この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった 2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で ご確認ください。 CEOが果たすべき 知的リーダーシップ P&Gの戦略的選択 著者:A.G.ラフリー、ロジャー・マーティン、ジェニファー・リール 監訳:後藤 将史 成果を上げるリーダーに必要な要素は何か。リーダーシップ P&G の著名な経営者であるラフリー氏らが、自社での経験を 論にはじつにさまざまな切り口がある。たとえば、性格・キャリ 踏まえ、具体的な戦略思考フロー( 5 つの選択)を核とする「知 ア観・教 養 のような人 格 論 、構 想 力・論 理 力・決 断 力・コミュニ 的統合力」というコンセプトを提唱している。シンプルな思考の ケーション力のような個別の能力論は幅広く見られる。 しかし、 「方程式」を共有し、それを活用できるリーダーの集団を育成 忘れてはならない 重 要なポイントは、リーダーとして具 体 的 する。個 人 のレベ ルにとどまらず、組 織 全 体で思 考 力と実 行 にどのように思 考するかである。本 稿では、グローバル企 業 力を高める変革につながる点も、示唆深い。 (後藤将史) 企業の経営リーダー層には、それにふさわしい人格と、経営 人 の す べ て の 決 定 が 組 み 合 わさり、互 いに補 強し合うよう 判 断に必要な優れた直感力が求められる。こうした能力は、ど に規 律・明 確さ・一 貫 性を示すこと( 知 的 統 合:intellectual うすれば身につけられるのだろうか。 integrity )を区 別する。リーダーは、難しい 選 択を迫られて 我々( A.G. ラフリーとロジャー・マーティン)が CEOと上級 苦悩する。完全に納得できる選択肢はなく、どの道を選んで 顧問をそれぞれ務めたプロクター&ギャンブル( P&G )では、 もトレードオフがある。そのような決定には、とくに知的統合 経営幹部のスキルを磨くために体系的な仕組みを構築した。 力が欠かせない。 多くの CEOは、自らの経験則を内省し、実地訓練で自分なりの 経験豊富な経営リーダーを含め、ほとんどの人は選択を好 戦略的思考の形を編み出す。しかし、より体系的なアプローチ まない 。それは、他 の 選 択 肢を捨てることを意 味するからで で意思決定能力を伸ばせば、より多くのリーダーが成功する ある。リスクを 分 散した い 、あ れもこれも 試して み た い 、今 というのが我々の考えである。 ある選択肢を絞り込まずすべての扉を開けておきたい、もっと その出発点は、 「知的統合力( intellectual integrity )」 よ い 答 えを もうしばらく考 えて み た い 。誰しも そ の ような である。よく使われる「 integrity( 誠 実さ)」は、尊 敬すべき 気持ちにどうしても駆られる。P&G もこの現象から逃れられ 行動や高潔な行動を意味する。しかし、ここでは、尊敬すべき なかった。たとえば、1990 年 代と 2000 年 代 の 一 時 期には、 行動を示すこと( 道 徳 的 誠 実さ:moral integrity )と、ある できるだけ多くの市場で、できるだけ素早く競争に参加する 10 Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 4 2 0 1 3 S u m m e r 特集 ◎ CEO とリーダーシップ A.G.ラフリー ロジャー・マーティン ジェニファー・リール 後藤 将史(ごとう・まさし) (masashi.goto@booz.com) プロクター&ギャンブルの会長、社長 兼 トロント大学ロットマン経営大学院学部 ト ロント大 学 ロットマ ン 経 営 大 学 院 デ ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィスの CEO(2010 年に引退したが、2013 年 5月 長・教授。専門は戦略的経営。戦略および ゾーテル・センター・フォー・インテグレー プリンシパル。自動車・産業機械、消費財・ 同職に復帰)。 プライベート・エクイティ・ リーダーシップ開発に関する CEO のアド ティブ・シンキングのアソシエートディレク 流通業、商社などの業界を中心に、グロー パートナーシップのクレイトン・デュビリ バイザーとして有名。 ター。 バル成長戦略、組織・オペレーション改革 アー&ライスの特別顧問、ゼネラルエレク などを手がける。また、日本企業のグロー トリック取締役。ロジャー・マーティンとの バル成長戦略実現に必要な組織・人材面 共 著 に Playing to Win: How Strategy の変革についての調査・研究にも取り組ん Really Works( Har vard Business でいる。 Review Press, 2013)がある。 ことが魅力的に感じられた。社内には、P&G がまだ参入して よりずっとよいと考 えて いる。な ぜ なら、彼らは 現 在 の も の いない重要な新興市場でライバル企業が先行するのではな の考え方を裏づけるデータしか見ず、自分たちに同調する者 いかという不 安が広がっていた。しかし、P&G が一 度にあら の声しか聞かないからである。これに対し、知的統合力は、自 ゆる市 場に参 入し、そこで成 功 することは 不 可 能 で あり、ど 分自身と組織が困難な試練に耐えられるよう備えることを求 の市場にどう参入するか判断を下さなければならなかった。 める。 我々は、有望だが未開発で、ライバル企業より先行できる優 P&G では、実情の把握を怠ったことが、1990 年 代に幾 度 先 市 場( 地 域と商 品カテゴリー )を選 択し、そ の 後 で 他 の 市 も 重 大 な 競 争 力 の 喪 失をもたらした 。当 社 は 歯 磨きなどの 場 へと事 業を慎 重に拡 大した。たとえば、多くのアジア諸 国 オーラルケア製品に関して、ブラジルなどの新興国の海外流 にはまずベビーケア製品で参入した。人口統計データによれ 通網に巨額の投資を行った。当社にはイノベーションと他市 ば、当面は世界の新生児の多くがアジアで誕生することに気 場 で 築 い たブランドの 強 み が あるの で 、新 興 市 場 の 攻 略 は づいたからである。これらの 諸 国に集 中するためには、他 の 容易だと我々は考えていた。最大のライバル(コルゲート)の 市場への参入を延期するか、場合によってはあきらめなけれ グローバル流通網が当社よりはるかに大きく、オーラルケア ばならなかった。 の研究開発に当社の 2 倍の資金を投じていること、また同社 知的統合力は、リーダーがこの種の優先順位づけを行い、 がブラジルをはじめとする新興市場で確固たるブランドロイ その背後にある根拠を説明し、結果が不確定であってもその ヤ ルティをすでに築 い て い たことを我 々は 十 分に認 識して 選 択を後 押しし、周 囲に必 要なサポートを提 供することがで いなかった。 きる資質である。統合力を備えた CEO だけが、選択を回避し 我 々 は 期 待に浮 か れ 、これらの 投 資 で 数 百 万ド ルを 失っ たいという誘惑にうまく対応できる。 「いや、我々にはすべて た 。自らの 拡 大 戦 略を変 える必 要 が あると気 づ い た の は そ のことはできない 。他 のことは捨てていくつかのことを選ば の 後 のことである。我々はブラジルから撤 退し、態 勢を立て なければならない」と。 直してから再 参 入 することを決 断した。我 々はまた、無 理 な この種の統合力は筋肉のようなものである。 健全な組織 負 担を避け持 続 可 能なビジネスを行うため、コアブランドを ではよく使われるが、ないがしろにされると筋肉は萎縮し、組 一 度に一 つ ずつ 確 立 するという、新 市 場 で の 事 業 拡 大に向 織 は 分 散して 脆 弱になってしまう。そ のような 組 織 は 、個 々 けた P&G 流 の 戦 略 の 原 則が必 要と考えた。ブラジルではこ の部署の偏狭な考えと勝手な優先順位に従って、ばらばらな の戦略を反映させ、ランドリー製品とベビーケアにおける当 方向に動く。ゆえに、CEO たるもの、就任するまでに知的統合 社の強みに集中することにした。戦略上の意思決定において 力を育 み 、他 の 社 員 の 知 的 統 合 力を育てる準 備をしておか 知 的 統 合 力を発 揮 すると、ブラジルや そ の 他 の 市 場 でも物 なければならないのである。 事がずっとスムーズに運ぶようになった。 同様に、使い捨ておむつ「パンパース」事業でも、当社のグ 現実を直視する ロー バ ルスケ ー ルを活 かす のに最 もよい 方 法 は 、あらゆる 市場での全おむつ製品の生産が可能な最新鋭の生産システ 多くの企業トップは、自分たちの置かれている状況が実際 ムを構築することだという強い信念を持っていた。発展途上 Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 4 2 0 1 3 S u m m e r 11 市場で低価格の競合製品と張り合うためには、廉価な原料に 第 一 の 選 択は「 何を目 指すのか」、勝 ちとる目 標に関する 切り替え、いくつかの機能を捨てるだけでよいと我々は思い 選択である。勝つことは重要であり、競争上の目標がなけれ こんだ。要するに、我々は機械に戦略を支配させていたため ば、人間は安易な妥協に流れる。我々は P&G においては、世 に、そ のやり方では新 興 市 場 の 消 費 者 の 真 の ニ ーズに対 応 界の消費者の生活を有意義に改善すること、またそれによっ できな いことがわからなかった。そ のことが明らかになった て収益の 2 桁成長を続けることを、全社レベルで選択した。 とき、我 々は、機 械ではなく消 費 者を念 頭に置 いて、新 興 市 次の選択は「どこで戦うか」 「選択した市場でどうやって勝 場の消費 者 のために特別に考案した新 製 品 のデザインを開 つか」という選 択である。これがすべての 戦 略 の 中 核となる 始した。それは、高 額な生 産 設 備 へ の 投 資を止め、各 市 場に 選択である。どこで戦うかの選択は、どの顧客を対象に、どの 合わせて異 なる機 械を使 用 するシステムに切り替えなけれ 製品ラインで、どの地域の中で競争するかを選択することを ばならないことを意味していた。 意味する。どうやって勝つかの選択は、特定の市場セグメント で持続可能な競争上の優位性をどのように形成するかを意味 戦略的選択のカスケード (階段) する。これらの 選 択が整 合 性 ある戦 略をもたらすのは、2 つ がつねに噛み合うときだけである。 知 的 統 合 力 の 育 成を偶 然に任 せるのではなく、組 織 全 体 我々は、どこで戦うか、どうやって勝つかの 両 面で、ブラン に吹き込むためには、明確な意思決定の考え方が必要である。 ドと製品のポジショニングを再考した。たとえば、スキンケア P&G においては「戦略的選択のカスケード(階段)」と呼ばれ ブランド「オーレイ」では「どこで戦うか」を、 しわが気になる る方 法を用 いた。当 社では毎 年 、あらゆるレベ ルのリーダー 50 歳 以 上 の 女 性から、エージングの 初 期 の サインを消 そう 数 百 人に、この 枠 組 みを使ってシンプ ルに選 択を進めるよう とする 35 ∼ 50 歳の女性にシフトした。これらのエージングの 求めた。カスケードは相互に依存する5 つの選択で構成される サインを「エージングの 7 つのサイン」と呼んだことが成功し ( 図 表 1 参 照 )。我 々は、これらの 選 択を、短 期 的 な 問 題を解 た。この 新しいセグメントで競 争に勝 つにはどうすればよい 決するための「特効薬」として取り扱うべきではないこと、ま だろうか。有 効 成 分を刷 新し、パッケージのデザインを一 新 た互いに切り離して選択を下すことはできないことをはっき し、量販店と協力してデパートの高級ブランドに匹敵する「マス りと伝えた。 ステージ」 (マス・プレステージ)店 頭 体 験を創 出した。 そ の 結 果 、急 速に成 長 する高 収 益 のブランドが誕 生し、このカテ ゴリーが活性化した。 図表1 : 一体化された戦略的選択のカスケード(階段) 1つのシステムの中でこれら5つの戦略的選択を一体化したプロセスを経ることによって、 2000年代のP&Gのリーダーたちの間には、 より高度な知的整合性が実現された。 結束とカスケード (階段) 上述の最初の 3 つの選択(何を目指すのか、どこで戦うか、 どうやって勝つか)は、カスケード(階段)上で最後の 2 つの選択 何を目指すのか と密接につながっている。すなわち「勝つためにはどのような 能力を持たなければならないか」と「どのようなマネジメント どこで戦うか システムが必要か」である。 「 能 力 」は他 の 選 択を実 現させるために、巧 みに構 築しな 選択した市場で どうやって勝利するか ければならないものである。当社では、他の選択を踏まえて 勝つためには どのような能力を 持たなければならないか どのような マネジメントシステムが 必要か 出所:Playing to Win: How Strategy Really Works, Harvard Business Review Press, 2013. 12 再検討した結果、消費者への深い理解、イノベーション、ブラ ンド構 築 、経 験に基づく新 規 市 場 へ の 参 入 手 法 、グローバル スケ ー ルといった 中 核 的 能 力 が 認 識 できた 。これらの 分 野 の それぞれにおいて、当社には強みをこれまで以上に高め、 成長させる余地が残されていた。 たとえばスケ ー ル の 点 では 、そ れまで 特 定 のブランドや Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 4 2 0 1 3 S u m m e r 特集 ◎ CEO とリーダーシップ どこで戦うかの選択は、 どの市場で、 どの顧客を対象に、どの製品ラインで、 どの地域の中で競争するかを選択することを意味する。 商品カテゴリーの中での事業規模を重視する傾向があった。 していなければならない 。戦 略 立 案にあたって、選 択はカス そこで我々は、グローバル・ビジネス・サ ービス( IT 、HR そ の ケードのどこからスタートしてもよいが、5 つの選択をすべて 他 のサポート機 能 )を一つの部 門に統合するなどの方法で、 下し、その選択をすべて一体化しなければならない。これは、 スケ ー ルに 対 する考 え 方 を 拡 張した 。現 在 、我 々 は スケ ー 戦 略 の 中 で 本 当に難しい 部 分 で ある。選 択 自 体 は 恐ろしく ル を 活 かして 全 社 で さらにコ ストを 削 減し 、顧 客( 小 売 企 複雑なわけでも難しいわけでもないが、5 つの選択を一体化 業 )との 関 係 を 深 め 、双 方にメリットが あるような 新しい 形 し、それらが本 当 の 意 味で互 いに補 強し合うようになるまで で サ プ ライ ヤ ーとの 関 係 を 構築している。こうした変化は、 考え抜くためには、強靭な知的統合力が必要である。 当社の知的統合力が高まったからこそ可能だった。 さらに、大組織においては、商品カテゴリー、事業部門、全 最後に「どのような内部マネジメントシステムが必要か」を 社と異 なるレベ ルで 下される選 択 も 同 様に整 合させ 、互 い 問 い かけなければならな い 。能 力を優 位 性につ なげるため に補 強し合うようにしなければならな い 。たとえば、 「バウン に、最も適したマネジメントシステムを選択する。組織の各層 ティ」ペーパータオル・チームが下した選択と、CEO が下した にいるリーダ ー が 知 的 統 合 力 を 発 揮 するためには 、そ れに P&G 全社の選択の間には整合性がなければならない。 ふさわしい仕組みを構築させなければならない。 選択間の整合性が不十分な場合に、事業部門の 売 却が最 たとえ ば 、ブ ラン ディング 能 力 に 関して 言うと、P & G は 善の答えになる場合がある。P&G の医薬品ビジネスの場合 マーケティングの成功と失敗から体系的に学ぶことが昔から が そうだった 。医 薬 品ビジネスは 、重 要 なブランドと製 品を 苦 手だった。社 内に蓄 積された知 識 のほとんどは、形だけ整 抱える、成長中の好調なビジネスだった。しかし、このビジネ 備されたナレッジマネジメントの 1 ページのメモか、百戦錬磨 スにお い て勝 利 するために必 要 な 選 択 、能 力 、システムが 、 のマネージャーたちが口 承で伝える逸 話 の 中で語り継がれ 会 社 のコアビジネスとあまりよく噛 み 合 わな いことが 時 間 たものだった。そこには、ベテランと一緒に長く仕事をしてい の 経 過とともにはっきりしてきた。P&G は、標 準 化されたイ れば、そのうちに学ぶべきことはすべて習得できるはずだと ノベーション・プロセスを通じてブランド製品を開発し、 ( ウォ いう暗黙のメッセージが込められていた。 ルマートなどの )最 優 良 顧 客を通じて製 品を販 売し、最終消 P&G は 2000 年、創立以降初めて、ブランド構築へのアプ 費者との間に長期的な関係を築いたときに本領を発揮する。 ローチを体系化するプロジェクトをスタートさせた。こうして 医薬品に関しては、盲検や FDA 申請など、当社の標準的アプ できた「ブランド構築枠組み( BBF )」は、一つの定型文書の ローチにはない多数のステップを伴う、非常に特殊で複雑な 中で P&G のアプローチを明確に記述させた。この文書は現在 開 発プロセスが存 在する。また、医 薬 品 業 界 のマーケティン も定期的に改訂されている。 BBF の枠組みによって、若手は グモデ ルも 消 費 者 製 品とは 異 なって いる。当 社 は 最 終 的に コツをより短時間で学ぶことができるようになった。また、シ 収 益 性 の 高 い 医 薬 品ビジネスを売 却した 。医 薬 品ビジネス ニアは自分が築 いてきた財 産を後 輩に簡 単に引き継げる仕 は別の場所でもっと成功すると信じたからである。 組みを手に入れた。こうした組織のインフラは実行の柱とな 医薬品ビジネスを売却するにあたって、P&G は何十億ドル り、意思決定における首尾一貫性を高めることを可能にした。 にの ぼる売 上と利 益を失ったが、そ れは正しい 決 定だった。 どのブランドに関しても、これら 5 つ の 選 択は明 確に融 合 撤 退によって、当 社は資 金や人 材 、そ の 他 の 資 産を、全 体 的 Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 4 2 0 1 3 S u m m e r 13 高収益の医薬品ビジネスを売却するにあたって、 P&Gは何十億ドルにのぼる売上と利益を失ったが、 それは正しい決定だった。 な 戦 略 的 選 択と整 合 するビジネスに再 投 資 することができ た 。当 然 のことな がら、プレゼンタ ー は 結 論 を 示し、決 定 の た。そ れは美 容 、家 庭 、パーソナルケア製 品である。P&G は 正 当 性を主 張して、できるだけそ そくさと部 屋を出ようとす 2002 年にジレットを買 収した。男 性 用グルーミング、パーソ る。彼らは、選択の論理を批判的に検証されることを嫌った。 ナルケア、オーラルケア・ブランドの強みと同時に整合性(当 そうした抵 抗を感じとった上 層 部は、疑 問を胸 の 中にとどめ 社の選択や能力との整合)を買ったのである。 るか、非 難を浴びせるかのどちらかである。攻 撃を受けた場 合、プレゼンテーション・チームは批判を受け止め、尻尾を巻 P&G における整合性の確立 いてこそこそと抜け出すしかなかった。 昔 な がらの 戦 略レビュー・プロセスは 、P & G の 事 業 部 門 5 項目のカスケード(階段)式選択は、知的統合力が実践さ や 部 署 間 の 協 調を妨げるものでもあった。ヘアケア・カテゴ れる構造を示す。リーダーはいつも同じ重要決定事項に立ち リー の 社 長が、自分 の 戦 略を正 当 化し、批 判を避けることだ 戻る。すなわち、何を目指すか、どこで戦うか、そこでどうやっ けを考えてレビューに加わったとしたら、そ の 社 長がヘアケ て勝利するか、どの能力を構築するか、どのマネジメントシス ア・カテゴリー の 選 択 のカスケードがスキンケアやホームケ テムを確 立 するかで ある。この 枠 組 みによって 、とくに下 層 アの選択のカスケードといかに整合するかを率直に語ること のマネージャーや本部から遠く離れた社員の間では、自分が などない。また、それを聞く側の経営幹部もその問題を無理 していることは正しいのかという不安や心配は大きく取り除 に取り上げようとはしない 。しかし、そうした話し合 いは不 可 かれる。 欠である。その種の対話(会社全体のさまざまな選択のカス しかし、行 動 の 変 化 を 伴う他 の 改 革 手 法と同 様 に 、カス ケードを編み合わせること)で直接体験をしない限り、新しい ケード式プロセスはそ れを習 得するための 時 間と組 織 全 体 リーダーたちも聞く側の経営 幹部も、知的統合力という筋肉 の関心を必要とする。我々は P&G において、一貫して統合さ をつけることはできない。 れた意 思 決 定 の 重 要 性を理 解して、そ れを実 践に移 すため こうした障 害を取り除くために、我 々は年 次 戦 略レビュー の方法を真剣に探した。知的統合力は、人が生まれつき持っ のプロセスと基調を根本的に変えた。率直な会話とデータに ている資質ではないからである。 基づき、整合性を高める機会へと捉え直したのである。チー そこで我々は、進取の気性に富んだ、潜在能力の高い幹部 ムは 今 でもミーティング の 前に戦 略に関 するプレゼンテー 候 補を特 定し、戦 略 の 考え方 、質 問 の 仕 方 、一 元 化された選 ションを準 備 するが、ミーティング中にそ れを叩くのではな 択のプロセスについて彼らに指導することを始めた。我々は く、何 週 間も前に経 営 幹 部に資 料を渡しておく。次に経 営 幹 戦略レビューのプロセスを再設計し、当社のリーダーたちが 部はその商品カテゴリーのチームに対して、会議の場で議論 知的統合力という筋肉を鍛える修業の機会に作り変えた。そ すべき具体的な討議テーマを与える。 れまで、年 次 戦 略レビューは学 芸 会 のようなもので、整 合 性 これにより、我々はこれらの特定の戦略問題に関する建設 など考慮されていなかった。そこでは、P&G の各事業部門の 的対話に会議の焦点を絞ることができた。それは、自己防衛 社 長とそ のチームが最 上 層 の 経 営 幹 部たち の 前に集 合し、 から共同での可能性探索へと流れをシフトさせるうえでも役 パワーポイントで制 作した万 全 のプレゼンテーションを行っ 立った。我 々は同 時に、戦 略に関 する継 続 的 対 話を拡 大し、 14 Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 4 2 0 1 3 S u m m e r 特集 ◎ CEO とリーダーシップ ブランド、商 品カテゴリー 、部 門 、顧 客 、チャネル、地 域 、国 の 選 択には、組 織が継 続して暗 黙 の 前 提に疑 問を投 げかけな あらゆるレベ ルでそれを実行した。これらの議論に共通する ければならない。また、過去の状態、あるいはこうなってほし テーマは、いかにして複 数 の 選 択を編 み 合わせたか、それら いという願望ではなく、現状を理解するためにあらゆる努力 の選択はより大きな企業戦略とどのように整合するか、チーム を払わなければならない。これらの選択を拒み、互いに相矛 は今後の結果の測定をどのように計画したかである。これら 盾した断片的な模範解答を提示すること、あるいは全体への の 話し合 いは、厳しい 質 問を投げかけることで導かれる。厳 影響を考えず、一部についての選択のみを下すことははるか しい質問は、誰もが心の中で考えていても声に出して言おう にやさしい。 とはしないような問 題を浮き彫りにする。この 種 の 考えを言 組 織 全 体に選 択 のカスケードの 継 続 的 実 践を説 いていく 葉にすることで有益な緊張が生まれ、真の目的共有がもたら には知的統合力が必要である。このカスケードで投げかけら される。 れた質問に応えることは難しい。また、行動をもってやり抜く ことはもっと難しい。しかし、これに代わる方法― 一貫性の 整合性の世界へ ある組織全体の戦略を持たずに市場で勝利しようとすること ― は、結局のところそれよりはるかに困難である。 P&G において、戦略に関わるすべての話し合いの目的は、 リーダーたち の 背 中を押すことであった。重 要 な のは、彼ら が戦略について協力し合い、発想で遊び、自分自身の思考に 疑問を投げかけ、全社のリーダーシップの整合性を高めるこ ("Leading with Intellectual Integrity," by A .G. Lafley and Roger Martin, with Jennifer Riel, strategy+business, Issue 71 Summer 2013.) とである。5 つの体系化された質問への 答えとして戦略を組 み立てることによって、我々は部門間の断絶(タコツボ化)を 回避した。タコツボ化は、あらゆる組織が陥り、弊害を引き起 こす恐れのある落とし穴である。 P&G では、組織 の 各レベ ルの 戦 略文 書に「どこで戦うか」 「どうやって勝 利 するか」の 選 択を必 ず 明 記しなければなら ないことになっている。現実には、CEO なら誰しもが、そのよ うにはっきりした形で自社の選択を明示するというわけでは ない。しかしどの CEO も、さまざまな選択を統合した決定に 練り上げる必要性を理解すべきである。 これは 成 功 す れば 効 果 が ある取り組 み だが 、そう簡 単に は実 現しない 。これらの 選 択はどれもルー ル集やトップダウ ンの命令を使って下 せるものではない。一 度 決めたら、後は ずっと放っておくというわけにはいかない のである。戦 略 の Booz & Company M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 4 2 0 1 3 S u m m e r 15
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