全国PTデータと社会生活基本調査データを用いた世帯の共有時間の分析* Analysis of Household Joint Activity Engagement Using Person Trip Survey Data and Time Use and Leisure Activity Survey Data* 山本俊行**・三輪大地***・森川高行**** By Toshiyuki YAMAMOTO**・Daichi MIWA***・Takayuki MORIKAWA**** 1.はじめに 交通行動分析のための重要なデータとして,これまで 都市圏パーソントリップ調査データや全国都市パーソン トリップ調査データが多くの分析で用いられてきた.し かし,これらのデータは交通行動に影響を与える要因を 全て観測している保証はない.例えば,プライバシーの 問題からパーソントリップ調査データに含まれていない 個人収入や世帯収入といった社会経済属性が自動車保有 行動や交通手段選択行動に大きな影響を及ぼすことは自 明である.これら交通行動に大きな影響を及ぼすと考え られる要因を分析に取り入れる方法として,パーソント リップ調査以外に多くの独自調査が実施されてきている. しかしながら,このような独自調査データを用いた分析 では,サンプル数が十分でないケースや,対象地域が限 定される場合も多い.さらに,過去の交通行動を分析し たい場合には,これまでに収集された調査データを用い ることとなり,影響を持つと予想される要因を新たに調 査項目に追加することは不可能である. 本研究は,このような状況において,複数の既存デー タを統合することによって,必要な情報を全体として得 るための分析手法を提案するものである.具体的には, 収入等の情報が含まれている社会生活基本調査データを 全国都市パーソントリップ(PT)調査データと統合し, 世帯の宅外共有時間利用を対象としたモデル分析を行う. 複数データの統合方法にはいくつかの方法が考えられる が,本研究では,森川・Ben-Akiva1)等によりSPデータと RPデータの統合手法として提案された分析手法を適用 し,データの精度の相違を考慮したモデルを構築する. 2.データの概要 本研究では,全国PT調査データおよび社会生活基本 調査データを用いる.いすれの調査も全国規模で定期的 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- *キーワーズ:活動分析,時間利用,交通行動調査 **正員,博(工),名古屋大学大学院工学研究科 (名古屋市千種区不老町,Tel: 052-789-4636, Fax: 052-789-5728 e-mail: yamamoto@civil.nagoya-u.ac.jp) ***正員,修(工),三菱東京 UFJ 銀行 ****正員,Ph.D.,名古屋大学大学院環境学研究科 に調査が実施されており,それぞれ交通行動や時間利用 に関する経年変化を把握することが可能である.本研究 では,両データで年度は異なるものの,分析時点で入手 可能であった最新の調査データを用いた分析を行う.両 データの概要を表1に示す. 表 1 使用データの概要 全国パーソントリ ップデータ 調査 2005 年度 年度 サ ン プ 8656 世帯 ル数 (平日,休日とも) 調査 項目 社会経済属性, 1 日の全てのトリップ 共 有 時 ・トリップ目的地から 間利用 活動地点が把握 分析時 可能 の特徴 ・同 時 活 動 者 情 報 が含まれていない ・宅 内 の 活 動 が 把 握不可能 社会生活基本調査 データ 2001 年度 52111 世帯 (平日 20961 世帯, 休日 31150 世帯) 社会経済属性, 15分ごとの時間帯別 行動 ・活 動 地 点 情 報 が 含まれていない ・同 時 活 動 者 情 報 が含まれている ・収 入 等 の 情 報 が 含まれている 表に示すように,いずれの調査も平日,休日の両方で 情報を得ており平日と休日の交通行動,時間利用の相違 について分析することが可能である.ただし,本研究で 対象とする世帯の宅外共有時間利用を分析する上では, それぞれの調査データにいくつかの問題がある. 全国PT調査では,トリップの把握が目的であるため, 活動そのものを調査していない.そのため,活動地点に ついてはトリップの目的地情報を用いることとなる.ま た,当該活動場所で世帯内の同時活動者の有無に関する 調査項目は存在しない.そのため,各世帯構成員の活動 地点情報より,同一ゾーンで活動している場合に共有時 間利用をしていると見なさざるを得ない.この方法では, 同一ゾーンでばらばらに活動している場合にも共有時間 に参入してしまう危険が多分に存在する.この点につい ては分析結果を解釈する上で注意する必要がある.さら に,自宅内での活動については全く情報が得られないと いう問題も存在する. 一方,社会生活基本調査データでは,時間利用の把握 が目的であり,時間利用時の同時行動者に関する調査項 目も存在するため,共有時間の算出は容易である.ただ し,活動地点に関する調査項目が存在しない.そのため, 活動分類のうち,睡眠,家事といった活動場所が自宅と 考えられる時間利用と,移動として報告された時間利用 に着目し,その他の時間利用との順序からそれぞれの活 動地点が自宅内か自宅外かを判断する.なお,1.でも述 べたように,社会生活基本調査では,世帯年収や携帯電 話保有,パソコン保有に関する調査項目も含まれており, 収入や情報通信機器の利用が時間利用に及ぼす影響につ いて分析することが可能である. 全国PT調査データ及び社会生活基本調査データに加え て,本研究では,地区特性が宅外時間利用に及ぼす影響 を分析するために,都市の人口密度,調査地区の最寄り 駅からの距離,調査地区最寄りバス停から最寄り駅への バス運行本数,調査地区最寄り駅の鉄道運行本数に関す る情報を用いた.ただし,入手可能な社会生活基本調査 データは個人情報保護の観点から被験者世帯の居住地に 関する情報が中部,近畿,といった地方レベルにとどま っている.そのため,上記の地区特性を統合できるのは 全国PT調査データのみである. 両データの相違を把握するために,休日の宅外共有時 間利用行動の集計結果を表2に示す.世帯人数により共 有時間利用行動には大きな違いが見られたため,表では, 2人世帯と3人以上世帯に分けて共有外出率および共有外 出時の共有時間のサンプル平均値を示している. 表 2 世帯人数別の休日共有外出行動の平均値 全国 PT 社会生活 世帯人数 調査 基本調査 38.28 23.56 共有外出 2人 率(%) 24.54 8.42 3 人以上 141.6 200.5 共有時間 2人 161.6 201.4 (分) 3 人以上 表より,共有外出率については,世帯人数にかかわら ず全国PT調査が社会生活基本調査に比べて大きな値を取 っていることが分かる.これは,上記で述べたとおり, 全国PT調査データでは世帯内の同時活動者の有無を同一 ゾーンでの活動の有無によって判断しているためであり, 全国PT調査データが共有外出率を過大に算出しているこ とを示している.また,共有外出時の共有時間について は,世帯人数にかかわらず全国PT調査が社会生活基本調 査より小さな値をとっていることが分かる.共有外出率 の結果と考え合わせると,共有活動を行う場合の活動時 間は世帯構成員が個別に活動を行う場合の活動時間より 長く,全国PT調査データでは本来は個別の活動による活 動時間が共有活動時間として計算されてしまうため,全 国PT調査の共有時間の値は過小に算出されている可能性 が考えられる.ただし,共有時間の差は共有外出率の差 に比べると小さいことが分かる. なお,より精度が高いと考えられる社会生活基本調査 による結果を見ると,共有外出率については2人世帯と3 人以上世帯の差が大きく,3人以上世帯では,2人世帯に 比べて世帯構成員のスケジュール調整が困難となるため 共有外出率が減少することが示されている.一方,共有 外出時の共有時間については,世帯人数による差はほと んど見られないことが示された. 3.分析手法の概要 本研究では,世帯の共有時間利用を分析するために, Kitamura2)が個人の時間利用を対象として提案した時間 配分モデルを世帯の時間利用に適用する.はじめに,世 帯の時間利用を宅外共有活動(j = 1)とそれ以外の活動(j = 0)に2分し,各活動の効用を以下の式で表す. Unj(tnj, xnj) = njVnj(tnj, xnj), j = 0, 1 (1) ただし, tnj は世帯 n によって活動 j に配分された時間, xnj は説明変数ベクトル,Vnj は確定効用,nj は効用の 誤差部分を表し,nj > 0 である.このとき,時間配分行 動は次の効用最大化問題として表される. maxU(tn0, tn1) = n0Vn0(tn0, xn0) + n1Vn1(tn1, xn1) s.t. tn0 + tn1 = Tn tn0 ≥ 0, j = 0, 1 (2) ただし,Tn は配分される全時間であり,本研究では24 時間とする.ここで,活動から得られる効用は配分され る時間に対する限界効用が低減すると考えられるため, 以下の様に定式化する. Vnj t nj , xnj expxnj ln t nj , if tnj 0 0, if t nj 0 j 0,1 (3) ただし, は未知パラメータである.このとき,学外共 有活動とそれ以外の活動のいずれにも時間を配分する場 合,最適配分時間は以下の式で表される. * t nj nj expxnj T, n 0 expxn 0 n1 expxn1 n よって,以下の式が成り立つ. j 0,1 (4) ln t n1 t n 0 xn1 xn 0 ln n1 n 0 * * (5) xn n 数ベクトル,全国PT調査データ固有の説明変数ベクトル, 社会生活基本調査固有の説明変数ベクトルである.また, c, p, s, p, s は,未知パラメータである. 4.推定結果 一方,宅外共有活動以外の活動に配分する時間が0と なることはないとすると,宅外共有活動に時間を配分せ ず,宅外共有活動以外の活動のみに全ての時間を配分す る条件は以下の式で表される. n0exp(xn0)ln(Tn) > n0exp(xn0)ln(tn0*) + n1exp(xn1)ln(tn1*)(6) これより,式(4)を代入して若干の計算を行うことで以下 の式に変形できる. xnnln(n) (7) ただし,n は n ln(Tnn) – (1 + n)ln(1 + n) = 0 を満たす. 以上より,nが正規分布に従うと仮定すると以下の尤 度関数が得られる. lnt n1 t n 0 xn ln n xn L t n 1 0 t n 1 0 (8) ただし,, はそれぞれ標準正規分布関数,標準正規 確率密度関数であり, は未知パラメータである誤差項 の標準偏差である. ここまでの定式化では,単一のデータセットを仮定し た定式化を行ってきた.しかしながら,本研究では,複 数のデータセットを用いた分析を行う.複数のデータセ ットは説明変数ベクトルが完全に同一でなく一部の説明 変数が共通であり,誤差項の標準偏差も同一とは限らな い.n ≤ m が全国PT調査データ,n > m が社会生活基本 調査データを表すとすると,2つのデータを統合した場 合の尤度関数は以下の式で表される. L ln n c xcn p x pn n m , t n 1 0 p n m , t n 1 0 lnt n1 t n 0 c xcn p x pn p (9) ln n c xcn s xsn s n m , t n 1 0 n m , t n 1 0 ln t n1 t n 0 c xcn s xsn s ただし,xcn, xpn, xsn はそれぞれ両データに共通の説明変 全国PT調査データおよび社会生活基本調査データを用 いて式(9)によりパラメータの推定を行った結果を表(3) に示す.あわせて比較のために2つのデータを個別に用 いて式(8)によりパラメータの推定を行った結果も示す. 推定結果より,両データ間の共通変数については,世 帯人数とパート人数を除き,2つのデータを個別に推定 したパラメータ推定値に統計的な相違は見られず,デー タを統合することの妥当性が示された.世帯人数とパー ト人数のパラメータ推定値が異なることについては,2. で述べたように全国PT調査データでは共有活動の判定に 問題があり,世帯人数やパート人数によって,世帯構成 員が同一ゾーンにいるものの別々に活動している確率が 異なることが影響しているものと考えられる. また,両データを統合したことで,多くの共通変数の パラメータ推定値の統計的有効性が増加していることが 分かる.また,2つのデータで個別に推定した場合の推 定値が異なるものについては,両モデルを統合した場合 の推定値は社会生活基本調査データの推定値に近い傾向 が見られるものの,変数によって違いが見られる.また, 各データに固有の説明変数については,統合モデルの推 定値は個別に推定した場合の推定値と大きな変化は見ら れず,統計的有効性は向上していることが分かる. 統合モデルの誤差項の標準偏差の推定結果からは,全 国PT調査データの方が社会生活基本調査データより誤差 が大きいことが示された.この結果も全国PT調査データ による宅外共有活動の判定に問題がある可能性を示唆す るものである. 統合モデルのパラメータ推定結果からは,世帯人数が 多いほど,また,65才以上人数が多いほど,世帯の宅外 共有時間が短くなることが分かる.前者については,世 帯人数が多いほどスケジュールの調整が困難なため,後 者については,高齢者が外出する事自体が非高齢者に比 べて少ないためであることが示唆される.一方,12才未 満人数や自動車保有ダミーの係数値は正の値をとってお り,小さな子供がいる世帯や自動車を保有している世帯 が家族揃って外出する傾向が強いことを示しているもの と思われる.両データ固有の説明変数の推定結果を見る と,地区特性については中心都市ダミーのみが有意な値 をとっており,中心都市ほど宅外共有時間が長くなる傾 向を示している.また,世帯の年収とパソコン利用者数 が有意な値をとっており,それらが多いほど宅外共有時 間が増加する傾向が示された. 表 3 休日共有外出行動モデルの推定結果 説明変数 北海道・東北ダミー 中部ダミー 近畿ダミー 中国・四国ダミー 九州ダミー 世帯人数(人) 65 才以上人数(人) 12 才未満人数(人) 自動車保有ダミー 一戸建てダミー 農林漁業就業者数(人) 運輸業就業者数(人) 正規職員・従業員人数(人) パート人数(人) 学生人数(人) 世帯主の通勤時間(時間) σp 定数項 p 中心都市ダミー 二輪車保有台数(台) 5 才未満人数(人) 駅までの距離(km) 鉄道運行本数(10 本) 人口密度(100 人/km2) 駅までバス本数(10 本) σs 定数項 s 世帯の年収(千万円) 携帯電話利用者(人) パソコン利用者(人) 核家族ダミー サンプル数 自由度調整済み決定係数 全国 PT(H17) 同時推定モデル 推定値 -0.038 0.013 -0.001 -0.049 -0.069 -0.525 -0.066 0.540 0.312 -0.175 0.202 -0.127 -0.089 -0.144 -0.184 0.098 1.038 -2.199 0.180 0.014 0.659 -0.012 0.001 0.000 0.004 1.018 -2.595 0.110 0.000 0.056 0.398 t値 推定値 -1.27 0.47 -0.02 -1.72 -2.36 -27.53 -4.52 25.09 10.55 -8.60 8.59 -2.88 -6.10 -6.49 -4.88 4.83 79.55 -35.41 5.54 2.64 18.24 -1.09 0.70 0.13 1.30 97.60 -41.70 3.21 0.02 4.24 11.72 39806 0.159 5.おわりに 世帯の共有外出時間を対象としたモデル分析により, 複数のデータを統合することで,パラメータ推定の統計 的有効性を向上させるとともに,世帯収入等,これまで 考慮できなかった要因について,地区特性等の他の要因 との影響度を比較することを可能とした.今後は,自動 車保有や交通手段選択行動等に同様の手法を適用し,有 効な知見を得ることを目指す. 最後に,本研究で用いた社会生活基本調査データは, -0.032 0.039 0.002 -0.061 -0.048 -0.346 -0.064 0.515 0.253 -0.178 0.150 -0.063 -0.120 -0.081 -0.099 0.044 1.011 -2.536 0.163 0.004 0.516 -0.009 0.001 0.000 0.004 - t値 社会生活(H13) 推定値 -0.55 0.76 0.04 -1.08 -0.87 -11.06 -2.49 12.45 4.32 -5.10 2.78 -0.93 -4.42 -2.26 -1.50 1.17 79.40 -25.12 4.97 0.76 12.04 -0.88 0.61 0.26 1.16 - 8656 0.079 t値 -0.036 0.006 0.004 -0.042 -0.070 -0.630 -0.054 0.599 0.330 -0.174 0.219 -0.163 -0.088 -0.185 -0.231 0.002 -1.00 0.18 0.10 -1.23 -2.03 -25.49 -3.01 22.47 9.51 -6.87 7.91 -2.78 -4.83 -6.48 -4.97 4.93 1.031 -2.402 0.112 0.033 0.069 0.372 94.73 -34.27 3.14 2.19 5.01 10.69 31150 0.185 一橋大学経済研究所附属社会科学統計情報研究センター による秘匿処理済ミクロデータの試行的提供を受けたも のである.ここに記して感謝の意を表する. 参考文献 1) 2) 森川高行,Ben-Akiva, M.:RPデータとSPデータを同時に 用いた非集計行動モデルの推定法,交通工学,Vol. 27, No. 4, pp. 21-30, 1992. Kitamura, R.: A model of daily time allocation to discretionary out-of-home activities and trips, Transportation Research Part B, Vol. 18, pp. 255-266, 1983.
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