おいしい日本―感動の食材 - Kateigaho

J apanese tex t
2012年 春/夏号 日本語編
食
春の八寸一盛
おいしい日本―感動の食材
もとは山海の珍味を八寸(24cm)四方の器に盛り付けることが由来。現
代では、様々な工夫を凝らした酒肴を季節感を出しながら盛り、器の上
で季節の儚さをより視覚的に表現した一皿といえる。盆の上に遠山を飾
p.014
料理人の包丁さばきはある種の儀式のようだ。無駄のない動
り、大根をぼんぼりに見立てて夜桜見物を表現している。菜の花、百合
根、わけぎの酢味噌和え、たらの芽などの春に旬を迎える野菜や山菜。
鯛の真子、車海老、うなぎの八幡巻き、鯛の旨煮寿司、あわびの肝蒸し、
きの中で魚は骨の一本まで丁寧に扱われる。それは食材に
厚焼き卵など山海の珍味を少量ずつ盛りつける。真子とは卵巣のことで、
対する感謝ゆえと金沢の料亭「銭屋」の主人・髙木慎一朗
春の産卵期しか味わえない珍しい食材だ。
氏は言う。自然の海のものであれ、手塩にかけて育てた肉や
野菜であれ、それは変わらない。命あるものとの一期一会の
精神なのだ。おいしいものをおいしい時に、または年月をか
自然への感謝ありき
け素材のおいしさを種々の技で引き出し、いただく。折々の
1
食材と味覚のバリエーションは多彩で、季節は 365 日に分か
れている。ようこそ、おいしい食材の国へ!
日本料理では「素材の持ち味をいかに生かすか」というこ
p.019
とに力が注がれてきた。野菜にしろ魚にしろ素材が本来持っ
写真=小林庸浩 文=直江磨美
(p.015)
ちらし寿司
酢飯の上に錦糸玉子を散らし、車海老、菜の花、わらび、うなぎの蒲焼、
ている味そのものを理解し、その味の良さを最大限引き出
すのが、
「料理人の技」ということになる。味つけは「だし」
をベースにして基本に忠実に調理し、決して技術によって味
を大胆に変えよう、ねじふせようというものではない。日本
人参と大根、木の芽を飾った。寿司といえば生魚の握り寿司のイメージ
の食材は、基本の調理技術で多彩な味を演出できるだけの
が強いが、ちらし寿司は家庭料理の寿司の代表で、雛祭りや祭礼の日
種類の豊富さと魅力を備えている。
のごちそうにいただく手作り料理として親しまれている。
日本の食材の良さには「自然への敬意」が含まれている。
たきあわせ
焚合
魚や野菜など複数の食材をそれぞれ別に煮て、一つの器に盛り付けた
料理のこと。筍、ふき、車海老、こごみ、こんぶ、木の芽など桜が散っ
漁師が魚を獲るにしても、できるだけ魚を傷めないように定
置網で獲る漁法を用い、獲った後の魚の処理方法も多様で、
食べ手に届くまで食材が非常に丁寧に扱われるのが日本な
た頃に旬を迎える山菜をふんだんに盛り込んでいる。竹の子は、特に新
らではの点だ。また、アラをだしに使うなど、一匹の魚も余
鮮なものであれば刺し身で食べられるぐらい風味が豊かな食材で、春の
すところなく料理に用い、「捨てる」ということを罪悪ととら
料理には欠かせない。山菜は丁寧にあく抜きして、
かつおだしで煮含めた。
える。それは、与えられた自然への感謝の心というものが根
ノドグロ幽庵木の芽焼き
ノドグロは日本海沿岸で高級魚として珍重されている魚で地域によっては
「アカムツ」ともいう。上質な脂がたっぷりのった魚で、口の中でトロリ
ととろけるような味だ。醤油、酒、みりんを 1:1:1 で合わせた幽庵地に数
日漬けこみ、焼き上げる。手前は能登で海女が潜って採った天然岩ノリ。
底にあるからである。
「旬」は日本の食材を語る上で外せない言葉だ。春といえば
「タケノコ」というように、旬は素材が一番美味しくなる時季
をいう。日本の気候は四季がはっきりしており、時季によっ
て使われる食材も大きく異なる。季節の移ろいを皿の中に
表現するというのが日本料理の特徴だ。
(p.017)
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ところが、収穫は天候に大きく左右され、年によっては「旬」
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は一瞬で過ぎ去ってしまうこともある。しかし、仮に悪天候
油で煮含めて軽くソテーした。アワビは 720 年に編まれた歴史書『日本
で旬の魚が獲れなかったとしても、今日は良いものが入ら
書紀』にも記され、伊勢神宮にも奉納されているという歴史的意味合い
なかったと諦めて別の献立に変更し、「天気が悪いから仕方
ない」で終わらせる寛容さも私たちにはある。気候変化が
大きく、自然災害も多い日本で、自然の食材は自然の摂理
に従うべきという考えが DNA に刷り込まれているからだろ
う。この与えられた自然への感謝の心がより食材への愛情に
が深い海産物といえる。丁寧に調理されたあわびは食感も柔らかく、高
級海産物として日本で珍重されている。
夏の八寸一盛(表紙)
車海老の沢煮、一寸豆、厚焼き卵、うなぎの八幡巻き、ヤマモモのワ
イン煮、鯛のちまき寿司、鯛の白子クリーム、塩うになどの珍味が盛り
繋がり、食材を生かしてより美味しい料理を作ろうという気
込まれている。白子とは精巣のことで、トロリとしたクリーミィさが美味
持ちにさせてくれる。
しさの要なので、裏漉ししてそのままクリームに仕立てた。ガラスのプ
レートは、ラリックのガラスの板を器に仕立てたもの。
高木慎一朗(たかぎ・しんいちろう)
わ け
金沢の料亭「銭屋」の2代目主人。「まずは素材ありき」という考えの下、
シェフ発:私がこの食材に魅せられる理由
繊細かつ大胆な加賀料理を提案。アラン・デュカスとのコラボレーショ
ンなど日本の食文化を世界に発信している。
イラスト=群馬直美 (p.20 〜 23)
撮影=長谷良樹 (p.20)、沼知理枝子 (p.24)、瀧上憲二 (p.25)
■銭屋
石川県金沢市片町 2-29-7 Tel. 076-233-3331
p.022
世界で最も注目されている三ツ星獲得のシェフ、ミッシェル・
トロワグロ、マイケル・ロマーノ、エリック・リパートが、今
(p.018)
お気に入りの食材は?
造里一盛
車鯛、赤いか、マグロの刺し身。わさびや醤油などの薬味と一緒に食す。
海で囲まれた日本は、新鮮な魚が手に入りやすく、刺し身は食材そのも
ミッシェル・トロワグロ氏が求める野菜の味
のの味が色濃く出る料理だが、包丁さばき一つでも味は異なる。食感
を良くするために切り方にも多様な方法がある。マグロは本来なら冬の
食材だが、能登沖では夏に水揚げされ、濃厚な味が特徴。日本の夏は
蒸し暑く、いかに清涼感を感じてもらえるかが大事とされるため、竹と
氷で涼しさを演出した。
常に旬の野菜を探し求め、シンプルな調理法と、甘みや酸
味などの絶妙なバランスの味付けで、素材の持ち味を引き
出すこと——これが、ミッシェル・トロワグロ氏が大切にし
ている点だ。素材の味を最大限に活かすという考え方は、
(p.019)
日本料理の根底にも流れているもの。野菜は不恰好でも形
酢の物
が不揃いでも、新鮮で味が濃く、風味があるものを選ぶ。
万寿貝、金時草、南京、ちょうじなす、たたきオクラを合わせ酢で和えた。
キントキイモ
金時草は葉の裏面の色が「金時芋」に似た美しい赤紫色であることから
「金時草」と表記されるようになった加賀野菜の一つ。貝は独特な歯ご
たえが持ち味のひとつで酢で和えることでさっぱりとした味わいになる。
「日本のデパートやスーパーに陳列されている野菜は、形
や大きさも色も完璧で新鮮。本当に美しいのですが、人参、
キャベツ、トマトなどの主要な野菜は、調理して食べてみる
と、味、風味の凝縮感が足りなく落胆することの方が多いの
あわびのステーキ
です」
能登の舳倉島で採れたあわびを一気に水で煮て、その後、こんぶと醤
彼の東京の店であるキュイジーヌ [s] では、畑がダメージを
へぐらじま
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受ける大量生産された野菜ではなく、比較的小規模な生産者
により丁寧に地道に育てられた旬の野菜を常に探している。
みょうが
トロワグロ氏が日本の野菜の中で強い興味を持ち、独自
この形を見て、エシャロットに似ているなと思いましたが、
のメニューに取り入れているのは、柚子やわさびなどの薬
形を見てエシャロットとは比べものにならないくらいデリ
味だ。東京の店だけでなく、フランスの店でも欠かせない
ケートで、
さくさくとした食感が印象的でした。ハイアットリー
p.022
ものになっている。旬の時期に収穫された薬味を使って、
ジェンシー東京内にあるキュイジーヌ [s] ミッシェル・トロワ
どんなオリジナルの料理を作っているのか教えてもらった。
グロでは、みょうがをはちみつとヴィネガーでコンフィにし
ていますが、その仕上がりはとても穏やかな味わいです。こ
れを薄くスライスしてフロマージュ(フランス産のチーズ)
■メゾン・トロワグロ
と共に出しています。チーズの中でも特にブルーチーズに
Place de la Gare, 42300 Roanne, France
合います。料理では、ローストチキン、または野うさぎのロ
Tel. +33 (0)4 77 71 66 97
ワイヤルや山うずらのサルミソースなどのジビエに合わせま
す。シンプルなオムレツに入れてもおいしいでしょう。
■キュイジーヌ [s] ミッシェル・トロワグロ
東京都新宿区西新宿 2-7-2 Hyatt Regency Tokyo 内
(イラストのみょうがは、東京の早稲田で栽培されている
「早稲田みょうが」
)
Tel. 03-3348-1234
ミッシェル・トロワグロ Michel Troisgros
ミシュラン「レッドブック」が最高峰と認める三つ星を 1968 年から保持
し続けるレストラン「トロワグロ」(TROISGROS)の三代目オーナーシェ
フ。2003 年には、グルメガイドブック「ゴー・ミヨー」の最優秀シェフ
賞を受賞し、翌年にはフランスの歴史的な「レジョン・ド・ヌール勲章」
を受章している。
長葱
ねぎ
西洋葱と同じ系統の野菜ですが、日本の葱は火を通すと西
洋葱より香り高く、とろみが出て、しかも食感が楽しめます。
焼き鳥の料理で、葱を串に刺して炭火で焼くように、キュイ
ジーヌ [s] では、焼き色がしっかりと付くまで火を通し、葱の
香ばしさと甘みを引き出します。肉料理や魚料理の付け合
わせにぴったりで、レモン汁をふりかけます。
p.021
柚子
にいじゅくいっぽんねぎ
(イラストの葱は、東京で栽培されている新宿一本葱という品種)
柚子は、私のお気に入りの柑橘類のひとつ。料理に使うと、
驚くほど繊細な香りを放つのです。どんな料理でも柚子を使
うと味にメリハリが出て、素材の味が引き立ちます。例えば、
わさび
生のお魚、貝類、ラングスティーヌ(赤座海老)など。常
私は、日本を最初に旅した時にわさびに出合い、この薬味
温で柔らかくクリーム状にしたバターに、ほんの少しの柚子
が大好きになりました。今では、フランスでもわさびは薬味
汁を加えるだけで、味に新鮮味が出ます。フランス人にとっ
として広く使われるようになりましたが、一般的にはチュー
て、柚子はとても華やかでフローラルです。マンダリンオレ
ブ状のわさびが普及しています。そこで私は、日本のわさ
ンジにも似たエキゾチックで魅力的な味です。私は幸運な
び業者(金印わさび)の協力のもと、地元の生産者、ブリュ
ことに、
フランスで柚子の生産者を見つけました。ペルピニャ
ノ・シュヴェツェル氏にお願いして、フランスで初めてわさ
ンの近くです。ですから、私のフランスの店で使っているの
び栽培に挑戦してもらいました。今のところ、その取り組み
p.023
は、フランス産の柚子なのです。
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に成功しています。わさびは、ナイフの先にちょっとのせた
左の料理の手前がカラスミのパスタ。奥は、秋刀魚とフ
くらいの、ほんの少量を使います。料理だけでなく、デザー
ルーツトマト、オリーブのタルト。
トにも使います。料理では、「的鯛のエマンセ、ケッパーと
ロマーノ氏の日本の食材に対する興味は深い。来日する
オリーブオイル」や「アスパラガスのポシェとマヨネーズ」
、
度に、新しい食材と出会い、それが彼の料理を常に刺激し
「ポロ葱のビネグレット」、またフロマージュ・ブランと蒸し
ている。
たじゃが芋に、牛肉のポトフやカルパッチョなどに使います。
デザートでは、苺のタルトや、フレッシュなマンゴーを添え
(p.024)
たソルベなどにも合うのです。
秋刀魚、ゆずこしょう、しそ、カラスミ
(イラストのわさびは、東京の西端にある奥多摩の渓流の中で育った奥
多摩わさび)
マイケル・ロマーノ Michael Romano
1998 年にニューヨーク市内の Union Square Café に主任シェフとして入
ると、6 ヶ月後にはニューヨークタイムズ紙が同店をトップランクに評価
した。以降、全米規模の数々の賞を受賞。六本木の東京ミッドタウン内
p.024
にある Union Square Tokyo の運営に関する直接責任者でもある。
マイケル・ロマーノ氏が夢中になっているのは、
秋刀魚、ゆずこしょう、しそ、カラスミ
今、マイケル・ロマーノ氏が虜になっているのは、九州産
■ Union Square Tokyo
東京都港区赤坂 9-7-4 ミッドタウンガレリア B1
Tel. 03-5413-7780
のカラスミだ。カラスミは、地中海に面する地域では「ボッ
タルガ」と呼ばれ、ロマーノ氏もお馴染みの食材だが、昨
■ Union Square Cafe
年初めて使った九州・佐賀県産のカラスミは、別格だと話す。
21 East 16th St., NYC 10003
「間違いなく私が今まで出会ったカラスミの中で最高の品質
Tel. +1-212-243-4020
です。濃厚で魅惑的な味。まるで海の味が強烈に凝縮され
たようです」
p.025
丸々と太った香り高いカラスミを、ロマーノ氏は、冷製パ
エリック・リペア氏の革新的な料理を支えるのは、
スタに使う。ソースは、新鮮なマグロをオリーブオイルで軽
味噌、鰹節、昆布、しその芽
く火を通し(Poach して)、それを出汁とオリーブオイルで
ピューレ状にして、クリーミーに仕立てる。炒めたセロリと
エリック・リペア氏のシーフード専門店、ル・ベルナダンは、
細切りにしたしそをからめたパスタの上にかけるのだ。最後
長年ニューヨークで圧倒的な人気を維持し続けており、常に
に粉状におろしたカラスミをたっぷりと振りかける。白ワイ
満席で予約が取れない。その繊細な味を支えているものの
ンにぴったりの珍味のパスタだ。
ひとつに、日本の食材がある。「店で使っている日本の食材
もうひとつ、ロマーノ氏が愛して止まない薬味のひとつに、
はたくさんありますが、代表的なものは、昆布、味噌、わ
ゆずこしょうがある。ピリリと辛い唐辛子と刺激的な香りの
さび、しその芽。ハマチやカンパチなどの魚も日本から取り
柚子の組み合わせは、堪えられないほど新鮮だと話す。特に、
寄せています」
。日本の家庭料理に欠かせない味噌もこの三
濃厚で脂っこい料理には、はっとするようなアクセントを加
ツ星のフランス料理の店でも重宝されており、ソースやド
えてくれる。
レッシングに使われている。
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白身魚や貝柱などの料理に、昆布や鰹節から取った出汁
穀物礼賛―心と身体を支える多彩な顔ぶれ
を使っているのも、リペア氏ならではの日本の食材の使い
方だ。石川県・金沢市にある日本料理の店、「銭屋」の料
理長である高木慎一郎さんは、初めて彼の料理を食べた時
に、その独創的で斬新な出汁の使い方に驚きを隠せなかっ
撮影=佐藤竜一郎 文=編集部
取材協力=はくばく、日本雑穀協会、JA 福井県経済連、サンライス桑原
生産組合、JA 花咲ふくい、プロ農夢花巻、NPO 法人自然文化誌研究会
たと話す。「エリックさんは、単に日本の昆布や鰹節の使い
方を真似たのではなく、その素材を完全に自分のものに消
化し、独自の解釈で魚の調理に用いて、完璧なフランス料
日本食というと白米を誰もが思い浮かべる。しかし、穀物は
理に仕上げていたのです」
米だけではない。食事のバラエティを豊かにし、かつヘルシー
手前の料理は、柚子と枝豆を使ったサーモンの料理。片
な「雑穀」(米以外の穀物)が今また注目されている。日本
面のみ火を入れている。わさび風味の枝豆ピューレとゆず
の雑穀の世界へ。
p.026
のソース。奥の料理は、2枚の昆布で生のキハダマグロを
一晩挟んでから火を入れている。表面のみほんの少し火を
(p.026)
入れている。
稲穂がまだ伸びきらず青々としている初夏の 6 月、大麦の畑は収穫の時
世界のトップ・シェフたちは、日々独創的な料理を生み出
期を迎える。この季節を「麦秋(麦の秋)」といい、俳句では夏の季語
すために、常に日本で新しい食材を発見し、刺激を受けて
いるようだ。
(p.025)
味噌、鰹節、昆布、しその芽
にもなっている。福井県は六条大麦の生産量日本一を誇る。福井県東
下野町にある収穫前の六条大麦の畑。
p.028
食卓を彩る穀物たち
エリック・リペア Eric Ripert
ニューヨークの店、ル・ベルナダンは、ミシュラン三ツ星を取得、S.
(p.028 上から )
Pellegrino による世界のトップ 50 のレストランの中では、15 位の地位
高黍(もろこし)
たかきび
を占めている。ニューヨークタイムズは 20 年間連続四ツ星を付けている、
熱帯アフリカ原産。品種によっては背丈が 3 メートルほどにもなる。一
シーフード専門のフランス料理店だ。
部の地方では粉にして餅に混ぜたりして今も食されている。ビールの醸
造原料としても使われる。もちもちした食感から挽肉の代わりに使われ
■ Le Bernardin
ることもある。美肌にいいというポリフェノール、カリウム、リン、ビタ
155W 51 Street (between 6th and 7th Avenue,) New York, NY 10019
ミンB1、B6など含む。
Tel. +1-212-554-1515
稲(米)
言わずと知れた日本人の主食。籾殻を取った玄米を精白し、玄米から糠
と胚芽を取り除いた精白米が食卓の中心だが、雑穀としての玄米ファン
も多い。日本ではもちもちした粘りのある食感の米が好まれる。新潟は
コシヒカリ、ササニシキなど広く流通している品種の産地としてほか、
最近では北海道の品種も注目されてきている。
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あわ
粟
各地の農業試験場で日夜なされている。一般消費者を対象
ヒエと並ぶ日本最古の穀物。稲の伝来以前の主食で、縄文時代(紀元
に行う米の食味評価試験でさえも、白さ、艶、香り、味、
前 1 万 5000 年~ 3000 年)には栽培されていたらしい。ネコジャラシ
に似た独特の形状。北海道、東北で多く栽培され、米と混ぜたり、団子
や餅にしたりして食す。鉄分は精白米の 5 倍。マグネシウム、カルシウ
ム、ビタミン B1 などが豊富。原産地は中央~東南アジア。
口当り、粘り、柔らかさ(硬さ)などが細かくチェックされ
るほど、米そのものの味に対して基本的に敏感なのだ。
それほどのこだわりがあるから、米以外の雑穀はあまり家
庭の食卓にのぼる余地はなさそうに思えるが、昨今の雑穀
(p.029 上から)
嗜好の広がりを見るとそうでもなさそうだ(雑穀の定義はい
稗
ろいろあるが、ここでいう雑穀とはとりあえず白米以外のも
アワと並び稲伝来以前の日本の主要な穀物。冷害や旱魃に強く、米飯の
のとしよう。玄米や麦、その他豆類なども含む)
。今浸透し
ように炊いて食されていた。味には癖がない。自然界にあるのはぱさぱ
てきている雑穀の食べ方のほとんどは、白米と一緒に炊く方
ひえ
さした食感のうるち種のみだが、最近粘り気のあるもち種が育成された。
主要産地は岩手県。食物繊維が精白米の約 6 倍と豊富で不飽和脂肪酸
も多く含まれる。原産は日本、中国と諸説ある。
法である。
たとえば、ファッションの発信地として知られる表参道・
原宿が、実は雑穀の消費量が一番高い場所の一つだという
話がある。流行にこだわる人々の間ではナチュラル系の食
きび
黍
黄色や白の種があり、粉にして餅や団子として食された。桃太郎に出て
志向が強いこともあり、表参道のレストランでは白いごはん
くるきび団子の黍である(「桃太郎」はきびだんごを持った桃太郎が、犬、
か、雑穀ごはんかをチョイスできるところが多くなった。特
猿、雉を従えて鬼退治に行く昔話)。日本には粟や米よりもだいぶ遅く伝
にカレー店では玄米ごはんや雑穀ごはんが当たり前のよう
来したと考えられている。ビタミン B 群、亜鉛、鉄、マグネシウムが豊富。
だし、お客も白飯と雑穀ごはんの選択肢あれば、雑穀ごは
原産は中央~東アジア。
んのほうを選ぶ傾向にある。
日本で古くから栽培され続けてきた雑穀の代表といえば、
大麦
秋に種が蒔かれ、夏に収穫する。穂の形状によって「六条大麦」(写真)
と「二条大麦」などに分かれる。麦ごはんや麦茶として親しまれている
ヒエ、アワ、キビだが、昭和期に米が増産され、精白米の
ごはんが主食となると、これらの雑穀は次第に小規模作付
品種は六条大麦と裸麦。食物繊維は白米の 17 倍。大麦を精麦した丸麦、
けとなり、今では地方によっては生産者の一部周辺か、あ
丸麦を平たく加工して食べやすくした押麦、米の形状に加工した米粒麦
るいは生産者が自家用としてだけ栽培しているような例も少
などが流通している。中央アジア原産。
なくない。しかし一方で、今も雑穀生産量日本一を誇り、大
規模に栽培を展開している岩手県などもあるし、雑穀が食
p.030
べやすく加工されたりブレンドされたりしてきたことで、貧し
米へのこだわりかたが日本人は独特である。パサパサした
い時代の食べ物という雑穀のイメージが一新され、雑穀は
米が苦手でもちもちした食感を好む。どちらかといえば、世
たしかに今、食生活の中に定着しつつある。健康志向やア
界の好みとは逆だ。さらに味付けしない炊いただけの状態
レルギー代用品としての雑穀が注目される世界の潮流もあ
の米自体の味の違いにうるさく、品種への並々ならない思
るだろう。
い入れがある。街のスーパーなどで普通に入手できるお米
アメリカのスーパーモデルやバレリーナ、映画スターなど
は数品種からせいぜい 10 品種くらいだが、日本の米の品種
の間で人気のマクロビオティックという思想が元々日本で考
は 300 種ほどあるともいう(専門家でも全部確かめた人は
案されたものであることを考えれば、そのルーツもこれらの
いないだろう)。そして今も新しい米を求めての品種改良が
日本の雑穀にあるともいえる。では日本の雑穀ならではの
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特徴とはなんだろう?
のです。白米と一緒に炊くと仄かなピンク色のごはんになり
「アメリカがワイルドライス、アマランサス、キヌアなど、
ます。マルチグレインと異なるのは、日本ならではのこうし
どちらかといえば南米系の雑穀が中心で、さくさく、ぱさぱ
たこまやかさではないでしょうか」
さした食感のものが多いのに対し、日本のヒエ、アワ、キ
たしかに十六穀米で炊いたごはんは、素材そのものの味
ビはアジア原産で、でんぷん系。食感はもちもちしているの
わいの深さを感じさせ、色合いも香りも食欲をそそる。
が特徴です」と話すのは、穀物メーカーの大手「はくばく」
岩手県の雑穀農家を取材で訪ねた時、農家の女性が「キ
の長澤重俊社長。穀物全般を扱い、健康の源になるものと
ビやアワの入っていないごはんは物足りない」と言っていた。
して麦や雑穀の普及に力を入れている。
そこでは真っ白なごはんが必ずしも最高位を占めていない。
「アメリカは雑穀をパンに入れて食べたり、あるいはシリア
健康志向だからではない。それがそこではごく普通なことで、
ルにするか,小麦を基本にした文化であることを感じますね。
食生活の基本なのだ。そのあり方は正しいことと思える。
オーツ麦の文化もある。でも日本では麦といえば大麦で、
ごはんに混ぜて食べるんです」
(p.030)
小麦を中心とした文化と、米を中心とした文化。その違
米がなければ雑穀もない。5 月末、棚田風景が美しい新潟県・山古志
いはたとえばこんなところにもある。Japanese millet(ヒエ)
、
Foxtail millet(アワ)、Common millet(キビ)は、英語では
みな millet であるのに対し、日本語ではヒエ、アワ、キビ
と固有の名称をもっている。逆に日本では barley は日本語で
村に、田植え作業中の樺沢和幸さんを訪ねた。棚田は大きな農機を入
れることもできない。その手間から全国には休耕田も多いが、樺沢さん
は建設業との兼業で「割合は農業が 10 で建設が 1 かな」と棚田の米作
りを楽しんでやっているようだ。春と秋 1 回ずつの減農薬でおいしいお
米を作り続けている。
「大麦」、wheat は「小麦」、rye は「ライ麦」でいずれも「麦」
だ。栽培の歴史や食生活における重要度の違いが見てとれ
ヒエの収穫にあたる川村治さん一家と収穫のスタッフ。岩手県は国内に
る。
おける雑穀の 6 割を生産し、生産量日本一を謳っている。一見、水田
マルチグレインといえばアメリカが本場だが、白米信仰の
根強い現代の日本でも徐々に食生活に浸透してきている。
地帯に見える広大なエリアがヒエの畑で、機械化と転作のしやすさから
ヒエが多いという。ほかにもアワ、キビ、ハトムギ、アマランサスなど。
会社勤めをしながら週末農業にいそしむという兼業農家が多い。
五穀、十穀と、複数の穀類をブレンドした商品だが、はくば
くの「十六穀ごはん」もそんな人気商品の一つだ。もちあわ、
(p.031)
黒米、黒豆(大豆)、アマランサス、発芽玄米、キヌア、た
山梨県・小菅村でタカキビを作っている奥脇利雄さんとソノさんご夫妻。
かきび、小豆、黒ごま、白ごま、もちきび、大麦、赤米、
ここではタカキビをアカモロコシといい(トウモロコシの黄色に対して)
、
ひえ、はと麦、とうもろこしの 16 種の穀類が 30 グラムずつ
パックされている。精白されているので洗わずにそのまま米
と一緒に炊いて食べるのだが、これがおいしい。長澤社長
お餅にしたり、大福饅頭に混ぜたりして食べる自家用のほか、最近は近
くの温泉の土産物として買い取ってもらっているという。唯一国産で流通
している岩手のタカキビよりも背が高いのが印象的。
は言う。
六条大麦の生産日本一の福井県。あわら市の麦畑では、6 月、麦の収
「穀物のブレンドですが、いわゆるマルチグレインとは違う
穫が大詰めを迎えていた。刈り取られた麦は乾燥・選別した後、貯蔵
ものです。私たちがブレンドにあたってこだわったのは、第
庫のサイロに入れられ、ごはん用の麦や麦茶に加工用に、7 月半ばから
一に色彩。炊いたときの色合いです。第二に食感。もちも
ちした噛みごたえです。そして第三に香りです。これらを繊
注文に応じて順次出荷される。刈り取り後の麦畑では蕎麦や大豆の転作
をするところが多い。サンライス桑原生産組合のかたがた。
細に追究していったらこういう 16 種の組み合わせになった
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麦茶は体に優しい。カフェインを含まず、焙煎の過程で生成されるビラ
見た目も味も美味しい雑穀レシピ
ジンは血液をさらさらにする効果があることがわかっている。
調理・レシピ=山田玲子
〈すべての材料は 4 ~ 5 人分〉
p.032
雑穀は米と混ぜてそのまま食べてもいいが、料理の素材の一
つと考えればアイディア次第で幅が広がる。
16 穀米のサラダ寿司
【材料】
米 2 合、16 穀米 1 袋(30g)、合わせ酢(酢大さじ 6、砂糖大さじ 3、
塩小さじ 1)、枝豆、モッツァレラチーズ、アボカド、サラダ菜、貝割れ
大根、海苔
白いお米に雑穀を混ぜて炊くスタイルが雑穀の食べ方として
★ソース1 わさび小さじ 1、マヨネーズ大さじ 3
は一般的だ。1 種類混ぜるだけでもいいが、15 穀米や 16
★ソース2 醤油小さじ 1、コチュジャン小さじ 1、ケチャップ大さじ 1、
穀米など、複数の穀物が最初からブレンドされたパックも暮
らしに定着している。
「異なる種類の穀類がバランスよく混ざっていて彩りもきれ
いですから、たまに違ったごはんが食べたいという時などに
もいいですね。若い人には特に人気です」
マヨネーズ小さじ 2
【作り方】
① 米を研ぎ、16 穀米と水を入れて米を炊く。
② 酢に砂糖と塩を入れてよく溶かし、合わせ酢を作る。熱いごはんに一
気に合わせ酢を入れて、ごはんを切るようにして混ぜる。これを冷まし
て酢飯にする。
と語るのは、料理サロン Salon de R を主宰する料理研究
③ 酢飯が冷めたら 7 ミリ角に切ったチーズと枝豆を一緒に混ぜる。アボ
家の山田玲子さん。山田さんが提案しているのが “ 着せ替
カドは丸くして飾る。
えごはん ” だ。
④ 2 種のソースを作る。
「カレーやドリアなど、トロリとしたソースがかかる料理に
16 穀米は合いますし、コロッケ、カツ、天ぷらなど揚げ物
には麦ごはんが合う。春には、黒米や黒豆をお米と一緒に
炊くとうっすらピンクの春らしい食卓になる。おかずや季節
によって、ごはんも着替えるように楽しもうということです」
今回、山田さんには雑穀ごはんだけではなく、さまざま
なスタイルの雑穀料理を披露していただいた。
⑤ 海苔にサラダ菜をしいて酢飯、貝割れ大根をのせてソースをかけて頂
く。
(p.034)
三色丼ぶり タカキビを使って
・タカキビ
【材料】
タカキビ(乾燥で 30g、茹でて 120g)、みそ 50g、白みそ 10g。しょう
ゆ小さじ 1.5、砂糖大さじ 1、にんにくおろし小さじ1、一味唐辛子、み
(p.032 上から)
香り高い麦茶
りん 50g、酒大さじ 1、ごま油少々
【作り方】
江戸時代には「麦湯」という名で流行し、古くから身近な飲み物だった。
① タカキビは 5 時間くらい水に漬ける。2 倍くらいの水で柔らかくなる
大麦の収穫が夏であるため冷やして飲む習慣が広まると、冷たい麦茶
まで茹でる、
の香ばしさと清涼感は日本の夏に欠かせないものになった。麦茶に使う
茹でたタカキビは水気をきる。
麦は、精麦し焙煎した大麦(右上 写真は丸麦)だ。それを砕いてパッ
② ごま油以外の調味料を混ぜ①に入れる。弱火で照りが出るまで木べ
クした麦茶パックは楽だが、袋入りの粒の麦茶を沸かしていれたほうが
らでかき混ぜながら。
香ばしさに勝る。いれ方は、1 リットルに対して麦茶 30 グラム、やかん
③ 最後にごま油を加え、丼によそい、炒り卵と絹さやをのせる
にお湯を沸騰させてから麦茶を入れ、5 〜 10 分弱火で煮出す(濃さは
好み)
。火を止めたらそのまま冷まし、冷えたら濾して容器に移して冷蔵
・卵とさや
庫へ。
【材料】
Spring / Summer 2012 Vol. 29[ 食 ]
8
卵3個、砂糖大さじ 1.5、絹さや 50g、塩少々
日本酒、海の幸との出会い
―塩竈の酒蔵とレストランから
【作り方】
① 卵を割りほぐし、砂糖と塩を入れてよく混ぜる。
② フライパンに油を少々入れて、①を入れて菜箸を 4 ~ 5 本でよくかき
撮影=佐藤竜一郎 文=編集部 コーディネーター=さかよりのりこ
混ぜて、強火で火を通し炒り卵にして取り出す。
③ 絹さやは塩を入れた沸騰した湯でさっとゆがき、せん切りにする。
ヒエとアワのタブレ風サラダ
【材料】
p.036
日本の食を楽しむうえで欠かせない存在といえば、日本酒。
うらかすみ
港町で生まれ、愛されてきた日本酒「浦霞」の酒造りの現場
しおがま
ヒエ(乾燥で 10g、茹でて 30g)、アワ(乾燥で 10g、茹でて 40g)、ド
を宮城県・塩竈市に訪ね、地元の旬の幸との、和・洋のバ
ライトマト 2 枚、ケイパー大さじ 1、ピーマン 1 個、粒状コーン大さじ 2、
ラエティに富んだマリアージュを体験した。
イタリアンパセリ適宜、オリーブオイル大さじ 1 〜 2、レモン汁大さじ 1、
塩・こしょう少々
【作り方】
① ヒエとアワは 5 分くらい茹でて、水をきる。
② ドライトマト、ピーマンは 5 ミリ角に切る。イタリアンパセリも細かく
銘酒を醸す誇りを胸に日々、米と麹などの素材と向き合う。
蔵元の現場監督であり、日本酒という作品を生み出すいわ
ばアーティストのひとりでもあるのが「杜氏」
。飲む人には、
切る。
じっくりと、その作品の味わいに浸ってほしいはずだ。
③ 茹でたヒエとアワを熱いうちにオリーブオイルとレモン汁をかけて合
だが、老舗の蔵元「佐浦」の杜氏、鈴木智さんは「日本
わせる。②とコーンとケイパーも合わせ、塩、こしょうで味を調える。
酒は決して一番に主張するものではない」と言う。
さとし
「古くから、食事と一緒に楽しみ、次の料理を味わう前に、
(p.035 上から )
帆立と旬の野菜スープ 麦入り
【材料】
帆立 5 個、かぶ 3 個、アスパラ 3 本、人参 120g、玉ねぎ 100g、バター
大さじ 2、水 600㏄、押し麦 40g、塩・こしょう少々
【作り方】
舌を洗う役目をもつものでした。食材、料理と合わせてはじ
めて完成する味なんです」
食材と食材をつなぐものであると同時に、人と人をつなぐ
ものであるという。「話題のきっかけになったり、食事の場
を和やかにしながら、次の料理を楽しんで味わうためのお
① 帆立は半分に切る、かぶはいちょう切り、アスパラは 7 ミリの輪切り。
手伝いができれば嬉しい」
玉ねぎと人参は 7 ミリの角切り。
「すっきりと、ほのぼのとした香りの港町のお酒」と鈴木さ
② バターで玉ねぎと人参を炒める、次にアスパラとかぶを炒めてから水
を入れて塩、こしょうをする。軟らかくなったら帆立と麦を入れて 15 分
くらい煮る。
麦茶のゼリー
【材料】
んが表現する酒と、塩竈の旬の味覚との競演に出会った。
(p.036 左下 )
「浦霞」の醸造元・佐浦では、今年の仕込みが始まっていた。左・杜氏
の鈴木智さん。
煮出した麦茶 250㏄、砂糖 20g、ゼラチン5g、水 25g
【作り方】
① ゼラチンを水でふやかす。
( 右下 )
上・午前、午後の 2 回、1時間ほどかけて蒸し上げられる酒米。米粒
② 煮出した麦茶に砂糖を入れる。ふやかしたゼラチンを麦茶で溶かし、
の中は柔らかく、外は固めになるよう絶妙に仕上げる。酒蔵によって蒸
器に入れて冷やし固める。
し方の流儀も違う。
Spring / Summer 2012 Vol. 29[ 食 ]
9
る、世界に類を見ない酒類。江戸時代の佇まいを残す土蔵
(p.037)
「
『浦霞』はすっきりと端麗な辛口。地元の海の幸に合わせて酒造りをし
かめき
ているから、相性抜群なのは当然」と、塩竈で5代続く「亀喜寿司」店
ほ
し まさひろ
長の保志昌宏さん。右上・塩竈のブランド魚、めばちまぐろ、濃厚な甘
みのぶどうえび、赤貝のにぎりと、白魚のポン酢和え。下中・まぐろは
の醸造蔵の中、ずらりと並ぶタンクの中では、もろみが発酵
し、ぷちぷちという音と泡を立てている。まさに生き物とい
う感じがしますね、と言うと「麹菌にしろ酵母菌にしろ、目
醤油ではなく、海水が結晶した “ 藻塩 ” を砕いたもので味わうのがおす
に見えない生き物を相手にするので感覚を研ぎ澄ますこと
すめ。カリカリとした食感も楽しく、ミネラル豊富でまろやかな塩気がま
が大切なんです」と、杜氏の鈴木さん。
ぐろの旨みを引き立てる。左下・「めぬけ」という深海魚、生にしん、
言うまでもなく重要なのは仕上がりの味と香りを見極める
白子のにぎり。
こと。それ以前に、その年によって出来上がりが違う酒米の
左中・「浦霞」大吟醸の酒粕で作る贅沢なムースとアイスクリーム。
質を分析し、水に浸す時間、蒸し上げる時間を細かく調節
する。米の表面の微かな色の変化や手触りにも全神経を集
(下)
地元・宮城の作家たちによる器で涼やかな演出を。ガラス工房キルロ
中させる。
そして視覚、触覚だけでなく、聴覚も使うという。
「タ
のまつださゆりさん ( 右上 )、志賀英二さん ( 左下)のガラス作品。左中・
ンクの中で、もろみが発酵している時のこの音で、発酵の具
海馬ガラス工房の村山耕二さんの仙台ガラス作品。下中・加藤晋さん
合を知ることができるんです。今は空調などで温度管理をし
の陶器作品。
ていますが、その音で機械の調子も聞き分けたりしますよ」
「日本酒というのは、酒としての特徴のみならず、それぞれ
(p.038)
「日本酒の味わいは、ちょうど白ワインと赤ワインの中間。例えるなら、
酸味は弱めだがコクがあるピノ・グリのよう」と地元のフレンチレストラ
の蔵元が、長い歴史の中で地元の地域と密接に関わり合い
ながら代々受継がれている、世界でも珍しいひとつの文化と
ン「シェ・ヌー」の赤間善久シェフ。塩竈港で水揚げされたスズキとサ
いえます」と佐浦弘一社長。日本全国に 1500 あまりの酒蔵
ヨリのカルパッチョと、鮑のゼリー寄せホワイトアスパラムースの軽やか
があるが、多くがその土地の歩みとともにある。江戸時代、
な前菜には、すっきりとした「浦霞禅」を。地元産の豚バラのキャラメ
享保 9(1724)年創業の佐浦も、仙台・伊達藩ゆかりの鹽
リゼには、肉料理にも負けないが決して味の邪魔をしない、香りが立つ
がま
あ か ま よしひさ
純米酒を合わせて。
しお
お
み
き
竈神社の御神酒酒屋として信頼も厚く、地元で愛される酒造
りを続けてきた。
「日本酒は冷やでもいいし、冷酒でも、お燗にしても、温
(下)
小鯖美保子さん(左上、右上手前)、加藤晋さん(右上奥)作の、温
度によっていろいろと味が変わるお酒。ワインやビールと並
かみのある陶器の作品に盛りつける。左下・お好みの酒器で、浦霞を
ぶ醸造酒として、海外でももっと楽しんでほしい」と鈴木さ
味わう楽しみも広がる。p.37-38 で紹介している作家たちの作品に、
んは穏やかに、そしてやはりちょっと誇らしげに微笑んだ。
ジェームス・オペさんの虹色の作品も加わって。
(p.039)
タン、タン、とタンクの中を混ぜる “ 櫂 ” のリズミカルな音が響く。もろ
p.039
日本酒とは “ 五感で醸す ” ものだということを初めて知った。
みの温度や濃度を均一に馴染ませ、発酵を進める工程。
左下・「浦霞」の醸造元、佐浦の 13 代目社長・佐浦弘一さん。
佐浦の酒蔵が建ち並ぶ石畳の小道へ入る暖簾をくぐった途
右上・発酵・熟成させたもろみから清酒を搾り出す作業。吟醸酒造りは、
端、ふわりと漂うもろみの甘い香りに包まれる。日本酒は、
袋を重ねて自然な重みで丁寧に絞り出す。右下・佐浦が代々、御神酒
米のでんぷん質を麹菌がブドウ糖に変え、それを酵母菌が
を納めてきた鹽竈神社。
食べてアルコールになる。2種類の菌の力を借りて醸され
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10
■株式会社 佐浦
た脂が残らない。銘柄の黒毛和牛の脂には、オレイン酸と
Email: info@urakasumi.com
いう比較的低い温度で溶ける脂肪が多く含まれている。オレ
www.urakasumi.com
イン酸はオリーブオイルにも含まれており、風味が良くて、
悪玉コレステロールを抑制するといわれている。黒毛和牛
日本酒と料理の楽しみを演出する器―
の脂肪は、「牛なのにほぼ魚」だといえる。
宮城の作家たち
黒毛和牛は、飼育期間が、29 か月から 32 か月と長く(一
●ガラス工房キルロ 志賀英二、まつださゆり
般的にアメリカ産の牛の飼育期間は 20 か月前後)
、大量生
http://sky.geocities.jp/studio_kirlo/
産ができないため値段が高い。でも、その味は格別なもの。
●海馬ガラス工房 村山耕二、村山あい
低い温度で脂肪分が溶け出すので、シンプルな調理法で短
www.kaiba.org/index.html
●加藤晋
時間火を通せば、最大限にうまみを引き出せる。とろける
www.geocities.jp/ssmkt_1967/
和牛のうまみを、たたきやしゃぶしゃぶで味わおう。
●小鯖美保子
http://sabako11.blog.fc.2.com
●雷窯 ジェームス・オペ p.040
たたき
www.geocities.jp/ikazuchigama/indexenglish.htm
たたきとは、食材の表面を軽く焼き、中まで火を通さない
調理法。和牛は、醤油とみりんのマリネ液に漬け込んでか
らたたきにすると、脂身のうまみが引き立つ。マリネ液に漬
肉の王様、和牛の醍醐味
け込む時間や肉の厚みを変えるだけで、味の変化が楽しめ
る。大事なのは焼き方で、網の上にのせたら肉は焼けるま
でいじらないようにすること。サラダに仕立てれば、さらに
撮影=鈴木一彦 取材協力=西村晶子
p.040
肉の味の変化が楽しめる。
低温で溶け出し、さらりと喉を通り、香り高い和牛の脂肪は、
一般的な肉の脂肪の味を覆す、格別に美味なもの。
(p.040)
和牛の質の高い脂は、実は体にも良く、少量で大満足できる
●牛たたきサラダ
ヘルシーな肉なのだ。和牛のおいしさの秘密と、そのうまみ
を最大限に引き出す調理法をエキスパートの和牛シェフから
学ぼう。
<材料 4 人分>
右ページの要領で作ったたたき……………………………… 150 ~ 200g
ブルーチーズ(クリームタイプ)………………………………………… 20g
オリーブ……………………………………………………………… 6 ~ 8 粒
ベビーリーフ……………………………………………………………… 適量
和牛とは、日本の在来種に外来種を交配させ、品種改良を
スライスオニオン… ……………………………………………………… 適量
重ねてできた牛の品種のこと。その和牛の中でも生産量が
トマト… …………………………………………………………………… 1 個
95%と最も多く、高級な肉とされているのが、黒毛和牛だ。
黒毛和牛には、他の牛にはない特別なうまみがある。口の
中でとろけるような柔らかさと、甘みと独特の香りだ。それは、
パルミジャーノレッジャーノ(すりおろしたもの)………………… 小さじ 2
レモン絞り汁… ……………………………………………………… 1/3 個分
塩・こしょう… ………………………………………………………… 各適量
赤身の中にバランス良く、大理石の模様のように入っている
❶ ボウルにブルーチーズ(常温にして柔らかくしておく)とオリーブを
脂身のゆえ。口の中に入れると、さらりと喉を通り、べたべ
入れ、オリーブを漬けていたオイルの量を加減しながら入れてのばす。
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❷ 洗って水気をきったベビーリーフとスライスオニオン、縦 1/8 にカッ
と合わせ、ソースにつけると食欲が出るし、少量の肉でもお
トしたトマトを①に加え、塩・こしょうで味をととのえる。
腹が大満足する。湯にくぐらす時は、牛肉が縮んで堅くなら
❸ ②にパルミジャーノレッジャーノとレモンの絞り汁を加えて野菜に
チーズをからめ、食べやすい大きさにカットした牛肉のたたきを混ぜ合
わせて、器に盛る。
ク色に変わったらすぐに引き上げるのがコツ。ざるにあげて、
常温まで冷ましてから頂こう。
(p.041)
(p.042)
●牛肉のたたき
●冷しゃぶ
<材料 4 人分>
牛ヒレ肉………………………………………………………… 300 ~ 400g
マリネ液
薄口醤油……………………………………………………………… 1ℓ
みりん……………………………………………………………… 500 ml
玉ねぎ(くし形切り)…………………………………………………… 3 個
にんじん(斜め切り)… ……………………………………………… 2 本
白ねぎの青い部分(焼いて適当な大きさに切る)… ……………… 1 本
しょうが(スライス)………………………………………………… 100g
ローリエ………………………………………………………………… 適量
❶ マリネ液を作る。材料の野菜と調味料を鍋に入れて火にかけ、煮立っ
たら火を弱めて野菜が柔らかくなるまで 10 分ほど煮る。冷めたら濾す(冷
蔵庫保存で一ヶ月賞味可能)
❷ ヒレ肉を 2cm くらいの厚みに切り、①のマリネ液に 10 分~ 3、4 時間、
好みの味に漬ける。
❸ フッ素樹脂加工の網をよく焼き、鉄分のにおい消しと焦げ付きを防ぐ
ためにレモンの切り口をこすりつける。
❹ ③の網の上に肉をのせ、強めの中火で焼く。片面に焼き色と肉の角
に焦げ目がついたら返し、もう片面も焼く。
❺ レアに焼き上げ余熱で火を入れるか、刺身風にしたいときは氷水に
入れて一気に冷やす。好みの焼き野菜を盛る。
<材料 4 人分>
薄切りもも肉… ………………………………………………… 400 ~ 500g
具=レタス、トマト、きゅうり、豆もやし、味噌で炒めたなす、モッツァ
レラチーズ、カマンベールチーズ、スクランブルドエッグ、のり
………………………………………………………………………… 各適量
太白ごま油、酒、味噌、塩…………………………………………… 各適量
【牛しゃぶを作る】
❶ 鍋に湯を沸かし、60 ~ 70 度になったら、牛肉を 1 枚ずつ広げて入
れる。
❷ 70 度の湯は約 5 秒、60 度の湯は約 7 秒を目安に、赤身が桜色になっ
たらざるにとって冷ます。
【具を作る】
❶ レタスは洗って水気をきり、一口大にちぎる。
❷ トマトは湯むきしてくし形切りにし、果肉だけを使う(種はトマトソー
スに使用する)
❸ きゅうりは棒状に切る。
❹ 豆やもやしは湯がいて、ざるにとる。
❺ なすは斜め半月切りにして太白ごま油で炒め、煮切り酒でゆるくした
味噌を加えて炒め煮にする。
❻ モッツァレラチーズは大きめの小口切りにする。
❼ カマンベールチーズは皮を取り除いて、柔らかい部分は小口切りにし、
■プチレストラン ないとう
皮は短冊切りにする。
京都市中京区柳馬場通夷川上ル西側
❽ 卵はほぐし、塩と太白ごま油を加え、ゆるめのスクランブルドエッグ
Tel. 075-211-3900
ないように、湯の温度を 60 度〜 70 度に保ち、表面がピン
を作る。
p.042
しゃぶしゃぶ
しゃぶしゃぶとは、薄く切った魚や肉を煮え立った鍋の湯に
❾ 焼きのりは細かくちぎる。
【6 種のソースを作る】
1. つぶし豆腐ソース:絹ごし豆腐をボウルに入れてスプーンの裏を使っ
くぐらせる程度に火を通し、たれをつけて食べる料理。暑い
てつぶす。豆腐が漬かっていた水で少しゆるめる
夏は、和牛を火に通した後に常温に冷まし、数種類の野菜
2. ポン酢:濃口醤油 10、柑橘類の絞り汁 10、水 7.5、たまり醤油1、酒
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少々を合わせ、かつお節と昆布を入れて3日間ねかせる。
A4 〜 A5 ランクの牝の黒毛和牛だ。脂の質のよい、きめ細かな肉質の
3. にんにく甘味噌ソース:芯を取ってみじん切りにしたにんにくと油をフ
牛が買える。 熟成期間は、7 〜 20 日程度。 おすすめの赤身はヒレ。
ライパンに入れて火にかけ、香りが出たら煮切り酒でのばした味噌と砂
100g、1300 円〜 2500 円。
糖を加え炒める。
4. ごまだれ:練りごまかごまクリームを白醤油、煮きり酒、酢でなめら
東京都港区麻布十番 3-9-5
かになるまでのばしてごまだれを作る。
Tel. 03-3451-6485
5. トマトソース:トマトジュースを鍋に入れて2分ほど煮、具に使ったト
8 時〜 22 時、無休、国内お取り寄せ可
マトの種を加え、オリーブオイルと塩・こしょうで味をととのえる。
6. 辛子マヨネーズ:マヨネーズに辛子を加え、好みの辛さの辛子マヨネー
ズを作る。
■銀座 吉澤
東京・昭和2年創業の、仲卸兼精肉店。上質な肉を手頃な値段で提供
している。長年の経験に培われた目利きのオーナーが選ぶ牛は、全国
(p.042 右上 )
の信頼のおける生産者が3年の歳日をかけ、昔ながらの方法で育てた
かわぞえ ま さ し
「冷しゃぶ」を指南する川添雅嗣さん
A4 〜 A5 ランクの牝牛のみだ。成熟期間は 2 〜 3 週間。おすすめの赤
身はランプ。100g、1260 円〜。
■川添
大阪市北区曾根崎新地 1-9-6 菱富ビル 1F
東京都中央区銀座 3-9-19
Tel. 06-6456-4300
Tel. 03-3542-2983
8 時〜 19 時(月曜〜金曜)、8 時〜 17 時(土曜)、日曜・祝日定休
p.043
家庭画報国際版がおすすめする
最高級の和牛を扱うお肉屋さん
国内お取り寄せ可
■うしげん本店
三ツ星レストランの御用達で、地元ブランドの榛原牛を扱う創業百年あ
まりの店。A4 〜 A5 ランクの黒毛和牛のみを扱い、20 日〜 30 日間、
料理研究家や食通が注目する、上質な肉が手に入るお肉屋
真空パックで低温熟成させている。おすすめの赤身は、トロイチボ。薄
さんを教えてもらった。長期熟成にこだわる店や、生産者を
切りにして、そのまま生で食べるか、さっと炙る食べ方がおすすめ。
指定して仕入れる店、単一の銘柄牛に特化するなど、個性
的な店6軒を紹介する。
な か せ い
■中勢以
料理人をはじめ多くの食通たちの注目を集めている店。ショーケースに
は、
イチボや内ももなどの各部位がかたまりごとに美しく陳列されている。
(左の写真)特別な熟成庫で 8 週間、枝肉のまま熟成させている。おす
すめの赤身は内もも。100g、1600 円前後。
東京都世田谷区玉川田園調布 2-8-1
Tel. 03-5755-5678
月曜定休(祝日の場合は営業、翌日休業)、国内お取り寄せ可
■スーパーナニワヤ
奈良県宇陀市榛原萩原 2482
Tel. 0745-82-0017
9 時〜 19 時 火曜定休、国内お取り寄せ可
■ミートショップヒロ
ご主人自らが直接市場の競りに参加し、500 キロ以上の大きな A4 〜 A5
ランクの黒毛和牛を一頭買いするため、安くておいしい牛肉が提供され
る。成熟はしない。大きなサイズのヒレ肉が買える。おすすめの赤身は
ヒレ。100g、1800 円〜。レアかミディアムで焼くと、肉の香りが楽しめる。
京都市中京区壬生朱雀町 2-10
Tel. 075-811-4129
9 時〜 19 時、無休、国内お取り寄せ可
東京・麻布十番で 100 年の歴史を持つ。社長自らが競りで落とす牛は、
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おんなでん
■加藤牛肉店
するのが富山ならではの風習だ。嘉永 3(1850)年創業の老舗「女傳
山形牛専門の精肉店。飼育期間は 33 〜 34 か月。A4 〜 A5 ランクの処
かまぼこ」は、今や富山で定番の “ 昆布巻 ” かまぼこ(左下のうずまき
女牛のみを、血統や生産者にまでこだわり仕入れている。熟成期間は
状のもの)のなど、富山の伝統の味を守り続けている。富山湾の魚、ミ
真空パックにした状態で約 3 週間程度。おすすめの赤身:ランボソ
ギスをふんだんに使ったかまぼこの生地はもっちりとした食感が魅力。
100g、1890 円前後。
現代の家庭でも使いやすいようにと、大きさやデザインなど、時代に合
わせ、若い世代など新たな層の開拓も視野に入れた新しいかまぼこの
形も模索し続ける。
神奈川県横浜市金沢区富岡西 7-5-21
Tel. 045-772-3383
■女傳かまぼこ 9 時~ 19 時、日曜定休
富山市新川原町 5-19
Tel. 076-432-2107 Fax: 076-432-7774
Email: kamaboko@onnaden.co.jp
(p.043 右上から )
長期熟成することで味の変化が現れる。独特の熟成香が出て、味にコク
が生まれる。(中勢以)
ランボソとランプが一緒になった、面が大きい状態で販売している。き
p.046
富山の海と山の物語
め細かなサシが美しく入っている。(銀座 吉澤)
おすすめのランボソは、サーロインに続く腰からおしりにかけてのラン
プの一部。半頭で約 1 キロしか取れない。(加藤牛肉店)
“ 日本海のポケット ” と呼ばれる場所がある。
世界有数の漁場といわれる太平洋北西部の海に囲まれ、
豊かな漁業文化とともにある海洋国・日本。日本海には、
南からの対馬海流、北からのリマン海流と、暖流と寒流が
交わるため、暖流と冷水そして深海と、異なる環境に棲息
富山—海の食材の楽園探訪
する魚が集まる。
富山湾は、この日本海の一角に位置し、海へ突き出た能
登半島に受け止められるように、北の海から南下してくる
撮影=佐藤隆一郎 文=編集部 日本地図=上泉 隆 様々な魚たちが湾に泳ぎ着く。まさに、日本海の “ ポケット ”
コーディネーター=政所利子(株式会社 玄)
p.044
海に囲まれ、豊かな漁場に恵まれた日本。日本海に面した
いけす
富山湾は、天然の生簀とも呼ばれ、特に魚介の種類が豊富
なことで知られる。新鮮な海の幸だけでなく、山の幸や、山
から流れる清らかな水によって、この地ならではの食文化も
生まれた。今、その “ きときと ” な食材の魅力が注目される
富山で、自然の恵みの美味しさを発見しよう。
(p.045)
のようだ。富山で特徴的なのは、
日本を代表する山岳である、
3000m 級の北アルプス・立山連峰から、深さ 1000m の「あ
いがめ」と呼ばれる海底谷まで、高低差 4000m にも及ぶ
日本国内でも珍しいダイナミックな地形。大陸棚が狭く、沿
岸から急に深くなるため、漁場が近くまで迫る漁港が多い。
水揚げしてすぐの、活きのいい魚がいつでも新鮮な状態で
食べられる、贅沢な環境といえる。
富山湾で四季を通して味わえる魚の種類は、“ 富山湾の
王者 ”と呼ばれるブリ、“ 富山湾の宝石 ”と呼ばれるシロエビ、
富山では、結婚式などお祝い事がある時に大きな鯛や鶴、亀など縁起
“ 富山湾の神秘 ” ホタルイカなど代表的なものをはじめ、実
の良い図柄のかまぼこが配られる。それを切り分け、近所におすそわけ
に 500 種。日本近海に見られる 3000 種以上の魚のうち、
Spring / Summer 2012 Vol. 29[ 食 ]
14
日本海に棲息するのが 800 種だということを考えると、いか
とろけるような脂がしっかりとのったブリになる少し手前、程よい脂でさっ
に富山の漁場が豊かであるかがわかる。
ぱりとした美味しさだ。ブリは成長するにしたがって呼び名が替わる “ 出
この環境はまた、漁の技術の発展にもつながった。例えば、
富山湾での代表的な漁法である定置網漁は、「越中式定置
世魚 ”。富山では縁起の良い魚として古くから愛されてきた。
いくじ
撮影協力:くろべ漁業協同組合、魚の駅「生地」とれたて館
網」と呼ばれ、もとはブリ漁のために考案された富山発祥
海図:Japan Coast Guard Approval No.240901 for Use of Charts and
のものといわれる。魚の性質を計算し尽くし、傷つけず鮮度
Publications
を保てるよう、400 年もの歳月をかけ進化した、世界に誇る
漁業技術だ。富山ではこの他にも、スルメイカやニギスを
しきあみ
捕る敷網漁法、紅ズワイガニを捕るかごなわ漁など、独特
の漁法が開発されてきた。
富山湾の魚は、冬は海流に鍛えられ身が引き締まり脂が
■魚の駅「生地」 とれたて館/できたて館
黒部市生地中区 265
Tel. 0765-57-0192
Email : kurobegk@ma.mrr.jp
美味しくのったもの、夏になれば深海魚など珍しい種類のも
のも出回る。港によって特有の伝統的な保存法や加工法も
生まれ、豊かな食文化をもたらしてきた。立山連峰から富
富山の食材、世界の料理に
山湾に流れ込む、清らかな春の雪解け水は、苦味や臭みの
ない海藻やプランクトンを育む。それを食べて魚たちは健
やかに育つゆえに、美味しくなるのも必然だ。海の恵みは、
和 ―― “ 富山の食材はアイディアの宝庫 ”
p.049
そのまま山の恵みでもあることに、自然への畏敬を感じずに
はいられない。
「まだまだ知らない食材に出会えるのが何よりの喜び。創作
意欲が湧く、料理人にとってはたまらない環境です」と目を
が
ら
く
(p.046)
輝かせるのは、温泉リゾート「リバーリトリート雅樂倶」内
ホタルイカ漁には、専用の定置網が使われる。2 艘から 3 艘の船の間
にある日本料理「樂味」の木田康夫料理長。京都割烹の名
で網を絞りながら追い込み、最後はタモで丁寧にすくい捕る。
撮影協力:魚津漁業協同組合、三和定置網組合
らくみ
店「祇園さゝ木」で 20 年間の経験をもつ木田料理長だが、
富山での日々は新鮮のひとことにつきるという。
幻想的な光を放つホタルイカ。3 月から 6 月にかけての産卵期に、富山
涼やかな夏膳に登場したのは、“ 富山湾の宝石 ” シロエビ、
湾沿岸に現れる。
コラーゲン豊富で近年人気が高まっている深海魚・ゲンゲ、
写真:ほたるいかミュージアム提供
そして砺波市の名産・大門素麺。大門素麺を使うのは初め
てだったという木田料理長、「コシが強くて、こうしてカッペ
(p.047)
うおづ
魚津漁港の水揚げ、朝市のセリの様子。この日はホタル
くろべ
イカのほか、フクラギ、イワシなどが大漁だ。黒部漁港では
紅ズワイガニも揚がった。
リーニの冷製風にしてもよし、温かい料理にも使えそう」と、
また新たなアイディアの素材を発見したようだ。和食の枠だ
けに収まらない、自由な「樂味」スタイルだ。
シロエビのむき身を贅沢に使ったテリーヌの、下段に敷
フクラギ、イシダイ、アカムツ、メバル、「トヤマエビ」とも呼ばれるボ
いた湯葉も、実は富山産で京都でも愛用していたもの。茹
タンエビ、ケンサキイカ、ゲンゲ、バイガイ……初夏の富山湾の恵み
でずに絞った大豆のエキスそのままの、濃厚な味が魅力だ。
が勢ぞろい。フクラギは、富山を代表する魚のひとつであるブリの幼魚。
「海だけでなく、山のものも、たくさんの美味しい食材がす
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ぐそこにあるという感覚ですね。僕も近くの山に入って山菜
ベットラ ・ ダ ・ オチアイ」の、注目の富山店が 2012 年夏に
や、あさつき、山葵などを採りに行きますよ」
オープンする。かねてより富山の食材に惚れ込んでいた落
また日々、地元の農家に出向き生産者と対話していると、
合務シェフが、高志の国文学館の開館に伴う出店コンペに
ひとつの野菜でも葉、花、実、根、といろいろ使えることに
応募。念願叶っての開店となる。ひと言にイタリア料理と言っ
気付く。「大根の葉を使ってみようとか、京都時代とは違っ
ても、数ある州、また州の中でもそれぞれ土地ごとの味が
た発想が生まれますね」
ある。「富山ではまず地元の方たちに、土地のものを存分に
つとむ
こ
し
活かしてくれている、と実感して頂かなければ。そこから初
(p.048)
めて、世界にもおすすめできる料理になると思う」
大門素麺とシロエビのカッペリーニ風。シロエビは、太白ゴマ油でふわ
地のものを活かす。料理というのはそこにつきると、落合
りとソテーしてある。からすみとあさつきを散らし、茗荷を添えて爽やか
な一品に。
シェフは言う。この日の生海苔と海の幸の前菜は、磯が香り
立つ一品。パスタには、“ 富山湾の王者 ” ブリを余すところ
(p.049)
なく贅沢に使った。メインの小鯛のワイン蒸しまで、どれも
ゲンゲは、干物やお吸い物にしても上品な旨みが楽しめる。シロエビの、
素材が存分に引き立つ品ばかりだ。
わずか 6cm ほどの小さな身には、濃厚な甘みが詰まっている。
「富山は海も山も近く、新鮮なものが手に入る。四季もはっ
大門素麺は、丸くまとめられた愛らしい形や、昔ながらのパッケージが
きりしていて、豊富な食材が揃うのでイタリア料理にはぴっ
ユニーク。
たり」と落合シェフ。「これからは魚介だけでなく、山の幸
ゲンゲと夏野菜のマリネ(奥)と、シロエビのテリーヌ。素揚げしたゲ
ももっと取り入れていきたい。そしてなんといっても富山は
ンゲとトマト、茄子、万願寺唐辛子をさっぱりとしたマリネソースで。テ
水が良い」
リーヌには刻んだ胡瓜とウド、ウニと海苔の佃煮、凍らせた鶉卵の黄身
富山県内には、日本の名水百選のうち全国最多の 8 つが
で彩りを添える。
あり、美味しいだしをとるには何よりの環境だ。
「腕よりも、食材の見極めが料理人の仕事」という、日本
富山湾の旬のお造り 3 種:タチウオ、カレイ、マグロ。刷毛で醤油をつ
けるのが「樂味」流。
におけるイタリアンに新風を吹き込んだシェフの哲学は、気
取らずあくまでシンプル。そこから生まれる料理は、富山な
らではの “ マンマの味 ” としてお腹と心を温かく満たしてい
■和彩膳所「樂味 分 祇園さゝ木」
くに違いない。
富山市春日 56-2 リバーリトリート雅樂倶 内
Tel. 076-467-5550 水曜休
Email: info@garaku.co.jp
(p.50)
www.garaku.co.jp/dinner02.html
落合シェフが惚れ込んだ、富山の食材の競演。
左上・(前菜)
p.050
富山の海の幸と生海苔のコンソメゼリー
生の海苔の香りとシャキシャキとした歯ごたえ、イクラや白子など色々な
イタリアン ―― “ 富山の食材は、
イタリア料理にこそぴったり”
食感も楽しい。
食の激戦区・東京にあって、1997 年の開店以来 “ 日本一予
上・(パスタ)
約が取れないイタリアン ” と称され根強い人気を誇る「ラ ・
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ブリのラグーソーススパゲティ からすみがけ
この日の前菜、ハモの冷製は、富山湾の魚介類の豊富さ
ブリの骨のだしを、長ネギをよく炒めたソフリットと合わせ、骨に残った
を物語る一品。京料理で馴染み深い夏の味覚・はもが、富
身を和えたミートソースをパスタに絡める。トッピングの身のから揚げ
の苦味、揚げたネギの香ばしさと、散らしたボッタルガ(からすみ)が
アクセントに。
山で味わえるとは。「意外ですか? 安定して捕れるもので
はないですが、今日は良いものが手に入ったんです。富山
湾のはもは、湯引きしなくても美味しいんですよ」添えられ
左・(メイン)
たジュレは、昆布とカツオの一番だしで仕立て、白ワインと
本日のお魚の香草白ワイン蒸し レモンバターソース
柑橘類の香りをきかせたもの。昆布など海産物を運ぶ北前
メインはシンプルに、さっぱりと。ひとりでもふたりでも楽しめるボリュー
船で栄えた、岩瀬の歴史にもちなみ、料理には独自の和の
ム。
エッセンスが加えられる。
現代に甦る町の再生とともに、新・富山キュイジーヌも進
■ラ・ベットラ・ダ・オチアイ 富山
化し続けている。
富山市舟橋南町 2-2
www.la-bettola.co.jp
(p.051)
p.051
土壁や太い梁、吹き抜けの高い天井など、かつてのにしん蔵の重厚な内
部を活かした空間で堪能する、軽やかなフレンチが人気。
フレンチ ―― “ フレンチに感動を
もたらしてくれたもの、それが富山の食材 ”
左上・上品な黒ムツのソテーは、アサリのだしとほうれん草など夏野菜の
ピューレで味わう。
江戸から明治時代にかけ、日本海の航路を行き来し北海道
右上・ハモの冷製に、夏野菜の彩りが爽やか。野菜はできるだけ地元の
や大阪との交易を担う「北前船」の拠点のひとつだった岩
農家産の、朝採れたてのものを使う。
瀬は現在、かつての廻船問屋などの木造家屋がギャラリー
やレストランとして再生され、注目を集めているエリアだ。
築 100 年以上の土蔵群の一角にある「カーヴ・ユノキ」の
上・柚木シェフが魚介のほかに注目する富山の食材、氷見牛の炭火焼。
力強い旨みの赤身に、まろやかなカリフラワーピューレを添えて。
ゆ の き えいじゅ
入り口の重厚な引き戸を開くと、シェフの柚木栄樹さんが柔
らかい笑顔で迎えてくれる。
■カーヴ・ユノキ Cave Yunoki
富山市東岩瀬町 102 森家土蔵群 2 番
地元の老舗での修業ののち、東京や富山市内のホテルで
お問い合わせ、ご予約は FAX もしくはメールで
料理長も務めてきた柚木シェフ。2009 年、岩瀬に店を構え
Fax: 076-471-5556
たことは大きな転機となった。「とにかく新鮮で美味しい魚
Email: cave.yunoki@cosmos.ocn.ne.jp
がいつでも手に入る。欲しい魚があれば漁師さんと直接、
密なコミュニケーションが取れるし、それが刺激にもなりま
す。魚の扱いも丁寧だし、素材の質の良さは世界に自慢し
海と山の幸、伝統の知恵
たい」
富山の食材やそれらを取り巻く環境が、素直に舌にわか
りやすいことが「美味しい」につながるのだと、自身の中の
煮干・干物・ぬかいわし
和の DNA を再認識させてくれたという。
p.052
“ 氷見ブリ ” ともいわれるほど、富山の冬の代名詞・寒ブリ
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をはじめ、豊富な水揚げ量を誇る氷見では、大漁の時期に
魚の保存が利くようにと、干物など様々な製法が伝えられて
p.052
ます寿し
きた。
「氷見の魚は、甘み、旨みが抜群でどこにも負けませんよ!」
かきたに せ
き
こ
とはつらつと語る柿 谷政 希子さんは、昔ながらの無添加の
かき た
食欲を誘うマスのほんのりとした薄紅色と、笹の香り。曲げ
物の容器に詰められた円形の寿司を、ケーキのように扇形
製法で干物や煮干を製造している「柿 太 水産」の 6 代目。
に切って食べる、富山土産の定番・ます寿しは、お腹に嬉
浜に伝わる伝統の保存食を現代の家庭でも食べやすく、楽
しく、目にも楽しい。全国に愛好家も多い「駅弁」としても、
しく味わえるものになるようにと、日々奮闘している名物店
常に上位の人気を誇っている。
長だ。
富山に現在 30 店ほどもあるます寿し店は、店によって魚
柿太水産では氷見港に揚がる魚を 20 種類以上扱い、手
の厚み、寿司飯の塩や酢加減、歯ごたえもすべて違う。食
開きによる丁寧な作り方を守っている干物や、煮干など、様々
べ比べてお気に入りを見つけたり、パッケージも様々なので
な製法で加工している。昆布や鰹節と並び日本料理ではだ
お土産として選ぶのも楽しい。
しをとるのに欠かせない煮干は、苦味があるものも多く敬遠
「小林鱒寿し店」の一日は朝 6 時、米を炊くところから始ま
されがちだが、柿太水産のものはクセが全くなく「子どもで
る。早朝からの仕込みはすべて手作りの工程で、一日に多
も喜んでそのままむしゃむしゃ食べる」人気商品。
くて 200 個までの限定生産。前日までに予約を入れている
もうひとつ、柿太水産自慢の品は「こんかいわし」という、
客がひっきりなしに来店、午後にはほぼ売り切れてしまうほ
イワシを糠漬けにしたもの。独特の酸味と香ばしさがある、
どの人気だ。 身体にも良い発酵食品だ。この糠漬けを “ 日本版アンチョビ ”
小林のます寿しは、酸味と甘みが控えめで、塩気が爽や
としてピザやパスタに添えたレシピの考案や料理教室、干
かなさっぱり味。主人の小林幸一さんのこだわりは「とにか
物作りの体験会なども積極的に行っている。
く素材を吟味すること。高級でなくてもいい、うまいものを
じんずうがわ
使う」富山市の西を流れる神通川のマスをはじめ、青森や
(p.052)
北海道産の本マスだけを選ぶ。ちょうど花見の時期に捕れ
こんかいわしの美味しさを生むポイントは、醤油屋から譲り受けた杉の
る脂ののったものを一年分、冷凍保存しておく。寿司飯には、
樽に発生する天然の酵母。氷見産のコシヒカリの糠と米麹にこだわり、
富山産の米「日本晴」を。「粘り気が強くて、さっぱりしてる
ひとつの樽に、800 匹ほどのカタクチイワシを半年から 3 年間漬け込む。
カタクチイワシの煮干。臭みの無い、爽やかな旨みがある。
んだ。ます寿しにはこれじゃないと!」
ここでしか手に入らない、頑固一徹、幻の味だ。
子いかの丸干(丸ごと干し)。定置網にかかってそれまで捨てられてい
たものを商品化した。
(p.052)
主人の小林幸一さん。
左から柿谷政希子さん、ご両親の正成さんと悦子さん。
神通川の青石で 30 分ほど重しをして、マスと寿司飯の風味、周りを包
■柿太水産
氷見市北大町 3-37
Tel. 0766-74-0025
む笹の香りを馴染ませて完成。青石は川の流れですべすべに磨きあげ
られ、餅のように捏ね上げられるので密度が高く、驚くほど重い。
Email: kakita-himi@eos.ocn.ne.jp
www.kakita-himi.net
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■小林鱒寿し店
(p.053)
富山市東町 1-3-7
富山のおすそわけ文化― “ 幸のこわけ ” お土産プロジェクト
Tel. 076-432-5405
p.052
山菜の昆布〆
めでたい細工蒲鉾をおすそわけして、お祝いの喜びを分かち合う富山
の古来の風習が、新しい形に生まれ変わった。
伝統の技が活きる富山の美味しいものを、欲しいものを少しずつ選べる
ように。小さく軽く、そして現代的にスタイリッシュに。グラフィック・デ
昆布の1世帯当たりの消費量が日本一という富山には、独
ザイナーやアナウンサーなど、県内外で活躍する、富山出身の女性 4
自の昆布料理の文化が根付いている。昆布〆は代表的な郷
人による委員会が、女性ならではの視点を取り入れて選定、商品開発し
土料理のひとつ。鯛や平目など、新鮮な魚の切り身を昆布
で挟み寝かせておくと、旨みと塩気が移り、身が引き締まる。
刺身とはまた違った歯ごたえと味わいだ。もとは魚を保存す
る知恵として発達した昆布〆の製法を、飛驒山脈につなが
ほそいり
た。2011 年のグッドデザイン賞を受賞した目を引くパッケージデザイン
で、早くも県内外の注目を集めている。 上・このほかにも、手のひらサイズの鯛の細工かまぼこや、日本酒、水
飴など富山の名産品が揃う。
る細 入の地域では、古くから山で採れる山菜に応用してい
左・「越中富山お土産プロジェクト」メンバーの皆さん。左上から時計
た。現在は女性ふたりの工房で伝統の味を守り継いでいる。
回りに、羽根由さん、能作幾代さん、中山真由美さん、平島亜由美さん。
「細入の特産を、絶やさずにしていきたい。私たち、いい
osusowake.toyamadesign.jp
仕事をしていると思いますよ。ふたりで仲良く楽しく作れば、
絶対に美味しいものができる」と下坂照子さんは胸を張る。
山の奥深くでしか採れず貴重なすすたけをはじめ、わらび
は
ね ゆう
(商品名、上段 左から右に)
ほたるいか燻製
げんげ
幻魚せんべい
やぜんまいなどの山菜は、歯ざわりよく仕上げる下処理に神
いか黒作り
経を使う。伝統の味を現代に、と県からも声がかかるように
豆アジみりん干し
なり、
「“ 幸のこわけ ” お土産プロジェクト」にも採用された。
ほたるいか粕漬け
ほんのりと素朴な旨みが広がる、知恵と心のこもった海と山
の味だ。
のうさく い く よ
しろえび姿干し
山海子漬け
にしん昆布巻
刺身の昆布じめ
(p.052)
のぶこ
左から、江尻敍子さん、下坂照子さん。江尻さんが持っているのが、
「お
土産プロジェクト」の商品用の小分けのパッケージ。水煮にして下味を
つけたふき、すすたけ、わらび、ぜんまいなどを並べ、昆布で挟んで
いる。
木の葉まころん(アーモンドと胡麻クッキー)
もろみ豆
ぶり大根寿し
薄氷(和三盆の干菓子)
おむすび黒とろろ
■山彩工房ひまわり
富山市楡原 1271-1
Tel. 076-485-2224
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ち よ づ る
●千代鶴
富山の酒—立山の水と大地の恵み
純米吟醸は爽やかで綺麗な口当たり。富山の酒らしさの中に若い社長
のセンスを感じさせ、人気上昇中。
p.054
富山の水の恵みは、海の幸だけではない。
日本有数の名水に恵まれた富山では、江戸時代より日本
酒が作られている。現在銘柄は 20 余り。「山の酒や港町の
酒など、それぞれに個性を持ちながらも共通しているのは、
キレが良く雑味のない味わいです」と日本酒評論家の松崎
晴雄さんは言う。
あけぼの
●曙
漁師の町・氷見の酒は、適度な酸味の中に雄々しさを感じるのみごたえ
のある味わい。
さんしょうらく
●三笑楽
雪深い五箇山で受け継がれてきたこだわりの山廃仕込み。しっかりとし
た旨みがある。
富山は、酒造りのために使う米全体の中で、「山田錦」な
どの高級酒造好適米の使用率が日本一高いことで知られる。
地元の美味に合わせ、互いに美味しさを引き立て合うよう
洗練されてきた、贅沢な酒造りといえる。「新鮮な魚が豊富
な地だからこそ、淡白な風味を邪魔しない、端正で透明感
ある淡麗辛口の酒が特に好まれてきたんです」。また山間部
では、保存食の塩気に負けない、旨みの強い酒造りの伝統
も根付く。
(p.054)
(上)黒部川はその扇状地の湧き水が名水百選に選ばれている。黒部川
の清らかな伏流水は、銘酒を生む恵みの水だ。左から、勝駒、千代鶴、
若鶴、満寿泉。
(右・上)「満寿泉」の蔵元、岩瀬の桝田酒造。五代目の桝田隆一郎社
長は「日本酒に文化を」をモットーに海外へも積極的に日本酒を PR する。
(中・左)2012 年、中国を皮切りに海外向けに発売される「WAKA」
。
海の幸、山の幸を中心に土地ならではの食文化が花開き、
その中で酒造りの技も受け継がれてきた。富山の酒はまぎ
れもなく、富山の大地に磨かれた水の恵みだ。
日本酒エキスパート・松崎晴雄が惚れ込む
富山の酒6
わかつる
●若鶴 「立山」「銀盤」と並び富山三大銘柄と呼ばれる。純米吟醸は端正なが
らしっかりとした味わい。
(中・右、下)世界遺産の合掌造りの里・五箇山で、昔と変わらず醸さ
ひでひろ
れる「三笑楽」。杜氏でもある山崎英博専務は、地元に愛される「基本
に忠実な酒造り」を守り継ぐ。
(p.055)
立山黒部アルペンルートは、北アルプス・立山連峰の魅力を堪能できる
山岳観光ルート。4 月から 6 月にかけて見ることができる「雪の大谷」は、
20m にも達する雪の壁が圧巻だ。立山の白銀の世界は、富山の水の物
語のはじまりの場所でもある。
八尾に伝わる伝統民謡「おわら」の踊りを、特別に披露して頂いた。
※注:通常はアルペンルートで催されるものではありません。
ますいずみ
●満寿泉 定番商品の純米大吟醸は、リンゴのような爽やかな香りと柔らかい甘み
が人気。
撮影協力:立山黒部アルペンルート、富山県民謡越中八尾おわら保存
会
かちこま
●勝駒 小さな蔵元で種類は多くないが、純粋な北陸スタイルを貫く。繊細で楚々
とした香り、品のある味わいにファンも多い。
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