この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった 2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で ご確認ください。 戦略的思考の 3ゲーム 著者:ティム・ラセター、サラス・サラスワティ 監訳:井上 真 従 来、日本 企 業は自社の 技 術 的 強 みや既存 のリソースの 下ではたしてどちらがより有効なのだろうか。あるいはどちら 延長線上から新規事業や戦略を発想することが多く、対する にも属さない他のアプローチは存在しないのか。戦略の重要 欧米企業は市場の機会や競合・自社のポジショニングの分析 性が 叫ばれる一方でその 有用性にも議 論がある今日におい を通して計画を立て、ときとして大胆な M& A などを駆使して て、あらためて自社の戦略的思考の類型と経営環境について 事 業 展 開を行うことが 多かった。戦 略 策 定に向 けてこれら 振り返ってみる必要があるのではないだろうか。 ( 井上真) 2 つは対照的なアプローチのようにみえるが、今日の経営環境 あなたなら、次の 3 種類の運だめしゲームのうちどれにトラ とができる。 イしたいだろうか。 第 3 のゲームでは、目隠しをして壺から1回玉を引くごとに 第1のゲームは、赤玉75個と黒玉 25個が入った壺の中から目 1ドルだけ払えばよい。また、くじを引く回数に制限はない。 隠しをして40 個の玉を取ることができる。くじ引きの前には この壺には赤玉と黒玉が入っているかもしれないが、黄色の 400ドルを支払わなければならない(1回につき10ドル)。赤玉 角錐、ダイヤモンドの指輪、ドル札、噛んだ後のチューインガ を引いたら20ドルもらえるが、黒玉なら何ももらえない。 ムなど、簡単に言えば、何でも入っている可能性がある。この 第 2 のゲームも、赤玉と黒玉の入った壺から目隠しをして1回 ゲームに賭けはなく、賞金もない。ただ自分が引き当てたもの 引くごとに20ドルがもらえるチャンスが与えられる。この場合、 をもらえる。 赤玉と黒玉が何個ずつ入っているかはわからない。つまり、赤 これら3 つのゲームは異なる考え方を示すもので、それぞれ 玉が100 個で黒玉がゼロかもしれないし、黒玉が100 個で赤玉 異なる戦略パラダイムに合致している。3 つのパラダイムはす がゼロかもしれない。しかし、玉を1回引くごとに 5ドル支払う べて、広範囲にわたる数学的な確率理論と経営戦略研究をも だけでよく、しかも毎回どちらの色に賭けるか決めることもで とにしている。そしてそれぞれが、異なる状況で異なる企業に きる。やめたくなればいつやめてもよく、最大 50 回まで引くこ 有効であることが証明されている。 18 Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 1 2 0 1 2 A u t u m n 特集 ◎ 戦略思考の原点 ティム・ラセター サラス・サラスワティ バージニア 大 学 ダー デ ンスクール を は バージニア 大 学 ダー デ ンスクール准 教 井上 真(いのうえ・まこと) (makoto.inoue@booz.com) じめとするトップビジネススクールで 教 授。著書に Ef fectuation: Elements of ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィスの 鞭 を とる。The Por table MBA( Wiley, Entrepreneurial E xper tise( Edward プリンシパル。消費財・小売業、プロセス 2 0 1 0)、Strategic Product Creation Elgar, 2 0 0 8)、 共 著 に Effectual 産業(化学・鉄鋼など)などの業種におい ( McGraw-Hill, 20 07、ロナルド・カー E n t r e p r e n e u r s h i p( R o u t l e d g e , て、全社戦略・事業戦略策定、 買収前・買収 バーとの 共 著)など4 冊 の 著 書 が ある。 2011)がある。認知行動に基づくミクロ 後デュー・デリジェンス、収益性改善プロ ブーズ・アンド・カンパニーの元ヴァイス・ 経済的基礎づけと起業を専門とする。 ジェクト(営業生産性向上、コスト削減な プレジデント。オペレーション戦略に関 ど)を行ってきた。とくに日本企業の海外 して 25 年以上の経験を持つ。 戦略支援など、海外チームと協働するグ ローバルプロジェクトに豊富な経験を有 する。 ビジネススクールでは、DCFなどの定量的分析手法を学ぶ。 言うなれば、 第1の壺ゲームの仕方を学ぶのである。 第1のゲームは、我々が「プランニングとポジショニング」と呼 きない)は、とくに先進的な製品ラインをもつ成熟企業におい ぶモデルである。経営者は、目の前の不確実性の度合いを予測 て、経営者が意思決定を行うときの手法を表す。第 3 のゲーム するため、情報を収集・分析し、その結果に基づいて未来に賭け (混沌とした経営環境と高レベルの戦略的意図)は、起業家精 る。第 2 のモデルである「組織学習」は、不確実性の度合いを予 神にあふれる経営者に最も適した意思決定スタイルを表す。そ 測できない場合に、経営者が、次々と展開していく事象に対して れぞれの意思決定のゲームにおける自分の傾向や資質を理解 ダイナミックに対応する。これら2 つのモデルはいずれも、戦略 し、該当するパラダイムを自分の置かれている環境にうまく当 的決定は外部環境に対して単純に対応すべきであるという前 てはめれば、不確実な世界の中で成功する確率を高めること 提に基づいている。第 3 のモデルである「積極的トランスフォー ができる。 メーション」は、これらとは異なる。ここでの決定は、単なる (偶 然生じた)環境への対応や、環境を予測するための試みではな プランニングとポジショニング く、プレーヤーの資源の活用と、環境自体を形作る事象に焦点 を当てることだからである。 これら 3 つの戦略パラダイムの基礎を十分理解するには、確 さて、どのゲームに挑戦したいだろうか。あなたの選択はお 率理論とその歴史をさらに詳しく見ておくことが有益だ。古 そらく、あなたのリスク許容度とこれまでに受けてきたビジネ 代ギリシャの時代から、数学者と哲学者は、壺を使って種々の ス教育を反映したものになるだろう。さらに重要なのは、どの 実験を繰り返してきた。しかし、最初の記述が表れたのは、18 壺が読者の経営環境に近いと思われるかである。それぞれの 世紀初頭になってからのことだった。数学者ヤコブ・ベルヌー ゲームに対して読者が感じる親近感は、読者の業界の成熟度、 イが、確率と統計という新しい科学について解説した教科書 あるいは少なくともその業界における読者の企業の役割を示 を発表したのである。ベルヌーイのツールは、不確実性を前に している可能性が高い。 して真実を見分けるための明確な仮説検証を可能にした。こ 第1のゲーム (壺の中身が比較的予測しやすい)は、キャリア れにより、科学革命は頂点を極めた。続いて、科学革命のなか の早い時点で多くの経営者が教育を受けた意思決 定の手法 で厳密な数量化が行われ、産業革命に向けた筋道の土台が築 を表す。しかし、多くの場合、今日のビジネスの実態にはそぐ かれた。1900 年にダートマス大学タック・スクール・オブ・ビジ わない。第 2 のゲーム (プロセスは予測可能だが、結果は予測で ネスが、商学において修士の学位を初めて授与した。今や米国 Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 1 2 0 1 2 A u t u m n 19 コーニングの技術的ケイパビリティは、 ナイトの不確実性の世界に対応してきた。 だけで1,000 以上の教育機関が、確率統計の分析技術を身に 組織学習 つけた MBA 取得者を毎年10万人以上輩出している。 彼らは全員、マイケル・ポーターの有名な 「ファイブ・フォース」 1921年、シカゴ大学の経済学教授フランク・ナイトは、古典的 モデルや、ディスカウンテッドキャッシュフロー( DCF)などの な壺問題のロジックに異論を唱えた。確率と統計の学問で取 定量的な意思決定の手法を学ぶ。言うなれば、彼らは第1の壺 り扱われる「リスク」の概念は、真の不確実性とは「まったく別 ゲームの仕方を学ぶのである。業界 構造を理解し、将来の不 のものだ」とナイトは指摘した。ナイトは、確率分布によって予 確実性を予測し、投資収益率がプラスになりそうな市場を選 測可能な「リスク」と確率的事象ではない「不確実性」を明確に 択する。 区別し、 「ナイトの不確実性」と呼ばれる概念を構築した。今回 この モ デル に 基 づ く 典 型 的 な 事 例 として、19 6 0 年 から に当てはめていえば、第1の壺は反復可能で客観的に知られる 1977 年のインターナショナル・テレフォン・アンド・テレグラ 確率分布に基づく 「リスク」であり、第 2 の壺は成功も失敗も1回 フ・コーポレーション ( ITT )が挙げられる。この間、同社のトッ 限りで確率分布そのものがわからない「ナイトの不確実性」で プとして 重 責を担ったの はハ ロルド・ジェニーン であった。 あるといえる。 ジェニーンは、年商 7億 6,000 万ドルの電話機・サービス中堅 他の自然科学からひらめきを得て、経営戦略が進化を遂げ メーカーを、世界数十カ国で事業を展開する年商 170 億ドル ることはよくあることだ。1980 年代半ばに、学者たちは 2 番目 のグローバルなコングロマリットへと変身させた。ジェニー の壺と似た組織学習を伴う戦略パラダイムを発表し始めてい ンは既存のコア事業にとらわれず、自動車部品、化粧品、ホテ た。ヘンリー・ミンツバーグは、ナイトの不確実性 (すなわち未 ル、保険、半 導体を含むさまざまな業 界で企業買収を進め、 知の確率分布)に満ちあふれるビジネスの世界では、プランニ 350 社 以 上を 吸収した。会 計 士としての 訓 練 を 受 け たジェ ングとポジショニングのツールだけでは安心できない。企業 ニーンが、ビジネスユニットのマネジャーたちに会うために、 は、未来を予測し、そのなかに自社をポジショニングすること いくつものブリーフケースに財務報告書を詰め込んで世界中 に力を費やすよりも 「創発的戦略」を採用すべきである、と提唱 を駆け回った話は有名である。ジェニーンは、戦略的決 定に した( 1985 年の論文 「意図的戦略と創発的戦略」)。ミンツバー 関してマネジャーたちに大きな裁 量を与える一方で、成果に グは、プランニングとポジショニングのパラダイムで示された ついては財務指標で厳しく管理した。 「意図的戦略」の必要性を否定はしないが、2 番目の壺の選択 1980 年代あるいはそれ以前に正式なビジネス教育を受け 肢が与えられた場合に、経営者たちは別のアプローチをとる ているならば、これはあなたが教わった唯一の意思決定モデ 必要があると主張した。 「 創発的戦略そのものは、現実的なパ ルかもしれない。しかし、それ以降の数十年に経営に携わって ターンまたは一貫性を求めて、1回に1つのアクションを起こし きたのであれば、たとえ正式なビジネス教育を受けていなく ながら何が機能するかを学ぶことを意味する」。言い換えれば、 ても、自身の 経 験に照らしてこれ 以 外 の 2 つのパラダイムの 赤玉か黒玉かを当てるのだが、1回1回の結果を見ながら推測 ほうがより共感できるだろう。 を調整する、という意味である。 学習する組織としてよく例に挙げられるコーニング・インコー ポレーテッドは、このパラダイムが学術的に説かれる以前に 20 Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 1 2 0 1 2 A u t u m n 特集 ◎ 戦略思考の原点 成功する起業家は、 未来は予測不能だが、 それでもコントロールできると信じている。 実践していた。同社は1851年にニューヨーク州で小さなガラ グの信奉者は、業界がどのように展開するかを予測し、それに ス会社としてスタートしたが、21世紀に至るまで、研究開発を 従って賭けをする。そして学習する組織は、次々と展開される まるで宗教のように信奉していた。この会社は当初から、低コ 環境にダイナミックに対応する。しかし、これらの戦略パラダイ ストの生産者との競合を避けるため、ガラス製造技術の開発に ムはどちらも、外部環境が戦略を決定づけると仮定している。 投資した。海運業、鉄道業向けの優れた信号用ガラスで初の特 次の第 3 のパラダイムは、前の 2 つのパラダイムとは違って、将来 許を取得したのをはじめとして、ガラスとセラミックスに関する の環境を形作ろうとする者に当てはまる。 深い知識をもとに一連のイノベーションを生み出していった。 たとえば、トーマス・エジソンは1880 年に、新発明のためのガラ 積極的トランスフォーメーション ス電球製作をコーニングに依頼した。また、コーニングが開発 した高速電球製造工程は、何十年間にもわたって同社に持続 起業家的嗜好を持つ一部の人は、 「 人は曖昧さを避ける」と 可能な優位をもたらした。 いうエルスバーグのパラドックスとは逆に、曖昧さを好む。ス そして同社の最新のイノベーションの例であるゴリラガラス ティーブ・ジョブズは、先見の明のある起業家だった。 「 このま は、今やスマートフォンやタブレット市場を席巻している。一 ま一生、砂糖水を売り続けたいのか、それとも世界を変える 般にこれらのイノベーションの技術的な起源は、商業化成功の チャンスをつかみたいか」という、ペプシコ幹部引き抜きの際 数十年前にさかのぼる。たとえば、同社がゴリラガラスで使用 のジョブズの台詞は有名だ。ジョブズなら恐らく、この壺の している融解工程は、もともとは1960 年代の自動車用途での ゲームをすべて拒否して、自作のゲームを作り出していただろ 取り組みに始まる。このガラスの特性は優れていたが、自動車 う ( 24 ページ 「スティーブ・ジョブズ・ウェイ」参照)。 メーカーがコストを理由に採用を見送ったため、長い間お蔵入 じつは大半の起業家は当初は明確な戦略的ビジョンという りになっていた。ところが、2006 年にアップルのスティーブ・ジョ ものを持っていない。おそらく、そのようなビジョンを持つ ブズが、傷つきにくい軽量の iPhone用スクリーンを求めてコー 者が成 功するのは稀だからだろう。成 功する起業家は、積極 ニングに接触してきた。今や、ゴリラガラスは同社の次なる成 的トランスフォーメーションのパラダイムに従う傾向がある。 長エンジンになりそうな勢いである。 つまり彼らは、単に受け身的に学び、反応するのではなく、自分 「コア・コンピテンシー」の概念が学界で説かれるよりずっと の環境を積極的に作り上げるために運命の気まぐれを利用す 以前から、コーニングの経営陣は「コア・コンピテンシー」に継続 る。彼らは、中身のわからない壺からくじを引き、その結果を 的に投資する必要性を本能的に理解していた。同社の技術と 事業の構築に利用する方法を考え出すことを好むのである。 プロセスのケイパビリティは、160 年以上もの間、ナイトの不確 筆者のサラス・サラスワティは、1998 年の博士論文で積極 実性の世界に対応してきた。第 2 の壺のゲームをことのほか巧 的トランスフォーメーションの戦略 の基 礎を築いた。この論 みにやってみせたのである。 文は、ノーベル賞を受賞した行動経済学者ハーバート・サイモ おそらく、組織学習モデルは、教養教育 (学生がとくに何か専 ンの監修を受けている。2 億ドルから 65 億ドルの規模を持つ 門の訓練を受けるのではなく、あらゆることを身につける)を受 さまざまな企業の創立者 27人を認知科学に基づいて調査した けた経営者の共感を呼ぶだろう。プランニングとポジショニン 結果、成功する起業家は、未来は基本的に予測不能だがコン Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 1 2 0 1 2 A u t u m n 21 リアルネットワークスは、 パートナーシップを構築することにより、 インターネット業界での覇権争いを 生き残ることができた。 トロールできると信じていることが明らかになった。未 来に 自分の熱意がそがれることを許さない。すなわち、壺からレ 対するこのような考え方は、戦 略策 定に対して前の 2 つとは モンを引き当てたら、レモネードを作るための砂糖を嬉しそ 根本的に異なるアプローチを生み出し、それは以下の 4 つの うに探し回るのである。 原則に表される。 最後に、このパラダイムは壺のゲームに加わりたいと考える 第一に、このパラダイムは目標志向のアクションではなく、 人たちのなかに身を置くように経営者たちを仕向ける。彼ら 手段主導のアクションで始まる。起業家は、明確なビジョン、 は無 数のパートナーシップを形成する。最初の顧客をパート あるいは製品アイディアを持ってスタートするのではなく、自 ナーにしたり、最初のサプライヤーを投資家にしたり、最初の 分が何者なのか、自分は何を知っているのかを考えたあとで、 投資家を顧客や社員などにしたりすることもしばしばである。 協業の機会を求めて将来のステークホルダーのネットワーク 彼らは最終的に、ステークホルダー (投資家、顧客、サプライ に関わっていく。新しい組み合わせが発見され、設計される ヤー、社 員)がさまざまに組み合わさった「クレージーキル 過程で戦略的ビジョンが融合することもあるが、このビジョ ト」を作り上げる。これらのステークホルダーは、協働して事 ンがプロセスを牽引することはない。手段、機会、ステークホ 業と環境を作り出すことへの意欲を共有する。 ルダーがプロセスを牽引するのである。 積極的トランスフォーメーションの実践例として、デジタル 第二に、このパラダイムは事業機会の評価において、期待値 メディア企業のリアルネットワークス・インクが挙げられる。 に基づく手法ではなく、許容可能損失に基づく手法を用いる。 創業 者のロブ・グレーザーは、マイクロソフトで億 万長 者に 言い換えれば、未来は本来予測不能なものなので、起業家精 なったあと、自身 の 先 進 的 な 政 治 的メッセージ を 配 信 する 神にあふれる意 思 決 定 者は、第 1と第 2 の壺のプレーヤー の 目的で 1995 年にプログレッシブ・ネットワークスを立ち上げ ように未来の予測や期待値の計算に時間を割いたりしない。 た。しかし、グレーザーが初期のブラウザ 「モザイク」で実験を そうではなく、起業家はたとえ失敗したとしても、会社が倒産 行った時に出した結 論は、メッセージよりチャンネルが重要 に追い込まれないかたちで実験を構成しようとする。こうした ということだった。さらに当時のウェブの帯域の狭さがオー 反復実験 (我々の例で言えば、第 3 の壺から毎回1ドルだけ払っ ディオへのチャンネルを制約すると判断し、インターネット・ てくじを引くこと)は、価値のある新しい組み合わせが生まれ ビデオの計画棚上げを決定した。彼は許容可能損失の原則を る機会を創出し、それによって前進する道を形作るのである。 適用し、立ち上げたばかりの同社をソフトウェア開発会社に 第三に、このパラダイムは不測の事態を避けるのではなく 転換した。そして1年もしないうちに「リアルオーディオ 1.0」 利用しようとする。こういった意 思決 定者は、未 来が予測不 を生み出した。費 用は、おおむねグレーザー自身のポケット 能であることを受け入れている。だから、彼らはフレキシブル マネーで賄われた。リアルオーディオは当初、ABC ニュース なままであり、不測の事態を利用して手段と目標に立ち戻る などの 進 歩 的 なコンテンツを放 送していた が、当時 支 配 的 のである。たとえて言うなら、彼らは壺に手を入れて予 測不 だったネットスケープのブラウザパッケージの一部として、ま 能な出来事に出くわすたびに、こう問いかける。この不測の もなくリリースされた。リアルオーディオは、放 送 局メディア 事 態によって、次の新しい 機 会が開かれるだろうか。深刻な をコンピューター用にアレンジした汎用チャンネルとして機 不測の事態に直面したときでさえ、彼らはただ、そのことで 能した。アップル の iTunes ミュージックストアのオーディオ 22 Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 1 2 0 1 2 A u t u m n 特集 ◎ 戦略思考の原点 ダウンロードモデル( 2003 年)やアマゾン MP3( 2007 年)の うか。あなたは未来をコントロールできるだろうか、それとも 先駆けであった。 外部環境があなたをコントロールするのだろうか。自分が挑戦 1995 年12 月、グレーザーは棚上げしていたインターネット・ しているゲームと各モデルの適用方法を意識しておくことが ビデオ会議 の開発において他の新興 企業に先行されている 肝 要 だ。状 況 に 応じて 壺 から壺 へ 、ゲーム からゲームへ と ことを知ったが、彼はただ、この 企業の創立者たちにリアル 切替えができるように、十 分なフレキシビリティを持たせる ネットワークスへの参加を持ちかけ、これが次なる製品 「リアル ことが理想である。 ビデオ」につながった。 リアルネットワークスは、その歴 史を通じて提 携 のネット ワークを構 築していった。この ネットワークによって、イン ターネット業界での覇権争いを生き抜くことができた。また、 (“Three Games of Strategic Thinking” by Tim Laseter and Saras Sarasvathy, strateg y+business, Issue 67 Summer 2012.) 不測の事態を利用することで、オーディオ・ビデオ・ストリーミ ング、モバイルアプリケーション、ゲームを含む幅広いソフト ウェア製品を提 供するまでに成長した。これらは、年間合計 約 4 億ドルの収入を生み出している。 パラダイムの選択 意思決 定の 3 つのモデルは、それぞれ異なる状況下で最 大 の効果を発揮する。多くの経営者は自らの体験と成功に基づ いて1つの戦略パラダイムを適用するが、状況によっていつも 最大の効果を得られるとは限らない。長きにわたって支配的 だったプランニングとポジショニングのモデルは、高度に多 角化したコングロマリットの 衰 退と並行して人 気を失った。 組 織 学 習モデルは、コーニング で長いあいだ 成 功を収めた 実績があるが、証券市場は必ずしもそれを評価していない。 積極的トランスフォーメーションについても多くの起 業家が 成功を収めてはいるものの、このアプローチがつねに確実な 成功をもたらすわけではない。 した がって、あな たは自分自身 のツール キットを求めて、 これらのパラダイムを偏見のない目で見なければならない。 あなたは未来を予測できるだろうか、それともできないだろ Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 1 2 0 1 2 A u t u m n 23
© Copyright 2024 Paperzz