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2015
小児感染免疫 Vol. 27 No. 4 339
日本小児感染症学会若手会員研修会第 6 回瀬戸内セミナー
リサーチマインドの育み方
塚 原 宏 一*
にならざるを得ず,そのため内容に偏りがあるこ
はじめに
とをご容赦いただきたい.
小児科を含めた臨床診療科の仕事は知的作業で
あり,リサーチマインドが必要である.しかし,
リサーチマインドあるいは physician scientist を
Ⅰ.すばらしい臨床医(小児科医)になるために
図 1 は,臨床医そして小児科医のあり方を示す
文章で表すことは難しい.今回,瀬戸内での若手
日本小児科学会発行の「ようこそ小児科へ」
,
会員研修会(2015 年 9 月)での発表に基づいて,
「Osler の 3 原則」より引用した.上の ①∼③ は,
リサーチマインドの意義,育み方について私見を
患者を目の前にした医師の行動目標を示したもの
記述する.
である.
筆者(1961 年生まれ)の子ども時代は,Steven
小児科医としてどう準備して対応するべきか.
Paul Steve Jobs 流の自己実現や Jane Marple 流
下の ① 広い基礎知識と深い専門知識をもつ,② のセレンディピティは日常生活のなかで学べた
丁寧な診察,正確な診断,最適な治療を行う,③ が,情報過多の現在はその機会も少ない.そのあ
(治らなくても)あきらめずに,その成育を見守
たりにも触れる.本稿は実体験にしばられる内容
る,がわれわれの態度であろう.このようなふと
子どもの笑顔を守る総合医を目指して
(公益社団法人 日本小児科学会)
Oslerの3原則を念頭に置いて…
患者さんを目の前にして
① 患者さんは何が困って来られたのか?
② それに対して何ができるのか?
③ 患者さんのこれからの人生はどうなるのか?
小児の臨床医として…
ふところの深い小児科医でありたい…
患者さんにとっても,臨床医のリサーチ
マインドは最大の味方になるでしょう
小さな患者さんを目の前にして
これが研究の原点です
① 広い基礎知識と深い専門知識をもちたい
② 丁寧な診察,正確な診断,最適な治療を行いたい
③(治らなくても)あきらめずに,その成育を見守りたい
図 1 すばらしい臨床医(小児科医)になるための行動目標
日本小児科学会発行の「ようこそ小児科へ」,
「Osler の 3 原則」に基づいた.
*
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科小児医科学
340
2015
ころの深さをもつための最善の方策がリサーチマ
学などのサイエンスの基本原理は 20 ほどしかな
インドの蓄積であり,そのことが医学研究の駆動
く,それらを体得すれば,対象が多種多様であっ
力になっていると,筆者は考えている.
ても何とか適切に対応できるものである.それは
図 2 にあるように,小児科は多彩な領域を含み,
各人の知的努力の蓄積のうえに得られる.
患者は出生前から次世代まで広く,身体だけでな
筆者の主たる研究領域は「血管内皮学」であ
く心にも気遣い,社会,保健とも深くかかわる.
る1).図 3 は,リサーチマインドの蓄積,得られ
さらに,小児科は命にかかわる多くの疾患に対処
た研究成果の応用,筆者の場合,血管内皮機能保
する診療科である.自身が診察した患者をずっと
持のための介入が患者の QOL 改善につながるこ
みたい,専門施設と連携しながら間接的でもみた
とを示したものである.先天感染,多種の重症疾
い,あるいは,専門家として紹介された重症患者
患(心疾患,小児癌,超早産児など)に罹患する
をみたいという意欲が満ちた診療科でもある.
と内皮機能低下は健常者よりも進展すること,し
一方,全疾患の背景にある生物学,化学,物理
かし介入によって内皮障害の発症を抑止したり,
その進行を遅くしたりできることが示されてい
(1)プライマリケア
(2)感染・免疫
(3)血液・腫瘍
(4)呼吸・循環
(5)内分泌・代謝
(6)腎臓・尿路
(7)消化器・栄養
(8)新生児・遺伝
(9)神経・心理
(10)救急・蘇生
る.同じ対処法が原疾患の種類を超えて有効であ
「子どもの総合医」
としての3つの方向性
小児科診療
ること,リサーチマインドの蓄積に基づいた理性
的対処により先天感染(風疹,サイトメガロウイ
成育(胎児・出生から次世代まで)
身体と心(臓器別でなく体も心も)
社会(治療だけでなく社会・保健も)
(公益社団法人 日本小児科学会)
図 2 「子どもの総合医」について
小児科診療の多様性,
「子どもの総合医」としての 3
つの方向性を示した.
ルス,トキソプラズマウイルスなど)を防げれば,
(当然ながら)合併症が起こらないことにも注目し
たい.
Ⅱ.リサーチマインドを深めるための方策
図 4 は,研究にはいろいろな種類や方法がある
ことを示している.臨床医学 vs. 基礎医学といっ
た単純な図式を超えて,その重なりとして橋渡し
研究がある(bed to bench,bench to bed と表現
血管内皮機能保持が健康の要諦
例として… 私の研究対象
例:血管内皮障害(動脈硬化,高血圧,腎障害,骨障害…)
疾患の進展
重症心疾患,小児癌,超早産児など
先天感染など
発症
無症候期
・Genetic
・Epigenetic
Quality of lifeの改善も
研究対象になります
年齢
成育(胎児・出生から次世代まで)
図 3 リサーチマインドの蓄積,得られた研究成果の応用
患者の血管内皮障害(潜在的な場合も含む)に対して,血管内皮機能保持
のための治療介入を行うことが患者の QOL 改善(点線矢印)につながる
ことを示した.太い実線矢印は,加齢に伴う(生理的といってよい)血管
内皮障害である.
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小児感染免疫 Vol. 27 No. 4 341
研究にはいろいろな種類や方法がある
われわれのリサーチマインド
集団医学
数理工
薬学
基礎
生物学
Physician scientistを
目指しましょう
基礎医学 橋渡し研究
システム生物学
保健
看護学
臨床医学
人文科学
科学の flavor を楽しみ
ましょう
・医療に直結するもの,科学の本質に迫るもの
・身体を動かすことが主なもの,考えることが主なもの,連携が必要なもの
・費用が多くかかるもの,費用があまりかからないもの…などさまざまです
図 4 研究の種類と方法
研究の種類と方法が多種多様であることを示した.科
学の楽しさも一緒に経験したいが,ここでは人生を香
りたたせるという意味で“flavor”と表現した.
される)
.臨床医学は保健看護学,人文科学と,基
いろいろな社会的(数値的)成果がある
<英語論文に関して>
・その研究での貢献⇒著者リストでは first,correspondent,
last が重要
・その時点での科学的重要性⇒“Impactfactor”―野球でい
えば「得点」
・それ以降への科学的影響⇒“Citation index”―野球でい
えば「打点」
「研究者」の点数として累積され,評価されます
<論文の周辺に関して>
・研究資金準備⇒“競争的研究費”の獲得が重要
・若手研究者(医学博士)の指導⇒若手に firstauthor になっ
てもらう
・その研究領域での学問的位置⇒総説,著書での編集や執
筆の担当
「指導者」の点数として累積され,評価されます
図 5 研究成果に対する外部評価
数値を用いた客観的評価は重要である.「研究指導医」
という立場があることを示した.
礎医学は数理工薬学,基礎生物学とかかわる.筆
者は,臨床医学,基礎医学,橋渡し研究に加えて
知られていない.多くの患者のためにも,研究成
数理工薬学の領域にも研究対象を広げている2,3).
果は世界で共有されるべきである.リサーチマイ
Interdisciplinary research(諸学連携研究)は 21
ンドの表出が英語のほうが適切である理由の一つ
世紀の医学研究の大きな柱になると考えられる.
である.
① 医療に直結するもの,科学の本質に迫るも
図 5 は,研究成果に対する外部評価を示したも
の,② 身体を動かすことが主なもの,考えること
のである.その研究で中心的な役割を担った者
が主なもの,連携が必要なもの,③ 費用が多くか
は,論文の著者として first,second(または cor-
かるもの,費用があまりかからないものといっ
respondent)あるいは last の位置にくる.そのよ
た,それぞれの研究者の事情に応じた分類も可能
うな位置に名前が入った論文は impact factor,
である.
「研究」
といっても多様であることが理解
citation index とともに,その研究者の客観的評価
できる.若手 physician scientist は自身の特性,
の対象になる.
環境,資金に見合った方法を選択して,まずは研
筆者は,臨床で専門医の次に指導医があるよう
究を始めることが肝要である.とりわけ,当初の
に,小児科研究でも実績を積みあげて医学博士を
研究テーマについては深く考えず,自身の感性や
取得した後に「研究指導医」があると考えている.
指導者の雰囲気,実績に基づいて決めればよい
アメリカの PI(principal investigator)に相当す
と,筆者は考えている.
る.積極的に研究資金を獲得し,若手の研究の指
Ⅲ.リサーチマインドの表出とそれへの評価
筆者は,1992∼1994 年までニューヨーク州立大
学内科(腎臓・高血圧部門)に研究留学していた.
そのときのボスに,
「I know whether your country is located. This is it.」と北方四島を指差され
導を行い,自身は原著よりも総説,著書(英語を
用いて)を執筆する立場である.
Ⅳ.研究専門医から研究指導医へ
図 6 で,自身の経験を例にしながら説明する.
筆者は,医師 2 年目,3 年目(総合病院),8 年目,
たことがある.欧米では日本の文化は広く知られ
9 年目(アメリカ留学)を除いて,日本の大学病
ているが,その場所は(もちろん言語も)あまり
院で勤務していた.リサーチマインドを涵養する
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研究「専門医」から「指導医」へ
(筆者の場合)
1年目
(24歳)
大学病院
臨床研究に従事
2年目
3年目
4年目
5年目
大学病院
6年目
①
②
③
④
⑤
まずは臨床研究(症例でも可)から入る
日本語論文より英語論文に進む
英語論文を出すことで,研究費を得る
基礎研究も同時に行う
途中で留学を入れる
7年目
これが研究「指導医」の目安
8年目
9年目
アメリカ留学
10年目
大学病院
11∼15年目
この頃,研究(累積),10,000時間達成
(医博)-13年目
16∼20年目
(39∼43歳)
21∼25年目
(44∼48歳)
26年目
(49歳)
27∼31年目
(50∼54歳)
岡山大学
⑥
⑦
⑧
⑨
⑩
研究「指導医」になる
基礎研究,橋渡し研究を大学で進める
学生など若年者にもリサーチ心を伝える
他施設,他分野と研究交流を進める
生命,あるいは科学の本質に挑む
基礎研究に従事
図 6 リサーチマインドと研究履歴
筆者の場合を示した.ここでも,「研究指導医」という立場があることを示した.
うえでとても恵まれた環境であった.
臨床研究より始めて,右の ①∼⑤ のように進
Ⅴ.筆者の留学時からの研究対象
めた.基礎研究も並行させた.臨床,基礎の双方
留学時から(1992 年∼)の主たる研究対象は,
を経験すれば,リサーチマインドは 1+1 が 2 でな
血管内皮機能,とりわけ内皮由来弛緩因子の代表
く 22(=4)になり 23(=8)になる.留学より
である一酸化窒素(nitric oxide:NO)である.
戻った医師 10 年目に研究時間(累積)が,およそ
少し説明する.NO は 1992 年に“Molecule of the
10,000 時間に達した.10,000 時間は世界レベルの
Year”(雑誌 Science)
,1997 年にノーベル賞(生
エキスパート(音楽家,スポーツ選手,小説家,
理学・医学賞)の称号を与えられた.その後,血
チェス名人など)を目指すのに必要なトレーニン
管生物学が NO を中心として急速に発展した.そ
グ時間で,魔法の数字とされる4).10,000 時間を
の成果は,とりわけ循環薬理の方面で臨床医学に
達成するには,継続した向上心,忍耐力,幸運な
生かされている2).
環境のすべてが必要である.
NO の生体作用は難しい.図 7 に示すように,
研究留学は,日本ではあまり研究時間をかせげ
NO の作用で窒素(N)が主体的な場合を N 反応,
ない小児科医にとって,リサーチマインドを涵養
酸素
(O)が主体的な場合を O 反応と分別すると,
するうえで貴重である(1 日 8 時間は研究に費や
この変幻自在分子の働きも理解しやすい.N 反応
すことができる).この魔法の数字を達成するこ
の極がアミノ酸・蛋白質・ヌクレオシド合成にか
とで,研究指導医にステップアップし,研究は かわる窒素,O 反応の極が糖・脂質代謝,ATP 合
⑥∼⑩ に進むと考えられる.
成にかかわる酸素である.図 8 のように,現在,
NO 吸入は肺血管抵抗を下げる局所特効薬として
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小児感染免疫 Vol. 27 No. 4 343
用いられている5,6).
ドを発揮させれば,予想外に大きな成果が得られ
研究対象の分子が pleiomorphic(多面的)であ
ることがある.機会があれば,思いきって研究留
るためか,研究領域もそのように展開した.その
学すればリサーチマインドも豊かになり,独創性
後,酸化ストレス,生体応答,代謝制御の方面に
の高い成果が得られることがある.そのあたりの
もリサーチマインドを発展させた.図 9 では,重
ハングリーさは,今こそ必要と思われる.
症インフルエンザ脳症治療(岡山大学病院での集
Ⅵ.研究におけるセレンディピティ
学治療)の開発に,その研究成果が応用されてい
ることが示されている.
医学論文の題名にセレンディピティ(serendip-
あまり開拓されていない領域でリサーチマイン
ity)をみた最初は,小泉晶一先生(金沢大学 前
小児科教授)の“Human heme oxygenase 1 deficiency:a lesson on serendipity in the discovery
Systems biologyにおける窒素酸化物
N2O
NO2−
(−3)
NH3
N2
a
た7).谷内江昭宏先生(金沢大学小児科教授)ら
の human heme oxygenase 1 deficiency の世界で
最初の報告8)を考察されていた.重要な発見は,
(+6)
ONOO
NO3−
アミノ酸・蛋白質
ヌクレオシド
of the novel disease. Pediatr Int, 2007” で あ っ
NOに関するsystems
biology
NO2
ONOO−
(+2)
NO
<体液>
個人と組織のリサーチマインドの絶え間ない蓄積
糖・脂質
ATP
人体を構成する元素
のうえになされる.そのなかで,病態生理の推理
(研究勘)も高精度になってくる.筆者はそのよう
に受けとった.
O2
酸素(O)=63∼65 %
炭素(C)=18 %
水素(H)=10 %
窒素(N)=3∼5 %
福井大学時代の筆者らの可逆性脳梁膨大部病変
(MR 拡散強調画像)の世界で 1 番目,2 番目,3
番目の報告9∼11)も,10 年以上小児放射線関連の研
図 7 一酸化窒素(NO)の生体作用
究を放射線部と共同で続けていたこと(密に情報
窒素と酸素の結合の多面性(あるいは窒素原子の酸化
数)が,生体作用の多面性につながることを示した.(文
献 2,3)より引用)
が行っていたこと(感性が鋭くなる),その病変が
2NO+O2=2NO2
アイノベント
O2
NO分圧
136 atm×800 ppm
=0.1(atm)
NO
●在胎39週で出生したEbstein奇形の男性。
SpO2 48%と著明に低く,持続陽圧呼吸+酸素投与+
NO吸入
(20 ppm)
を開始された。
NO
NO
右房負荷
→軽減
アイノフロー
NO吸入システム
2NO
(低圧)
+O2=2NO2
3NO
(高圧)
=NO2+N2O
単純で美しいこと(左右対称)に注目したこと(生
b
一酸化窒素
(NO)
吸入療法
人工呼吸器
および回路
交換できる)
,患者の鎮静をほとんどすべて自身
肺血流低下
→軽減
右房拡大
三尖弁逆流
→軽減
右室低形成
右心不全→軽減
気相におけるNOの物理化学の研究
NOガスの臨床応用
図 8 一酸化窒素(NO)吸入療法
a :NO 吸入療法のセッティング(エアーウォーター社の許可を得て掲載)と NO ガスの物理化学研究.筆者らは,低
圧 NO の酸化反応,高圧 NO の不均化反応の反応速度式などを導いた.(文献 5,6)より引用)
b :NO 吸入療法の実際.岡山大学病院において多くの患者を診療している先天性心疾患を例にあげた.
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2015
重症インフルエンザ脳症に対する集学的治療
ヒトを対象とした臨床研究
集学的治療
Brain damage
・抗炎症
・抗酸化
mPSLパルス
Endothelial Disruption
抗インフルエンザ薬
・Cytokines/Chemokines
・Nitric oxide
・Reactive oxygen species
・Excessive apoptosis
γ-グロブリン
脳低温療法
34℃
エダラボン
マンニトール
トロンボモデュリン
ペラミビル
抗菌薬
人工呼吸
Influenza virus
ICUでの管理
Respiratory infection
岡山大学病院での集学的治療
図 9 重症インフルエンザ脳症に対する集学的治療
岡山大学病院での治療方略を示した.NO,酸化ストレス,生体応答,代謝制御などの研究成果が結集され
ている.(文献 1)より引用)
理学的に本質的なことが多い)などが関与したと
思われる.
図 10 は,当時,小児科の同僚であった土田晋也
先生の研究実績の一つである12).薬理実験のバッ
ファー作製時に pH 調整を間違えたが,あえて,
そのまま実験を続けた.酸性よりの環境(pH=
7.0)で NO の血管拡張作用が増すという発見で
あった.
「セレンディピティ」は,日本人ノーベル賞受賞
者や細菌の狩人たちの大発見にルーチンに関与し
ラット大動脈
−8
−8
−7
−7
ACh
−6 ACh
−6
−5 pH 7.0
pH 7.4
−5
0.5 g
1min
L-arginine
代謝性アシドーシスで
NO作用は増強する
pH↓
NO2−+NO3−
cGMP産生
NO donor
(SNP)
pH=7.4<pH=7.0
Ach
pH=7.4<pH=7.0
O2
NO
(NO donor)
O2-Hb
ている(表 1)13,14).表には記載しなかったが,
図 10 代謝性アシドーシスにおける NO の血管拡
ノーベル賞を受賞した Emil Adolf von Behring
組織の血流障害,低酸素障害などに対する防御機転とも
考えられる.ACh はアセチルコリンであり,cGMP は
NO の平滑筋弛緩作用におけるセカンドメッセンジャー
である.(文献 12)より引用)
Koch(1905 年,
「結核に関する研究」
)と同じく
(1901 年,「ジフテリア血清療法の研究」
)
,Paul
Ehrlich〔1908 年,
「免疫に関する研究」
;化学療法
張作用の増強
(chemotherapy)という用語,特効薬(magic bullet)という概念を初めて用いた」
〕
,Alexander
本の北里柴三郎(破傷風菌の純粋培養,破傷風の
Fleming(1945 年,
「ペニシリンの発見と種々の伝
血清治療など),志賀潔(赤痢菌の発見),秦佐八
染病に対するその治療効果の発見」
)とともに,日
郎(ペストの研究,サルバルサンの開発;岡山大
2015
小児感染免疫 Vol. 27 No. 4 345
表 1 科学者と「セレンディピティ」
日本人ノーベル賞(自然科学分野)受賞者のセレンディピティ
・白川英樹先生(2000 年化学賞「導電性高分子の発見と発展」)
ツィグラー・ナッタ触媒を通常の 1,000 倍濃度で使ったことが,電気を通すプラスチックの発明につながった.
・田中耕一先生(2002 年化学賞「生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発」)
コバルト微粒子を溶かすときにアセトンの代わりにグリセリンを混ぜたことが,不可能と思われていた高分子の
ピークの観測につながった.
感染症と戦った偉大な科学者のセレンディピティ
・Edward Jenner(イギリス 1749∼1823;江戸時代後期「牛痘で天然痘を予防できる」)
乳しぼりの女性は天然痘にかからないという農村のうわさ話がひらめきにつながった(「ワクチン」はラテン語のメ
ス牛を意味する「ヴァッカ」がもとになっている).
・Louis Pasteur(フランス 1822∼1895;明治時代初期「生物は自然に発生しない」
「世界初の弱毒生ワクチンの開発」)
ワインの酸敗が微生物(乳酸菌)によること,古いニワトリコレラ菌の培養液を注射されたニワトリは次の猛毒菌
の注射に耐えることをみつけたことがひらめきにつながった(その後,炭疽病,狂犬病のワクチンも開発した).
・Robert Koch(ドイツ 1843∼1910;明治時代「一つの病気の原因になる菌は一つ」)
ウシの角膜液を使って炭疽菌を単離し,その菌をネズミに注射すると炭疽病を発症することがひらめきにつながっ
た(その後,結核菌,コレラ菌を発見し,「コッホの 3 原則」を導いた).
科学者の大きな発見において,「セレンディピティ」は常に関与している.
表 2 Research mind を育むうえで役立った書物
学の先輩)の研究成果もそうであった14).なお,
・「生命とは何か―物理的にみた生細胞(What is life?―
The Physical Aspect of the Living Cell)」岡小天,鎮
目恭夫(訳)
<エルヴィン・シュレーディンガー(著)
>
(岩波書店,1951 年;原書は 1944 年)
・「推理する医学(The Medical Detectives)」山本俊一
(訳)<バートン・ルーチェ(著)>(西村書店,1985
年;原書は 1947 年)
・「生命研究のパイオニアたち―世界をリードする 15 人
の日本人」中村桂子(著)(化学同人,2007 年)
・「源頼朝の歯周病―歴史を変えた偉人たちの疾患」早川
智(著)(診断と治療社,2008 年)
・「大村智―2 億人を病魔から守った化学者」馬場錬成
(著)(中央公論新社,2012 年)
・「感染症とたたかった科学者たち―情熱とひらめきが
命を救った !」岡田晴恵(著)(岩崎書店,2013 年)
・「波紋と螺旋とフィボナッチ―数理の眼鏡でみえてく
る生命の形の神秘」近藤滋(著)(秀潤社,2013 年)
・「研究者のための思考法 10 のヒント―知的しなやかさ
で人生の壁を乗り越える」島岡要(著)
(羊土社,2014
年)
・「ノーベル賞の 100 年―自然科学三賞でたどる科学史
(増補版)」馬場錬成(著)(中公新書,2014 年)
・「生物多様性―「私」から考える進化・遺伝・生態系」
本川達雄(著)(中公新書,2015 年)
サルバルサンには「世を救う薬」という意味も込
10 冊列挙した.科学の楽しさを十分堪能できる名著で
もある.
められている.
2015 年 10 月にノーベル生理学・医学賞を受賞
された大村智先生(「線虫の寄生によって引き起こ
される感染症に対する新たな治療法に関する発
見」)も,interdisciplinary research の重要性,英
語論文の必須性を述べられている15).大村先生の
偉大な成果は,われわれ physician scientist に大
きな力を与えてくれる.
おわりに
リサーチマインドの意義,育み方について,最
初は医道論として,次に経験論として,続いて,
感染症と戦った偉大な科学者をたどりながら記述
した.そのなかでセレンディピティ,interdisciplinarity の重要性にも触れた.最後に,リサーチ
マインドの涵養に役立つ書物を列挙する(表 2)
.
科学の flavor を堪能させてくれた 10 冊でもある.
文 献
1)Tsukahara H, Kaneko K:Oxidative Stress in
Applied Basic Research and Clinical Practice―
Pediatric Disorders. Springer, Berlin, 2014
346
2015
2)塚原宏一,他:レドックス UPDATE:ストレス
129 135, 1999
制御の臨床医学・健康科学―一酸化窒素,アルギ
9)Kobata R, et al:Transient MR signal changes in
ニン代謝と酸化ストレス.医のあゆみ(別冊):
the splenium of the corpus callosum in rotavirus
103 111,2015
encephalopathy:value of diffusion weighted
3)塚原宏一,他:レドックス UPDATE:ストレス
制御の臨床医学・健康科学―小児疾患におけるレ
ドックス制御破綻.医のあゆみ(別冊)
:240 248,
2015
4)島岡 要:研究者のための思考法 10 のヒント―
知的しなやかさで人生の壁を乗り越える.羊土
社,東京,2014
5)Tsukahara H, et al:Gas phase oxidation of nitric
oxide:chemical kinetics and rate constant.
Nitric Oxide 3(3)
:191 198, 1999
6)Tsukahara H, et al:Gas phase disproportionation of nitric oxide at elevated pressures. Free
Radic Res 37(2)
:171 177, 2003
7)Koizumi S:Human heme oxygenase 1 deficiency:a lesson on serendipity in the discovery
of the novel disease. Pediatr Int 49(2)
:125 132,
2007
8)Yachie A, et al:Oxidative stress causes
enhanced endothelial cell injury in human heme
oxygenase 1 deficiency. J Clin Invest 103(1):
*
imaging. J Comput Assist Tomogr 26(5)
:825
828, 2002
10)Kobuchi N, et al:Reversible diffusion weighted
MR findings of Salmonella enteritidis associated
encephalopathy. Eur Neurol 49(3):182 184,
2003
11)Maeda M, et al:Transient splenial lesion of the
corpus callosum associated with antiepileptic
drugs:evaluation by diffusion weighted MR
imaging. Eur Radiol 13(8)
:1902 1906, 2003
12)Hattori K, et al:Augmentation of NO mediated
vasodilation in metabolic acidosis. Life Sci 71
(12)
:1439 1447, 2002
13)馬場錬成:ノーベル賞の 100 年―自然科学三賞で
たどる科学史(増補版)
.中公新書,2014
14)岡田晴恵:感染症とたたかった科学者たち―情熱
とひらめきが命を救った! 岩崎書店,東京,
2013
15)馬場錬成:大村智―2 億人を病魔から守った化学
者.中央公論新社,東京,2012
*
*