で英語コ
ミュニケーションがうまく行かなくなったときに使え
る表現や、やりとりのポイントなどを教えることにし
た。このようなコミュニケーションストラテジー
(Carter and Nunan, 2001)(3)により、母語において
も実際のコミュニケーションのやりとりが成り立って
のこの活動に、144 名の日本人学生が参加し、秋学期
(Term 1) は 50 名、冬学期 (Term 2) は 44 名のアメリ
カ人学生と各 5 週間、英語でメッセージのやりとりを
行った。このメッセージ活動は、アメリカ人1人と日
いることも伝えた。
ローズハルマン工科大学のクラーク教授によれば、
この活動は同年代の日本の若者たちと実際にメッセー
本人2~3人を1グループとして実施しており、昨年
度のデータでは、日本人学生は平均 18 回程度のメッセ
ジをやりとりすることにより、アメリカ人大学生たち
が異文化に触れ、自国の文化・生活について再考する
機会を持つことを目的としている。プロジェクトを開
た、石川県立大では「辞書で調べた」という回答が 80%
始する前は、言語的にアメリカ人学生たちに学ぶこと
があるとは考えていなかったが、メッセージ交換が始
まってみると、外国人に対して自分の母語である英語
近いことが特徴的であるが、学生の話では調べても辞
書には載っていない表現が多かったようである。さら
に、インターネットで調べた学生が日米とも 50%程度
を使うことの難しさを多くのアメリカ人学生が訴えて
いた。母語である英語を使うにしても、友達のアメリ
カ人に使うような表現を使っていては、相手に伝わら
ないからである。つまり、使う語彙や文法、トピック
いたことは、分らないことがあったときに現代の若者
が共通に使うストラテジーを示している。
を工夫しないとコミュニケーションが円滑に進まない
ので、アメリカ人学生たちにとっても「国際語として
の英語」を使うトレーニングになっていたようである。
3. 使用したシステム、グループ分け及びメッセ
ージ交換の方法
2009 年度後期のはじめに、日米すべての学生を石川
県立大学のMoodle にあるProject E-xchange というコ
ースに登録し、さらにグループ分けした。その各グル
ープ(アメリカ人1名と日本人3名程度)にフォーラ
ム(掲示板)を作った。メッセージ交換は、基本的に1
対1で行う。アメリカ人学生が各日本人学生について
一つのトピックを立て、日本人学生はそれに返答し、
さらにアメリカ人が応えるという個人ベースのやりと
りでコミュニケーションは続いて行った。
Term 1 を終了した 11 月末の時点で、参加した日米
の学生たちを対象に、Project E-xchange の活動につい
て、Moodle 上でアンケートを実施した。回答数は、他
学科の参加者も含め石川県立大では 90 名、ローズハル
マン工科大では 50 名であった。
この中で、
「相手のメッセージの意味が分らないとき、
どうしましたか」(What did you do when you had trouble
understanding the meaning of your partner's message? (
) 複数
回答可)という質問に選択肢で答えてもらった (図 1)
。
この結果で特徴的なのは、ローズハルマン工科大では
「相手に直接聞いた」という答えが 60%以上なのに対
して、石川県立大では 30%以下であることである。ま
4. コミュニケーショントラブルの例
コミュニケーショントラブルを特定するため、この
メッセージ交換のデータをテキストファイルとして保
存し、学習者コーパスを作った。その中で、分からな
いことが出たときに使うと予想される主な3つの表現
(1) What do you mean…? (2) I don’t understand…
(3) What is …..? について、AntConc3.2.1w(4)というコ
ンコーダンサーを用いて検索した。
その結果、(1)は 4 例(すべてアメリカ人学生が使っ
たもの)、(2)は 1 例(アメリカ人学生)、(3)は 12 例
(アメリカ人 5 例、日本人 7 例)がこのデータの中に
みられた。(3)については、 形は同じでも “What is
your favorite subject?” のようなコミュニケーション
トラブルと関係のないものも多いので、前後関係を見
て判断し、 “I don’t know Mexican food. What is
Mexican food?”(日本人学生)のように実際に相手の言
ったことが分からず、それを明らかにしようとしてい
る例のみを抽出した。 “What do you mean by...?” は
非常によく使われる確認の表現なので、1週目のガイ
ダンスの時に使える表現として日本人学生に紹介した
のだが、残念ながらこのデータでは実際に使った学生
はいなかった。しかし、ガイダンスで触れていたので、
アメリカ人学生がこの表現を使ったときに、意味の確
認という意図は分かりやすかったと考える。その代り、
日本人学生は“What is ...?”という表現で意味を確
認していた。
以下に、データに表れた数例を見てみよう。例文の
中で、日本人学生は JS、アメリカ人学生は AS として表
している。例文では、メッセージの中の関連する部分
だけを抜粋しており、下線は筆者によるものであるが、
英文は原文のままである。
例1
JS: I bought a long boots and cosmetics. I will buy a new
one-piece next shopping.
AS: I need to get a pair of long boots for the snow when it
comes. My pair from last year are pretty warn
out. What is a one-piece?
JS: One-piece is a kind of casual dress. I put a picture of
my one-piece.
図1 日米学生の回答「分らない時どうしたか」
この日本人学生は、後に「ワンピース、アルバムの
ような英語だと思っていた言葉が、アメリカ人学生に
とにより、日本人学生は表現のあいまいさに気づき、
全く通じないことに驚いた。英語の単語は確認してか
ら使う必要があると思った」と述べている。しかし、
このやりとりの中で、彼女はうまく英語で説明を続け、
英文を分かりやすく書き直している。自分が言おうと
したことをどのように伝えればいいかを再考し、2 度目
の説明では具体的な言葉を使って、うまく表現してい
さらに自分の持っているワンピースの写真もつけて問
題解決に成功している。
る。
例5
例2
AS: We go to Wal-mart a lot here in the United States for
general shopping. Do you go to Wal-mart?
JS: I’m sorry, what is Wal-mart?
AS: I am sorry, I thought there were Wal-marts in Japan.
Wal-mart is a very big store that has groceries and
almost everything else you may need.
AS: I like to lift weights and swim. Also I like to sew and
go powerkiting.
JS: I do not swim well. Please tell me the technique to
swim. What is “go powerkiting”?
AS: Powerkiting is where you have this huge kite and you
fly it and it take you up in the air with it at times. I
attached a picture. It is not me but it gives the general
idea.
この例では、日本人学生が Wal-mart を知らないこ
とにアメリカ人学生の方が驚いている。自分たちにと
って常識であることが、異文化の世界に住む人には未
知のものである可能性があることをアメリカ人学生た
ちも学んでいる。
例3
JS: But I think band music rather than popular music in
Japan now. How about in US? Band music more
popular than popular music?
AS: What do you mean by 'popular music'? Do you mean
pop music?
JS: (No Answer)
この例では、アメリカ人学生の意味の確認に対して、
日本人学生はどう答えていいか分からず、メッセージ
のやりとりはここで終わってしまっている。実際は、
このような終わり方をする例が少なからずある。来年
度以降は、メッセージ交換がこのような終わり方をし
ないようにコミュニケーションを継続する技術を学生
たちに教えていきたいものである。
例4
JS: November 7th was my birthday. I’m 20 years old now!
Before that day, I had wanted to change something
around me.
AS: What do you mean by "Before that day I had wanted
to change something about me"? I understand the
statement, but did you change anything about
yourself? Is this sentence related to joining the
orchestra?
JS: This sentence means “before my birthday, I want to
change my loose life.” It is difficult for me to explain in
English, but I will try it. I had lacked the will to do
something. I thought twentieth birthday is my
turning point.
この例では、アメリカ人学生に意味を確認されるこ
図 2 powerkiting
この会話に出てくる powerkiting という言葉は、普
通の辞書にも出ていないので、このように相手に聞い
て説明してもらうのが一番の近道であろう。このやり
とりでは、相手のアメリカ人学生は図 2 のような写真
もつけて理解を助けてくれている。この例以外でも、
学生たちは画像や動画の URL などを使って互いの質
問に答えることに努力していた。こういう学生たちの
姿を見て、相手に分かるように様々な表現や方法を試
みるという、このような生のコミュニケーション活動
が本当の英語力をつける原動力になっていくのではな
いかと感じた。
この他、日本人学生たちが分からなかった言葉とし
ては、pecan, Mexican food, a leopard gecko, “geddan”
などがある。アメリカ人学生たちが質問している言葉
で は 、 sukiyaki, Bon Festival, croquette, school
festival などがある。“What is school festival?” と聞か
れた学生は実際に何人もいて、「学園祭は学園祭だ。
説明しようがない」と教員に訴えてきたので、「自分
が当たり前だと思っていることを、何も知らない人に
日本語でも難しいだろうけれど、どう説明すればいい
か分かりやすいか、説明の構造も考えて英語で書いて
みよう」とアドバイスした。こういう学習は、彼らの
(After participating in Project E-xchange, do you
think it has been meaningful?) という質問に対して
は、
「とても意味があった」と「少し意味があった」と
いう回答を合わせると、ローズハルマン工科大では
過去の英語の授業ではほとんど行われたことがないよ
うだ。常に、「日本語や文脈を与えられ、それを英語
に直す」というトレーニングを受けてきたのだから、
迷うのは当然である。しかし、学生たちはいろいろ工
84%、石川県立大では 88%になり、ほとんどの学生に
とって意義深いと感じられる活動だったことが分かる
(図 3)
。
この年は、最初のガイダンスで「相手の言うことで
夫を重ねて英語で説明することを学んでいった。
コミュニケーショントラブルの中には、日本人学生
の英語力のために、文法やスペルが間違っているため
分からないことがあったら、何か新しいことを学ぶチ
ャンスだと思ってください。英語は情報を取り入れる
ための道具なのだから」と伝えていた。また、相手の
に意味不明になっている場合ももちろんあるが、
powerkiting, a leopard gecko, “geddan”など、教員に
とっても分からない言葉もある。このような言葉は、
書き手に説明してもらって初めてその意味が理解でき
アメリカ人学生も同じように不安に思っていること、
アメリカ人にとっても異文化を学ぶ貴重なチャンスな
のだということ、相手も人間なのだからメッセージが
突然止まったらショックを受けることなどを、意味確
る訳で、実際は母語話者同士でもこのような意味の確
認は常時行われているものであり、我々のコミュニケ
ーション活動には不可欠なものであるのだ。しかし、
認のための英語表現と共に伝えた。
今回は、限定したデータの中からコミュニケーショ
ンの問題が起こった場面とその対処法を観察したが、
心理的なものが障害になるせいか、外国語である英語
になると、こういうコミュニケーションストラテジー
が使えなくなることが多いようである。
また、反対の視点から言えば、このストラテジーを
さらに大きな学習者コーパスを作って、日本人やアメ
リカ人が異文化間コミュニケーションに取り組んだ場
合に、どのような問題が起きるのか、またどのように
対応して修復しているのか、あるいは修復に失敗して
使うことができれば、相手の言うことが分からなくて
も聞くことができるし、自分の言うことを誤解された
場合には誤解を解くことができるのであるから、英語
いるのかを継続的に分析していきたいと考える。その
中で、より効率的にコミュニケーションストラテジー
を学ぶ機会を学生たちに提供する方法を探っていける
におけるコミュニケーションの不安はかなり軽減する
はずである。その意味において、英語学習者にとって
は非常に有用な知識・技術であると言えるだろう。
のではないかと期待している。
分かりやすく説明するという技術は非常に大切なこと。
5. おわりに
英語によるメッセージ交換においては、日本人学生
たちは始める前から「自分の英語は通じないのではな
いか」という大きな不安を抱えている。そのため、相
手に「あなたの言っていることは、どういう意味か」
と聞かれただけで、続ける意欲を失ってしまう場合が
多く見られた。
先日のアンケートで、
「Term 1 のメッセージ交換を
終えてみて、意味のある活動だったと思いますか。
」
参考文献等
(1) Long, M.: "The role of the linguistic environment in
second language acquisition", In W. Ritchie and T.
Bhatia (eds). Handbook of Second Language
Acquisition, pp. 413-68. Academic Press, San Diego
(1996).
(2) Muehleisen, V.: “The Waseda-Colorado Bilingual
Cross-Cultural Exchange Project, 2001-2007”, 2007
年度 ICT 授業実践報告書 pp. 69-84. 大学英語教育
(JACET) IC T 特別委員会 (2008).
(3) Carter. R., and D. Nunan: “The Cambridge Guide to
Teaching English to Speakers of Other Languages”,
pp. 167-169. Cambridge University Press (2001).
(4) AntConc3.2.1w とはLaurence Anthonyが開発したコンコ
ーダンス・ソフトウェアであり、以下のURLからダウンロ
ードできる。
(http://www.antlab.sci.waseda.ac.jp/software.html)
図 3 日米学生の回答「意味のある活動だったか」