●第 49 回日本人工臓器学会大会 教育講演 臓器移植法改正後の心臓移植・補助人工心臓の現況と将来展望 東京大学重症心不全治療開発講座 / 東京都健康長寿医療センター 許 俊鋭,西村 隆,小野 稔 Shunei KYO, Takashi NISHIMURA, Minoru ONO 1. り第一世代植込型 LVAD はほぼ姿を消した。1990 年代に始 緒 言 まった植込型 LVAD の BTT 長期治療成績が向上する中で, 本邦では 2010 年 7 月に改正臓器移植法が施行され,欧米 TAH よりも植込型 LVAD による DT(destination therapy)の 並みに「脳死を人の死」と認め,本人の自署による生前の承 展望が開けてきた 1) 。その後,Hear tMate ® VE LVAD と 諾を必要とせず家族の承諾で「脳死下」臓器提供が可能と 内 科 治 療 と の DT 症 例 を 対 象 と し た 無 作 為 比 較 試 験 なり,小児の心臓移植に大きな道が開けた。補助人工心臓 (REMATCH study)の結果 2),2002 年に Hear tMate ® VE (VAD)も 2011 年 4 月には 2 機種の定常流植込型左室補助人 LVAD の DT 使用が米国食品医薬品局(FDA)により承認さ 工心臓(LVAD)が正式に保険償還され,心臓移植登録症例 れた。2009 年に報告された第一世代 HeartMate® XVE と第 に対するブリッジ使用(BTT)が可能となり,心臓移植待機 二世代 Hear tMate Ⅱ® の DT 症例を対象とした無作為比較 症例の植込型 LVAD 在宅治療が始まった。 試験(HeartMate Ⅱ® Destination Therapy Trial)の結果 3), 人工心臓には究極の心臓移植代替治療を目指した完全 置換型人工心臓(total artificial heart: TAH)と,開心術後の 高度心不全(体外循環離脱困難など)からの回復を目的と した補助人工心臓(ventricular assist device: VAD)がある。 2010 年には Hear tMate Ⅱ® の DT 使用も承認され,現在, 欧米で DT 使用が急速に普及している。 2. 日本の心臓移植の現況と将来展望 TAH は 1982 年に Jar vik 7,2001 年に AbioCor ®(図 1 ⑥)が 心臓移植は年間 3,500 例が ISHLT Registr y に登録されて 臨床導入されたが,長期耐久性の問題から一般的普及は見 いる。日本では,改正臓器移植法が施行されるまでの 12 年 なかった。Jarvik 7 の後継機が SynCardia Systems TAH(図 間の心臓移植数が 69 例(平均 6 例 / 年)であったのに対し, 1 ⑤)である。VAD は当初,体外設置型 VAD(図 1 ①〜④) 改正後 15ヶ月間の心臓移植数は 44 例(平均 35 例 / 年)と飛 が短期使用デバイスとして用いられたが,免疫抑制剤サイ 躍 的 に 増 加 し た。 世 界 の 心 臓 移 植 成 績 4) は 5 年 生 存 率 クロスポリン A の臨床導入により 1980 年代に心臓移植は 70%,10 年生存率 50%程度であるが,2011 年 10 月までの 飛躍的に普及し,それとともに VAD の BTT 使用が発展し 本邦 113 例の心臓移植 10 年生存率は 96%であり,ISHLT た。その中で第一世代植込型 LVAD として活躍したのが拍 Registry に比較して極めて良好な成績を示している。 LVAD である(図 1 ⑦ 東京大学で施行された心臓移植を含む 21 例の 6 年まで ⑧) 。2000 年 前 後 に 長 期 耐 久 性 が 優 れ た 遠 心 ポ ン プ の経過観察(図 2)では死亡例はみられなかった。2011 年 4 動流型の Novacor LVAD, HeartMate ® (EVAHEART ™,DuraHeart ®)や軸流ポンプ(Jarvik 2000, 月には 15 歳未満の脳死下臓器提供も始まり,今後,心臓移 Hear tMate Ⅱ®)などの小型の第二世代・第三世代の植込 植は年間 50 例程度まで増加すると予測される。一方,改正 型定常流 LVAD(図 1 ⑨〜⑫)が臨床導入され,2010 年に至 臓器移植法施行後,レシピエント登録も増加しており,心 臓移植待機期間は逆に長期化し,東京大学や国立循環器病 ■著者連絡先 東京都健康長寿医療センター (〒 173-0015 東京都板橋区栄町 35-2) E-mail. kyo-stm@umin.ac.jp 研究センターの BTT 期間は平均 950 日にのぼっている。今 後,積極的なドナーアクションプログラムに取り組む必要 がある。 人工臓器 41 巻 1 号 2012 年 21 ①∼④体外設置型補助人工心臓 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥完全埋め込み完全置換型人工心臓 ⑦ ⑧第一世代植込型補助人工心臓 ⑤ ⑦ ⑥ ⑧ ⑨∼⑫第二・第三世代定常流植込型補助人工心臓 ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ 図 1 主な人工心臓 ①ニプロ(東洋紡)VAD(国循センター型),②ゼオン VAD(東大型),③ BVS 5000(ABIOMED 社),④ AB5000 (ABIOMED 社 ), ⑤ SynCardia Systems TAH(SynCardia Systems 社 ), ⑥ AbioCor ® TAH(ABIOMED 社 ), ⑦ Novacor LVAD(WorldHear t 社),⑧ Hear tMate ® XVE LVAD(Thoratec 社),⑨ Jar vik 2000(Jar vik Hear t 社), ⑩ HeartMate Ⅱ®(Thoratec 社),⑪ EVAHEART ™(サンメディカル技術研究所) ,⑫ DuraHeart®(テルモ社)。 では年間 100 例程度の植込みが報告されている 6) 。本邦で Survival (%) 100 は 2011 年まで,主に 30 年前に開発されたニプロ(東洋紡) 80 VAD が 2 ∼ 3 年に及ぶ心臓移植へのブリッジ(BTT)に用い 60 られてきた 7) ∼ 9) 。Novacor LVAD が 2004 ∼ 2006 年の 2 年 40 間,日本でも BTT 使用されたが普及しなかった 10) 。2007 年に「医療ニーズの高い医療機器」として指定された 4 種の 20 0 植込型補助人工心臓(Hear t Mate ® XVE,EVAHEAR T ™, 0 1 2 3 4 Years 5 6 7 8 図 2 東京大学心臓移植適応検討委員会で移植適応と判断され た症例の遠隔成績(Kaplan-Meier Sur vival,2011 年 11 月 現在) 21 例の心臓移植症例は最長 6 年の経過観察で全例生存している。小児を中心 とした渡航移植症例の 5 年生存率は 50%と不良である。 JOTN 移植登録患者 112 名中 85 名,status 1:74 名,status 2:11 名。 BTT: bridge to transplant. DuraHeart®,Jarvik 2000)の BTT 臨床治験,製造販売承認, 保険償還は順調に進んでおり,Hear tMate ® XVE の後継機 である Hear tMate Ⅱ® も製造販売承認申請中である。世界 市場では HeartMate Ⅱ® がこの数年間に 10,000 例以上の症 例に使用され,ほぼ市場独占状態にあるが,Hear tware HVAD ™など第三世代の小型遠心ポンプ LVAD の台頭も著 しい 11) 。Jar vik 2000 や HVAD ™は小型でポンプポケット を作成する必要が無く,心嚢内にそのままポンプを収める 3. ことが可能であり,植込型右心補助あるいは両心補助デバ 補助人工心臓の現況と将来展望 イスとしても用いることが可能である。 本邦の VAD 治療は 1980 年に三井記念病院の症例に東大 日本における植込型 LVAD 臨床治験では対象の年齢や重 型補助人工心臓(後のゼオン VAD)が使用されたことに始 症度が異なるものの,欧米の BTT,DT に勝る長期成績を 。そして 2011 年 9 月まで 1,343 例が登録され,最近 示した。DuraHear t ® の欧州治験では 2 年生存率が 60%前 まる 5) 22 人工臓器 41 巻 1 号 2012 年 て,Jarvik Heart 社など 4 つの研究チームが開発競争を展開 している。本邦でも,三菱重工と国立循環器病研究センター を中心としたチームが第三世代小児用軸流ポンプ型植込型 LVAD の開発(NEDO 次世代機能代替技術の研究開発プロ ジェクト)が進められており,5 年後の臨床治験を目指して いる。 定常流植込型LVAD:20例 体外設置型ニプロVAD:54例 文 献 図 3 東京大学における補助人工心臓(VAD)治療成績 定常流植込型 LVAD 20 例の 4 年生存率 95%は,体外設置型ニプロ VAD 54 例 の 3 年生存率は 41%に対して有意に良好であった。 後であるのに対し,本邦治験では植込み 3 年後の現在,治 験 6 例全例が移植に到達し生存している。4 つの定常流植 込 型 LVAD の 本 邦 治 験 36 例 で は,70 % の 6 年 生 存 率 (Kaplan-Meier)が得られており,5 年生存率からは心臓移 植の国際水準に匹敵する。東京大学の VAD 治療成績では, 定常流植込型 LVAD 20 例の 4 年生存率は 95%であり,体外 設置型ニプロ VAD に比較して有意に高い生存率を示して いる(図 3) 。 2011 年 4 月に EVAHEAR T ™,DuraHear t ® が正式に保険 償還されたが,BTT 適応であるため,60 歳以上の症例に対 しては保険償還されない。心臓移植の年齢制限を国際水準 と同じく 65 歳に改正するとともに,植込型 LVAD の DT 適 応の保険償還についても真剣に議論されるものと考えられ る 12) 。もう一つの日本の課題は小児用 VAD の臨床導入で あ る。 欧 米 の 標 準 的 な ブ リ ッ ジ デ バ イ ス で あ る Excor (Berlin Heart 社)の医師主導による臨床治験が進みつつあ るが,10 歳以下の小児心臓移植はまだ始まっておらず,小 児心臓移植環境の整備も急務である。米国では小児用植込 型 LVAD 開発プロジェクト“Pumps for Kids, Infants and Neonates” (PumpKIN)Preclinical Program が進行してい 1) Catanese KA, Goldstein DJ, Williams DL, et al: Outpatient left ventricular assist device support: a destination rather than a bridge. Ann Thorac Surg 62: 646-52, 1996 2) Rose EA, Gelijns AC, Moskowitz AJ, et al: Long-term use of a left ventricular assist device for end-stage heart failure. N Engl J Med 345: 1435-43, 2001 3) Slaughter MS, Rogers JG, Milano CA, et al; HeartMate II Investigators: Advanced hear t failur e tr eated with continuous-flow left ventricular assist device. N Engl J Med 361: 2241-51, 2009 4) The Registr y of the International Society for Hear t and Lung T ransplantation. J Hear t Lung T ransplant 30: 1071-132, 2011 5) 古田昭一,鰐渕康彦,井野隆史,他:補助人工心臓の臨床. 人工臓器 10: 657-60, 1981 6) 中谷武嗣:2011 年度補助人工心臓レジストリー報告.第 17 回臨床補助人工心臓研究会,2010 7) Saito S, Matsumiya G, Sakaguchi, et al: Risk factor analysis of long-term support with left ventricular assist system. Circ J 74: 715-22, 2010 8) Sasaoka T, Kato TS, Komamura K, et al: Improved long-term per formance of pulsatile extracorporeal left ventricular assist device. J Cardiol 56: 220-8, 2010 9) Shiga T, Kinugawa K, Hatano M, et al: Age and preoperative total bilir ubin level can stratify prognosis after extracorporeal pulsatile ventricular assist device implantation. Circ J 75: 121-8, 2011 10) 許 俊鋭:埋め込み型 LVAS の臨床導入:ノバコア保険償 還 の 経 緯 と 今 後 の 課 題.Cardiovascular Med-Surg 7: 279-83, 2005 11) Stulak JM, Griffith KE, Nicklas JM, et al: The use of the HeartWare HVAD for long-term right ventricular support after implantation of the Hear tMate II device. J Thorac Cardiovasc Surg 142: e140-2, 2011 12) Kyo S, Minami T, Nishimura T, et al: New era for therapeutic strategy for hear t failure: Destination therapy by left ventricular assist device. J Cardiol 59: 101-9, 2012 人工臓器 41 巻 1 号 2012 年 23
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