新たな職業訓練実施マニュアルの 開発に向けて

第2部
新たな職業訓練実施マニュアルの
開発に向けて
157
新たな職業訓練実施マニュアルの開発に向けて
昭和33年に我が国初の職業訓練法が制定され、事業主が行う事業内職業
訓練と公共の職業訓練施設が行う職業訓練に体系化された訓練が実施され
てから、今年(2008年)で50年になる。この間、幾多の法律改定によって、
国と訓練を実施する機関の役割分担、並びに実施される訓練の種類と訓練
課程についても見直しが行われ、今日に至っている。それに対応して、訓
練を担当する指導員の役割も変容してきている。
一般に、職業訓練活動は、図表1に示す「Ⅰ.訓練ニーズの把握」、
「Ⅱ.
訓練コースの設定」、「Ⅲ.訓練カリキュラムの設定」、「Ⅳ.訓練実施に向
けた準備」、「Ⅴ.訓練の実施」及び「Ⅵ.訓練の評価」の6つのプロセス
から成る訓練システムを構成している。
昭和50年代の前半まで、職業訓練指導員は訓練指導の専門家として「Ⅳ.
訓練の準備」、「Ⅴ.訓練の実施」及び「Ⅵ.訓練の評価」のプロセスを担
当することが主要な役割であった。
その後、訓練施設の裁量で訓練コースを開発し、実施するようになると、
指導員も訓練ニーズの把握やカリキュラム開発に関するプロセスにも深く
係わることが求められるようになった。また、国際協力で職業訓練の専門
家として開発途上国へ派遣された場合、訓練コースの立ち上げから訓練の
実施、評価までの全プロセスを指導しなければならないケースが多くある。
したがって、派遣専門家には、訓練活動を訓練システムとして捉えて、シ
ステムを構成する全プロセスを管理・運営するプロジェクト・マネジメン
トの手法についても精通していることが求められる。
このように、指導員の役割が非常に多様化してきており、当然、その状
況に対応するための能力開発が必要不可欠となっている。ところが、6つ
のプロセスを展開する上で必要な能力を身につけるために、あるいはブラ
ッシュアップするために資する訓練技法等に関する教材を探してみると、
159
図表1 職業訓練活動のプロセス
該当する書籍が意外に少ないことに気づかされる。
そこで本稿では、職業訓練指導員の指導能力を高めるために開発された
訓練技法に関する既存教材を取り上げてその役割等考察し、併せて職業訓
練を通じた国際協力の視点で派遣専門家(指導員等)に求められる訓練技
法も加味し、新たな職業訓練実施マニュアルを作成するにあたっての指針
を述べることとする。
1.職業訓練指導技法等に関する既存教材
今日、職業訓練指導技法等に関する教材として活用されている代表的な
ものに、「TWI仕事の教え方(Job Instruction)マニュアル」、「職業訓練
における指導の理論と実際」、「PROTS(指導技術訓練システム)教材」
160
及び「プロセス管理手法による職業訓練の展開に関する手引書」がある。
以下、それぞれの教材の開発に至った背景や特徴等について、その概要を
述べる。
(1)TWI*1仕事の教え方(Job Instruction)マニュアル
TWIは、第二次世界大戦当時、アメリカ合衆国の技術者たちによって開
発され、普及した訓練方式の一つである。当時のアメリカでは、企業の現
場において製品の品質を確保し、生産性を高めることが緊急の課題であっ
た。そして、この課題をクリアするためには、従業員(ラインワーカー)
の訓練に重要な役割を担っている監督者の管理・指導能力を高める必要が
あった。このような背景の中で開発されたのがTWIである。
監督者の教える技能を高めることを目的としたTWI「仕事の教え方」は
昭和25年に日本に導入され、監督者訓練(TWI)の1コースとして広く実
施されてきた。
TWI「仕事の教え方」マニュアルは、TWI「仕事の教え方」の基礎訓練
(10時間訓練)のテキストとして作成され、当該訓練だけでなく企業内の
監督者及び一般指導者の訓練教材としても広く活用されている。
その主な内容は、以下のような構成となっている。
①監督者に必要な5つの条件(仕事の知識、職責の知識、改善する技能、
人を扱う技能、教える技能)
*1 TWIとはTraining Within Industry(企業内の訓練)の略である。
TWIには「仕事の教え方(Job Instruction)」、「改善の仕方(Job Method)」及び
「人の扱い方(Job Relation)」の3つがあり、監督者訓練(TWI)で実施される訓練
コースを構成していた。今日では、その後の法律改正(昭和60年労働令23号、平成
5年労働令1号・12年41号)を経て管理監督者コースの短期課程の普通職業訓練と
して「仕事の教え方(10時間)」、
「改善の仕方(10時間)」、
「人の扱い方(10時間)」、
「安全作業のやり方(12時間)」、「訓練計画の進め方(40時間)」及び「問題解決の
仕方(40時間)」の6コースが設定されている。
161
②用意の仕方(訓練予定表を作る、作業を分解する、すべてのものを用意
する、作業場を整備する)
③教え方の4段階(第1段階:習う準備をさせる、第2段階:作業を説明
する、第3段階:やらせてみる、第4段階:教えたあとをみる)
とりわけ、「教え方の4段階」は、作業を教える際の手順を4つの段階
に区切って、それぞれの段階で行うべき事項とポイントを要領よくまとめ
ている。
その構成は、以下のようになっている。
<教え方の4段階>
第1段階:習う準備をさせる
①気楽にさせる
②何の作業をするかを話す
③その作業について知っている程度を確かめる
④作業を覚えたい気持ちにさせる
⑤正しい位置につかせる
第2段階:作業を説明する
①主なステップを一つずつ言って聞かせ、やって見せ、書いて見せる
②急所を強調する
③ハッキリと、ぬかりなく、根気よく
④理解する能力以上に強いない
第3段階:やらせてみる
①やらせてみて、間違いを直す
②やらせながら、作業を説明させる
③もう一度やらせながら、急所を言わせる
④わかったとわかるまで確かめる
第4段階:教えたあとをみる
①仕事につかせる
162
②わからぬときに聞く人を決めておく
③たびたび調べる
④質問するようにしむける
⑤だんだん指導を減らしていく
この「教え方の4段階」による指導方法は、公共職業訓練施設において
訓練指導する指導員を対象とした研修コースの一翼を占める時期もあっ
て、広く普及した経緯がある。その意味で、教え方のプロトタイプ的存在
であるといえる。
(2)職業訓練における指導の理論と実際
昭和30年代の後半から昭和40年代にわたって、経済の高度成長を支える
ために大量の技能者の養成が職業訓練に課せられた大きな課題であった。
この状況に対処するために、全国に多くの公共職業訓練施設が設置された。
しかし、訓練を担当する指導員を確保する上で、職業訓練指導員免許を有
している指導員の数が著しく不足していた。そのため、訓練職種に関して
充分な専門知識、技能を有している者に対して、職業訓練指導員に必要な
指導方法等に関する能力を付与するための講習を実施し、職業訓練指導員
免許を有する指導員を養成する必要に迫られていた。
当該講習は、職業能力開発促進法施行規則第39条第1号に規定されてい
る厚生労働大臣が指定する講習(以下「48時間講習」という。)である。
48時間講習の実施要領(昭和45年労働省告示第39号)には、目的、実施
主体、講習方法、講習資料、講習を担当する講師、試験、講習の修了に係
る事項が明記されており、とりわけ、講習資料の項目には、教科書として
労働省編纂「職業訓練における指導の理論と実際」を使用することと規定
している。
この実施要領に示されている48時間講習の講習科目、科目の内容及び時
間数は、図表2に示す構成になっている。
163
図表2 48時間講習の講習科目、科目の内容及び時間数
講習科目
時間数
1.職業訓練原理
4
職業訓練の沿革、意義、目的、職業訓練の担当者等
2.教科指導法
16
訓練実施計画、指導の準備、指導の進め方、教材の活用、
3.労働安全衛生
3
安全管理、安全の確保、衛生管理、衛生と作業環境等
4.訓練生の心理
7
訓練生の選抜、訓練生の特質の理解、技能の習得等
5.生活指導
6
生活指導の分野、生活指導の方法等
6.関係法規
4
職業訓練法、職業安定関係法、労働基準関係法等
7.事例研究
6
作業分解、指導案、訓練実施計画、指導記録等の事例研究
科目の内容
訓練評価等
(確認テスト)
2
計
48
「職業訓練における指導の理論と実際」は、図表2の科目内容を網羅し
た48時間講習用テキストとして昭和45年に開発されたものである。
以下に、講習科目の中で重きを置かれている「教科指導法」に関する部
分の記述内容の項目を紹介する。
<訓練計画>
・訓練における「計画」の構成
・訓練課程に対応した訓練実施計画
・実技訓練の計画
・職務分析:カリキュラム開発の手法としてではなく、訓練課題を決める
科学的な手法として紹介している。例えば、作業に含まれる要素作業
(オペレーション)の数、共通する要素作業の数によって課題の配列や
実技指導を行う場合の「教える順序」を決める際に、職務分析は有効で
あるとして、その具体的なやり方を説明している。
<指導の準備>
・指導環境の準備(学科指導の準備、実技指導の準備、作業環境の整備)
・指導案の作成(学科指導案、実技指導案)
164
・作業分解表の作成
<指導の進め方>
・指導の基礎
・学科指導の進め方(学科指導における指導の4段階)
・実技指導の進め方(実技指導における指導の4段階)
・態度指導の進め方
・指導する上での指導員の基本技術
・指導方法の工夫
<教材の活用>
・教材の役割、教材研究
・職業訓練教科書及び実技教科書の特徴と活用の仕方
・視聴覚教材等の特徴と活用の仕方
<訓練評価>
・訓練評価の目的、訓練評価の対象、訓練評価の時期、訓練評価のレベル
・訓練評価の方法(学科試験、実技試験)
・訓練評価の活用
「職業訓練における指導の理論と実際」は、上記のように、指導法に関
する項目について詳細に、かつ具体的に例示を示して記述されており、単
に48時間講習用テキストにとどまらず、職業訓練に携わる者にとっては、
指導技法教材のバイブル的存在となっている。
また、当該教科書は、かつて国際労働機関(ILO:International Labour
Organization)の機関であるアジア太平洋地域技能開発計画(APSDEP:
Asian and Pacific Skill Development Programme)によって英訳版が作成
され、APSDEP加盟諸国に提供され、好評を博した経緯がある。
(3)PROTS*2(指導技術訓練システム)教材
B型訓練*3の実施によって、訓練施設のスタッフや指導員には、訓練ニ
165
ーズの把握やカリキュラム開発に関するノウハウや手法を身につけること
が強く求められるようになった。その結果、カリキュラム開発等に係る業
務を具体的にどのように進めたらよいのかといった問題が、日常の訓練現
場では多々あった。
また、国際協力で職業訓練分野の専門家として開発途上国へ派遣された
場合、「Ⅰ.訓練ニーズの把握」から「Ⅵ.訓練の評価」までの全プロセ
スを担当しなければならないことが多い。そのため、訓練ニーズの把握、
カリキュラムの設定といった個々のプロセスを展開する上での能力はもち
ろんのこと、全プロセスを訓練システムとして捉えて、訓練評価の結果を
関係するプロセスへフィードバックして訓練の効果・効率を高める視点も
派遣専門家には求められていた。しかし、これまで、このような問題や要
求を意識してまとめられた指導技術に関する教材は発刊されてこなかっ
た。
このような状況を考慮して1990年に開発されたのがPROTS教材である。
そして、このPROTS教材(テキスト)を用いて、OVTA(海外職業訓練
協会)において指導者養成訓練(研修)が実施された。当該研修は、訓練
ニーズの把握とコース設定の進め方、カリキュラム開発の進め方、訓練の
進め方(講義の進め方、実習の進め方)、訓練評価の進め方等の内容を講
義と演習で進めることによって、訓練技法に係る能力を付与することをね
らいとした。
図表3にPROTSの研修内容の構成と研修方法を、そして、図表4に
PROTSテキストの概要と学習主題を示す。
PROTS(指導技術訓練システム)とは、Progressive Training System for
Instructorの略称である。
*3 B型訓練とは、訓練施設が地元の産業界の人材ニーズ、企業や労働者の訓練ニー
ズ等を把握・分析して設定した訓練コースやカリキュラムを訓練実施計画としてと
りまとめ、国へ申請し、承認を得て実施される訓練をいう。
*2
166
図表3 PROTSの研修内容の構成と研修方法
領 域
A 技能・技術教育と
A
コース名及びテキストのタイトル
主な研修方法
時間
技能・技術教育と指導員の役割
講義
3
指導員の役割
B 訓練プログラムの B1 訓練ニーズ把握とコース設定の進め方 講義・演習
3
B2 訓練プログラム編成の方法
6
編成と評価
B3 訓練評価の進め方
C 授業を展開する
スキル
6
C1 学習指導の基本
講義・演習
C2 講義の進め方
6
C3 実習の進め方の基礎
3
C4 感覚運動系技能実習の進め方
6
C5 知的管理系技能実習の進め方
9
D 指導の実例
指導の実例集
(ブック)
E 訓練生の行動理解 E1 訓練生の行動理解とガイダンス
に基づくガイダンス
F 訓練管理の進め方
6
講義・演習
E2 カウンセリングの進め方
F
−
3
6
訓練管理の進め方
講義・演習
6
63
合 計
図表4 PROTSの概要と学習主題
コース名及び
A
セッションの学習主題
概 要
テキストのタイトル
(テキストの主な内容)
技能・技術
PROTSの学び方を示す。
1.PROTSとは
教育と指導
技能・技術教育の考え方と指
2.技能・技術教育とは何か
員の役割
導員の役割を学習する。
3.指導員の役割
B1 訓練ニーズ把 訓練ニーズとは何かを示し、 1.訓練ニーズの把握とコース設定の概要
握とコース設 その把握の仕方について演習
2.訓練ニーズの把握の方法
定の進め方
する。
3.コース設定の進め方
B2 訓練プログ
カリキュラムとは何かを理解
1.カリキュラム編成とは
ラム編成の
し、カリキュラム開発の手法
2.カリキュラム開発の進め方
方法
を演習によって習得する。
3.訓練計画の作成と指導案
B3 訓練評価の
訓練評価の意義を理解し、評
1.訓練評価のねらいと機能
進め方
価の具体的な進め方を演習に
2.技術的知識理解の評価の進め方
よって学ぶ。
3.技能評価の進め方
167
コース名及び
テキストのタイトル
セッションの学習主題
概 要
(テキストの主な内容)
C1 学習指導の 学習指導の目的と原則を理解
1.
学習指導の目的と原則
し、学習の種類に応じた指導
2.学習の種類と指導方法
方法を学ぶ。実演を通して具
3.指導の基本ステップと留意点
体的な指導方法を習得する。
4.講義モードの展開法
講義法の特徴を理解し、その
1.講義法とは
基本
C2 講義の
進め方
C3 実習の
計画と準備の進め方を学ぶ。 2.
講義の計画と準備(講義案の作成)
具体的な講義の方法を演習に
3.講義の計画と準備(理解の援助)
よって習得する。
4.講義の展開とまとめ
実習指導の仕方に含まれる重
1.実習の進め方の基礎
進め方の
要事項を理解し、実習指導の
2.モデル実習による実習展開の実際
基礎
体験を通して学習する。
3.実習指導案と進め方の検討
感覚運動系技能の特徴を理解
1.感覚運動系技能の特徴と学習指導
C4 感覚運動系
技能実習の し、これに対応した指導方法
3.感覚運動系技能の教材研究と指導案
知的管理系技能の特徴を理解
1.知的管理系技能の特徴と実習の進め方
技能実習の し、これに対応した指導方法
2.モデル実習による実習展開の実際
C5 知的管理系
を習得する。授業の準備から
3.実習指導案の作成と授業演習
評価までを演習する。
4.授業研究発表による授業の検討
指導の
PROTSによる指導実例集を
1.訓練ニーズ把握の実例
実例集
集約して提供する。また、海
2.訓練ニーズおよびプログラムの実例
外の実例を収集している。
3.施設設備計画の実例
学習指導にあたって問題とな
1.授業の中の訓練生―問題とその理解―
進め方
D
2.感覚運動系技能の指導の実際
を習得する。
進め方
E1 訓練生の
行動理解と る訓練生の行動を理解し、ガ
2.訓練生の行動の原理を考える
イダンスの仕方を学ぶ。
3.ガイダンスの概要と役割
E2 カウンセリ
ガイダンスに必要な個人理解
1.訓練生理解の進め方とカウンセリング
ングの
の方法を習得し、カウンセリ
2.カウンセリングの進め方
進め方
ングの具体的な進め方を演習
3.カウンセリングの展開
によって習得する。
4.カウンセリング課題演習
ガイダンス
F
訓練管理の 指導員として必要な管理の概
進め方
1.訓練管理とは
念を理解し、日常の訓練生管
2.訓練生管理の進め方
理、指導管理、施設管理など
3.指導管理、教材と施設管理の進め方
の進め方を習得する。
4.PROTSのまとめ
168
PROTS教材の特徴は、
「Ⅰ.訓練ニーズの把握」から「Ⅵ.訓練の評価」
までの全プロセスを訓練システムとして捉えて、内容が構成されているこ
とである。そして、指導員に対して各プロセスを展開する上で必要な能力
を付与することをねらいとして、図表4に示すテキストで構成されている
(図表4「PROTSの概要と学習主題」参照)。
また、PROTSの中で特徴的なものとしてCUDBAS(a method of
Curriculum Developing Based on Ability Structure(能力資質の構造に基
づくカリキュラム開発手法)の略称である。
)を挙げることができる。
CUDBASはDACUM*4の手法を日本の実状に応用して開発されたカリキ
ュラム開発手法である。この方法は、訓練カリキュラムの対象と見なされ
る職務について詳しく知っている者をメンバーとする集団の討議等によっ
て、当該職務を遂行するために必要な能力や資質を抽出する方法である。
テキストでは、CUDBASによるカリキュラム開発の進め方が具体的に記
述されており、初めてカリキュラム開発に携わる者にとっても理解しやす
いものとなっている。また、「訓練の評価」に関しては、訓練生の評価に
焦点をあてて詳しく記述されており、評価の結果を指導技法の改善に資す
る工夫がされている。しかし、訓練コースの改善に向けて訓練コースその
ものを評価するという視点での記述はない。
(4)プロセス管理手法による職業訓練の展開に関する手引書
B型訓練が展開されて以後、訓練施設では訓練コースを立ち上げ、実施、
*4 DACUMとは、カナダで開発されたカリキュラム開発手法でDEVELOPING A
CURRICULUMの略称である。その後、米国オハイオ州立大学職業教育研究センタ
ーにおいて改定と実践が重ねられた結果、その有効性が実証され広く普及した。
DACUMは、職務に精通した専門家集団(6∼8人で構成)がブレーンストーミン
グによって、短時間に当該職務に含まれるコンピテンスを明らかにすることを特徴
としている。
169
評価するという、一連の職業訓練活動を実施してきている。
近年、公共職業訓練施設で実施されている職業訓練について、単に訓練
結果だけに評価の視点を置くのではなく、実施する訓練の品質保証に視点
を置いた評価についても重視する考え方が強くなっている。このような状
況の中で、2003年、職業能力開発総合大学校能力開発研究センターにおい
てプロセス管理手法による職業訓練の展開を目指した調査研究が実施され
た。そして、研究結果を訓練の現場で試行し、以下の3つの報告書がまと
められている。
①職業能力開発総合大学校 能力開発研究センター2005『公共職業訓練
のプロセス管理に関する調査研究―職業訓練コースの設定、運営に係
るプロセス管理の精緻化―』調査研究報告書No.129
②職業能力開発総合大学校 能力開発研究センター2006『公共職業訓練へ
のプロセス管理の普及に関する調査研究―プロセス管理手法によるモデ
ルカリキュラムの策定に関する調査・研究―』調査研究報告書No.117-1
③職業能力開発総合大学校 能力開発研究センター2006『公共職業訓練へ
のプロセス管理の普及に関する調査研究―プロセス管理を活用した公共
職業訓練コースの設定と運営管理の手引書―』調査研究報告書No.117-2
職業訓練におけるプロセス管理とは、結果だけを見て原因の追及や改善
策を議論する管理ではなく、訓練活動を構成する全てのプロセスを重視し、
各プロセスでの課題や問題点に対して即時に対応し、訓練の品質を確保す
るという方法である。
当該手引書では、訓練ニーズの把握から訓練カリキュラムの設定、訓練
の実施、評価・改善までの業務の流れを7つの段階(プロセス)に分割し、
段階ごとに課題・問題点を整理し、解決する方法を提示している。
ここでは、この7つの段階(プロセス)を訓練コースの設定、運営に係
る基本プロセスとし、このプロセスを一般的な「企画(Plan)」、「実施
(Do)」、「評価(Check)」、「改善(Action)」というPDCAサイクルに区分
170
図表5 PDCAサイクルと訓練コースの設定、運営に係る基本プロセスの関係
PDCAサイクル
企画(Plan)
訓練コースの設定、運営に係る基本プロセス
訓練ニーズの把握
実施訓練分野の選定
訓練カリキュラムの設定
実施(Do)
訓練実施に向けた準備
訓練の実施
評価(Check)
訓練コースの評価
改善(Action)
訓練コースの改善
して検証するために、全体の流れを図表5のように関係づけて整理してい
る。そして、基本プロセス全体(「訓練ニーズの把握」から「訓練コース
の改善」までの7つのプロセスをいう。)にPDCAサイクルを適用するこ
とと併せて、個々の基本プロセスごとにPDCAサイクルを適用することも
重要であることを提示している。
以下に、当該手引書の構成内容の概要を示す。
当該手引書は、図表6に示すように、訓練コースの設定、運営に関する
流れを構成するプロセスごとにその目的を示している。そして、目的を達
成するために各プロセスにおいて取り組まなければならない主な項目を具
体的に取り上げて説明している。
例えば、「訓練ニーズの把握」のプロセスでは、取り組むべき主な項目
として、①地域の産業概況等の把握、②人材ニーズの把握、③求職者ニー
ズの把握及び④把握したニーズの分析、という4つの項目を提示し、それ
ぞれの項目を達成するために必要な事項を具体的に説明している。以下に
その内容を例示する。
<訓練ニーズの把握>
このプロセスでは、様々な情報(各種報告書、統計データ及び団体・企
業等へのヒアリング結果等)などにより、人材ニーズ等を分析し、訓練コ
171
図表6 訓練コースの設定、運営に関する流れ
172
ースを設定する地域ごとに訓練ニーズの質及び量を的確に把握する。なお、
訓練ニーズとは、企業が必要とする職業能力を有した人材(以下「人材ニ
ーズ」という。)と、求職者が希望する職業(職種)及びその職業(職種)
に関連する訓練コース(以下、「求職ニーズ」という。)のことを指してい
る。
【主な取り組み項目】
①地域の産業概況等の把握
¡.地域の産業政策、企業誘致計画、産業育成策、労働政策等の情報を収
集する。
™.地域の産業動向に係る情報を収集する。
£.地域の産業別技術動向に関する情報を収集する。
¢.情報源:
(a)国、都道府県及び市町村が発行している報告書、統計資料
(b)商工会議所、銀行の調査部、新聞社等が発刊している地域の産業
実体、技術動向等に関する報告書及び調査資料
(c)地域の経営者協会、事業主団体、中小企業連合会、代表的な企業
等へのヒアリング調査等を実施
②人材ニーズの把握
¡.地域の労働市場に関する情報を収集する(求人状況及び動向、業種
別・職種別の求人状況と今後の予測等)。
™.代表的な企業の求人状況(職種別従業員の過不足状況、今後の見込み
等)
£.事業主団体、企業等に対する人材ニーズに係るヒアリング調査(現在
不足している人材、今後必要な人材に関する具体的な職務とその内容
及びレベル、必要な職業能力、実務経験等)。
¢.産業別、職種別求人状況を把握する。
∞.情報源:地域の労働局、公共職業安定所が把握する有効求人数、職種
173
別求人数、求人票等の求人データ、民間の職業紹介会社のデータ、商
工会議所及び事業主団体等による調査資料、求人情報誌。
③求職者ニーズの把握
¡.地域の労働局、公共職業安定所が把握する有効求職者数、新規求職者
数、職種別求職者数等を把握する。
™.相談窓口での求職者の職業志向を把握する。
£.民間調査機関等による求職者の職業志向を把握する。
¢.求職者アンケートによるニーズ把握。
∞.都道府県、市町村が調査した求職者の状況に関する情報を収集する。
§.情報源:地域の労働局、公共職業安定所の求職票等、民間の職業紹介
会社のデータ、求職情報誌。
④把握したニーズの分析
上記①∼③の情報、データを分析し、次のことを明らかにする。
¡.産業別(業種別)、職種別の労働者数
™.今後成長が見込まれる業種、職種
£.今後伸びが予測される技術分野、技能分野
¢.職種別の求人数の変化、職種別の年間求人数、求職者数の推移
∞.職種別の職務内容
§.職種別に求められる職業能力、実務経験
以下、「実施訓練分野の選定」、「訓練カリキュラムの設定」、「訓練実施
に向けた準備」、「訓練の実施」、「訓練コースの評価」及び「訓練コースの
改善」のプロセスについても同様な構成となっており、当該プロセスで取
り組むべき主な項目を具体的に提示し、説明している。
この手引書の特徴は、これまで訓練施設においてプロセスごとの訓練業
務に関して、暗黙知の形で蓄積されてきたノウハウの部分を洗い出し(明
確化して)、系統的に整理したことにある。それゆえ、この手引書に基づ
174
いて訓練業務を展開すれば、見落としや抜けはなくなり、訓練施設や担当
者(施設のスタッフや指導員等)が変わっても一定の訓練の品質が確保さ
れるとしている。
2.職業訓練活動をめぐる指導員の役割と指導技法教材
(1)A型訓練*5の展開と指導員の役割及び指導技法教材
公共職業訓練施設では、昭和50年代の始め頃まで中学卒業者や高校卒業
者を対象とした養成訓練(専修訓練課程(中学卒業者を対象とした1年間
の訓練及び高校卒業者を対象とした6カ月間の訓練をいう。)と高等訓練
課程(中学卒業者を対象とした2年間の訓練及び高校卒業者を対象とした
1年間の訓練をいう。)の2つの訓練課程がある。)が主体的に実施されて
いた。そして、養成訓練に係る訓練基準(訓練科、訓練の対象となる技能
及びこれに関する知識の範囲、教科、教科の細目、訓練期間及び訓練時間、
設備(種別、名称))は国が作成し、訓練施設ではその基準に基づいて訓
練を実施することが一般的であった。したがって、国にとっては、図表1
に示す「Ⅰ.訓練ニーズの把握」、「Ⅱ.訓練コースの設定」及び「Ⅲ.訓
練カリキュラムの設定」までのプロセスに関する作業を行って訓練基準を
設定し、広く提示することが重要な役割の1つとなっていた。
①訓練施設(組織)の役割
一方、訓練施設は、国が定めた訓練基準に従って訓練を実施する役割を
担っていた。具体的には、公共職業安定所と連携した訓練生の募集をはじ
めとして、図表1に示す「Ⅳ.訓練の実施に向けた準備」、「Ⅴ.訓練の実
施」、「Ⅵ.訓練の評価」の訓練プロセスを展開し、訓練生の就職活動を支
援して就職に結びつけるまでの一連の業務を実施することである。そして、
*5
A型訓練とは、国が定めた訓練基準(設備基準やカリキュラム等)に基づいて実
施される訓練をいう。
175
これらの一連の業務を効果的にかつ効率よく進めるためには、施設内に各
種の委員会を組織し、機能的に運営することが非常に重要な意味を持って
いた。訓練生の募集から訓練生の就職までの業務には、指導員が主体的に
担当するもの、他の課や関係機関と連携して実施するもの及び施設全体で
取り組むべきものがあり、それぞれに課せられた役割を果たすためには、
組織横断的に構成されたこれらの委員会を活用した訓練施設の主体的な取
り組みと調整能力が重要であった。
②指導員の役割
職業訓練指導員は、図表1に示す「Ⅳ.訓練の実施に向けた準備」
、
「Ⅴ.
訓練の実施」及び「Ⅵ.訓練の評価」の訓練プロセスを展開する上で重要
な役割を担っており、彼等が行う業務を定めているものとして、職業訓練
指導員業務指針(昭和37年8月6日付労働省職業訓練局長通達)がある。
当該業務指針は、職業訓練指導員の行う訓練生指導業務の適正な運営を
図るために、訓練生指導に関する基本的事項に関して、指導員が理解して
いなければならないこと及び業務に関する具体的な項目を規定している。
そして、公共職業訓練を担当する職業訓練指導員はこの指針に準拠して業
務を行うよう求めている。
業務指針の内容は、次の(¡)∼(ª)の9つの項目で構成されてい
る。
(¡)職業訓練のしくみ
職業訓練の目的、職業訓練の内容、職業訓練の担当者
(™)訓練計画
訓練過程、訓練計画の作成(学科訓練の計画、実技訓練の計画、訓練
課題の選定)、訓練計画表の作成、訓練計画の調整
(£)指導の準備
準備すべき事項、指導案の作成、実技指導のための作業分解、作業環
境の整備
176
(¢)指導の進め方
指導の基礎、学科指導の進め方、実技指導の進め方
(∞)教材の活用
教科書、作業指導票、視聴覚教具、訓練生日誌、指導日誌
(§)試験
試験の目的、試験の時期、試験の要件、実技試験、学科試験、試験結
果の評価
(¶)安全衛生
(•)訓練生の把握
訓練生の把握の意義、訓練生の選抜、訓練生の特質の理解、訓練生の
扱い方
(ª)生活指導
生活指導の意義、生活指導の分野、生活指導の方法
上記の業務指針内容を図表1に示す訓練プロセスに対応させて整理した
ものを図表7に示す。
訓練プロセスと指導員が取り組むべき業務内容を対比させてみると、A
型訓練では、訓練計画の作成、指導の準備、訓練の指導、訓練の評価(訓
練生の評価)といった業務を実施し、訓練プロセスを展開することが指導
員の主要な役割であることがわかる。
③訓練を進める上での指導技法教材
A型訓練の場合、指導員は「Ⅳ.訓練実施に向けた準備」、「Ⅴ.訓練の
実施」及び「Ⅵ.訓練の評価」に係るプロセスを展開する上でのキーパー
ソンであることは、上で述べた通りである。そして、彼等の行うべき業務
内容は図表7に示されているものである。これらの業務を遂行する上で必
要な知識やノウハウについては、「職業訓練における指導の理論と実際」
に詳しく説明されており、指導員が業務遂行能力をつける上で、あるいは
自身の指導技法に係る能力を一度振り返ってみる上でも、当該テキストは
177
図表7 訓練プロセスと取り組むべき業務内容
取り組むべき業務内容
訓練プロセス
Ⅳ.訓練実施に向けた準備
<™.訓練計画>
・学科訓練の計画
・実技訓練の計画
・訓練課題の選定
・訓練計画表の作成
・訓練計画の調整
<£.指導の準備>
・指導案の作成
・作業分解表の準備
・作業環境の整備
・教材の準備
Ⅴ.訓練の実施
<¢.指導の進め方>
・学科指導
・実技指導
<∞.教材の活用>
<¶.安全衛生に関する指導>
<ª.生活指導>
Ⅵ.訓練の評価
<§.試験>
・学科試験の実施
・実技試験の実施
・試験結果の評価
訓練生の習得度の評価と確認
訓練生の到達度の評価と確認
適切な教材となっている。
また、TWI仕事の教え方(Job Instruction)マニュアルについては、
「指導の進め方」とりわけ「実技指導の進め方」のプロトタイプといわれ
るものであり、監督者訓練の技法を職業訓練の実技指導へ取り入れた考え
方や両者の違い等を知る上で意義深く、古きをたずねて新しきを知るとい
178
う視点で利用すると大変参考となる指導技法教材の一つであるといえる。
(2)B型訓練の展開と指導員の役割及び指導技法教材
昭和53年職業訓練法の一部改正によって、国と都道府県等が実施する職
業訓練の見直しと分担等によって実施体制が再編された。すなわち、従来、
公共職業訓練は、新規学校卒業者に対する養成訓練を主体に実施されてき
たが、進学率の上昇等によりその面での公共職業訓練ニーズが減少してお
り、一方、今後、能力再開発訓練(離職者・転職者を対象とする訓練)、
向上訓練(企業等で働く労働者を対象とする訓練)及び高度の養成訓練
(専門訓練課程)の実施体制を拡充する必要があることに対処するために、
従来の養成訓練の実施については都道府県が分担し、雇用促進事業団(現
在の雇用・能力開発機構)については、従来実施してきた養成訓練を廃止
し、能力再開発訓練、向上訓練及び高度の養成訓練を分担することとし
た。
離転職者を対象とした能力再開発訓練の場合、訓練修了後の就職が円滑
にいくためには、就職の受け皿である地域の産業界や企業の人材ニーズを
把握することが必要不可欠である。また、向上訓練に関しては、産業構造
の変化や技術革新の進展に対して地域の事業主や労働者個人がどういった
訓練ニーズをもっているのかを把握し、訓練カリキュラムに反映させ、訓
練を展開することが強く求められる。
これらの訓練コースの訓練期間は比較的短く(能力再開発訓練では6カ
月間のコースが多く、向上訓練では20時間前後のコースが大多数を占めて
いる。)、地域の訓練ニーズに柔軟かつ迅速に対応することが求められてい
る。
したがって、従来の訓練のように国が一律に訓練基準を設定するのでは
なく、地域の産業や企業の実態をよく把握している訓練施設がカリキュラ
ムを開発し、訓練を展開することが適当とされた。そして、訓練施設の裁
179
量で訓練ニーズを把握して訓練カリキュラムを作成した後、これを訓練実
施計画として国へ申請し、承認を得て訓練を実施する方式になった。
①訓練施設(組織)の役割
B型訓練では、訓練施設が独自にカリキュラムを開発し、訓練を展開す
ることが求められる。そのため、これまでは国が行ってきた「Ⅰ.訓練ニ
ーズの把握」、「Ⅱ.訓練コースの設定」及び「Ⅲ.訓練カリキュラムの設
定」のプロセス(図表1参照)に係る業務も訓練施設で行うことが必要と
なった。「Ⅰ.訓練ニーズの把握」から「Ⅲ.訓練カリキュラムの設定」
までの一連の業務は、地域の雇用状況、産業界、事業主団体、企業及び在
職労働者等の訓練ニーズを把握することが訓練の成否の鍵を握っている。
そのため、訓練施設では、訓練企画委員会、カリキュラム開発委員会、あ
るいは開発援助課と訓練課(指導員等)によるチームを編成して、訓練ニ
ーズに関する情報を収集・分析してカリキュラムを構築するといった組織
的な取り組みがこれまで以上に重要な業務となった。
②指導員の役割
B型訓練では、「訓練ニーズの把握」から「訓練の評価」までの全プロ
セスを訓練施設の責任で実施することが求められる割合が高くなった。こ
れに対応して、指導員も従来のように訓練指導の専門家としての役割に留
まらず、施設内の訓練企画委員会やカリキュラム開発委員会等のメンバー
の一員として、訓練ニーズの把握やカリキュラム開発のプロセスにも深く
関わることが求められるようになった。
そのため、指導員にとっては、「Ⅰ.訓練ニーズの把握」、「Ⅱ.訓練コ
ースの設定」及び「Ⅲ.訓練カリキュラムの設定」に係る業務を進める上
でのノウハウを身に付けることが緊急の課題となった。
③訓練を進める上での指導技法教材
B型訓練を展開するにあたって、開発援助課のスタッフや指導員等を対
象とした、B型訓練の実施に向けた研修や検討会が数多く開催された。そ
180
の主要なテーマは、訓練ニーズ把握の進め方、カリキュラム開発の手法と
その進め方等に関するものであった。これらの内容は、研修用資料等の形
でまとめられたものはあるが、出版物として取りまとめられたものは存在
していない。
しかし、これらの研修後、各施設で取り組んだ訓練事例が実践報告とし
て「技能と技術」誌等に時々掲載され、訓練ニーズの把握やカリキュラム
開発に係る当該訓練施設の経験やノウハウを知る上での貴重な情報となっ
ていた。
訓練施設においてB型訓練の実施を重ねることによって、訓練ニーズを
把握して訓練カリキュラムを設定するという一連の業務の進め方に関する
ノウハウは、個々の指導員やスタッフに経験知として蓄積されていった。
しかし、これらのノウハウや技法をテキストやマニュアルの形式で体系的
にまとめることには至らなかった。
「Ⅰ.訓練ニーズの把握」から「Ⅵ.訓練の評価」までを系統的にまと
めたテキストは、1990年にPROTSが発刊されるまで待たなければならな
かった。
(3)プロセス管理手法を取り入れた訓練の展開
工場や事業所の品質管理システムそのものを検査し、品質保証システム
が適切に機能していることを制度的に保証する規格としてISO9000シリー
ズがある。当該規格は、生産活動のプロセスの評価を重視し、結果として
アウトプットである製品の信頼性を確保するという考え方に基づいてい
る。
職業訓練においても、訓練結果のみに視点を置いた評価ではなく、訓練
活動をシステムとして捉え、それを構成するプロセスを評価することによ
って適切な訓練コースの管理・運営を図り、実施される訓練の品質を確保
するという取り組みが広まっている。いわゆる、プロセス管理手法による
181
職業訓練の展開である。プロセス管理による訓練の展開を図るためには、
組織的な取り組み、担当部門間の緊密な連携による取り組み及び目標管
理・スケジュール管理等が極めて重要であり、これまで訓練施設で蓄積さ
れてきた訓練活動に係るノウハウを整理し、関係者の役割を明確にして取
り組むことが求められる。
①訓練施設(組織)の役割
訓練施設においてプロセス管理手法を用いて訓練を展開するねらいは、
「訓練ニーズの把握」から「訓練コースの評価」及び「訓練コースの改善」
までの全プロセスを担当して提供する訓練の品質を保証し、訓練効果の高
い訓練コースを運営することである。そのためには、各プロセスで行うべ
き業務項目とその指針を関係者全員に明示することが求められる。そして、
各プロセスの業務を扱う委員会を組織し機能させること、担当部門、担当
者、連携する部門等を決め、業務項目をいつまでに、誰が、どのレベルま
で完了させるのかといった目標管理・スケジュール管理をし、調整を図る
ことが大切な役割となる。また、訓練生の募集や就職に関する業務、訓練
ニーズの把握に関する業務を進める際に協力を得なければならない外部の
団体や機関及び企業等との連携や調整をとることも重要な役割である。
②指導員の役割
個々の指導員には、「訓練の準備」、「訓練の実施」、「訓練の評価」のプ
ロセスにおいて、従来果たしてきた訓練指導の専門家としての役割はもち
ろんのこと、個々のプロセスにおいて実施すべき業務項目を関係する指導
員とチェックし協働で取り組むこと、及び進捗度と結果を評価し、改善に
つなげる工夫をすることが求められる。「訓練ニーズの把握」や「カリキ
ュラムの設定」及び「訓練コースの評価」に関するプロセスについても、
当該プロセスで取り組むべき業務項目を委員会のメンバーとして主体的に
実施する役割を担っている。
いろいろな部門との連携、他課のスタッフとの協働で進めなければなら
182
ない項目も当然あるわけで、いつまでに、何を、どのレベルまで行うのか
といった目標管理・スケジュール管理を念頭に置いた取り組みが必要とな
る。
③訓練を展開する上での訓練マニュアル
プロセス管理手法で訓練を展開する場合、「訓練ニーズの把握」、「実施
訓練分野の選定」、
「訓練の準備」、
「訓練の実施」及び「訓練コースの評価」
といったプロセスにおいて、これまで、訓練施設や指導員等によって暗黙
知の形で蓄積されてきた訓練業務のノウハウを形式知化し、取り組むべき
業務項目や要点として具体的に提示し、施設全体で確実に実施できるよう
にしておくことが大切である。
また、プロセス管理では、業務ごとの適切な目的・目標の設定が重要で、
目標管理・スケジュール管理(誰が、いつまでに、何を、どのレベルまで
するのか等の管理)が訓練の成否に係わってくる。それゆえ、施設の役割、
担当部門間の連携、指導員等スタッフの役割を明確にした上で業務を展開
することが、これまで以上に求められる。
「プロセス管理手法による職業訓練の展開に関する手引書」は、プロセ
ス業務の進め方や考え方が具体的にまとめられているので、プロセス管理
手法を用いた訓練の実施に係るノウハウの会得を切望する者にとっては必
読書といえる。
一方、訓練技法等に関する能力のブラッシュアップを図るには、「職業
訓練における指導の理論と実際」及び「PROTS教材」が有効であり、今
後、訓練効果や訓練の品質保証を意識した職業訓練を進める上で、これら
の教材とプロセス管理手法による手引書を組み合わせて活用することが必
要不可欠であるといえる。
3.新たに開発する職業訓練実施マニュアルのコンセプト
職業訓練においても実施した訓練の結果だけではなく、訓練の品質を保
183
証するための訓練プロセスについても重要視されるようになってきてい
る。そのため、結果だけを見て原因の特定や改善策を検討する訓練管理で
はなく、訓練活動を構成するプロセスに着目して、各プロセスを進める上
での業務の最適化や、各プロセスでの課題・問題点を把握して即時に対応
することによって訓練の品質を確保するといった管理手法が求められる。
また、職業訓練の専門家として諸外国へ派遣された場合は、訓練活動の
全プロセス(「Ⅰ.訓練ニーズの把握」から「Ⅵ.訓練の評価」までの6
つのプロセスをいう。)を訓練システムとして捉えて、指導しなければな
らないケースが多くある。このように指導員にとっては、単に訓練指導の
役割にとどまらず、訓練システムをプロセス管理手法で展開するための知
識と能力が求められている。
このような状況を踏まえて、新たな職業訓練実施マニュアルを開発する
際に、考慮しなければならないことや考え方について述べる。
(1)PMC(Process Management Cycle)の考え方を取り入れた職業訓
練実施マニュアルとする
訓練活動を訓練システムと捉えて、システムを構成するプロセスを評価
することによって訓練の品質を確保するという考え方は、広く普及し、公
共の職業訓練施設で実施されているところである。また、プロセス管理手
法は、職業訓練分野の国際協力で派遣専門家として開発途上国において指
導する場合、とりわけ重要である。派遣専門家にとっては、訓練ニーズの
把握から訓練の評価までの全プロセスを担当し、訓練コースの改善や訓練
効果を高めるためのシステムの改善に係る指導までを行うケースが多々あ
るからである。
そのため、彼等にはプロセス管理手法を用いて訓練を展開する能力が必
要不可欠となっている。こういったことを踏まえて、新たに開発する職業
訓練実施マニュアルは、PMCの考え方を取り入れた内容とする。
184
(2)PROTS等の既存教材とPMC手法を組み合わせた構成とする
「カリキュラムの設定」、「訓練の準備」、「訓練の実施」及び「訓練生の
評価」に関する内容については、「職業訓練における指導の理論と実際」
やPROTS等の既存の教材を再編集することで十分にカバーできる。しか
し、訓練活動の全プロセスを訓練システムとして捉えて、それに係る業務
を進めるための方法や留意事項等に関する内容はカバーすることはできな
い。したがって、PROTS等の既存の教材を再編集したものに、訓練活動
の6つのプロセスにおいて取り組まなければならない項目や要点を付加し
た構成にする。
例えば、第一部はプロセス管理手法による訓練の進め方として、①プロ
セス管理の考え方、②プロセス管理の進め方、③各プロセスにおいて取り
組まなければならない項目とその要点等で構成し、第二部は「職業訓練に
おける指導の理論と実際」やPROTS等で扱っている指導技法や不足して
いる分野(訓練ニーズの把握や訓練コースの評価)を追加したもので構成
する。
(3)PMCは組織的な取り組みが必要
訓練活動を訓練システムと捉えて、プロセス管理手法を適用していくた
めには、訓練施設における組織的な取り組みが必要不可欠である。指導員
が重要な役割を担うことは論を待たないところであるが、各種の委員会を
機能的に活用した業務の進め方、外部の関係機関との連携、開発援助課等
のスタッフとの協働等が極めて重要となる。そのため、組織の役割、スタ
ッフの役割及び指導員の役割等を明確に記述しておく。
このことは、職務記述(Job description)によって、各人の責任と業務
分担が明確に示されている諸外国で指導にあたる場合は、特に重要な項目
であるといえる。
また、限られた期間内にプロセス業務を達成させる観点から、目標管
185
理・スケジュール管理(誰が、いつまでに、何を、どのレベルまでやるの
か等)に関する項目も盛り込むことが必要である。
(4)訓練活動のプロセスごとに取り組むべき項目の明確化
訓練活動のプロセスごとに取り組むべき項目については、「プロセス管
理手法による職業訓練の展開に関する手引書」に記述されている内容、項
目を活用して再構成する。
当該手引書では、各プロセスを展開する上で取り組まなければならない
項目が総花的に盛られているように見受けられる。また、項目を提示する
順序についても、項目の内容については適切であるが、どのプロセスで取
り上げることが適切であるか、再度、検討してみる必要があるように思わ
れるものもある。
公共職業訓練施設では、当該手引書に基づいて訓練を実施した経験をも
っている所が多くある。これらの経験やノウハウを踏まえて、各プロセス
で取り組むべき項目の内容やシーケンス(提示する順序)について精査し、
再構成する。
そして、職業訓練施設において暗黙知の形で蓄積されてきたノウハウの
部分を明確化・客観化し、系統的に整理することによって、特別な能力を
持った専門家や集団によって進められる訓練活動でなくても、一定の訓練
効果や訓練の品質が確保されるように作業の標準化を狙った内容とする。
(5)PROTSを含めて既存教材では、「訓練ニーズの把握」及び「訓練の
評価」に関するプロセスについての記述が薄いのでここを充実させる
「訓練ニーズの把握」のプロセスでの目的は、各種の情報や資料及びデ
ータに基づいて、①就業者数の多い産業、業種、職種、当該職種に含まれ
る職務、②就業者数の伸びている産業、業種、職種、当該職種に含まれる
職務、③就業者数の増加が予測される産業、業種、職種、当該職種に含ま
186
れる職務を把握する、④安定的に求人が見込まれる職種とその職種に必要
とされる具体的な職業能力を把握する、⑤求職者が希望する職業及びその
職業に必要な能力を把握するといった一連の作業を通して訓練コースとし
て設定する分野の範囲や大枠をつかむことである。
そのためには、国レベルで、そして、地域レベルでどのような情報が何
処にあるのかをつかんでおかなければ作業を進めることは不可能である。
したがって、収集すべき情報の種類(各種の白書、報告書、地域の産業
動向に関する資料、雇用状況・動向に関する資料、求人票・求職票に記述
されている職務等)、情報の収集先である情報源(国の機関、地方自治体、
商工会議所、公共職業安定所、銀行の調査部等)、収集の方法等について、
具体的に取り組まなければならない事項を詳細に記述する。
また、「訓練の評価」については訓練生の評価と訓練コースの評価を区
分し、訓練技法の改善に資するものと訓練コースの改善に資するものとに
評価項目を分類して記述する。以下に、それぞれの評価項目について例示
する。
①訓練生の評価
評価項目として訓練生の習得度、到達度がある。
「習得度」は、訓練で習得することになっている専門知識及び技能・
技術を訓練生がどの程度習得しているのか、訓練課題(訓練成果物)
ごとに評価し、確認するものである。
「到達度」は、教科の科目ごとの目標や到達水準に対して訓練生がど
のレベルまで習得(到達)しているのかを評価し、確認するものであ
る。
これらの評価結果は、追指導の必要性、指導法の工夫、課題の見直し
(課題の内容、課題を提示する順序等の再検討)、訓練教材の工夫等の
ための判断材料となる。
187
②訓練コースの評価
訓練コースの評価については定量的にできるものと定性的にできるもの
とがあるので、両方の視点で行う必要がある。
以下に、定量的な評価項目及び定性的な評価項目として使われているも
のを例示する。
<定量的な評価項目>
応募率(応募者数/定員)、入所率(入所者数/定員)、修了率(修了者
数/入所者数)、資格取得率(資格取得者数/修了者数)、就職率(就職
者数/修了者数)、起業率(訓練で習得した技能を生かして、なりわい
を業としている人の割合。起業者数/修了者数で示される。)、定着率
(1年以上同一に勤務している数/就職者数)
<定性的な評価項目>
訓練内容に対する満足度(修了生)
訓練内容の現在の仕事への活用度(修了生)
訓練内容への要望(修了生)
修了生の定着状況(事業主)
修了生を採用する際に重視した点(事業主)
仕事への貢献度(生産性、品質等)(事業主)
同年齢の従業員と比較した相違点(事業主)
採用した修了生を見て、訓練内容に付加すべき点、改善点(事業主)
訓練内容への要望(事業主)
訓練生の評価に関しては、これまでの指導技法教材で詳しく述べられて
いるので、それらを再編集するなどの方法で今日的な内容にまとめること
が可能である。しかし、訓練コースの改善に向けた訓練の評価に関する記
述が比較的薄いので、本マニュアルでは、訓練コースの評価についても具
体的に詳述する必要がある。
188
以上のことを総括すると、新たに開発する職業訓練実施マニュアルの内
容は、
①今日的視点に立って、既存の教材の内容を精査し、再編成する。
②既存の教材では扱われていない内容、あるいは扱い方(記述)が比較
的薄い部分を追加する。
③プロセス管理手法による訓練の進め方に関する内容を盛り込む。
という3つの点を考慮して取りまとめることが適切であるといえる。
【参考文献】
1.第一法規『現行職業能力開発ハンドブック』
2.雇用問題研究会『TWI仕事の教え方(Job Instruction)マニュアル』
3.職業訓練教材研究会『職業訓練における指導の理論と実際』
4.海外職業訓練協会『PROTS』
5.職業能力開発総合大学校 能力開発研究センター2005『公共職業訓練
のプロセス管理に関する調査研究―職業訓練コースの設定、運営に係
るプロセス管理の精緻化―』調査研究報告書No.129
6.職業能力開発総合大学校 能力開発研究センター2006『公共職業訓練
へのプロセス管理の普及に関する調査研究―プロセス管理手法による
モデルカリキュラムの策定に関する調査・研究―』調査研究報告書
No.117-1
7.職業能力開発総合大学校 能力開発研究センター2006『公共職業訓練
へのプロセス管理の普及に関する調査研究―プロセス管理を活用した
公共職業訓練コースの設定と運営管理の手引書―』調査研究報告書
No.117-2
8.The National Center for Research in Vocational Education, The Ohio
State University『DACUM Handbook』
189