血友病患者に対する欧州心臓病学会急性冠症候群管理ガイドラインの

Original Article (Clinical Haemophilia ) ‒ Full Translation
血友病患者に対する欧州心臓病学会急性冠症候群管理ガイドラインの適用
可能性̶ADVANCE ワーキンググループによる評価
Applicability of the European Society of Cardiology guidelines on management
of acute coronary syndromes to people with haemophilia ‒ an assessment by the
ADVANCE Working Group
P. Staritz, P. De Moerloose, R. Schutgens, and G Dolan on behalf of the ADVANCE Working Group
Department of Internal Medicine, Hemophilia Care Centre Heidelberg, SRH Kurpfalzkrankenhaus, Heidelberg, Germany;
Hemostasis Unit, University Hospitals and Faculty of Medicine of Geneva, Geneva, Switzerland; Department of Hematology, Van
Creveldkliniek, University Medical Center Utrecht, Utrecht, The Netherlands; and Department of Haematology, Queens Medical
Centre, Nottingham University Hospitals, Nottingham, UK
要 約:急性冠症候群( ACS )を併発した血友病患
えで可及的速やかに実施しなければならない,( 4 )
者( PWH )における抗血栓治療について,エビデン
薬剤溶出性ステントよりも金属ステントが好まし
スに基づいたガイドラインは公表されていない。本
い,( 5 )PWH に対する抗凝固薬の使用は補充療法
試験の目的は,現在の欧州心臓病学会のガイドラ
後に限るべきである,( 6 )PWH に 2 剤併用抗血小
インを見直し,PWH に対してどのように適用する
板療法を実施する場合,最低トラフ値が 5 ∼ 15%
のが最善なのかを検討することにあった。デルファ
を下回らないように維持すべきである,( 7 )ACS
イ方式に倣った構造的コミュニケーション法を用
発症および PCI 後の 2 剤併用抗血小板療法の期間
いて,臨床管理の重要な側面について専門家の合
は,なるべく短期間にとどめなければならない,
(8)
意を得た。主な最終ステートメントは以下の通り
医を含む集学的チームによって迅速に管理される
GPIIb-IIIa 阻害薬の使用は,特別な場合を除いて
PWH には推奨されない,( 9 )線溶療法は,PWH
では一次的 PCI( 90 分以内)が実施できない場合に
べきである,( 2 )成人 PWH 向けの各包括治療セン
は凝固系を十分管理したうえで使用してもよい。本
ターは,経皮的冠動脈インターベンション( PCI )
アセスメントの発議が PWH における ACS の最適
を 24 時間体制で実施可能な救急部門を持つ心臓病
な管理の助けとなることが望まれる。
センターとの間に正規の紹介ルートがなければな
Key words:急性冠症候群,抗凝固薬,抗血小板薬,
らない,( 3 )PCI は,凝固因子を十分補充したう
抗血栓療法,血友病,心筋梗塞
緒 言
なってきている。その結果,先進国では血友病患者
である。
( 1 )ACS と心筋血行再建は,血友病専門
( PWH )の平均余命が延び,いまや一般集団の平均
近 年, 先 天 性 血 友 病 患 者 に 対 し, 安 全 で 有 効
に近づいている( 1 )。これを受けて包括治療センター
な補充療法を包括的ケア施設で実施できるように
の医療従事者が受け持つ PWH が以前より高齢化し
Correspondence: Peter Staritz, Department of Internal Medicine,
Hemophilia Care Centre Heidelberg, SRH Kurpfalzkrankenhaus,
Bonhoefferstr. 5, 69123 Heidelberg, Germany.
Tel.: +4962218849088; fax: 496221884087;
e-mail: Peter.Staritz@KKH.srh.de
Haemophilia (2013), 19, 833–840
©2013 John Wiley & Sons Ltd
18
ており,このような患者には心血管系疾患をはじめ
とする加齢による合併症が認められる( 2 ∼ 4 )。
一般集団と同じように,PWH でも加齢と共に心
血管系疾患( CVD )の危険因子を持つようになるこ
とが認識されている( 5,6 )。中には PWH の方が高血
血友病患者に対する欧州心臓病学会急性冠症候群管理ガイドラインの適用可能性̶ADVANCE ワーキンググループによる評価
圧を発症しやすい可能性を示唆した研究グループ
(7)
。重症血友病では心筋梗塞に幾分罹患し
もある
( 8-12 )
概要を説明した後,血友病専門医によるサマリー・
レビューが行われた。進行役付きの議論を通じて,
,動脈硬化過程や
ガイドラインにおける PWH の管理では一般集団と
CVD だけではなく,狭心症に対しても保護作用は
異なる可能性がある側面について,ADVANCE グ
認められず,特に集中的補充治療期間と関連して
ループメンバーが重要な質問事項 35 項目とステー
PWH の方が急性心血管イベントの発症が多い可能
トメントを作成した。続いて,匿名性を保ち,ほか
にくいと考えられているが
( 13,14 )
。
の委員から圧力を受けることなく意見を述べるこ
一般集団では,急性心血管イベントは血友病に
とができるように,グループの全委員に質問票を e
性も示唆されている
関するトレーニングや経験に乏しい専門医によっ
メールで送付し,2 週間以内に回答することとした。
て対処されることが多い。欧州心臓病学会( ESC )
全回答を集計し,参加者にフィードバックした。ス
は急性冠症候群( ACS )患者の管理に関するガイド
テートメントに関して合意が得られたり,大多数が
ラインに加えて,ST 上昇型急性心筋梗塞( STEMI )
合意( 80% 以上の同意 )した場合は次の段階に進ん
の管理と心筋血行再建に関するガイドラインを公
だ。合意が 80% に至らなかった場合,中心的な専
( 15 ∼ 17 )
。これらは出血性疾患患者を除外
門家のサブグループでさらに議論を重ね,グループ
した無作為化対照試験から得たエビデンスに基づ
全体の選択とコメントの評価に基づいて「 解釈 」し
くものである。そのため,特に血友病を基礎疾患と
て 1 つのステートメントにするか,新たな質問に
する場合のこのような合併症の管理法については
して初回アンケート参加者に再度 e メールを送付し
ほとんど知られておらず,これまで血友病専門医
た。最終段階として,グループの回答は議論で持ち
による施設内ガイドラインを頼りに管理されてき
上がった全コメントを考慮に入れた一連の合意ス
表している
( 18,19 )
。本稿は,PWH に対する専門家ガイドライ
た
ンの適用可能性について,ヨーロッパの主要血友病
テートメントとした。そしてこれを全参加者が承認
した。
センター所属の医師間での合意を記載したもので
ある。特別な試験は実施されていないことから,グ
結 果
レード化した推奨は作成しなかった。
方 法
一般的管理
ACS を併発した PWH の一般的管理に関する主な
質問の結果を Table 1 にまとめた。ACS を発症した
試験デザインおよび手順
本グループは ESC ガイドラインステートメント
患者の多くが,救急医療を利用すると考えられ,
のレビューを手引きとしてデルファイ方式を採用し
られた。理想としては患者が識別されやすいカード
た。デルファイ法は,エビデンスの定性的評価を通
やマークを常に携帯し,治療にあたる医師に出血性
して定量的推測を引き出すことを目的とするもので
疾患の存在を知らせるようにすべきである。PWH
( 20 )
ACS に対する緊急治療の必要性には広く同意が得
。公表されているエビデンスが乏しい状況
は出血リスクが高い患者と考えなければならず,で
では,この方法により,同等の背景から得た別のデー
きるだけ迅速に血友病専門医に診察してもらうべ
タに基づく専門家の推論に頼らざるを得ない。
きである。
ある
ADVANCE グループのメンバーから,高齢血友病
患者の管理に関心があってヨーロッパの血友病セ
ンターを代表する血友病の専門家 15 名を選出し,
血行再建および線溶療法
欧州心臓病学会のガイドラインでは,急性 ACS
委員会を結成した。2011 年 3 月の初回対面会議に
患者に対する最適な治療法として早期機械的血行
先んじて,関連ガイドラインのコピーを各委員に送
再建を推奨している。参加者の大半が経皮的冠動
付した。会議では循環器専門医がガイドラインの
脈インターベンション( PCI )による血行再建に先
19
Full Translation: P. Staritz, et al.
立って補充療法を実施することが望ましく,凝固因
PWH に PCI を実施する場合,主に内皮化に要す
子ピーク値が 80% を超えるのが理想的であるとし
る時間が短く,ステント血栓症のリスクが高い期間
。すぐに凝固因子が投与できない場合
た( Table 2 )
が短いことに加えて,2 剤併用抗血小板療法が必要
に,未投与のまま侵襲的手技を実施することの受容
な期間が短いため,金属ステントが薬剤溶出性ステ
可能性を完全に変えてしまう,不安定狭心症から
ントよりも好まれる。しかし,再狭窄の既往がある
STEMI までの治療法を含む問題に関しては質問の
患者や糖尿病のために再狭窄のリスクが高い患者
中では特記されていなかった。これらの点は質問票
には薬剤溶出性ステントを考慮する必要がある。新
への回答においてではなく,むしろ実際の議論の中
世代薬剤溶出性ステントでは,2 剤併用抗血小板療
で提起された。
法を要する期間が短く,将来的に PWH に対する適
大腿動脈よりも橈骨動脈を用いる方が圧迫しや
応が広がる可能性がある。
すく,出血リスクを下げられるため,一般的に好
参加者間では冠動脈バイパス術( CABG )よりも
まれている。重症血友病に対しては,凝固因子ピー
VIII 因子を初回用量 30 ∼ 50 IU/kg 投与する必要
PCI の方が一般的に望ましいとの合意が得られた
が,複雑性冠動脈疾患によって PCI が実施できな
い PWH には CABG を検討してもよいことも受け
があることで合意が得られた。しかしながら,冠動
入れられた。これには三枝病変,左主幹部狭窄,あ
脈に血栓が形成されている状況で,凝固因子値をこ
るいは左前下行枝近位部の狭窄が挙げられる。
ク値 80% 以上を達成するため,シース抜去前に第
こまで上昇させることについて懸念も寄せられた。
20
ESC は機械的血行再建を勧めているが,90 分
血友病患者に対する欧州心臓病学会急性冠症候群管理ガイドラインの適用可能性̶ADVANCE ワーキンググループによる評価
以内の早期 PCI ができない場合に線溶療法は選択
抗血小板療法
肢の 1 つであるという見解を示している。出血性
高リスクでない ACS に対しては,グリコプロテ
疾患患者には禁忌であるが,委員会の委員は初期
イン IIb/IIIa 阻害薬を使用すると出血リスクが高ま
PCI が実施できない場合,凝固因子投与下で凝固
り,有益性がわずかでしかないことから,ESC は
因子値を連続的に測定できる設備が利用できれば,
選択的 PCI および PCI 下の虚血リスクが高い非 ST
PWH に対して線溶療法を実施してもよいという点
上昇性 ACS 患者での緊急離脱に限ってその使用を
で合意した。達成すべき凝固因子値に関する合意
推奨している。PWH では既に出血リスクが高いこ
は不十分であるものの,書面による回答の解析で
とから,委員会の委員はこのような薬剤は補充療法
は,専門家の大半がトラフ値 50% 以上およびピー
後,リスクが高い状況で使用される場合に限って
ク値 80% 以上を目指していることが示唆された。
妥当であるとした( Table 4 )。この質問は参加者の
凝固因子値を測定し,線溶療法後できるだけ早く
大半にこのように解釈され,症例を選んで使用し,
補正すべきであるという点では委員全員に異論は
ルーチンに使用するものではないということで比
なかった。
較的同意が得られた。
出血性疾患のない患者では,PCI やステント挿入
抗凝固薬
に先立って 2 剤併用抗血小板療法を実施しても効
参加者の大半が,凝固因子補充療法実施後でな
果は小さい。それどころか出血のリスクが高くな
。
ければ抗凝固療法は推奨できないとした
( Table 3 )
り,PCI ではなく緊急 CABG が適応となる場合に
ACS では様々な抗凝固薬の使用に関してエビデン
スが存在し,いずれも PWH にも適用できるとは考
は特に有害であると考えられる。クロピドグレル
えられるが,議論では作用時間が比較的短く,出血
画ヘパリン( UFH )が好まれていた。短時間作用型
mg 投与後 2 時間以内に奏効する。PWH に,凝固
因子製剤を完全に補充した後,PCI に先立ってクロ
ピドグレルを初回投与する 2 剤併用抗血小板療法
抗凝固薬であればどれも理論的には有効であるが,
を実施する標準レジメンが有効である可能性があ
各カテーテルチームの精通度や手順と均衡をとる
るが,凝固因子製剤が完全に補充されていない場合
必要があろう。特に補充療法を実施していない場合
では出血のリスクの方が期待される有効性を上回
は,標準的手技よりも低用量の抗凝固薬投与の方が
ることがある。
が起きても元に戻せると考えられることから未分
好まれていた。
の抗血小板作用は,プラスグレルよりも早く,600
最長 1 年に及ぶ 2 剤併用抗血小板療法は,冠動脈
21
Full Translation: P. Staritz, et al.
ステント挿入後の標準レジメンであり,ステント血
でのステント血栓症のリスクや,アスピリンにクロ
栓症予防にはビタミン K 拮抗薬よりも優れている。
ピドグレルやプラスグレルを併用するリスクやベ
しかし凝固因子の基礎値が低く抗血小板薬を投与し
ネフィットについては全く明らかにされていない。
てないかアスピリン単独療法を実施している PWH
明確なエビデンスに乏しい中,PWH に対して
22
血友病患者に対する欧州心臓病学会急性冠症候群管理ガイドラインの適用可能性̶ADVANCE ワーキンググループによる評価
2 剤併用抗血小板療法を検討できることが専門家に
トに対する除外基準,および血栓溶解療法の禁忌と
受け入れられ,急性期に遅滞なくこのような薬剤を
して推奨事項中に特記されている。
投与することに合意が得られた。出血リスクが高
いため,凝固因子を一定値以上にする必要があるこ
考 察
とに異論はなかったが,凝固因子補充療法の最適用
。長期抗血
量に関しては意見が分かれた( Table 4 )
ACS の標準的管理法は,無作為化臨床試験で検証
小板療法中の PWH では,アスピリン単独療法には
されてきた治療やインターベンションによるもの
凝固因子トラフ値 1% 以上であればよいが,2 剤
である。出血性疾患を持つ患者は試験から除外され
併用抗血小板療法中は凝固因子が 5 ∼ 15% を下回
るのが一般的であり,実際このような治療の多くは
るべきではないと考えられた。侵襲的手技の 24 時
出血リスク上昇と関連するため,本患者群には禁忌
間以内はトラフ値を 50% 超までとしなければなら
である。このことから PWH に標準的管理法を適用
ない。
するのは臨床的に困難である。当然のことながら,
回答では,一般的に 2 剤併用抗血小板療法はでき
PWH が ACS を発症すると,多くの場合救急医療を
るだけ短期間とし,胃粘膜保護剤を併用し,多くの
利用し,恐らく出血性疾患に対するリスクや個々の
場合,定期補充療法を併用すべきとした。
患者固有のリスクと有益性に疎い循環器科医が治療
非血友病 ACS 患者で PCI を実施しない場合は,
することになろう。この場合,標準ガイドラインに
最大 12 ヵ月間の 2 剤併用抗血小板療法が推奨され
沿って治療される可能性が高いことから,血友病専
ており,これは若干有効であると考えられている。
門医の間で PWH にどのようにこのガイドラインを
この問題に関する質問では,参加者の大半の出血リ
適用すべきであるか合意を得る必要がある。今回,
スクが高くなく臨床的に適応である場合には選択
本稿ではこのような合意を得ることを目的とした 1
肢となるが,ルーチンに使用するものではないと
つの方法としてデルファイ方式に基づいて,まとめ
考えられていた。軽症血友病患者では,特に再発
ている。このプロセスの限界は,質問 35 項目とさ
性 ACS の場合には有用である可能性があるが,残
らに細分化した質問からなるアンケートが妥当性
存凝固因子活性が低い場合や出血傾向が強い場合
を確認したツールではなく,各重症度の血友病 A
には出血のリスクが高く,考えられる有益性をしの
および B についてインヒビターの有無別に ACS の
ぐ場合がある。必要とされる最低トラフ値を考慮す
全サブタイプ( 不安定狭心症から致命的な STEMI
ると,高額でありながら期待できる有益性がわずか
まで )を網羅するほど正確ではなかったことであ
である予防は,中等症ないし重症血友病患者には妥
る。その結果,意見が大幅に分かれ,往々にして初
( 21 )
当ではない。心房細動に関するガイドライン
で
ESC は,抗凝固療法の確固たる適応のある患者に
は,可能であれば金属ステントを使用し,2 剤併用
抗血小板療法は選択的手技では 2 ∼ 4 週間,ACS
では 4 週間にまで短縮して単一の抗血小板薬をそ
の後最大で 12 ヵ月間投与するよう記載しており,
回の議決ではカバーされていなかった合意ステー
トメントを最終段階で作成する必要に迫られた。こ
の合意ステートメントは議論後,最終的に参加者か
ら 100% の承認を受けた。我々は,このような意見
の分かれ方は,最も高い出血リスクと最も重い血栓
発生リスクの間でバランスをとる臨床的意思決定
中等症ないし重症血友病患者ではこれに沿うこと
に際して有用な背景因子となりうると考えている。
が合理的であると考えられる。また,軽症血友病患
インヒビター保有患者についてはデルファイ法
者や出血傾向が弱い患者には標準レジメンに沿っ
で検査しなかった。今回我々はインヒビターを保有
て治療する。このことは質問票で「 出血リスクが高
しない PWH に焦点を絞った。バイパス止血製剤を
い患者に対する ESC の推奨に従うか 」という設問
使用していると,抗凝固薬と凝固因子補充療法のリ
で取り上げ,100% 受け入れられた。これらは,ビ
スクとベネフィットとのバランスをとることが極
タミン K 拮抗薬投与中の患者,薬剤溶出性ステン
めて困難になる可能性がある。
23
Full Translation: P. Staritz, et al.
もう 1 つデルファイ法で対処しなかったのは,
に至ったものの,軽症血友病患者で抗血小板療法中
重症血友病患者の ACS の多くが( 集中的 )凝固因
の出血性合併症が認められており,安全性はきわ
子補充療法中に発症していると報告されているこ
めて不確かである。このように不確実であるため,
( 22 )
との検証である
。既に補充された患者や補充が
過剰であった可能性がある患者では,他の手技の実
施に先立つ補充療法が遅れることは問題ではなく,
2 剤併用抗血小板療法の実施はできるだけ短期間に
とどめるべきであるとの合意が得られた。
大切なのは,成人 PWH の治療を担当する医師全
出血や手術,外傷など以前の補充療法の理由( 単に
員が協力し,院内の循環器科医や救急医と密接に連
予防的投与でなければ )が,特に血栓溶解療法のみ
携することである。これは,凝固因子補充療法や通
ならず抗凝固療法や抗血小板療法の禁忌になる可
常 PWH には禁忌とされている治療の実施の意思決
能性がある。
定においてそれぞれの専門家の意見が聞けるよう
ESC ガイドラインの一般的原則( 特に ACS の緊
急管理に遅滞は許されない点 )は PWH にも容易に
にするためである。
適用可能であるという点は血友病専門医に疑いな
の安全な実施には凝固因子値がある程度以上必要
く受け入れられている。救急循環器ケアでは,「 時
である点で血友病専門医の同意を得られたものの,
は心筋なり 」という格言が広く受容されている。
その一方で達成すべき最適値に関しては様々な意
STEMI でも高リスクの非 ST 上昇型心筋梗塞でも,
見があがった。具体的な凝固因子値に関する考え方
血行再建が少しでも遅れると死に至ったり重度の
が大きく分かれたことは,この領域における治療指
心筋損傷を招いたりすることになりかねない。血液
針を作るべくデザインされた臨床試験による確固
科医の間ではこれは出血リスクがやや高くなるこ
とした知見の創出が不足していることを示してい
とを正当化するものとして受け入れられているが,
る。これは本来取り組むべきであったものである。
血栓溶解療法であれ PCI であれ血行再建の遅れは,
このような試験が実施されない限り,診療はエビデ
凝固因子補充療法実施まで,最小限度にとどめなけ
ンスではなく経験に基づくものであり続ける。
この ADVANCE 発議では,インターベンション
ればならないと考えられている。その血友病患者の
既発表文献には,数多くの単施設症例報告( 23 ∼ 32 )
凝固因子値のベースラインが予め分かっていれば
と PWH の ACS 管理および心筋血行再建を詳述し
救急医療の場で改めて測定する必要がなく,ACS
たレビュー( 22,33 )がある。また,ACS を発症した
に対する治療と並行して補充療法を実施するのが
PWH の管理について,経験に基づいたアルゴリズ
ムが 2 施設から発表されている( 18,34 )。これは主に,
理想的である。
他の薬物療法に関しては,血友病専門医の大半が
凝固因子値を正常化してから標準ガイドラインに
中等症ないし重症 PWH には補充療法をせずに抗凝
沿った治療を実施することの重要性を強調したもの
固剤を使うことは避けるべきだと考えている。ヘパ
である。
リンやさらには bivalirudin などの直接トロンビン
ACS に対してインターベンションを要する PWH
阻害薬を使用すると第 VIII 因子値の過小評価につ
の多くが,初診で循環器科医か救急医による診察を
ながり,補充療法の監視に問題をきたす恐れがある。
受ける可能性が高く,最初に治療を担当する医師が
侵襲的治療の 24 時間以内は,トラフ値を 50%
その患者の出血性疾患に確実に気づくようにする
前後に保たなければならない。2 剤併用抗血小板療
手順を構築することが重要である。あらゆる血友病
法には胃粘膜保護を併用し,多くの場合定期補充療
センターや患者団体が PWH になんらかの注意喚起
法を併用すべきである。短期的には出血リスクは受
文書を持ち歩くよう促すのが理想である。
容できると考えられるが,長期的抗血小板療法の安
この発議で得られた結果が,高齢 PWH の治療
全性は,現時点では未だ評価されていない。2 剤併
にあたる医師全員に対して院内の循環器科医や救
用抗血小板療法を実施している PWH ではトラフ値
急医と密接な関係を築くよう促し,PWH における
が 5 ∼ 15% を下回ってはならないという点で合意
ACS 発症に備えて,できるだけ早い段階で血友病
24
血友病患者に対する欧州心臓病学会急性冠症候群管理ガイドラインの適用可能性̶ADVANCE ワーキンググループによる評価
専門医に意見を求めるようになることが望まれる。
ド イ ツ ; Annarita Tagliaferri, イ タ リ ア ; Campbell
また,医師が一般開業医と連携し,高脂血症や高
クリーニングプログラムで出血性疾患患者を見逃
Tait, イ ギ リ ス ; George Theodossiades, ギ リ シ ャ ;
Jerzy Windyga, ポーランド )。また,北アイルラン
ド・ベルファストの Jennifer Adgey 教授に深謝申
さないようにする必要がある。PWH は動脈硬化を
し上げる。
血圧,糖尿病など従来の CVD 危険因子に対するス
発症する可能性があり,ACS のリスクもあるため,
このような危険因子が検出されたら適宜管理すべ
きである。
資金提供
ADVANCE ワーキンググループはバイエルヘル
無作為化試験や厳密な方法を用いた試験はこの
スケア社から資金提供を受けている。資金提供者は
場合実施できないであろうが,この方法の妥当性を
初回会議に臨席したが,ステートメントに対する
検証するため,詳細な臨床データを収集すること
議決やデータ解析,データの解釈,報告書執筆には
が現在の経験に基づく医療とエビデンスに基づく
関わっていない。本稿の編集にあたり,Driftwood
推奨の間隙を埋める最初の一歩となることが望ま
Publishing Ltd. の Michael Holland 氏にご助力いた
れる。
だいた。
謝 辞
著者の貢献
参加していただいた ADVANCE ワーキンググ
全著者がともに本プロジェクトおよびアンケー
ループの委員 15 名全員に感謝申し上げたい( Erik
ト の デ ザ イ ン や デ ー タ 解 析 に 貢 献 し た。Peter
Berntorp, スウェーデン ; Philippe de Moerloose, ス
イ ス ; Gerry Dolan, イ ギ リ ス ; Cedric Hermans, ベ
ル ギ ー ; Pål Andre Holme, ノ ル ウ ェ ー ; Aharon
Lubetsky, イ ス ラ エ ル ; Ramiro Núñez, ス ペ イ ン ;
Johannes Oldenburg, ドイツ ; Roger Schutgens, オラ
ンダ ; Simona Maria Siboni, イタリア ; Peter Staritz,
Staritz が本稿の初稿を執筆した。全著者が原稿を
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開 示
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Folliguet T, Garg S, Huber K, James S,
Knuuti J, Lopez-Sendon J, Marco J, Menicanti L, Ostojic M, Piepoli MF, Pirlet C,
Pomar JL, Reifart N, Ribichini FL, Schalij
MJ, Sergeant P, Serruys PW, Silber S, Sousa
Uva M, Taggart D, ESC Committee for
Practice Guidelines, Vahanian A, Auricchio
A, Bax J, Ceconi C, Dean V, Filippatos G,
Funck-Brentano C, Hobbs R, Kearney P,
McDonagh T, Popescu BA, Reiner Z, Sechtem U, Sirnes PA, Tendera M, Vardas PE,
Widimsky P, EACTS Clinical Guidelines
Committee, Kolh P, Alfieri O, Dunning J,
Elia S, Kappetein P, Lockowandt U, Sarris
G, Vouhe P, Kearney P, von Segesser L,
Agewall S, Aladashvili A, Alexopoulos D,
Antunes MJ, Atalar E, Brutel de la Riviere
A, Doganov A, Eha J, Fajadet J, Ferreira R,
Garot J, Halcox J, Hasin Y, Janssens S,
Kervinen K, Laufer G, Legrand V, Nashef
SA, Neumann FJ, Niemela K, Nihoyannopoulos P, Noc M, Piek JJ, Pirk J, Rozenman
Y, Sabate M, Starc R, Thielmann M,
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