1 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 原 隆 (Takashi Hara)∗ 東京大学大学院 数理科学研究科 2008 年 7 月 0 序文に代えて—お詫びと概要 風光明媚な観光名所でもある城崎温泉で,心身ともにゆっくり休めるとともに,同年代の様々な分野の 数学者と数学を語らい見識を深め合う充実したひとときを——————— かなり主観が混じってはいますが,この由緒ある城崎新人セミナーの目的とするところはまさにこのようなこ とではないでしょうか.ですから,主に修士二年生に多い講演者達は,恐らくは自身の修士論文の結果について 講演することで,互いにどのようなことに興味を持って研究を進めているか情報交換することが期待されている でしょうし,実際に今回講演なさった方々はそれぞれが修士論文で得た素晴らしい結果を分かりやすく講演な さっていました. 当然のことながら私も、当初は修士論文で苦労して出した結果を中心に講演するつもりでいました.しかし, 私が研究している『岩澤理論』という理論は,整数論関係者にすら取っ付きづらいと思われているような理論で あり*1 ,ましてや今回の修士論文の結果はそれをさらに “ややこしく”“複雑に” した『非可換岩澤理論』に関す る結果です.しかも非可換岩澤理論の基本事項を知っている人は、残念ながら現時点では殆どいません.そんな 状況で修士論文の結果を闇雲にお話ししても,誰にも何も理解していただけないばかりか,誰にとっても「無為 な」45 分間が過ぎ去る,という最悪の結末に陥るのではないかという不安が頭を翳めました. そこで,実際の講演ではあまり修士論文の結果には拘らず,「岩澤理論とはどのような理論であるか」, 「代数 的 K-理論によって可換な拡大に対する岩澤理論が非可換な拡大の場合に如何に “美しく” 昇華するか」といっ た,他分野の人でも興味を持てそうな事柄をなるべく重点的にお話しし,整数論のバック・グラウンドを持たな い方にも非可換岩澤理論の「面白さ」が少しでも伝わるようにと色々工夫してみました.講演後ありがたくも 「何となく岩澤理論のイメージが掴めた」とか「面白かった」などという感想を何件かいただき,このささやか な目論みはある程度は成功したのではないかと思っています. しかし,時間の都合上「非可換岩澤主予想をどのようにして可換な場合に帰着するか (“Akashi” の思想)」 という一番重要かつ面白い部分を全くお話しすることが出来なかったことは痛恨の極みでありました.偏に講 演者 (=筆者) の力不足に拠るものであり,ここにお詫び致します.また,講演者が講演時間を取り違え,講演 時間を大幅に延長してしまい,セミナーの進行に支障をきたしてしまったことにつきましても,セミナーの運営 委員の皆様をはじめセミナーに参加されたすべての方々にこの場を借りて深くお詫び申し上げます.大変ご迷 惑をおかけして申し訳ございませんでした. 本報告集では,講演の内容を補足するとともに,講演では全く触れられなかった部分も大幅に付け加えること によって,一通り非可換岩澤理論の全体像を俯瞰できるように心掛けました. §1 では,イントロダクションとして,「なぜ整数論で “ゼータ関数” なるものを考えるのか」とか「岩澤理論 ∗ *1 thara@ms.u-tokyo.ac.jp あくまで筆者の主観ではありますが. 2 原 隆 (Takashi Hara) とはどのような理論か」 といった素朴な疑問を,なるべく直観的なイメージに訴える形で説明しています*2 . §2 では,可換な岩澤理論がどのような理論であるかを,一番単純な例である古典的な岩澤円分 Zp -拡大の場 合に説明しています.特に,岩澤主予想の定式化はなるべく詳細に書きました. §3 では,いよいよ代数的 K-理論を導入して,非可換岩澤主予想を定式化します.§2 と §3 は,かなり対応を 意識して執筆していますので,見比べて読んでいただくと岩澤主予想が K-理論なるものを介して如何に絶妙に 非可換のケースへと一般化されているかをしみじみと感じ取っていただけるかと思います. §4 では,所謂 “明石写像”(Akashi map) により,非可換な場合の岩澤主予想を可換な場合の主予想に帰着さ せるというバーンズ (Burns, D.) の画期的なアイデアを,その証明とともに説明しています. §5 では,具体的に “明石写像” をどのように構成するか,またゼータ関数達の間の合同式をどのように導き出 すか,といった主予想の証明の核心部分を,筆者が修士論文で扱ったケースに即して説明しています. 実際に講演で扱った部分は §1 から §3 (の途中) までです.また,§5 の前半は講演で配布したレジュメを元に 執筆しました.講演で全く触れられなかった部分については,特に詳しく書くように心掛けたつもりです. 読み進める上で必要となる基本知識 (代数的 K-理論等) は,付録として最終部に纏めてあります.また,あま り本筋と関係のない細かい用語や概念については,全て脚注扱いにして,本文の流れをなるべく塞き止めないよ うにしたつもりです.最初に読まれる方は,取り敢えず付録や脚注は適当に読み流して,本文を全体を「眺め て」くださるだけでも,理論の大枠は掴んでいただけるのではないかと期待しています. なお,今回の講演及び報告集は,2006 年の夏に東京大学で行われた加藤和也教授による集中講義『岩澤理論 の発展』の講義ノートを大いに参考にさせていただいたことを付記しておきます. 1 イントロダクション—岩澤理論とは? 古来より人類は,「整数」なる非常に身近でそれでいて誠に不可思議な数に魅了されてきました.遥か 2500 年ほど前のギリシアに於いて編纂されたエウクレイデース(ユークリッド, Euclid)の『ストイケイア(原論)』 に,整数の構成要素たる素数が無限に存在することの証明が既に掲載されていることはあまりにも有名ですし, 同じくギリシア時代のピタゴラス教団が考えた「ピタゴラス数」なるものが,フェルマー (Fermat, P.) 以降の 数学者を巻き込んで,20 世紀末まで続く『フェルマーの最終定理』の大狂詩曲を奏で続けたことも記憶に新し いでしょう. このように遥か昔から脈々と続いている「整数を調べたい」という人類の漠然とした欲求は,抽象代数学の発 達とともに,「代数的整数環を “調べる”」という形に整理・拡張されていくことになります.この “調べる” と いう行為には当然整数環そのものの構造を直接調べることも含まれますが,一方で代数的整数環の構造を反映す るような対象 (“情報” とでも呼ぶべきでしょうか) を取り出すことによっても,研究者たちは「整数環について 何かしらの情報が得られた!」と考えるわけです. 代数的整数環から得られる情報の中でもとりわけ重要なものに,イデアル類群 (ideal class group) と単数 群 (unit group) があります.クンマー (Kummer) の “理想数” の着想の中で産声を上げたイデアル (ideal) なる得体の知れない (?) 概念が,その後めきめきと頭角を現し,現代においては代数学のみならずあらゆる分 野の数学の基礎概念として定着していることは今更確認するまでもないでしょう.この「イデアル」という概念 は,当然のことながらその生まれ故郷たる整数論にも非常に大きな影響を与え,『代数的整数論』と呼ばれる一 大分野が形成される契機ともなりました. 代数的整数環 OK のイデアル類群 Cl(OK ) とは,OK のイデアル全体のなす乗法的アーベル群*3 J(OK ) を 単項イデアル全体のなす部分アーベル群 P (OK ) で割った商群で,整数からイデアルに移行した際に増える情 *2 *3 少し悪ノリが過ぎた気もしますが. 正確には,イデアルの概念を拡張した分数イデアルと呼ばれるものを考えて,イデアルの積に対する逆元 aa−1 = OK を付け加える ことでアーベル群にします. 3 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 0 → 図1 × OK → OK a → 7→ J(OK ) (a) → Cl(OK ) → 0 整数からイデアルに移行する際に増える情報をイデアル類群が,失われる情報を単数群が担っている 報を表す重要な対象ですが (図 1 参照),そんな代数的整数環のイデアル類群が有限群であるという非常に有名 かつ魅力的な事実は,代数的整数論の最大の成果の一つといっても過言ではないでしょう.一方で,整数からイ × デアルに移行した際に失われる情報を単数群 OK が表しているわけですが,代数的整数環の単数群は有限群と 有限階数の乗法的自由アーベル群の直積であるというディリクレ (Dirichlet) の単数定理もまた代数的整数論の 金字塔的な成果です. このような整数論的な対象を直接考察することも重要ですが,イデアル類群や単数群といった群そのものより も,その構造を反映した (幾何学的に呼べば) 不変量の方が扱いやすい場合が少なからずあります.例えば,整 数環のイデアル類群からは類数と呼ばれる不変量が,そして単数群からは単数基準 (regulator) なる重要な不 変量が構成できます*4 . 岩澤理論では,このような数論的対象から代数学と解析学という全く異なった手法を用いて二種類の不変量を 取り出します. 先ず最初に,イデアル類群 (の p-パートの完備化) の純代数的な加群構造から,特性イデアル (characteristic ideal) と呼ばれる不変量が取り出されます.これが代数学を用いて得られる “不変量” であり,言うなれば “ 代 数的ゼータ関数” とでも呼ばれるべきものです. 次に,解析学を用いて整数環から “不変量” を取り出してきます.整数環は “離散的” な対象ですから,どう 考えても微分や積分を駆使する解析学はまったく馴染まないように見えるわけですが,それを可能にしたのが ゼータ関数 (zeta function) です.ゼータ関数は,整数環から構成され,整数論的な情報をふんだんに含んだ 非常に神秘的な解析的(または有理型)関数であり,これを介することによって解析学 (微分積分) という非常 に強力な道具を用いて整数環の性質を調べることが可能になったのです.こちらは,ヘッケ (Hecke) などによ る『解析的整数論』の流れを生み出していきます. 現在に至るまでに非常に様々な種類のゼータ関数が構成されていますが,岩澤理論に於いては,通常我々が慣 れ親しんでいる実(複素)解析ではなく非常に整数論的な p-進解析を用いるため,ゼータ関数の特殊値を “p-進 解析的に” 補間して得られる p-進ゼータ関数 (p-adic zeta function) が主役となっていきます*5 . 一般に「岩澤主予想」と呼ばれているものは,源流は同じであるがその生い立ちが 全く異なる これら二種類 の “ゼータ関数” が本質的に同じものであることを主張する予想なのです (図 2 参照).「代数学」,「幾何学」, 「解析学」といった分野を超えた数学の統合は,須く全ての数学者たちが夢見る究極の境地でありますが,その 一旦とも言える「代数学と解析学の間の架橋」がなんと整数論の専売特許である「p-進の世界」で実現される筈 だ,という話になれば,多くの整数論研究者がその魔性の魅力の虜になったことは至極当然のことに思えます. 最初に岩澤健吉先生がこの種の予想を立ててから,整数論研究者たちの不断の努力によって,可換な拡大の場 合の岩澤主予想については非常に色々なことが分かってきました.そして今,舞台は非可換な拡大に対する岩澤 主予想へと大きく動き出しつつあるのです*6 . *4 このイデアル類群の類数と単数基準という,イデアル論で増えた情報と失われた情報を反映した不変量が,実は L-関数の特殊値も巻 き込んで,類数公式と呼ばれる一つの美しい等式に集約されてしまいます.この辺りの話題も,整数論に於ける非常に神秘的かつ面 白いトピックなのですが,今回のテーマからは外れるので省略させていただきます. *5 その他様々なゼータ関数に関しては,前後の森さん (概均質ベクトル空間のゼータ関数),並川さん (楕円曲線・アーベル曲面のゼー タ関数) の稿もご覧になってください. *6 「生い立ちの異なるゼータ関数の実質的一致」という現象は岩澤理論以外にも色々な場面で登場します.例えば並川さんの稿を参照 なさってください. 4 原 隆 図2 (Takashi Hara) 岩澤主予想の模式図 2 古典的岩澤理論—岩澤の円分 Zp -拡大 前節で非常に大雑把に述べた岩澤理論の枠組みを,最も基本的かつ重要な例である有理数体の円分 Zp -拡大の 場合に見てみることにしましょう. p を 2 とは異なる素数とします.このとき,Q に 1 の p 羃根を全て付け加えた体 k Q(µp∞ ) := Q({ζ | ζ p = 1 for some k ∈ N}) を考えます*7 .Q に 1 の pn 乗根を全て付け加えた体を Q(µpn ) で表すとき,Q(µp∞ ) は Q(µp∞ ) = [ Q(µpk ) k≥1 = lim Q(µpk ) −→ k→∞ と表されます*8 .一方で,円分体のガロワ理論より,p ̸= 2 であることを考慮すると,k ≥ 1 のとき Gal(Q(µpk )/Q) ∼ = (Z/pk Z)× ∼ = Z/(p − 1)Z × Z/pk−1 Z *7 *8 本稿では,自然数 N は常に 1 以上の整数 1, 2, 3, · · · を表すこととします. S ここで帰納極限が登場するのは,単に帰納極限の定義に従って k≥1 を書き換えただけです. (2.1) 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 5 となることが知られています (特に今基礎体が Q なので,本当に同型になります).よって,(無限次元) ガロワ 理論の基本定理により, Gal(Q(µp∞ )/Q) = lim Gal(Q(µpk )/Q) ←− k→∞ ∼ Z/pk−1 Z = Z/(p − 1) × lim ←− k→∞ = Z/(p − 1) × Zp が得られます*9 . ここで,式 (2.1) の同型に於いて,Z/(p − 1)Z に対応する Gal(Q(µpk )/Q) の正規部分群を ∆,Z/pk−1 Z に 対応する正規部分群を Γ(k − 1) と書き,Z/pk−1 Z の生成元 1 に対応する Γ(k − 1) の生成元を t で表しましょ う.(つまり, Gal(Q(µpk )/Q) = ∆ × Γ(k − 1) と表したわけです.) すると,両辺の射影極限をとることにより Gal(Q(µ p∞ )/Q) = ∆ × Γ, Γ t := lim Γ(k − 1) ∼ = Zp ←− k→∞ ←→ 1 となり,t は Γ の (位相的な) 生成元となっています. さて,Q(µp∞ ) の ∆ による固定体 Q(µp∞ )∆ を考えると,ガロワ理論により Gal(Q(µp∞ )∆ /Q) = Γ ∼ = Zp となり,ガロワ群が Zp と同型な Q の無限次ガロワ拡大 が得られます.このようにして,円分体のガロワ理論 (+ 無限次元ガロワ理論をほんの少々) だけを用いて簡単に得られる,ガロワ群が Zp と同型な Q の無限次拡大 Q(µp∞ )∆ /Q を,岩澤の円分 Zp -拡大 (Iwasawa’s cyclotomic Zp -extension) と呼びます. p ̸= 2 であることに注意しますと,ガロワ群の位数 2 の元である複素共役 c は ∆ に含まれることが分かりま すので,ガロワ理論の基本定理によって Q(µp∞ )∆ は複素共役で固定される体,すなわち実数体 R の部分体と なります.このことから,Q(µp∞ )∆ /Q は 有理数体の総実な拡大 となることがわかります*10 . 2.1 代数サイド それでは,“代数的ゼータ関数” として,イデアル類群の情報から特性イデアル (characteristic ideal) を 構成してみましょう. Gal(Q(µpk )∆ /Q) = Γ(k − 1) は当然 Q(µpk )∆ の整数環にもガロワ群の作用によって作用しますから,その イデアル類群 Cl(Q(µpk )∆ ) にも作用します*11 .さて,有限アーベル群の構造定理から,Cl(Q(µpk )∆ ) は p-シ ロー群 Cl(Q(µpk )∆ ){p} と位数が p と粗な部分 Wk の直積で表されますが,Γ(k − 1) の位数は p の累乗なの で,Γ(k − 1) の Wk への作用は自明となってしまいます.したがって,Γ(k − 1) は Cl(Q(µpk )∆ ){p} だけに作 用していることが分かります.見方を変えると, Cl(Q(µpk )∆ ){p} は Zp [Γ(k − 1)]-加群である *9 *10 *11 2 行めから 3 行目は Zp の定義です.p 進整数環 Zp に関しては 付録 A を参照してください. 総実な拡大については後ほど説明します. 本来なら Cl(OQ(µ )∆ ) とでも書くべきところですが,記号の乱用をしました. pk 6 (Takashi Hara) 原 隆 と見做せるわけです*12 .両辺極限をとると, lim Cl(Q(µpk )∆ ){p} は lim Zp [Γ(k − 1)]-加群である ←− ←− k→∞ *13 となります k→∞ .そこで, Λ(Γ) = Zp [[Γ]] := lim Zp [Γ(k − 1)] ←− k→∞ とおき,Γ の完備群環 (completed group ring) あるいは Γ の岩澤代数 (Iwasawa algebra) と呼びます. 恰も羃級数環のような表記をしていますが,実際に Zp [[Γ]] ∼ = Zp [[T ]] t 7 → 1+T (t は Γ の位相的生成元) という対応により,Zp 上の 1 変数形式的羃級数環と同型になります. このようにして,イデアル類群 (の p-パート) そのものではなく,その極限をとることで,イデアル類群を 形 式的羃級数環上の加群と言う扱いやすいものにしてしまおうという点が岩澤先生のアイデアの非常に画期的な ところなのです. さて,lim ←−k→∞ Cl(Q(µpk )∆ ){p} は実は Λ := Λ(Γ)-加群として有限生成な捩れ加群であることが,イデアル 類群の有限性から分かります.有限生成な捩れ Λ-加群に対しては,次の定理が成り立ちます. 定理 2.1 (有限生成捩れ Λ-加群の構造定理). Λ = Λ(Γ) ∼ = Zp [[T ]] とし,M を有限生成捩れ Λ-加群とする. このとき,自然数 ni , 1 ≤ i ≤ r 及び Λ の非零因子 fj , 1 ≤ j ≤ s で Zp [[T ]] への像が “distinguished polynomial” であるようなものが (単数倍を除いて) 一意に存在し,擬同型 M ∼ Λ/pe1 ⊕ · · · ⊕ Λ/per ⊕ Λ/f1 ⊕ · · · ⊕ Λ/fs が成立する. この定理の細かい点はともかく,単項イデアル整域上の有限生成加群の構造定理と殆ど同じ形をしていると感 じとっていただければ十分だと思います.体 K 上の一変数多項式環 K[T ] はユークリッド環になることから単 項イデアル整域ですので,K[T ] 上の加群に対してはあの有名な構造定理が成立するわけですが,“完備化” され たヴァージョンである Zp [[T ]] の上の加群に対しても同じようなことが成り立つ,といっているわけです. 但し,今回は完全な同型は成り立たず,それよりも若干弱い擬同型 (pseudo-isomorphic) と呼ばれるもの になってしまいます.ここで,Λ-加群 M, N が擬同型とは,ある Λ-準同型 ϕ : M → N が存在して,その核 Ker(ϕ) と余核 Coker(ϕ) が有限になることを指します*14 . distinguished polynomial に関しては説明を省きますので,詳しくは [Was] を参照してください. さて,このような構造定理があるとき,M の不変量として単純に分母に出てくる元を全て掛け合わせたもの fM := pe1 pe2 · · · per f1 f2 · · · fs を考えよう,というのは非常に自然な発想だと思われます.これを M の特性多項式 (characteristic poly- nomial) と呼びます*15 .fj 達は単数倍を除いて一意なので,fM の生成するイデアル CharΛ (M ) := (fM ) n 一般に p-群 G の任意の元 g は,ある n ∈ N に対して g p = 1 となりますので,Zp -加群と見做すことが出来ます.これを考慮し て,群環の係数環の Z を Zp に取り替えました (そのためにわざわざ p-パートをとってきているのです).ただ,細かいことですの で最初はあまり気になさらなくて結構です. *13 イデアル類群の方は,ノルム写像 Nr : Q(µ k+1 )∆ → Q(µ k )∆ によって射影極限をとります. p p *12 *14 *15 要するに, 「核と余核が “ほんのちょっと” 残るけど,まぁ大体同型でしょう」という感じです. 余談ですが,K-ベクトル空間 V 及びその自己同型 A に対し,不定元 T の作用を A による線型変換で定めることで V を K[T ]-加 群と見做しますと,上の様にして構造定理から定まる特性多項式 fV は,線形代数における所謂特性多項式 fA := det(T · id − A) と一致します. 7 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 は fj 達の取り方に依らず well-defined となります.これが M の特性イデアル (characteristic ideal) です. 長い道のりでしたが,漸く “代数的ゼータ関数” が構成できる段階になりました.あとは “代数的ゼータ関数” として,Λ-加群 lim ←−k→∞ Cl(Q(µpk )∆ ){p} の特性イデアル CharΛ ( lim Cl(Q(µpk )∆ ){p}) ←− k→∞ をとるだけです. ところで岩澤理論では,もう一つ非常に重要な有限生成捩れ Λ- 加群 X{p} := Gal(M {p}/Q(µp∞ )∆ ) があります.ここで,M {p}/Q(µp∞ )∆ は Q(µp∞ )∆ の, p の外では分岐しないような最大の pro-p アーベル 拡大*16 です. どのようにして Gal(M {p}/Q(µp∞ )∆ ) に Λ-加群の構造が入るのか見てみましょう (興味がない方は読み飛 ばしていただいても構いません).ガロワ理論により,以下の完全系列が存在します: 1 → X{p} = Gal(M {p}/Q(µp∞ )∆ ) → Gal(M {p}/Q) → Γ = Gal(Q(µp∞ )∆ /Q) → 1 よって,任意の Γ の元 σ に対して,その持ち上げ σ̃ ∈ Gal(M {p}/Q) がとれます.これを用いて σ ∈ Γ の X{p} = Gal(M {p}/Q(µp∞ )∆ ) への作用を σ ∗ τ := σ̃τ σ̃ −1 (共役作用) で定義することによって,X{p} に Λ-加群の構造が入ります.上の作用が持ち上げ σ̃ の取り方に依らないこと は簡単に分かります. この X{p} という Λ-加群は一体何者なのか一見すると全く訳が分かりませんが,近現代の整数論の最大の成 果である 類体論 (Class field theory),或いはより具体的には クンマー理論 (Kummer theory) によっ て,X{p} とイデアル類群 (の適当な部分群) の p-パートを完備化したものとの間の非常に美しい関係が存在し ます*17 .したがって,CharΛ (X{p} ) も CharΛ (lim ←−k→∞ Cl(Q(µpk )∆ ){p}) も,本質的には同等な “代数的ゼー タ関数” と言えます.CharΛ (X{p} ) の方が主予想の定式化に於いては使い勝手が良いので,今後 “代数的ゼー タ関数” として CharΛ (X{p} ) の方を採用していきますが、その精神としては「イデアル類群の情報から “代数 的ゼータ関数” を作り上げた」と考える方が最初は納得しやすいかもしれません.. 2.2 解析サイド 次に,(p-進)“解析的ゼータ関数” について考察しましょう. p-進位相の世界でゼータ関数を構成する試みには色々なものがありますが,そのなかで最もオーソドックスな ものが,p-進位相の持つ補間性 (interpolation property) を用いて,ゼータ関数の特殊値から強引に p-進有 理関数を構成してしまおう,という方法です. 定理-定義 2.2 (久保田-Leopoldt). p-進有理型関数*18 ζp−adic (s) で以下の性質を満たすものが一意に存在する: *16 ガロワ拡大 L/K が pro-p とは,ある pni 次ガロワ拡大の列 Li /K があって,L = lim Li と書けるもの,即ちガロワ群 *17 Gal(L/K) が p-群の射影極限となるような拡大 L/K のことを指します. 具体的な対応に関しては,[Was] 等を参照. p-進位相においても,解析関数や有理型関数の定義は同じです.すなわち,どの点の周りでも (p-進位相で収束するような) テイラー −→ i→∞ *18 展開を持つ関数を解析的関数,どの点の周りでローラン展開をとっても負羃の項数が有限個であるような関数を有理型関数と呼びま す. 8 原 隆 (Takashi Hara) (1) ζp−adic (s) は 1 でのみ 1 位の極を持ち,それ以外では p-進解析的. (2) r ∈ N, p − 1 | r に対して, ζp−adic (1 − r) = (1 − pr−1 )ζ(1 − r). 但し,ζ は リーマンゼータ関数 ζ(s) := X 1 ns n≥1 である.この ζp−adic を 久保田-レオポルトの p-進ゼータ関数 (Kubota-Leopoldt’ p-adic zeta function) と呼ぶ. このように,p-進ゼータ関数は 1 でのみ 1 位の極を持つなど非常にリーマンゼータ関数に似た性質を持つ関 数ですが,注目すべき点は 1 − r, p − 1 | r での値が決まってしまうと有理型関数が一意に決まってしまうと 言う点です.通常我々が扱う複素解析に於いては,このように加算無限この点で関数の値を決めたとしても,有 理型関数は一つには定まりません*19 .このことからも,p-進位相というものがどれほど強力かつ不可思議な位 相であるかがお分かりいただけると思います.このように,適当な無限個の点での関数の値を決めてしまうと自 動的に関数が決まってしまうという性質を,p-進位相の補間性 (interpolation property) と呼びます. 「補間性」という言葉を用いて p-進ゼータ関数の構成を言い換えれば,p- 進ゼータ関数とは,1 − r, p−1 | r でのリーマンゼータ関数の特殊値を,p-進的に補間した関数ということになります. さて,こうして得た久保田-レオポルトの p-進ゼータ関数は,このままでは p-進解析の対象であって,なかな か代数とは結びつきません.ところが,見方を変えるとなんと岩澤代数 Λ (の商環) の元として見做すことが出 来てしまうのです. 定義 2.3 (円分指標). 円分体のガロワ理論から定まる同型 Gal(Q(µpk )/Q) (σa : ζp 7→ ζpa ) の射影極限をとって得られる指標 ∼ = 7 → (Z/pk Z)× a κ : Gal(Q(µp∞ )/Q) → Z× p (但し,ζp は 1 の原始 p-乗根) 及び,これを岩澤代数に線型に拡張したもの κ : Zp [[Gal(Q(µp∞ )/Q)]] → Zp を 円分指標 (cyclotomic character) と呼ぶ. これを用いて定理 2.2 を言い換えたものが次のものです. 定理 2.4 (久保田-Leopoldt, 岩澤). Λ = Zp [[Γ]] を岩澤代数,Q(Λ) をその全商環とする.このとき,Q(Λ) の 元 ξp−adic で以下の性質を満たすものが唯一つ存在する: (1) 任意の σ ∈ Γ に対して (1 − σ)ξp−adic ∈ Λ. (2) 任意の r ∈ N, p − 1 | r 及び任意の σ ∈ Γ に対して κr ((1 − σ)ξp−adic ) = (1 − κr (σ))(1 − pr−1 )ζ(1 − r). *19 例えば,ワイエルシュトラスの無限乗積の理論を用いれば,与えられた加算無限個の点で零となるような正則関数は幾らでも (連続 無限個!) 作れますから,その分だけ有理型関数の不定性があるわけです. 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 但し,ζ は リーマンゼータ関数 ζ(s) := 9 X 1 ns n≥1 である. この ξp−adic と定理 2.2 の ζp−adic は本質的に同じものです.以下これを説明しましょう. 先ず,(1) より ξp−adic は “ローラン級数展開” ξp−adic = X a−1 + ai (1 − t)i 1−t i≥0 を持ちますので,何となく「1 でのみ 1 位の極を持つ」ということと対応していることがお分かりいただけると 思います.次に (2) についてですが,♯(∆) = p − 1 ゆえ κp−1 (∆) = 1 となることが分かります.ただし,κp−1 は円分指標 κ を p − 1 回掛け合わせたものです.つまり κp−1 は / × o7 Zp o o ooo canonical ooo o o ² oo Γ = Gal(Q(µp∞ )∆ /Q) κp−1 Gal(Q(µp∞ )/Q) のように Γ を経由します.よって,任意の r ∈ N, p − 1 | r に対して,κr を Γ の指標 κr : Zp [[Γ]] → Zp と見做せば,(1) とあわせて円分指標 κr での (1 − σ)ξp−adic での evaluation κr ((1 − σ)ξp−adic ) ∈ Zp をとることが出来るわけです. さて,リーマンゼータ関数の負の偶数での特殊値は,実は 有理数となることが知られています*20 .Q は Qp の稠密な部分体ですから,(1 − κr (σ))(1 − pr−1 )ζ(1 − r) もまた Qp の元と見做すことが出来る わけです.さらに,(1 − κr (σ))(1 − pr−1 )ζ(1 − r) の分母に素因数 p が含まれないことも分かるので, (1 − κr (σ))(1 − pr−1 )ζ(1 − r) ∈ Zp となり,式 (2) が意味を持ちます.この式 (2) は,ゼータ関数の 1 − r で の特殊値を補間したものが ξp−adic であるということを表しているのに他なりません. 注意 2.5. リーマンゼータ関数にはオイラー積表示 ζ(s) = Y (1 − q −s )−1 q : prime がありますので,(1 − pr−1 )ζ(1 − r) はリーマンゼータ関数のオイラー積に於ける p-factor を除いた関数 ζ{p} (s) = Y (1 − q −s )−1 q : prime,q̸=p の 1 − r での値 ζ{p} (1 − r) となっています.この p という素数は,実は拡大 Qp (µ∞ )∆ /Qp に於いて完全分岐 (totally ramify) する唯一つの素数なのです. このように「ゼータ関数のうち,完全分岐する素イデアルでの factor を除く」という考え方をしておくと,後 ほど登場する非可換岩澤理論に於ける p-進ゼータ関数の公理が,この古典的円分 Zp -拡大の場合を直接拡張し たものであることが直ぐに分かるのではないかと思います. *20 具体的な値もベルヌーイ数を用いて書き下すことが出来ます. 10 原 隆 (Takashi Hara) 2.3 岩澤主予想 苦労に苦労を重ねて “代数的ゼータ関数” と “解析的ゼータ関数” を定義したわけですが,ここまでくれば岩 澤主予想は簡単に定式化できます.ポイントは CharΛ (X{p} ) も (1 − σ)ξp−adic も Λ に含まれてしまうので, 両者を Λ のイデアルとして比較することが出来るということです. 予想 2.6 (古典的岩澤主予想). I(Λ) を Λ の添加イデアル (augumentation ideal) とする*21 .このとき, CharΛ (X{p} ) = I(Λ)ξp−adic が成立する. これまでの長い道のりを共に辿ってきた皆様ならば,きっと今頃はこのたった一行の式に内在する「 “代数的 ゼータ関数” と “解析的ゼータ関数” の奇跡の邂逅」というドラマチックな展開に心を打たれていらっしゃるこ とでしょう. 岩澤主予想 (予想 2.6) の証明は非常に込み入った議論ですのでここでは紹介できませんが,大雑把に分けると 保型形式を用いる流儀 と オイラー系を用いる流儀 に分けられると思います.それぞれの流儀にそって,岩澤主予想がどのように証明されてきたか,その歴史を ざっと振り返ってみましょう. 岩澤先生に依って最初に考えられたこの有理数体の岩澤主予想は,メイザー-ワイルズ (Mazur-Wiles) によっ て 1984 年に証明されました ([M-W]).その後,ワイルズは彼らが用いた保型形式の理論を洗練させることによ り,基礎体が総実代数体である場合の岩澤主予想を証明しました ([Wiles]).ワイルズのこの拡張された結果は, 後ほど非可換岩澤理論の “証明” 中で何度も用います. 一方で,コリヴァーギン-ルービン (Kolyvagin-Rubin) は円単数と呼ばれる単数から,オイラー系 (Euler system) なるものを構成し,これを用いて初等的に有理数体の岩澤主予想を証明し直しました.その後,ルー ビンが楕円単数なるものからオイラー系を構成し,これを用いて基礎体が虚二次体の場合の岩澤主予想を証明し ました ([Rubin])*22 . その後も勿論数えきれないほどの進展がありますが,ひとまず可換な場合の理論はこの辺りにして,非可換岩 澤理論の方に移っていきましょう. 3 非可換岩澤理論 それでは,いよいよ非可換岩澤理論の定式化に迫っていきましょう.実は,現時点で主予想の非可換版は色々 な形で構成されていますが,この稿では,主に [CFKSV] に於ける定式化を扱います. 3.1 非可換岩澤理論への険しい道 岩澤理論及び主予想を非可換な拡大に対して拡張しようとする試みは,勿論昔からなされてきたわけですが, この挑戦は非常に難航しました.先ず最初に行われたのは,“代数的ゼータ関数” サイドである特性イデアルを 非可換拡大の際に構成しようとする試みです.特性イデアルは,構造定理から簡単に構成できましたので,当然 *21 *22 つまり,添加写像 aug : Λ → Zp ; Γ ∋ ∀ σ 7→ 1 の核のことです. 虚二次体の岩澤主予想は,虚数乗法を持つ楕円関数の岩澤理論に於ける主予想と対応しています. 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 11 先ずは Λ-加群の構造定理の「非可換版」を構成しよう,と考えるのが自然でしょう.実際,次のような構造定 理が証明されています. 定理 3.1 (Coates-Schneider-Sujatha, 非可換版有限生成捩れ Λ-加群の構造定理). L/K を無限次元非可換ガロ ワ拡大,G = Gal(L/K) をそのガロワ群とする.Λ := Zp [[G]] を G の岩澤代数,M を有限生成な捩れ左 Λ-加 群とする. G が p-valued な p-進リー群であるとき,反射的 (reflexive) な左イデアル Li , 1 ≤ i ≤ s が一意に存在して, 擬同型 M∼ s M Λ/Li i=1 が成立する*23 . 細かい用語に関しては無視して下さい ([CSS] 参照).とにかく Λ- 加群の構造定理と殆ど同じことを述べてい るということさえ理解していただければ十分です. そうすれば,あとは §2 と同じように,分母を掛け合わせて特性イデアルを作って,………と行きたいところ ですが,そこには様々な苦しみが存在します. • Λ は今回は非可換環なので,イデアルを掛け合わせる順番 (L1 L2 と L2 L1 など) によって生じるイデア ルが変わってしまう (!) これはまさに拡大を非可換にしたことから生じる苦しみです.可換な場合だと全く気にする必要のないこんな 些細なことも障害となり得るのが非可換の理論の難しさでもあるのです. ところがこれ位でめげてはいられません.実際にコーツさん達は,この障害を超えて特性イデアルの候補をな んとか定義しました (これを “特性イデアル” と呼びましょう).ところが…… • “特性イデアル” が 0 であるのに,そのオイラー標数が 1 でない Λ-加群 M が存在する (!) G-加群の理論でも重要な理論のひとつに群のホモロジー理論がありますが,M の G-オイラー標数とは,全て のホモロジー群 Hi (G, M ) が有限群でかつ有限個を除いて全て 1 となるときに, χ(G, M ) := Y (−1)i ♯Hi (G, M ) i で定義されます*24 . “特性イデアル” もオイラー標数も,M の情報を表す不変量ですので,“特性イデアル” が自明なのにオイラー 標数が自明ではないものが存在するということは,“特性イデアル” では M の情報を十分に取り出しきれてい ないということになってしまいます. これが決定打となって,構造定理から “代数的ゼータ関数” を取り出すのはほぼ不可能であることがわかって きてしまいました.振り出しに戻ってしまったわけです.そういうわけでまたまた苦しい日々が続くわけです が,そんなときに颯爽と登場したのが,代数的 K-理論という新しい理論だったのです. 3.2 canonical Øre set と特性元 以下,有名なコーツ-深谷-加藤-スジャータ-ヴェンヤコブの共著論文 ([CFKSV]) にしたがって,“代数的ゼー タ関数” を K-理論を用いて構成していきましょう. *23 *24 擬同型の辺りの記述は少し正確性を欠きます.正確なステートメントは [CSS] を参照して下さい. P i 所謂ホモロジー論で,多様体 M のオイラー標数をホモロジーの次元の交代和 χ(M ) := i (−1) dim Hi (M, Q) で定義したのと 対応しています. 12 原 隆 (Takashi Hara) 先ず,考えるべき状況を整理しておきましょう.以下,Q の代数的閉包 Q 及び,埋め込み Q ,→ C, Q ,→ Qp を固定して考えます. 設定 3.2. 以下,次のことを仮定する. • p ̸= 2 とする. • F を総実代数体*25 とし,F ∞ /F をガロワ群 G := Gal(F ∞ /F ) がコンパクトな p-進リー群*26 となるよ うな総実な無限次ガロワ拡大する. • F ∞ で分岐する OF の素イデアルが有限個しかないとする*27 . F ∞ で分岐する全ての素イデアルを含むような OF の素イデアルの有限集合 Σ を一つ固定しておく. • F ∞ は F (µp∞ )+ := F (µp∞ ) ∩ R を含むと仮定する. 最後の条件から,F ∞ /F は F の円分 Zp -拡大 F cyc /F を含むことが分かります*28 .このような円分 Zp -拡 大 F cyc をひとつ固定します. 非可換な拡大とはいえ,岩澤理論的な状況が欲しいわけなので,考えている無限次拡大が円分 Zp -拡大を含ん でいて欲しい,と考えるのは非常に自然な要求と言えます.最後の条件は,このことを保障してくれている条件 なのです. 以下, H := Gal(F ∞ /F cyc ), Γ := Gal(F cyc /F ) ∼ = Zp とおいておきます. さて,§2 ではゼータ関数は岩澤加群の全商環 Q(Λ(Γ)) に潜んでいました.そこで,非可換の場合においても ゼータ関数たちが “潜む” 舞台として,岩澤代数 Λ(G) := Zp [[G]]*29 を局所化したものを用意しなければなり ません. 「そんなの §2 と同じように全商環をとればいいじゃないか」と思うかもしれませんが,そこで完全に局所化 してしまわないのが,コーツさんたちのアイデアの革新的なところのひとつです. 先ず,非可換環の局所化の理論で登場する Øre 集合の概念について説明しましょう. 定義 3.3 (Øre 集合). 環 R (一般には非可換環) の 0 を含まない乗法的閉集合 S が 左 Øre 集合 (left Øre set) であるとは,以下を満たすことである. (1) 任意の r ∈ R, s ∈ S に対して,ある r′ ∈ R, s′ ∈ S が存在して,rs′ = sr′ .つまり,rS ∩ sR ̸= ∅. (2) もしも r ∈ R, s ∈ S が rs = 0 を満たすならば,ある s′ ∈ S が存在して s′ r = 0 が成り立つ. 右 Øre 集合も,左右を入れ替えることで同様に定義できます. *25 *26 *27 *28 *29 総実代数体とは,有理数体 Q の有限次拡大であって,その代数的閉包 Q への埋め込みが全て実数体 R に含まれる体のことです.例 √ √ √ √ 3 3 3 えば,Q( 2) は総実代数体ですが,Q( 2) は共役作用 2 7→ 2ω (ω は 1 の原始 3 乗根) による埋め込みで実数体の外側には み出してしまうので,総実代数体ではありません. 一般のリー群と同様に,群構造を持つ多様体のことです.但し,p-進の場合には座標の係数環が R や C ではなく,Qp などになり ます. 分岐についてはあまり触れませんが,§2 の岩澤 Zp -拡大では p しか分岐する素数がなかった,その類似です. 円分体のガロワ理論に依ると,代数体に対しては一般に Gal(F (µpk )/F ) は (Z/pk Z)× の部分群としか同型とならないので,§2 のように安直に射影極限をとるだけでは Zp -拡大を含むかどうかは分かりません.それでもより詳しく解析してみると,やはり Gal(F (µp∞ )/F ) が Zp を含むことが分かり,F (µp∞ ) が Zp -拡大を含むことが分かります.このようにして得られる F の Zp 拡大を,F の円分 Zp -拡大と呼びます. 一般の pro-p 群に対する岩澤代数については,取りあえず §2 と同じような感じで射影極限で作るもの,程度に思って下さい.正確 な定義は,例えば [CFKSV] など参照. 13 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 非常に不思議な概念ですが,例えば左 Øre 集合 S があると,非常に “良い” 左局所化 [S −1 ]R を構成するこ とが出来ます.例えば, • [S −1 ]R の任意の元は S の元 s と R の元 r によって s−1 r の形に書き表される. • 局所化関手 [S −1 ]R ⊗R − が完全関手となる (左 R-加群の短完全系列を保つ). • 環準同型 f : R → R′ で,S を R′ の単元に移すものに関して普遍性 (universality) を持つ. などの性質を持ちます.この [S −1 ]R を 左 Øre 集合 S に依る R の 左 Øre 局所化 (left Øre localization) と呼びます (右 Øre 局所化も同様に定義されます.). Øre 局所化も通常の局所化と同様,集合の直積 S × R に適当な同値関係を入れてその商として定義しますが, 非可換性から非常に複雑な構成となります.興味がある方は,例えば [谷崎],[Sten] などをご覧下さい. さて,コーツ達は 岩澤代数 Λ(G) を局所化するための Øre 集合として,次のものを採用しました. 定理-定義 3.4 (canonical Øre set). G, H を上記の通りとする.このとき, S := {f ∈ Λ(G) | Λ(G)/Λ(G)f は有限生成な左Λ(H) 加群 } は Λ(G) の左右 Øre 集合となる.この S を G に対する canonical Øre set と呼ぶ. canonical Øre set とはコーツ達のつけた名称です.この証明も非常に初等的で面白いので (特にどのように して Øre 条件を導きだすか,について),興味のある方はぜひ [CFKSV] をご覧下さい. 左右 Øre 集合に対しては,右 Øre 局所化と左 Øre 局所化が同型となることが,普遍性の議論から簡単に分 かりますから,以下 Λ(G) の canonical Øre set S での局所化を単に Λ(G)S と書きます. さて,局所化 Λ(G) −→ Λ(G)S があるので,代数的 K-理論から局所化完全列の理論を少しばかり借りてき ますと*30 ,完全系列 ∂ K1 (Λ(G)) → K1 (Λ(G)S ) − → K0 (Λ(G), Λ(G)S ) → K0 (Λ(G)) → · · · が得られます.ここで,実は上の連結準同型 ∂ は全射になっています ([CFKSV]).また,ここでの相対 K0 -群 K0 (Λ(G), Λ(G)S ) は,有限生成射影左 Λ(G)-加群の有限複体であって,そのコホモロジー群が全て S-torsion b,proj となるもののなす圏 DS (Λ(G)) の K0 -群と見做すことが出来ます.よって,そんな複体 K · に対して, K1 (Λ(G)) → K1 (Λ(G)S ) f[K · ] ∂ − → K0 (DSb,proj (Λ(G))) 7→ −[K · ] →0 なる K1 (Λ(G)S ) の元 f[K · ] が得られます.これを,[K · ] の 特性元 (characteristic element) と呼ぶわけで す.完全列を見れば分かるように,f[K · ] は K1 (Λ(G)) の元の差を除いて一意に定まります. さて,ここで次の特別な複体を考えます. C · := R Hom(RΓét (OF ∞ [1/Σ], Qp /Zp ), Qp /Zp ) 導来圏やエタールコホモロジーの言葉を使っているため非常に分かりにくいですが,コホモロジーを見ると何を 考えたいのか直ぐに分かります.複体 C · のコホモロジーは, H 0 (C · ) = Zp H −1 (C · ) = XΣ H i (C · ) = 0 *30 K-群の定義等については 付録 B 参照. i ̸= 0, −1 14 原 隆 となっています.ここで, (Takashi Hara) XΣ := Gal(MΣ /F ∞ ) であり,MΣ は F ∞ の,Σ の外では分岐しないような最大の pro-p アーベル拡大です. これで,この複体 C · が §2 で考えた特別な有限生成捩れ Λ-加群 X{p} を拡張したものであることが分かるで しょう. あとは,C · の特性元 f[C · ] ∈ K1 (Λ(G)S ), ∂(f[C · ] ) = −[C · ] をとって,これを “代数的ゼータ関数” と思うわけです*31 .この “代数的ゼータ関数” f[C · ] を F ∞ /F の特性元 と呼んでおきましょう. これでは何をやっているのか全く分からないと思うので,§2 の例を通じて上の操作が一体何を行っているの かを見てみましょう. まず,Γ = Gal(Q(µp∞ )∆ /Q) ∼ = Zp に対して,定義に戻って canonical Øre set S を計算すると,この場合 S = Λ(Γ) \ pΛ(Γ) (Λ(Γ) の元で,p の倍数でないもの) となることが直ぐに分かります. さて,Γ は p-torsion(p 乗して 1 になる元) を含みません.このような場合には S の代わりに S∗ = [ pi S i≥0 をとると話が簡単になります.今の場合,S ∗ = Λ(Γ) \ {0} に他なりませんので,Øre 局所化 Λ(Γ)S ∗ は,商 体 Q(Λ(Γ)) と一致してしまいます. また,Γ が p-torsion を含まないことにより,相対 K0 (Λ(Γ), Λ(Γ)S ∗ ) 群を,有限生成な S ∗ -torsion 左 Λ(Γ) 加群,即ち有限生成捩れ Λ(Γ)- 加群のなす圏 Mtor (Λ(Γ)) の K0 -群と見做し,−[C · ] の代わりにコホモロジー の交代和 [XΣ ] − [Zp ] をとってもよい,ということが知られています. さらに,今 Γ がアーベル群なので,K1 群は単数群と同一視できます.(つまり, K1 (Λ(Γ)) = Λ(Γ)× , K1 (Q(Λ(Γ))) = Q(Λ(Γ))× が成り立ちます) よって,局所化完全列は Λ(Γ)× ,→ Q(Λ(Γ))× f ∂ − → K0 (Mtor (Λ(Γ))) →0 7→ ∂(f ) = [XΣ ] − [Zp ] となります.完全列により,f が Λ(Γ) の単数倍の際を除いて一意に定まることも分かります. 可換な場合には,連結準同型 ∂ は簡単に計算でき,∂(f ) = [Λ(Γ)/Λ(Γ)f ] となります.よって, [Λ(Γ)/Λ(Γ)f ] = [XΣ ] − [Zp ] が得られます. すると,[Zp ] のズレは生じるものの,上記の式は Λ-加群の構造定理そのものを表していることに気づかれる ことでしょう.したがって,§2 での設定では,K-理論を用いた特性元の構成も,古典的な構造定理を用いた特 性イデアルの構成も,本質的には殆ど同じことをやっているわけです. *31 特性元をとるためには,C · が DS (Λ(G)) の対象であること,つまりコホモロジー群 XΣ が S-torsion であることが必要不可 欠です.これは,実は拡大 F ∞ /F に対しある岩澤 µ-不変量の条件を付けると自動的に成り立ちます.例えば,岩澤先生は,任意の 代数体に対し µ-不変量が 0 であることを予想していますが (岩澤の µ = 0 予想),これを仮定するならば常に XΣ は S-torsion で す. b,proj 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 図3 15 非可換岩澤主予想の苦しい模式図 非可換環の Øre 局所化ともなりますと,連結準同型 ∂ は上のように単純には表されず,非常に複雑な対応と なります.ちょうど,ホモロジー長完全系列などで出てくる連結準同型が,ちょっとやそっとでは具体的に書き 表せないのと同様です.K-群を用いた特性元の構成を支えているのは,このような K-群の連結準同型の複雑さ を逆手に取って,より深い情報を取り出そうと言うアイデアなのです. 3.3 evaluation map と “p-進ゼータ関数” さて,次に解析サイドの主役である p-ゼータ関数ですが,ここにも苦しみがあります.実は,一般の非可換 拡大に対しては,p-進ゼータ関数はいまだ構成されていないのです (!) したがって,非可換岩澤理論は,図 3 のように,本来橋を架けなければいけない二つの島のうち,片方の島が 「誰もがあると信じているけれど未だ発見されていない幻の島 (“ジパング” のような?)」であるような,そんな 非常に不安定な状況におかれているわけです. それでも,未知の p-進ゼータ関数が「どんなものであるべきか?」を推し量り,夢見ることは出来ます.ま ず,岩澤主予想が「一致する」と主張している相方の特性元が K1 (Λ(G)S ) の元なのですから,当然 p-進ゼー タ関数も K1 (Λ(G)S ) の元であってしかるべきです. 次に,岩澤の円分 Zp -拡大の際には,p-進ゼータ関数は円分指標での evaluaton がリーマンゼータ関数の特殊 値となる関数として,補間性質を用いて構成されたのでした.ですから今回も,円分指標での evaluation が 何らかのゼータ関数の特殊値であることによって、p-進ゼータ関数を特徴づけたいのです. 今回は,もっと一般に,G の適当なガロワ表現を円分指標で捻ったものを考えましょう. 16 原 隆 (Takashi Hara) ガロワ表現 ρ : G → GLd (Q) がアルティン表現 (Artin representation) であるとは,像 Im(ρ) が有限と なることとします.一方で,r を正の偶数とすると,§2 で行ったのと同じように,円分指標 κr : Gal(F (µp∞ )/F ) → Z× p + は,κr : Gal(F (µp∞ )+ /F ) → Z× p を経由することが分かります.これと,自然な全射 G ³ Gal(F (µp∞ ) /F ) の合成も,改めて κr とおくことで,円分指標 κr を G まで拡張しておきます. このとき,表現 ρκr : G → GLd (Qp ) 或いはそれを線形に拡張した ρκr : Λ(G) → Md (Qp ) を考えましょう.環の準同型は,K-群の準同型を引き起こしますので,準同型 × ρκ K1 (Λ(G)) −−→ K1 (Md (Qp )) ∼ = K1 (Qp ) = Qp r を引き起こします.ここで,二番目の同型は,Md (Qp ) と Qp の間の森田同値 (Morita equivalent) と呼ばれ る関係から生じた同型です ([Bass] 等を参照して下さい).この一連の写像の合成を evaluation map at ρκr と呼び,evρκr と書きます.また,K1 (Λ(G)) の元に f に対して,evρκr (f ) ∈ Qp × を f (ρκr ) と書き,f の ρκr での evaluation と呼びます. K-理論及び森田同値という概念を組み合わせることによって,きちんと K1 -群の元に対して evaluation (Qp の値を与えること) が構成できる,その妙技をしばらく堪能してみて下さい. さて,今 p-進ゼータ関数は 局所化された岩澤代数の K1 -群 K1 (Λ(G)S ) に潜んでいてほしいのですから,本 来ならば K1 (Λ(G)S ) の元に対する evaluation が欲しいわけです.ここが難しいところで,実は局所化された 岩澤代数の K1 -群の元に対する evaluation map は上記のように自然な写像からは定義されません.コーツ教 授たちは,円分体のケースに帰着させることで絶妙に上記の写像 evρκr を拡張して, evρκr : K1 (Λ(G)S ) → Qp ∪ {∞} という写像を構成しています.この巧みな構成は,私の拙い説明を読むよりも,原論文の美しい記述を満喫して いただいた方が遥かに有益と思いますので,興味のある方は是非 [CFKSV] を参照してみて下さい. さて,漸く evaluation map が定義できましたので,p-進ゼータ関数の公理を述べておきたいと思います. 定義 3.5 (p-進ゼータ関数). K1 (Λ(G)S ) の元 ξ が p-進ゼータ関数であるとは,任意のアルティン表現 ρ 及 び任意の正の偶数 r に対して, ξ(ρκr ) = LΣ (1 − r, ρ) が成り立つこととする. 但し,LΣ (s, ρ) は ρ に付随する アルティン L-関数で,LΣ (s, ρ) は L(s, ρ) のオイラー積において Σ-factor を取り除いたものである. アルティン L-関数とは,ガロワ群のアルティン表現を用いて,表現論的に構成した L-関数のことです*32 .こ れも,§2 において 久保田-レオポルトの p-進ゼータ関数が,リーマンゼータ関数のオイラー積表示の p-factor を取り除いたものを補間していたことの拡張になっていることが直ぐに見て取れるでしょう. *32 アルティン L-関数に関しては,例えば [Neukirch] に簡潔な記述があります. 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 17 3.4 非可換版岩澤主予想 ここまで準備すれば,非可換版岩澤主予想は簡単に定式化できます. 予想 3.6 (非可換版岩澤主予想). F ∞ /F を今まで扱ってきたような総実な無限次 p-進リー拡大とする. (1) (p-進ゼータ関数の存在予想) p-進ゼータ関数 ξ ∈ K1 (Λ(G)S ) が存在する. (2) (p-進ゼータ関数の一意性予想) p-進ゼータ関数は存在すれば一意である. (3) (非可換岩澤主予想) ∂(ξ) = −[C · ],即ち p-進ゼータ関数は F ∞ /F の特性元である (!) この形の主予想が,§2 で考えた古典的な岩澤主予想とどのように対応しているのかを見てみましょう. 久保田-レオポルトの p-進ゼータ関数 ξp−adic に対して,上記の意味での主予想,つまり Λ(Γ)× ,→ Q(Λ(Γ))× ξp−adic ∂ − → K0 (Mtor (Λ(Γ))) →0 7→ ∂(ξp−adic ) = [X{p} ] − [Zp ] が成り立ったとします*33 .先に述べたように,K-理論から定まる特性元と構造定理から定まる特性イデアル は,殆ど同じではありますが [Zp ] のズレが少しだけ生じています.そこで,構造定理から定めた特性イデアル を CharΛ(Γ) (X{p} ) と書いておきましょう.つまり, [X{p} ] = [Λ(Γ)/CharΛ(Γ) (X{p} )] としたわけです.一方で,∂(ξp−adic ) = [Λ(Γ)/Λ(Γ)ξp−adic ] より, [Λ(Γ)/ξp−adic ] = [Λ(Γ)/CharΛ(Γ) (X{p} )] − [Zp ] 移項して, [Λ(Γ)/Charλ(Γ) (X{p} )] = [Λ(Γ)/ξp−adic ] + [Zp ] = [Λ(Γ)/ξp−adic ⊕ Zp ] ここで,Zp ∼ = Λ(Γ)/I(Λ(Γ)) (I(Λ(Γ)) は添加イデアル) ですので, [Λ(Γ)/Charλ(Γ) (X{p} )] = [Λ(Γ)/ξp−adic ⊕ Λ(Γ)/I(Λ(Γ))] = [Λ(Γ)/I(Λ(Γ))ξp−adic ] となり,両辺の分母を見比べれば,§2 で述べた形の岩澤主予想が現れていることが分かります. §2 の方法で述べた岩澤主予想で現れる添加イデアルのズレと,K-理論を用いた特性元の構成における [Zp ] のズレが,ちょうど打ち消し合っているわけです. 4 Burns の手法—“明石写像” とゼータ関数の貼り合わせ さて,総実代数体の非可換な p-進リー拡大 F ∞ /F に対して非可換岩澤主予想を定式化したわけですが,これ を証明しようとするとき,前節で注意したように, *33 §2 でも注意したように,Q(µp∞ )∆ /Q で分岐する素数は p のみですので,今回は Σ = {p} となります. 18 原 隆 (Takashi Hara) Step1, 最初に p-進ゼータ関数 ξ を構成する. Step2, 構成した p-進ゼータ関数が主予想 ∂(ξ) = −[C · ] を満たすことを証明する. という二つの段階を考えなければなりません.この二つのステップを一気に解消してしまおう,というのが以下 で取り扱う,バーンズ (Burns, D.) の手法なのです.彼のアイデアは,可換な拡大に付随する p-進ゼータ関 数を「貼り合わせて」非可換拡大の p-進ゼータ関数を構成するという非常に画期的かつ興味深い発想に基づい ています. 先ず, F = {(U, V ) | U はG の開部分群, V は H の開部分群, V は U の正規部分群で U/V はアーベル群,さらに条件 (∗) を満たす } なる G の部分群のペアの族 F を考えましょう.ここで, 条件 (∗) 任意のアルティン表現 ρ : G → GLd (Q) が,Z-線形結合 X ρ= aU,V IndG U (χU/V ) (U,V )∈F, finite の形で表される.ここで,aU,V ∈ Z, χU/V はアーベル群 U/V の指標,Ind は誘導表現. 誘導表現に関しては [Serre] を参照して下さい (梶さんの稿も参照).条件 (∗) だけを見ていても何を言ってい るのかよく分からないでしょうが,要するに G の任意のアルティン表現が,アーベル群 U/V 達の表現 (指標) から完全に復元できるということを保障する条件なのです. ここでのポイントは,(U, V ) ∈ F に対して U/V はアーベル群ですから,対応する総実体のアーベルな p-進 リー拡大 FV /FU に対しては既に p-進ゼータ関数 ξU,V が構成されているという点です.総実体の無限次拡大 に付随するゼータ関数は,最初にドリーニュ-リベ (Deligne-Ribet) によりヒルベルト保型形式の理論を用いて 構成され ([De-Ri]),その後新谷の方法など様々な構成法が知られるようになりました. さらに,これら ξU,V が岩澤主予想を満たすことも,先に述べたようにワイルズに依って証明されています ([Wiles]). F ∞ /F の適当な部分ガロワ拡大達には,先の Step1, Step2 を両方とも満たしてしまう p-進ゼータ関数 ξU,V が折角あるのだから,これらの材料を「貼り合わせ」れば,Step1, Step2 を満たす非可換拡大の p-進ゼータ 関数 ξ が出来上がるに違いない というのがバーンズのアイデアです (図 4 参照). この貼り合わせを実行する写像が,俗に “明石写像” (Akashi map) と呼ばれているものです.この構成を 見てみましょう. (U, V ) ∈ F に対して,Λ(U ) ,→ Λ(G) という環の拡大が存在しますが,このとき K-群のノルム写像 (norm map) と呼ばれる写像 NrΛ(G)/Λ(U ) : K1 (Λ(G)) → K1 (Λ(U )) が存在します.この写像と自然な全射 U ³ U/V から誘導される自然な射 K1 (Λ(U )) → K1 (Λ(U/V )) = Λ(U/V )× との合成を AkU,V : K1 (Λ(G)) → Λ(U/V )× と書き,Ak = (AkU,V )(U,V )∈F とおきます*34 . *34 U/V はアーベル群なので,Λ(U/V ) の K1 -群は単数群と一致することに注意して下さい 19 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 .. . ξUλ ,Vλ ξUσ ,Vσ )i i) i) i) i) i) i) i) i) i) i) i) i) i) ξUµ ,Vµ ξUα ,Vα i) *j *j *j Ã` Ã` *j *j *j i) i) i) i) *j *j *j i) i) *j *j *j i) )i *j *j *j )i )i *j o / o / o / o / o / o / o / /o ξUν ,Vν 2r 2r r 2 r 2 r 2 2r 2r 2r 2r 2r 2r 2r 2r r 2 r 2 r 2 2r 2r 2r 2r 2r 2r 2r 2r F§ F§ F§ F§ Ã` Ã` )*ji i)*j Ã` Ã` Ã i) *j /o /o /o *)/ 2r 2r 2r 2 F§ F F§ F§ F§ F§ F§ ξ ξUτ ,Vτ .. . 図4 可換な拡大の p-進ゼータ関数達を「貼り合わせて」非可換拡大の p-進ゼータ関数を構成する 同様にして AkS,U,V : K1 (Λ(G)S ) → Λ(U/V )× S 及び,AkS = (AkS,U,V )(U,V )∈F を定めます. ここで,Ψ := Im(Ak) ⊆ 定義 4.1 (“明石写像”). Q (U,V )∈F Q (U,V )∈F Λ(U/V )× とおきます. Λ(U/V )× S の部分群 ΨS が存在して,以下を満たすとする: (Ak-1) Im(AkS ) ⊆ ΨS . Q (Ak-2) ΨS ∩ (U,V )∈F Λ(U/V )× = Ψ. こ の 時 ,誘 導 さ れ る 全 射 Ak : K1 (Λ(G)) ³ Ψ を “明 石 写 像” (Akashi map),誘 導 さ れ る 写 像 AkS : K1 (Λ(G)S ) → ΨS を 局所化された “明石写像” (localized Akashi map) とよぶ. “明石写像” という呼び方は残念ながら市民権を得ていないようですが,その名前に込められたコーツ先生の 深い思想や,言葉の響きの美しさを重視して,敢えてここではこの呼び方を使わせていただきます.“Akashi” の由来は 付録 C 参照. この “明石写像” さえ構成できれば,“明石写像” を貼り合わせの写像として,実際に p-進ゼータ関数を「貼 り合わせ」によって構成することが出来ます. 定 理 4.2 (Burns, Kato). F ∞ /F を 上 記 の 通 り と し ,“明 石 写 像” Ak, AkS が 構 成 さ れ て い る と す る . FV /FU ((U, V ) ∈ F) に付随するゼータ関数を ξU,V とする. (ξU,V )(U,V )∈F が ΨS に含まれるならば ,F ∞ /F に付随するゼータ関数 ξ が存在して,主予想 ∂(ξ) = −[C · ] を満たす. ∼ Ak : K1 (Λ(G)) − → Ψ が同型であれば,p-進ゼータ関数の一意性も従う. 20 原 隆 (Takashi Hara) この定理の証明は簡単なダイアグラム・チェーシングですので,載せておきましょう. 証明. F ∞ /F の特性元 f ∈ K1 (Λ(G)S ) (つまり,∂(f ) = −[C · ] なる元) を任意に一つとる.AkS (f ) = (fU,V )(U,V )∈F , fU,V ∈ Λ(U/V )× S とおく.このとき,(Ak-1) により (fU,V )(U,V )∈F ∈ ΨS . −1 × *35 .よって,u ここで,uU,V = ξU,V fU,V ∈ Λ(U/V )× U,V は Λ(U/V )S の元 S とおくと,∂(uU,V ) = 0 となる と見做せる. 一方で,定理の仮定より (ξU,V )(U,V )∈F ∈ ΨS であるから,(uU,V )(U,V )∈F = (ξU,V )(U,V )∈F (fU,V )−1 (U,V )∈F ∈ ΨS となる. よって, Y u = (uU,V )(U,V )∈F ∈ ΨS ∩ Λ(U/V )× (Ak−2) = Ψ (U,V )∈F ここで,Ak : K1 (Λ(G)) ³ Ψ の全射性から,ある K1 (Λ(G)) の元 u が存在して,Ak(u) = (uU,V )(U,V )∈F となる (Ak が同型であれば u は一意に定まる.). あとは,u の K1 (Λ(G)S ) での像も u と書く時,ξ = uf と定めれば,構成より簡単に (i) ∂(ξ) = −[C · ]. (ii) AkS (ξ) = (ξU,V )(U,V )∈F . が分かる.ξ が p-進ゼータ関数の補間性 (定義 3.5) を満たすことは,(ii) から容易に導かれる. ごちゃごちゃ書いてありますが,要するに下の図式で所謂 “ダイアグラム-チェーシング” をしているだけで す.自信のある方はやってみて下さい: / K1 (Λ(G)S ) K1 (Λ) 0 / Y Ak ²² Λ(U/V ) × (U,V )∈F / Y (U,V )∈F / K0 (Λ(G), Λ(G)S ) ∂ AkS ² Λ(U/V )× S ∂ / Y ² K0 (Λ(U/V ), Λ(U/V )S ) /0 /0 (U,V )∈F このように,“明石写像という舞台装置さえ揃えれば,あとはただのダイアグラム-チェイシングにより簡単に p-進ゼータ関数を「貼り合わせ」ることが出来る点が,バーンズの手法の突出すべき点でしょう. 以上をまとめますと,バーンズの手法を用いて p-進ゼータ関数を構成しようとする際には,以下のことをす る必要があることが分かります. Step1, “明石写像” の構成. (特に Ak の像 Ψ の決定,ΨS の構成) Step2, (ξU,V )(U,V )∈F ∈ ΨS を示す. Step1, に関しては,先ず加法的な “明石写像”Ak+ を構成して,それをオリヴァー- テイラー (Oliver-Taylor) の整対数準同型 (integral logarithmic homomorphism) を用いて乗法的 “明石写像” に「翻訳する」,と いう戦略をとります. Step2, に関しては,(ξU,V )(U,V )inF が ΨS に含まれるための条件が,主に ξU,V の間の合同式という形で登 場するため,この合同式をドリーニュ-リベの理論を用いて考察することになります. *35 ワイルズの証明した岩澤主予想により,∂(ξU,V ) = −[CU,V ] となることに注意. 21 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 バーンズの方法を用いた非可換岩澤主予想の証明は,加藤和也先生が総実代数体のハイゼンベルク型拡大に対 して ([Kato]),またカクデさんが ガロワ群がアーベルな p-進リー群と Zp の半直積となるような総実体の拡大 に対して ([Kakde]) それぞれ実行しています. また,リッター-ヴァイス (Ritter-Weiss) は,主予想の定式化の仕方が多少 [CFKSV] 式と違ってはいますが, 整対数準同型による翻訳と p-進ゼータ関数間の合同式という本質的に全く同じような手法を用いて,やはり主 予想が成立する例を構成しています ([R-W1], [R-W2], [R-W3]). 次の節では,著者が実際に修士論文で扱った例に即して,明石写像 Ak, AkS が具体的にどのように構成され るかを概観してみましょう. 5 “明石写像” の構成とゼータ関数間の合同式 5.1 “明石写像” の構成 先ずは筆者が修士論文で扱った例の設定を確認しておきましょう. 設定: 1 Fp Fp 1 Fp 0 1 0 0 0 ∼ (1) G := Gal(F /F ) = 0 0 (2) p は 2, 3 でない. ∞ Fp Fp ×Γ Fp 1 (Γ は Zp と同型な可換 p 進 Lie 群). (3) F ∞ /F の有限次部分拡大 F ′ で,その円分 Zp -拡大 (F ′ )cyc /F ′ の µ-不変量が 0 となるようなものが存在 する. (3) の条件は,§3 で少し述べたように,[C · ] が DSb,proj (Λ(G)) の対象となるために必要な条件です. このとき,バーンズの手法で得られる G の部分群の族 F は以下のもので構成されます: U0 = G, U1 f2 U U2 U3 1 0 = 0 0 1 0 = 0 0 1 0 = 0 0 1 0 = 0 0 Fp 1 0 0 Fp Fp × Γ, Fp 1 Fp Fp × Γ, Fp 1 Fp Fp × Γ, Fp 1 Fp Fp × Γ, Fp 1 Fp 0 1 0 0 1 0 0 Fp Fp 1 0 0 1 0 0 0 Fp 1 0 0 1 0 0 0 0 1 0 1 0 V0 = 0 0 1 0 V1 = 0 0 1 0 f2 = V 0 0 1 0 V2 = 0 0 0 1 0 0 Fp 0 1 0 0 0 1 0 0 1 0 0 0 0 1 0 0 1 0 0 0 0 1 0 0 1 0 0 Fp Fp × {1}, 0 1 Fp 0 × {1}, 0 1 Fp Fp × {1}, 0 1 0 Fp × {1}, 0 1 V3 = {I4 } × {1}, f2 , V f2 各 Ui /Vi はアーベル群になっていることに注意して下さい.以下では,Ui , Vi と表記した場合には常に U 22 (Takashi Hara) 原 隆 も含めて考えることとしましょう. 証明の概略. G の有限部分 Gf を,半直積 1 Fp Gf ∼ = 0 1 0 0 Fp Fp Fp n Fp 1 Fp と見做して,有限群の半直積の表現論を用いると,Gf の全ての既約表現が Ui /Vi の指標たちの誘導表現で書け ることが分かる ([Serre] 参照).よって,F として {(Ui , Vi )}i をとればよい. 注意 5.1. 実は,Gf の既約表現が Ui /Vi の指標たちの誘導表現で書ける,という条件を満たすだけであれば (U0 , V0 ), (U1 , V1 ), (U2 , V2 ) のみ考えれば十分です.したがって,F = {(U0 , V0 ), (U1 , V1 ) (U2 , V2 )} としても問 f2 , V f2 ), (U3 , V3 ) も考慮に入れています. 題はない筈ですが,,以降の計算に於ける技術的な理由から (U f2 は G に於ける U2 の正規化群 (normalizer) となっています. なお,U さて,Zp [[Conj(G)]] を G の共役類を基底とする Zp -自由加群 (の “pro-有限 完備化”) としましょう.このと き,以下のようなトレース写像が定義されます. 定義 5.2 (トレース写像). {u1 , . . . , uri } を剰余類分割 G/Ui の代表元とする.この時,トレース写像 (trace map) Tri : Zp [[Conj(G)]] → Zp [[Conj(Ui )]] を,Conj(G) の各元 [g] に対して Tri ([g]) := Pri j=1 τj ([g]) で定義する.但し τj は ( −1 [u−1 j guj ] if uj guj ∈ Ui , τj ([g]) := 0 otherwise, で定義される (代表元の取り方によらない). Ak+ i をトレース写像 Tri : Zp [[Conj(G)]] → Zp [[Conj(Ui )]] と自然な写像 Zp [[Conj(Ui )]] → Zp [[Ui /Vi ]](= Λ(Ui /Vi )) の合成で定義します. Zp -加群 Ii を Ak+ i の像として定めます.(具体的に書き下すと, I1 = [pδ d εe , αa εe hδ (a ̸= 0), γ c δ d hε (c ̸= 0), αa γ c δ d εe hεc δ−a (a ̸= 0, c ̸= 0)]Zp ⊗Zp Λ(Γ), Ie2 = [β b γ c hδ (b ̸= 0), pγ c δ d ]Zp ⊗Zp Λ(Γ), I2 = [p2 ζ f , pγ c hζ , β b γ c hζ (b ̸= 0, c ̸= 0), pβ b ζ f (b ̸= 0)]Zp ⊗Zp Λ(Γ), I3 = [p3 ζ f , p2 εe hζ (e ̸= 0), pγ c hε hζ (c ̸= 0)]Zp ⊗Zp Λ(Γ). となります.) すると Ii の定義から,Ak+ := (Ak+ i )i の像は さらに Q i Ii Q i Λ(Ui /Vi ) の部分加群 の各元で以下のトレース関係式 (図 5 参照) (rel-1) TrZp [[U0 /V0 ]]/Zp [[U1 /V0 ]] y0 ≡ y1 , (rel-2) TrZp [[U0 /V0 ]]/Zp [[Uf2 /V0 ]] y0 ≡ ye2 , (rel-3) TrZp [[Uf2 /Vf2 ]]/Zp [[U2 /Vf2 ]] ye2 ≡ y3 , (rel-4) TrZp [[U1 /Vf2 ]]/Zp [[U1 ∩Uf2 /Vf2 ]] y1 ≡ TrZp [[Uf2 /Vf2 ]]/Zp [[U1 ∩Uf2 /Vf2 ]] ye2 , (rel-5) TrZp [[U1 /V1 ]]/Zp [[U3 /V1 ]] y1 ≡ y3 , (rel-6) TrZp [[U2 /V2 ]]/Zp [[U3 /V2 ]] y2 ≡ y3 . Q i Ii に入ることは明らかですが, 23 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 Λ(U0 /V0 ) OOO rel-1 ooooo OOOrel-2 OOO oo o o OO' wooo f2 /V f2 ) Λ(U1 /V1 ) Λ(U 44 rel-4 44 44 44 w ' 44 f f rel-3 Λ(U ∩ U / V 1 2 2) 44 44 4 rel-5 44 ² 44 Λ(U2 /V2 ) 44 44 oo ooo 44 o o oo 4½ wooo rel-6 Λ(U3 /V3 ) 図5 トレース関係式 及び ノルム関係式 ≅ を満たすもの全体のなす部分加群を Ω とすると,実は Ak+ は同型 Ak+ : Λ(G) − → Ω を誘導することが直接計 算することで分かります (加法的明石写像 (additive Akashi map)). あとは,オリヴァー-テイラー (Oliver-Taylor) によって導入された有限群 P に対する整対数準同型写像 (integral logarithmic homomorphism)*36 1 ΓP : K1 (Zp [P ]) → Zp [Conj(P )]; x 7→ logp x − ϕ(logp x) (logp は p-進対数写像) p を用いて加法的明石写像 Ak+ を翻訳することで,乗法的な明石写像 Ak を得ることが出来ます.*37 . 注意 5.3. 整対数準同型は (少なくともオリヴァー-テイラーの定義では) 有限群にしか定義されないので, ちょっとした技術的な工夫が必要とされます (G の有限剰余に対して整対数写像を適用して,あとで射影極限を とる,という操作をします). 翻訳後の結果をまとめておきましょう: 定理 5.4 (“明石写像” の存在定理). 部分群 Ψ ⊆ Q i Λ(Ui /Vi )× を以下の条件を満たす元の集まりとする: (1) ( ノルム関係式 ) (rel-1) NrΛ(U0 /V0 )/Λ(U1 /V0 ) η0 ≡ η1 , (rel-2) NrΛ(U0 /V0 )/Λ(Uf2 /V0 ) η0 ≡ ηe2 , (rel-3) NrΛ(Uf2 /Vf2 )/Λ(U2 /Vf2 ) ηe2 ≡ η3 , (rel-4) NrΛ(U1 /Vf2 )/Λ(U1 ∩Uf2 /Vf2 ) η1 ≡ NrΛ(Uf2 /Vf2 )/Λ(U1 ∩Uf2 /Vf2 ) ηe2 , (rel-5) NrΛ(U1 /V1 )/Λ(U3 /V1 ) η1 ≡ η3 , (rel-6) NrΛ(U2 /V2 )/Λ(U3 /V2 ) η2 ≡ η3 , ( 図 5 参照 ). (2) ( 合同式 ) η1 ≡ ϕ(η0 ) η2 ≡ ϕ(η0 )p *36 *37 mod I1 , mod I2 , mod Ie2 , ηe2 ≡ ϕ(η0 ) η3 ≡ ϕ(η0 )p 2 mod I3 . 言うなれば,“ほぼ同型” な対数写像 (!) です. 詳しくは [Oliver] 参照. ϕ は “フロベニウス自己同型” で,任意の G の元 g に対し g p を対応させる対応から誘導される写像のことです. 24 原 隆 (Takashi Hara) このとき,Ak := (Aki )i は全射 Ak : K1 (Λ(G)) ³ Ψ を誘導する. 注意 5.5. 後に,シュナイダー-ヴェンヤコブ (Schneider-Venjakob) が Ak の核 SK1 (Λ(G)) が消えることを証 明した,とヴェンヤコブさんから教えていただきました.したがって,このケースでも p-進ゼータ関数の一意 性まで証明できたことになります. 局所化された明石写像 AkS 及び ΨS も,同様の方法でまったく同じ条件式によって構成されます.こちらに ついても結果をまとめておきましょう. 定理 5.6 (局所化された明石写像の存在定理). 部分群 ΨS ⊆ Q i Λ(Ui /Vi )× S を以下の条件を満たす元の集まり とする: (1) ( ノルム関係式 ) (rel-1) NrΛ(U0 /V0 )S /Λ(U1 /V0 )S η0 ≡ η1 , (rel-2) NrΛ(U0 /V0 )S /Λ(Uf2 /V0 )S η0 ≡ ηe2 , (rel-3) NrΛ(Uf2 /Vf2 )S /Λ(U2 /Vf2 )S ηe2 ≡ η3 , (rel-4) NrΛ(U1 /Vf2 )S /Λ(U1 ∩Uf2 /Vf2 )S η1 ≡ NrΛ(Uf2 /Vf2 )S /Λ(U1 ∩Uf2 /Vf2 )S ηe2 , (rel-5) NrΛ(U1 /V1 )S /Λ(U3 /V1 )S η1 ≡ η3 , (rel-6) NrΛ(U2 /V2 )S /Λ(U3 /V2 )S η2 ≡ η3 , ( 図 5 参照 ). (2) ( 合同式 ) η1 ≡ ϕ(η0 ) η2 ≡ ϕ(η0 )p mod IS,1 , mod IS,2 , mod Ig S,2 , ηe2 ≡ ϕ(η0 ) η3 ≡ ϕ(η0 )p 2 mod IS,3 . 但し,IS,i := Ii ⊗Zp Λ(Γ)S0 , S0 := Λ(Γ) \ pΛ(Γ) である. このとき,Image(AkS ) ⊆ ΨS かつ ΨS ∩ Q i Λ(Ui /Vi )× = Ψ が成立する. このように構成のアイデアは非常にシンプルですが, • 加法的明石写像 Ak+ の像 Φ の決定 • 整対数準同型を用いた翻訳 は一般的には非常に複雑な計算式であり,複雑な群では計算すら出来ない場合が殆どです. 5.2 ゼータ関数間の合同式 さて,無事に明石写像が構成できたわけですが,バーンズの手法を完成させるためには,総実拡大 FVi /FUi に付随する p-進ゼータ関数 ξi 達が (ξi )i ∈ ΨS を満たさなければなりませんでした.つまり,ξi 達が定理 5.6 の二つの条件を満たすことを確認せねばなりま せん. 条件のうち,ノルム関係式の方は p-進ゼータ関数の補間性質から容易に導かれます.したがって,p-進ゼー タ関数 ξi 達が定理 5.6 の合同式を満たすことさえ確認すれば十分なわけです. この合同式は非常に非自明な関係式であって,見方を変えればこれらの合同式によって p-進ゼータ関数たち を貼り合わせて,非可換拡大に付随する p-進ゼータ関数を作るということになります. 25 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 この非自明な合同式を導きだすために,ドリーニュ-リベ (Deligne-Ribet) によるヒルベルト保型形式の理論 ([De-Ri]) を用います.ドリーニュ-リベの理論は非常に難解ですが,アイデアは以下のようなものです. 拡大 FVi /FUi に付随する p-進ゼータ関数は,以下のような Λ(Ui /Vi )-進ヒルベルト-アイゼンシュタイン保型 形式の定数項に現れます: gi = ξi 2r(Ui ) + X µ FV /FU ¶ Tr (x) i i q FUi /F a (a,x)∈Pi ここで,r(Ui ) = [FUi : Q] かつ, P = {(a, x) | a ⊂ OFUi : Σと素な零でないイデアル, x ∈ a : 総正な元 } µ L/K です.また, − ¶ (L/K : アーベル拡大) は,類体論で用いられるアルティン記号 µ L/K − ¶ : {OK のイデアル } → Gal(L/K) です. さて,ドリーニュ-リベの大理論の主要な原理として,次のものがあります. 定理 5.7 (Deligne-Ribet). F と G を Λ-進ヒルベルト保型形式とする. このとき,Λ のある部分 Zp 加群 I に対し,F, G のそれぞれの非定数項の係数が全て mod I で等しくなる ならば,F の定数項 a0 及び G の定数項 b0 の間でも合同式 a0 ≡ b0 mod I が成立する. 要するに,定数項以外の部分の合同式が定数項にも遺伝するという Λ-進保型形式ならではの非常に強い性質 を述べているわけです.したがって,例えば ξ1 ≡ ϕ(ξ0 ) mod IS,1 であれば,g1 − ϕ(g0 ) の非定数項の係数 が全て IS,1 の元であることさえ確かめれば合同式は自動的に導かれることになります.ところがこのことは, g1 を適当に書き換えてアルティン記号の性質を用いると,非常に形式的な計算から直ぐに分かります. そこで問題となるのが合同式 • ξ2 ≡ ϕ(ξ0 )p mod I2 p2 • ξ3 ≡ ϕ(ξ0 ) mod I3 です.一般に保型形式を p 羃乗した場合,当然保型形式にはなりませんから,このようなゼータ関数の p-羃乗 を含む合同式は,ヒルベルト保型形式の理論から導きだすことはほぼ不可能に近いのです.この現象は加藤先生 やカクデさんの構成した例では現れなかった現象で,むしろこの手の合同式が複雑な非可換リー拡大に対する岩 澤主予想の証明を阻む壁のひとつであったとも言えるでしょう. 最後に,この困難な合同式をいかにして回避したか,その “回避法” を簡単に紹介しておきましょう. 1 0 0 0 1 0 N = 0 0 1 0 0 0 Fp Fp × {1} とおき,G := G/N とおきます.すると, Fp 1 1 Fp G∼ = 0 1 0 0 Fp Fp × Γ 1 26 (Takashi Hara) 原 隆 となることが簡単な計算から分かります.ここで注目したいのは,G に対応する拡大 FN /F が加藤先生の扱っ たハイゼンベルク型拡大の特別な場合になっているということです.したがって,K1 (Λ(G)S ) には,加藤先生 が構成した p-進ゼータ関数 ξ が潜んでいるわけです. あとは,バーンズの手法の証明において最初にとる特性元を, K1 (Λ(G)S ) f canonical −−−−−−→ K1 (Λ(G)S ) 7→ ξ となるものに取り替えて (この取り替えは簡単に出来ます),難しい合同式の部分を既に構成されている加藤先 生のゼータ関数に「押し付ける」ことで,直接合同式を証明することなく p-進ゼータ関数 ξ を構成することに 成功しました (詳しくは [Hara] を参照して下さい). ひとたび ξ が構成されてしまえば,AkS (ξ) = (ξi )i ∈ ΨS となりますので,上記の難しい合同式も成立する ことが分かります.したがって,これも見方を変えると,既に構成したゼータ関数を用いて,より複雑な拡大に おける複雑なゼータ関数間の合同式を導きだしたと見ることも出来ます. このように既に構成したゼータ関数を用いてより複雑な拡大に付随するゼータ関数を構成しようと言う帰納 的な戦略をより洗練させることで,色々な p-進リー拡大に対して非可換岩澤主予想が証明できるのではないか, と考え,現在色々取り組んでいる最中です. 6 おわりにー「非可換の時代」に向けて 非常に長々とした報告集になってしまいました.今にして思えば,これだけの内容をたった 45 分の講演に詰 め込もうとした自分の愚かさにほとほと呆れ返るばかりです. この記事を読んでいただければ大体お分かりいただけると思いますが,非可換岩澤理論は近年漸く主予想の定 式化がなされ,主予想が正しい例がやっと幾つか構成されつつあるような,今まさに黎明期といっても過言で はない非常に新しい理論です.しかし,それ自身が大理論である岩澤理論をさらに非可換化したもの,だから, 「難しいに違いない」ということで尻込みをなさる方も少なくはないようです.そんな方々が,あるいは全く別 の分野の方々が気軽に非可換岩澤理論の概観,その面白さを「何となく理解」でき,かつ興味を覚えた方はある 程度理論の詳しい内容を追うことができる,そんな文章を書ければ……,と大それた思いを抱きながらこの記事 を執筆しました.尤も,私の拙い文章でこの大それた策略がどこまで達成できたかは甚だ心許ないですが. 代数幾何学に於いても「非可換スキーム」なるものの理論が形成されつつあり,幾何学に於いても “非可換シ ンプレクティック幾何学” とでも呼ぶべきコンツェビッチ (Kontsevich) 等の理論に注目が集まっているなど, 今数学全体で「可換から非可換へ」という大きなうねりが生まれていることは間違いないようです.非可換岩澤 理論もこの大きなうねりの中で生じた理論と見れるでしょう.このうねりを見極めるためにも,少し非可換岩澤 理論に目を向けてみる,というのもまた新たな発見につながるかもしれません. 最後になりましたが,今回この第 5 回城崎新人セミナーに参加し講演する機会をいただきありがとうござい ました.運営委員の皆様,講演を聴いてくださった全ての方々,及び参加者の皆様に深く感謝し,この素晴らし い城崎新人セミナーの伝統が今後も末永く続いていくことを祈りつつ,結びとさせていただきたいと思います. 付録 A p-進整数環 Zp p-進整数環 Zp は,非常に “奇妙” で神秘的な環です. 整数環 Z には当然様々な素数が潜んでいるわけですが,素数 p の周りの様子だけを詳しく見たいというのが そもそも p-進整数環の発想が生まれたきっかけです.例えば,Z の p での局所化 Z(p) も,(p) 以外の素イデア ルを全て潰してしまって,やはり素数 p の周りの様子を特に詳しく見ようとしているわけです. 27 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 これを押し進めたのが Zp です.作り方は簡単で,自然な全射の系列 πi : Z/pi+1 Z → Z/pi Z の射影極限 Zp := lim Z/pi Z ←− i→∞ をとるだけです.要するに,完全列 ··· ··· π4 −→ Z/p4 Z 7→ a0 + a1 p + a2 p2 + a3 p3 π3 −→ Z/p3 Z 7→ a0 + a1 p + a2 p2 π2 π1 −→ Z/p2 Z −→ Z/pZ → 7→ a0 + a1 p 7→ a0 0 を左側に辿った “果て” を考えるのだから,そこには a0 + a1 p + a2 p2 + a3 p3 + a4 p4 + a5 p5 + · · · のような,“p-進展開” した数 が潜んでいるわけです.もちろん,このような級数は通常のユークリッドの位相 では全く収束しません.よって,Zp 或いはその商体 Qp には通常の位相とは全く異なる位相が入っていること になります. Qp の位相の入れ方は次のようなものです.先ず,任意の Q の元 a は,分母分子を素因数分解して,素因数 p を括り出すことで, a = pe a′ e ∈ Z, a′ ∈ Q, a′ は分母分子に素因数 p を含まない という形に一意に書き表すことが出来ます.この時,a の p-進ノルム を |a|p := 1 pe と定めます.要するに,p で割り切れる数が多いほど「0 に近くなる」ような距離を入れているわけです. この | · |p はノルムの公理を満たすばかりか,三角不等式よりも強い不等式 n o |x + y|p ≤ min |x|p , |y|p を満たします*38 .Qp は,通常のユークリッド位相ではなくこの p-進距離位相で Q を完備化したものです.し たがって,実数体 R と p-進整数環 Qp は,共に Q をあるノルムで完備化したと言う点で,兄弟のような存在な わけです. ただ,いくら “兄弟” とはいえ,この p-進位相はユークリッド位相とは全く異なる実に不可思議な距離位相 で,例えば解析学で実数論を学ぶ際に登場するアルキメデスの原理 ∀ x, y ∈ Q, ∃ n ∈ N s.t., |x| ≤ |ny| が成り立ちません*39 (!) このような距離を非アルキメデス距離と呼びます. どんなに絶対値の小さな数でも,十分に大きい数を掛ければ幾らでも絶対値を大きくできるというアルキメデ スの原理は,直観的に非常に納得のいく原理ですが,これが成り立たないとなると今までの我々の常識が粉々に 打ち砕かれてしまうため,非常に不気味で捕らえ所のない感じがするわけです.しかし,この “不気味な” 距離 が整数論では非常に強力な役割を演じるのです. この概念に違和感を覚えるのは至極当然で,最初にヘンゼル (Hensel) が p-進数の概念を発表したときには世 の研究者の誰もが「何を言っているんだ」と相手にしなかったそうです.そんな奇妙なものが,現代の整数論の 中枢を握っているのですから,歴史とはどう転ぶか分かったものではありません. p-進数に関しては,有名なノイキルヒの『代数的整数論』([Neukirch]) に,歴史的背景や代数的/位相的構成 も含め,コンパクトに書かれていると思います.また,[斎藤] にも分かりやすい説明が載っています. *38 *39 強三角不等式と呼びます. 強三角不等式から直ぐに分かります. 28 付録 B (Takashi Hara) 原 隆 古典的な代数的 K-理論 高次 K-群の理論を含まない,古典的な K-理論に話を限っても非常に深い理論なのですが,ここでは非常に 大雑把な定義を展開するだけにしておきましょう. 定義 B.1 (グロタンディーク群,K0 -群).R を環とする.このとき, K0 (R) := [有限生成射影左 R-加群の同型類]Z /{relation : [P ⊕ Q] − [P ] − [Q]} とおき,R の グロタンディーク群 (Grothendieck group) 或いは K0 -群 (K0 -group) と呼ぶ. 但し,[S]Z は,集合 S の元を基底とする自由 Z-加群とする*40 . 要するに,射影加群の直和が加法となるように ([P ⊕ Q] = [P ] + [Q] となるように) 同値関係を入れて割って いるわけです. 定義 B.2 (ホワイトヘッド群,K1 -群).R を環とする.GL(R) := lim −→n→∞ GLn(R) とおく. また,基本変形の生成する GLn (R) の正規部分群 En (R) = 〈In + rEij | r ∈ R, i ̸= j〉, j 0 i0 Eij = .. . 0 0 .. . ··· 0 1 .. . .. ··· . ··· .. . 0 に対しても同様に,E(R) = lim E (R) とおく. −→n→∞ n このとき,K1 (R) := GL(R)/E(R) とおき,R のホワイトヘッド群 (Whitehead group) 或いは K1 -群 (K1 -group) と呼ぶ. GLn (R)/En (R) は基本変形で移り合わない (“相似でない”) 行列の代表系を表していますが,その “無限次行 列ヴァージョン” を考えているようなものです. なんでこんなものを考えると都合が良いのか,定義だけ見ても何も分からないでしょうが,これは位相幾何 学で言うところのホモロジー理論と同じようなもので,「定義はよく分からないけど,色々計算していくうちに 色々なことが分かってくる」類のものだと思います*41 . 実際に,K-理論にはホモロジー論でおなじみのマイヤー-ヴィエトリス (Mayer-Vietoris) の完全系列が存在し ます ([Bass]). また,次の局所化完全系列と呼ばれるものは,ホモロジー理論の「対の完全系列」の類似です. 定理 B.3 (局所化完全系列).R を環とし,ι : R → RS を R の適当な乗法的閉集合 S による局所化であると する.このとき,相対 K0 -群 K0 (R, RS ) 及び連結準同型 ∂ : K1 (RS ) → K0 (R, RS ) なるものが存在 し,以下の系列が完全になる: ι ∂ ι K1 (R) − → K1 (RS ) − → K0 (R, RS ) → K0 (R) − → K0 (RS ) 古典的な (高次のものを用いない) 代数的 K-理論に関しては,ざっと概観を知りたい方は [Milnor] を,じっ くり深く勉強されたい方は [Bass] を参照なさって下さい. 有限生成加群の同型類の生成する自由アーベル群を,完全系列 0 → M ′ → M → M ′′ → 0 に対し [M ] − [M ′ ] − [M ′′ ] なる関係で 割るという,所謂 グロタンディークの構成法と呼ばれるものもありますが,このようにして作ったものは通常 G0 (R) で表します. *41 キレン (Quillen) の高次 K-理論をご存知の方のために,実際は K-群は「ホモロジー群」というよりも「ホモトピー群」であるとい うことも注意しておきます. *40 29 総実代数体の非可換岩澤理論の展開 付録 C ジョン・コーツ氏の “Akashi” の哲学 所の様をばさらにも云はず、作りなしたる心ばへ、木立、立石、前栽などの有様、えも云はぬ入り江の 水など、絵に書かば、心の至り少からむ絵師は、書き及ぶまじと見ゆ。月頃の御住まひよりは、こよなく 明きらかに、なつかし。御しつらひなどえならずして、住まひける様など、げに都のやむごとなき所々に 異ならず、えんに眩き様は、まさりざまにぞ見ゆる。 [源氏],巻『明石』 日本を代表する長編小説,源氏物語の主人公である “光る君”(光源氏) は,桐壺帝の更衣の子として華々しい 人生を送っていきますが,そんな彼にも一度だけ挫折を味わう機会がありました.父桐壺院が崩御した後,勢力 争いに敗れ,失意のうちに辺境の地である須磨に退去したときのことです.この『須磨』の巻は,全体的に雅で きらびやかな趣のある源氏物語の中でも,寂寥感や無常観に満ちた異色の巻として注目されています. その後,嵐のために明石の入道の下に渡った “光る君” は,そこで明石の君との出会いを果たし,また帰京の 宣下を受けるなど,先の人生に明るい兆しを見出していきます. 帰京後の源氏はこれまで以上に華やかな人生を歩んでいくことになりますが,もし須磨・明石での失意の日々 がなかったら,これほどまでに光輝いた人生を送ることは決してなかったでしょう.須磨・明石での辛い経験 が,その後の源氏の活躍の原動力になったわけです. §3 でも簡単に述べたように,岩澤理論を非可換化しようと多くの岩澤理論の研究者達が長年に渡って挑み続 け,挫折を味わってきました.岩澤理論の大家でもあるジョン・コーツ (John Coates) 教授も例外ではありま せんでした.そして様々な人々との共同研究を経て,ついに CFKSV 理論に辿り着いたのです. 非可換岩澤理論を構成する上で最大の武器となったのが,非可換性から生ずる困難を可換な場合 (円分体) の 理論に帰着するという発想でした.ここに辿り着くまでに,我々には計り知れない苦難を乗り越えてこられたに 違いありません. そこで,コーツさんは自身の苦節の日々に,須磨で失意の日々を経て見事返り咲いた源氏の姿を重ね合わせ, 「非可換の理論を可換の理論に帰着する」ような手法や写像を,源氏が人生の再起のきっかけを掴んだ『明石』 の巻に因んで “Akashi” と呼ぶようになった,ということです*42 .筆者が知る限りでは, • バーンズの手法における「張り合わせ」写像 (§4 参照) • 局所化された岩澤代数の K1 群における evaluation map (§3 参照) • 特性元と G-オイラー標数を繋ぐ架け橋となる重要な概念である「明石級数」 (Akashi series) ([CFKSV]) 等は,まさに「非可換の理論の困難を可換 (円分体) の理論に帰着する」と言う “Akashi” の思想を実現した “Akashi map” に相違ないですが,論文などで公式に用いられているのは残念ながら Akashi series だけのよう です.ただ,今回の講演では,この “Akashi” という言葉に込められたコーツさんの想いと,日本で生まれた 「岩澤理論」という数学の理論が,コーツ先生の仲介によって今また日本の古典文学と再会を果たしたと言う奇 跡を色々な方に知っていただきたいと思い,「明石写像」という言葉を敢えて使わせていただきました*43 .論文 に現れないところでも,コーツ先生の “Akashi” の哲学は至る所に息づいているのです. 冒頭に挙げたのは『明石』の巻の一説です.『須磨』の巻の厭世的な描写とは異なり,何気ない風景の描写の 中にも人生の明るい兆しを感じさせるような躍動感を感じさせる文章となっています.光源氏や非可換岩澤理 論の設立に携わった方々の苦難の日々を思いやりつつ,しばし遠く明石の浜に思いを馳せてみてはいかがでしょ うか? *42 *43 ジョン・コーツ教授は,源氏物語を全巻読破するほどの日本通であることで有名です. 因みに,コーツ先生が K1 (Λ(G)S ) の evaluation map も §4 の写像も “Akashi map” と呼んでいるのは間違いがないようです. 30 原 隆 (Takashi Hara) 参考文献 [斎藤] 斎藤秀司, 『整数論』, 共立出版 (1997). 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