従来の「保険」の先へ イノベーションを取り込み、 創造的破壊から収益を生み出す かつて国王が亡くなり後継者へ王位が継承されるとき、 国民は「現国王は崩御された。新国王万歳!」と叫びました。 同様に私たちは今「これまでの保険は崩壊した。新しい保険万歳!」と 言えるでしょう。従来の保険ビジネスモデルがお客様の重要なニーズを 満たし、収益の大きな柱であり続けることは確かですが、必ずしも永続的な ものではありません。先見の明がある保険会社は、新しいビジネスモデルを 構築し、現在よりはるかに優れたビジネスを行うことで強固な収益源を 獲得しようとしています。 アクセンチュア が実施したデジタル・イノベーション調査 に より、保険会社の約 25 %が既にこの改革プロセスに着手して いることがわかりました。私たちはこのような会社を「デジタ ル・トランスフォーマー(デジタルの変革者)」と呼んでいます。 デジタル・トランスフォーマーは従来の保険会社の枠組みを超 えた自社の将来を見据えています。可能な限り既存ビジネスモ デルの最適化を図りつつも、自社の持つさまざまなケイパビリ ティの刷新、多角化を模索しているのです。 1 そのようなケイパビリティの中には、以下の 2 つの重要な成長オプションが含まれます。 • 法人向け保険においては、保険会社は革新的なテクノロジー 企業と密に連携し、安全性の高い新商品やサービスを生み出 しているでしょう。それはまさに数百年前にロイズ・オブ・ ロンドンに属する保険会社が、リスクの高い海運ビジネスを グローバル産業に変革させたことに類似しています。 • 個人向け保険においては、保険会社はお客様にとって「ライ フ・コーチ」のような信頼できるアドバイザーとなり、お客 様のリスク管理や人生の様々な問題の解決を支援していくで しょう。 重要なのは、支配体制が必ずしも平和的に次の世代に継承され るとは限らないということです。かつては武力で征服されたこ ともありました。現在の保険ビジネスモデルにも競争の脅威が 迫っています。保険会社は今こそ迅速なアクションを起こすべ きです。 2 窮地に立つ保険業界 米国の保険業界では、2014 年の正味収入保険料が 1 兆ドルを • 技術革新が進むと、リスクの捉え方が変わり、一部の保険 2 超えました 。ではどこに問題点が潜んでいるのでしょうか。 商品は時代遅れとなってしまうでしょう。例えば、自動運 転車が公道を走り始めると保険の対象は人ではなくモノに 実はこのような堅調な業績にもかかわらず、多くの挑戦者、新 なり、個人向けの保険から法人向けの保険へシフトします。 たなテクノロジー、消費者トレンドの変化など、真の脅威が山 自動車損害賠償責任保険料は 2018 年までに 2012 年比で 積しています。具体的に説明をしましょう。 20% 下がり、2018 年から 2022 年までには 80% 減少する 5 との分析もあります 。 • 保険会社の主力商品の多くは、コモディティ化された(差別 化されていない)商品と認識されています。アクセンチュア が 2014 年に実施した消費者調査においても、回答者の 5 分 の 1(21%)が、どの保険会社も「提供商品やサービスは似 たり寄ったりだ」と感じており、その割合は前年比 7% 増で した。またアクセンチュアの消費者意識調査によると、世界 中の 3 分の 2 の消費者は保険会社以外からの購入を考えてい ると答えています。 もちろん伝統的な保険ビジネスモデルを最適化していくことも 必要です。例えばデジタル能力を高めて顧客体験を向上させる ことや、損害率を下げること、ストレート・スルー・プロセッ シングを導入することなど、これらは全て既存のビジネスモデ ルで競合他社に後れを取らないためには不可欠な対策です。 とはいえあらゆるビジネスモデルには、始まりがあれば終わり • 新たな競争相手は、業界の垣根を超えて参入しています。グー もあります。これまでほとんどの保険会社は自社の既存ビジネ 3 グル は、米国の 48 州で保険販売の認可を取得し、英国では スモデルにのみ投資を行ってきました。一方、間近に迫る保険 自動車保険や旅行保険の見積比較サービスを提供しています。 業界の変革を意識している保険会社は、自社のポジショニング 4 ウォルマートやイケア は、多くの携帯電話会社と同様に保 を見直したり、新たな成長オプションを追求したりして、従来 険販売を開始しています。アクセンチュアのデジタル・イノ の保険の枠組みを超えようとしています。 ベーション調査では、3 分の 2 近くの保険会社は、オンライ ンサービス・プロバイダーやアグリゲーターのような保険業 界外のプレーヤーが、高いデジタル能力を活用して保険販売・ 流通分野に参入するであろうと予測しています。 3 イノベーションと創造的破壊から 安全性の高い商品やサービスを生み出す 保険業界の成長オプションの 1 つは、社会における保険業界の 役割という観点から見ると、技術的発明、特に破壊的な発明を 「安全性の高い商品やサービス」に進化させることです。つま り技術上可能なことを実際に社会で利用できるように支援して いくことです。 自動車がどれほど私たちの暮らしを変えたのか考えてみましょ う。ビッグデータやロボット工学、ナノテクノロジー、遺伝子 工学、人工知能などのような急速に進歩した多くのテクノロ ジーも、自動車と同様に私たちの生活に大きな変化をもたらす でしょう。しかしこのようにテクノロジーが進展するとき、私 たちを守ってくれる人はどこにいるのでしょうか。誰がこのよ うな新発明に道徳的・倫理的基準を設けているのでしょうか。 この任務を果たすべく保険会社は遅ればせながらやっとシェア リングエコノミーへのサポートを強化し始めました。例えば Uber や Airbnb が提供するようなサービスのユーザーを保護す る保険業務に着手しています。保険会社はこれまで常に代理や 規制の執行機関として機能してきましたが、それは現在も変わ りません。 4 このようなアプローチが日本などでは、どのように展開してい るのでしょうか。現在日本では、65 歳以上の高齢者が人口に 占める割合は 4 分の 1 を超えていますが、2055 年までにはそ 6 の割合は 40% に達すると見込まれています 。人口動態の傾向 は、介護産業や保険業界も破壊する恐れがあります。このよう な高齢化社会では介護現場のロボット技術が重要な役割を果た すことになるでしょう。理化学研究所は、要介護者をベッドか ら抱え上げる、あるいはまっすぐの姿勢に立たせるなどの力仕 7 事を人間の代わりに行うロボットを開発しました 。 技術革新には大きな成長の可能性が秘められています。アクセ ンチュアの実施した調査でも、3 年以内にコネクティッド・イ ンシュランスのようなイノベーションにより生み出される損害 保険料は、ヨーロッパ単独で 1,900 億ドルに達するとの試算が 出ています。 信頼できるアドバイザー・サービスを構築し提供する 新しい保険ビジネスモデルにおける 2 つ目の成長オプションは、 信頼できるアドバイザーになり、テクノロジーや社会が変化す るにつれて新たに生まれる 1 人ひとりのお客様固有のニーズに 丁寧に応えることです。それは「ライフ・コーチ」として日々 の生活レベル向上のためにお客様に寄り添い、常にそれぞれの お客様に合った適切なアドバイスを提供することにほかなりま せん(図表 1)。 実際保険会社は、さらに多くの個人や法人のお客様のニーズや 意向に対応することを目的として、関連するさまざまなプロバ イダーから提供される一連のオファリングを束ねる役割を果た すハブでありアグリゲーターでありコンシェルジュです。この ように自社の立ち位置を再構築することにより、保険会社は顧 客基盤との関連性を保ちつつ、単なるアドバイスやガイダンス を超え、保険業務にこだわらない新たなビジネスモデルへと歩 みを進めることができます。 しかしこのような習慣は、現在ではあまり見かけません。実際 多くの国で家族は分散する傾向にあります。そこで高齢者の生 活の質に的を絞った全く新しいサービスのニーズが出てくるの 8 です。アクセンチュアの消費者意識調査 では、日本の全消費 者の半数が保険会社に保険だけでなくリスク軽減に関する情報 やアドバイスも期待すると回答しています。 保険会社は、技術革新や経営上のイノベーションが企業にもた らすリスクについて理解を深めると、法人のアドバイザーとし ての役割も果たすこともできます。3D プリンターや分散型生 産などは従来型のサプライチェーンを劇的に変革し、その結果 ほとんどの製造業社のビジネスモデルを刷新するでしょう。保 険会社はビジネスアドバイザーとして、お客様がテクノロジー の変化に直面しても危機回避できるようにサポートすることが 可能となるでしょう。 そのようなサービスの例として、高齢化のケースを考えてみま しょう。保険会社の考え方が、リスクの引き受けから生活の質 向上支援へとシフトしたらどうなるでしょうか。かつて日本を はじめとするアジア圏には、拡大家族(多世代家族)が高齢者 の世話をするという伝統がありました。 図表 1 保険会社は自社のビジネスモデルを新たな形へと進化させる必要があります。 身近なアドバイザー 顧客中心主義 • パーソナルデータ エコノミー • プライバシー革命 • IoT リスクマネジャー • 破壊的テクノロジーを収益化する • 新規参入者/業界収斂 例:自動運転車、 ウエアラブル・テクノロジー、 • データ・アグリゲーター インジェスティブル (体内摂取型) ・テクノロジー、 インプランタブル (埋め込み型) ・テクノロジー • 規制改革なくしてイノベーションなし • 先を見越したアドバイスを提供する身近な 従来の保険会社 アドバイザー・モデル • デジタル最適化 • データを取得、所有し、収益につなげる • デジタル/対面チャネルを通じて、 一貫したサービスを提供する 例:健康、 財産など 企業中心主義 • 1人ひとりに合わせたオムニチャネルな 顧客体験を提供する商品とサービス • 代理店/販売支援 顧客ニーズの充足度 (%) 5 保険業界の新たな成長を作り出す 保険会社は既存のビジネスモデルの合理化、デジタル化を進め なければならない状況下で新たな成長カーブに乗り移るために は今何をすべきでしょうか。例えば下記のようなことが考えら れます。 客様の日々のニーズに応える部分を着実に増やすことです。 世の中の変化に伴い人々がどのようなサービスを求めるかに ついて考えることはイノベーションを生み出す大きな力とな ります。既成概念にとらわれずに考えることが重要となりま す。新たなサービスについての興味深い提案は、長い間保険 業界に携わった人より人類学者や社会学者から生み出される 可能性の方が高くなるでしょう。 •「 特別チーム」の編成。保険会社がビジネスモデル変革の取 り組みを行っても内向きになる傾向が強いため成功する例は 多くはありません。そもそもそうした内向きの取り組みは行 うべきではありません。保険会社にはリスク回避の文化や • テクノロジー企業や革新的な企業とパートナーを組み、新た なサービスを創造すること。テクノロジー企業と手を組んで 複雑なガバナンス、時間のかかるプロセスがあり、こうした も、重要な技術分野については保険会社が直接担う必要があ 要素がビジネスモデル変革の足を引っ張る可能性が高いので ります。技術分野ではありませんが保険会社とテクノロジー す。したがって保険会社は勇気を持って身内のロジックから 企業との提携はスタートしており、アメリカン・ファミリー 隔絶された「特別チーム」を立ち上げ、そうしたチームにお 9 社とマイクロソフト がパートナーを組みホームオートメー 客様の新たなニーズや意向の把握、新たなサービスの創造、 必要に応じて既存ビジネスを解体するなどの役割を担わせる ションを主要事業とする新興企業向けビジネス・アクセラ 必要があります。こうした役回りは社内の考え方に染まった レーターを立ち上げました。このアクセラレーターにより今 組織ではできません。従来とは異なるイノベーションに対す 後登場する新興企業がホームオートメーションにさらなる改 るアプローチや評価方法、業界横断的な発想、外部の組織を 良を加え、ホームオートメーションがさらに安全でスマート 巻き込んで新しいことに挑戦するマインドセットなどは、社 なものになると期待されます。フランスで最大手の住宅保険 10 会社 Covea も Paris Region Lab-Incubateurs とパートナーを 内とは距離を置いた「特別チーム」でなければ育ちません。 組んでスマートホームの分野で業務を行っています。同保険 • ヒト中心の企業文化への変革。前述の 2 つの成長オプション 会社は候補会社から選抜した企業に対し支援やアドバイス、 に共通するテーマはヒト、つまりお客様中心の考え方です。 専門的な教育を提供する予定です。 お客様に寄り添い、新たなサービスのエコシステムを通じお 図表 2 保険の将来を見据えたビジネスモデルの多様化 革新的な 成長の鍵 成長の鍵 商品やサービスを立ち上げる 質の高い新たな保険商品や関連サービスを企画し検証する 顧客中心主義の保険商品やサービスを投入しながら、対象地域/国を拡大する 新たな オファリング 新たな市場向けのソリューションを生み出す 次のような変化により生まれる新たなニーズに対して、新たな戦略やビジネス 革新的成長 (新たな市場) モデル、ソリューションが求められる • リスクがヒトから技術やモノに移転する • ヒト対デジタルの構図が共同消費により変化する 化 進 例:自動運転、ロボット、パーソナルデータエコノミー、ナノメディカル、神経科学、 長 成 的 「身近なアドバイザー」 イノベーションリーダーとして認知される メディアや論文で引用されるようになる 漸進的成長 最先端のイノベーションリーダーとなり、従来の「保険」の枠組みを超えた 企業になるよう変革する 既存の オファリング イノベーションを安全にする 既存のお客様 新たなお客様 新たな市場でのリスクを見越す 「規制」の代わりを果たす 新たなリスクを定義する―破壊的技術や技術進歩に関する諸条件 多様な新収益源 保険商品や関連サービスのマーケットシェアを拡大する 新たなオファリングやベンチャーを収益源(含む投資収益)とする • 新興企業に投資する(知的財産、特許) • バランスシートを活用する、新たなベンチャーや急進的テクノロジーに 資金的支援を行う • 新たな市場においてベンチャーやアライアンスを立ち上げる 6 保険業界には、破壊的変化が現在進行形で既に押し寄せてきています。従来型の 保険会社に挑戦する企業や保険業界に大きな変化をもたらすイノベーションは すぐそこまで来ており、躊躇する余裕はありません。アクセンチュアは、 新しいタイプの保険会社は自らの新たな役割を積極的に見極めることで、 これからの経済において中心的役割を果たすことができると考えています。 しかしそのためには、今までにはない発想が求められます。これからの 保険会社には、新しい商品やサービスに「安全」という付加価値をつけて 世の中に普及させ、破壊的変化を味方につけること、そしてそこから新たな 収益源を獲得し、人類の進歩に深く関わっていくことが求められます。 難しいチャレンジも多いですが、それ以上に前向きな明るい未来が待っています。 7 お問い合わせ 筆者について 詳細についてのお問い合わせは下記の担当者にご連絡ください。 金融サービス本部 マネジング・ディレクター Mark Halverson 林 岳郎 AccentureAsiaPacific@accenture.com 出典 1 http://www.accenture.com/us-en/Pages/insight-insurersseizing-opportunities-digital-transformation.aspx 2 Swiss Re Sigmaより http://www.wsj.com/articles/google-tests-car-insurance- sales-1420762289 3 http://www.insurancebusiness.ca/news/first-walmart-nowikea-insurance-182541.aspx 4 5 Celent report, “A Scenario: The End of Auto Insurance, What Happens When There Are (Almost) No Accidents,” May 2012 6 http://www.bbc.com/news/world-asia-31901943 http://www.abc.net.au/news/2015-02-24/japans-robot-bearselderly-carers-of-the-future/6255734 7 8 http://www.accenture.com/us-en/Pages/insight-consumerdriven-innovation-survey-2013.aspx 9 https://www.microsoftventures.com/blog/ http://www.silvereco.fr/un-incubateur-de-start-ups-dediea-lhabitat-connecte-est-lance-par-covea-et-paris-region-lab/3117655 10 Accenture Financial Services に所属するシニア・エグゼクティブであり、 Life Insurance Distribution Services and Wealth & Asset Management Services のグローバル・リードでもあります。また同氏は、保険・リテー ルバンキング・資産管理 & 委託・投資信託 & 資産運用・ヘッジファン ド & プライム・ブローカレッジなどの分野で活躍してきました。同氏 は戦略およびビジネスモデルの定義と、それらのモデルの導入を専門と しています。 Ravi Malhotra Accenture Strategy にてオーストラリアとニュージーランドの業務を 統括するマネジング・ディレクターであり、アジア・パシフィック地 域の Accenture Strategy Quality Director でもあります。同氏はお客様 の戦略的意思決定や運営最適化計画のサポートにおいて幅広い経験を 有していますが、保険を中心とした金融サービス業界での経験が特に 豊富です。 アクセンチュアについて アクセンチュアは、戦略、デジタル、テクノロジー コンサルティン グ、およびアウトソーシング サービスを提供するグローバル企業です。 33 万 6,000 人以上の社員を擁し、世界 120 カ国以上のお客様にサービ スを提供しています。豊富な経験、あらゆる業界や業務に対応できる 能力、世界で最も成功を収めている企業に関する広範囲に及ぶリサー チなどの強みを活かし、民間企業や官公庁のお客様がより高いビジネ ス・パフォーマンスを達成できるよう、その実現に向けてお客様とと もに取り組んでいます。2014 年 8 月 31 日を期末とする 2014 年会計年 度の売上高は、300 億 US ドルでした(2001 年 7 月 19 日 NYSE 上場、 略号:ACN)。 アクセンチュアの詳細は www.accenture.com を、 アクセンチュア株式会社の詳細は www.accenture.com/jp を ご覧ください。 アクセンチュア 戦略コンサルティング本部 (Accenture Strategy)について アクセンチュア 戦略コンサルティング本部は、ビジネスとテクノロ ジーを融合させることでビジネス価値を創造する戦略パートナーです。 ビジネス、テクノロジー、オペレーション、ファンクションの各戦略 における高い専門性を組み合わせ、各業界に特化した戦略の立案と実 行を通してお客様の変革を支援します。デジタル化時代における創造 的破壊への対応や競争力強化、グローバル・オペレーティング・モデ ル構築、人材力強化、リーダーシップ育成などの経営課題に注力し、 効率性向上だけではなく、成長の実現に貢献します。 本誌に掲載された視点や意見は、皆さまの考えやディスカッションを促進させる ものです。それぞれのビジネスには異なった条件や目的がありますので、記事中 のアイデアは、必ずしも皆さまのビジネスに対する直接的なアドバイスではあり ません。 本稿に掲載されている会社名は、各社の登録商標または商標です。 Copyright © 2015 Accenture All rights reserved. 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