2006 年 9 月 22‐24 日 火山若手の会 講演要旨 火山地質学における火山泥流(ラハール)研究の諸問題 ∼大正泥流を例に∼ 上澤真平(suesawa@chs.nihon-u.ac.jp) 日本大学大学院総合基礎科学 1. はじめに 火山泥流とは,火山体斜面を水と火山砕 屑物が混合して高速で流下する現象を指し, ラハールとも呼ばれる.その成因は,火山 噴火に伴い発生する一次泥流と火山砕屑物 が雨などによって流動する二次泥流があり (河内,1993),様々な要因によって発生す る.中でも一次泥流は,火山噴火に伴って 発生するため,突発的で人的被害をもたら すことがある.例えば,1985 年に南米コロ ンビアのネバドデルルイス火山で発生した 融雪型火山泥流は,山頂から 26km 離れた アルメロ市で約 23000 人の犠牲者を出した. 火山泥流の堆積物の特徴や性質・成因を 解明することは,火山防災上重要である. 2. 研究の背景 北海道十勝岳で 1926 年に発生した大正 泥流は,日本で唯一発生が確認されている 融雪型火山泥流として有名である.発生当 初から多くの研究がなされており,火山地 質学的研究としては,多田・津屋(1927) があり,熱い崩壊物が雪を融かして第一次 泥流を発生させ,さらに含水を増して第二 次泥流に移化したと考えた.その後,堀ほ か(1999)などが,上流から下流まで泥流 堆積物を区分し,上流の堆積物を岩屑なだ れ堆積物と判断し,この岩屑なだれが山腹 の雪をブルドージングして機械的に破壊し たと考えた.しかし,崩壊物から第一次泥 流へと移化したところでの岩相変化や,岩 屑なだれの岩相記載が不明である.本稿で は,堆積物の記載から融雪プロセスを含む 発生・流下機構の考察を目的とする.また, その地質区分に従い、岩石磁気学的によっ て,崩壊物の温度を推定する.本稿は,石 川ほか(1971)が CL(中央火口溶岩)の 上位に分布する Cm と記載した堆積物を中 心に記載を行った. 5 3. 結果 岩相記載 Cm は下位から Cm-a,Cm-b,Cm-c の 3 層に区分できる.Cm-a は白灰色を呈し, 粘土分が多い(約 10w%),数 10cm の鋭角 のクラックが入った熱水変質した火山礫と 同質の砂礫質基質からなる.変質した礫は 周囲を基質で埋められているが,赤,茶, 白の基質とは違う不均質なブロックをパッ チワーク状に含む.また,最上流部では, 小規模なパイプ状構造が認められる.層厚 は数 m.Cm-b は淡紫灰色を呈し,熱水変 質した砂礫で構成されている。粘土分を欠 く(2∼3%).下流に向かうに従い,礫分, 粘土分が増加する.層厚は数 cm∼数 10cm. Cm-c は,茶褐色の変質した砂礫からなり, 数 10cm∼数 m の礫には鋭角のクラックが 入ったブロックを含み,基質の礫も角礫が 多く粘土分は少ない.層厚は数 m∼数 10cm. 岩石磁気計測のための定方位サンプルは, 標高 1500m 付近の露頭から,それぞれ,12 ∼13 試料ずつ,合計 37 試料を採取した. Cm-a 層,Cm-c 層からはこぶし大の岩石を, Cm-b 層については,こぶし大の岩石が無 いため,直径 2.5cm,高さ 2cm のアルミパ イプを用いてマトリクスを採取した.また、 上位層からの熱的影響を考慮するために, Cm-c との層理面から 3cm∼5cm,10cm∼ 12cm の深度から,それぞれ 6 試料ずつ採 取した.アルミパイプは,磁性を持たず, 耐熱性があることから,段階熱消磁実験に 用いるのに適している.そして,採取した 試料について,段階熱消磁実験を施した. また,本堆積物は,本質物質を含まず,変 質が著しいため,NRM の安定性を確認する ために,各層 1∼2 試料について,段階交流 消磁実験を施した. 段階交流消磁実験により,各試料とも, 2006 年 9 月 22‐24 日 火山若手の会 講演要旨 10mT 以上の安定した保磁力を持つことを 確認した.Cm-a は,ザイダーベルト図に おいて 13 試料中 4 試料が,2 成分,9 試料 は単成分からなる.単成分のものは,シュ ミットネット投影図(図.1)ではまとまり を示さなかった.二成分のものは,低温成 分は 350℃∼620℃と様々で,低温側,高温 側ともに集中が悪かった.このことから, Cm-a の温度はヘテロで,定置時には比較 的低温であったものと考えられる.Cm-b は,12 試料中 8 試料について実験を行い, 上位は 4 試料,下位は 3 試料について安定 した成分を読み取れた.それぞれ,300∼ 450℃の低温成分でまとまりがよく,高温成 分 ではまとま りが悪いこ とから,300∼ 450℃で定置したと考えられる.Cm-c は, 12 試料中 4 試料が 2 成分を,8 試料が単成 分を読み取ることができた.単成分のもの は集中が悪く,2 成分のものは 250∼500℃ の低温成分で比較的まとまりがよく,高温 成分では集中が悪かった.このことから,C m-c は 250℃∼500℃で定置したと考えら れる. 4. 考察 Cm-a は、体積が 150 万 m3 であり,最 初の崩壊量(200 万 m3;多田・津屋,1927) と整合的な体積である.また,不均質な岩 相を示し,鋭角のジグゾウ割れ目を含むブ ロックを含むことから,岩屑なだれ堆積物 であると考えられる.また,温度は部分的 には高温であったと考えられるが,全体と しては,比較的低温であったと考えられる. Cm-b は,弱いラミナの構造や粘土分を欠 くことから,水に飽和したラハール堆積物 であると考えられる.温度は,300~400℃ 程度だと考えられる.Cm-c は,鋭角の砂礫 が多く,細粒分を欠くことから,Cm-a と は別の岩屑なだれ堆積物であると考えられ る.温度は,400℃程度だったと考えられる. 崩壊前の中央火口丘は熱水活動が盛んで あり,強度に熱水変質した山体であった. 火口には,1500m3 の沼があった.1926 年 5 月 24 日 4 時 17 分の水蒸気爆発によって, 中央火口丘の北西側半分が崩壊した.この 崩壊によって,山腹の斜面の雪が融かされ たり,押し出されたりした.崩壊と同時に 火口の沼と山体内部から噴出した熱水によ って熱泥流が発生した.これが,下位の崩 壊物を削りながら流下し,融雪をひきおこ して,下流の泥流を形成した.その後,別 の高温(約 400℃)の岩屑なだれが発生し, 二次爆裂火口を形成して堆積した. 5. まとめ ・Cm 堆積物は 3 つのフローユニットに分 かれる. ・Cm-a,Cm-c は岩屑なだれ堆積物の特徴 を持つ堆積物である. ・Cm-a はほとんど山腹斜面に堆積してい ることから,下流の泥流を形成したのは直 後に発生した熱泥流(Cm-b)であると考え られる. ・Cm-c は多田・津屋(1927)の崩壊物に 対応すると考えられる. ・このような現象は,粘着性ラハール (Vallance and Scott,1997)と呼ばれる現 象である. 6
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