Meeting Report − Full Translation 会議報告 血友病患者における定期補充療法 ― その最適化 Prophylaxis in the haemophilia population – optimizing therapy M. D. Carcao and L. M. Aledort on behalf of the round table group Division of Haematology/Oncology, Department of Paediatrics, Hospital for Sick Children, University of Toronto, Toronto, Canada 緒 言 者 1,612 例(累積)と出血時投与療法を受けた患者 Louis M. Aledort 博士が議長を務めた 1 日の円卓 1,191 例の転帰が報告されていた],ランダム化対照 試験は 1 編が見いだされたのみであった(この試験で 会議が 2005 年 10 月 16 日にミュンヘン(ドイツ)で開 は,定期補充療法とプラセボ投与または出血時投与 催された。この会議の目的は,血友病治療の専門家 (7) 療法とが比較された) 。 らが出席し,定期補充療法とその経済学的側面に関 する未解決の問題を検討することであった。 幸いなことに,最近定期補充療法に関するランダ ム化前方視的試験 2 件が終了し,予備的結果では過 定期補充療法(血友病患者における出血予防を目 去のコホート試験の結果が支持され,関節機能の維 的とした凝固因子製剤の定期輸注)が行われるよう 持に定期補充療法は出血時投与療法よりも優れてい (1) になってから既に 30 年が経過した 。これまでにラ ることが示されている(8,9)。しかし,いずれの試験に ンダム化されていないコホート研究を多数後方視的 おいても定期補充療法群(週 3 回輸注)に振り分け に検討したところ,小児期早期の段階で定期補充療 られた患者の大多数で中心静脈カテーテル(CVC) 法を開始することにより,関節内出血の年間の頻度 が必要であった(10)。 および関節の増悪を有意に抑制できることが証明さ (2 ∼ 5) れている 定期補充療法によってもたらされる利益としては, 。しかし,定期補充療法に関するラン 血友病性関節症の予防のほか, 他のタイプの出血(頭 ダム化された研究の報告は非常に少ない。このこと 蓋内出血など)の発症予防,筋骨格痛の軽減,入院 (6) は,Stobart らの 2005 年の報告 によって明らかに 率低下および入院期間の短縮,就学・就労日数の改 され,この研究では非ランダム化研究 26 編が見い 善,学業成績の向上などが挙げられる(5,11 ∼ 16)。定 だされた一方で[定期補充療法を受けた血友病患 期補充療法の有用性については疑問の余地はないが, 何歳時に開始するべきか? 生涯にわたって継続する Members participating in round table: Carcao MD (Rapporteur, Canada), Aledort LM (Chair, USA), Blanchette VS (Canada), Doria AS (Canada), Feldman BM (Canada), Fischer K (Netherlands), Gomperts E (USA), Kavakli K (Turkey), Ljung RC (Sweden), Petrini P (Sweden), Schramm W (Germany) and Taki M (Japan). Correspondence: M. D. Carcao, Division of Haematology/ Oncology, Department of Paediatrics, Hospital for Sick Children, University of Toronto, Toronto, Canada. Tel.: 416-813-5367; fax: 416-813-5327; e-mail: manuel.carcao@sickkids.ca Haemophilia( 2007),13,227–232 ©Blackwell Publishing Ltd. 12 べきか? そうであればそのレジメンは? など多くの 問題が未解決である。出席者らは,これらの未解決 の問題ならびに定期補充療法の導入に伴う複雑な社 会経済学的問題について議論した。 定期補充療法はいつ,どのように開始するべ きか? 多数の後方視的研究で,早期の段階(一般的に 3 歳になる前)での定期補充療法の開始は,筋骨格 会議報告:血友病患者における定期補充療法 ― その最適化 系に対して長期的な利益をもたらすことが証明され (17 ∼ 22) ている 。研究者らの間では早期開始が理想的 現在では多くの場合(とりわけスウェーデンとカナダ の施設で) ,週 1 回投与から週 2 回投与へ,そして最 であるという点でほぼ意見が一致しているが,どの 終的に週 3 回投与へ進む手法を選択している(22,33)。 ように開始すべきであるかについては一致した見解 この手法をとることによって患者とその家族は定期 がない ― 例えば,標準用量[Malmö プロトコール: 補充療法のための末梢静脈穿刺を心理的により受け 20 ∼ 40 U/kg の隔日(週 3 日以上)投与など]で開始 入れ易くなることに加え,末梢静脈を用いた頻回の すべきか低用量レジメンで開始すべきかなどである。 血管確保が可能となる(22)。 一部の専門家らは,すべての重症血友病患児に 2 スウェーデンとカナダのこのアプローチは,重症血 歳あるいは 3 歳になる以前に標準用量で一次定期補 友病患者に対して週 1 回投与から開始することを推 充療法を開始するのは適切ではないとしている(3)。 奨するものである。スウェーデンのグループはこのア この意見は次の 3 点に基づいている ―(i)重症血友 プローチを,最終的には出血傾向とは無関係に標準 病患者の約 10%は血漿凝固因子活性レベルから予想 用量による定期補充療法へ速やかに移行するための (2,23) されるよりも出血の頻度が低いという点 , (ii) 重症血友病患者における最初の関節内出血の発症時 (24 ∼ 26) 年齢には著明なバラツキがあるという報告 ( ,iii) 最初の短期的ステップと位置づけている。スウェーデ ン国内においても一部の施設(例えば Malmö)はよ り速やかに標準用量による定期補充療法へ移行す 極めて早期の段階での標準用量による定期補充療法 るアプローチを支持している一方で,他の施設(例 の開始は一部の患児そしてその家族に著しい心理的 えばストックホルム)はより緩やかなステップアップを 負担を強いることに加え,CVC が必要とされる場合 支持している(22)。一方,カナダのアプローチは,受 が多い。一方,他の専門家らは,2 歳になる以前あ け入れ難い出血が発症した場合に限りより強い治療 るいは最初の関節内出血の発症後直ちに標準用量に へ移行していく手法である。 よる治療を開始しなければ,出血頻度の高い患者の スウェーデンとカナダのいずれのグループも,段階 90%にかなりの犠牲を強いる結果になると指摘して 的に定期補充療法を導入していくことにより CVC (19,27) いる 。 の必要性を有意に減ずることができたと報告してい 定期補充療法をどのように開始するべきであるか る(22,33)。これらのアプローチが関節の予後に対して については専門家の意見が分かれているが,この意 どのような影響を及ぼすかについては長期間の研究 見の相違は,静脈アクセスが高頻度に必要とされる が必要である。 ことに関連している。2 ∼ 3 歳未満で標準用量による 定期補充療法を開始するためには,患児の大多数で (28 ∼ 30) CVC が必要とされる 。残念なことに,これら 治療期間:定期補充療法は中止可能か? のデバイスの留置は多大な費用がかかるとともに, 重症血友病(凝固因子活性レベル < 1%により定 患者に苦痛を与えるものである。さらに,これらの 義される)患者の出血症状は一様ではない(24 ∼ 26,34)。 デバイスに関連する合併症(感染症,血栓症,デバ 定期補充療法下にある重症血友病患者間においても イスの機能不具合など)が,頻度にバラツキがある (35) 出血頻度は異なる。Ahnstrom らの研究(2004 年) ものの報告されている(31,32)。これらの合併症の発症 では,この相違の中で,患者の凝固因子活性のトラ は,入院や CVC の交換といった重大な事態をもた フ値(実際に使用される定期補充療法の指標)に らす危険性があるとともに,定期補充療法の利点を よって説明されうるのはほんの一部にすぎないことが 短期間の間著明に損ねてしまう。 示されている。 CVC 関連の合併症に関する認識が高まった結果, 患者間における出血頻度の相違には,多数の生物 早い段階で標準用量を用いた定期補充療法を開始す 学的・非生物学的因子が関与していると考えられる。 ることが避けられるようになってきた。以前は直ちに 生物学的因子としては,FV Leiden,プロトロンビン 標準用量による定期補充療法を開始していた施設も, 変異体,MTHFR C677T 変異体,プロテイン C およ 13 Full Translation: M. D. Carcao, et al. びプロテイン S といった凝固・抗凝固因子の量的・ (36 ∼ 38) 質的な違いや 療法を継続する正当性があるのかという問題である。 ,HLA-B27 などの遺伝的因子 オランダとデンマークでの定期補充療法の中止は 。非生物学的因子としては,身体活 全く患者の自発性によるものであった(患者はラン 動状況の違い,気性の違い,出血を起こしやすい活 ダム化されたわけでも,治療を中止するよう指示さ 動への参加頻度の違いなどが挙げられる。 れたわけでもなかった) 。このように患者自身の選択 (39) が挙げられる 定期補充療法を受けている重症血友病患者間にお によって治療が中止されている,つまり,出血症状 いて出血頻度に有意な相違がみられるため,多くの の軽い患者が定期補充療法を止める傾向にあると 研究者が定期補充療法を各患者の特性または臨床的 いうことである。さらに,定期補充療法が恒久的に ニーズに応じて個別化できるか否かについて検討し 中止可能な重症血友病患者は,定期補充療法中止後 ている。出血頻度の低い患者の一部では, 臨床的ニー 早期に高頻度の出血を呈することのない患者である ズに合わせて個別化することにより,定期補充療法 と考えられる。どの患者が定期補充療法を止めるこ の中止が可能になるかもしれない。 とができるか,あるいは投与量の漸減が可能である (40) Fischer らによるオランダでの研究 で,早期に かを検討する場合には,実際の症状の重症度に影響 定期補充療法を開始した重症血友病患者 49 例中の を与える因子を特定すること,そして定期補充療法 (平均年齢 20.1 歳)で 1 回以上中断し 34 例(69 %) ていたと報告されている。一部の患者[49 例中 11 例 (22%) ]では,高頻度の関節内出血をみることなく を中止した患者においてどの程度の出血頻度が許容 成人後に恒久的中止が可能であった(中止後の関節 ランダム化臨床研究の実施は不可能と考えられる。 範囲内であるかを定義することが重要である。しかし, どの時点で定期補充療法を中止すべきかを検討する 内出血平均発症頻度は 4.5 回 / 年であった)。この亜 成人における定期補充療法中止に関する報告はほ 集団の特徴としては,比較的遅い段階で定期補充療 とんどないのが現状である。一部の国々(スウェーデ 法を開始したこと,定期補充療法の施行により出血 ンなど)では,最も重症な血友病患者のほとんどは, 頻度の減少が認められたこと,さらに,定期補充療 成人後も定期補充療法を継続している。 法で必要とされた凝固因子製剤が少なかったことな どが挙げられた。Fischer ら(40)は,どの患者が安全 に定期補充療法を中止できるかを予測するためのス コアリングシステムを報告している。このスコアリン 定期補充療法の有用性を評価するための現在 の X 線学的ツール グシステムでは,定期補充療法中における 1 週間当 関節の画像診断法は極めて長い間,従来の X 線検 たりの凝固因子製剤投与量,定期補充療法中の 1 年 査に限定されてきた(42 ∼ 43)。最近では,磁気共鳴画 当たりの関節内出血回数,定期補充療法開始時の年 像法(MRI)が関節の評価に広く使用されるように 齢などが考慮されている。 なっている。MRI は,早期関節破壊の検出において従 オランダとデンマークで実施された追跡研究では, 来の X 線検査よりも感度が高いと考えられている(27)。 重症血友病患者 80 例中の 28 例(35 %)で成人後間 これまでに 2 つの MRI スコアリングシステムが開発さ もなく永続的な中止が可能であった。これらの患者 れており, 1 つはデンバー(米国)のグループによる における中止後 3 年間の関節内出血の平均発症頻度 もので(病変の進行度を重視するデンバースコアリ は 3.2 回 / 年であった。一方,定期補充療法を継続し ングシステム) ,2 つ目はスウェーデンのグループによ た患者における同一期間の平均発症頻度は 1.8 回 / るものである(加算的にスコアを算出する欧州スコ (41) 年であった 。 アリングシステム)。国際定期補充療法研究グループ これらの観察から次の問題が提起される。つまり血 (International Prophylaxis Study Group)の専門家 友病患者が成人になって関節内出血の頻度が比較的 による MRI ワーキンググループは,これら 2 つのスコ 少なくなったときに,投与回数を少なくした定期補充 アリングシステムを調和させて 1 つのスコアリングシ 療法や出血時投与療法ではなくて,通常の定期補充 ステムに統合した(44)。現在この新たなスコアリング 14 会議報告:血友病患者における定期補充療法 ― その最適化 システムの信頼性と妥当性を検証するための試験が (45) 進行中である 。MRI は,現時点では高価である とともに発展途上の技術であり,血友病患者の関節 破壊の評価に広く使用するためには,さらなる検討 が必要である。 異なる社会における定期補充療法 (46) では,定期補 Srivastava による研究(2004 年) 充療法を通じたより多くの凝固因子製剤の投与と重 5,571)U/kg/年であった。凝固因子製剤の費用が 2 倍であった Malmö レジメンでは,中間用量を使用し たオランダレジメンに比べて 1 例当たりの年間平均出 血件数が 3.5 件少なかった(オランダレジメンでは 3.7 件,Malmö レジメンでは 0.2 件) 。 先進国と発展途上国における定期補充療法の 現状 凝固因子製剤の 90%は世界のほんの一部の国々, 症血友病患者の健全な関節機能の維持とは直接関 すなわち,先進国の血友病患者の治療のために消費 連することが示されている。すなわち,出血時投与 されており,定期補充療法の恩恵に実際に浴してい 療法で治療された重症血友病患者は青年期の早期に る患者は, ほぼこれらの国々の患者に限定されている。 健全な関節機能を失った一方で,比較的少量の凝固 しかし,経済的に豊かなこれらの国々(欧州と北米) 因子製剤を用いて定期補充療法を受けた患者では, においてさえも,定期補充療法は,経済的制約や患 成人期早期まで健全な関節機能が維持された。しか 者の受容といった問題のために制限されている(29,30)。 し,生涯にわたり健全な関節機能を維持するために 一方,発展途上国においては,定期補充療法は「標 は,極めて多量の凝固因子製剤を用いて定期補充療 準」という言葉からはほど遠く,むしろ「例外(的治 法を続ける必要がある。社会がどの程度の定期補充 療) 」といえる。しかし, 「発展途上国」と一言でいっ 療法を許容範囲内として線引きするかによって,そ ても,これらの国々の間には極めて大きな経済格差 の社会が進んで資金を提供する定期補充療法レジメ が存在する。一部の発展途上国(アルゼンチンや台 ンが決定されると考えられる。 湾,トルコなど)では,施行患者数は限られているが, 現時点では,国ごとに異なる定期補充療法レジメ ンが使用されている。いくつかのレジメン(例えば, 低用量を使用する定期補充療法(主に血漿由来凝 固因子製剤を使用)が導入され始めている。 古典的な Malmö 高用量レジメン)は比較的多量の凝 固因子製剤を使用するが,他のレジメン(カナダの 用量漸増レジメンやオランダの中間用量レジメン)は 医療費負担に関連する問題 比較的少量の凝固因子製剤を使用する。定期補充 凝固因子製剤の医療費負担の環境は国によって非 療法の費用の 96 %は凝固因子製剤の費用であるた 常に様々である。定期補充療法はもちろんのこと, め(47),多くの凝固因子製剤を使用するレジメンはよ 血友病治療は一般的にコストが高く,定期補充療法 り高額となる。 を提供するに当たってはいずれの国においても行政の 異なる定期補充療法レジメンの有効性を比較した 強力な支援が必要とされる(49)。幸いなことに,ほと 研究はほとんどない中で,Fischer らによる報告が 1 つ んどの先進国は,定期補充療法を前向きに支援して (48) ある 。その報告では,1980 ∼ 1989 年に出生し, いる。この「前向きな支援」は,血友病患者に起こっ 中間用量(15 ∼ 25 U/kg × 2/週)による定期補充療 たヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染および C 型肝炎 法を実施したオランダ人血友病患者 42 例と,同時期 ウイルス感染という悲劇と多分に関係している(49)。 に出生し,標準用量の Malmö レジメンにより治療さ 凝固因子製剤はますます高純度になり,安全性も高 れたスウェーデン人患者 18 例における凝固因子製剤 まっているが,同時に製造コストも増大している。 使用量と転帰を比較した。前者の凝固因子製剤平均 製造コストの増大が続き,さらに,前述の悲劇が過 使用量は,2,126(1,743 ∼ 2,755)U/kg/年であっ 去のものとして社会の認識が薄れてしまえば, 「前向 た 一 方 で, 後 者 の 平 均 使 用 量 は 4,616(4,105 ∼ きな支援」が縮小してしまう危険性がある。 15 Full Translation: M. D. Carcao, et al. 結 論 重症血友病患者に対する治療選択として,定期補 充療法を早い段階で考慮すべきという点で,出席者 の間で合意がみられた(特定のレジメンが特に支持 されたわけではない) 。また,治療開始時における凝 固因子活性レベルが同等(例えば < 1%)の患者に おいてさえも,患者間の疾患重症度には著明なバラ ツキがみられるという点で合意がみられた。患者間 の違いをどのように評価するか,そしてそれらを定 期補充療法の強度(低用量,中間用量,高用量)と 継続期間(いつ開始し,いつ漸減し,いつ中断する か)の決定にどのように加味していくかという問題に ついては未だ解決されていない。また,定期補充療 法がどのように位置づけられ,さらに,どのように 資金を捻出するかについては,国家間で(一国内に おいてさえも)有意な相違がみられる。現在ほとんど の発展途上国は,経済的理由から定期補充療法を提 供できない状態にある。より効率的な凝固因子製剤 の使用ならびに凝固因子製剤の低価格化が実現すれ ば,これらの国々においても定期補充療法の導入が 可能になると考えられる。 謝 辞 本研究は,Baxter Healthcare Corporation の教育 助成金により支援された。 References 1 Nilsson IM, Berntorp E, Lofqvist T, Pettersson H. Twenty-five years� experience of prophylactic treatment in severe haemophilia A and B. J Intern Med 1992; 232: 25–32. 2 Aledort LM, Haschmeyer RH, Pettersson H. A longitudinal study of orthopaedic outcomes for severe factor-VIII-deficient haemophiliacs. The Orthopaedic Outcome Study Group. J Intern Med 1994; 236: 391–9. 3 Liesner RJ, Khair K, Hann IM. 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