特集 選択と成長~戦略的レベルのケイパビリティの再考 - Strategy

Management Journal
ブーズ・アンド・カンパニー
マネジメント・ジャーナル
2010 W i nt e r : vo l .
12
特集
選択と成長
∼戦略的レベルのケイパビリティの再考∼
この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
ケイパビリティを再考しこれからの成長戦略を考える 岸田 雅裕
ケイパビリティに基づく戦略構築 シュミート・バナージ、ポール・レインワンド、チェザレ・メイナルディ[岸田 雅裕・監訳]
成長戦略に必要なケイパビリティとは 今村 俊介
コングロマリット型企業におけるポートフォリオの再評価 今村 俊介
企業買収
(M&A)
における成功と失敗の分かれ目 佐藤 龍太郎
長期的成長のためのケイパビリティ強化 関根 正之
巻頭言
利益が減っても支出は維持:グローバル・イノベーション1000
バリー・ヤルゼルスキ、ケビン・デホフ[富永 和利・監訳]
インタラクティブ・マーケティング戦略
第四回 新時代のマーケティングと組織・人材
岸本 義之
12
vol.
2 010
WINTER
Contents
Booz & Company
Management
Journal
特集
選択と成長
∼戦略的レベルのケイパビリティの再考∼
巻頭言
ケイパビリティを再考し
これからの成長戦略を考える
3
岸田 雅裕
ケイパビリティに基づく戦略構築
4
シュミート・バナージ、ポール・レインワンド、チェザレ・メイナルディ
[岸田 雅裕・監訳]
成長戦略に必要なケイパビリティとは
8
今村 俊介
コングロマリット型企業における
ポートフォリオの再評価
12
今村 俊介
企業買収(M&A)における
成功と失敗の分かれ目
16
佐藤 龍太郎
長期的成長のためのケイパビリティ強化
21
関根 正之
利益が減っても支出は維持:
24
グローバル・イノベーション1000
バリー・ヤルゼルスキ、ケビン・デホフ
[富永 和利・監訳]
インタラクティブ・マーケティング戦略
31
第四回 新時代のマーケティングと組織・人材
岸本 義之
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 2
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1
特集◎選択と成長 ∼戦略的レベルのケイパビリティの再考∼
この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
岸田 雅裕(きしだ まさひろ)
(masahiro.kishida@booz.com)
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
ブーズ・アンド・カンパニー 東 京オフィスの
ヴァイス・プレジデント。15年以上にわたり、
知 の 編 集 作 業 を 通じて 戦 略 最 適 解 を 得 る
プロジェクトと、クライアント内部における
実 行の主体性確 立を支 援するプロジェクト
をリードしている。
巻頭言
ケイパビリティを再考し
これからの成長戦略を考える
岸田 雅裕
現 在、多くの日本 企 業は、リーマンショック後 の底 が見 え
二本目の「成長戦略に必要なケイパビリティとは」において
な い 状 況 を 脱し、次 の 成 長 を 考 えるステ ージ に 来 て い る。
は、日本 企 業 が CDS を 考えるため の出 発 点として、ケイパビ
しかし、これまでグローバ ルに事 業 を展 開し、市場を席 巻し
リティの 定 義を説 明してい る。ケイパビリティを用いた事 業
てきた かに見 え た日本 企 業 が 勝 ちパターン を 見 失 い、成 長
ポートフォリオの定性的評価を理 解することで、なぜ、ケイパ
する新 興 国 の 中産 階 級で 他 国 の 企 業 に劣 後する一方、成 熟
ビリティの 整合 性が企業 業 績と高い 相関があるのかが 理 解
した国内市場において残存 者利益獲 得競争に勝ち抜き圧倒
できる。
的な強者となる企業も、ファーストリテイリングなどごく一部
続く「コングロマリット 型 企 業におけるポートフォリオの
を除いて現れていない。
再評価」では、日本の総合電機メーカーを題材として CDS の
ブーズ・ア ンド・カンパ ニーで はケイパ ビリティに 基 づく
活用余 地を 述べている。事 業 の 選 択と集 中が 進まない原 因
戦略構築=ケイパビリティ・ドリブン・ストラテジー( CDS )と
の一つは、そもそも事 業ポートフォリオ管 理に関する議 論が
いうコンセプトを 発 表し、ハーバード・ビジネス・レビュー誌
未 熟 な 点 に あ るということ が、CDS の 視 点 か ら 問 題 提 起
でも好評を得た。ここでいうケイパビリティとは、企業成長の
できる。
原動力となるような組 織的能力のことを指しており、事業を
「企 業 買収( M& A )における成 功と失 敗の 分かれ目」では、
売ったり買ったりすることで成長を目指す欧米 企業に対する
国内の M& A 事例を題材に「自社ケイパビリティ活用型」と「他
提言として書かれたものである。この CDS を日本企業におい
社ケイパビリティ確保型」の買収を比較し、後者になぜ困難が
て考える場合、その意味 合いは大きく異なる。グローバ ルに
付きまとうのかを明らかにしている。
競 争を繰り広げる中、なぜ、米国や欧 州企業においてCDS が
最後の「長 期的成長のためのケイパビリティ強化」では、日
唱 えら れて い るか を 理 解しつ つ、多くの日 本 企 業 に 有 効 な
本企業が短 期のケイパビリティ強化を重 視するあまり、長 期
CDS の 適 用を 考えてみたいというのが 本 特 集である。日本
に成功を収めるためのケイパビリティの捉え方に欠けている
企業では、シナジーを言い訳に事業の選択を先送りする傾向
のではないかと指摘している。
が強いが、正しく自社のケイパビリティを認識した事業ポート
フォリオ を 構 築 する こ と が 、更 な る 企 業 成 長 の た め に 必
日本を拠 点に活動するコンサルタントである我々は、日本
要である。
企 業が 再び成 長 へ の 道 筋を確 かにし、10 年後にも各産 業で
本特集の一本目の記事である「ケイパビリティに基づく戦略
グ ローバ ル にインパクトを与える企 業 に な れるよう支 援 を
構築」はシュミート・バナージ他による英 文 記 事 の 抄訳であ
行っている。グローバル競争における「勝ち組」に残るために
る。この稿は主に欧米 企業の問題 点を念 頭におき、一貫した
は長期的成長のためのケイパビリティ強化に取り組むことが
「勝利のための一連の」ケイパビリティに基づいて事業ポート
鍵を握っているのではないだろうか。
フォリオを展開することを提言している。
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長期的視野で業績回復への道を開くために、
自社のケイパビリティを戦略的に把握することから始めるべきである ̶
この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
ケイパビリティに
基づく戦略構築
著者:シュミート・バナージ、ポール・レインワンド、チェザレ・メイナルディ
監訳:岸田 雅裕
読者が企業のリーダーなら、おそらく最近はコストのことで
戦略としてのケイパビリティ
頭を悩ませる時間が多いであろう。劇的なコスト削減は、企業
の戦略全体を改善し、再構築するチャンスとなる。もちろん、闇
多くの読者は、
「 ケイパビリティ」という言葉を聞くと、従業
雲に経費を節減したり、戦略的視点を欠いたりすれば、企業の
員のスキルセット、または研 究 開 発 やサプライチェーン 管 理
競争力を大きく損なうおそれもある。だが、優先事項と将来の
といった企業の一部門が行う業務の質のような、無形資産の
可能性を見据えて行うならば、コスト削減はまさしく企業が必
ことを考えるであろう。しかし、われわれはこの用語をもっと
要とする変革の触媒になりうる。
限 定的な形で用いる。すなわちケイパビリティとは、それぞれ
残念ながら、多くの企業で行われている経費削減は、それと
の 会 社 が 競 争 を 勝 ち 抜くため に 持 って い な け れ ば なら な
は程遠い。ブーズ・アンド・カンパニーが大手企業を対象に行っ
い、決定的な強みである。
た調査を見ると(図表1参照)、企業はすべての部門に均等に痛
そして、ケイパビリティとは資産(技術、資本、設備、財産権、
みを分担させたり、高コスト分野を最初に標的にしたりしてい
またはブランド名など)に依拠しない。これにはいくつか理由
る。また、長期的な企業のポジションや見通しへの影響を十分
が あ る。第1に、産 業 が 成 熟するにつ れて資 産 は 往 々にして
に検討することなく短 期的な節減効果を追求している。企業
「参加料」になることである。第 2 に、アウトソーシングの時代
がこのような画一的な方法でコスト削減を行えば、長 期的に
にあっては、資産規模の重要性は低下している。第 3 に、特許、
はその企業は弱体化し、やがてはもっと過酷なコスト削減を
ブランド、土地、設備、機械類といった資産は、その性質上、多
要する事態に陥るであろう。
様なポートフォリオ全 体にわたって活用するのがケイパビリ
コストの考え方として正しいのは、最も必要性の高い「ケイ
ティよりも難しい場合が多い。最後に、時間が経つにつれて資
パビリティ」を厳しく見 極め、最 重 要 顧 客へ の 到 達という点
産価値は減耗する。
で明らかに有利なものにのみ投 資することである。このアプ
これに対して、ケイパビリティは失 効することがなく、資 産
ローチでは、新しい 考え方 で「ケイパビリティ」を捉 えること
創造のエンジンになる。自社が所有する既存の油田(資産)に
になる。
依 存 する石油 会 社の戦 略と、新 規 油 田の 発 見 および 開 発 能
力の拡大を目指す戦略の違いを考えてみればわかる。
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特集◎選択と成長 ∼戦略的レベルのケイパビリティの再考∼
シュミート・バナージ
(shumeet.banerji@booz.com)
ポール・レインワンド
(paul.leinwand@booz.com)
チェザレ・メイナルディ
(cesare.mainardi@booz.com)
岸田 雅裕(きしだ まさひろ)
(masahiro.kishida@booz.com)
ブーズ・アンド・カンパニーの CEO 。ヨー
ブーズ・アンド・カンパ ニー のヴァイス・
ブーズ・アンド・カンパ ニー 北 米 地 域 の
ロ ッパ 地 域 の マ ネ ー ジ ン グ・ディレ ク
プ レ ジ デ ント。グロ ーバ ル・コン シュー
マネージング・ディレクター。クリーブラ
のヴァイス・プレ ジ デ ント。15 年 以 上 に
ター を 経 て現 職。世 界 各 地 で 官 民 両 部
マー、メディア、および小売業を専門とす
ンドを拠 点にフォーチュン・グローバ ル
わたり、知の編集作業を通じて戦略最適
門のクライアントに対してコンサルティ
る。マー ケティング、イノベーションおよ
500 企 業 の 大 規 模 な 事 業 転 換 を支 援し
解 を 得 るプ ロジェクトと、クライアント
ング活動を行っている。
び 顧 客 管 理 の 分 野 に お ける ケイパビリ
ている。
内 部における実 行 の主体 性 確 立を支 援
ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィス
するプロジェクトをリードしている。
ティ体系の構築を支える。
図表1 : コスト削減および収益拡大の優先順位
コスト削減圧力が高まる中で、
大半の企業は誤った方法でコスト削減の取り組みを続けている。経営陣は短期的なコスト削減策を優先し、
長期的なイニシアチブにはあまり関心を示しておらず、全社一律のコスト削減やレイオフといった、ありきたりの景気下降期防衛策に甘んじてきた。
レイオフ
全社一律のコスト削減
運転資本の積極的な管理
サプライヤー契約の見直し
裁量支出の削減
価格調整
商品ポートフォリオの最適化
管理階層の削減
新規事業および資産の取得
商品開発への投資
給与の凍結および報酬の変更
販売奨励金の見直し
短期的取り組み
オフショア/アウトソース
長期的取り組み
ニアショア/インソース
マーケティング努力の強化
0
低い
20
40
60
80
100
高い
平均的な優先度
出所 : Shumeet Banerji, Paul Leinwand, Cesare R. Mainardi, Cut Costs, Grow Stronger: A Strategic Approach to What to Cut and What to Keep(Harvard Business Press, 2009)
グー グル の ケイパビリティには、同 社 の 検 索 エ ンジ ン の
行く競争に勝つことができる。
維 持 改 良 の みならず、消 費 者を引きつけるウェブ・ベースの
キャタピラー、トヨタ、HSBC 、プ ロクター&ギャン ブル、
アプリケーションに関する不 断 の イノベーションと、そこで
ネスレ、ジョンソン&ジョンソン 等 々そ の ケイパビリティで
得られた消費 者 集団を広告収 入に変 換する能 力が含まれて
知られる会 社はすべて、商品ライン、部 門および所在 地の 枠
いる。このケイパビリティがあってこそ、グーグルは新サービ
を越えた一 連の持続的投 資を通じて市場における優位性を
スを開発しそれを無 料で提 供することにより、同社のオンラ
獲得している。
イン広告の価値を高めることができる。
同一セクターの企業は市場で勝利するためには同一のケイ
同様にノキアは、プロトタイプ作成のスピードと顧客志向
パビリティを必 要とするように思われるかもしれないが、そ
のデザイン 力、そしてグローバ ルなマーチャンダイズ 力にお
ういう事例は少ない。アップルとデルはいずれもコンピュー
けるその独特なケイパビリティで知られるが、これらがあれば
ター市 場で 競 合するが、両 社の ケイパビリティ群はまったく
こそ、使い勝 手とコストの両面で常に競合他社より一歩先を
異 なる。アップル の成 功は、商品とサービ スに関する不 断 の
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図表 2 : ポートフォリオ決定のための指針マトリックス
過去のポートフォリオ管理の考え方はおおむね財務的尺度に基づいており、
これに市場シェアを組み合わせたものが多かった。
しかし、
ポートフォリオの決定は、財務実績の最も高い事業単位を守ることよりも、共通性を高めることを目的に行うべきである。
基準を
上回る
売却または
成長および拡大
現金を得るために管理
ケイパビリティを
さらに有効活用―または売却
「勝利する権利」の
財務実績
確立・創造
基準を
下回る
ケイパビリティを利用して
業績を改善して売却
規模を拡大
戦略的重要性
および
企業の方向性と乖離
企業の方向性と一致
ケイパビリティ
の共通性
出所 : Shumeet Banerji, Paul Leinwand, Cesare R. Mainardi, Cut Costs, Grow Stronger: A Strategic Approach to What to Cut and What to Keep(Harvard Business Press, 2009)
図表 3 : ある産業におけるケイパビリティの共通性の価値
大手消費財企業についてのわれわれの研究では、少数の重要ケイパビリティにポートフォリオを集中させている企業のほうが、
ケイパビリティのポートフォリオの共通性が低い会社に比べて(EBITマージンで見た場合)高い財務実績を示すことが判明した。
EBITマージン
30%
(
円の大きさは
収益の規模を示す
)
コカコーラ
ハインツ
25%
ケロッグ
クロロックス
リグレー
ゼネラル・ミルズ
20%
P&G
ペプシコ
クラフト
ハーシーズ
キンバリー・クラーク
15%
ユニリーバ
コナグラ
キャンベル
ネスレ
10%
サラ・リー
5%
0
20
40
60
100
80
共通性スコア
出所 : Shumeet Banerji, Paul Leinwand, Cesare R. Mainardi, Cut Costs, Grow Stronger: A Strategic Approach
to What to Cut and What to Keep(Harvard Business Press, 2009)
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特集◎選択と成長 ∼戦略的レベルのケイパビリティの再考∼
本 稿は、シュミート・バナージ、ポール・レイ
ン ワ ンド、チェザ レ・メイナル ディの 共 著
『Cut Costs, Grow Stronger: A Strategic
Approach to What to Cut and What to
Keep』(Harvard Business Press, 2009 )
を も と に 編 集。原 著 はwww.strategy-
business.com/ccgs_bookにて入手可能。
イノベーション、および人とテクノロジーとの 関 わり方につ
リティの共通性に応じてそのポテンシャルを判断する。
いての深い 理 解の賜 物である。これに対してデル の成 功は、
大 成 功をおさめている企 業 の大半 の 経営 者は既にこれと
迅 速 な 納 品、低 価 格カスタマイズ、そして質の高い顧 客サー
同じことを実施している。例えば P&G は、化粧品、洗剤類およ
ビ ス に よ る も の で あ る。同 じ こ と は、自 動 車 メ ー カ ー の
び紙おむつといった一見互いに無関係な消費財セグメントで
BMWとレクサス(トヨタ)についても言える。市 場は同 一だ
競 合 に 参 加し、多 数 の 異 な るブ ランド を 成 功 さ せ て い る。
が攻略ポイントが異なるのだ。
これら のブランド は すべ て、消 費 者イン サイト、ブレー クス
これらの 例から明らかなのは、必 要なケイパビリティを 決
ル ー 型イノベーション、および マーチャンダイズ 力の 分 野に
定するのは単なる市場の力学ではなく、それぞれの企業がそ
おけるP&G の非常に優れたケイパビリティを活用しているの
の市場でどのような役割を演じることを選ぶかにかかってい
である。
るということである。
P&G のみならずどこの企業においても、戦略担当者の仕事
コストの議 論においてこの点は重 要である。なぜ なら、企
はケイパビリティの 共 通 性を確保する、つまり、一貫した「勝
業が 競 合 他社の 持つケイパビリティをリソースと結びつけ、
利のための一連の」ケイパビリティを有するメリットを生かし
往々にして必要もないのにそれを欲しがるからである。競 合
た事業ポートフォリオを組むことである(図表 2 参照)。
他社のケイパビリティと同じものばかり求めていても、決して
本物の勝利を手にする権利を生み出し、あるいは維持すること
長年、ケイパビリティの共通性は企業業績と密接な相関関
はできないし、コストを増大させてしまうだけである。
係があることが示されてきた。一例として、ブーズ・アンド・カ
ンパニーは多様な消費 財企業の共通性を追 跡した(図表 3 参
ケイパビリティ体系
照)。それによると、自社のポートフォリオを少 数の重 要ケイ
パビリティに集中させている企業のほうが、ポートフォリオの
このように、コストを削 減しつつ 体質 強 化を図るには、市
共 通 性 が 低 い 会 社 に 比 べ、支 払 利 息 お よ び 税 引 き 前 利 益
場の力学のみならず、自社がその市場でどのような役を演じ
( EBIT )マージンが 高いことが 判 明した。自動 車や 電 気 通 信
るつもりであるかを理解することが必要である。
といった他の産業でも同様 の 相関関係が見られた。これは、
株 式 市場 のアナリストは、ポートフォリオの 強さを財務 面
経営陣の最も重要な役割の一つがどのケイパビリティに投資
で 測るのが 普 通である。ある会 社 が 高い 業 績を挙げ ている
するかの選定であることを示している。
一 連 のビジネス ユ ニットを 持 つ 場 合、ア ナリスト は「ポート
困難な時期に本質的ではない部分を手放すことで、企業の
フォリオが強い」と言うだろう。業績の低い事業があれば、ア
目的がより明確になり、順調な時期に利用できる重要なケイ
ナリストはそ の 事 業に「要 修正」または「撤 退」というラベル
パビリティを育てることができる。ケイパビリティに基づく正
を付けるだろう。しかし、ポートフォリオについてのこのよう
確 な自己 定 義 は、日々のすべての 経営上の 決 定 ̶ 投 資や
な見方は不完全である。
ポートフォリオの 決 定 ̶ が、自社の戦 略と合 致 することを
われわれの 考える強 力なポートフォリオは、これとは異な
担保するのである。
る。われわれは、各事業を財務実績のみで計るのではなく、そ
Reprint Number: 09501
もそもこれらの事業が同一ポートフォリオの中にある理由を
問い、それらの事 業をまとめて管 理するのに必要なケイパビ
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成長戦略に必要な
ケイパビリティとは
著者:今村 俊介
ケイパビリティの定義
ティは言葉としての認知は広まったが、まだ企業の戦略検討に
十分組み込まれるには至っていないように見える。
ビジネスにおいてケイパビリティ(Capability )という言 葉
企業には様々な能力があるが、その全てがケイパビリティと
は「企業が持つ組織的な能力」という意味であり、具体的には
いうわけではない。競争戦略の議論の対象となるケイパビリ
コスト管理能力や品質管理能力、開発スピードなどオペレー
ティの定義として、下記の 3 つの点を念頭に置いて考える必要
ションの柱となる要素を指すことが多い。経営戦略の実現性
がある。
に影響する要因であり、競争優位性の源泉となるものである。
自社のケイパビリティを理解し、それに磨きをかければ戦略の
第一に、ケイパビリティは「能力」であり、
「設備や人 員」では
実行能力が向上するし、自社のケイパビリティを最大限に活か
ないということ。
せる戦略を選択すれば、競合他社との競争の上で優位性を発
元 来、事業活動は「設備や人 員」
(アセット)とそれらが 持つ
揮できる。
「能力」
(ケイパビリティ)とが一 体となって行われるものであ
ケイパビリティはもともと能力や素質、才能という意味であ
る。しかし、両者は同一のものではない。ケイパビリティを議論
る。スポーツの世界で、パワーに優れた選手や技巧派の選手と
する場合、我々は設備や人 員ではなく、その上に存 在する「能
いうのがある。自らの強みを知り、それに磨きをかけることは
力」に注目する。もし、ケイパビリティが設備や人員と独立して
重要だし、それによってプレイスタイルも変わってくる。パワー
存在し得るのであれば、アウトソースの活用により財務体質を
派にはそれを活かす戦略があり、技巧派はまた異なる戦略が
軽くするという方向に考えていく。
ある。本人の能力を抜きにして戦略を論じることはできない。
アウトソーシングは過去 20 年で産業として大きく拡大して
企業戦略においても同様で、企業という組織が持つ能力・素質
きた。デジタル 製 品 分 野 では 製 造 受 託 企 業( EMS )へ のアウ
(=ケイパビリティ)をよく理解し、それを最大限に活かす戦略
トソースが“定石”になっており、世界最 大の EMS である鴻海
の組立てを考える必要がある。これが、本号にて説明するケイ
精 密工 業( Foxconn )の 売 上は 6 兆 円を 超 える規 模に達して
パビリティ・ドリブン・ストラテジー( CDS )の考え方である。
いる。従 来 から下請けへ の 製 造 外注は存 在したが、それがよ
ケイパビリティという言葉が日本で紹介されたのは1990 年
り大 規模に、システマテックになってきているのが近 年の特
代前半であり、15 年余りを経た今では経営戦略の分野ではよ
徴 だ。アウトソースの対 象 分 野 も 製 造 だけでなく、事務 処 理
く見かける言葉となった。しかし、その意味合いが正確に理解
や IT 、さらには R&D の 一 部にまで拡 大している。この背景に
されているとは言い難く、それが故にケイパビリティの議論は
あるのは、アセットとケイパビリティを分ける考え方だ。
抽象的で漠然としたものになりがちである。結果、ケイパビリ
勿論、ケイパビリティがアセットと密接に結びつき、不可分
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特集◎選択と成長 ∼戦略的レベルのケイパビリティの再考∼
今村 俊介(いまむら しゅんすけ)
(shunsuke.imamura@booz.com)
ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィス
のプリンシパ ル。情 報 通 信、メディア、電
子 機 器 な どの 業 界 を 中 心 に、全 社 戦 略
構 築 お よび そ の 実 行 支 援、事 業 再 生 支
援 など、8 年以 上にわたり多様 なコン サ
ルティングプロジェクトを手掛ける。
のものになっている場合もある。しかし、これを注意深く分析
競 争戦略を考えるにあたっては、市場のニーズへの合 致の
し、業務プロセスをうまく設計すれば両者を分離できるかも
他にもう一つ、競 争 優 位性を 考えることが必 要である。ある
しれない。そうすれば、重たい資 産を外出しできる、と考える
能力が絶対値としていくら高くても、他社が皆同様の水準の
のが世界 の 趨 勢である。両者が一 体であることを尊び、より
能力を持っているのであれば差はつかない。我々が注目すべ
密接に連 携させていこうという考え方を前 提にしていては、
きは、他社との差につながるケイパビリティなのである。
ケイパビリティの議 論 が 似て 非 なるものになってしまう。最
他社にはない強みであり、それが競争優位につながるケイ
終 的にアウトソースを活用するかはさておき、まずは両 者を
パビリティは勿論のこと、他社に劣 後しないために磨き続け
分けて議論することが重要である。
なければならないケイパビリティも存 在する。例えば規格 品
の製造では、規格以上の製品を作れる技術力を持っていても
第 二に、ケイパビリティは市場 のニーズに合 致したもので
競争優位につながらないが、規格品をつくるための技術力の
あるということ。
維持は必須となる。デジタル製品分野では、標準規格が一定
当然ながら、ケイパビリティの議 論の目的は競 争戦略であ
期間ごとに世代更新することが多いので、規格品製 造といえ
り、競 争 優位につながるものがケイパビリティの議論の対 象
ども技 術へ の 継 続投 資が必要 不可欠となる。これもまた、ケ
となる。能 力がいかに高くても、それが 市場で求められてい
イパビリティとして注目しておかなければならない。
ない のであれば 競 争 優 位に寄 与しない。つまり、ケイパビリ
また、当該分野の競 合他社が皆持っているようなケイパビ
ティは、市 場 のニーズや 業 界 の KFS(成 功 要 因)に合 致して
リティでも、他分野への展開を考える場合には大きな武器と
いることが必要である。
なるケースもある。例えば、国 内では 各 社とも 技 術 的に成 熟
ここで注意しなければならないのは、市場は変化するという
しており競争上の差がつかないといった業 界でも、海 外進出
ことだ。過去の市場ニーズや KFS が今後も継続するとは限ら
した際には他 国 のプレイヤーに対して技 術 的な優 位性を 発
ない。例えば、コンシューマエレクトロニクス業 界では、過去
揮できることが過去よく見られた。競 争 優位はあくまでも比
は 技 術 力が 重 要 だったが、今では技 術が 市場 の 要求 水準を
較優位の議論なので、何と比較するかによって議論の組立て
上回り、競争のポイントが価格に移っている分野が多数存 在
が 変わってくる。ただ、いずれにしても、ある比 較 対 象に対 す
する 。この 状 況 で は 、いくら 技 術 に 磨 きを か け て も そ れ が
る優 位性を実現できるのがケイパビリティであり、この 視 点
競 争 優位につながらない。
を忘れないことが重要である。
どんな会社においてもこのような間違いは起こり得るし、
事業部門が事業計画を立てる場合には、自らの組 織 維持・拡
先に挙げた製造受託企業の例を見るまでもなく、グローバ
大が暗黙の前提になっているが故に、このような間違いを生
ル競争の中ではケイパビリティを活かした事業展開が必須と
むバイアスが働くことに留意する必要がある。事 業を推 進す
なりつつある。重要なのは、欧米企業だけでなく、台湾や中国
る熱意と戦略的判断は別物である。必ず客観的視点をもとに
など「後 発」だったはず の 企 業 が既にこういった概 念を実 質
市場 のニーズを見極め、それに基づ いてケイパビリティの議
的に取り入れた展開を始めていることである。悠 長に構えて
論をすすめていくことが重要である。
いる暇はない。今後のグローバ ル競 争に向けて、日系企業は
改めてケイパビリティの 概 念を理 解し、それを事 業戦 略検 討
第三に、ケイパビリティは競 合他社との競 争に大きく影 響
に組み入れていくことを考える必要がある。
するものであるということ。
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図表1 : ケイパビリティを用いた事業ポートフォリオの定性的評価
A社
事業部 1
1a
A 社は2つの事業部門で
行っている事業のケイパ
ビリティの 共 通 性 が 高
く、全 体としてより強 い
1b
B社
事業部 2
2a
2b
事業部 1
1a
1b
1c
1d
ケイパビリティ 1
ケイパビリティ 2
ケイパビリティ 3
競争力を発揮できる
ケイパビリティ 4
ケイパビリティ 5
ケイパビリティ 6
ケイパビリティ 7
B社は事 業 部 門 は1つに
ケイパビリティ 8
まとまっているものの事
ケイパビリティ 9
業部内の 個 別事 業のケ
イパ ビリティの 共 通 性
ケイパビリティ 10
が低く、全体として強い
ケイパビリティの重要性…
高
競争力を実現しにくい
低
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー
ケイパビリティに基づく
の将来 性などの定性要因を加味しにくい点や、事業間のシナ
事業ポートフォリオ評価の考え方
ジーを反映しにくい点などの問題があった。通常、これらの要
素を補足的な議論として加えることでバランスをとっている
大きな会社では複数の事業を営んでいる場合がほとんどだ
が、定型的な検討手法が存在しないために議論が十分噛み合
が、ケイパビリティは市場や競争環境によって定義されるもの
わない例もしばしば見られる。
であるため、それぞ れの 事 業ごとに定 義されることとなる。
本号でご紹 介している手法は、CDS の 考え方に基づく、事
従って、A、B 、C の 3 つの事業を行っている会社の場合は、A 事
業ポートフォリオの定性的評価手法である。具体的には下記の
業、B 事業、C 事業それぞれのケイパビリティが存在する。各事
ステップにより検討を進めていく。
業のケイパビリティがばらばらでもその事業運営自体に支障
はないが、それらの共通性が高ければ会社全体の競争力がよ
① 事業を適切な単位に分類する
り強くなり得る。ケイパビリティを高める投資が集中でき、よ
求められるケイパビリティが異なる事業を分ける。事業部
り効率的に競争力を強化できるからだ。
門は同一でも、求められるケイパビリティが異なる事業が
事 業ポートフォリオの 観 点で事 業 の取 捨 選 択を考えた場
あればそれらを別の事業として分ける
合、ケイパビリティが共通する事業を手元に残し、共通性の低
② 各事業に関わるKFS を分析する
い事業から撤退・売却していくと、事業ポートフォリオ全体を
各事業の対象市場について、市場のニーズを踏まえてKFS
強化していくことができる。これがケイパビリティ・ドリブン・
を抽出する。過去の実績や事業部門の「思い」にとらわれる
ストラテジー(CDS)に基づく事業ポートフォリオ管理の考え
方である。
ことなく、現在の市場環境について客観的な分析を行う
③ 各事業における、当社のケイパビリティを抽出する
事業評価の手法としてはEVA などの定量分析手法が有名だ
市場 の KFSと競 合他社へ の 優 位性の 2 つの 観 点を踏まえ
が、過去の実績をベースとした定量評価であり、競争力や事業
て、当 社 の ケイパビリティを抽 出する。自社 の ケイパビリ
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特集◎選択と成長 ∼戦略的レベルのケイパビリティの再考∼
市場 の KFSと競 合他社へ の 優 位性の 2 つの 観 点を踏まえ
より考案され、欧米のクライアントに提 供して実績をあげつ
て、当 社 の ケイパビリティを抽 出する。自社 の ケイパビリ
つある手法である。日本企業にとっても参 考にすべき点は多
ティ評価は事業部門の自己申告だけでなく、かならず客観
いが、導入にあたっては欧米と日本との議論の前提の相違に
的な根拠を以って評価する
留意しておく必要がある。
④ 各事業の評価を並べた一覧表を作成する
1点目は、事 業 の 選 択と集 中 の度 合 いである。欧 米 企 業は
別々の事業で同様のケイパビリティが挙がっている場合に
事 業 の 選 択と集中を積 極的に行っており、むしろ、事 業 の切
は、同一 のものとしてまとめる。そして、事 業×ケイパビリ
り離しを行いすぎてケイパビリティを損なうこともある。本手
ティのマトリクス表を作成して、各事業のケイパビリティ評
法はこういった 過ちを防ぐために提 案されている側 面があ
価を記入していく
る。一方、日本企業の場合は、シナジーなどを言い訳に事業の
⑤ 事 業ポートフォリオ 全 体としての評 価と今 後 の方 針を議
選択を先送りする事例が多く、むしろ、この手法の導入により
論する
議論を先送りせず決着できるかという点がポイントとなる。
ケイパビリティの共通性を見て、自社の事業ポートフォリオ
2 点目は、ケイパビリティに関する誤 解の存 在である。先に
全体としての強さを評価する(図表1参照)。また、定量評価
述べたとおり、日本企業は能力を資産(設備や人材)に置き換
も勘案しながら、自社の事業ポートフォリオをより強くする
えて議 論 する傾向があり、これがケイパビリティの誤 解につ
ためにどう事業を組み替えていくべきかも議論する
ながっている。このような誤 解が生まれる原因はいろいろ考
えられるが、重要なことは「ケイパビリティ」が今まで 十 分議
この 手 法 は、言 い方 をかえると「シ ナジー の見 える化」で
論されておらず、会 社の 経営陣・幹部 社 員ともこの種の 抽象
ある。
度の高い議論に不慣れな場合が多いということだ。従って導
これまでシナジーというと、やや感覚的な議論になること
入に当たっては、抽象的議論のトレーニングの側面も合わせ
が多かった。企業間の提携や経営統合で大きなシナジーを期
て考えていく必要がある。
待しな がら、実 際 にやってみ るとごく限 定 的 な 効 果しかな
3 点目は、事 業 運営スタイルの 違いである。欧米はトップダ
かったという例は枚 挙にいとまが ない。また他の 業 界でも、
ウンで戦略提示する経営手法が好まれるが、日本では現場主
不 採 算 の 事 業 部 門 につ いて、技 術 面、開 発 面 な ど で の シ ナ
導 のボトムアップ で経営を行うことが 多い。どちらが良いス
ジーを理由に撤 退が先送りになるというのはよく聞く話だ。
タイルかはさておき、日本の場合は制 度 上、事 業部門の言い
図 表1の B 社 のような 状 態 でも、わず かなシ ナジーを 理 由に
分がそのまま経営戦 略に反 映されてしまう傾向があるのは
1d の事 業が温存される。シナジーと一言で言っても、どの程
事実である。従って、本検討においては、
「 客観的評価」の導入
度の範囲や強さなのか、あるいは、何故それが 実現されるの
をより強く意識して行っていく必要がある。
か、といった 点が曖昧になりがちなのでしっかりとした議 論
いくつかの留意点はあるものの、この手法の有効性は明ら
にならないのである。
かで あ る。日 本 企 業 各 社 の 方々にも 是 非、今 後 の 経 営 戦 略
本手法は、事 業の定性評価から初めて、事 業間のシナジー
検討にあたっての参考にして戴ければと思う。
を明確な論 拠 の下で視 覚化できる。個別事 業の定性評価は、
市場や競合に関する客観的分析に基づくケイパビリティ評価
であり、事業部門の主観的判断に基づく恣意的な議論に陥る
可能性も少ない。また、議論を一貫した合理的ステップに従っ
て構築できるため、関係者間での共有がしやすく、また、検証
も容易となる。
事業の定量評価と組み合わせることにより、合理的で納得
性の高い 経営判 断を行うことが で きるようになることが 期
待できる。
日本企業での活用にあたっての留意点
本手法はブーズ・アンド・カンパニーのグローバルチームに
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この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
コングロマリッ
ト型企業
におけるポートフォリオ
の再評価
著者:今村 俊介
コングロマリット企業における課題と
CDS の活用余地
らダイナミックに事業転換を図ったのとは対照的である。
何 故、事 業 の 選 択と 集 中 が 進 ま な い の か。経 営 者 のリー
ダーシップの問題や、事業転換の実行面での困難さも一つの
国内には多様な事業を営むコングロマリット企業がいくつ
要因だが、そもそも事 業ポートフォリオ管 理に関わる議論が
もあるが、総合電機はそのうちの一つの典型的なパターンで
しっかり進められていないという問題もあるように見える。
ある。国内の総合電機業界は 80 年代まではグローバルでの市
具体的には次の 4 点である。
場シェアも高く収 益 力もあったが、90 年代 以降シェアは低下
傾向を辿り、利益率も低迷を続けてきた。金融 危 機 の 影 響を
1 )議論の対象となる事業の単位が適切でないこと
受 け た 09/3 期 は 東 芝、ソニー、シャープ、NEC が 営 業 赤 字に
総合電機は多様な事業を営んでおり、この全てを経営の場
転落し、日立も上場企業最大の最終赤字を計上した。
で 個 別 に 議 論 するの は 現 実 的 で は な い。そこで 何らか の グ
総合電機の凋落にはいくつかの要因があるが、その一つが
ルーピングをして議論することになるが、総合電機の組織体
広すぎる事 業展開であることは幾度となく指 摘されてきた。
系は製品分野の類似性や過去の経緯をもって行われており、
電 化 製 品 の 黎 明 期 には 技 術 や人材 の 集 約 の 観 点 から 総 合
事 業モデルや市場 性に沿った 分 類になっていない。また、存
展 開 の 意 味 は あった が、市 場が 成 熟して 対 象 範 囲 が大 きく
続させたい赤字 事 業を黒字部門の中に入れて赤字を見えな
広 がった 現 在 で は、総 合展 開 はむしろ 非 効 率 だと 思わ れる
くするといった例もあり、さらに実 態 がわかりにくいものと
からだ。
なっている。実績数値はあがってくるが、それが適切な事業単
しかしながら、事業の選択と集中は遅々として進まない。日
位での集計になっていなければ正しい現状把握は難しい。
立は 2000 年代前半に、全事業の 2 割を入れ替える計画を打ち
出したが、結果的に入れ替えたのは 1割にとどまり、それも同
2 )競争力の評価が主観的に行われていること
じ事業分野の事業を売り買いしていたため、全体としての事
事業計画は基本的に部門積み上げの形となっており、内容
業ポートフォリオはほとんど 変わらずに終わった。他 社も多
の 検 証 が十 分されることが ない。例えば Siemensでは、200
かれ少なかれ似たような状況にあり、IR 資料を暦年で並べて
人 規模 の 社内シンクタンクがあって市場 分析 や 競 合 分析を
見ても事 業 構成に大きな変化は見られない場合が多い。GE
行っているが、国内電機の経営企画部門はそれほどの陣容は
や Siemens などのグローバル大手が M& A なども活用しなが
なく、個 別 事 業 の 競 争力や 今 後 の戦 略を事 業 部 門とは別 の
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特集◎選択と成長 ∼戦略的レベルのケイパビリティの再考∼
今村 俊介(いまむら しゅんすけ)
(shunsuke.imamura@booz.com)
ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィス
のプリンシパ ル。情 報 通 信、メディア、電
子 機 器 な どの 業 界 を 中 心 に、全 社 戦 略
構 築 お よび そ の 実 行 支 援、事 業 再 生 支
援 など、8 年以 上にわたり多様 なコン サ
ルティングプロジェクトを手掛ける。
視点で検証できていない場合が多い。この結果、競 争力評価
明確な基準を以って効果と複雑性のコストを議論できる
に事 業部門の主観によるバイアスが入りやすくなり、客観的
4 )最終的には事業ポートフォリオは事業×ケイパビリティの
視点に基づく経営判断が妨げられる要因となる。
マトリクスの形で視 覚化されるが、この縦軸・横軸それぞ
れについては個 別議 論で 十 分討 議されているため、枠 組
3 )シナジーの定義が曖昧であること
みに関わる納得性も担保できる。また、全ては企業全体と
総合電機のようなコングロマリットでは、ある事業を撤退・
しての 競 争力につながる議 論で一貫 されているため、議
売 却しようとしても他事 業とのシナジーを 理由に結 論 が 先
論の迷走を防ぐことができる
送りされることも少なくない。そもそも総合家電の事 業はい
ずれも広 義 の 電 機 分 野なので技 術 面・営 業 面で関 連 のある
勿論、この手法は経営判断を自動的に導き出すようなもの
事例は探せば必ず出てくる。問題は、シナジーの有無ではなく、
ではない。個別の経営判断はある指標を持って機械的に行う
そのメリットが 複 雑 性のコストを上回るかという点である。
ようなものではなく、会社の経営陣自身により十 分議論され
しかし、メリット・コスト双方に関わる適切な評価尺度がない
るべきものだ。しかし、総合 電 機 のように多様な事 業を 包む
ため議論の焦点がぼやけてしまう。
コングロマリットでは、一貫性がありかつ網羅的な経営討 議
を行うこと自体が 難しいものとなる。この 手法は、その 経営
4 )事業全体を通した討議が行い難いこと
議論を助ける道標を提供する。これにより、従来もやもやとし
コングロマリット型企業では事業部門の数が多いため、個
ていた定性議論が可視化され、経営会議の議論がより深く、
別事業の実績や事業計画をとりまとめるだけでも多大な作業
納得性の高いものとなる。これが CDS 導入で期待できる効果
になる。定量的な数値分析は様々な分析手法も存在しており
である。
自動化できる部分もあるが、定性的議論を取り込むための方
法論は各社各様であり、どうしても工数と時間がかかってしま
ケーススタディ
う。結果的に、取りまとめの「作 業」に忙殺されてしまい、肝心
の検討の時間が十分とれず、議論が未消化に終わることが多
概 念的な話だけではわかりにくいので、日立とソニーを例
い。一方 で、経営判 断は都度 行っていかなければ ならないた
にしてCDS の視点からの問題提起をしてみたい。
め、結果的に、コンセンサスの取り易い結論で決着させてしま
日立製作所は、金融危機に端を発する世界同時不況の影響
う傾向が強くなる。
により、09/3 期に国内上場企業 最 大の最 終赤字を計上した。
株主総会が終わった後の7月に、同社は社会イノベーション事
今回紹介しているケイパビリティ・ドリブン・ストラテジー
業を軸に再建を図る旨の方針を発表し、日立情報システムズ、
( CDS )による事 業ポートフォリオ管 理の枠 組みは、このよう
日立ソフトウェアなど上場子会社 5 社を完全子会社化した。さ
な問題を解決するための方法論になり得る。
らに12 月には公募増資で資本増強を図り、現在に至っている。
1 )事 業単位については求められるケイパビリティが同様 か
日立が目指す社会イノベーション事業というのは、日立自身
否かという観点で再定義を行う
の定義であり、事業ビジョンと呼ぶべきものである。一般には
2 )それぞ れの 事 業における自社の ケイパビリティ評 価につ
「社会イノベーション業界」なるものは存在しない。日立グルー
いては事業部の主観だけでなく、市場分析・競合分析に基
プの事業のほとんどを含む広い概念なので、既存の事業展開
づく客観的視点も入れて評価を行う
との矛盾はないが、それが戦略的に意味があるかについては
3)シナジーの議論については、ケイパビリティの共通性という
疑問が残る。そもそも電力や都市開発と産業システムは対象
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1.1 日立が進める社会イノベーション事業
安定的な高収益構造の確立
■
■
■
グループ総合力による環境価値創造
高信頼性社会基盤・関連サービスのグローバルな展開
情報技術を駆使したより安全・安心な社会基盤の創造
融合等による
差別化 優位技術の開発・適用
差別化
ビジネスモデル革新
融 合
強い事業群
電力システム
環境・産業・健康
システム
社会イノベーション事業を差別化する
材料・キーデバイス・サービス等
グループ経営基盤
情報・通信システム
営業力
研究開発力
都市開発・
交通システム
人財力
モノづくり・品質力・
コスト革新力
高度IT基盤
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出所 : ソニー IR資料
出所 : 日立製作所 IR資料
顧客が全く異なるし、公共インフラ分野にしてもITと機械設備
ことを目指している。例えば、11月に行われたソニーの会社説
ではケイパビリティが共通だとは考え難い。投資ファンドの投
明会では、ハード・ソフト・サービスのシナジーの一例として、
資先選定基準としてなら意味があるかもしれないが、事業会
「 PlayStation3+SCE の ゲームソフト+ソニー の 液 晶TV 」の
社としての展開を考えた場合、
「 社会イノベーション」なるドメ
組み合わせによる新しいエンターテイメント体験が紹介され
イン定義は広すぎて機能しにくいと言わざるを得ない。
ている。
日立全体を見た場合、高い収益を上げているのはITシステ
これは確かに素晴らしいことだが、CDS の観点から考える
ム部門であり、公共・金融システム構築に強みがあることから
とあまり効果的な事業展開とは言えない。TV 機器とゲーム機
収益の安定性も期待できる。昨年上場子会社 5 社を完全子会
器とソフトはケイパビリティ的に異なる事業であり、結果とし
社化したが、これを IT 系 3 社に絞り、さらに未上場のものも含
て素 晴らしいハー モニーを 奏 でることはあるかもしれない
めたグループ内の IT 関連会社の吸収を優先した方が良かった
が、それを実現するためには相当な経営資源の投入が必要だ
かもしれない。社 会基 盤関連の ITシステム構築を軸足として
からである。それに、きれいな画面でゲームを楽しみたいので
本体に取り込み、その他の事業は外に出して事業投資先とし
あれば、シャープのテレビでも良いような気もする。そもそも
て抱えるような構造にする。関係会社の再編は多大な労力を
ユーザー 側の立場からすれば、全ての 機 器とサービスを同一
伴うので、その他事業は投資先と割り切って再編には着手せ
ブランドにしたいという欲求はあまりないのである。
ず、コアとするIT 事 業関連の 会社群の取り込みと融合とに全
ソフトとハードとの融 合的価値を訴求するという点では、
精力を注ぐ。CDS の 観 点から考えると、このような方向 性が
Apple も 同 様 だ が、こ ち ら は か な り 展 開 方 法 が 異 な る。
日立の再建を最も確実にする道であるように見える。
Apple は PC( Mac )か ら ポ ー タ ブ ル オ ー ディ オ( iPod )、ス
マートフォン( iPhone )と事業を展開してきたが、基 本的には
ソニーは 09/3 期決算で営業赤字に転落した後、活発に事業
本体の軸足はハードにある。iTMS で楽曲や iPhoneアプリを
構造転換を進めてきた。グループでの共同購買を推進し、北米
販売しているが、自らレコード会社を持ったりソフト開発をし
のTV 生 産 工場を EMS 最 大手 の Foxconnに売 却するなど、事
たりすることはなく、あくまでもソフト流通の場を作っている
業構造の改善を進め、第1 、第 2 四半期は当初見込みを上回る
に過ぎ ない。ハードについても製 造は EMS にアウトソースし
業績で推移している。
ており、個別部品も汎用品を多用している。つまり、Apple 本
ソニーの場合、対象とする顧客は一般コンシューマであり、
社が行っているのはユーザーに提供するサービスの全体設計
その面では日立と比較してターゲットは明確である。そしてソ
とハード組 込 みソフト(ユーザーインターフェース)の 作り込
ニーは個人向けを軸に製品からソフト、サービスへと幅広く事
みだけである。ソニーと比 較 するとケイパビリティ活用の 効
業を展開し、全体としてユーザーに革新的な経 験を提 供する
率は大きく異なる。
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特集◎選択と成長 ∼戦略的レベルのケイパビリティの再考∼
革 新 的 な ユー ザ ーエ ク スペリエ ン スを 提 供 する と い う
できるが、多様な事業それぞれの調査を同時並行的に行うに
ソニーのコンセプトは魅 力的だし、ソニーにそのような構想
は相応のスキルが必要になるし、また、結果的に適切な分析が
力があることも事実だろう。しかし、CDS の観点から見ると、
できたとしても、社内政治力学上、それが正しく受け止められ
今の事業展開は効率が悪いと言わざるを得ない。外部の力を
ないこともある。外部の第三者による市場調査・競 合調査を
積 極 的に活 用し、自社はキ ーとなる製 品(パーソナル デバイ
活用することで、調査分析の実行力と、結果に対する納得性を
ス)に集 中する。製 造 面については既に着手されている通り
担保できる。
EMS 活用を積極的に進める。自社のケイパビリティについて
は、特 定の 技 術では なく、もっとメタ的なもの、つまり、ユー
③ ファシリテーション機能
ザーに提 供 するサービ スの 構 想 力 や、他 社を 巻 き 込む 場づ
事業ポートフォリオの議論は、経営陣のみならず、事業部長
くりなどに昇華させていく。これによって、今 の産 業 構 造 の
クラスも交えて議論することが重要であり、結論について各部
中 でソニー の 理 念を具 現 化し、市 場にお いて 高 いプレ ゼ ン
門長がしっかりと腹落ちすることも必要である。この納得性を
スと収 益を実現することが可能になるのではないか。
担保するためには議論を尽くすことが重要だが、会社によって
は部門横断・階層縦断的な議論の経験が少なく、議論がうまく
CDS 導入にあたっての留意点
進まない場合も多い。戦略を理解し、また、ファシリテーション
の技術にも長けた外部の専門家を活用することにより、議論
最後に多様な事 業を営むコングロマリット型 企業が CDS
の活性化や、社内での討議に関わる共通言語の形成、最終結
を導入する場合に留意すべき点を整理しておきたい。
論についての腹落ちが実現できる。
事業ポートフォリオの検討は会社の根幹に関わる重要課題
であり、また、結 論について各事 業 部 門をはじめとした関 係
総合 電 機に代 表されるようなコングロマリット 型 企 業 の
者 がしっかり腹 落 ち することが必 要である。従って、CDS 導
事業構造は複雑であり、それを取り巻く事業環境も年々変化
入にあたっては経営陣や経営企画部門だけでなく、各事業部
していく。従って、一回の議論で正解が得られると考えるのは
門長を含む事業側の主要メンバーをしっかり巻き込んでいく
間違いである。徹 底的に議 論し、その 過程を見える化した 上
こと が 重 要 で あ る。一方、社 内 だ け の 検 討 で は 十 分カ バー
で、毎年見直しをかけて軌 道修正を行っていくことが重要で
できない可能性がある課題もあり、こういった点については
あ る。コングロマリット 型 企 業にとっての CDS は、そ のよう
適宜、外部の力を使うことによって客観的かつ効率的にCDS
な検討を後押しするフレームワークなのである。
導入を推進することができる。
① 検討過程における複雑性のマネジメント
検討においては、まず全ての個別事業の中身を分析して、事
業区分の妥当性を検証しなければならない。また、個別のケイ
パビリティ検討においても、各部門からの見解を集約し、それ
を検証しつつ、外部調査も行い、結果を一覧性のある形で視覚
化する必要がある。これには複雑かつ膨大な作業が必要とな
り、自社の経営企画部門で行うには負担が大きい。ここで外部
を活用すれば少なくとも作業リソースの補充になるし、また、
この ような 複 雑 な 作 業 の 管 理 に 長 け た コ ン サル ティング
ファームに 委 託すると、作 業 効 率 を 大 幅 に 改 善 すること が
できる。
② 客観性の担保
検討の中でも特にケイパビリティの評価においては、事業部
門の主観的分析だけでなく、市場や競合に対する客観的分析
が求められる。社内の経営企画部門などが調査を行うことも
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この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
企業買収
(M&A)
における成功と失敗の
分かれ目
ケイパビリティは買うべきか?
著者:佐藤 龍太郎
ご存知の方も多いはず。これらは全てゼンショーが展開するブ
ランドだ。両社は 2000 年以 降、互いに競い合うように数多く
この度の金融危機で一時休止しているが、日本の流通・小売
の買収を続けてきたが、そのパフォーマンスは明暗が分かれ
セクターでは、つい 2 ∼3 年前まで異 業 種や異 業 態 間の M&A
たと言っていいだろう。
( 図表1参照)
がブームであった。縮小が続く国内市場において成長するに
吉野家が M&Aを積 極 展 開するようになったのは、2000 年
は、事 業の多角化や新業態開発が不可欠であり、自社事 業に
の持ち帰り寿司チェーンの京樽の買収から。一時はBSE 問題
は ない 新たなケイパビリティを、買収によって獲 得しようと
の 影 響を受けてM&A の動きが 後 退したが、本 業 の業 績回復
いう動 きで あった。百貨 店 のブランド 訴 求 力 の 取り込 み を
に伴い 08 年あたりまでは再び積極的な M&Aを展開した。しか
狙った セ ブ ンイレブ ン に よるミレニアムとの 事 業 統 合 や、
し、これまでに手がけた買収の多くは、うまく言っているとは
洗 練されたトレンド発 信力の獲 得を狙ったファーストリテイ
言いがたい。京樽は当初計画よりも前倒しで再建が完了した
リングによるセオリーの買収、中食業態とフランチャイズ運営
ため、一時はM&A の成功事例と目された。ところが、その後実
ノウハウの獲得を狙ったすかいらーくによる小僧寿しの買収
行した上海エクスプレス、ラーメン一番本部などは、十分な業
などは、その典 型的な例だろう。しかし、これらのケイパビリ
績回復ができなかった。上海エクスプレス、わのか(京樽傘下
ティ獲 得 型 M& A の 多くが、当 初 期 待したほどの 効 果を 生み
の和食業態)、ハミータコーポレーション(回転寿司)からは既
出せていない。M& A の成 功確率は 30% 程 度しかないと言わ
に撤退し、ラーメン一番本部も累計 20 億円の赤字計上を行い
れているが、その中でもケイパビリティ獲得型M&A は成功する
撤退が決定した。
「 はなまる」も利益が伸びず、08 年 2 月期にの
のが 難しい。M& A における成 功と失 敗の 分かれ目は何なの
れ ん減 損 損 失15 億 円を計上、ステーキ「どん」も 09 年 3月∼ 5
か。外食業界におけるM& A 事例を通じて考えてみたい。
月期に最終赤字( 2 億円)に陥っているという状況である。
一方のゼンショーの M& A 展開は、2000 年に実 施したココ
対照的な「吉野家」と「ゼンショー」によるM&A
ス ジャパ ン の 買 収 か ら 始 まる。以 来、約 8 年 間 で 15 件 も の
M& A を手がけ、04 年 度には吉 野 家の 売 上 高 を抜き 去った。
市場の縮小が続く外食業界では、2000 年以降、事業の多角
売上規模の拡大スピードもさることながら、同社の M& Aで圧
化を狙った M&A が活発 化した。特に積極的だったのが、吉野
巻なのは、買収した 企 業 のコストダウン 効 果 だ。調 達 改善と
家とゼンショーの 2 社である。ゼンショーという社名には馴染
オペレーション改 善により、食 材コストと販管 費を削 減し、
みが薄いかも知れないが、牛丼のすき家やなか卯、ファミリー
ココスとビッグボーイの 経常 利 益 率を買収 後 の 1年間で 3 ∼
レストランのココス、サンデーサン、華屋与兵衛などと言えば、
4% 改 善さ せ た。買収 後 に 撤 退した の はカッパクリエイトと
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特集◎選択と成長 ∼戦略的レベルのケイパビリティの再考∼
佐藤 龍太郎(さとう りゅうたろう)
(ryutaro.sato@booz.com)
ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィス
のプリンシパ ル。小売、サービス、消費 財
等 の 分 野を中心に多様 な 案件を手 掛け
る。特に、事 業 再生に関 する 豊 富 なプ ロ
ジェクト経 験を有し、企 業 変 革を実現す
るチェンジ・マネジメントの手法に精通。
図表1 : 吉野家とゼンショーの連結業績と主な買収案件
吉野家
売上高
(億円)
3,000
ゼンショー
営業利益率
(%)
12
営業利益率(右目盛)
売上高
(億円)
営業利益率
(%)
3,000
12
10
2,000
8
売上高(左目盛)
10
8
2,000
6
6
4
1,000
2
4
1,000
2
0
0
-2
2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
00年: 京樽買収(持ち帰り寿司)
(京樽傘下のわのか
(和食)
からは撤退)
01年: 上海エクスプレス(中華宅配)
03年: ハミータコーポレーション(回転寿司)
石焼ビビンバ(ファーストフード)
06年: はなまる買収(ファーストフード)
07年: ラーメン一番本部買収
(ファーストフード)
牛繁ドリームシステム買収(焼肉)
08年: どん買収(ファミリーレストラン)
撤退
09年撤退
03年撤退
09年撤退
0
0
-2
2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
00年: ココスジャパン買収
(ファミリーレストラン)
01年: ぎゅあん買収(焼肉)
02年: ビッグボーイジャパン買収
(ファミリーレストラン)
日本ウェンディーズ買収(ファーストフード)
09年撤退
大和フーヅ買収(食品メーカー)
05年: なか卯買収(牛丼)
06年: カタリーナ・レストラン・グループ買収
(米国)
07年: サンデーサン買収
(ファミリーレストラン)
スシロー/カッパへの資本参加
提携解消
08年: 華屋与兵衛買収(ファミリーレストラン)
出所 : 各社IR資料より
ウェンディーズ。いずれの事業も黒字であったが、今後大きな
方向性が変わってくる。吉野家は事業領域の拡大が目的だか
成 長 が 見 込 め な い と い う 判 断 で 撤 退 と なった 。買 収 先 が
ら、自社にない業態や運営ノウハウを買収によって獲得すると
グループ 業 績の足を引っ張ったために撤 退した訳ではない。
いう方針になる。一方のゼンショーは、品質とコスト競争力の
同 社 の M& A は 吉 野 家との比 較 にお いて成 功 確 率が 高 いと
強化が目的だから、規模の経済効果の追求と川上統合を狙う
いえるであろう。
という方針になる。M&A の判断基準も対照的だ。吉野家の安
部社長はM&A の対象について、
「 高級業態や、はやりものはや
『自社ケイパビリティ活用型』か、
らない、大 衆 向けのビジネスかどうかが 基 準だ」と語ってい
『他社ケイパビリティ獲得型』か
る。吉野家にとっては、買収先の事業形態が大きな判断基準の
ようだ。ゼンショーの買収の判断基準は明確ではないが、買収
両社の M&A パフォーマンスの違いは一 体どこから生まれ
後に撤 退した 2 つ の 事例から類 推してみよう。同 社 がウェン
たのか比較してみたい(図表 2 参照)。まず両社ではM&Aを実
ディーズから撤退したのは、日本マクドナルドが強いハンバー
行する目的が根本的に異なる。吉野家の狙いは牛丼事業への
ガー業 界では大きな成長が見込めなくなったからである。ま
依 存度を下げるための事 業領域の拡 大にある。これに対して
た、カッパクリエイトから撤退したのは、スシローの買収が頓
ゼンショーの狙いは、マス・マーチャンダイジングの実現によ
挫して、回転寿司セグメントでは大きなシェア向上が見込めな
る品質とコスト競 争力の向上だ。目的が異なるため、M&A の
くなった か らで あ る。そこ か ら 判 断 する と、ゼ ン ショー の
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図表 2 : M&Aアプローチの違い
吉野家
ゼンショー
目的
事業領域の拡大
品質とコスト競争力の向上
方向性
ないものを買う
あるものが強くなるものを買う
判断基準
形態
ケイパビリ
ティ
の捉え方
大衆向けビジネスか?
勝ち組になれそうか?
(買収先の事業形態)
(セグメント内のシェア)
多角化型
統合型
企業再生能力?
活用する自社
ケイパビリティ
(本来はロイヤルカスタマー構築能力)
活用の
スタンス
買収先 ⇒ 自社
『他社ケイパビリティ獲得型』
コスト・コントロール能力
自社 ⇒ 買収先
『自社ケイパビリティ活用型』
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
M&A における最大の関心事は、個別の買収先の業績やセグメ
削減といった、オペレーション改善がゼンショーの強みだ。こ
ントの成長性ではない。おそらく、同一セグメント内で最終的
の強みのおかげで、一見共通性のない数多くの業態を有して
に勝ち 組になれるかどうかという点にありそうだ。おそらく
も、収 益 を 改 善 さ せること が で きる。同 社 はコ スト・コント
買収の際 の判断基 準も同様 の点を重 視しているものと推 測
ロール能力というケイパビリティを、買収した企業に一貫して
できる。
活用した。これが同社の M&A の成 功要因である。繰り返しに
以上のような違いから、結果として実行された M&A の形態
なるが、ゼンショーの M&A は、単に統 合 型であったから成 功
も対照的になってくる。吉野家はうどんやラーメン、ステーキ
した訳ではない。同社は結果的に、吉野家と同程 度の事 業領
な ど、単 品 型 の 業 態 を 中 心 に、自 社 には な い 新し い 業 態 を
域 に 進 出 する こ と に 成 功 して い る( 2009 年 末 現 在、ゼ ン
次々 に 買 収して い く、
「 多 角 化 型」の M&A 展 開 で あ る。ゼ ン
ショー、吉野家共に 5つの事業領域に展開。ゼンショー:牛丼、
ショーは、牛 丼、ファミリーレストラン、ファーストフードとい
レストラン、ファーストフード、焼肉、宅配/吉野家:牛丼、テイ
う、柱となる事 業 領域内での 企業 買収と、食 品メーカー へ の
クアウト、ファーストフード、レストラン、焼肉)。ゼンショーは
川上進出を狙う、
「 統合型(水平統合、垂直統合)」の M&A 展開
買収先がどんな事業領域にあっても、一貫して自社のコスト・
である。このように言うと、
「 多角化型 M&A 」の成 功確率が低
コントロール能力を活用して買収 先の改善活動を行った。こ
くて、
「 統合型 M&A 」の方が成功確率が高いという話になって
のためコンスタントに買収先の業績改善を実現することがで
しまいそうだが、話はそう単純ではない。吉野家とゼンショー
き、結果的に事業領域の拡大にも成功した訳だ。
の M&A パフォーマンスの差を分けた要因は 2 つあると考えて
一方の 吉 野 家 だ が、こちらは 買収の 際、ど ん なケイパビリ
いる。一つは、両社が M&A に活用したケイパビリティの捉え方
ティを活用しようとしたのか明確に見えてこない。買収先のテ
であり、もう一つが、M& A におけるケイパビリティの活用スタ
コ入れ策にも一貫性がない。はなまるうどんに対しては、店舗
ンスである。
管 理マニュアルの展開を試みたり、ラーメン一 番に対しては
ゼンショーと吉 野 家 が、買収において活用したケイパビリ
屋号の変更や価格帯の見直しを行ったりと改善の方針がマチ
ティについて比較してみたい。ゼンショーのケイパビリティは、
マチだ。吉野家には会社更生法の適用後に再生を果たした過
店舗単位での緻密なコスト・コントロール能力である。店舗人
去がある。そのこともあってか、破綻 企業の救済型 M&Aを数
員の食器の下げ 方などに踏みこんだ、地道な動作改善による
多く実行している。自社のケイパビリティを企業再生能力と捉
生産性向上や、店員のしつけによる水道光熱費や廃棄ロスの
えたのかもしれない。しかしそれは、様々な事業領域の買収先
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を着実に再生できる、再現性の高いレベルまで昇華できてい
は正しい。しかしM&A によって時間の短縮効果が期待できる
なかったということであろう。本来、吉野家が比較優位性を持
のは、人 員や設備、ブランド、特許や技 術などの 有形、無 形 の
つ強みは、牛肉、たまねぎ、米といった使用食 材に対する強い
アセットを買収する場合である(アセットとケイパビリティの
こだわりと、継続的な商品の品質改善によって、忠誠心の高い
違いについては既に述べたが、アセットが人 員や設備などの
顧客を作り出す、ロイヤルカスタマー構築能力であろう。比較
有形・無形の『資産』を指すのに対して、ケイパビリティは組織
優位性のあるケイパビリティを正しく捉えて買収先の選定を
としての『能力』を指す)。例えば、海外の新規市場への参入の
行い、一貫した改善テーマを実行すれば、結果も変わっていた
際に、現地の販社を買収するようなケースが相当する。販社が
のではないだろうか。
持つ人的資産や販売網はアセットであり、これを買収すること
次に、ケイパビリティ活用のスタンスを比 較してみたい。ゼ
による時間の 短 縮効果は期 待できる。しかしケイパビリティ
ンショーの M& A は、自社にあるものを更に強くする企業を買
は、アセットのように一旦買ったらすぐに使用可能なものでは
収する方 向 性であり、買収の 際に他 社 からケイパビリティを
ない。新たなケイパビリティを自社の組織に定 着させるには、
獲得するという動機は弱い。新規、既存業態に関わらず、買収
相当な時間を要するからだ。そもそも買収先のケイパビリティ
先には一貫して「コスト・コントロール能 力」を軸とした改善
を取り込むという行為には、心理的なハードルがある。買収し
策を展開しており、買収の際のケイパビリティの流れは、自社
た側に一種の支配的心理が働き、買収先から真摯に学び取る
⇒他 社 の方 向 を 意 図してい る。
『 自社ケイパビリティ活 用 型
姿 勢になれないことがある。加えて、自社には存 在しない他
M& A 』と言えるだろう。
業 界 の ケイパビリティを取り込むといっても、業 種 毎に必 要
加 えて 言うと、ゼ ンショー は 今 の ところは、事 業 規 模(ス
なケイパビリティの質が異なるのが常である。買収先のケイパ
ケール)自体ではなく、ケイパビリティを活用するという意図
ビリティを、形だけ自社に移 植 するのは 危 険を 伴う。自社の
の方 が 強 いように見 える。外食 企 業にお いて 業 態 横 断 的に
強みを殺 さずにケイパビリティを取り入れるには、ある程 度
スケールメリットを出すことは、簡単そうに見 えて実は意 外
の試行錯誤の時間が必要だ。アセットを買う場合と比べれば、
と困 難 だ。例 えば、生 鮮 食 品 な どは 同 一 規 格 品 を 同 時 期 に
買収による時間の短縮効果も限定的となる。
大 量確保すると却ってコスト高になったり、食 材の共 通化を
実 現 するため のメニュー 変 更で、顧 客 へ の 悪 影 響 が 懸 念 さ
2. ケイパビリティは使うことで磨かれる
れたりする。ゼンショーはハードルの高い規模の活用は後回し
そもそも論になるが、ケイパビリティは買収して身につくも
にして、まず はケイパビリティを 活 用した 改 善にフォーカス
のではない。自社が使う過程で身につけたり、進化したりする
してい るのであ ろう。このことが 業 態 を 問 わず に改 善 効 果
ものであろう。ゼンショーは他社からケイパビリティを得よう
を 実 現 することにつな がり、結 果 的 な 多角 化 にも成 功した
とせず、自社のケイパビリティを買収先に展開し、その活用の
要因といえる。
経験をつむことで、全体のケイパビリティを進化させた。逆に、
一方の吉 野 家の M& A は、事 業 領 域を拡 大 させることが目
外部から新たなケイパビリティの獲得を狙った吉野家の方は、
的であり、自社にないものを買うという方向性である。当然、
全体としてどんなケイパビリティが向上したのか明確でない。
自社にはない 新 規 業 態や 運営ノウハウを他社 から獲 得した
ケイパビリティはアセットとは異なり、統合効果は単純な足し
い という動 機 は 強 い。買 収 の 際 に 意 図して い る ケイパ ビリ
算にはならない。一見すると、他社からケイパビリティを取り込
ティの 流 れ は、他 社⇒自 社 の 方 向 で あり、
『 他 社 ケイパ ビ リ
んだ方が、全体としてプラスになるような錯覚をしてしまうの
ティ獲 得 型 M& A 』であ る。吉 野 家 が 過 去 の M& A にお いて低
だが、逆に、自社のケイパビリティを繰り返し活用して、経験を
いパフォーマンスに終わった大きな要因は、この『他社ケイパ
つんだほうが、全体のケイパビリティが向上するということが
ビリティ獲得型 M& A 』のスタンスを取ったためであろう。
起こり得る。
なぜ『ケイパビリティ獲得型 M&A 』は難しいのか?
3. TakeではなくGive のスタンスが必要
M&A 成 功の可否は、よく、PMI(ポスト・マージャー・インテ
買収によって異業 種や異業態からケイパビリティを獲得す
グレーション)にあると指 摘される。買収 先に見 返りを求め
るのは、非常に困難である。理由は 3 つある。
すぎる M& A は、買収 後に様 々 な 確 執を 生 んでしまうリスク
1. 時間を買ったつもりが、実は、相当時間がかかる
が 高い。これまでに数々の M&Aを成功させてきた日本電産の
「 M&A には時間を買う効果がある」という意見がある。これ
永守社長は、PMIについて、
「一生懸命こちらが尽くして、その
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会社の内部に入り込んで行って、会社の再建をやらせてもらう
のが現実の姿」と語っている。PMI をスムーズに進めるために
は、相手にあるものを Takeしようとするのではなく、押し付け
にならない程度に、自社のノウハウをどうか使ってくださいと
いうスタンスで臨む必要がある。ゼンショーは買収後の初期
に共通して、買収先の新規出店を積極的に推 進していること
に注目したい。PMIを成功させるために、買収先にメリットの高
い政策を Giveするアプローチをとっていることがうかがえる。
ないものを買うな、あるものが活かせるものを買え
他社のケイパビリティを取り込むというスタンスではなく、
自社が優位性を持つケイパビリティを正しく捉えて、そのケイ
パビリティを活用するというスタンスで買収を検 討するべき
である。多角化を否定している訳ではない。多角化自体を直接
的に狙うのではなくて、あくまで自社のケイパビリティ活用の
延長線上にある、結果としての多角化を狙うべきである。
買収を行うには、通常 25 % 程 度の買収プレミアムが発生す
ると言われている。買収をした時点では、買い手としての財務
効果はマイナスである。買い手は最低限このマイナスを上回る
だけ、買収先の企業価値を向上させなければならない。M&A
の成否の分かれ目は、そのケイパビリティを自社が持っている
かどうかにある。ところが買収を検討する際には往々にして、
自社のケイパビリティではなく、買収先のケイパビリティに目
を奪われてしまう。
「 買収 先のケイパビリティは買収プレミア
ムと見合うのか」といった誤った観点での議論になりがちだ。
買収はショッピングではないのだが。筆者の経験では、優秀な
リターンを挙げているバリューアップ・ファンドは、買収先の検
討はもちろんのこと、自社のケイパビリティにも十分に着目し
た検 討がなされている。良い投 資 案には「なぜ自社が買収す
る必要があるのか」が、十分に考え抜かれていることが多い。
M&Aを検討する際は、自社が持つケイパビリティを再考され
ることをお勧めしたい。
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この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
長期的成長のための
ケイパビリティ強化
著者:関根 正之
これまでの章で議論したように、ケイパビリティは企業を成
しかし、業界の構造がある程度変化することが避けられな
長させ、また他社と差別化し収益を得る大きな原動力である。
い長期にわたり成功するためには、得意なケイパビリティを強
しかし、ケイパビリティを継続的に強化し長 期にわたる成長、
化するだけでは難しくなる。市場ニーズなどが大きく変化しな
また 高 収 益 を 実 現 することは 必ずしも 容 易で は な い。あ る
い期間においてはケイパビリティとニーズの間に差異が多少
程 度の 外的環境の変化が避けられない数十 年という期間に
存 在しても、その差は差 別化されたケイパビリティの利点で
わたりケイパビリティを強化し成長を実現できている企業は
十分に補える。しかし変化の大きさが臨界点を越えると、これ
数えるほどしかない。また多くの日本企業では、これまで成長
まで長 所であった 点 が 市 場にお いて余り意 味をなさなくな
の原動力としてきたケイパビリティが機能不全に陥っており、
り、やがてむしろ欠点としてみえるようになる。こういった状
再 度 成 長を 図 るためにケイパビリティを再定 義 する必 要 に
況においては自らを見つめなおし、事業環境を客観的に理解
迫ら れて い る。本 稿 で は長 期 にわたる成 長、高 収 益 を 実 現
し自らのケイパビリティを再定義することが不可欠になる。
するための課 題と解決 策を、ケイパビリティという視 点 から
多くの 企 業 は 短 期 の ケイパビリティ育成は比 較 的 得意で
議論したい。
あ る。有効なケイパビリティを構築できない企業は競争の表
舞台にたつことすらできないので、世間の注目を集める企業、
長期的なケイパビリティ強化は
一定の成 功をおさめて上場を果たすような企業は少なくとも
短期での強化とは異なる
一度は短期的な意味ではケイパビリティの構築に成功してい
るとも言える。しかし、長 期的なケイパビリティの強化は自ら
まず理解すべきことは長期的視点でのケイパビリティの強
を客観視し、基本的にはトップダウンのリーダーシップにより
化は短期的視点でのそれとは根本的に異なることである。業
変化させることが必要になるため、多くの企業、特に日本企業
界によって期間は異なるが、多くの業界では 5 年、10 年程度の
にとっては大きな課題となっている。
比較的短期であれば、活用できる技術の種類や顧客のニーズ
など 競 争構 造を 大きく変 えるような 変 化はあまり起こらな
短期ではケイパビリティ強化に成功したが
い。このような状 況においては、ケイパビリティを強化するた
長期では失敗した事例(日本の半導体)
めには、顧客や市場の声に対応し課題を一つ一つ改善するよ
り、むしろそれらをある程 度 無視してでも自らの意 思に従っ
短 期的なケイパビリティの育成には成 功したが、長 期的な
て得意なケイパビリティを伸ばすことが 有 効な場合が多い。
強化で躓いた典型的な事例の一つが日本の半導体業界、特に
既に顕在化している市場のニーズに日々対応しているだけで
ロジック半導体と呼ばれる分野である。かつて1980 年代には
はネガティブをなくし平均点をとることはできても、競合と明
日本の半導体は世界市場を席巻した。その原動力は微細加工
確に差 別化されたユニークなケイパビリティを育てることは
技術であった。同じものをより微細に加工できるためにコスト
難しい。
及び性能上の優位を得ることができた。微細加工技術は単に
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関根 正之(せきね まさゆき)
(masayuki.sekine@booz.com)
ブーズ・アンド・カンパ ニー 東 京 オフィスの
ディレクター。10 年以 上にわたり、自動車、ハ
イテク、機 械、消 費 財、金 融 等 の 顧 客 企 業 に
対する事 業戦 略、全社戦 略構築、組 織改革等
のコンサルティング経験を有する。
図表1 : GEにおける事業領域とケイパビリティの推移
市場の活用
機能の専門性
買収
オーブン
レンジなど
市場の活用
消費者信用
市場の活用
消費者向け
商品 / サービス
技術の応用
商用
ジェットエンジン
技術の応用
技術の応用
軍用
ジェット
エンジン
市場の活用
技術の応用
蒸気タービン
白熱電球と
発電機
ガスタービン
技術の活用
技術の応用
技術の応用及び
市場の活用
技術の応用
真空管
無線送信機
資産担保融資
消費者金融
家電製品
レーダーと
超音波探知機
技術の応用及び
市場の活用
航空宇宙産業と
誘導装置
市場の活用
技術の応用
X線装置
放射性画像
市場の活用
医療画像診断
出所 : Gerald Adolph, Justin Pettit, Merge Ahead, McGraw-Hill, 2009
技術的な能力というだけでなくケイパビリティと言うべきもの
が、日本企業は対応が遅れ、現時点では欧米の競合 企業に致
であった。組織全体が微細化で優位に立つことを最優先の目
命的ともいえる差をつけられてしまった。客観的な事 業環境
標として追い求め、組 織としての 行動様 式を規 定するまでに
の理解に基づく長期的なケイパビリティの強化に失敗した事
浸 透していた。それが 故に一つの技 術ではなく多くの画期的
例と言えるだろう。
な技術を発展させ、少なくとも技術の何世代かにわたり優位
を維 持することが できた。まさしく微 細 化というケイパビリ
長期でも成功している事例( GE )
ティにより産業史に残る成功を収めた事例と言える。
しかし、1990 年代後半以降、微細化技術の有効性が次第に
事業環境の変化に合わせ自社のケイパビリティを変革する
失われてきた。日本の半導体企業の微細化加工技術の優位自
ことは、日本企業のみならず 世界的優 良企業にとっても決し
体は依然として保たれていたが、微細化での優位が多くの分
て容易なことではない。しかし、それでもいくつかの優れた企
野で余り意味のないことになってしまった。微細化が進んだこ
業は自らを変革し、長 期にわたり大きな成長を果たして高収
とで複雑な半導体が作れるようになり設計のコストは増加し
益を実現している。例えばGEは自らを 永 続 的に変 化させ 続
た。また量産化に必要な製造設備への投資額も非常に大きく
け、結果的に企業全体としては高い成長と収益性を維持し続
なった。これらの固定 費が増加したことで半 導体製品は一つ
けている。図表1はGE の創業以来の事業領域及び事業に付随
の製品あたりの製造量が相当に大きくないと経済的に割りに
するケイパビリティの推移を概 観している。GEはこれまでの
あわなくなってしまった。この状況では比較的製造量の少ない
100 年以 上の歴 史の中で技 術の陳 腐化など大きな事 業環 境
カスタム製品が得意な日本企業は効率が悪くなり、製造量の
の変化に何度も遭 遇してきた。その厳しい環境の中において
多い標準品を得意とする欧米企業に優位な状況に変化してし
も 技 術を 他 の市 場 に 応 用したり、同じ市 場 に 対して異 なる
まった。日本企業は、微 細化技 術を進めれば進めるほど戦況
技術や製品を展開したりすることで少しづつケイパビリティの
はますます自分たちに不利になるという皮肉とも言える状況
形や範囲を変え発展し続けている。現時点でGEが対象として
に陥った。新しい市場環境においては、特定のアプリケーショ
いる事業領域、個別事業レベルでのケイパビリティは創業時は
ンを理 解しその 分 野で標 準を確 立することが必要であった
もちろん 30 年前と比較しても結果的に大きく変容している。
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特集◎選択と成長 ∼戦略的レベルのケイパビリティの再考∼
GE がこのように事業の領域を変えつつも企業全体として活
資源を活用することが最も確実に必要なケイパビリティを構
力を維持できているのは、個別事 業レベルのケイパビリティ
築する選択 肢であるということは少なくない。もちろん買収・
を少なくとも他社よりも円滑に変容することができたことに
提携にあたっては明確なシナジーがあることを確認し、さらに
加え、より汎用的に活用できるメタケイパビリティに優れてい
お互いの文化的な相性まで考え円滑な統合が図れることを精
る点も大きい。GE ではどの事 業であれ有 効な 管 理を行える
査する必要はある。しかし、致命的な不整合が起きている場合
組 織 としての 仕 組 みや ケイパビリティ、ま た 優 れ た 経 営 者
には、そうでない場合と比べてより多くのリスクをとってでも
自体を育成するケイパビリティを築いている。また図表1には
外部資源の活用を考えるべきである。どれだけのリスクを取
表現されていないが、GE でさえも当然のことながら成功事例
るべきかを判断するためにも自社が保有しているケイパビリ
とは言えない事業を過去には多く抱えていた。これらの事業を
ティと事 業環 境の 整合 性を客観 的に見極めることが 重 要で
全体に大きな影響を与えないうちに整理できたことも全体と
ある。また、買収・提 携をうまく行うこと自体が汎用的なメタ
しての活力を維持できている大きな理由である。
ケイパビリティの 一つであり、失 敗 も含めて多くの ケースを
経 験することで多くの日本企業に欠けているこの貴重なケイ
成功事例と日本企業の差異及び日本企業への示唆
パビリティを育成することもできる。
三番目の違いとして、日本企業は事業からの撤退が不得手
成功している企業と多くの日本企業と何が違うのだろうか。
であることがあげられる。事 業環 境の変化に合わせてケイパ
その差を考察することで、日本企業が自らを変革し長 期的に
ビリティを再構築する段階では、不要になるケイパビリティを
ケイパビリティを強化するための示唆を導き出したい。
事業とともに整理することは不可欠である。短 期的な視点で
一番目の違いは、成功している企業は単一事業を越えてよ
ケイパビリティを強化する際にも、必要となるケイパビリティ
り汎用的に活用することのできるメタケイパビリティを構築し
が異なる事業を整理することで経営資源を集中し強化を加速
ている点である。GEは医療 機 器など個々の事 業単位でも優
できる。従って不要な事業を適切に整理できないことはケイパ
れたケイパビリティを保有しているが、それとは別に、管理能
ビリティを強化するための大きな障害となる。
力に長けた優れた経営者を育成するケイパビリティ、シックス
日本企業においてはむしろケイパビリティは事業の整理を
シグマなど汎用的なプロセスであっても効率化を進めるケイ
回避する最 大の論 拠として使われることが多い。事業単体で
パビリティなどより汎用的なレベルのケイパビリティを強固
は存続する理由が見つからない場合でも、この事業をやめる
に構築している。個々の事業に直接結びつくケイパビリティは
と開発能力や営業能力が損なわれ、他の事業に損失を与える
事業環境の変化の影響をさけることは難しいが、優れた経営
という説明がされる。しかし、こういった議論を仔細に分析す
者を育成するケイパビリティはほぼ永続的にほとんどの事業
るとケイパビリティの概念をあいまいに実際よりも広い範囲
において効果を発揮しうる。こういったケイパビリティを構築
に適 用していることも多い。現 場からこういった意 見が でる
することは容 易なことでは ないが、自らの ケイパビリティを
と、現場の詳細を理解し得ない経営者は事業の整理を推し進
正しく把握し、意図してそれをより汎用的なものにする努力を
めることに躊躇してしまう。
続ければ、企業をより強固なものにすることができるだろう。
こういった議論を収束させ、保有するケイパビリティと整合
例えば、トヨタの 生 産 効率を改善するケイパビリティはもと
する事業ポートフォリオを構築するためにも、先ずは自社が保
もとは日本 の文化を前 提とし他の国 へ の展 開は難しいと考
有しているケイパビリティと事業環境の整合性を客観的に評
えられていた。しかし、より普遍的なものに発展させようとす
価することが重要になる。
る明示的な努力により現在では文化の異なる地 域において
も通用し、他社と差別化を図ることのできるケイパビリティと
成 功事例、失 敗事例などを参照し、長 期的な成長を図るた
するまでに発展させている。
めの課題と対応策をケイパビリティという視点で論じてきた。
二番目の違いとして、日本企業は内部成長を重視し、買収・
ケイパビリティの機能不全に陥りつつある企業が完全な機能
提 携などを 通した外部資 源の活用を 避ける傾向があげられ
停止にいたることを未然に防ぎ、新たなケイパビリティを再定
る。一般的に買収・提携の成功確率は決して高くない。むしろ
義し再び長 期的な成長 の道を見いだす一助になれば幸いで
過 半 の ケースで は当 初 想 定した 効 果 を 実 現 で きてい な い。
ある。
しかし、自社が保有しているケイパビリティが事業環境と致命
的 な不 整 合を 起こして い る 状 況 にお いては、それでも 外 部
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利益が減っても支出は維持:
グローバル・
イノベーション
著者:バリー・ヤルゼルスキ
ケビン・デホフ
監訳:富永 和利
1000
景気後退にかかわらず大半の企業はイノベーション投資を継続しており、
景気回復を見据えた競争力の構築に向けてR&D支出を増やしている企業も多い。
この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
世界経 済が大不況に陥った時点で未 知数だったことの1つ
企 業 のイノベーション 支出についての調査であるGI1000
は、企業が研究開発に関して有言実行を貫き、本当に資金を出
は、2009 年で 5 年目を迎える。これまでと同様に、製品やサー
し続けるかということだった。大多数の経営者は、R&D支出は
ビスの研究開発支出上位の上場企業1000 社を特定した。加え
競 争上 必要 不可欠なものであり、経営が厳しいからといって
て、2009 年 は 景 気 後 退 に 対 する 各 社 の R&D 対 応 につ いて
削減するものではないと主張してきた。2009 年の「グローバ
アンケートや 個別インタビューを実 施し、230 社・約 300人の
ル・イノベーション1000(GI1000 )」調 査 結 果 をみ ると、イノ
経営や R&D 担当幹部から回答を得た。
ベーション支出額トップ企業は「有言実行」であった。2008 年
すべての企業が R&D支出を維持あるいは増額したわけでは
の R&D支出額は前年比 5.7 %増となり、伸び率は前年の10 %
ない。GI1000 の 4分の1以上は、2008 年のイノベーション予算
増を下回っていたものの売上成長率 6.5 %に沿った数字となっ
を縮 小した。イノベーション 支 出 額の 多い上位 20 社の 場 合、
た(図 表1参 照)。GI1000 社の 2008 年 の 営 業 利 益 が 8.6 %、純
R&D支出の伸び率は、前年の10.7 %に対し、3.2 %にとどまっ
利益が 34%も落ち込んだことを考えると、この R&D支出額の
た。さらに、2009 年に入ってイノベーション支出の下降を示唆
増 加は特 筆に価する。今 年 の調 査 対 象 企 業 の 3 分 の 2 以 上 が
する兆しもある。しかし、2009 年第1四半期の決算を発表した
R&D支出を維持あるいは増額している。調査対象企業の経営
522 社では、R&D支出が 7.4%縮小したものの、売上高の減少
幹部の 90 %以 上は、景 気回復に備えてイノベーションを最重
率18.5 %に比べ れば半分以下であった。また、R&D 支出額 が
要課題として捉え、その過半数が技術ポートフォリオの拡大や
多い上位企業は、不況時の投 資戦略を検 討する中で、設備投
新しい製品の開発を追求している(図表 2 参照)。
資を抑えてもR&D支出は増やしている(図表3 参照)。
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バリー・ヤルゼルスキ
(barry.jaruzelski@booz.com)
ケビン・デホフ
(kevin.dehoff@booz.com)
本 稿には、顧 問 編 集 者エドワード・H・ベ
富永 和利(とみなが かずとし)
(kazutoshi.tominaga@booz.com)
イカーも貢献した。
ブーズ・アンド・カンパ ニー フロ ーハ ム
ブーズ・アンド・カンパ ニー フロ ーハ ム
ブーズ・アンド・カンパニー東 京オフィス
パーク(ニュージャージー州)オフィスの
パーク(ニュージャージー州)オフィスの
のプリンシパ ル。自動 車、機 械、エレクト
ヴァイス・プレジデ ント。ハイテク・工 業
ヴァイス・プレジデント。イノベーション
ロニクス、エネルギー等の 分野でコンサ
関 連 クライア ント に 関 する 業 務 を 率 い
事 業 のグローバ ル・リー ダーを 務 め る。
ル ティング経 験を有 する。ニューヨーク
る。20 年を超えるコンサルティング経 験
15 年 以 上 にわたり、研 究 開 発、テクノロ
事 務 所 勤 務 に 加 えて、欧 米 亜 市 場 の グ
を持ち、専 門 分 野は、企 業・製 品 戦 略、製
ジー 管 理、商品 企 画、新製 品 開 発 などの
ローバル案件を多数手がける。自動車/
品 開 発 の 効 率 性・効 果、中 核 的 イノベー
分 野において、クライアントの成 長と業
製造業プラクティスのメンバー。
ション・プロセスの変革など。
績改善をサポートしている。
図表1 : R&Dと売上高
図表 2 : 新たな製品、市場及び成長のためのR&D
R&D支出の伸びは2008 年、若干ペースを
シニアエグゼクティブとイノベーション・リーダーを対象とした我々の調査から、
落としたものの、対売上高比(点線)は
4分の3近くがR&Dポートフォリオを維持もしくは拡大しており、
3分の2近くが成長と新市場のための製品に注力していることが明らかになった。
2008 年も従来の水準を保った。
基準年:1997年=1.0
R&Dプロジェクト・ポートフォリオの変化
2.5
売上高
2.0
規模
構成
拡大
38%
47%
成長可能性のある製品が増加
維持
35%
16%
新市場向けの製品が増加
17%
既存市場向けの製品が増加
大きな変化はない
R&D支出
1.5
1.0
売上高研究開発費比率
1997
2000
2005
縮小
21%
14%
分からない
6%
6%
分からない
2008
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
厳しい時期にあっても企業がイノベーション支出を減らし
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
図表 3 : 設備投資が
減少する中でR&Dは維持
3.9%
たがらない理由は、主に3 つある。
イノベーション支出額が多い
上位100 社は、設備投資を削減する
1. まず、イノベーションは企業戦略の核である。近年の熾烈な
中でもR&Dを現状維持した。
グローバ ル競 争環 境を踏まえると、イノベーションへの取
2007−08年の支出の変化
「グローバル・イノベーション1000」の
上位100社
り組みを 減らすことは 戦 争で 武 器 を捨てるようなもので
ある。
2. 企業の製品開発サイクルは、往々にして一時的な景 気後退
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
期間を大きく上回るため、R&D 費を急激に減らすことに至
らない。また、次のイノベーション・サイクルを逃すことは景
気回復後の脱落を意味するため、長 期的なイノベーション
支出は減らせない。
3. 経営基盤がしっかりしている企業は、基盤が脆弱な競合他
R&D
‒1.0%
設備投資
社を引き離す絶好の機会と考える。イノベーションのペース
を 維 持できれば、景 気が 本 格 的な回 復 基 調に入った 暁に
市場シェアを素早く奪取できるということだ。
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調査対象企業の3分の2以上は、
R&D支出を維持あるいは増額していた。
とはいえ、イノベーションの上位企業でも景 気後 退の対応
ことも明らかになっている。
策 は 取って い る。今 回 イン タビューした 経 営 幹 部 全 員 が、
景 気 悪 化 の 影 響は、産 業によって大きく異 なっており、最
R&D 投 資 効率を上げるために「賢い使い方」を推し進めてい
も厳しい影響を受けたのは自動車産業であった。自動車部門
ると答えた。景 気後退は、イノベーション支出において3 つの
で R&D 支 出 額 上 位 10 社 の うち 9 社 が、2008 年 の イノベ ー
傾向を生み出している。
ション 支出を削減した。たとえば、59 年ぶりの 赤 字に転 落し
・ 企業は理論系や応用系の研究を減らし、代わりに製品開発
たトヨタ自動車は、イノベーション支出額の世界トップという
にシフトしてい る。この 傾 向 は 数 年 続 いており、回 答 者 の
地位は守ったものの、R&D 支出を 6 %近く削減した。一方、ソ
44 %は R&D 予算のうち基 礎研究と先行開発に充てるのは
フトウエア・インターネット業 界は景 気後 退を好機と捉 えて
20 %未満であると答えている。景気後退はこれに拍車をか
いる。同業 界でイノベーション支出額が多かった上位 10 社の
けている。経営層の優先順位は景気回復を見据えた新製品
うち 8 社は、2008 年の R&D 支出を増額した。コンピュータ関
の上市 であり、回 答 者 の 40 % 近くが 基 礎 研 究 から新 製 品
連・電子機器産業のイノベーション支出は 4% 超の増大となっ
開発へ経営資源をシフトしていると答えた。
たもの の、R&D 支出が増 大した企 業 の 割 合は 基 本 的に昨 年
・ 景 気 悪 化 を 受 け て、多くの 企 業(今 回 の 調 査 で は 全 体 の
40 %)がイノベーション・プロセスの効率化をスピードアッ
プしていた。
と変わらなかった。
( 図表 4 参照)
損失を出している企業でさえも、必ずしも R&D 支出を削減
してい るわけで は な い。GI1000 企 業 の ほぼ 3 分 の 1が 2008
・ 景 気悪化へ の反 応として、企業はリスクに対して消極的に
年に損失を計上したが、それらの企業でも R&D 支出を減らす
なって おり、調 査 回 答 者 の 半 数 近くが 以 前 より保 守 的 に
傾向は増やす傾向をわずかながら下回るレベルであった(図
なっていると答えている。トレンドとして、新製品開発の承
表 5 参 照)。つ まり、景 気 後 退 の 影 響 が どの ような も ので あ
認 基 準を 変えたり、既存顧客との関 係を緊密 化したり、競
れ、企業はイノベーション活動を全 体 戦略における重要な要
合他社と市場をよりいっそう注視している。
素とみなしていることは変わらない。
景気悪化が世界のイノベーション活動に与える影響はこの
戦略上の重要課題
ように様々ではあるが、来るべき景 気回復に備えてイノベー
ションのアクセルを 今 踏むことが、競 争 優 位性を築くチャン
290 人の経営幹部とR&Dリーダーを対 象とする2009 年の
スであると考えている企業が多い。
アンケートの 結果は、企 業戦 略におけるイノベーションの重
要性を裏付けており、2009 年イノベーション支出も同水準を
景気後退の影響
維持することを示唆している。回答者の70 %は、2009 年の研
究開発支出を維持あるいは増額する計画を立てていると述
GI1000 調査の対象企業も、世界的な経済低迷の影響を受
べており、4 分の 3 近くは景気後退期でもイノベーション・ポー
けている。全体的に、2008 年の R&D 支出額は 5,320 億ドルと
トフォリオを維持、拡大したと報告した。
なり、2007 年比 5.7 % 増という順 調な伸びを 示したもの の、
景 気後退がイノベーション活動の強化のきっかけとなった
2006 年から2007 年における10 %増には及ばなかった。総売
ケースもいくつかあった。たとえば、年間売上高 63 億ドルの郵
上 高 は 6.5 % 増 の 15 兆ド ル と なった が、こ の 場 合 も ま た、
便サービス機 器 会 社ピツニーボウズ( Pitney Bowes )社は、
2006 年から2007 年 の10 % 増に比べ ると小さな伸び であっ
景気が本格的に落ち込むことを想定しながらもイノベーショ
た。この結果、対象1000 社の R&D 支出の対売上高比率は、横
ン 投 資を 増 やした。健 全な財務 体質 を 踏まえるとR&D 支 出
ば い の 3.6 %となった。また、過 去 5 年 の 調 査 結 果と同 様に、
を増やすことは可能であると判断し、景 気が回復に転じれば
企 業 の R&D 支出額と業 績とは直 接的・統 計的な 相関が ない
競争優位性を築けると見通していたのである。
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図表4 : イノベーション支出額上位10 社
順位
会社名
R&D支出
08
(百万ドル)
2008 2007
2007年比
増減(%)
本社
所在地
業種
日本
自動車
売上高比
(%)
1
1
トヨタ自動車
8,994
‒5.7
4.4
2
4
ノキア
8,733
5.7
11.8
フィンランド
コンピュータ・エレクトロニクス
3
8
ロシュ・ホールディング
8,168
5.5
19.4
スイス
ヘルスケア
4
7
マイクロソフト
8,164
14.6
13.5
米国
ソフトウエア・インターネット
5
2
ゼネラルモーターズ
8,000
‒1.2
5.4
米国
自動車
6
3
ファイザー
7,945
‒1.8
16.5
米国
ヘルスケア
7
5
ジョンソン・エンド・ジョンソン
7,577
‒1.3
11.9
米国
ヘルスケア
8
6
フォード
7,300
‒2.7
5.0
米国
自動車
9
11
ノバルティス
7,217
12.2
17.4
スイス
ヘルスケア
10
12
サノフィ・アベンティス
6,695
0.8
16.6
フランス
ヘルスケア
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
図表 5 : 経済的打撃にかかわらず、企業はR&Dを増大
赤字決算でも、減益でもR&D予算は拡大。
R&D支出を減額
純利益を計上
17.2%
52.0%
14.3%
損失を計上
純利益が増大
純利益が減少
R&D支出を増額
16.5%
8.4%
22.2%
26.7%
42.7%
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
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「イノベーションの強化とは、
必ずしも多くの資金を注ぐことではない。
資金をどのように使うかということである」
経営 状 況 が 芳しくなくても、イノベーション活 動を縮 小し
フォテイメント・プラットフォーム開発 案件は、これまで類を
な かった 企 業 も あった。ア プ ライド マテリアルズ( Applied
見ない規模のものだ。言うまでもなく自動車市場の劇的な落
Materials )社の半導体装置事業部門のハンス・ストーク氏に
ち込みで我々の売上も打撃を受けているが、だからといって
よると、受 注は大 幅に落ち込 んでいるものの、製 品 技 術のイ
開 発 の 手 綱を緩めるわけにはいかない のである。1∼ 3 年 後
ノベーションに対 する顧客 の 要望は強まるばかりだと言う。
の上市に向けて粛々と物事を進めなければならなかった」。
「我々の顧客である半 導体メーカーは、資 金 が減っても手を
コンピュータ関連・電子機器産業の競争環境は熾烈を極め
緩めない。彼らの競 争原 理からすると不況のサイクルが終わ
ている。IBM でインテル・ベースのサーバー部門を率いるサン
る時により強くなれるよう、イノベーションを推し進める」。
チェス氏は、製品開発期間が製品そのもののライフサイクル
景気後退は、製品ポートフォリオやイノベーションのプロセ
を上回るほど長い水準にあるため、開発サイクルを絶えず更
スとコストについて、今まで以 上に経営の 慎 重さを招く。そ
新する必要があると指摘する。
「 投資パイプラインを突然干上
れが、多くの企業にとってイノベーションの起爆剤となってい
がらせるわけにはいかない。サイクルを 逃すと市場から締め
「 非常に慎重にならなければなら
る。IBM のサンチェス氏は、
出されるからだ」。
ない状 況、つまりより少ない投 資でより多くの成果を挙げな
製 品 開 発サイクルは、経 済サイクルに合わせて 変 えること
ければならない状況に置かれたときに、平時ではありえない
が できない わけではない。クラフトフーズ( Kraft Foods )の
レベルの創造性が生まれる。イノベーションの強化とは、必ず
新 興 国 市 場 向けの R&D 担 当上 級 副 社 長 のアラン・グラント
しも多くの 資 金を注ぐことではない。資 金をどのように使う
氏は、毎年何千 もの 製 品 が 開 発されてい る消 費 財では開 発
かということである」と指摘する。
サイクル に 柔 軟 性 が な いと言う。
「 小売 の サイクルを 考える
と、1年中新製品の開発が求められる」とグラント氏は指摘す
製品とサイクル
る。しかし、新 製 品 の 開 発 や 投 入 時 期 を 柔 軟 に 変 えざる を
えない状 況に直面したのも事 実である。
「 景 気後退前に開発
今回インタビューしたイノベーション担当の経営幹部全員
検討していた高級品を据え置きして、購買 力の低下に対応で
が、短 期 的に R&D 支 出を削 減 で きない大きな 理 由として製
きる 低 価 格 型 の 製 品 に切り替 え たケースも 多 々あった」と
品開発サイクルの制約を挙げた。理由は単 純である。新製品
グラント氏は言う。
の開発に要する時間の長さは産業によって異なるが、その長
さは月単位ではなく年 単位のものだ。たとえば、新車 開 発は
景気回復に向けたイノベーション
最 大4 年、新薬開発は 10 年以 上かかることがある。しかし、典
型的な景 気後 退 が1年以 上 続くことは滅多にない。そのよう
今回インタビューした経営幹部の 殆どが、いずれ回復する
な傾向は、今回の 景 気後 退 がイノベーション 支出に与えるマ
であ ろう世 界 経 済 に備 え た 競 争力 の 維 持を 強 調していた。
イナスの影響を軽減している(図表 6 参照)。
ハーマンのようにイノベーションを維持した企業こそが 真の
ハーマンインターナショナル (Harman International) は、
競争優位性を築くであろう。ラードン副社長は、
「 この不況か
ハイエンドのカーオーディオとインフォテイメント・システム、
ら抜け出した時、我々はより筋 肉 質 であるとともに、高い 技
プロとマス向けのオーディオ機 器を手がける年商 30 億ドル
術 力を持っていなければならない。これは、戦 略 そのもので
のメーカーである。彼らの売上の75 %は自動車関連 だが、景
あり、我々の企業文化の根幹である」と言う。
気後退に突入した時、自動車メーカー向けに13 種類ものカー
また、ハーマンのイノベーションはグローバ ルな 転 換を 進
オーディオシステムを開発していた。いずれも遅らせるわけに
めている。これまでプレミアム自動車市場向け製品を事業の
はいかないプロジェクトであった。ハーマンのラードン氏は、
中核にしてきたハーマンは、中国とインドにおいて「ゼロベー
次のように語る。
「 今 回の 景 気低 迷 期に取り組 んできたイン
ス」で 中 価 格 帯 インフォテイメント・システムの 開 発 に 取り
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図表 6 : 製品開発サイクルは長いが、景気後退期間は通常短い
厳しい経営環境にあっても企業がイノベーションを削減できない1つの理由は、製品開発サイクルが景気後退期間より長い点にある。
製品開発サイクルと景気後退期間の比較
製薬
半導体
ハイテク医療機器
ハイテクB2B機器
自動車
飲料
ハイテク電子部品
B2C電子機器
1945-2001年
の平均的な
景気後退
10カ月
月数
0
2007年12月
−2009年9月
22カ月
20
1929年8月
−1933年3月
43カ月
40
60
80
100
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
かかった。通 常 2 ∼3 年かかるところを1年以 内 の 開 発リード
と認めている。
タイムに短 縮して、上市 まで のスピード アップと共に大きな
今回インタビューした R&D 担当幹部のほぼ全 員が、短 期・
コ スト 削 減 を 目 指 す。この 戦 略 的 な 動 き に より、アジ アの
長 期的なイノベーション ROI の改善を目標に掲げ ている。ア
自動車市場の回復を捉えることを虎視眈々と狙っている。
ンケート回 答 者 の 40 %超は、今回の 景 気低 迷を機に無 駄 な
こ の 1年、劇 的 な 崩 壊 に 直 面 し た GM も、前 を 見 て い る。
R&D 支出を抑えるためのプロセス改善に取り組んだと答え、
2009 年夏に破 産手 続を終了した後、ブランドの 徹 底 縮 小を
「悪いプロジェクト」にうまく見切りをつけられるようになっ
中心とした 大改 革 で R&D は大 幅に収 縮した。それでも、GM
たと答えた。たとえば、3 分の 1以 上の企業は具体的な期間が
のグローバル R&D 担当副社長のアラン・タウブ氏は、
「 リスト
定まっていないプロジェクトを打ち切るとしており、40 %超
ラクチャリングを機に事業の優先順位を整理しなおした GM
は成長ポテンシャルを特定できる新製品開発にシフトしてい
は、前 進 する準 備 が 整ってい る」と語る。GM は、自動 車 の 将
ると答えた。クラフトフーズのアラン・グラント氏は、
「 小さな
来の姿を技 術的に研究するだけでなく、そもそも顧客が欲し
暫定的プロジェクトをたくさん手がけるのではなく、数を絞り
ているものとは何か、を追求している。
込んでより大きなアイデアに焦点を当てている。つまり、景気
後 退 で R&D ポートフォリオの 選 別 基 準 が 変 わった。厳しい
イノベーションの ROI
経 済 状 況をみながら、何を第一 線に持って行き、何を 切り捨
てるか、の秩 序が生まれた」と語った。
景 気悪化は、経営基盤の強い企業にビジネスチャンスをも
きわめて困難なイノベーション環境に直面したアプライド
たらしたが、殆どの 企 業 のイノベーション活動に何らか の 形
マテリアルズの ケースを 考えてみよう。景 気後 退でウエハー
で 影 響を及ぼしている。イノベーション支出を劇的に縮小し
装置トップメーカーの売上は四半期ベースで最大 80% 近く落
ていない企業でも他経費を切り詰めており、経営プロセスを
ち込み、R&D 支出の負担が大きくのしかかった。一方で、半導
引き 締 め るとともに 製 品 開 発 ポートフォリオを 見 直してい
体の小型化などによるイノベーションへのプレッシャーは緩
る。調査回答 者の 40 %超がイノベーションに対して以前より
むことなく、アプライドマテリアルズのシリコン事業グループ
慎重なアプローチを取るようになったと答え、70 %が顧客要
も増え続けるR&D 資 金ニーズに苦心していた。あらゆる経費
求の 変 化をより的 確に捉 えるための戦 略 転 換 を図っている
削減 策、プロジェクトの取 捨選 択、最 重要顧客への注 力など
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伸びる企業は不況下のイノベーション改善体験を
永続的な企業力として捉える。
で 対応した が、それ だ けで は不十 分であ る、とイノベーショ
で、強い企 業は知 恵を絞って R&D の 仕 組み、プロセス、選 定
ン・リーダーのストーク氏は言う。不況下では、生き残りは競
基 準を 合 理化・効率化することにより、確 度の高い先 進的技
争原理に依拠する。
「 こういうとき、R&D は売上比で決めるべ
術に賢く賭け、効果 の上がらないプロジェクトを早々に打ち
きものではない。競 合 他社の動きが大きな 変 数となる」とス
切る秩 序を自らに課した。このような 組 織 的な 変 革は、不況
トーク氏。
「 それによって、イノベーション ROI を 見る眼 も 変
下のみならずこれからの成長期にも役立つはずである。
わる。市場 の 規 模はどれくらいある?自分 達にシェアは?市
市 況 が 回 復 に 向 かう中、伸 びる企 業 は 不況下 の イノベ ー
場の成長性は?競合他社はどのような状況か?彼らのシェア
ション改善体験を永続的な企業力として捉える。今、まさしく
を 奪うチャン ス は あ るか?この 景 気 低 迷 の 中、強 いプ レイ
自社のイノベーションシステムとプロセスの強みと弱みを評
ヤーは皆他プレイヤーの動きを伺っている」。
価すべきではなかろうか。最悪の環境におかれることで、今ま
で見えなかった悪いところが見えてくる。今直すべきところを
直せば、来るべき 景 気 回 復にお いても、そ の 先にお いても、
景気後退の良い面
イノベーションのスピードや質、そして遂行能力という点で実
今 年 の 調 査 結 果を鳥 瞰 すると、世界 的 な 経 済 低 迷は 必ず
を結ぶであろう。
しも企業のイノベーション活動に悪 影 響を及ぼしていない、
Reprint Number: 09404
ということが 言えるのでは ないか。景 気後 退により、あらゆ
る産業において競 争環 境は以前に増して激化している。イノ
ベーションが企業の競争力の核を形成している以上、収益が
圧 迫されていても R&D 支 出は 維 持 せ ざるを得ない。そ の 中
調査方法
30
2008 年に R&D に最も多額の費用
上昇率に応じて調整した。
とR&D 専 門 家 を 対 象 とする ウェブ
を投 入した 世 界 の上場 会 社 1000 社
そ の 後 各 社を、ブル ーム バーグ 社
ベ ース の ア ン ケ ート 調 査 を 実 施 し
を特定( R&D 支出額について公的な
の 産 業 分 類 基 準 に 沿 って 9 の 業 種
た。ア ン ケ ート に 参 加 し た 企 業 の
デ ー タ が 存 在 する 会 社)し、各 社 に
(あるいは「そ の 他」)に、そして本 社
R&D 支 出 額 は 2,300 億ドルを 超 え、
つ いて、2001年 から2008 年 ま で の
所在 地によって5 つ の 地 域に分 類し
「グ ロ ーバ ル・イノベ ー ション 1000
主 要 な 財 務 指 標 を 分 析 し た(売 上
た。業 界 間の 有意 な比 較を可能にす
社」の R&D 支 出 総 額 の 44 % を 占 め
高、粗 利 益、営 業 利 益、純 利 益、R&D
るため、各社の R&D 支出額レベルと
た。回 答 企 業 は、対 象 業 種 すべ てに
支出額、及び株 式時価総額)。支出額
財務業 績指 標を、該当する業 界 の中
わたっており、地域別に見ると、北米
の 数 字はすべて、その 年 の 平均 為 替
央値に合わせて指数化した。
企 業 が 全 体 の 49 %、欧 州 企 業 が
レートに従って米ドルに換算した。こ
また、R&D 支出及び戦略への景気
38 %、アジ ア企 業 が13 % を占め、そ
れに加え、株 価上 昇 率 のデータも入
後退の影響をより深く理解するため、
の他地域は 1%であった。
手し、各社 が属する市場 の 株 価指 数
世界 230 社の 290 人以上の経営幹部
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インタラクティブ・
マーケティング戦略
この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
[ 第四回 ]
新時代の
マーケティングと
組織・人材
著者:岸本 義之
本連載では、
消費者のメディア接触行動の変化が引き起こす
マーケティングとメディアの変化を、
生態系レベルの大きな変化として紹介してきた。
最終回は、
インタラクティブ・マーケティングを実践するための重要な要素と、
組織・人材の要件について解説を行う。
消費者購買行動とパーチェス・ファネル
高関与の購買行動をとっているとは限らない。
「 下駄代わり」
に買う人にとっては低関与購買であり、なじみ のディーラー
従来は自社の商品がどのように「売られているのか」を考え
から「今度モデルチェンジするので、ぜ ひ買ってください」と
ればよかった。しかし、双方向でのマーケティングを行う以上
言われて買ってしまうという人も、低関与購買といえる。
は、自社の商品がどのように「買われているのか」を理 解する
インタラクティブ・マーケティングの第一歩は、消費者の購
ことが 重 要である。そ のため の 手 法として、本連 載ではパー
買 行 動 を きちんと調 査 することにあ る。商 品 選 択プ ロセ ス
チェス・ファネルという枠組みを繰り返し紹介してきた。
は、いくつかのパターンに分化している可能性があり、同じ商
食品や日用雑貨のような一般消費財は、安価であり購買頻
品に対しても高関与な人もいれば低関与な人もいる。商品知
度も高いことから、消費者がそれほど労力をかけることなく
識 の高い人も低い人もいる。こうした パターンごとに購買行
商品選択を行う傾向にあり、こうした購買は「低関与購買」と
動を理 解し、どのパターンのどのプロセスの部分に改善の機
呼ばれている。一方、自動車のような耐久消費財や、金融サー
会が残されているのかを解明することが求められる。
ビスなどの無形財に関しては、消費者が多大な労力を自らか
けて情報収集・商品選択を行うことが多く「高関与購買」と呼
認知とブランド
ばれている。
しかし、例えば自動車という商品の場合でも、消費者全員が
パーチェス・ファネル分析を行ううえで理解しておかなけれ
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岸本 義之(きしもと よしゆき)
(kishimoto.yoshiyuki@booz.com)
ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィス
のディレクター・オブ・ストラテジー。20
年近くにわたり、金融機関を含む幅広い
ク ラ イア ント と 共 に、全 社 戦 略、営 業
マー ケ ティング 戦 略、グロ ーバ ル 戦 略、
組 織 改 革 な どのプ ロジェクト を 行 って
きた。
ばならないのが、ブランドの役割である。消費者が商品名を単
・ この 役 割がさらに進むと、ブランドが「ひとり歩き」をはじ
に認 知しているというだけでなく、特定の商品に対する評判
めるようになる。縮約される情報の中に、感情的な要素や、
や意見がブランドの中に凝縮されるということが起こりうる。
社 会的な要 素が含まれるようになるためである。ベンツや
ブランドの役割とは何だろうか。
ルイ・ヴィトンなど、ブランドが社会的な意味を持っている
・ ブランドの そもそもの 役 割は「製 品 識 別」機 能を果 たすこ
場 合、個 々の顧 客は自ら情 報収 集や 判 断を行うことなく、
とである。製品 A が製品 B とは異なるということを伝えるこ
とができれば、最低限の役割を果たしたことになる。
・ 次の役割としては「製品差 別化の伝 達」機能がある。製品 A
購買の判断を行うこともできる。
ブランドの役割のこうした進化がどのようにして起こるの
かについて、消費者行動の理論から簡単に説明してみる。消費
は他の製品よりも何らかの点で優れているというメッセー
者が購買の意思決定を行う際には製品知識が必要になるが、
ジをブランドに込め、高機能・高級ブランドという地位を占
これは図表1の左側に示したような、いくつか の階層構 造を
めることができれば、高い価格をつけることができる。
なしているとされている。
・ 更なる役割としては「情報の縮約」機能がある。消費者は製
① の 具体 的 属 性とは、製 品 の 有形で 物 的 な特 性 のことで
品を購買するために様々な情報を比較検討するが、再購買
あり、例えば毛布における繊維の種類や自動車における前席
のたびごとに綿密な意思決 定を行うとは限らない。初回購
の足回りの広さなどである。②の抽象的属性とは、製品の無
買時にある程度の満足が得られたら、再購買の際には新た
形で主観的な特性のことであり、例えば毛布の品質や自動車
な情 報収 集や検 討を行わず、同じ製 品を買いつづける。多
のスタイリッシュ度などである。消費者は、まず製品に関する
くの消費 者が、このような 簡便な意 思 決 定を続けてくれる
こうした知識を形成する。
ようになると、安定的な顧客の再購買に支えられ、低価格競
次に、消費 者は、その製品を購入し使 用した場合の 便 益や
争にも巻き込まれず、高い利益を生み出すようになる。
結果について考える。③の機能的結果とは、消費 者が 直 接的
図表1 : ブランドの役割の進化
消費者の製品知識の構造
ブランドの役割
⑥究極的価値
⑤手段的価値
ブランドの
「ひとり歩き」
④社会・心理的結果
情報の縮約
自分にとっての
「適切性」
③機能的結果
製品差別化の伝達
②抽象的属性
①具体的属性
製品の識別
単なる
「認知」
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
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に経験する製品使用の成果のことであり、例えば歯磨き粉が
途 存 在 するという点 で あ る。最 上 部 に「認 知」、最下部 に「購
歯を白くするということを指す。④の 社 会・心 理的結果とは、
買」というファネルは、一回ごとの購買 意 思 決 定 が 独 立に行
製 品 を 使 用した 結 果、消 費 者自身がどのような 心 理 的 変 化
われる場合には有効であるが、繰り返し購買においては必ず
(気分がよくなるなど)、もしくは社会的変化(他人からカッコ
しも有効ではない。そこで、リレーションシップ・マーケティン
よく見られるなど)を得られるかに関するものである。
グという考えが登場する。ただし、これは全ての顧客に対して
さらに消費 者は、そのような結果が自らの人 生目標やニー
関 係 性を構 築しようというも ので は な い。関 係 性 構 築 には
ズにどのように関係するのかを考える場合もある。⑤の手段
高いコストが必要であり、全 顧客にそのコストをかけるわけ
的価値とは、行動パターンやライフスタイルとの整合性がある
には行かないからである。特に、新規 顧客の獲 得に非常に高
かどうかであり、⑥の究極的価値とは、人生において達成しよ
いコストが発 生する業 界 の場合は、当初からターゲット顧客
うとしている目標のようなものである。日常の購買行動にお
を絞り込む必要がある。この場合、
「顧客セグメントの 絞り込
いてこうした価 値はあまり関 係 が ないが、重 要な購買(家 な
み」と、
「 個客の絞り込み」との両方が重要な意味を持つ。
ど)に関しては、しばしば価値の問題が考慮される。
「顧客セグメントの絞り込み」とは、製品やサービスの価値
ブランドの役割が「情報縮約」や「ひとり歩き」へと進化する
を最も高く評価してくれるセグメントを特定することである。
ことは、消費 者の購買 意 思 決 定において、どこまで高 次の目
特定の人々にとって非常に魅力的ではあるものの、それ以外
的を実現するかという度 合いに対応 する。このように考える
の人にはあまり魅力的ではないというような絞り込み方をし
と、ブランド・ロイヤルティといっても二種類の全く異なったも
た方が、一旦獲得した顧客を維持できる可能性が高くなる。
のがあるということが分かる。一つは、社会・心 理的結果や価
また、スイッチング性 向の 低いセグメントを 特 定 する努力
値に関する情報までを縮約したブランドに対するものであり、
も重要である。価格感 応度の高い顧客をターゲットにしてし
あまりいい表現ではないが、
「 高次 元のロイヤルティ」と呼ぶ
まうと、競 合他社が低価格で攻めてきた場合にすぐに切り替
ことにする。ベンツやロレックス、ルイ・ヴィトンなど「ひとり
えられてしまう。また、デザインや性能を訴えて獲得した顧客
歩き」ブランドになるほどの社会的評価を受けるにはかなり
も、競合がデザインや性能で対抗してきた場合に簡単に切り
の年数が必要になることが多いので、こうしたロイヤルティを
替えられてしまうことになる。一方、簡単には比較のしにくい
もつブランドは価値が高いとされる。
無形的な要素を評価してくれる顧客セグメントを特定できれ
もう一つは、機能的結果に関する情報までを縮約したもの
ば、その後の顧客維持の可能性が高くなるため、有効である。
であり、
「 低次元のロイヤルティ」と呼ぶことにする。これは惰
次に「個客の絞り込み」であるが、これは一旦取引を開始し
性 購買によって支 えられているものと言える。例えばキュー
た顧客の中で、さらにどの顧客を「優良顧客」とみなして維持
ピーのマヨネーズを買っても、他人の見る目が変わったり、自
の努力を行うかの問題である。データベース・マーケティング
分の気分が満たされたりということはない。
「 低 次 元」という
や CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)が意
言葉を使ってはいるが、この種のブランド・ロイヤルティは決し
図しているのは、この種の絞り込みである。特に金融業、サー
て価値が低いという訳ではない。むしろ、惰性購買と言う地位
ビ ス 業や産 業 財の 場 合は、既存顧 客との関 係 性を 効 率 的に
を築くには長い年月がかかり、競 合が突き崩すことが容易で
維持し、多数の商品を重ね売りできるような関係に進化させ
はないため、非常に価値の高いものである。
ることが重要になる。
「テレビ広告でブランド価値を高めましょう」という広告代
理 店からの提 案を受けることは多いと思われるが、このよう
ファネル段階別の施策
な提 案に対しては、冷 静になって考えてみる必要がある。
「高
次元のロイヤルティ」も「低次元のロイヤルティ」も、長い年月
消費者の購買行動分析を徹底的に行い、ブランドの役割や
をかけて形成されるからこそ、持続的な競 争 優位となりうる
既存顧客の関係性なども考慮に入れて、自社に固有のパーチェ
のであり、広告ですぐに作れるものではない。
ス・ファネルの枠組みが作れたとすると、そのファネルに沿って
マーケティング費用の再配分を考えることが可能になる。
リレーションシップ・マーケティング
まず、
「認知」を形成する段階に関してであるが、ターゲット
顧客層を絞り込まないのであれば、テレビなどのマス広告でか
パーチェス・ファネル 分析を行ううえで、もう一点 注 意して
まわない。しかし、ターゲット顧客層を絞り込んで、差別化され
おかなければならないのが、既存顧客の固定化プロセスが別
た商品をアピールしたいのであれば、ターゲットを絞り込んだ
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図表 2 : インタラクティブ・マーケティングとファネル
認知
・ ターゲット層の明快な媒体の利用
・ ブランデッド・エンターテイメント
・ 口コミを創発するようなイベント
考慮
選好
意図・試行
一過性購買
定期的
購買
固定的
購買
・ 雑誌やサイトなどへの情報提供
・ 関連ウェブから自社サイトへの誘導
・ 自社サイト上での商品関連情報提供
・ ネットで評判を伝播させる仕組み
・ ターゲット層に
「適切」なイベントなど
・ 店頭などでの
「電子看板」
・ 顧客向けのイベント、プロモーション
・ カスタマー・リレーションシップ・マーケ
ティング
(CRM)
出所:ブーズ・アンド・カンパニー
媒体を活用したり、自社ウェブ上でのブランデッド・エンターテ
マーケティング人材の課題
イメントで話題を集めたり、口コミを創発するようなイベント
を企画したり、という手段を検討することが必要になる。
インタラクティブ・マーケティングへの資金シフトを実際に
次に、イン・マーケットの顧客層の「考慮」に入るための段階
行おうということになると、組織・人材面で様々な障害がある
になる。顧客が何らかの 情 報収 集を行う段階で、購買候 補に
ことがわかる。特にテレビ広告をこれまで多く行ってきた大企
すら入っていないようでは購買の可能性は低い。雑誌やサイト
業の場合は、
「 宣伝部」に広告業務が集約化されているという
などへの情報提供と、関連性の高いウェブページへの広告出
体制がかえって足かせになる場合がある。
稿による自社サイトへの誘導、自社サイト上での有 効な情 報
宣伝 部に集 約されているノウハウは、マス広告のものであ
提供などが重要となる。
り、大手総合広告代理店を通じての進行管理に関するものが
さらに、イン・マーケットの顧客層の「選好」に入り、
「 購買意
中心となっている。ターゲット顧客向けに、各種メディアを連
図」を持ってもらうという段階になる。既に一定の評判を得て
動させる企画を行うという場合、マーケターとメディア会社が
いるブランドの場合、その評判が確実に新規顧客に伝わるよ
直接に共同作業を行う局面が重要になる。広告代理店を介在
うに、ウェブ上での工夫をすることが有効になる。店頭で購買
させる伝言ゲームすら回避されようとしている中で、宣伝部が
意 思 決 定 が なされる商品の場合、店頭の「電子看板」( デジタ
介在することの意味が問われるのも自然な流れである。
ル・サイネージと呼ばれるようになってきている)という手法
マス広告媒体だけでなく、自社サイトも広告媒体としての
も徐々に一般化してきている。
役割をもつようになってきた。例えば、商品開発者が自ら公式
そして最後に、既存顧客をリピート顧客として固定化するた
ブログを作成して、ユーザーとの情報交流を図ったり、商品の
めの段階がくる。顧客向けのポイント制度や割引制度、招待イ
写真をケータイの待受画像用に無料ダウンロードしたりして
ベントなど、従来型の施策に加えて、ダイレクト・チャネルを活
商品ファンのコミュニティを形成するなどである。さらに、ユ
用した CRM などが有効になる。
ニクロックなどの例に見るように、キャンペーン用のサイトを
このように、ファネルの各段階に応じて、ネットもしくは従
別途設置したり、独自コンテンツを 発 信するという試みも起
来 型 販 促 の 打 ち 手 を 組み合わせて、双 方 向 のコミュニケー
きている。こうなると自社サイトの制作は、システム会社では
ションを行って(固定的)購買につなげていくという一連の流
なく、マーケティング会社の領域になっていく。
れが、インタラクティブ・マーケティングとなる(図表 2 参照)。
このように考えてみると、自社の 社内人材を育成するだけ
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ではなく、外部専門家をいかに活用するかが重要課題になっ
しかし、テレビ広告の枠 組みが一旦 決まった後は、
「 もちは
ていることが分かる。インターネット広告技術に関する最新動
餅屋」という分業が定着し、広告スペース買い付け機能を担っ
向への知見に加え、ネット環境下での消費者行動調査への洞
ていた 広告 代 理 店が広告コンセプト立 案も手がけるように
察、自社サイトも含めて新たなメディアを作り出すクリエイティ
なり、広告コンテンツの制作は下請 制作会社群が 行うという
ブ能力、数学・統計的手法に基づく効果検証など、様々な能力
形で「業界」が形成された。しかし、インターネット広告が浸透
が必要であり、それらを全て社内の人材育成によってまかなう
をはじめ、広告の枠組みが流動化してきた現在、
「 業界」の構造
ことは短期的には困難だからである。
は再び分解していくことになる可能性がある。
外部専門家として真っ先に候 補に挙がるのは、大手総合広
このような 状 況 の中で、広告主側に「司 令 塔」
( 社内または
告代理店であろう。大手代理店の中にもネット系 人材は存在
社外専門人材)が立ち、メディア・ニュートラルな広告コンセプト
しているものの、人材の大多数はテレビ広告営業であり、一朝
立案を行い、必要に応じてメディア企業と直接協業、広告代理
一夕にネット専門家になれるわけではない。広告主にとっての
店系のサービスを利用するという姿になっていく。
費用対効果の観点から、どのメディアを使うべきかに関して積
本連載ではCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)の役
極的に提案を行うような担当者が出てくるかどうかを見極め
割 に つ いて も 繰り返し 述 べ て きた。ここで いうCMOとは、
る必要がある。これに加えて、ネット上でのクリエイティブの
マーケティング ROI の向上の責任を負い、そのために必要な予
提案能力があるかどうか、消費者購買行動に関する洞察力を
算 権 限を有 する 役 員をイメージしてい る。特に今 後 は、イン
有しているかどうか、効果検証の手法を提案できるかどうか、
ターネット技術の動向にも明るく、マーケティング ROI の向上
などの点で代理店の提案を評価することが重要になる。
への問題意識の高い人物を抜擢すべきであり、必然的にある
ネットに特化した専門代理店の起用に関しても、同様のポイ
程度若手の人材ということになる。例えば、商品別事業部で事
ントがやはり重要である。専門代 理 店は人材の総 数は不足し
業 部 長に予算が ない 場 合、CMO に対してユニークな 提 案 を
ているはずなので、本当にエース人材を配してくれるかを見極
持っていけば、CMO から追加予算を手に入れることができる
めないといけない。専門代理店を起用する場合に重要となる
という構図をつくり、CMO に一定の別枠予算を持たせておけ
ポイントは他にもある。一つは、ネット以外の販促手段につい
ば、若手役員でも十分に役割を果たしうる。
ても知見があるかであり、もう一つは、様々な専門家・関係者
マー ケティング ROI の向上のためには、広告 効果 検 証のた
を取り仕切る能力があるかである。本来的には、これは広告主
めのデータを収 集・分析することが重要であると繰り返し述
企業の担当者が自ら行わなければいけない職務である。この
べてきた。これまでは、マス広告による売上への効果をデータ
部分に関しては、専門代理店というよりは、外部コンサルタン
で 検 証することは 困 難とさ れてきた が、インタラクティブ・
トのような人材に当初は委託するということも現実的な選択
マーケティングの手段を活用することで、データ検証が可能に
肢であろう。こうした人材を数名確保するコスト(正社員での
なってくる。そのデータを基に、施策の「選択と集中」を実践す
採用、またはコンサルタント的な契約)で、その数倍の広告費
ることが、まさにマーケティング ROI 向上につながる。
用の最適化が図れる可能性があるからである。
CMO の役割
インターネット技 術の発 達によって、双 方向な世界が 実現
しつつあり、情 報の流れが 変わってきた。こうした中で、従 来
本稿は、 岸本 義之 著
「メディア・マーケティング進化論」
( PHP 研究所)
の第 5 部からの抜粋である。
「広告業界」が独占してきた広告ビジネスも、分解していく可能
性 がある。このこと自体は、さして驚くことではない。テレビ
広告の黎明期あたりまでは、広告業界の構造はいまのように
確立されてはいなかった。例えばサントリー(壽屋)の宣伝部
に開高健、山口瞳、柳原良平らが在籍して広告に新風を吹き込
んでいたのは1950 年代後半(民放テレビ開始時期と重なる)
のことで あ るが、当 時 は 広告 主 が 自 社で人材 を 抱 えて広告
コンセプト立案や広告コンテンツ制作を行う傾向があった。
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Media Highlights
新刊書籍のご案内
「グローバル製造業の未来」 訳者:ブーズ・アンド・カンパニー 発行:日本経済新聞出版社
製造機能の立て直しを必要とする欧米メーカーへの提言に、不採算事業撤 退を含むビジネスモデルの見直しを必要
とする日本のメーカーへの提案を加え、新興国市場および新興国メーカーとの新たな競争に必要な処方箋を示す。
Contact Information
マネジメント・ジャーナルは、経営コンサルティング会社ブーズ・アンド・カンパニーが、経営戦略についてのさまざま
な課題をテーマに、経営の基 幹を担われている皆様に向けて発行する季 刊誌です。今回、
「 選 択と成長 ∼戦 略的
レ ベ ル の ケ イパ ビ リ ティ の 再 考 ∼」を テ ー マ に、ブ ーズ・ア ンド・カ ン パ ニー が 発 行 す る 英 文 ビ ジ ネ ス 誌
「strategy+business」からの記事と東京オフィスのオリジナル記事をご紹介いたしました。ご意見・ご感想等ござい
ましたら下記までお寄せください。
ブーズ・アンド・カンパニーについて
ブーズ・アンド・カンパニーは、グローバル経営コンサルティング会社として、世界のトップ企業、政府および諸機関に支援を提供しています。
創立者であるエドウィン・ブーズは、1914年に専門職としてのコンサルタントの役割を定義し、世界初の経営コンサルティング会社を設立
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現在、全世界60オフィスに3,300人以上のスタッフを擁するブーズ・アンド・カンパニーは、独自の先見性と知識、深い機能別専門性と実践的
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