「山寨」-中国ビジネスの申し子 - Strategy

この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
「山寨」
̶中国ビジネス
の申し子
著者:謝 祖墀(エドワード・ツェ)、黄 昱(ユウ・ファン)
監訳:福島 毅
エグゼクティブ・サマリー
「山寨」とは何か
「山寨(Shan Zhai)」という概 念は、中国ビジネスを推 進す
北京で働くヤンさんは、同僚に新しい携帯電話を見せびら
る上で重要な意味を持つものとなっている。
「 山寨」は、元 来、
か して い る。そ の 携 帯 電 話 は、タッ チス クリ ーン、カ メラ、
政府の統制外にある山賊の砦を指すものであったが、現在で
MP3 、ビデオプレイヤーなど典 型的な機能を備えている。さ
は模 造品や海賊品を指す言葉となっている。このような製品
らに、携帯電話を振ると壁 紙が自動的に変わる、着 信時には
を取り扱う「山寨」企業は、中国市場において大きな撹乱要因
サイドの光が点滅すると同時に大 人 気の着メロが流れる、と
となっているが、中にはリーダー企業にまで成長するケースも
いった 新しい 機 能も装 備している。しかし、その 携 帯 電 話は
出始めている。中国文化の革新性や中国市場の成長性は、
「山
ノキア製でも、モトローラ製でもサムスン製でもない。ブラン
寨」企業にとって多くの事業機会を産み出すのである。有力な
ド名は全くついておらず、値段はわずか 480 元( 70 米ドル)と
「山寨」企業は、行動が迅速で柔軟性に富み、積極的にリスクを
類似のブランド製品の約 5 分の1にすぎない。これが、中国で
取るという革新性を有している。事 業が一定の規模に達する
「山寨」モデルと呼ばれているものである。
と、迅速にバリューチェーンの川上に移動することで競争優位
なコア・コンピテンシーを確立してしまうのである。
「 山寨」企
「山寨」という言葉は中国で広く浸透している。携帯電話や
業に関する論争は、単に模造品の製造・販売の是非を問うもの
デジタルカメラ、ワインや医薬品、新年パーティや映画に至る
としてではなく、ある種の中国企業が社会通念に従うことなく
まで、中 国 の 消 費 者 は日常 生 活 の ほとんどあらゆる場 面で
成功を収め、革新を通じて競争力を高めている事象が何を示
「山 寨」に 遭 遇 する。
「 Nokir 」
「 Samsing Anycat 」の 携 帯 電
唆しているのかという問題として捉えるべきである。
話、
「 Pahetohic 」のテレビ、
「 Wetherm 」のスキンクリームな
どはほんの数例にすぎない。こうした「山寨」について、2009
年 3月に北 京 で開かれた 全国 人 民 代 表 大 会で激しい議 論 が
巻き起こった。膨大な「山寨」製品を低品質の偽造品として蔑
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特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
謝 祖墀(エドワード・ツェ)
(edward.tse@booz.com)
黄 昱(ユウ・ファン)
(yu.huang@booz.com)
福島 毅(ふくしま たけし)
(takeshi.fukushima@booz.com)
ブーズ・アンド・カンパ ニー・グレー ター
ブーズ・アンド・カンパニー北 京オフィス
ブーズ・アンド・カンパニー東 京オフィス
チャイナ の マ ネ ージ ング・パートナー。
の シニア・ア ソシエイト。金 融 サー ビ ス
のプリンシパル。金融サービス業、ITサー
中国内外の数百の企業に対し、中国に関
業、ハイテク産 業 を 中 心に、10 年以 上の
ビ ス 産 業 を 中 心 に、10 年 以 上 に わたり
するビジネス・プロジェクトに 20 年以 上
コンサルティング経 験を有 する。全社戦
国 内 外 の 大 手 企 業 とのプ ロジェクトを
にわたって取り組 んでいる。全社戦 略 の
略 の立 案や 大 規模プロジェクト・マネジ
手がけている。日本のみならずアジア、欧
策 定・実 行、組 織 効 率 化、組 織 変 革 な ど
メントなどに注力している。
米 の 主 要 各 国 で の 事 業 戦 略 の立 案、な
を専 門とし、世 界 銀 行、アジア 開 発 銀 行
らびに 組 織・制 度・業 務プ ロセスの設 計
や 中 国 政 府 な ど 公 的 機 関 のコン サル
に 顧 客 企 業とともに実 践 的 に 取り組 ん
ティングも手がけている。
でいる。
む主張もあれば、
「 山寨」が中国社会に与える利益を考慮して
コーラ)は、中国の炭酸入りソフトドリンク市場ではペプシに
もっと許容するべきだという主張もあった。
次ぐ 第 3 の 規 模 の 企 業 に 成 長してい る。また、当 初 は ICQ の
「山寨」版だった QQ は、現在は中国で最 大かつ最も成 功して
この 論 争 の 最も重 要な側 面 は、成 功を収める「山 寨」企 業
い るオン ライン・インスタントメッセンジャーとなり、アク
が増 加してい ることである。
「 山 寨」事 業は、多くの 場 合 ゼロ
ティブユーザー は 3 億 8,000万人 弱、市 場シェアは 80 % を 超
からスタートして驚くべきスピードで進化し、成熟した業界で
える。これらの企業はすべて中国の「山寨」経済の一角を形成
主要企業に挑 戦する存 在となる。中国に参入しようとする企
している。
業の経営者にとって、
「 山寨」企業がどのように機能している
かを理解することは重要である。第一に、今日細々と営業して
これら「山寨」企業は共通の特性を持っている。
いる「山寨」企業が明日には巨 大 企業を打ち負かす可能性が
あり、常に脅威 な 存 在になり得 る可能 性 があることである。
• (少なくとも当初は)国内市場に焦点を絞る
第二に、
「 山寨」事業の成否は、現地市場に対応した独 創的で
• 主に大衆消費者をターゲットとする
新しい 戦 略によって既存 の市場 体 制を撹 乱する能 力のみに
• 製品導入に関して、極めて短いサイクルタイムを追求する
かかっていることである。こうした点には、中国におけるビジ
• コストを重視する(品質も劣ることが多い)
ネルモデル の 進化を模 索 する外国 企 業 の 経営 者にとって参
• 製品の特性や機能を現地のニーズへの対応に特化した
考になる要素があるものと考えられる。
例えば、携帯電話メーカーの北 京 天宇朗通は、流行を追い
ものにする
成功を収めている「山寨」企業には、偽造品や海賊版のメー
つつも価 格に敏 感 な購買 層をター ゲットとする携 帯 電 話の
カーとしてスタートし、独自の知的財産( IP )ポートフォリオを
模 造品を製 造している。同社は無名企業からスタートして中
有する企業へと進化するケースが多い。
国の主要企業にのし上がった。僅か 2 年で国内第1位のレノボ
を 追い越したばかりでなく、現 在 ではノキア、サムスン、モト
「山寨」が問題となる理由
ローラなど超大手外国企業との差を縮めながら、積極果敢に
海外市場に進出している。他に、電池・自動車の現地メーカー
「山寨」企業の支持者は、
「 山寨」企業が社会的・経済的な利
である比亜迪( BYD )の例もある。同社は最も売れ筋のトヨタ
益をもたらしていると考えている。実際に、消費者にとっては
車の半分の価格のコピー自動車を製造するところからスター
入手可能な製品の範囲が拡がっている。
「 山寨」企業が消費者
トして、中国で最も成 功している自動車メーカーの一社に成
により多くの選択 肢を低価格で提 供していることは、中国社
長し、今日では自動車向け電池技 術とデュアルモード動力シ
会 全体にとって大きなメリットとなっている。さらに、
「 山寨」
ステムの 分 野 で 世界 有 数の 企 業として位置 づけられるまで
製 品は高価 格 製 品メーカーによる独占の 打破に一 役 買うと
になっている。かつてはコカ・コーラの安物コピー商品を作る
同 時に、国 内 の 草 の 根 的 な 革 新を 促してい るという主 張 も
企業というレッテルを張られていた非常可楽(フューチャー・
あ る。一方 で、反 対 派は、
「 山 寨」企 業 が 他 社の 知 的所有 権を
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公然と無視し、低水準の製品を大量に産み出していると指摘
砦である。
してい る。また、
「 山 寨」文化 が 怠 惰 や 無 知 を助 長し、創 造 性
このメンタリティは、
「 石を探りながら河を 渡る(実 践 的に
や競争力を損なっているという主張もある。
試 行錯 誤しながら前に進む)」という中国の 格言にも反 映さ
れており、最 近では中国の実 業 界だけでなく、重要な政 策 決
いずれにしても「山寨」がどのように機能しているかを理解
定の 過程にさえ急 速に取り入れられるようになっている。例
することは、中国で事業展開をしようとする企業、特に外国企
えば、30 年ほど前に経済改革が中国本土で始まった頃、大半
業にとっては重要である。
の現 地企業は世界の主要企業に比べると遥かに劣る経 験と
資 源しかないという極めて低い 水準からスタートした。特に
• どのような環境が「山寨」企業の出現を促すのか
民間セクターの多くは、国有企業が享受していた組織的な支
• 持続可能な事業を武器に市場の撹乱要因として台頭して
援もなく、大手外国企業が持つスケールメリットもなかった。
くる「山寨」企業は、消え去って行く多くの企業と比べて、
このような生き残ることさえ困難な中で、これらの企業は創
どこに強みを有するのか
造 的かつ実 利 的な解決 策を実 践することを 余 儀 なくされた
• 「山寨」企業と競合する企業、特に外国企業に与える影響
はどのようなものか
が、その際に往々にして採られたのは外国企業の戦略を模倣
するという方法であった。
「 山寨」は現状打開策の一つだった
のである。
「山寨」はどのようにして出現したか?
実 際、
「 山 寨」の 実 践 者を含めた 現 代 の 中 国 の 起 業 家に見
「山寨」現 象は、自然 発 生的に発 展したのではなく、中国の
られる顕著な特性は、模倣 主義ではなくチャンスを手にし経
文化、歴 史、政 策 決 定、規制といった「ソフト要因」と、市場に
験から学ぼうとする意欲である。まずは「やってみよう」と彼
おける需 要と供 給という「ハード 要 因」の 両 方により生じた
らは行動し、アイデ アが 実 を結ば ない 場 合には、それを断 念
ものとして捉えるべきである(図表 1参照)。
して 別 なことを 試してみ る。ここで 決 定 的 に 重 要 な の はス
ピードである。実 験し、成 功を複製し、急 速に学習するという
ソフト要因:文化、歴史、規制
能 力を武 器にした中 国 企 業は、行 動 の 遅い 一 部 の 外 国 企 業
中国には歴 史的に「恐れ知らず の実 験者」という文化が根
よりも競 争 優位な状 況にある(エドワード・ツェ著『 China ’s
付いている。中国の古代文 明 期に遡ると、何世 紀にもわたり
Five Surprise 』strategy+business 2005 年 冬 号 で は「恐
中国の人々に影 響 を与えてきた『西 遊 記』や『水 滸 伝』などの
れ知らずの実験者」について詳述(英文))。
古典 文学に「山寨」の 痕 跡を見て取ることが できる。例えば、
『西 遊 記』の主 人 公である孫 悟 空は、正 義 のために強 力 な伝
政策に関して、中国政府は業界に対する規制を長い時間を
統 的 権 力と闘う中で困難に直面した場 合 や悪と闘う場合に
かけて段階的に緩和してきた。例えば自動車産 業では、当局
大 胆不敵さと創造性を発揮する。また、
『 水滸伝』の主 人公ら
が 中 国 第 一汽 車 集 団( FAW )や上 海 汽 車 工 業(集 団)総 公司
の拠点は梁山泊と呼ばれるが、これは文字通り「山寨」つまり
( SAIC )などの大手国有企業の成長を支援する間に、BYD や
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奇瑞汽車といった迅速に行動する企業が急成長を遂げた。携
ハード要因:需給ダイナミクス
帯電話に関しては、中国情報産業省(MII)が長年にわたり端末
「山寨」現象は、中国市場の需給面での特性という「ハード」
製造企業に対して認可要件を課していたことで競争は抑えら
要因によっても牽引されてきたとも言える。
れていたが、2007 年10 月に認可障壁が撤 廃されたことで、新
たに合 法となった「山 寨」企 業 が 業 界に新たな活 力をもたら
急速に進化しつつも依然として未成熟な状態にあるという
した。
中国の市場特性が、顧客セグメント、チャネル、地理といった観
点から需要を創出し、結果的に「山寨」企業に大きな事業機会
もちろん、知的所有権保護 法に違 反、あるいはその境界線
を提 供している。
「山寨」企業は、大 都市圏以 外 の 都市や地方
上で事業を行っている「山寨」企業も多数存在しており、外国
の開発の遅れた市場をターゲットとすることが多い。中国の人
企業からは中国の 知的所有 権の 保護が 不十 分なことに対す
口13 億人の 60 %以上が地方に住んでいることを考えると、こ
る不満が続出している。中国の司法制度が、複雑な技 術問題
れは当然の選択とも言える。開発の遅れたこれらの市場の個
に十 分に対処できていない(少 数の注目すべき例 外はある)
人所得は低いが、それでも消費者の総購買力は大きい。特に、
ことや特許法が未整備であることは、依然として重要な懸 念
地方の若い世代の消費者は、大都市圏の消費トレンドに追従
事 項となっている。また、法制 度の 侵 害に対 する厳 罰が ない
する傾向がある。同様に、比 較的開発の進 んだ 市場において
ため、偽造を抑止する効果がほとんど見られないという問題
も、多数の低所得なマス層の消費者が製品やサービスに対す
もある。知的所有権保護 法が効果を発揮するためには、特許
る莫大な総購買力を産み出している。
保護制度がより充実することが必要である。
図表1 : 中国の「山寨」現象の主要な要因
﹁ソフト﹂要因
「恐れ知らずの実験者」という思考態度が
中国人の中に深く根を下ろしている
政策決定が不透明で、一貫性に欠ける側面がある
− これまでの自動車業界に対する政策
− 中国企業は、多くの場合、
模倣から始めるしかなかった
文化
−「実験主義」のメンタリティは
実業界では極めて一般的で、
重要な政策決定においてさえ見られる
− 知的財産保護の諸規制の欠如など
政策
中国市場は、急速に進化しつつも
結果的にこれらのことはすべて、
「山寨」企業に成長の余地を与えてきた
既存の大手企業には市場への対応力が不足している
依然として未成熟な状態にある
﹁ハード﹂要因
− 市場の変化に対する反応が遅い
− 市場のダイナミクスに対する理解が
− 曖昧かつ複雑なセグメント
需要
− 多様な販売チャネル
− 地理的分散
地方市場や規模が極めて大きな低・中流層は、
「山寨」企業に豊富な機会を提供
不十分(特に多国籍企業)
供給
「山寨」企業には、迅速に行動できる事業環境が整っている
− 過剰な生産力を備えた企業生態系を
効果的に活用する
− 大きな総購買力
− 価格に敏感
− 流行を追う
− 柔軟な製造プロセスを活かして迅速に
製品を供給する
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
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天宇が「山寨」携帯電話で躍進を遂げたのは、その好例であ
車 の 開 発 に 重 点 を 置 き始 めた 頃 に、同 社 は 独 自にテクノロ
る。同社のビジネスは、これまで見過ごされていた中国の地方
ジーを開発することを選択し、自動車向け電池の設計で大き
小都市の低価格携帯電話ユーザーに照準を合わせることから
な 躍 進 を 遂 げ、そ の 新 技 術を 中 国 最 初 の 電 気 ハイブリッド
始 まり、消 費 者に 最も近 い立場からの 販 売に主 眼を 置 いた
カーに組み入れたのである。現在、同社は 1回の充電で 300 キ
チャネル 戦 略を積 極 的に展 開した。主に小売りチェーン店 や
ロの走行が可能と言われる完 全 電 気自動車の投 入に取り組
スーパー のエレクトロニクス・カウンターで 商 品 を提 供し、
んでいる。
小売販売店には十分な手数料を直接支払うという戦略を実践
したのである。これはモトローラやノキアなどの主 要企 業が
供給サイドのもう一つの重要な論点は、急速に拡大する中国
見過ごしていたものである。加えて、重要な転機となったのは、
の 生 産 能 力である。例えば、大 半 の「山 寨」携 帯 電 話は、発 達
携帯電話向けチップ・ソリューション企業である台湾のメディ
した 企 業 生 態 系 が ある深 圳で 開 発されてい る。深 圳 の
アテックが新型半導体チップ・ソリューションを発売した時で
北 路 の 2 ∼3 キロ以内には 27 以 上の大 型市場がひしめき、基
あった。天 宇 は、メディアテックの 単 純 で 統 合さ れ たマ ザー
本部品から完 成品に至るあらゆる種 類の電子製品が販 売さ
ボードと簡単に変更可能なユーザー・インターフェースを利用
れ て い る。実 際、深 圳 で は 3 万 を 超 す 企 業 が、設 計・製 品 ソ
して、人 気の機能を開発・追加することに注力し、地元の消費
リューション、調 達、組 立・生 産、検 査、梱 包、販 売、ア フター
者ニーズに対する理解をさらに深め、消費者に効果的にリーチ
サービスなど携帯電話製造のバリューチェーン全体にわたり
する能力を高めた。
連携し合っており、過去数年間に事業規模はクリティカル・マ
スを 越 え、1つの 企 業 生 態 系へと変 貌を 遂げ ている。実 質的
供給に関しては、既存の大手企業の市場の変化への対応が
には、1社あるいは数社(メディアテックなど)がチップセット・
往々にして遅く、時として無関心であることが、行動が迅速な
レベ ルで の R&D の 大 半 を 手 掛 け、そ のコストを多 数のメー
地元の「山寨」企業に事業機会をもたらしている。
カーで 分担しているという構図である。ノキアやモトローラ
一例として挙げられるのが、レンタカー業界である。レンタ
などの企業は、各事 業において自らが R&D 費を支払い、その
カー世界最 大手のハーツは 2002 年に中国に早期参入を果た
コストを大 量 販 売によって回収しなければならない。これに
した。しかし、先行 者の 利 点や 長年にわたる業 界経 験 があっ
対して、
「 山 寨」携 帯 電 話チップの R&Dコストは、この 企 業 生
たにもかかわらず、ハーツの中国事業は、世界第 2 位のブラン
態 系を活用することで従 来 型 携帯電話チップよりも通常 8 ∼
ド であるエイビスと同 様に、拡 大の ペースが 遅 かった。そ の
10ドル 安くなっている。ノキアやモトローラが 損 益 分岐 点に
原因の一つとして、両社とも米国での事業モデルを中国に当て
達するためには 100万台近くを販売しなければならないのに
はめようとしたことがある。この戦略は国内企業の
対して、
「 山寨」企業はわずか1万台の販 売で損 益 分岐 点に達
( eHi カー・レンタル)に門戸を開く結果となり、同社は地元に
することが可能なのである。
対応した独自のビジネスモデルを開発した。eHi は、ハーツや
エイビスが採用した「自分で運転する」というアプローチが多
「山寨」企業の勝者の特徴
忙でストレスの多い地元ユーザーのニーズに合 致せず、また
中国の 交 通 渋 滞や急 速に発 展する道 路システムの中ではう
多くの「山寨」企業が短命で終わるのに対して、大きな成功
まく機能しないことを察知し、運 転手付きサービスを提 供し
を収める企業は似通った特性を持っている(図表 2 参照)。
たのである。このやり方は、中国において利 益を産むと同時
に持 続可能であることが 判 明し、結果としてeHi は中国で 利
①迅速な地位の確立
益を上げ ている唯一 の大手レンタカー会 社へと急 速に成長
「山寨」企業の行動は、地元の市場(多くの場合、中規模都市
した。
あるいは地方)に対する深い理 解を基に、既存の企業が見落
としていたり、あるいは対応が 不十 分なニーズを捉 えること
BYD が、かつては大手国有企業に支配されていた中国の自
から始まる。ひとたび事業機会を見出すと、製品の製造・販売
動車業界において、大手メーカーへと飛躍的な成長を遂げた
に向けて素早く行動しながら、対応力と耐久 力に優れたビジ
ことも、
「 山 寨」企 業 の 発 展を 示す好 例である。同社はトヨタ
ネスモデルを構築する。具体的には、最新のトレンドを反映し
のコピー車を製造することから事業を始めた。その後、多くの
た 新 製 品や サービ スを 頻 繁 に 製 造し、ター ゲット顧 客 をカ
地元自動車メーカーが景気悪化に対応してコスト削減や小型
バーする販売網を活かしながら、段階的に製品の質を高めて
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いくことになる。まさに「走りながら考える」ことで、市場への
製品・サービスを独自に開発し始めるのである。これにより、
適 応 力を高めていき、結 果 的には特 定 の市 場にお いて一定
自らの存 在価値を製品のバリューチェーンの川上にシフトさ
のシェアを確保することに成 功するのである。同 時に、中 国
せ、
「 山寨」企業というブランド・イメージから脱 却し、業 界に
国内の提携先との関係を活かした形で柔軟なサプライチェー
おけるトレンドセッターとして台頭することを目指 すことに
ンを 維 持することで、コスト競 争力を高めていき、競 合 企 業
なる。中には、次世代の技 術・製品の開発をリードするところ
にとっての参入障壁を構築してしまうのである。
まで成長するケースもある。
②中核能力の向上
③将来への投資
一定の地位を占めることに成 功した「山寨」企業は、より競
特 定 の市 場 にお けるリー ダーに 成 長した「山 寨」企 業 は、
争力を磐 石なものとするために製品開発・R&D を強化する。
さらなる成 長機 会を求めて膨 大な中国 市場における活動を
この段 階では、
「 山 寨」企 業には、これまでの 模倣 企 業として
拡大していく。特に、参入障壁が低くなっている成熟期にある
の 経 験を 通じて先 端 企 業 の 製 品設 計に関するノウハウが十
市場をターゲットとし、格安でニーズに見合った先 進的な商
分に蓄積されている。これを活かす形でより付加価値の高い
品・サービスを武 器にしながら市場 の 撹 乱 要 因となり、既存
図表 2 : 成功している「山寨」企業の成長パターン
−「模倣者」
から「革新者」
へ
目標
−「撹乱要因」
としての企業から
「持続可能」
な企業へ
−「傍流」
から「主流」
へ
1
2
3
「山寨」手法による躍進
事業機会の特定
天宇
比亜迪
(BYD)
対応力と耐久力のある
ビジネスモデルの開発
中核能力の向上
規模の拡大
参入障壁の構築
製品設計/
R&Dの強化
将来への投資
バリューチェーンの
川上への移動
次の成長機会
を模索
− 価格に敏感だが
流行を追う消費者を
ターゲットとする
− 年間に100種類を
超える多様な
新型モデル
− 中国第1位の
携帯電話機メーカーに
急成長
− 製品設計と
R&Dに投資
− ブランド構築に着手
− マーケティング投資
を拡大
− 3G製品に投資
− F3はトヨタのカローラ
を模倣しているが、
価格は半分
− 合理化された
現地対応型の
生産ライン
− ゼロからスタートして
2008年には販売台数
20万台を突破
− R&Dに積極投資
− 5,000人強のスタッフを
抱える研究開発チーム
− バフェット氏の投資
により、BYDは第一線で
活躍する「本物の」企業
に近づく
− プラグイン
新エネルギー自動車「F6 」
完全電気自動車「E6」
− 巨大な販売網
− 現地に合わせた
マーケティング
− 中国の炭酸入り
ソフトドリンク市場で
第3位に急成長
− 製品/ブランド・イメージ
を向上
− 大都市圏市場への
進出を開始
− ビタミンCドリンク、
スポーツドリンクの
市場に参入
非常可楽 − コカ・コーラの
パッケージ・デザイン
(フューチャー
をコピー
・コーラ)
− 農村市場を
ターゲットとする
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
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* ハーバード・ビジネス・スクールのクレイ
トン・クリステン セン 教 授 が、著 書『イノ
ベーションのジレン マ』で提 起したコン
セ プト。業 界トップ の 優 良 企 業 が「破 壊
的 イノベ ーション」の 前 でトップの 地 位
を失うジレンマをいう。
企 業 のビジネスを攻撃 するのである。また、同時並 行で次の
採用している。このやり方は「恐れ知らず の実 験者」としての
製品開発の取り組みを強化し、継続的な成長を実現していく
思考 形 態 によって強 化 され、元々 行 動 の 迅 速 な「山 寨」企 業
こと目指すのである。
は、市場の変化により速く適応することになる。
天宇の場合、同社が最初に取った行動は、メディアテックの
BYD は、同 様 の 移 行パターンの 後に変 革 を 遂 げ た「山 寨」
技術基盤を活かすことによって低所得顧客層をターゲットに
企 業 である。同社は元々トヨタのコピー車を製 造することで
据え、実 用的かつトレンドセッター的な特性を持つ携帯電話
知られていた。特に F3 モデルはトヨタ・カローラの半 分 の 価
を競 争力のある価 格で提 供することだった。さらに、同社は
格 のコピー車 で、発 売 後わずか 3 カ月で 利 益を上げるように
1年足らずの間に100 を超えるカスタムモデルを発売し、チャ
なった。同 社はコストを 最小 限に抑えるため、低 額の設備 投
ネル・パートナーや顧客に対して幅広い製品の選択 肢を提供
資ならびに中国の安 価な人材を活用した労働集 約的作 業を
するという素早い対応を取った。適切な利益共 有スキームに
特徴とする半自動型製造システムを展開した。さらに、同社は
よって販 売網を動機づけし、効果的にコスト管 理を行ったと
生 産ラインの 合 理 化とコストの高い主 要部 品(シャシー、エ
いう点も重要である。結果としてもたらされた高水準の販売
アコン、エンジンなど)の自社開発を通じて、独自の後方垂直
量は市場シェアの急速な拡大につながり、同社は短期間のう
統 合 モデルを構 築した。同 社 の 2006 年 の 販 売 台 数は、前 年
ちに国内第1位の携帯電話メーカーとなった。現在、同社の売
の わず か1万1,000 台 か ら 増 加 して 約 6 万 台 に 達 した。マー
上高はノキア、サムスン、モトローラなどのリーダー企業に肉
ケットリーチを拡 大しコスト削減のためにスケールメリット
迫している。しかも、天宇はそれだけに留まらず、中国の通信
を利用し続けることによって販売台数はさらに急増し、2008
業 界の次の発達段階をターゲットとした 3G 製品の開発に着
年には 20万台という驚くべき 数値を 達 成し、2009 年には最
手している。最 近、CDMAワイヤレス技 術の 有力開発 企 業で
初の 2 カ月間で販売台数は前年比 140 %増となった。現在、同
あるクアルコムと契 約を締結したことで、間もなく同社は次
社は 2009 年の販売台数を前年比 2 倍の 40万台に伸ばすこと
世 代 3G ネット ワ ー ク に 対 応 し た 人 気 の 携 帯 電 話「天 語
を目標としている。
( K-Touch )」シリーズの開発、製造、販売が可能になる。現在、
印象深いのは、これが「 BYDドリーム」のスタートに過ぎな
天宇は R&D やブランド構築に対する取り組みの強化により、
いということである。同社は 5 年ほど 前に自動車 製 造を開始
当初「山 寨」企 業 だったことがほとんど認 識できないような
して以 来、技 術と経 験を迅 速に現 実に転 換しながら、重 層的
主要企業となっている。
かつ統合的な R&D 組 織の構築に投 資をしてきた。また、人材
育成にも巨額の投資を行ってきた。同社が成し遂げた最も重
このような「山寨」企業のサクセス・ストーリーといわゆる
*
要なことの一つは、自動車向け電池とデュアルモード動力シ
「イノベーションのジレンマ 」には、少なからず共通点がある。
ステムにおける中核技術と製造ノウハウを獲得したことであ
天宇 などの 新 規 参入 企 業 は、縄 張りの 保 持に注 力してい る
る。この取り組みが成 功すると、同 社は 新エネルギ ー自動 車
既存の業 界リーダーに攻勢を仕掛け、それを打倒するために
市場に立ち向かうための重要なプラットフォームを構築する
撹乱要因(天宇の場合はメディアテック社のチップの活用)を
ことができるようになる。ウォーレン・バフェット氏の同社に
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M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 1
2009 Autumn
特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
対 する投 資 提 案(中国 政 府 の 承 認 待ち)は、同 社の 潜 在 的な
洞察を提供することがある。これは、中国の特異な事業環境に
可能性を示すものでもある。現在、BYD は中国の自動車市場
馴染みが少ない外国企業にとって、示唆に富むことが多い。
の第一線で活躍する革新企業への道を順調に進んでいる。
これまで見てきたとおり、適切なビジネスモデルと戦 略に
より、一部の「山寨」企業は第一線で活躍する企業へ変貌して
他には、非 常可楽(フュー チャー・コーラ)も成 功してい る
「山寨」企業として捉えることができる。同社は、コカ・コーラ
いる。外国 企 業は、低コストな競 合 企 業 を 過 小 評 価すること
は危険を伴うことを認識しなければならない。
のパッケージ・デザインを模倣しながら、中国人の味覚に合わ
また、
「 山 寨」企 業 は建 設 的 な「撹 乱 要 因」であ ると同 時に
せ た 商 品 を 発 売 することで 細 々と事 業 を スタートさ せ た。
市場 のゲームのル ールを変える存 在でもある。外国企業は、
しかし、主 要 都 市 をター ゲットとして 事 業 を 開 始したコカ・
変化に振り回されるのではなく、常に変化を主導することを
コーラとは異なり、同社は見過ごされていた農村部の消費者を
目指さなければならない。コンフォートゾーンから抜け出し、
発掘した。同社は最新設備を輸入し、生 産施設を迅 速に現 地
自らが「恐れ知らずの実 験者」となることで、これまでは見出
向けに調整 することで、大 幅に安い 価 格で商品を提 供した。
せなかった事業機会を獲得できるのである。
また、親会社の娃哈哈(ワハハ)集団の資源を活用することな
どにより、農村部で巨大な販売・流通網を構築した。さらに重要
中国で成功を収めるためには、中国の複雑な市場を明確に
な点は、
「 中国人自身のコーラ」としてのブランド・イメージを
理 解し、現 地の顧客基盤 の多様 性を正当に認識し、不十 分な
構築するため、積極的かつ焦点を絞り込んだマーケティング・
知的所有権保護の実態を受け入れなければならない。
「 山寨」
キャンペーンを展開したことである。2006 年までに同社は中国
の発想を持つことで、中国の多層的な顧客セグメントの機 微
の炭酸入りソフトドリンク市場で第 3 位の企業に成長し、特に
を認 識し、中国 人の嗜 好や好みを理 解し、現 地のニーズに合
農村部で強力な地盤を築いている。現在は、市場シェアをさら
う、他とは一線を画した製品を作り上げることができ、中国の
に拡大することを目指し、コカ・コーラやペプシと直接競合する
新興消費者層を顧客化できるのである。また、
「 山寨」企業は恐
大都市圏の市場への進出を計画している。
るべき競 合相手となり得る一方で、潜在的な事業パートナー
あるいは買収先候補にもなり得る。いずれにしても成 功の鍵
「山寨」企業の理解の重要性
は、柔軟な対応力を持ち、状況に応じて迅速に自らが変化して
いくことである。
このように「山 寨」企 業 は、既 存 のビジネスモ デルを 注 意
Shan Zhai - A Chinese Phenomenon
深く研究し、その中に上手く勝機を見出していくという行動
をとる。
「 山寨」企業は、知的所有権を侵害している・いないに
関わらず、既存企業が 有する優れた手法を自らのものにして
いくという特 性を持つ のである。従って「山 寨」企 業は、現 地
市 場 が どの ように 機 能して い るか、さらには 中 国 に お いて
どのような適 応 方 法 が あ るの かという点につ いて、有 益 な
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