生存解析を用いた住宅ローン債権の信用リスク管理手法

CPCレポート No.14
「生存解析を用いた住宅ローン債権の信用リスク管理手法」
∼Basel Ⅱ に向けて ∼
「新しい自己資本規制」(通称 Basel Ⅱ)の流れにともない、金融機関の信用リスク管理は、より一層の精緻化
が求められ、リスク管理の現場においては、様々な面で作業負担の増加が不可避となっております。
なかでも、住宅ローンの貸付残高は1990年代半ばより急速に増加し、同時に金融機関のポートフォリオに占め
る割合も増加の一途をだどっております。住宅ローンに関する精緻なリスク管理の重要性は、今後益々増して
いくことになると思われます。
住宅ローンの信用リスクを代表する限界デフォルト率は、強い期間構造を持つことが知られております。その
ため、特に急拡大した近年のポートフォリオの信用リスクについて将来の推定を行う際には、その特徴を正確
に捉えることが、重要な課題となります。
本レポートでは、Basel Ⅱにおいてはリテールエクスポージャーとしてプール管理が要求される住宅ローン債権
について、適切なプール区分の設計及び、PD、LGDパラメータの推定までの枠組みについて、生存解析によ
る手法を交えながら、その概略を解説します。
* LGD についての詳細は次回以降を予定。
1.住宅ローン債権の特徴と実務上の論点
2007年3月付、日本銀行金融機構局による「住宅ローンのリスク管理」(BOJ Reports & Reserch Papers) に
よると、住宅ローンが持っている、事業法人向け貸付とは異なる特徴として (i) 財務諸表のような詳細な債
務者情報が無い、(ii) 融資期間が 10∼ 35 年程度と事業法人向け貸出と比べて長期に亘る、(iii) ローン実
行後はスコアリングに必要な情報を定期的にモニタリングすることが容易でないため、融資実行時点に付与
した債務者ランクが返済期間中に更新されないことが多い、の3点が挙げられています。
上記3点の一般的な特徴に密接に関連する形で、さらに具体的な実務上の論点をまとめると、以下のように
なります。
実務上の論点
1.詳細な債務者情報が得られない。
・ 申込書から得られる項目のうち、どの項目が信用リスクを判断する上で重要だろうか?
(= 説明変数の特定)
・ 情報に基づいて判断されたプール区分間の信用リスクの差は、十分に大きいと言えるのか?
2.融資期間が長期にわたる。
・ 限界デフォルト率の期間構造は、正確に把握できているだろうか?
・ PD及びLGD のパラメータは、正確に推定されているだろうか?
(経過年数ファクターへの考慮、延滞や格付遷移デフォルトに対する配慮などを含めて)
3.実行後の定期的なモニタリングが困難。
・ 定期的に観測出来る情報(預金の残高情報や延滞履歴など)を、有効に活用出来る枠組みに
なっているだろうか?
-1-
2. 限界デフォルト率の期間構造の重要性
住宅ローンの限界デフォルト率は、強い期間構造を持つことが知られております。
また、限界デフォルト率の期間構造は、ポートフォリオ毎に大きく形状が異なっており、期間構造の正確な把握は、適切な
信用リスク管理には欠かすことが出来ません。
次のグラフは、生存解析手法を用いた推定限界デフォルト率と実績限界デフォルト率の形状比較の例です。
この例では一見して分かるとおり、経過年数の浅い領域では急速に限界デフォルト率が上昇し、ある一定の時期からまた
下降に転じております。(一般的に認識されている形状ですが、弊社の経験上から、必ずしも全てのポートフォリオがこのよ
うな形状になるとは限りません。)
一方で、経過年数に応じた適切なPDパラメータを設定することはそれほど容易ではありません。
そこで生存解析手法を用いると、ローンの一本一本に対して、このような期間構造を個別に推定することが可能になりま
す。それらを経過年数に応じて集計することで、ポートフォリオ全体や、プール区分に対して、1年後、2年後、もしくは5年
後、といった将来の特定の期間に対しても、精度良くデフォルト率を推定することが可能になります。
典型的な限界デフォルト率の期間構造の例
(生存解析モデルによる実績値と推定値の比較より)
0.12000%
今使用しているモデルは、
このように期間構造を正確
に把握していますか?
0.10000%
限界
0.08000%
PD
0.06000%
の
水準
0.04000%
0.02000%
0.00000%
0
5 経過年数
実績限界デフォルト率
10
15
推定限界デフォルト率
3.信用リスク分析に関する手法別特徴のまとめ
住宅ローンの信用リスク分析手法について、代表的な2つの手法と、生存解析モデルによる手法の比較を、先ほどの実
務上の論点に沿って一覧にしました。生存解析モデルは、住宅ローンと相性が良い手法であると考えることができます。
実務上の論点
ツリーモデル
多変量モデル
ロジットモデル
生存解析モデル
プール区分の設定とモデルの特徴
説明要素が増えると区分が
増加し、区分毎の債務者数
は減少する。構造は直感的
で分かりやすい。
モデルからの共変量を使用することでプール区分が可能。
ツリーモデルに比べると、構造は直感的ではない。
信用リスクの途上管理への活用
原則として申込時の固定情
報のみを扱う。
原則として申込時の固定
情報のみを扱う。
時間依存変数を設定するこ
とで、途上管理を適切に支援
する。
限界DF率の期間構造の再現
実質困難
一つのモデルでは期間
構造の再現はできない。
精度良く実現可能。
(グラフ参照)
PD及びLGD の推定値と実績値の一致
経過年数に応じた推定値の
算出は出来ない。
一つのモデルでは経過
年数に応じた推定値の算
出は出来ない。
全年限に渡って良好な結果
が得られる。
将来予測も可能。
時価評価へのステップ
つながりは希薄
つながりは希薄
一般的なプライシング手法と
整合する。
* ツリーモデル及びロジットモデルは、2007年3月付、日本銀行金融機構局による「住宅ローンのリスク管理」(BOJ Reports &
Reserch Papers)において、代表的なスコアリング手法として紹介されている2つの手法です。
-2-
4.生存解析モデルによるプール分析
以下の図は、生存解析手法によるモデルを応用して、ローン単位で信用スコア(モデルスコア)を算出し、スコアに従って
プール区管理を行うまでの流れ(概念図)です。
プール区分は、申込時点での情報を元に最初に決めることができます。そしてその後も預金残高情報など、定期的に更新
される情報を「時間依存変数」として扱うことで、その後も動的に適宜アップデートされ、リスクの途上管理を支援することが
可能になります。
【申込時債務者情報】
当初情報
属性カテゴリー
借入額
【申込書情報等より】
勤務先・借入額・年収
物件価格・保証会社
DTI*、LTV*、など。
勤務先業種
・
・
・
*DTI: Debt to Income
*LTV: Loan to Value
ランク
1
2
3
4
1
2
3
4
・
・
・
スコア
10.5
15.6
18.7
25.3
-10.5
0.0
23.4
25.6
当初情報による各ローンの
得点合計を算出 (=75点)
審査基準へ活用
初期プール決定
など。
・
・
・
毎年更新情報
【明細管理情報】
属性カテゴリー
預金情報
【毎年更新情報】
流動性預金平残
定期性預金残高
など
ランク
1
2
3
・
・
・
・
・
・
スコア
-8.7
12.9
21.1
・
・
・
※ ランク毎の閾値とスコアは、モデル構築の
一環として統計的に算定されます。
毎年更新情報を加えたロー
ンの得点合計を算出 (=6
0点)
プール管理情報へ活用
プール区分
1
2
3
スコア合計
以上
未満
35.6
35.6
75.3
75.3
以下は、上記に従って設計されたプール区分ごとの生存カーブと、限界デフォルト率の期間構造の例です。
設計されたプール区分間には、明確なリスクの差が観測出来ることが、視覚的にもご覧いただけると思います。
プール別生存カーブ
生存カーブでは、年限を追ってリスクの格差
が顕著に識別されていることが確認出来ま
す。
100%
80%
プール1
プール2
プール3
プール4
生
存
確
率
60%
40%
これだけの予測性能を生かすことに
より、事前審査にも、モデルを有効に
活用することが可能です。
20%
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
経過年数
11
12
13
14
15
-3-
プール別実績限界DF率
8.000%
実
績
限
4.000%
界
D
F
2.000%
率
6.000%
プール1
プール2
プール3
プール4
実績の限界DF率を見ても、プール別に明
確な水準の違いを識別していることが分か
ります。
0.000%
1
2
3
4
5
6
経過年数
7
8
9
同時に、推定値が実績値の期間構造を正
確に表現できていることが確認出来ます。
これにより、将来の予測への信頼度と安定
性が高まります。
プール別推定限界DF率
8.000%
推
定
限
4.000%
界
D
F
2.000%
率
6.000%
プール1
プール2
プール3
プール4
限界DF率の期間構造は、ローン
一つ一つに対して推定すること
が可能です。これにより固定され
たプールだけでなく、任意の切り
口について、任意の将来期間で
の分析が可能になります。
0.000%
1
2
3
4
5
6
経過年数
7
8
9
5.その他
本レポートではPDの推定を中心に、生存解析モデルの活用例をご案内申し上げましたが、同様の枠組みを用いて期限
前償還モデルによるプリペイメントリスクの詳細な分析を行うことも可能です。
デフォルトモデルとプリペイメントモデルを併用することで、住宅ローンの生涯収益のより正確な把握が可能になります。
また将来的には時価評価による管理や、証券化の活用などへの道を大きく開くことも可能になります。
クレジット・プライシング・コーポレーションでは、ここで紹介したような、住宅ローンに関する信用リスク管理に
ついてのシステム、モデル構築及びプール区分の設計を、オールインワンのパッケージでご提供しておりま
す。
(システムは新日鉄ソリューションとの共同商品となります。)
モデルの構築にあたっては、例えば住宅金融支援機構(旧住宅金融公庫)の公表データを活用した推定式を
用意するなど、過去データの整備状況に応じた各種その他の手法もご提案しています。
また、住宅ローンの時価評価(第三者評価)、信用リスク手法を駆使した新商品の企画提案など、住宅ローン
に関する全般的なコンサルティングも随時行っています。
ご興味がありましたら、お気軽に下記までお問い合わせ下さい。
---配信元--株式会社クレジット・プライシング・コーポレーション
〒104-0044 東京都中央区明石町8-1 聖路加タワー28F
TEL:03-3524-7220 FAX:03-3524-7221
URL:http://www.credit-pricing.com/
お問合せ担当:
法月(のりづき)、久保 / einfo@credit-pricing.com
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CREDITSurfer ONLINE 機能概要
CREDITSurfer ONLINE は国内約12万社の膨大な企業財務データベースに基づいた、企業財務・信用リスク情
報とローンプライシング機能を含む 案件評価・営業支援機能 を併せ持つ、総合的な企業情報サービスです。
BaselⅡ時代の企業評価に不可欠な高品質なPDの出力の他、高度の検索機能を利用した新規開拓リストの作成、
CPC独自のモデル格付と貴行内部格付のマッピング機能を利用したPD自行推定支援、等多様な用途に利用可能な
です。
※トライアル利用も常時承っておりますので、これを期に是非お試し下さい。
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営業支援サービス
企業検索機能
定性情報
定量情報
事業規模 / 業種分類 / 所在地 / 取引金融機関 / 上場・未上場
<財務指標>
<信用力指標>
規模 / 収益性 / 財務構成 / 返済能力
格付 / 信用ランク(デフォルト確率)
支援対象
新旧取引先開拓
ビジネスマッチング / M&A / 経営指導∼事業再生
業界調査・競合他社比較
企業情報サービス
企業分析機能
財務分析
<財務指標>
過去5年実績推移と業種内偏差値
信用力分析 <信用力指標>
格付 (詳細格付)
デフォルト確率 & 業種別信用ランク
<アラーム分析> 不良資産チェック
資金運用分析 & 乖離分析
「高デフォルト率アラーム機能」
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信用コストスプレッド
社債スプレッド
シローンスプレッド
個社および格付別デフォルト確率
∼ 公開企業モデル / 未公開企業モデル
格付別デフォルト確率の標準偏差
格付別スプレッド分析
シローン価格形成分析
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