2012年 10 月 29 日午後7時(グリニッジ標準時)まで記事差 し止め 最新の研究が化石と遺伝子をかけ合わせて進化の歴史をつなぎあ わせる イリノイ州ディアーフィールド (2012年11月)― 石や化石を扱う古生物学は ペトリ皿や胚を用いる発生遺伝学とはかけ離れたものに見える。古生物学は「どういう 進化が起きたか」を明らかにするための努力を惜しまないが、発生遺伝学は胚における 遺伝子制御を用いて「どうやって進化が起きたか」という問いに答えようとする。この 二つのアプローチを組み合わせることで、双方の利益となるような洞察に至ることも可 能である。 古脊椎動物学ジャーナルの最新号では、イリノイ北東医学大学のインガルス-ブラウン 寄付基金教授であるハンス・テヴィッセンとその同僚が遺伝学の現代技術を用いて化石 研究に貢献した、あるいはその逆の研究をレビューしている。「今は進化科学者にとっ てとても刺激的な時代です。多くの研究者たちが新しい化石を見つけたり、進化的転換 の土台となった遺伝子を解明することで進化の研究をしています。今ではこれらの二つ の分野をかけ合わせることで、それぞれの分野のみから見込まれるよりも更に大きな成 果をあげていくことができます。」とテヴィッセン博士は語る。 このレビューでは、イルカ、クジラ、ヘビ、コウモリ、ゾウ、そして恐竜といった目を 見張らせるような過去・現在の動物たちに注目し、それら出現させるに至った根幹的な 進化的転換を議論している。たとえば、イルカのように二足しかなかったり、ヘビのよ うに足のない動物が四つ足の動物から進化した際には大きな変化が一気に起こったかの ように思われがちだ。しかし、こういった大きな溝を埋めるような中間形の化石が多々 見つかっているし、さらに、発生遺伝学を用いることで、これらの大きな形態の変化は 二、三の遺伝子のみの比較的小規模な変化によってもたらされたことも分かっている。 おそらくさらに興味深いのは、類似した形態を持つ生物が、必ずしも同じような発生学 的変化を過去に遂げてきたとは限らないということが最近の研究で明らかになったこと である。ヘビ類は頸部を失うことで、前肢が生える場所も失った。ヘビ類の胚発生では、 前肢の素となる肢芽は一切形成されない。ヘビ類の胚では後肢の肢芽は形成されるが、 それを素に肢を形成するための遺伝子が進化の過程でノック・アウトされてしまってい るため、後肢が形作られることはない(例外はパイソンなどに見られる切り株のような 突起である)。この例から、一つの動物の進化史に限って見ても、異なる発生学的メカ ニズムが似た結果をもたらしたことが分かる。 テヴィッセン博士は「これまでの人生を化石鯨類の研究に費やしてきた人間として個人 的に言えば、現生哺乳類の発生学の知識を使えること、そしてそのおかげで五千万年前 に鯨類がどのように進化したかが分かることは素晴らしい。」と述べる。 科学者は現生動物の遺伝情報を操作することで、化石記録に見られるような形態の変化 を再現することすらできる。論文にもあるように、マウスの胚で特定の遺伝子を過活性 させると歯が大きくなることが分かっているが、似たような変化がゾウ類の進化の過程 でも起こった。初期のゾウ類では、歯は2.5センチにも満たなかったが、現生のゾウ 類は30センチ以上にもなる歯を有している。ゾウ類の歯を巨大化した遺伝的変化は、 研究室でマウスに施された遺伝的な変化に似ていたのかもしれない。 このような生物学分野間での異種交配はかつては稀であったが、近年では普通のことと なってきている。当該論文は同じくイリノイ北東医学大学のリサ・ニコール・クーパー とテキサス大学 MD アンダーソン癌センター遺伝学部門のリチャード・R・ベリンジャ ー博士との共著である。クーパー博士は「科学のほとんどの分野がきわめて細分化され ている現在において、最新世代の科学者が恐れることなく多様な方法を用いて研究課題 に挑戦していくことを私は望みます。」と語った。 ### 古脊椎動物学会(Society of Vertebrate Paleontology)について 1940年に34人の古生物学者によって創立された当学会には今では2300人以上 の会員がおり、専門家、学生、芸術家、化石成型技術者など、古脊椎動物学に興味を持 つ様々な人々によって構成されています。当学会は科学および教育のためのみに組織さ れ、古脊椎動物学を推進することを目的としています。 古脊椎動物学ジャーナル(Journal of Vertebrate Paleontology) 古脊椎動物学ジャーナル(The Journal of Vertebrate Paleontology または JVP)は古脊 椎動物学を主導する学術誌であり、古脊椎動物学会の最も重要な出版物です。1980 年にジリ・ジデック(Jiri Zidek)によって創刊され、古脊椎動物学全般の多岐にわた る研究成果を出版しています。 引用論文: Thewissen, J.G.M., L.N. Cooper, and R.R. Behringer. 2012. Developmental biology enriches paleontology. Journal of Vertebrate Paleontology 32(6):1-12. http://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/02724634.2012.707717 論文著者の連絡先: J.G.M. Thewissen Department of Anatomy and Neurobiology Northeast Ohio Medical University Rootstown, OH 44272, U.S.A. thewisse@neomed.edu Lisa Noelle Cooper Department of Anatomy and Neurobiology Northeast Ohio Medical University Rootstown, OH 44272, U.S.A. l.noelle.cooper@gmail.com Richard R. Behringer Department of Genetics University of Texas MD Anderson Cancer Center Houston, TX 77030, U.S.A. rrb@anderson.org 引用論文著者以外の専門家連絡先: Hans Larsson Redpath Museum McGill University hans.ce.larsson@mcgill.ca (514)398-4086 ext. 089457 Martin Cohn Department of Biology University of Florida mjcohn@ufl.edu (352)273-8099 Michael Bell Department of Ecology and Evolution Stony Brook University mabell@life.bio.sunysb.edu (631)632-8574 Scott Gilbert Department of Biology Swarthmore College sgilber1@swarthmore.edu (610)328-8049 図版キャプション 図1-絶滅鯨類アンビュロケタスとパキケタスの復元骨格。それぞれ約4千8百および 4千9百万年前のもの。(画像提供:イリノイ北東医学大学テヴィッセン研究所) 図2 - マダライルカ(学名 Stenella attenuata )の五週目の胚。後肢は尾の付け根近く に小さな膨らみとして存在する。図中のピンはおよそ2.5センチメートルの長さ。 (画像提供:イリノイ北東医学大学テヴィッセン研究所) 図3 (JVP 表紙画像) - コウモリ類における前肢の拡大とクジラ類における後肢の縮小を それぞれ示す、コウモリとイルカの胚。化石記録によれば、始新世のクジラ類アンビュ ロケタス・ナタンスにはまだ後肢があったが、最古のコウモリはすでに現生のセバタン ビヒラコウモリにそっくりであった。(画像提供 T. Hieronymus and K. Sears)
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