電気刺激装置を利用した体内 植え込み型頸髄刺激療法

電気刺激装置を利用した体内
植え込み型頸髄刺激療法
福岡大学 医学部 神経内科学講座
福岡大学病院 神経内科・健康管理科
助教 樋口 正晃
1
研究背景
神経疾患の中でも,パーキンソン症候群は著しい歩行の障害を
きたし,日常生活の様々な動作が困難となる.
現時点で有効な治療はなく,このような難治性の歩行障害を有
するパーキンソン症候群は本邦だけでも10万人以上存在する.
電気刺激装置を用いた脊髄刺激によりパーキンソン病モデルラ
ットにおける歩行の改善が報告されている[1] .
人の脊髄において歩行に関する神経器官の局在を加味し,適切
な電気刺激を行うことにより,パーキンソン症候群の難治性歩行
障害,さらにはあらゆる神経疾患(脳卒中など)にともなう歩行障
害の改善に寄与しえる可能性がある.
1. Fuentes R, et al. Science 2009;323:1578-82
2
新技術の基となる研究成果・技術
パーキンソン病モデル動物に対する脊髄電気刺激で
は歩行の改善が認められているが,患者への効果は
立証されていない.
電気刺激装置を用いた脊髄刺激療法は難治性疼痛
に対する治療として現在確立されている.
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新技術の内容
既存の電気刺激装置を用いて脊髄の神経を刺激し,
パーキンソン症候群の難治性歩行障害を改善させる.
人の脊髄では歩行に関する神経器官が脊髄の前方に
左右2か所(右前索,左前索)と後方に左右2か所(右後
索,左後索)の計4か所あり,当技術では頸髄レベルに
おいて,これら4か所をそれぞれ刺激する.
また,歩行の改善が得られる刺激条件を新たに設定し
た.
代表的なパーキンソン症候群であるパーキンソン病や
進行性核上性麻痺の症例に対する効果を既に患者で
確認している.
4
高位頸髄の電気刺激療法の実際
C
A: 頸椎単純写真 側面像
B: 頸椎CT写真 水平断面像
C: 胸部単純写真 正面像
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電気刺激療法のスキーマ
脊髄後方(背側)の電極
硬膜
軟膜
脊髄(白質)
右側
脊髄(灰白質)
前
髄液
脊髄前方(腹側)の電極
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術前における臨床症状
パーキンソン病
進行性核上性麻痺
症例
1
2
3
1
2
3
4
年齢 (歳)
68
67
68
70
70
77
70
性別
M
M
M
F
F
F
F
罹病期間 (年)
10
27
8
5
5
4
6
平均転倒回数(/月)
5-30
>30
>30
>30
5-30
>30
5-30
薬物投与量 (mg/日)
275
750
450
300
400
300
300
7
パーキンソン病の姿勢と歩行の障害
に対する効果
悪化
改善
10.0
9.0
8.0
7.0
6.0
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
9.1
9.1
9.2
9.5
9.2
治療群
非治療群
3.8
術前
術後1ヶ月
3.9
術後3ヶ月
4.0
術後6ヶ月
パーキンソン病に対する脊髄刺激療法の効果
治療群と非治療群における歩行・姿勢症状評価スケールの推移.治療群で
は術後1ヶ月から6ヶ月にわたり症状の改善が持続.一方,非治療群では
徐々に症状が悪化している.
*歩行・姿勢症状評価スケールは得点と重症度が正の相関関係にある.
8
進行性核上性麻痺の歩行と姿勢の
障害に対する効果
悪化
改善
20.0
18.0
16.0
14.0
12.0
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
0.0
16.5
16.8
17.2
17.5
治療群
16.3
非治療群
術前
10.2
10.3
10.5
術後1ヶ月
術後3ヶ月
術後6ヶ月
進行性核上性麻痺に対する脊髄刺激療法の効果
治療群と非治療群における歩行・姿勢症状評価スケールの推移.治療群で
は術後1ヶ月から6ヶ月にわたり症状の改善が持続.一方,非治療群では
徐々に症状が悪化している.
*歩行・姿勢症状評価スケールは得点と重症度が正の相関関係にある.
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パーキンソン病に対する脊髄刺激療
法と効果の実際
• 刺激オフ時とオン時における歩行状態の変化
• 刺激オン時では歩行速度が著名に改善
• 条件は1.9ボルト, 0.1ミリ秒, 70ヘルツで4電極を刺激
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脊髄刺激療法と臨床効果
パーキンソン病:症例1
歩行障害により10m歩行時間が50秒であったが,術後
は12秒まで著明に短縮した.
進行性核上性麻痺:症例1
重度の歩行障害のため歩行に介助を要したが,術後は
介助を必要とせず自力歩行が可能となった.
進行性核上性麻痺:症例3
姿勢の不安定性があり日常生活には多くの介助を必要
としていたが,術後は介助も不要となり一人で家事ができ
るようになった.
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脊髄刺激療法と局所脳血流の変化
血流低下部位
血流増加部位
A, B: 脳血流低下部位
C, D: 脳血流増加部位
術前
術後
A:脳表面において全般的
な血流低下を認める.
B:術後は前頭葉(歩行中
枢,矢印)における血流低
下が改善.
C,D:術後はバランス制
御に関する視床(矢印)の
血流が増加.
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Computer modelによる脊髄刺激と脊髄に
おける電場の解析
陽極
後索(右側)
前索(右側)
陰極
脊髄の電気刺激に伴
い脊髄内の後索と前索
に電場が発生し神経組
織を活性化させる可能
性が考えられる.
後索は姿勢のバランス
制御,前索は歩行の実
行に関与する神経組織
を活性化する.
左右の前索と後索を刺
激して左右と体幹の神
経機能を改善させる.
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従来技術とその問題点
パーキンソン症候群の歩行障害に対する電気刺激療法として,
深部脳刺激療法(deep brain stimulation, DBS)が現在行われ
ている[2] .
DBSの歩行障害に対する効果は術後3年ほどで減弱し,また,
部分的な開頭術を行うために治療に関する年齢制限や手術合
併症(脳出血など)が問題となる.
パーキンソン症候群の難治性歩行障害に対する治療を目的と
した脊髄刺激療法は現在まで行われていない.
2.Krack P, et al. N Engl J Med 2003;349:1925-34
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新技術の特徴・従来技術との比較
脊髄刺激療法はDBSと比較して侵襲性が非常に低く手術合
併症が少ないため,あらゆる年齢や病状に合わせて行うこと
が可能である.
難治性疼痛に対する脊髄刺激療法は脊髄の後方部分のみ
を刺激するものであるが,難治性歩行障害に対する脊髄刺
激療法は脊髄の前方と後方部分を刺激し,歩行の改善を得
る全く異なった治療技術である.
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想定される用途
パーキンソン病,進行性核上性麻痺,大脳皮質基底核変性症,
多系統委縮症など難治性の歩行障害を呈する様々なパーキン
ソン症候群に対して用いられる.
歩行障害の改善は転倒に伴う骨折などの合併症のリスクを軽減
し,医療経済効果も高い.
歩行に関する脊髄の神経局在を刺激することから,パーキンソ
ン症候群に限らず,脳卒中,外傷,脳性麻痺など,あらゆる神経
疾患に伴う歩行障害の改善に寄与し得る.
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企業
想定される業界
医療機器メーカー,電気メーカー
市場規模
本邦において難治性の歩行障害を有するパーキン
ソン症候群だけでも10万人以上.
脳卒中などを含めると対象患者数は140万人以上.
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実用化に向けた課題
既存の疼痛治療を目的とした脊髄電気刺激装置を用いている.
留置された4本の電極は胸部の皮下に埋め込んだ2個のパルス
発生器に連結して刺激している.
従って,頸髄刺激に特化した新規電極とパルス発生器の開発が
必要である.
左右の前索と側索に対して確実に刺激が行われる電極の開発
刺激条件の設定がより広いパルス発生器の作製
4本の電極を連結できるパルス発生器の作製
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企業への期待
歩行障害の治療に特化した新規電極およびパルス
発生器の開発は,従来の製品システムの応用・改良
によって十分克服できると考えられる.
医療機器を開発中の企業,医療分野への参入・展開
を考えている企業には,本技術の導入が有効と思わ
れる.
多くの難治性歩行障害患者を歩けるようにするという
社会貢献の実現を推進して欲しい.
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本技術に関する知的財産権
発明の名称 :電気刺激装置およびそれを
用いた電気刺激方法
出願番号 :特願2010-280691
出願人
:福岡大学
発明者
:馬場康彦,山田達夫
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お問い合わせ先
福岡大学
産学官連携コーディネータ 芳賀 慶一郎
TEL 092-871-6631(内線2809)
FAX 092-866-2308
e-mail khaga@adm.fukuoka-u.ac.jp
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