金融危機が製薬業界に与える影響, Collateral Damage: Industry Focus

金融危機が製薬業界に与える影響
2008 年 11 月
ボストン コンサルティング グループ
Alastair Flanagan、Stefan Larsson、Martin Silverstein、Nick South、Peter Tollman
目 次
頁
1. はじめに: 金融危機の原因と結果
2
2. 製薬業界の課題と示唆
3
3.
A. 成長ドライバー、マクロ経済の圧力、公共政策
4
B. 影響の偏りと資本へのアクセス
6
C. チャンスを生かす
7
結論
10
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1
金融危機が製薬業界に与える影響
今回の金融危機はもはや金融業だけの危機ではなく、影響は実体経済へと広がりを見せている。その結
果、BCGが「コラテラル・ダメージ」 1 と呼んでいる現象が生じることになる。あらゆる企業が、より厳しい――
多くの場合、景気後退を伴った――環境への順応を強いられるだろう。
しかし、幸いなことに、製薬業界への直接的な影響は、他の業界に比べ比較的小さそうである。なぜなら
医療への需要は、経済全体に問題を広げつつある金融危機の影響を受けにくいからである。全般的な経
済環境は厳しくなると思われるが、製薬企業にとって、この経済危機は、業界の勢力図を変え、新しい競合
優位性の源泉を確保するとともに、製薬業界が過去 5 年にわたって伸び悩んできた根本的原因のいくつか
を解消する機会をもたらすものでもある。
とはいえ、今回の景気後退に製薬企業が全く影響を受けないわけではない。業界に対して、政府や医
療保険などの大口ペイヤーから、薬剤費抑制の大きな圧力がかかることが考えられよう。米国など薬剤費
の大きな部分を「自己負担」が占める国では、個人所得が低下しつつあるため、製薬企業にも売上減少と
いう形ですでに影響が出始めている。さらに、企業によっては、とりわけ大きな打撃を被るところも出てくる
だろう。
不況の時期に生き残るだけでなく、その中で力強く成長し、競合優位性を高めていくのは、次のような取
組みを実行する企業である。
z
キャッシュ・マネジメントや企業間取引における信用管理、運転資本に細心の注意を払う。
z
オペレーション効率の改善に取り組む。
z
金融危機が、市場やバリューチェーンのどこにどのように影響するかを理解する。
z
自社の財務体質の強みを生かして相対的に財務状態の弱い企業を買収するなどして企業価
値を生み出す。
1.はじめに:金融危機の原因と結果
現代の金融システムは、資本、流動性、信用という 3 つの柱に支えられている。だが、前代未聞の巨額の
損失によって、金融機関は新たな資本の調達が間に合わず、資本が枯渇する状況に陥っている。資本市
1
「コラテラル・ダメージVol.1:金融危機が非金融業に及ぼす影響」と「コラテラル・ダメージVol.2:危機を乗り
越える:非金融企業の打ち手」をご希望の方は、info@bcg.co.jpへご連絡ください。
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場が流動性をなくしたことで、金融機関は資金調達が困難になっている。信用の低下によってインターバ
ンク・ローンも立ち行かなくなり、預金者は神経をとがらせている。世界の金融システムがこれほど大きなシ
ョックに見舞われたことは、1929 年の世界恐慌以来なかったことである。
信用危機は、特に米国において、高いレバレッジをかけて持続不可能な経済成長に資金をつぎ込んでい
た金融機関による過剰なリスクテイクの結果生じたものである。この行動の根底には、広く信じられていた 3
つの誤解があった。それは、借り手の信用は高く、投資家は賢明であり、そして信用リスクは広く分散され
ている、というものだ。
残念ながら、米国のホームオーナー・ローンの信用は極めて疑わしいものだった。それだけではなく、市
場もリスクを読み間違えた。続くパニックとその結果生じた流動性の危機の中で、リスク分析と格付けという
セーフティネットは幻想にすぎなかったことが明らかになった。リスクの大半が銀行のバランスシートに集中
していると投資家が気づいたとき、金融システムへの信頼は急速に低下していった。
この混乱の中心にあるのは金融システムだが、その影響は実体経済にまで広がり始めている。信用収縮
により、資金調達が困難に(また高くつくように)なり、需要が停滞どころか減少するようになると、健全な企
業さえ痛手を被ることになる。企業は資金調達の意思決定を、通常、需要サイドの要素(経済成長や設備
投資の交換サイクルなど)と供給サイドの要素(金利など)によって決定する。現在の状況では、どちらの要
素を見ても、企業による新たな投資は制限される可能性が高い。
つまり、企業は非常に厳しい状況に直面しており、多くの国々で必然的に景気後退が起きるであろう。唯
一の問題は、それがどの程度深刻なものになるかということである。比較的短期間で、軽度で済むだろうと
いう意見もある。しかし国際通貨基金(IMF)は、過去に世界中で発生した 100 件以上の景気後退を研究し、
次のような明確な結論に達した。すなわち、金融危機が引き金となって起こった景気後退は、より深刻で影
響も大きいというのである。IMF によると、こうした景気後退は「2~3 倍厳しいものとなり、2~4 倍長期化す
る」傾向があるという。現実問題として、企業は深刻な景気後退に備える必要がある。
2.製薬業界にとっての課題と示唆
ここ数年間にわたって、製薬業界は厳しい経営環境が続いていた。PERは低下し、研究開発生産性の
低下が深刻な問題となり、コストレベルと全般的なオペレーションモデルが根本から問い直され、業界に対
する社会の信頼性も著しく下落した。また製薬業界には、他の業界と一線を画す各種の基本的な特性が
ある(例えば需要の性質やドライバー、特許権保護、規制など)。以上を踏まえた上で、現在の金融危機は、
製薬業界にどのような具体的影響を与えることになるのだろうか。
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A. 成長ドライバー、マクロ経済の圧力、公共政策
医薬品の需要を左右する基本的なドライバーは、経済全般の動きとはあまり関係がない。そのようなドラ
イバーの例としては、罹患率やアンメット・メディカル・ニーズ(医療面の満たされないニーズ)、人口増加、
高齢化などが挙げられる。つまり、今後も需要は時間の経過とともに増加し続け、自動車や旅行、レストラン
での食事などへの需要に比べ、景気に左右されにくいことを意味している。そのため、不況時には他の業
界より魅力的になり、それは 2008 年の株式市場におけるヘルスケア部門の相対的なパフォーマンスにも反
映されている(図 1 参照)。
図1. 2008年、ヘルスケア業界は他業界をしのぐ高いパフォーマンス
産業別株価推移
(指数、2008年1月1日 = 1.0)
1.2
1.0
ヘルスケア
産業財
0.8
保険
銀行
消費財
0.6
2008年1月1日
2008年9月23日
注: 対象はロンドン証券取引所上場企業
出所: Datastream
_.ppt
しかし、不況は薬剤費を支払う能力や意志に影響を与える。こうした要素は今後、公的医療と自己負担
市場ともに顕著に表れてくるだろう。
公的な医療費や薬剤費に対する圧力は、次のような状況が重なって生じるだろう。
z 第 1 に、GDP 成長の減速にともない、消費者支出が減少し失業率が上昇する。それによって税収が
落ち込み、社会保障に対する需要が増大し、財政支出抑制への圧力が大幅に高まる。
z 第 2 に、金融サービス・セクターに対する政府の救済に費用がかかるため、財政支出抑制の圧力は
さらに増幅される。
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z 第 3 に、医療費支出の増大と GDP 成長との隔たりが広がるにつれ、医療支出削減に向けた圧力が
特に強まる。
z 第 4 に、インフレ圧力が依然として強いため、公的医療部門従事者の賃上げ期待に応える必要から、
医療予算全体の中で調整する余地が少なくなる。
税金に支えられた医療制度より、保険制度に支えられた医療制度のほうが、被保険者の収入と健康保険
料の支払い金額がリンクしているため、影響が早く出てくると考えられる。例えばドイツでは、健康保険料は
収入に対して一定の割合で徴収される。2009 年の医療保険支出は、被保険者の収入が 2~3%成長する
ことを前提に計算されていたが、今では収入の伸びは 0%になる可能性が高くなってきている。それとは対
照的に、税金で賄われる制度では、その影響はより後になってから現れてくると思われる。しかし、必ずしも
そうなるとは限らない。つまり、政府は税金の投入によって金融機関を支援する必要があり、そのための資
金は他から調達してこなければならなくなる。そのため、医療関連支出に早期に圧力がかかってくる可能
性もあるのだ。
製薬企業への圧力は、各国政府が採る医療費抑制策の性質や程度が異なるため、国によって異なる手
法が採られるだろう。
z 後発薬の使用が比較的少ない国では、後発薬の使用を増やすために、処方ガイドラインや電子処
方システム、医師へのインセンティブ付与など、既に後発薬の使用が進んでいる国で効果が検証さ
れている施策を導入すると考えられる。
z 入札方式が確立されているところでは、製薬企業からのリベートを増やすために入札が活用される
可能性が高い。
z 政府や健康保険などペイヤーが、医薬品の価値の証明(医学的な治療効果、もしくは医療経済的な
費用対効果)を求めるケースが増えるだろう。そして、新薬のコストや臨床効果についてより厳正な評
価を下すため、英国における国立臨床研究所(NICE)のような機関の利用が増えることはほぼ確実
で、それにより新薬の承認はより制限される方向に向かうだろう。
z 政府や健康保険などペイヤーは、大手製薬企業と新方式(従来型の薬剤購入ではなく、治療プログ
ラムなど)で協力しようとするが、中・長期的な成果が見込まれるプロジェクトよりも、短期的な効果が
はっきりと証明されたプロジェクトに焦点を絞る可能性が高い。
米国における重要な問題のひとつは、今回の金融危機が、大統領選後に大規模な医療制度改革が行
われる可能性にどう影響するか、ということだ。選挙戦の初期段階では、医療制度改革は最優先課題のひ
とつだったが、金融危機のせいでその優先順位ははるか後方へと押しやられてしまった。金融危機による
予算制約が医療費抑制圧力を増幅させることは確実で、例えば、メディケア・パート D のメディケア価格交
渉禁止条項の削除が早まることになるかもしれない。BCG の見積もりによると、この法改正だけでも、製薬
企業の収益に年間 100 億~300 億ドル程度のマイナスとなる可能性がある。この数字は、メディケア以外の
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ペイヤーに対する副次的影響の可能性は考慮していない。また、「喫緊」の課題が重視される一方、予算
制約のせいで思い切った医療改革の実行が難しくなることも考えられる。
新興市場のいくつかの国々では、現在、医療分野でそれほど大きな役割を果たしていない政府が、今後
公的負担を増やす計画を立てている。しかし予算の制約に直面すれば、これらの計画も縮小または棚上
げされる恐れがある。
政府が医療費支出を見直す可能性があるのと同様に、個々の消費者にもその可能性がある。現在の景
気後退は、医療費支出に対して過去のそれと同様な影響をもたらしはじめている。IMSヘルス社のデータ
によれば、米国ではすでに患者が薬の服用回数を減らしたり、錠剤を半分に割ったり、処方薬の購入を控
えたりする事実が確認されている。自由診療にあたる分野(例えば美容整形関連の医薬品や手術など)で
は、その影響が一層顕著である。
ヨーロッパや北米で圧力が高まっていることから、発展途上国や新興国の市場が製薬業界にとって将来
の成長のカギとなると見込まれるが、これらの市場ではこの問題はとりわけ重要である。インド、ブラジル、メ
キシコ、エジプトなどの市場では、薬剤費の総額の 70~80%が自己負担だ。中には、自己負担で薬剤費を
支払う人が、高額所得者層(つまり金融危機の影響とは比較的無縁な層)に極度に集中している市場もあ
る。しかし、多くの発展途上国や新興国の成長は、ブランド医薬品の代金を払える層の拡大によって支えら
れてきた。そして、このような市場の「マス富裕層」こそ、金融危機による圧力を最も敏感に感じやすいので
ある。
B. 影響の偏りと資本へのアクセス
どんな場合でも、景気後退がもたらす圧力と影響には偏りがある。
幸いなことに、他の一部の産業に比べると、製薬業界は比較的レバレッジ比率が低く、手元のキャッシュ
がきわめて潤沢である。製薬企業上位 20 社の資本金と長期借入金の和に占めるネット・デット(長期借入
金から現金及び現金同等物を引いた額)の比率は平均 6%で、金融機関の 95%に比べるとほんのわずかに
すぎない2。2008 年 6 月末現在で、米国最大手の製薬企業 9 社(アムジェン、ブリストル・マイヤーズ スクイ
ブ、イーライリリー、ジェネンテック、ジョンソン・エンド・ジョンソン、メルク、ファイザー、シェリング・プラウ、ワ
イス)の現金と短期投資は、合わせて 1,050 億ドル以上に上っていた。もっとも、その資金を米国で使うと
30%の納税義務が発生するのだが3。
2 データモニター、
「Opportunity knocks for big pharmaceutical companies in the credit crunch(大手製薬企業
にとって信用収縮はチャンス)
」、2008 年 10 月 9 日。
3 ダウ・ジョーンズ、2008 年 10 月 14 日。
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しかし、製薬企業といえども、各社で事情は様々である。キャッシュ不足や株価低迷、あるいはレバレッジ
の大きさなどから、他社に比べて脆弱な企業もある。今回の金融危機による製薬企業の株価下落幅は 10
~15%から 30%程度だ。この状況は、下落幅がわずかで済んだ企業にとってはチャンスといえる。なぜなら、
株式交換による買収時に、通貨として使える自社株式の相対的価値が上がる一方で、潜在ターゲットとな
る企業の買収価格が安くなったからである。よって、現在の状況は、業界内に新たな M&A のうねりを引き起
こす可能性がある
比較的規模が小さいスペシャリティ・ファーマ企業は、より大きなリスクに晒されていると考えられる。大手
製薬企業と異なり、これらのニッチ企業の多くは、ほとんど自社内で研究を行っておらず、信用格付けが低
いために資本市場へのアクセスが限られている。今回の金融危機の結果、頼みの綱である新製品の導入
に必要な資金調達が難しくなる可能性が高い4。
将来の資金調達源については今までよりはるかに大きな制約を受けるため、今回の信用収縮は小規模
なバイオテック企業にとっても大きな困難の原因となっている。既存のバイオテク企業のバリュエーションが
低迷しているだけでなく、上場していないバイオテク企業にとっても、株式市場以外で資金調達する方法
や商品化への道がますます狭められるという、二重の悪影響が生じているのだ。
だが、強力な製薬企業にとって、このような展開は、比較的費用効果の高いライセンシング契約や買収
を通じて自社のパイプラインを強化できるチャンスをもたらす。ここ 2 年間というもの、製薬企業とバイオテク
企業とのライセンシング契約の件数は減少の一途をたどってきた(2006 年以降、年間 18%の減少)――が、
潤沢な資金を持つ製薬企業にとっては、信用収縮のおかげで、ライセンシングにも買収にも好ましい条件
が整ったといえよう。
C. チャンスを生かす
製薬企業にとっての課題は、このような影響の偏りとそれが生み出すチャンスを把握すること、そして躊
躇なくそれらのチャンスを利用することだ。
昨年、製薬企業の株式市場における相対的なパフォーマンスは改善したが、業界のトータルシェアホル
ダーリターン(TSR、配当と株価の値上がりの総利回り)は、過去 3~5 年にわたって市場平均を下回ってい
た(図 2 参照)。その理由は周知の通りだ。すなわち、特許期間切れ間近の製品に代わる薬の研究開発に
失敗し、さらに製薬企業が現在オペレーションを行っている市場の環境が厳しくなったからである。その結
果、製薬企業の株価収益率(PER)は 2000 年以降半減し、少なくとも金融危機までは、消費財企業や小
売企業など、他の多くの成熟産業の株価収益率に大きく水をあけられていた。
ダウ・ジョーンズ・ニューズワイヤーズ、
「Credit Issues Could Crunch Needed Specialty Pharma Deals(信用
問題によって分野特化型製薬企業が必要とするディールが危機に)
」、2008 年 10 月 2 日。
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図2. 製薬業界のトータル・シェアホルダー・リターン(TSR)は、
近年市場平均を下回ってきた
トータル・シェアホルダー・リターン(TSR)、2000年12月~2007年9月
TSR (指数、2000年12月 = 100)
業種
年平均成長率
2000–07 (%)
250
200
150
医療機器1
11.2
消費財
S&P 500
金融
5.7
製薬2
100
3.9
3.3
2.1
産業財
–0.9
自動車
–5.7
50
0
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
1
Alcon, C.R. Bard, Baxter International, Becton Dickinson, Biomet, Boston Scientific, Dentsply International, Johnson &
Johnson, Medtronic, Smith & Newphew, St Jude Medical, Stryker, Terumo Medical, Zimmer Holdings.
2
Pfizer, GlaxoSmithKline, Novartis, Roche, Sanofi Aventis, Abbott Labs, Merck, Ely Lilly, AstraZeneca, Wyeth, Bristol-Myers
Squibb, Schering-Plough, Teva Pharaceutical Industries.
注: 時価総額加重平均ベース
出所:
Compustat、BCG分析
_.ppt
現在の状況下では、製薬業界は他に比べて相対的に魅力的であるとはいえ、業界の抱える根本的かつ
構造的な問題はまだ解決されていない。むしろ、金融危機によってそれらの問題がさらに浮き彫りになった
といえよう。しかし金融危機による混乱は、業界の勢力図を変え、競争優位を構築し、これらの根本的な問
題に取り組むチャンスをもたらしている。
では、製薬企業はこれからどうすればいいのだろうか。「コラテラル・ダメージ Vol.2
金融危機を乗り越
える: 非金融企業の打ち手」の中で、BCG は具体的なアクション・ステップを提案している。製薬企業は、
そのうち 4 つのアクションを、最優先課題として据えるべきであろう。
z 第 1 に、キャッシュ・マネジメント、企業間取引における信用供与、運転資本の管理を厳格に行うこと。
特に、経済のあらゆる分野で資本コストが上昇し、信用リスクが高まっている現在ではなおさらである。
多くの製薬企業は、他業界の企業ほどこの分野を注視してこなかった。このため、実現できるメリット
は極めて大きい可能性がある。例えば、アーンスト・アンド・ヤングによる最新のレポートによると、支
払い条件や、信用供与、請求、回収の各プロセスを改善すれば、1~2 年以内に、売上の 3~7%(す
なわち、欧米大手企業 16 社にとっては 170 億ドル~350 億ドル)の現金を手にすることができるとい
う5。もちろん、今はどの企業であっても、キャッシュに対する制約が一段と厳しくなっているため、こう
5
アーンスト・アンド・ヤング、
「Big Pharma has potential to free up US$35 billion in working capital(大手製
薬企業は運転資金から最高 350 億ドルのキャッシュを確保できる可能性がある)」、2008 年 10 月 1 日。
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したメリットを実現するのは以前に比べてはるかに困難になったが、その可能性があることは明白だ。
特に、製薬企業はサプライチェーン内の他企業が抱えるリスクを評価する必要がある。例えば、在庫
を減らそうとしている卸にとって、キャッシュはどのような意味を持つのか。卸やディストリビューターと
いった取引先の倒産が、自社にどのような影響をもたらすか、などである。
z 第 2 に、オペレーション効率を大幅に高めること。これには(例えば生産設備の統合、ビジネスモデ
ル変革の加速化、固定資産の縮小など)今まで実に長い間、先延ばしにしてきた重要な構造改革も
含まれる。このような改革を始めた企業は多いが、道のりは遠い。今こそ、ケイパビリティ(組織能力)
や資産の中で、競合他社との差別化が難しいものを縮小し、新たな競合優位性を生み出すのに必
要なものを投資すべきである。しかし、注意しなければならないのは、特にヨーロッパで、政府が雇用
水準を維持する政策を打ち出すようになれば、広がる不況のせいで、このような措置は非常に高くつ
く恐れがあることだ。
z 第 3 に、金融危機が業界内の力関係に与えている影響を注意深く観察し、それを最大限利用するた
めの行動をとることである。前述した製薬企業とバイオテック企業のライセンシングに関する関係や、
メーカーと卸との関係の変化だけでなく、さまざまな分野で業界の力関係の変容は生じてきている。
例えば、マーケティング関係サービス提供企業(イベント、広報、市場調査など)の経営状況が厳しく
なれば、このようなサービス契約の力関係も変化する。同様に、先行き不安が高まり、失業が増える
と、企業と従業員、また求職者との力関係も変化する。例えば、マネージャークラスの労働市場が大
きく様変わりした国もある。以前ならば経験豊かな候補者を見つけるのが非常に難しかったのが、今
では他社と変わらない給与水準でも、意欲にあふれる複数の候補者を見つけることができる。
z 第 4 に、ライセンスでもM&Aでも、魅力的なディール候補を積極的に探索することである。小規模
なバイオテク企業だけでなく、一部の製薬企業までもが、株価が低迷してきていることによって、可能
性のあるディールの魅力が増している。3~9 ヵ月前には話にならなかったような案件も再検討してみ
ることだ。また、キャッシュの潤沢な製薬企業は、のどから手が出るほど流動性を欲しがっているバイ
オテック業界に、効果的に資金を提供できる(例えば社内ベンチャーキャピタル型ファンドを通じて)
という大きなチャンスがある。しかし、各社はそれぞれ自社固有の状況を把握し、それに応じて戦略
を策定する必要がある。買収者となりうるポジションにあるのか。もしくは、買収される恐れはあるか。
あるいは、その両方だろうか。
キャッシュの潤沢な大手製薬企業にとって、これは絶好のチャンスといえよう。適切な企業に、適切な価
格で、適切な投資をすることで、これらの企業のパイプラインに新たな息吹を吹き込むことができる。今回の
危機は、必要な構造変革に積極的に取り組む必要性を高めると同時に、そのチャンスをも与えてくれてい
るのである。
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3.結論
どの企業にとっても、今が困難な時期であるのは明白だが、大手製薬企業にとっては、絶好のチャンス
でもある。厳しい経済状況は、これまでは社内外の反対によって手がつけられなかった、オペレーション効
率改善の打ち手を実行する絶好の「言い訳」になる。また、信用収縮がバイオテック業界に与える影響のお
かげで、迅速かつ大胆な行動を取る準備がある企業は、企業価値向上につながる魅力的なディールを実
現することができるだろう。
この不況から抜け出して、以前より強力なポジションに立つことのできる企業は、ほんの数社にすぎない
だろう。素早い行動によって、現在の景気後退が作り出しているチャンスを見定め、それを躊躇なく利用す
る企業こそ勝者になることができるのである。
Alastair Flanagan
BCG ロンドン事務所 シニア・パートナー&マネージング・ディレクター
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