日本バイオロギング研究会会報

日本バイオロギング研究会会報
日本バイオロギング研究会会報 No. 109
発行日 2015 年 09 月 28 日 発行所 日本バイオロギング研究会(会長 荒井修亮)
発行人 三谷曜子北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター
〒040-0051 北海道函館市弁天町 20 番 5 号
北海道大学北方生物圏フィールド科学センター水圏ステーション 函館臨海実験所(生態系変動解析分野)
(函館市国際水産・海洋総合研究センター内 219 号室)
tel: 0138-85-6558 fax: 0138-85-6625 E-mail biolog@bre.soc.i.kyoto-u.ac.jp
会費納入先:みずほ銀行出町支店 日本バイオロギング研究会 普通口座 2464557
もくじ
新しい発見
ウトウの「冬の旅」
高橋 晃周(国立極地研究所)2
太ったほうが得~浮力変化がアザラシの遊泳コストと採餌行動に及ぼす影響
安達 大輝(国立極地研究所)2
マグロとホホジロザメに共通する進化の秘密を発見!
渡辺 佑基(国立極地研究所)5
お知らせ
【女性限定】女子会ワークショップ
7
『題名:天売島で繁殖するウトウ』
撮影者:高橋 晃周 撮影場所:天売島
-1-
新しい発見
ウトウの「冬の旅」
高橋 晃周(国立極地研究所)
北海道の天売島には潜水性の海鳥であるウトウの世界最大
の繁殖地がある。その数およそ 40-60 万羽。ウトウは3−4月に
どこからともなく島に現れて、地面に掘った巣穴で子育てをし、
7 月の終わりには海へと去っていく。島にいないおよそ8ヶ月も
の間、これほど多くのウトウはどこに行っているのだろうか?
私たちは、天売島のウトウに足環を使ってジオロケータとよば
れる照度・水温記録計を取り付けた。照度から得た日の出日
の入り時刻と水温の記録から、天売島を離れた後のウトウの位
置(緯度・経度)を推定した。その結果、ウトウは繁殖終了後、
8〜
10 月にかけて一旦北上してオホーツク海に入り、その後 11
月ごろから日本海を南下して、朝鮮半島周辺と対馬海峡付
近で 12〜
2 月を過ごし、3月になると再度北上して天売島に戻
ることが明らかになった。このような季節的な移動は調査を行
った 2 年間(計 17 個体)で共通して見られたことから、典型的
なウトウの移動パターンであると考えられる。
ウトウはなぜオホーツク海と朝鮮半島周辺を集中的に利用
するのだろうか?羽の安定同位体比を測ることで、餌(の栄養
段階)を調べたところ、いずれの海域でも魚やイカの仲間を食
べていると推定された。オホーツク海は秋に植物プランクトン
が増殖しウトウの餌となる浮魚が集まる海域であり、また朝鮮
半島周辺はスルメイカの主要産卵場として冬にはイカ幼体が
豊富な海域である。ウトウは天売島から北へ南へと、餌が豊富
になる季節が異なる海域をうまく渡り歩いているようだ。天売
島がウトウの世界最大の繁殖地となっているのは、海鳥の生
存にとって最も厳しいとされる秋から冬の季節に、こうした餌の
豊富な海域を利用できるからかもしれない。
Takahashi A, Ito M, Suzuki Y, Watanuki, Thiebot JB,
Yamamoto T, Iida T, Trathan PN, Niizuma Y, Kuwae T.
2015. Migratory movements of rhinoceros auklets in the
northwestern Pacific: connecting seasonal productivities,
Marine Ecology Progress Series, 525, 229-243.
図:ジオロケータから得られたウトウの位置のカーネル密度分布。色
の濃いところほどウトウの位置が集中していることを示す。
太ったほうが得~浮力変化がアザラシの遊泳コストと採餌行動
に及ぼす影響
安達 大輝(国立極地研究所)
遅ればせながら(本当に遅くなってしまいましたが...)、昨年
11 月に掲載された論文についてご紹介させていただきます。
以下、研究内容です;
はじめに
脂肪を蓄える、つまり「太る」ことは陸上動物において運動コ
ストの増加に繋がります。しかし、その状況は浮力がはたらく水
中では異なるかもしれません。
研究の背景
私達ヒトを含む地球上の全ての動物には重力がはたらいて
います。これは陸上に限らず水中でも同じです。ただ、水中で
生活する動物には重力の他に「浮力」という鉛直方向の力も
-2-
はたらいています。
浮力がはたらく鉛直方向の向き(上または下)や力の大きさ
は、動物の体内で脂肪が占める割合によって変動します。例
えば、脂肪の密度は海水の密度よりも小さいため、脂肪の割
合が大きい「太った」アザラシは浮きます(正の浮力)。一方、
脂肪の割合が小さい「痩せた」アザラシは沈みます(負の浮
力)。そして、その間には沈みも浮きもしない状態、つまり中性
浮力の状態があります。
野生の潜水動物(アザラシなど)を対象とした先行研究から、
彼らは浮力がはたらく方向に進む際、自らの力を使わず受動
的に「楽」をして泳いでいることが明らかになってきました。例え
ば、痩せているアザラシは、自らの尾びれを動かすことなく負
の浮力を借りて受動的に沈降し、採餌深度に到達することが
できます。しかしその一方で、採餌深度から息をするために水
面に向かって浮上する際には、自らの尾びれを動かし能動的
に泳いで負の浮力に逆らう必要があります。つまり、中性浮力
ではなく負か正かどちらかに偏った浮力を持つ状態では、沈
降・浮上のために使うエネルギー(遊泳コスト)、つまり採餌深
度までの行きと帰りに消費する酸素量がアンバランスです。
沈降・浮上のどちらかが大変でも、もう片方が楽であれば往
復で考えた時の遊泳コストは小さくなるのでしょうか。それとも、
中性浮力の状態、つまり沈降・浮上の両方に遊泳コストを均
等に配分した方が、往復に支払う遊泳コストは小さくなるのでし
ょうか。
この問題は潜水動物の採餌行動を理解する上で重要です。
なぜなら彼らは、採餌深度までの往復に支払う遊泳コストが小
さければ小さいほど、つまり往復に消費した酸素が少なければ
少ないほど、採餌深度に長く滞在することができ、沢山の餌を
獲得できると考えられるからです。しかしながらこれまでは、こ
の問題に取り組むことはできませんでした。その理由は、数ヶ
月に渡って徐々に変化する潜水動物の浮力と同時に、遊泳コ
ストを野外でモニタリングする手法がなかったからです。
脂肪を蓄えることで多大な浮力の変化を体験します。そこで、
本研究では 2011 年と 2012 年において、アメリカ・カリフォルニ
ア州の Año Nuevo 州立公園で繁殖するキタゾウアザラシの雌
計 14 個体(繁殖後・換毛後回遊を対象にそれぞれ 7 個体ず
つ)の背中に Stroke Logger を装着しました。
回遊初期のアザラシは負の浮力でしたが、時間が経つに連
れて、脂肪を蓄え、浮力は大きくなっていきました(図 2(a))。
それに伴い、沈降時の遊泳コストは少しだけ上昇し(図 2(b)青、
図 3 左)、浮上時の遊泳コストは大幅に減少しました(図 2(b)
赤、図 3 右)。そして、中性浮力の状態で、沈降・浮上時の遊
泳コストが等しくなり(図 2(a)(b)、図 3)、採餌深度までの往復
に必要な遊泳コストは最小となりました(図 2(b)黒、4(a))。また、
往復の遊泳コストが小さくなるほど、採餌深度での滞在時間は
長くなっていきました(図 2(c)、4(b))。これらの結果は、浮力の
変化が、採餌深度までの往復に要する遊泳コストに影響を及
ぼすだけでなく、採餌時間にも影響を及ぼしていることを示唆
しています。
研究の内容
そこで、国立極地研究所、総合研究大学院大学、カリフォ
ルニア大学サンタクルーズ校の共同研究チームは尾びれを
左右交互に振る回数(ストローク回数)が遊泳コスト(酸素消費
量)と強い正の 相関を示すことに着目し、スト ロークロガー
(Stroke Logger)という動物装着型の小型加速度記録計をデ
ータロガー制作会社であるリトルレオナルド社と共同で開発し
ました。Stroke Logger は取得した加速度データをその場で処
理し、5 秒間隔でストローク回数を記録するようにプログラムさ
れています。先行研究でストロークを検出するために使用され
ていた従来の加速度記録計は、その電池消耗の激しさ故に
記録時間が短いという制約がありました。Stroke Logger は、こ
の制約を内装されたプログラムによって克服、電池の消耗を
減らし、最大 150 日間に渡ってストローク回数を記録すること
ができます。
図 1. 換毛期間中のキタゾウアザラシの雌(ストロークロガー装着前)
本研究では、潜水動物の浮力の変化と遊泳コストとの関係
を調べるために、キタゾウアザラシの雌(図 1)を対象としました。
キタゾウアザラシの雌は 1 年に 2 回、長期に渡って、採餌のた
めに北太平洋を回遊します。繁殖後の 2 月から 2 ヶ月半に渡
って行う繁殖後回遊と、換毛後の 6 月から 7 ヶ月に渡って行う
換毛後回遊です。そして、この採餌回遊期間中に、餌を食べ、
-3-
図 2. (a)アザラシの浮力、(b)遊泳コスト、及び(c)採餌深度での滞在
時間の時系列データ(換毛後回遊中のアザラシ 1 個体の例)。(a)に
おいて、値がマイナスの場合は、アザラシは負の浮力を持つ。値が 0
の場合(点線)は中性浮力。(b)において、遊泳コストは 1 メートル進
むために何回ストロークしたか(strokes m-1)を示している。青丸は水
面から採餌深度に到達するまでの沈降時に支払った遊泳コストを、
赤色は採餌深度から水面に戻るまでの浮上時に支払った遊泳コスト
を示している。黒丸は、沈降時と浮上時の遊泳コストを足した値、つ
まり採餌深度までの往復に支払った遊泳コストを示している。
図 3. 遊泳コストとアザラシの浮力との関係。全 14 個体のアザラシのデータを示している。左(青)は沈降時、右(赤)は浮上時の、また、それぞ
れの色のうち濃い色の点は繁殖後回遊(2 月~4 月)の、薄い色の点は換毛後回遊(6 月~12 月)のデータを示す。アザラシの浮力の指標
(横軸)の値がマイナスの場合は、アザラシは負の浮力を持つ。値が 0 の場合は中性浮力。また、遊泳コスト(縦軸)は 1 メートル進むために何
回ストロークしたか(strokes m-1)を示している。
図 4. (a)アザラシの浮力と採餌深度までの往復に支払った遊泳コスト
との関係。(b)採餌深度までの往復に支払った遊泳コストと採餌深度
での滞在時間との関係。(a)、(b)のどちらとも全 14 個体のアザラシの
データを示している。(a)においてアザラシの浮力の指標(横軸)の値
がマイナスの場合は、アザラシは負の浮力を持つ。値が 0 の場合は
中性浮力。また(a)、(b)の両方において、往復の遊泳コスト(沈 降時
と浮上時の遊泳コストを足した値;(a)では縦軸、(b)では横軸)は 1 メ
ートル進むために何回ストロークしたか(strokes m-1)を示している.
以上のことから研究チームは、太ること、つまり脂肪を蓄え中
性浮力に達することはキタゾウアザラシにおいて遊泳コストの
減少、及び採餌時間の増加という二重のメリットがあると結論
づけました。陸上動物において太ることは、運動コストの増加
に繋がると考えられます。しかし、今回の研究結果は、水中の
動物において太ることは運動コストの減少、さらには採餌時間
の増加に繋がるという、陸上動物とは逆の傾向を持つことを示
しています。
今後の展望
キタゾウアザラシも含め、海洋の動物の中には、絶食しなが
ら繁殖期を過ごす動物(capital breeding species と呼ばれます)
がいます。capital breeding species は、子育ての間、体内に蓄
積された脂肪だけをエネルギー源として母乳を与えるなどの
繁殖行動をします。そして、これらの動物では、子育て期間中
により多くの脂肪(エネルギー)を消費した個体ほど繁殖に有
利だった、という先行研究があります。しかしその一方で、本研
究の結果から、脂肪を使いすぎて痩せてしまうと遊泳コストが
-4-
増加することが分かりました。
繁殖に脂肪を沢山使うと、子供はよく育つ。しかしその一方
で、自らは遊泳コストの増加を免れない。つまり、今回の研究
結果は、水中で生活する動物、特に capital breeding species
において、遊泳コストと繁殖成功との間にトレードオフの関係が
あることを暗に示しています。今後、キタゾウアザラシなどの
capital breeding species が、遊泳コストと繁殖成功のバランス
をどのように取っているのか、明らかにすることが必要となって
きます。
Adachi, T., Maresh, J. L., Robinson, P. W., Peterson, S. H.,
Costa, D. P., Naito, Y., Watanabe, Y. Y. & Takahashi, A.
2014 The foraging benefits of being fat in a highly
migratory marine mammal. Proceedings of the Royal
Society B 281, 20142120. (doi:10.1098/rspb.2014.2120)
マグロとホホジロザメに共通する進化の秘密を発見!
渡辺 佑基(国立極地研究所)
研究者をしていて一番うれしいのは、自分の書いた論文が
科学雑誌に掲載されたときだ。それは体を張って集めたデー
タ、頭の痛かった統計解析、苦吟を重ねた英文が、ついに実
を結んだ瞬間である。少し大げさに言えば、私の頭の中だけに
あったものが人類共通の知見に昇華した瞬間である。
私の論文が先日、『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲
載された(しかも表紙写真もゲット!)。『PNAS』といえば言うま
でもなく、『Nature』、『Science』に次ぐ地位を占める堂々たる東
の大関だ。このクラスの科学雑誌に論文が掲載されると、世
界中のおびただしい研究者や科学ジャーナリストに読まれ、し
たがってその科学的な成果が広く認知される。しかしその分、
論文掲載をめぐる競争の熾烈さといったら、ほとんどの原稿は
ろくすっぽ審査されることなく門前払いされるほどだ。一部のト
ップ研究者はさておき、私程度の研究者にとってはこれらの有
名科学雑誌は「いつかは」と仰ぎ見るような存在であり、だから
今回の『PNAS』論文掲載は、はっきり言ってめちゃめちゃうれ
しい。
私の送ったクールなホホジロザメの写真が表紙に! この号の『PNA
S』は家宝にして代々伝えようと思う。
-5-
そこでこの記事では、論文の内容を少し詳しく紹介させてもら
おうと思う。私は普段は冷静沈着、沈思黙考の紳士だが(あ
れ違うかな?)、こと論文の話になると、つい熱くなってしまう。
とりわけ今回の論文は思い入れの強い、超の付く労作なので、
熱くなり過ぎてしまったらごめんなさい。
魚は変温動物であり、たとえば水温 20℃の池にすむコイの
体温はやはり 20℃であると学校では習う。これは一般的には
正しいが、厳密に言えば正しくない。まわりの水温よりもはるか
に高い体温を維持している、不思議な魚のグループがいるか
らだ。
そんな魚のグループの 1 つがクロマグロ、キハダ、カツオなど
のマグロ類。そしてもう 1 つのグループがホホジロザメ、ネズミザ
メ、アオザメなどのサメの一部だ。これらの魚は、まわりの水温
よりも 5~15℃ほど高い体温を維持している。冷たい海でマグ
ロを釣り上げ、ビチビチ跳ね回る魚体を押さえつけて包丁を入
れると、内部がほんのり温かいことを漁師は昔から知ってい
た。
マグロ(硬骨魚類)とサメ(軟骨魚類)は分類学的には綱の
レベルで違うから、たとえばヒトとハトほども離れた、ほとんど別
の生物と言える。一般に、分類学的に別の生物が共通の体の
作りを進化させることを「進化の収斂」と呼ぶ。マグロ類とホホ
ジロザメの高い体温は、進化の収斂の際立った一例であり、進
化という現象の不思議さ、奥深さを象徴している。そのため半
世紀以上も前から、数多くの研究者がこれらの魚における高
い体温の謎を、様々な角度から調査してきた。
高い体温を維持するための生理学的なメカニズムは、今で
はよくわかっている。マグロ類にせよホホジロザメにせよ、決し
て止まることなく海の中を泳ぎ続け、その筋肉の運動によって
発生した熱を特殊な血管の配置によって体内に蓄えている。
いっぽうで、いまだに謎なのは、そもそもどうしてこのような不
思議な進化が起こったのかである。高い体温を保つには多く
のエネルギーが必要であり、それゆえマグロ類やホホジロザメ
は、普通の魚よりも多くのエサを食べ続けなければ生きていけ
ない。
それにもかかわらず、マグロ類やホホジロザメが高い体温を
保つように進化したということは、高い体温が何らかの形で、こ
れらの魚の生存率の向上に貢献していることを意味する。ある
形質が進化するためには、そこに生存上、子孫繁栄上のメリッ
トがなければならないというのがダーウィンの進化論だ。ではマ
グロ類やホホジロザメにとっての、高い体温のメリットって一体
何だろう。
3
2
1
有 無 ( 高い体温 )
硬骨魚類
サメ
海生哺乳類
海鳥
ウミ ガメ
0.1
1
10
100
1000
10000
12000
体温の高い魚
普通の魚
海生哺乳類 ペン ギン ウミ ガメ
8000
4000
0
100000
体重 (kg)
図1 平均遊泳スピードと体重の関係。1 つのプロットが 1 つの種を表
す。大きな動物ほど速く泳ぐ傾向があるが、同じ体重で比較すると、
体温の高い魚はそうでない魚よりも速い。また、体温の高い魚の遊泳
スピードは、海鳥(ペンギン、ウミガラスなど)や海生哺乳類(クジラ、
アザラシなど)のそれに近い。
-6-
ネズミ ザメ
ニシ ネズミ ザメ
ホホジ ロ ザメ
ア オザメ
キハダ
ミ ナミ マ グロ
タ イ セイ ヨ ウク ロ マグロ
ク ロ マグロ
ビ ン ナガ
エ ビ スザメ
イ タ チザメ
ヨ ゴレ
ヨ シ キリ ザメ
タ イ セイ ヨ ウダラ
メ カ ジキ
マカ ジキ
ニシ ク ロ カ ジ キ
ブリ
タ イ ヘイ ヨ ウオヒ ョ ウ
プレイ ス
ザト ウク ジ ラ
シ ロ ナガスク ジ ラ
コ ク ク ジラ
タ イ セイ ヨ ウセミ ク ジ ラ
ホッ キョ ク ク ジ ラ
キタ オッ ト セイ
ナン キョ ク オッ ト セイ
キタ ゾ ウア ザラ シ
ミ ナミ ゾ ウア ザラ シ
ズキン ア ザラ シ
マカ ロ ニペン ギン
キタ イ ワト ビ ペン ギン
ヒ ガシ イ ワト ビ ペン ギン
オサガメ
ア オウミ ガメ
タ イ マイ
ア カ ウミ ガメ
0.1
体温の高い魚は速く泳ぐ――ここまではよし。でももう一歩、
考えを進めてみよう。速い遊泳スピードはどのような形で、生
存上のメリットとしてはたらくのだろう。そしてどうしたらそれを科
学的なデータとして証明できるだろう。難しい問題である。ああ
でもない、こうでもないと首を捻ったが、よいアイデアはてんで
浮かばず、私はこの段階でずいぶんと長く立ち止まってしまっ
た。
ところが、ある日ふと、魚の遊泳スピードはもしかしたら、回
遊のパターンに関わるのではないかと思った。
魚の多くは 1 年間の周期で回遊している。たとえば日本近
海のサンマは、夏は北海道の沖まで北上し、冬は四国、九州
あたりまで南下してくる。それは季節的な水温の変化や局所
的なエサの増減などの影響を、自らが移動することよって和ら
げるためである。
でもひょっとしたら、サンマはもっと広い範囲を回遊したいの
かもしれない。回遊範囲が広がれば、季節的、局所的な環境
の変化に対してより柔軟に対応でき、生存上のメリットは大きい
だろう。たとえばエサの豊富な、遠く離れた複数の海域を順番
に訪れることもできる。それにもかかわらず、サンマの回遊距
離が日本列島の長さほどに限られているのは、サンマは体温
の高くない普通の魚であり、遊泳スピードが遅いので、物理的
にそこまでしか行けないからではないか。
だとすれば、速い巡航速度をもつ体温の高い魚は、ずっと
広範囲を回遊できるはずだ。そう考えてみれば、体温の高い
マグロ類や一部のサメは、サンマとは比べ物にならないほどダ
イナミックな回遊をしているように、少なくとも感覚的には思え
た。クロマグロは 1 年のうちに日本沿岸から広大な太平洋を横
断し、カリフォルニアの沖まで行ったりするし、ネズミザメは夏に
アラスカの湾内に集まり、冬はハワイの近くの海にまで南下し
たりする。
これはいけるかもしれないと私の胸は高鳴った。本当に体
温の高い魚が、そうでない魚に比べてより広い範囲を回遊す
るかどうか、網羅的に調べてみればいい。幸いにして近年、
様々な魚に記録計(あるいは発信器)が取り付けられ、回遊の
軌跡が論文として公表されている。そこで早速、それらのデー
タを集められるだけ集め、1 年間の回遊の軌跡の端から端ま
での距離を「グーグルアース」で測定してみた(図 2)。
年間の最大回遊距離 (km)
遊泳ス ピ ード (m/ 秒 )
今までに大きく分けて、2 つの仮説(二者択一ではなく、両
立も可能な仮説)が提示されてきた。1 つ目の仮説は、いわば
「幅広い温度帯仮説」。高い体温を維持する魚はまわりの水
温の影響を受けにくいので、幅広い温度帯に適応でき、地理
的に広い範囲に生息できるというものである。この仮説はおお
むね支持されており、実際、マグロ類もホホジロザメも極域を
除く世界中の海に生息している。
いま 1 つの仮説は、いわば「高速遊泳仮説」。高い体温をも
つ魚は、速い遊泳スピードで泳ぎ続けられるというものである。
高い体温といっても、魚の体内で最も温かいのは、有酸素運
動を支える赤筋(いわゆる血合)の部分である。一般に、筋肉
は温かければ温かいほど素早く収縮し、また高い出力を生み
出せる。そのため高い体温をもつ魚が、そうでない魚に比べて
尾びれをバシバシと力強く振り、速い速度を維持できるという
仮説はまこと理に適っている。
ところが、高速遊泳仮説は今までに一度も検証されてこな
かった。マグロは他の魚よりも速いというイメージを多くの人は
(海洋生物学者も含めて)持っているけれど、それを裏付ける
科学的なデータは、じつは一度も示されていない。このことに
気付いた私は、これはチャンスだと思った。マグロ類やホホジロ
ザメが他の魚に比べて速いことを証明すれば、古くからの謎で
ある「高い体温を保つ魚がなぜ進化したか」という問題を、一
気に掘り下げることができる。
折しも私は今まで、マンボウからチョウザメ、高い体温をもつ
ネズミザメに至るまで、様々な魚に記録計を取り付け、遊泳ス
ピードを測定してきた。それだけでなく、世界中の研究者が同
じように魚に記録計を取り付け、結果を文献に報告しているこ
ともよく知っている。そこで一念発起、今までに測定された魚の
遊泳スピードのデータを、文献の山と自分自身のハードディス
クの中から集められるだけ集めてみることにした。そして体温の
高い魚が本当に速く泳ぐかどうかを統計的に検討した。
結果は予想以上であった。まず、魚の巡航時の遊泳スピード
は、大きな魚ほど速い傾向にあった。巨大なジンベエザメは小
さなフナに比べると、尾びれを 1 回左右に振るだけでずっと長
距離を進むので、これはさほど驚くべき結果ではない。
大事なのはその次だ。同じ大きさの魚で比較すると(つまり
回帰直線の切片を比べると)、体温の高い魚はそうでない魚
に比べて、じつに 2.7 倍も速い速度で巡航することがわかった。
高速遊泳仮説の正しさを証明する初めての結果である。驚い
たことに、体温の高い魚の巡航速度は、恒温動物である海鳥
(ペンギン、ウミガラスなど)や海生哺乳類(クジラ、アザラシな
ど)のそれに近かった(図1)。
図2 海洋動物の年間の最大回遊距離。体温の高い魚はそうでない
魚に比べて回遊距離が長い。また、体温の高い魚の回遊距離は海
生哺乳類(クジラ、アザラシなど)やペンギンのそれに近い。
年間の最大回遊距離 (km)
結果ははっきりと現れた。体温の高い魚は、そうでない魚に
比べて回遊距離が長かった。同じ体重で比較すると、体温の
高い魚はそうでない魚に比べて 2.5 倍も回遊距離が長かった。
驚いたことに、遊泳スピードと同様、体温の高い魚の回遊距離
は恒温動物(ペンギン、アザラシ、クジラなど)のそれに近かっ
た。
さらに、回遊距離のデータと遊泳スピードのデータとを合わ
せてみると、速いスピードで巡航する魚ほど長距離を回遊する
傾向があることがわかった(図 3)。この結果は、魚の回遊距離
が巡航速度によって制限されているという私のアイデアをはっ
きりと裏付けていた。
10000
8000
それからもう 1 つ。今回の研究では、体温の高い魚は遊泳
スピードにおいても、年間の回遊距離においても、普通の魚の
レベルを超えており、むしろ海生哺乳類(クジラ、アザラシなど)
や海鳥(ペンギンなど)といった恒温動物に近いことがわかった。
つまり魚類、鳥類、哺乳類などの分類群の枠を越えて、体温
というシンプルな値が地球上の動物の動きを説明するという、
驚くべき自然の法則が明らかになった。
有 無 ( 高い体温 )
硬骨魚類
サメ
6000
4000
2000
0
0
ここに至って、マグロ類やホホジロザメにとっての高い体温の
メリットが明らかになった。体温の高い魚は持久系の運動を支
える赤筋の出力が高いために、普通の魚に比べて速いスピー
ドで巡航することができる。速い巡航スピードは、普通の魚には
不可能な地球規模の大回遊を可能にし、そのため体温の高
い魚は季節的、局所的な環境変化に対してより柔軟に対応
することができる。エサの豊富な場所、産卵に適した場所など
を、季節に合わせて広大な海の中から自由に選択することが
できる。そのようなメリットが、多くのエネルギーを消費するとい
うデメリットを上回ったからこそ、体温の高い魚という不思議な
グループが進化したのだと考えられた。
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
遊泳スピ ード (m/ 秒 )
図3 遊泳スピードと年間の最大回遊距離の関係。1 つのプロットが 1
つの種を表す。速く泳ぐ魚ほど長距離を回遊する傾向がある。
Watanabe YY, Goldman KJ, Caselle JE, Chapman DD,
Papastamatiou YP (2015) Comparative analyses of
animal-tracking data reveal ecological significance of
endothermy in fishes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 112:
6104–6109
お知らせ
【女性限定】女子会ワークショップ
なのか?
日時:2015 年 10 月 24 日(土)10:00-12:00
・男性研究者から「小さい頃から,保育園に通わせるなん
てかわいそう」→共働きの男性研究者も多くなっているなか
で,男性研究者でも言われる言葉なのか?女性が子育て
を担わねばならないという,暗黙の社会的な圧力があるの
ではないか?
座長:山本麻希(長岡技科大),三谷曜子(北大)
パネラー:高畠千尋(信州大)
会場:長岡技術科学大学
参加費:無料
参加申込み:人数把握をざっくりしたいので,10/10 までに
三谷まで(yo_mitani@fsc.hokudai.ac.jp)ご連絡ください.
趣旨
女性研究者として,こんなことを言われ,そして考えたこと
があります.
・大学生女子から「研究者の道に進むなら,結婚も子供も
あきらめなければならないと思っていました」→そもそも,大
学生女子が研究の道に進もうとする以前に,あきらめてしま
っている現状はないだろうか?あるとしたら,その要因は何
-7-
・業績評価の場で「結婚して,子を育てて,研究もして,と
いう状況は困難だろうが,そのような生き方を選択していな
い女性研究者もいる」→多様なキャリアパスがあることは必
然.それぞれの困難さがあり,一方の困難さを配慮して評
価することが,他方の選択を否定しているわけではないの
に,どうして一元的に評価するのか?
バイオロギング研究会においても,女性研究者が常勤の職
につきつつありますが,女性研究者のキャリアパスは,それ
ぞれの人の事情によって異なり,なかなか難しいこともあり
ます.上述のような状況について,考えを出し合ったり,若
い研究者から,上の世代に聞きたいこと,現在抱えている
悩みについてなど,ざっくばらんに話しましょう.
編集後記
今年の夏はほとんどの期間調査船に乗ってベーリング海に
いました.サケ科魚類の資源量調査が目的でしたが,アラスカ
大の研究者とともに行動追跡のためのバイオロギングもやりま
した.今年は「晴天+凪」が続き,穏やかなベーリング海でした
が,いつもは「霧+雨風+時化+逃げ場(陸とか島)がない」が続
きぐちゃぐちゃになるそうです.それもフィールドの面白さではあ
りますが,やってる方は必死なのでやっぱり今年のような環境
は有難かったです.
調査中ちょっと面白い話を聞いたのですが,研究者は自らの
研究拠点や居住地によって,憧れるフィールドが変わってくる
との話です.つまりは南の研究者は,アラスカやカナダのような
寒冷地の荘厳なフィールドに憧れ,北の研究者はサンゴ礁や
マングローブといった熱帯のフィールドに憧れやすいのでは?
いう話でした.経験としてそりゃそうだろという声も聞こえそうで
すが,とりあえずアラスカ大の研究者を含め,乗船中の調査
員はみな共感しているようでした.バイオロギングをやっている
方々は特に,世界中いろいろな地方を飛び回っているイメージ
ですが,どうお考えでしょうか?【MT】
夏休みを取ろうかなぁ、と思っていた日付あたりにオープンキ
ャンパスが入ったので、9 月の後半に取ろうと思っています。し
かし、すでに北海道は肌寒く、「夏休み!」という感じがしませ
ん・・・。やっぱり来年からは暑いときに夏休みを取ろう。【YM】
会費納入のお願い(お早目の納入を!)
■会費の納入状況は、お届けした封筒に印刷されて
います。振込先は、本会報の表紙をご覧ください。正会
員5000円、学生会員(ポスドク含む)1000円です。
■住所・所属変更される会員の方はお早めに事務局
メール:biolog@bre.soc.i.kyoto-u.ac.jp までお知らせく
ださい。
S・K
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